第4話1 -溢れる歪-
謎多き転入生、中島はやてが帝華高校に編入してから3週間ほど経った、とある土曜日の午後。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様♪ ――ふふ、お料理褒められちゃった」
リオンは、バーチャル秋葉原の一角に存在するとある小さなメイド喫茶にてアルバイトをしていた。学校の休日、主に土曜日。社会見学のためのアルバイトである。
メイド喫茶は基本的にはリピーターを相手にする商売だ。そのため、リピーターとの交流が他の接客業以上にとても大事なものになってくる。
また、リオンが働くメイド喫茶はメイド自らが手作りで料理し、『お給仕』をするシステムとなっている。
なので、リオンがこのバイトを始めてからというものの、何だかんだコミュ力や料理の腕が上達してきている。屋敷にいる使用人の苦労もちょっとばかり知ることができ、実は社会見学という目的にかなり適しているアルバイトだったりする。リオン自身も、このアルバイトが嫌いではないようだ。
そして、リオンは学校の友人にバイト先を教えている。友人たちが見せる休日の顔や私服を見れるのも、リオンが思う楽しみの一つだった。
「お帰りなさいませ、おじょ――はいはい、来るの分かってたわよ」
……今来た身も心もぴよぴよしている子はもう見飽きているが。リオンのよそ行きの態度が一瞬で素に戻った。
「今日のリオ様、何だかいつもより笑顔が素敵だね? 何かあったのかなー?」
「な、何もないわよ。ほら、とっとと席行く!」
「はいはーい♪」
リオンのメイド服姿を見てふにゃふにゃしているひなの顔を見て、最近色々物騒なのにひなは相変わらずだな、とリオンは感じた。
はやてが転入してからというもの、特進クラスの雰囲気は少し緊張感のあるものとなっていた。魔物の出現報告が上がり始めたのだ。
リオン達は車での送迎なのであの一件以降遭遇していないが、徒歩で登下校する生徒のうち、特に強い魔力を持つ生徒が主に遭遇しているらしい。魔物の強さは遭遇する魔法族の持つ魔力に応じた強さになりやすいので、あまりにも魔物が強すぎるがゆえに大怪我を負った生徒はいないが。
「リオ様ー、いつものー♪」
席につくなり、ひなはメニューも見ずに注文をする。
「分かってるわよ、ミックスジュースとぴよちゃんパフェでしょ? よく飽きないわね、毎週のように食べて」
「だってー、リオ様の手料理だしー?」
屈託のない笑顔。今のひなからは幸せオーラが全開で放たれている。私で幸せになるなら別に悪くない、とリオンは内心思う。
しかし、ちょっとばかりリオンからも言いたいことがあった。
「少しは他の料理も食べてくれると嬉しいのだけど。私がミックスジュースとパフェしか作れないみたいになるじゃないの」
毎週毎週ひなが来て注文するものだから、この2つが明らかに他の料理より手際よく出来てしまうのはリオンも割と感じつつあった。
「それもそっかー。じゃあ今度考えるねー?」
「……今日は結局いつもの?」
「あとチェキ15枚ー」
「多い多い多い!?」
「だってメイド服を着たリオ様、可愛すぎていくらコレクションしても足りないんだもの」
そんなにメイド服が好きならばひなもメイド喫茶で働けばいいのに、とリオンはいつも思うのだが、ひな曰く『課金したい側の人間』らしい。リオンはその感覚がイマイチ分からなかった。
ひなからのオーダーを受け取り、リオンはキッチンへ向かう。最初のうちは戸惑っていたパフェ作りも、今ではもう慣れたもの。職人のようにテキパキと材料を乗せていく。
――が。
「う……」
リオンは突如、めまいを起こしてふらついた。キッチン台のへりにしがみついて何とか倒れずには済んだが、その場でしゃがみ込んでしまう。
「わ、リオンちゃん大丈夫!? 最近学校でちょっと無理してたりしてない?」
「あ、いえ、大丈夫です……心配していただいてありがとうございます」
「リオンちゃん頑張り屋だから、自分の身体には気をつけてね?」
「はい。ありがとうございます」
年上のメイドに心配されながらも、リオンは立ち上がって作業を続ける。あのめまいの感覚は、決して疲れから来るものではない。リオンの胸の奥で、もやもやした嫌な感情が湧き上がってくる。
――魔力が、おかしい。しかも……今までに感じたことが無いくらい、嫌な魔力。
「おまたせしました、ミックスジュースとぴよちゃんパフェです」
一応、出来上がったいつもの料理をひなの元へ持っていく。しかし、リオンよりは魔力に鈍感なひなも、その気味の悪さを感じていたらしい。ひなのふわふわとした笑顔はどこかへ行ってしまっていて、深刻そうな顔でリオンを見つめる。
「リオ様。……だいぶ、やばいと思わない?」
「そうね。あれほどの感触……ひな、覚悟を決めたほうがいいかもしれないわ」
「……分かった」
いつでも出られるよう、ひなはお金をテーブルに出した。そして、それなりにボリューミーなぴよちゃんパフェに物凄い勢いでがっつき始め、あっという間に平らげてしまった。
「リオ様。今日はチェキ、撮れなさそうだね」
「ええ。……多分、そろそろ何か――」
『おい! 逃げろ! とにかく逃げろー!』
リオンの言葉を遮るように、店の外で男が大声で叫ぶのが聞こえた。次々と『化け物』『逃げろ』などと言う単語がごった返してくる。外がにわかに騒がしくなり、不安と動揺でざわめき出す店内。
リオンは決心した。ひなも、リオンの意を顔から読み取って頷く。
「行こう、ひな。これは、私達じゃないと何とか出来ないと思うわ」
「ひなはリオ様に、ずっとついていくよ」
リオンとひなは、出口に向かって駆け出した。当然、リオンはメイド服のままだ。
「すみません! 店長に外の様子見て来ると伝えて下さい! あと、この子の代金はテーブルに置いてあるので!」
「え、ちょっと、リオンちゃん危ないよ……!?」
近くのメイドにリオンは軽く用件を伝え、制止を無視してリオン達は店を飛び出した。