進撃の巨人 For the past five years 作:灰かぶり
「――ぐっ!!」
予期せぬ重力に叩きつけられ、悲鳴をあげる内臓。
背中にある地面の感触と頭に降りかかる砂のほこりから、フーゴは自分が倒れてしまったことに気付いた。正確には、倒された、であったが。
「っ! いってー……」
針でつつかれたような痛みが背中を走る。だが、頭は打ってないから大丈夫か。
気付けに頭を一振りし、フーゴが改めて見渡すのは、果てのない茜空から移った壁に阻まれた地上。その視界の中には片手と片膝をつき、伏せた態勢のまま動かないアダムがいた。どうやら自分と違って転ばなかったらしい。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい、何とか。フーゴさんこそ大丈夫ですか?」
態勢を変えず、アダムが心配そうな顔をフーゴに向ける。確かに、自分の方が重傷そうだ。
「大したことねーさ、訓練中に屋根から落ちるのと比べたらな」
「そうですか、良かった…………今の、爆発音ですよね?」
「みたいだな」
軽口に対して返ってきた重々しい口調に、フーゴは文句を言わず声音を合わせる。
冗談を言っている場合ではないのは、お互い承知していた。
「凄い音だったけど、一体何が……?」
「俺に聞くなよ、と言いたいところだけど……多分間違って、砲弾でも落としちまったんだろ」
「砲弾? …………壁の上から、ですか?」
「だから分かんねーよ、街の方から聞こえてきたみてーだし。でも他に考えられないだろ。街の中に落ちてなきゃいいが……」
フーゴが立ち上がりながら言ったのは可能性の示唆。
大地が揺れ、倒された時に聞こえた爆発音。そんな音を出せるのは壁外に隣接している壁の上に備えられた、対巨人用の砲弾しか考えられない。
フーゴはそう断定し、そして最悪の可能性を心配していた。外側に落ちていればいいが、内側だと住民に被害があったかもしれない。
「…………違う」
「あ?」
異を唱える声。その出所は地の底ではなく、見下ろす先に居たアダム。
自分より背の高い少年にその視線を送れたのは、彼がまだ伏せた態勢を解いてなかったからで、
「そんなんじゃ、ない……!」
その姿はまるで、危険を察知した獣だった。
「……なんで、そう思うんだ?」
「――え? あ、いや、それは分かりませんけど……。でも、音が聞こえる前に一瞬だけ、空から光が……」
「光?」
「…………すみません、やっぱりよく分かんないです。とにかくなんか――――嫌な予感が、する」
獣の唸り。その威嚇するようなアダムの声を聞き、フーゴの頭の片隅に疑問が浮かぶ。
砲弾が爆発しただけで人を跳ね飛ばすような揺れが、この大地に起きるだろうか。
(それに……)
アダムの言う「光」。自分も、見た気がする。
「――ちっ。考えても仕方ねぇ、今は状況確認が先だ。悪いけど一応お前にも付き合ってもらうぞ。人手は多い方がいい」
「それは、別に構いませんけど……」
「ならさっさと立て。心配しなくても、砲弾落としただけか、それか地上に残ってた不発弾が爆発しちまったんだよ。だからそこまでの被害は無いはずだ。内側に落ちてても、さすがに民家には直撃してねーだろ」
「……そうなんでしょうか?」
「もしかしたら地震ってやつかもしれねーぞ? よく知らねーけど、落とした砲弾が運悪く不発弾に当たっちまって、そんな事が起きたんじゃねーか? もしくは壁を作った神様が怒って、大地を揺らしたとかな」
「……もしかしてフーゴさん、ウォール教信者ってやつなんですか?」
「あんな胡散臭いもん誰が信じるか。ごちゃごちゃ言ってねーで行くぞ」
ごちゃごちゃ言っていたのは自分か、と思いながらフーゴは足を内門へと向ける。
一歩二歩と進んだ所で後ろから聞こえてきたガチャガチャと鳴る音から、立体機動装置を付けたアダムがちゃんと来ている事を確認し、彼は速度をあげて走り出した。とりあえず自分も装備を付けなければと思い、外したまま置きっぱなしにしている筈の駐在所へと目的地を変える。
そして同時に、別のことを考えていた。
(なんで俺は、あんな事を……)
やけに饒舌に捲くし立てた言葉。その中にあった、壁を作った神様の怒り。
とんだ世迷い言だ、とフーゴは思った。そして、それが自分の口から出てきたことが、信じられなかった。
(しかも地震ってなんだよ……。ただの砲弾の爆発だろ?)
そう断定したはずの自分に再び問いかける。
が、答えは返らず、消えてしまって帰らない。
代わりに、見えない不安が彼の脳裏に押し寄せてきた。それは、アダムの異様な雰囲気に中てられたせいか、それとも自分の心の奥が別の可能性を見つけていたのか。
彼には分らなかった。
(……とにかく、今は装備と、隊の合流が先決――)
「フーゴさん、あれ!」
いつの間にか横に並走していたアダムが前方を指差す。
壁際を走る2人の前には駐在所が見えるが、アダムの指先はそこでなく、内門前の広場を示していた。
「おいおい、何で馬が暴れ――そうか、さっきの衝撃で…………あいつ大丈夫か?」
暴れる馬を同僚が必死になだめている光景を見て、フーゴは走る速度を落とさず声をあげた。
内門を挟んで、駐在所の反対側。馬術訓練場に併設されている馬小屋からアダムの馬を連れてきていた同僚は、内門前で揺れの被害にあったらしい。
存在自体、すっかり忘れていた。
「俺、ちょっと行ってきます!」
「あ、おい――」
「大丈夫です! あいつを落ち着かせるの慣れてますから!」
フーゴの呼びかけを背負い、アダムが風のように走り去る。速い。
あれが若さか。
(それ差し引いても、立体機動装置付けてあんなに走れるとは……)
馬と鹿でもあるし、やっぱり獣か。装備無しで全力疾走しても追い付けない悔しさを、フーゴはそう評した。決して自分が太っているからではないはずだ。
最近出てきた中年腹を気にしながらも、彼なりに必死で走って駐在所にたどり着いた時、アダムは既に馬をなだめ終えていた。かなり暴れていたのだが、やはり飼い主――正確には軍の所有物だが――に任せるのが一番らしい。
(とりあえず、あっちはあいつに任せるか)
先ずは自分の装備。状況も、壁の上からの方が掴める。優先事項を確認し、フーゴは扉のドアノブに手を伸ばした。
その時、何の機構もない木造小屋の木製の扉が勝手に開き、フーゴの鼻先を掠める。自動で開く仕掛けがある訳では決してない。
「うおっ! フーゴか、驚かすなよ……」
「驚いたのはこっちだ! いきなり開けんじゃねーよルッツ!」
尻もちをついて見上げるフーゴの視線の先は、扉があった筈の場所。小屋の中が見えてしまっているそこには金髪の若い兵士――フーゴの班員であるルッツがいた。
「悪かったって、そんな怒らないでくれよ」
ルッツがフーゴに手を差し出す。そして同時に、余計な口も出した。
「それに、家から出ていく時にノックする奴なんていないだろ?」
開け方の問題だ。いつもならそんな文句の一つでも口にするフーゴだったが、彼は無言でルッツの手を強く弾いた。
「いてっ! な、何すんだよ……ただの冗談だろ?」
「冗談言ってる場合じゃねーだろ。今がどんな状況か分かってんのか?」
痛みに手を抑えるルッツを見ながら、フーゴは自力で立ち上がった。背中の痛みがまたぶり返していたが、走れたからそこまで支障をきたさないだろう。
「どんなって……砲弾でも落ちたんじゃねーか? あんだけの爆発音だから相当落ちただろ。壁際に居た巨人も一気に死んでたりしてな」
「――何、暢気なことを……! いいから急いで中の奴ら連れてこい!」
「え? いや、さっきの揺れで小屋の中がぐちゃぐちゃになっちまったから、他のみんなは片づけしてて、とりあえず俺が様子見に――」
「そんな場合じゃねーって言ってんだろ!」
フーゴは歯痒さをギリッと噛みちぎり、ルッツの胸倉を掴んだ。
「ぐ――っ! は、放せよっ!」
ルッツの抵抗で、宙に浮くフーゴの手。再び握り締める拳は、暴力ではなく焦りを象るように震えた。
胸元を整え、ルッツが不満げに長い髪を掻き上げる。
「なんなんだよ一体、やっと帰ってきたと思ったら……。調査で何かあったのか? あ、もしかして引きずられてた兵士ってのも、やっぱでまかせだったとか――」
「もういい! お前はさっさと俺の装備取ってこい!」
叩きつける言葉と共に、ルッツの胸を強く押す。
よろけて部屋の中へ戻ったルッツの表情が、苛立ちではなく戸惑いに歪んだ。
「ど、どうしたんだよ、フーゴ。本当に何かあったのか?」
「さっきの爆発音聞いただろうが! なんでお前はいつも通りなんだよ!」
「いやだから、砲弾が爆発したんだろ?」
「何言ってんだ、そんな訳――!」
フーゴの口が、全身が止まる。
何を、言おうとした。
「? あ、もしかして街に落ちたとか思ってんのか? ないない、そこまでのヘマはしないだろさすがに。あんたも意外と心配性だったんだな」
ルッツの楽観的な所はいつも通りだ。けれど、フーゴはひどく違和感を覚えた。
自分自身に。
「――なぁ、本当にどうしたんだ? 顔が真っ青だぞ?」
「……なんでも、ない。外の様子は俺が確認してくるから、お前は俺の装備を持ってきてくれないか」
「お、おう、分かったよ。それじゃ頼むな」
急にしおらしくなったフーゴを気味悪げに一舐め見て、ルッツが扉を閉める。そんな彼の態度にも、フーゴは反応できなかった。
(…………なんだよ、これ)
目の前にあるのは、閉じられた扉。古ぼけた木目の年輪が、不吉なほどの歪みに見える。
しかし、フーゴの疑問はその慣れ親しんでいるはずの扉に発見した、不思議な違和感では無かった。
(……なんで)
疑問は、ルッツの言葉。自分自身も口に出した答え。
何故、否定しようとしたのか。
(――なんでこんなに、震えてんだよ……)
分からない。
分からないのに、確信しているような自分が、分からない。
フーゴは震える拳から力を抜き、頭を掻きむしった。
「あーくそっ! くそったれっ! あの馬鹿が、変なこと言うから……!」
獣の少年。人が変ったように、警戒心をむき出しにしたアダム。
毒に中るのと同じように、自分もそのあまりの雰囲気に影響を受けたのだろう。ただそれだけで、決して、他の可能性を見出しているわけではない。
そう自分を納得させ、震えを抑えたフーゴは、体を翻し内門へと向かった。
内門は閉まってはいない。そして、爆発音は街の方角から。
壁に囲まれた街の外、フーゴが今居る場所から状況を掴むためには、とりあえず街と繋がっている内門に向かうしかない。
その彼の判断は正しかった。だが内門へと近づくにつれ、その正しさは薄れていった。
それは、間違っていると思ったわけではなく――拒絶だった。
「…………坊主?」
手綱を引く兵士が、静まった馬を元の厩舎へ連れていく姿が視界の端に映る。しかしフーゴの目には、開かれた門へと顔を向け、ただ独り立ち尽くすアダムしか入らなかった。
その横顔が、あまりにも虚ろで。少年へと近づく足が進む事を拒み。
再び、フーゴは震えた。
(――くそっ! 一体なんなんだよこれは!?)
寒さ故でなく人が震えるのは、激情。この世界とは違い、果て無く広がる人の感情は、時にはその身に納まらない。そしてフーゴのそれは怒りでなく、悲しみでも喜びでも無かった。
それは、紛う事なき恐怖。
たとえ彼の出した答えの返事とはそぐわない物だとしても、まるで別の誰かが違う答えを見出したように感じても、それは間違いようのない恐怖だった。
だからこそ分からない。何故、こんな物が自分の内から出てくるのか。
フーゴは混乱したまま、太ももを殴りつけ無理矢理足を動かした。そして、意識の無いまま立っているようなアダムへ近寄り、彼の肩を掴んだ。
「おい坊主、しっかりしろ」
「…………フーゴ、さん」
アダムがうろんげに呟き、ゆっくりと腕を上げる。
高さを増すごとに、思い出したかのように震え出した腕が、彼の動かぬ目線の位置で止まった。
「――あ……あれ」
震える指先が示すのは、少年の見る世界。開かれた門を通し見る、自分の故郷。
フーゴはそちらへ顔を向けた。
「――あ?」
変わらぬ街。奇麗な夕暮れに染まる、慣れ親しんだ場所。
日常の景色の中に、小さな異物が大きな違和感とともに混じる。
「――嘘だろ」
真っすぐに伸びる道を挟み、乱立する建物。遠くに見える高き壁。
壁にかかる手――人の、手。
それは、あり得ない――あってはならない、人と同じ形をした、手。
「――嘘、だ……」
顔。壁の上から、街を覗く顔。
まるで目と鼻の先に居るかのような大きさの顔が、遥か遠くの壁に体を隠して覗く。
人の形をした顔。化物の、顔。
「――あ、ぁ……」
まるで、虫籠を観察するように――
「――きょ、じん?」
――
ドガァッ――!
「――っ!」
爆音。風。衝撃。
フーゴは咄嗟に目を閉じて、身を守るように手を掲げた。
「…………冗談、だろ」
手を下ろし、目を見開くと、街は元に戻っていたが、
「まさか、」
一瞬だけ垣間見えた、岩塊が街へと飛び散る光景が、脳裏に焼き付いていた。
「壁が、壊された……のか?」
爆音と共に起こった真実は酷い現実で、そしてひどく、現実離れしていて――
「――は、はは……。冗談、きっついぜ…………神様」
――信じない神へ向け、フーゴは笑った。
「は、ははは……」
カタカタ震える膝。それに合わせ奏でる笑い声が、遠い。
遠くから轟く悲鳴も、聞こえない。巨人も見えない。居ない。
だからこれは、現実じゃない。
逃げ出そうとする彼の意識を呼び起こしたのは、名前。
「――フーゴさん」
それは自らの名。世界に彼を縛り付ける鎖。
現実に囚われたフーゴは、締め上げられたような声を出した。
「は、はは……どうしたよ、坊主。こんな時に」
終わりだ。もう終わりだ。
意図なく出した言葉の裏で湧きあがるのは、絶対的な恐怖。
分からなかったのではない。それでも、フーゴには分からなかった。
心の底の奥深く、人間という種としての恐怖は、平和な時が作った意識の壁に阻まれていた。
それでも彼に震えを起こしたのは、アダムの言葉で壁が崩れかかっていたからかもしれない。もしくは、本能として刻まれているその恐怖が、僅かな隙間から漏れていたのかもしれない。
けれどもう、そんな推測は何の意味もないだろう。
「こんな……世界が終わる時に、よ」
壁は、壊されたのだから。
「フーゴさん、今……」
「だから、なんだよ……?」
「今、あそこ……」
「そんなこと見りゃ分かんだよっ! いちいち口に出してんじゃっ――――?」
恐怖と混ざり合った苛立ちが止まる。
それは、顔を横に向けて見えたアダムの表情が、自分よりも怯えていたからではなく、
「……おい坊主、どこ見てんだ?」
震える指の示す先が、巨人の表れた箇所から街の西側に変わっていたからだった。
「あそこ、あそこに、今――」
「フーゴ!」
揺れる言葉を遮る声。
振り向くとそこには、立体機動装置を持ったルッツが来ていた。
「……よぉ、ルッツか」
「持ってきたぞ、あんたの装備。それよりも今の音はなんだよ? また爆発か?」
ルッツが重い装備を下に置き、息を整える。
楽天的でお調子者だが、さすがの彼も異変を感じて、急いで走ってきたようだ。
「爆発……みたいなもんか」
「は? どういう意味だよ?」
「そのまんまだよ、俺もよく分からん。いや、分かりたくねーのかな……」
「? あんた変だぞ、さっきから。どっかで頭でも打っちまったのか?」
フーゴは答えず、上空を指差した。
「遠くで起こったから、よく見えなかった。あとは、上の奴らにでも聞け……」
そう投げ遣り、ルッツの問いたげな顔を無視して、フーゴは装備を身体に取り付け始めた。
正確に言うと、何が起きたのかならば話す事が出来た。
壁の高さを超えるほどの巨人。爆発音。飛び散っていった岩塊。
壁の、崩壊。
しかしフーゴの位置からでは、距離と遮蔽物が邪魔して、壁が空いているのを肉眼で捉えることは出来なかった。だが内壁の上の見張りならば、外壁が壊される瞬間もしっかり見ていたはずだった。
それに何より、彼はわずらわしかった。
何も知らないルッツが、まるで別の世界の幸せな住人のように感じて、フーゴには憎むようなわずらわしさが生まれていた。
「おいフーゴ、一体何が……。上の奴らも妙に静か――っていうか、街から、悲鳴……?」
フーゴに答える気は起きない。壁の上の見張りも、恐らく自分のような状態なのだろう。
まるで現実じゃないような虚脱感。まだ確かな恐怖の形が目前に迫っていないからか、それとも恐怖で麻痺してしまったのか。
多分、両方だろう。フーゴはボーっとした頭でそう考えた。
そして、街からの悲鳴はもちろん――巨人が入ってきて、
「――っ!」
人を喰らっているのだ。
「…………アン、ネ」
自分の街で――愛する妻が居る、この街で。
「? あんたの女房がどうか――」
「ルッツ! お前は今すぐ班の奴らと一緒に倉庫から大砲を引っ張り出せ! 俺は上の奴らを叩き起こしてくる!」
「え? お、おい、急になんだよ?」
「緊急事態だ! 巨人が来るぞ!」
「……は? あんた、何言って――」
「つべこべ言わずにさっさと行け! ブッ飛ばされてーのか!?」
「わ、分かったよ……」
走り去るルッツに目もくれず、フーゴは装備の取り付けを急いだ。焦りが邪魔をし、苛立ちがガチャガチャとがなりたてる。
(――落ち着け)
フーゴは一度深く息を吸い、自らの手を波打つ感情から切り離す。そして、手の動きがいつも通りの習慣をなぞり始めると、それに引っ張られるように心も落ち着きを取り戻した。
(大丈夫だ、ウチは大丈夫)
自宅は船の停泊所から近い。駐屯兵団がスムーズに避難誘導を行えば、妻はいち早く逃げ出せる。
しかしそれは、駐屯兵団が訓練通りに事態に対処できればの話だ。巨人が入ってくる危機感など持たず、ただ緩慢に想定しただけの訓練通りに。
(それでもやるしかねーだろ! 巨人が門で待ってくれる訳ねーんだから!)
不安を抑えつけ、装備を整えながらフーゴは壁を見上げた。
壁の上に居る兵士。手順としては、彼らが避難誘導を開始して、門番が外側の警戒ではなく、内側への脅威に対処する手筈になっていた。
自宅まで妻を迎えに行けないが、とにかく上の兵士に早く仕事をするように焚きつければ、自分の妻は助かるはずだ。フーゴはそう思い、立体機動装置の装着に再び神経を注いだ。
こんな時まで自分の家族の心配しか出来ないのかと、少しだけ呆れながら。
「――くそったれ! 兵士になんてならなきゃよかった!」
今すぐ妻の元へ駆け付けたい気持ちと、兵士としてのなけなしの責任感。板ばさみに苦しむ内心を吐き出すようにフーゴが叫んだ時、門の方へフラフラと歩み寄る影が彼の視界を横切った。
黒い獣の少年。アダムだ。
「おい、どこに行く気だ!? お前はさっさと基地に帰れ!」
フーゴは北を指さし叫んだ。
こんな事態になっては連携の取れない訓練兵など邪魔ものでしかない。せめて逃げ出す代わりに、早馬として内地へ事態を知らせてくれた方が役に立つ。
フーゴはそう判断した。何よりも、息子と同じぐらいの少年兵を、戦地に立たせたくないという気持ちに、蓋をするように。
しかし、アダムは歩みを止めなかった。覚束ない足取りのまま門をくぐろうとする。
「おい! ――くそっ!」
まだ混乱しているのか。フーゴは少年を落ち着かせるのが先だと思い、刃の収納ボックスを置き去りにしてアダムへと駆け寄った。
「おい坊主! しっかりしろ!」
「――フーゴ、さん……」
後ろから肩を掴み、こちらへと向かせたアダムの顔は虚ろなまま――いや、先程よりも虚ろな目をしていて、フーゴは顔をしかめた。こんな状況では無理もない。
自分もまだ、妻の事だけを考えて正気を保っているようなものなのだから。
「いいか、坊主。混乱する気持ちは分かるが、巨人は待っちゃくれねー。お前はさっさと基地に帰れ。そしてこの事態を、誰でもいいから伝えろ」
両肩を掴み、虚ろな目を見据えながら真っ直ぐ伝えた言葉に、アダムが首を振る。
「俺、行かなきゃ……」
「? 何言ってんだ、お前が行った所で何も――」
「守る…………守らなきゃ、今度こそ……」
「――おい、どうしたんだよ? おい! ――しっかりしろっ!」
うわ言を呟きながら街へと行こうとするアダムの頬を、フーゴは強く叩いた。
叩かれた頬を手で抑え、少年の瞳に正気の色が宿る。
「……フーゴ、さん?」
「こんな時に余計な手間をかけさせんじゃねーよクソガキ! いいからお前はさっさと――」
「フーゴさんっ!」
宿り始めた正気の色を焦燥に変え、アダムが額を突き合わせる勢いで迫ってきたので、フーゴは腰を抜かす寸前で仰け反った。背中が痛い。
「おまっ! なんだよ急に!? 人の名前を何回連呼すれば気が済むんだ!」
「そんな事を言ってる場合じゃないんです!」
「お前よりも分かってるよそんな事!」
正直言って自信はないが、それでもまだマシな方だろう。フーゴが咄嗟にそう思えるほど、アダムは狼狽していた。首を振り、「違う……違うんです」と泣きそうな声で繰り返す。
何が違うと言うのか。
「とりあえず落ち着け、何も違わねーよ。もう壁は破られたんだ。巨人が入ってくる事はどう足掻いても避けられ――」
「だから違うんです!」
泣き叫ぶように声を出し、走り出したアダムが門をくぐる。そして、脇のホルダーから操作装置を取りだした。
「な、何考えてやがるこの馬鹿っ! 巨人はもう街に入ってきてるかもしれねーんだぞ!」
フーゴは慌てて追いつき、アダムを羽交い絞めにして取り押さえた。が、野生の獣を御せないように、少年は吠えながら腕の中で暴れる。
「離して下さい! 行かなきゃ――俺、行かなきゃ!」
「落ち着け坊主! 巨人の集団相手に、お前一人じゃ何も出来ねーよ!」
「いいから離せっ!」
「――っ!」
回る視界。飛ぶ景色。背中の傷ついた神経を刺す、石の感触。
アダムの肘がこめかみに当たり、道端へ転がったフーゴは頭の痛みに手を添えた。呻きながらも見上げた少年の顔は、視界がぶれて良く見えなかったが、動きを止めてこちらを向いている事だけは彼にも分かった。
「――あ、あの、俺……」
親の叱咤に怯える子供。あまりにも情けないその声はフーゴに痛みだけを残し、怒りや混乱を取り除いた。図体だけでかくなったという象徴だな、こいつは。
「……少しは、落ち着いたか?」
「え? は、はい。あの、すみません、俺は……」
「気にすんな、これでおあいこだ。とにかく事情を話せ。どこに行く気なんだ?」
内側から鐘を衝くようにして響く頭の痛みに、フーゴは立ち上がれないままアダムに尋ねた。
本気で聞いている訳ではない。ただの時間稼ぎだ。
それは、罪悪感まで加わり泣きそうなほど混乱している少年を落ち着かせる時間であり、なおも飛び出していきそうな気配を見せている獣を止める為の時間だった。
血は出ていないが、軽い脳震盪でもおこしているのか。上手く立ち上がれないフーゴは、アダムをとにかく行かせては駄目だという焦燥感に駆られて、痛みに耐えながら口を必死で動かす。
「お前さっき街の西側を指してたけど、そこになにか見えたのか?」
巨人が現れた直後、別の方向を見ていたアダム。
痛みが逆に上手く作用し、まるで夢から覚めたかのように意識がはっきりしてきたフーゴは、その違和感を思い出していた。
アダムが街を振り返る。
「は、はい。爆発音の後、あっちに岩が飛んでいくのが見えて、それで……」
口の動きが止まり、震えが収まる。その横顔はまた虚ろになっていき、それはもう――狂気に近かった。
まずい。
「落ち着け坊主、俺もその光景は見た。それよりも今は、自分が助かる事だけ――」
「当たったんです! カルラさんの家に!」
フーゴを傷つけた罪悪感と混乱が、噴き出した冷や汗と共に流れる。そしてその顔に残された、確信に満ちた恐怖を目の当たりにして、フーゴは何も言えなくなった。
アダムが操作装置を強く握り直す。
「だから、俺、行かなきゃ……」
「! おい坊主――っ!」
自らの叫びがフーゴの頭の中の鐘を大きく衝く。どうやら安静にして、鳴り終わるのを待つ方が得策のようだ。
だが、今はそんなもの、ゆっくり聞いている暇はない。
「落ち着けって何回言わせる気だこの馬鹿っ!! いい加減にしねーとぶっ飛ばすぞっ!!」
痛みをこらえて倒れたままのフーゴの叫びは説得力が無く、ついでに頭も割れそうで踏んだり蹴ったりだった。
しかし、年上の威厳が効いたのか、身を削ったかいがあったと言うべきか、アダムが肩をビクッと跳ねさせ、引鉄から指を離す。
「お、俺は落ち着いてますよ! でも、早く行かなきゃ……」
振り返ったアダムの顔は、とても落ち着いてはいなかった。幾分マシになっただけだ。
とりあえず、何とか説得しなければ、こいつは死んでしまう。
「行くって言っても道覚えてんのか!? 方向音痴のくせに!」
「一度通った道は絶対に忘れません!」
「ぐっ……! だ、大体、こんな距離からあの一瞬だけで、カルラの家に岩が落ちたなんて分かる訳ねーだろ!」
アダムが大きく見開かれた目を指さす。
「さっきも言ったじゃないですか! 俺、目は良いんですよ!」
「目がどうのって問題じゃねーよ! そもそもカルラの家が見えないだろーが!」
「見えなくても分かるに決まってるじゃないですか! 元々居た場所なんだから!」
「だから、カルラの家の方角に飛んで行っただけで、当たってないかもしれねーだろ!?」
飛び散った岩は、おそらく壁の破片。外側から破られたのだろう、街の方へと四方に散らばり落ちて行ったのは確かに見えた。そして、カルラの家は外壁の側だから、直撃した可能性もある。
しかし、絶対ではない。
「もしかしたらカルラだって、もう避難してるかもしれねーだろ! お前が一人で行った所で巨人の餌になるか、助けるべき人間が増えるだけだっ!!」
フーゴは最後の力を振り絞るかのように叫んだ。頭の中の大鐘楼が、頭蓋骨を破って外にも鳴り響かせる寸前だった。
それでも、アダムは譲らない。
「でもカルラさん、夕飯の準備するって……きっと家の中に居ましたよ! もしかしたら建物の下敷きになって助けを待ってるかもしれない!」
なんでこいつは人の話を聞かないんだ。フーゴは頭痛とせめぎ合う苛立ちを、何とか口に出した。
「いい加減に、しろよ……! 当たったかどうか分かんねーのに、憶測だけで物を言うんじゃ――」
「岩が飛んで行った角度見れば分かるじゃないですか! カルラさんの家だって、歩いてきたんだから場所も分かるのに、なんでフーゴさんには分からないんですか!?」
アダムが悔しそうに地団太を踏む。このガキは、何を言ってるんだ。
「ぐっ……! そんなの、分かる訳が――ぁ……」
あるかも、しれない。
頭で鳴り響く鐘の音が、フーゴの過去の記憶に届く。
『天才は、まずアンカーの打つ位置が違う』
立体機動に必要な技術は多岐に渡り、それは努力と経験で磨ける。しかし本物の天才とは、何よりも最初のアンカーを打つ位置が違い、それは凡人では真似できない物だ。かつて行われた調査兵団との合同訓練において、フーゴはある調査兵からその様なことを聞いたことがあった。
見えている世界が違う。彼が言うにはそういうことらしい。
『自信を無くすよ、あいつを見てると。希望も湧いてくるけど、結局俺は生き残れないかなぁってさ』
色々教えてくれた親切なその調査兵は、高速で飛びまわる一人の兵士を見ながら笑って、そう呟いた。
空中で3次元の高速移動を行う事は、本来の人間の能力には手に余る。それでも極稀に、人間の限界を超えたような動きを可能とする人間がいる。
それは何よりも、動体視力や瞬間視、深視力や空間把握能力、つまり目が良くて可能となるらしい。高速で流れる視界、不安定な空中、そのせいでどうしても単純になりがちなアンカーの基点が、他の人間とは違う、という事だ。
フーゴはその時、あまり意味が分からなかった。彼が天才と言うその新兵を見ても、上手いなぁという感想しか抱けなかった。
しかし、今は違う。
『アンカーの打つ位置を他人と同じにすれば――』
目は良いと言い張る少年の言葉。改めて考えると、不自然だ。
立体機動の最中に、他人がアンカーを打った場所など見える訳がない。最適なコースを取ると結果的にそうなるだけで、意図的にそんなこと出来る訳がない。
それでも、少年には見えたのだろう。
高速で飛ぶ岩を一瞬で見極め、そしてその着地点がカルラの家だと正確に把握出来たように。
風の噂で死んだと聞いたあの調査兵が、まるで憧れるような瞳を向けていた新兵。名前は忘れたが、この少年もきっと、まだ生き残って戦っているその兵士と同じなのかもしれない。
「…………それでも、駄目だ」
フーゴは静かに首を振った。
「どうしてですか!? 早く行かないと巨人が――」
「お前が行ったところで何も出来ねーよ」
ますます取り乱した様子のアダムをなだめるように、フーゴは言った。
たとえ見えたとしても、それが真実だとしても、少年に出来る事はない。見えるだけで技術や体力が追いついていないなら、巨人に対抗できないだろう。
(それに、きっと――)
フーゴはやけに親切だった調査兵の瞳を思い出していた。
それは、諦観と希望の色。今なら彼の気持ちが分かる。
こいつは、こんな所で死なせてはいけないのかもしれない。
「カルラの事は他の奴に任せろ。近くに居る兵士がきっと救助してくれるはずだ。それに、家の下敷きになってなかったらもう逃げ出せてるかもしれない」
岩の大きさからして、直撃していたら即死の可能性もある。カルラが無事だと信じたい気持ちと、アダムの混乱をこれ以上招かないように、フーゴはそれを口にはしなかった。
アダムが押し黙り、顔を伏せる。
「…………でも」
「でも、は無しだ。いいな、これは兵士としての命令だ。お前を伝令に出すように俺が頼むから少し待ってろ」
大分痛みはひいていたが、まだふらつく足を踏ん張って、フーゴが立ち上がる。そして背後にあった壁を見上げると、兵士の一人が下りてくるところだった。
(ちょうどいい、あいつに――)
パシュ――。
何かを打ち出すような、空気の音。
それは、フーゴの見ていた兵士が壁を下りる為に使っていた、立体機動装置のアンカーを発射する音だったが、彼は今ワイヤーにぶら下がって降りてきているだけで、その音が聞こえるはずが無かった。
「おい、何やってんだ馬鹿!」
振り返ったフーゴは、目に飛んできた光景に声を荒げた。アダムの腰から出たワイヤーが、家の二階の壁に突き刺さっている。
「すみませんフーゴさん……俺、行きます」
「やめろ坊主――っ!」
鐘の音が邪魔をし、フーゴはこめかみを抑えながら膝をついた。
「…………傷つけて、ごめんなさい」
「そんな事はどうでもいい! 今すぐその操作装置を置け!」
「それは出来ません」
アダムが膝を曲げる。
「守らなきゃ――何が、何でも…………今度こそっ!」
「アダムッ!」
フーゴは少年の名を呼んだ。しかしその声は、引鉄を引くと同時に噴出したガスの音に掻き消される。
届かなかった、何も。獣のようなばねを使い、壁を蹴って屋根の上へと姿を消すアダムに伸ばした手を、フーゴは力無く下ろした。どうしてそうなるんだ。
こんな時に、なんで。
「お前が守らなきゃいけないのは、自分の命だろうが……!」
吐き捨てた祈りは、まだ兵士ではない少年へ向けたもの。
フーゴが地面を叩いた時、彼の肩が強く掴まれた。先程の、壁から下りてきていた見張りの兵士だ。
「おいフーゴ、何やってんだこんな所で!? 巨人が壁を壊したの見てなかったのか!?」
「見てたから、そう叫ぶなよ……」
「じゃあさっさと大砲の準備をしろ! お前の班は門番のはずだろ!」
がなりたてる兵士に、フーゴは顔をしかめた。
「そう怒鳴るなよ、頭に響く。背中もいてーしよ……」
「……酔っぱらってる、って訳じゃないよな。なんで巨人と戦う前にそんなボロボロなんだよ?」
「なんでかな、全く」
兵士に肩を貸してもらい、フーゴは何とか立ち上がった。そしてそのまま、置きっぱなしにしていた装備の元に連れて行ってもらう。
「おい、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。それよりも、避難の方は?」
「あぁ、今やってるよ。俺はこのまま早馬で、内地にこの事態を知らせる」
「そうか……」
ならば妻は無事だ。しかしこれでもう、理由を付けてアダムを逃がすのは難しくなった。そう思った自分がフーゴはおかしかった。
もうあんな奴、どうだっていいじゃないか。ただの他人だし、自分が必死になる必要なんて、最初からなかったのだ。自分から死にに行くなんて、馬鹿だ。
「馬鹿は、死ななきゃ治らないしな……」
「? フーゴ、お前大丈夫か?」
「ただの独り言だ。大丈夫だよ……っと」
フーゴは膝をつき、残っていた装備を取り付ける。それは、ガスのボンベが載せられた箱。
刃の収納ボックス。
「――あ!」
「っ! こ、今度は何だよ!?」
問いただす声は聞こえず、フーゴは口を開けて固まった。
(あいつ、刃持ってねーじゃねーか!)
一体どこまで馬鹿なんだ。フーゴは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、装備を取り付ける手を止めなかった。
「……おい、フーゴ。俺はもう行くぞ。急がなきゃならんからな」
伝令役の兵士の言葉は、フーゴには聞こえなかった。
関係無い。どうでもいい。刃があろうと無かろうと、どうせ怖くてまともに戦えないだろう。
あんな馬鹿、初めて見る巨人に震えて動けず、ただ喰われるのがオチだ。
フーゴは装備を取り付け終わり、背中を向けていた兵士に声をかけた。
「ちょっと待て」
「なんだ? 急がなきゃならんのはお前だって分かってるだろ」
苛立つ兵士に、フーゴは立ち上がりながら続ける。
「刃を貸せ」
「……は?」
「いいだろうが別に。ここから離れるなら戦闘する心配も無いだろう」
「それはお前も変わらないだろ? 大砲で迎え撃つのがお前の任務のはずだ」
確かにその通りだ。何を言いだしてしまっているんだ、自分は。フーゴは頭の片隅でぼやきながらも、言葉を継いだ。
「俺は前衛の偵察に行く」
「……何?」
「状況が掴めないんじゃ、何も出来ねー。岩の被害も、巨人がどの程度入ってきたのかも分からないんじゃ、動きようがねー。壁を壊したデカイ奴も見当たらないしな」
「そんなの、外壁の見張りから誰かが――」
「来る保証は無いだろ。混乱してるか、そんな余裕無いか、さもなきゃ全滅しちまってるか。こっちからも一人出しといたがいい」
「…………お前、自分が何言ってるか分かってんのか?」
嫌なほど分かっている。それは、巨人の群へと突っ込むこと。
おとぎ話のような地獄へと、自らの意思で進むのだ。
「それでも、誰かがやるしかないだろ」
自分じゃなくてもいい。自分なんかじゃない方が、いいのかもしれない。
それでも願うのは、自分の街の平和。妻も、カルラも、多くの顔見知りが居るこの故郷を守りたい。そして、自分は兵士だ。
ならば、やるしかない。
「馬鹿ってのは、うつるんだなぁ……」
そう言って、フーゴは操作装置を両手に持ち、ガチッと撃鉄を起こす。
それは彼の、兵士としての決意。
「おいフーゴ……正気かよ、お前」
「いいからよこせよ、刃。2本でいいぞ」
「そんなこと言ったって、お前のボックスはもう予備も一杯で――」
「直接こいつに付ければいいだろ」
フーゴは兵士へと近寄り、操作装置を見せびらかすように持ち上げた。
「でもお前、そんなに刃を持って…………まさか一人で巨人と戦う気か?」
「俺のじゃねーよ、馬鹿の為だ」
「は?」
「刃があった方が生き残れるかもしれねーだろ」
戸惑いに動きを止めた兵士の収納ボックスへ、フーゴは問答無用に操作装置を近づけた。
刃と柄が、重なる。
「あ、おい」
「2人分なんだ、多い方がいいだろ? それに――」
ガキンッ!
撃鉄の落ちる音。
それは彼の、人としての想い。
「――死ななきゃ治らないなら、一生あいつは、馬鹿のままでいい」
心で思っていたのと反対の事をやろうとしている自分に、フーゴは苦笑いしながら、落ちた撃鉄と共に成された剣を引き抜いた。
夕陽に照らされた、フーゴの双剣。それは、彼の捧げたはずの命が宿ったのか、燃えるように輝いていた。
次回、中編、最終回。
後編の、つもり、だったのに。
ぐだぐだだろうが長かろうが、もう開き直り気味です。すみません……。