日はすっかり暮れ、夜の風に吹かれた木々のさざめきが聞こえる。屋敷に戻ったリオンはネグリジェ姿で自室にいた。
「……はぁ」
スマホ端末であるM-Phoneを片手で持ってTwitterでエゴサをしながら、天蓋付きの豪華なベッドにごろんと仰向けで寝転がる。Twitterでのエゴサで、自分やひなのことに触れているツイートや、ファンボーイからのリプライ、ユーザーからの創作物。これらを眺めて、心の中を満たしていく。もはやいつものことと化しているが、そのことがリオンの心のオアシスの一つになっていた。
しかし、あまりにも今日は色々ありすぎた。そりゃあため息だって出てしまう。時間と余裕があれば思いつきでゲリラ配信をすることもあるが、今日に限ってはとてもライブ配信をする気にはなれなかった。
魔物の発生と久々の戦闘。自分の実力が鈍らずにいたことにまずは安心した。おそらくここ最近増えだした魔法実践授業のおかげでもありそうだが。
だが……その後。油断しきって魔物の気配に気づかず、ひなを危険な目に遭わせてしまった。あの時はやてがいなければ――そう考えると、リオンはゾッとした。
ひながいなくなる。そうそう起こらないと思っていて意識の外にあった悲劇の空想が、一気に現実味を帯びた瞬間であった。
そして、嫌なことに、あのときの光景は、はっきりと自分の脳内で再生ができるのだ。リオンはそのフラッシュバックを、空想に戻したい気持ちでいっぱいだった。
「ん……」
リオンは自室を暗くして、ディスコードでひなに通話をしようとした。何となく、ひなの声を聴きたくなった。ひなをなるべく近くに手繰り寄せておきたかった。
そうしないと、ふと、水の泡のように音もなく静かに消えてしまいそうな気がして――。空想に戻したいというのはあくまでも願望で、現実はやはり、あの一件がリオンの足首に巻き付いて、今まで感じたことのない不安の感情へと引きずりこみ続けていた。
『ぴよぴよー。どーしたの、リオ様?』
ほどなく、掴みどころのない、ふわふわとした声――いつもどおりなひなの声が電話越しに聴こえる。リオンは心底ほっとした。心地よいひなの音で鼓膜が震えると、少し目から涙が出そうになり、相当精神がやられてるな、と我ながら感じて苦笑いした。
「そうね。……ちょっと、ナーバス? になってて」
配信では絶対に聞かせないような、自嘲の混じった少し弱気な声。寝転がりながら通話しているのもあって、外にいるときの芯のある声とは大きなギャップがある。
『今のリオ様、すごくかわいい』
「うるさいー……」
『かーわーいーいー』
「むうー……」
からかわれても強く言えない。リオンには反論する余力がなかった。それくらい、リオンはふにゃふにゃになっていた。
『ひなにしか聞かせない?』
「聞かせるわけないじゃん、ばか」
『だよねー。こんなリオ様、外に出しちゃったらガチ恋勢が殺到してくるね?』
「うるさいうるさい!」
『リオ様さいっこぉ……♪』
ひなのからかいに、リオンは顔に熱がものすごい勢いで集中するのを覚えた。脚をバタバタさせて、身悶えする。正直すごく恥ずかしいけれど、なぜだかほんのり胸の奥に甘いようなものが生まれてくる。
ああ、これ、私ほんとおかしいな――。
『でー? 多分……あのときの、こと?』
ひなのスイッチが切り替わる。
「そうね」
細かい説明はいらない。あのときのこと、だけでお互い通じる。
「……それで、ひなが居なくなるのが怖くなって……繋がりたくなった」
素直になれるのは、寝転がっているのと、電気を消して部屋を暗くしておいたからだろう。恥ずかしいけれど、それでも今はひなに甘えたい。
か細い声になってしまうのは、もはや感情が外に出すためのフィルターに掛けられていないからだろう。
『……ひなも。リオ様に会えなくなるの、すごく嫌だ』
電話越しに聴こえてくるひなの声。聞き慣れたふわりとした声に、強いわがままに似た願いが確かに内包されていたのをリオンは胸の奥深くで感じ取った。
「ひな。怖い思いをさせて、ごめんなさい」
リオンは心に思うままに謝った。つっかえ棒が外れたみたいに、今のリオンは胸に浮かんだ言葉をすらすら言えてしまうような状態だった。
『ううん。こんなことで死ぬかもしれないというのは、魔法族に生まれたひなの宿命だから。だから、自分のことを自分で守れないひながいけないの』
ひなも同じようだった。リオ様、自分を責めないで。リオンには後ろに隠してあるその言葉が、確かに読み取れた。
「ひな……」
『だから……ひな、強くなりたい。リオ様に悲しい思いさせたくない』
決意の強さが溢れる。
『でも、ひなが強くなるためには、まだリオ様に頼らなきゃいけないかな……』
少し悔しそうなひな。リオンの才能に対し嫉妬しているのではなく、ただ自分の純粋な無力さに悔しいと感じているのがひしひしと伝わる。
リオンはそんなひなのためなら、力を貸すのをいとわなかった。
「……わかったわ。ひなのためなら、ひなが私の隣にいてくれるのなら……私はどれだけ時間を割いても構わないわ」
『リオ様……!』
心の底から嬉しそうなひなの声を、リオンはしっかりと聴いた。胸の奥深くが、エゴサをしているときとはまた違った感情に満たされていく。
「ひな、あなたの味方は……この、鷹宮リオンよ」
自分の存在意義を再確認するかのように、リオンはひなと自分自身に言い聞かせた。
『知ってる。……ひなは、それがすごく心強いよ』
「ありがと」
『リオ様と幼馴染で、ほんとによかった。すごく、幸せ』
「……恥ずかしいわよ、もう」
『ふふふー。ひなも』
やがて、会話はいつもどおりの絡みに戻っていく。でも、リオンはこのやり取りを通じて、『ひなを守りたい』と、より強く刻み込まれたような、そんな気がした。
その夜、リオンは自分の枕を強く抱きしめて眠りについた。
――絶対に、私のそばから離さない――。