透き通った金の髪は、いかにも高級そうな臙脂色の大きいリボンによって、長めのツインテールとして束ねられていた。彼女が歩けば、ふわりとそのツインテールが、そして肩くらいまで垂れ下がった横髪が後ろにたなびく。
「リオ様ー!」
「り、りりリオ様っ、本日もおちゅかれ様でしたっ!」
次々と飛び交う女子生徒の黄色い声に対し、『リオ様』と呼ばれた彼女は柔らかい笑みを浮かべ愛想よく手を振る。
「ええ。御機嫌よう」
彼女が通った後にはほんのりと甘い香りが漂い、女子生徒達は恍惚とした表情を浮かべる。
向かう先は、唯一無二の親友の元。
「あ、リーオー様っ。待ってたよー、ぴよ、ぴよ」
どこか、気の抜けた声がした。声の持ち主は、彼女を見つけると手を小さくゆっくり振る。
エントランスに置かれている高級ソファ。そこにちょこんと座って寛いでいたのが彼女の親友である。
目につくのは頭の上にある大きな白いリボン。眉毛が隠れる程度の長さにぱっつんと切り揃えられた前髪。後ろ髪は若干くせっ毛で、ミディアムな長さ。色はロージーブラウン。淡い赤みがかったベージュとでも言えばいいだろうか。
やはり、彼女にもお嬢様の風格が漂っていた。
私立帝華高校の2年生である鷹宮リオンは、幼馴染の飛鳥ひなと共に迎えの車待ちをしていた。
私立帝華高校は、いわゆるお嬢様・お坊ちゃま学校である。二人も例に漏れずそんな身分であるから、車での送迎は珍しくないわけだ。事実、高校側もそれを認識しており駐車スペースが他の高校のそれと比較するとやたら広く取られている。
「リオ様ー、ねーむーいー……」
ひながエメラルド色をした瞳をとろんさせ、いかにも眠そうな顔を向けて来る。その光景がリオンには小動物に見えてきて、思わず頭に付けている大きな白いリボンごと頭を撫でてしまう。
「えひゃぁ……♪」
変な鳴き声を漏らしてとろけきった顔で、身体を預けて気持ちよさげに撫でられるひな。何その声、とリオンはくすっと笑うと。
「今日も実践授業だったからねー……ひなに取ってはちょっと大変よね」
リオンはそう語りかけながら、少し疑念を抱いていた。ここ最近に来て、魔法の実践授業が急に増えてきたのだ。
私立帝華高校には特進クラスという、魔法族という魔法使いの資質がある人間が秘密裏に魔法を勉強するクラスがある。リオンもひなも、その特進クラスの生徒である。
魔法族はとある事情により、魔法使いバレを避けるために表立って魔法を使用することはほとんどない。魔法の実践授業もそれを避けるという建前のもとあまり頻度は多くなかったのだが……最近、明らかにその頻度が増えているのだ。特に今週は3日連続で実践授業があった。
「ひな、最近不安に思うことがあってねー」
「不安?」
頭に手を置かれたまま、ひなはつぶやく。
「うんー。実践授業、増えてきたでしょ? 私、疲れてすぐ寝ちゃうから……」
魔法使いも、魔法を行使する際に体力を大きく消費する。訓練によってその体力を鍛えることが出来るが、生まれ持った素質によっても大きく変化する。ひなは、魔法を扱う素質こそあるものの体力が追いついておらず、一回使用すると深い眠りについてしまうのだった。
「授業中でも寝ちゃうものね、ひなは」
「不可抗力なの。でも、いつもそうだと授業にろくに参加出来ないでしょ?」
「そうね……」
授業ごとに寝てしまうひな。訓練すれば鍛えられるとは言ったものの、当然寝た時間だけ他の生徒との差は広がる一方だ。
「だから、克服したいなーって最近思っててねー……魔法も上手いリオ様なら、いい方法知ってるんじゃないかなって」
「うーん……前にも話したと思うのだけど、私は子供の頃から使用人に教えてもらってたから。そういう方法は正直あまり分からないのだけど……」
そう言って、リオンは目を反らすように外に目を向けた。少し、申し訳なさそうに。
「でも、ひながそういうのなら力になりたいわね。あなたの魔法を見て、アドバイス位なら出来ると思うし……」
力になりたい。リオンが心から素直に思える相手は、ひなただ一人だった。
「リオ様っ」
ひなはキラキラとした純粋な瞳を向けてくる。抱きつかんとする勢いだが、さすがに人前なので自重しているらしい。
(自重出来るんだ……)
変なところで、リオンは感心してしまった。
「リオ様ー、まだ時間あるからコンビニ行こ?」
最近、ひなは迎えの車を待つ間こっそりとコンビニに行くことがマイブームとなっている。目的はお菓子を買うこと。
「んー……いいわ、ついていってあげる」
「あれ? いいの?」
予想とは違った答えにひなはきょとんとした。ひなはリオンにいつもそんな感じで誘うものの、大抵は『宿題を済ませたい』だったり『休憩してたい』だったり『ひなの呪縛から解き放たれたい』などと何だかんだ理由をつけられて拒否され、結局一人で行くことが多かったからだ。
「じゃあ行かないわよ?」
「やーだ! 一緒に行くのー!」
小さな子供みたいに駄々をこねるひなに苦笑いするリオン。二人は校舎と呼ぶにはあまりにも豪華すぎる建物を後にした。当然のごとく、昇降口は自動ドアである。
帝華高校の付近には細い裏路地が存在する。車送迎でない帝華高校の生徒が登下校に使用する程度で、人通りや車はほとんどない。ひなは普段ここを通って、コンビニへお忍びで向かっている。
「結構雰囲気いい場所じゃない。こうやって久々に来たけれど」
レンガ模様で舗装された道路が、夕日に照らされオレンジに照り返す。周りの民家はほぼ年季の入った木造住宅、そうでなくても景観を壊さないよう木の色で塗装されている。付近の表通りもだいたい帝華学園グループの影響でそんな感じになっているのだが、なぜこんな人気がない場所までもかかわらずここまで気合の入った景観にしているのだろうか。
「いいでしょ、リオ様。エモーい場所でしょ?」
「うーん……何か、違くない?」
相変わらず気の抜ける、のほほんとした声。リオンは少し首をかしげた。ひなとリオンは、他愛のない会話をしながらコンビニへ向かう。しかし、リオンは感じていた。
何かが、おかしい。
「ひな。……分かる?」
「リオ様……?」
その違和感に耐えきれず、リオンは足を止め真剣な口調でひなに聞く。
「魔力が……不気味な魔力が満ちているわ」
「え……」
ひなの頬に一筋の汗が伝った。
「――来る」
そう呟いた瞬間。空気中に満ちている魔力が一点に集中し、紅のエネルギーとなって固まる。そしてそこから醜い狼が一匹、また一匹……と、産み落とされていく。
「嘘、魔物……!?」
ひなは怯えてリオンの陰に隠れる。魔物との邂逅はひなにとって初めての出来事だった。
狼の魔物達はリオン達を鋭い眼光で睨みつけ、涎を垂らしながら不気味な唸り声を発していた。今にもこちらに襲いかかりそうだ。
リオンは冷静に、すぐさま赤い鉱石のついた短杖を取り出した。
「はぁああぁぁーっ!」
その短杖にリオンは魔力を込める。すると、その短杖はリオンの身長以上の鎌に形を変えた。強力な魔力の波で、リオンのツインテールにまとめた金色の髪が、夕日に照らされオレンジに光りながら激しく美しくなびく。ひなはその光景に見とれていた。
「ひな、油断しないで! 最低限の自衛はしてよね!」
「う、うんっ」
ひなも杖を取り出す。上側に植物の双葉が生えている奇妙なものだが、そこに魔力を込めると杖が伸びて上部がぐるぐる巻きとなり、その双葉はぐるぐる巻の根本に移動しリボンとなった。
「ひなもリオ様を助けるよ!」
「ありがとう、でも無理はしないで!」
ひなにとっては初めての実戦である。魔力に不安のあるひなは自分の力に心細さを持っていたが、そんな事は一切関係のない状況であった。油断すれば、冗談抜きで死ぬのだから。
「グオオォォッ!」
ひなの身長くらいの大きさを持つ狼の魔物は、思わず足がすくみそうなほど不気味で低い咆哮を上げながら、一斉にリオンめがけて突進して襲いかかってきた。
「炎よ鎌に集え――」
リオンは軽く詠唱して鎌に炎をまとわせる。
「グァウッ!」
一匹が飛びかかり、噛み付いて来る。常人にはまず、反応出来ない速度で。
「はあぁっ!」
しかし、リオンはそれに合わせて火の粉を散らしながら鎌を横に薙いだ。魔物はか細い断末魔を一瞬あげると同時に、綺麗に上下に真っ二つにされ、地面にびちゃりと落ちた。
リオンは華麗な鎌さばきで次々と突っ込んでくる狼の魔物を焼き斬っていく。自身の魔法によって強化された身体能力により、リオンは驚異的な反応速度を得て魔物をさばいていく。
炎をまとった鎌は赤い軌跡を描いて踊り、魔物をたやすく両断し黒みがかった紅の魔力の飛沫をあげる。真っ二つにされた魔物の屍が辺りに散らされ、屍から次々と魔力が蒸発して空気中に還って中和されていく。
「リオ様、大丈夫!?」
「大丈夫! この程度なら無傷で行けるわ!」
不安そうに尋ねるひなに、キリっとした顔でリオンはうなずく。その真っ直ぐな紫の瞳に、ひなは少し胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「リオ様――ひなは、信じてるよ!」
リオンが全ての攻撃を引き受けるため、ひなに魔物の攻撃が飛んでくることはなかった。リオンの体力をカバーするため、ひなはエネルギータンクとして魔力を供給し続ける。
「これで、最後!!」
リオンが飛びかかって来る最後の一匹を斬り上げる。空中で鎌の先端に突き刺された魔物に、追撃の炎が身体を貫いた。魔物は飛沫を上げながら跡形もなく粉々に砕け散り、空気へ還元された。
「……もう、気配はないわ」
静寂。不気味な唸り声はもう、聞こえない。お洒落にレンガ模様で舗装された地面には、まだ蒸発しきっていない魔物の屍が散らばっていた。
リオンとひなは、それぞれ展開していた得物を元に戻した。
「リオ様……ありがとう……!」
「うわ、わっ!?」
終わるやいなや、ひなはリオンに抱きついた。怖かったのだろう、その緑の瞳は涙に溢れて光っていた。
リオンはひなを思い切り強く抱きしめ返した。ひなの身体が小さく震えるのを感じ取っていた。
「怖くて……怖くて……」
「……よく頑張ったわ、ひな。私もひながいてくれて、少なからず助かった」
頭を優しく撫でてあげるリオン。
「ほんと……? ひな、リオ様の役に立てた……?」
「ええ。魔力供給、助かったわ」
ひなが落ち着くまでしばらく、リオンはひなを離さなかった。あれだけ頑張ったのだ、ひなはやがて寝てしまうだろうとリオンは思ったが、ひなが眠くなる素振りは一切見せなかった。
「ひな……大丈夫? 無理して起きてない?」
落ち着いたのを見て、リオンはひなを離した。
「んー、全然眠くならないんだよねー。何でなのか、ひなもわかんない」
リオンは、ひなが嘘をついて無理しているようには到底思えなかった。
「不思議な事もあるものね。……ひな、コンビニはさすがに諦めて戻りましょう?」
「そうだねー。ちょっと残念だけど、何が起こるか分からないもの」
二人は帝華高校へと戻ろうと、来た道を戻ろうとした――その時。
「!? ひな、後ろ!」
「リオさ――」
ひなが振り返ると、狼の魔物がひなの頭ぐらいの大口を開けて喰らおうとしている最中だった。その距離、10cm。
全く気配を感じなかった。ひなは絶望を感じた。世界がスローモーションになり、そして身体はやがて首元に来るだろう強烈な痛みに備えて石のように動かなくなる。
リオ様、ごめんなさい。ギュッと目を閉じる。涙が伝う。
グチャリ。――その水気を含んだ生々しい音は、ひなの身体から発せられる音ではなかった。
ひなは恐る恐る目を開ける。目の前にはさっき至近距離で自分を喰らおうとしていた狼の魔物が、飛沫や液体なしに倒れていた。
そして、Tシャツに動きやすそうな長ズボンを着ている、見知らぬの女の子――おそらく高校生だろう――が肩で息をしながら、その喉笛にナイフを2本突き立てていた。
金属のような臭いが鼻をかすめる。彼女のTシャツには、肩の辺りから血のシミが出来ていた。
そして彼女は力を使い果たしたのか。横にふらりと身体が傾くと倒れ込んでしまった。
あまりに突然の出来事に、しばらく状況が飲み込めないリオンとひな。ようやく状況を理解したリオンは、
「ひな、応急処置をお願い! 私は回復魔法を試みるわ!」
「わ、わかったよリオ様っ」
ひなはリオンの言う通りに、少女の容態を確認した。ひなの父は病院の院長であるため、聞きかじりの医療知識がひなにはあった。――まさかこうして、本格的に役に立つことがあるとは思わなかったが。
リオンは得意な属性こそあれど、全ての魔法をそつなくこなすことが出来る。癒やしの光が、倒れている少女を包み込む――はずだった。
「魔法が……効かない……?」
リオンは違和感を感じて詠唱をやめた。回復魔法が少女にかからないのだ。もっと具体的に言えば、リオンは彼女に魔法が触れる際、その魔力が全て消えてなくなるような――なんとも気持ちの悪い感覚を感じた。
「え、嘘。……ほんとだ、魔力を受け付けない」
ひなも軽く魔力を当ててみる。やはり、少女の体に当てた途端魔力は打ち消される。
「何なのかしら。黒蝶石のような性質を持ってる? いや、違うわね……」
黒蝶石とは、その名の通り黒光りする鉱石である。魔法使いの首に付けると魔力を放電することで魔法を封印する効果があるとされるが、既に放たれた魔法そのものを無効化するような効果はない。
「……とりあえず、この子の様子はどうかしら」
少し戸惑いながらも、リオンはひなに報告を促す。
「わかった、リオ様。えっと……まず脈と息はあるよ。それと血も止まってて失血の恐れもないから、応急処置は必要なさそう……あれだけの出血が自然に止まるなんて、ちょっと不思議だけど」
ひなの丁寧な報告にリオンは新しい一面を見つけて感心した。さすがは病院の娘である。
「とにかく、多分疲れちゃって寝ちゃったんだろうね。一応、救急車は呼ぶべきじゃないかな」
ひなの言葉を聞いた上で、リオンは首を横に振った。
「この状況――多分、救急車は呼べないと思うわ」
辺りにはまだ、魔物の屍が散乱している。魔物の存在を一般人に知られるのは当然ながら避けるべき事態だ。
「じゃあ……高校の保健室……?」
「……そうなるわ、ねっ」
リオンは倒れている少女を肩に担いだ。特別致命傷ではないことが分かったため、多少乱暴でも大丈夫だろうという判断だ。
「お、っととっとと!?」
魔力で身体能力を補強し運ぶ算段だったが、それすら打ち消されて予想外の負荷にリオンはよろめく。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。でも、この状態でも私の魔法が使えなくなるのは勘弁願いたいわね……」
少女の体重は軽く、魔力補強のないリオン一人でも運べそうであった。
リオンが少女を担ぎ、2人は警戒をしつつ裏路地を抜けて帝華高校へと戻った。