Fairy Tales End.   作:風鈴@夢幻の残響

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※続きま……した。
思い付いて書きたくなったら書くスタイルですので、今後は未定です。


彼方の空、貴方を夢見る/黎明に、君を想いて

 『彼女』が意識を取り戻したのは、いつ頃だったのだろうか。

 少なくとも、あれ(・・)からもう幾歳もの年月が過ぎたのは確かであると気付いたのは、思念体となった『彼女』が居るこの地を『聖地』とする、『彼女』に所縁のあるギルドのメンバーが訪れた時だ。

 ギルドを率いていた、老年に差し掛かった壮年の男性。呼ばれたその名を聞いて、男性がかつて彼女も抱き上げたことのある赤子が成長した姿だと知り、それはもう大変に驚いたものだった。

 同時に、悟った。それほどまでに長い時間、『あの人』を独りにさせてしまっていたことに。そしてこの先も長い間、独りにさせてしまうことに。

 誰に何を言われずとも、解るのだ。『あの人』の性格も、考えも、想いも全て知っているから。何よりも、出逢った時からずっと、見続けて、側に居続けていたのだから。自らの半身とも言うべき人。今もずっと、繋がり続けている人。

 思念体となった今も、褪せることなき想いを抱き──愛する人の過去と、今と、明日を想い──『彼女』は一滴(ひとしずく)の涙を流した。

 

 時は巡る。

 ここには、たくさんの思い出があった。

 『あの人』と初めて逢った時から、ここを旅立った日までの長い間、『あの人』と親友と、三人で過ごして積み重ねた、たくさんの思い出。

 だから、寂しくはない。

  ──寂しい。

 だから、大丈夫。

  ──逢いたい。

 溢れかえりそうになる想いとたくさんの思い出を胸に抱いて、時折訪れる『子ども達』の姿に時の流れを感じつつ、いつか訪れるで在ろうその時を夢見て、信じて、彼女は静かにその時(・・・)をこの地で待つ。

 『無意識』と言っていい状態であったころは当然として、意識を取り戻してからもずっと、『彼女』は自身の姿を表に出すことが出来ず、『彼女』の声は誰にも届かず、『彼女』はこの地を離れることは出来ない。

 足りないのは切っ掛け。足りないのは、たった一つのピース。

 『彼女』はそれを、理屈では無く『意識』全てで感じながら、独り静かに、空を見上げ、想いを馳せる。

 

「──リヴェルグ。私はここにいます。ここで、待っています」

 

 

 ギルドハウスの奥深く。隠された部屋に彼は居た。

 彼の目の前には、淡く光を放つ魔力結晶(ラクリマ)が鎮座している。

 人が入りそうな程に大きいそれには、事実、一人の少女が入れられて──否、封じられて(・・・・・)いた。

 淡いプラチナブロンドと白い肌の、雪の妖精のような裸身の少女。

 『神話』。あるいは『心臓』。

 彼に言わせれば、クソくだらない(・・・・・・・)モノに貶められた、最愛の人。

 しばらくの間『彼女』を見つめていた彼は、『彼女』の前に白いカクテルを置くと、向かい合うように座り込んだ。

 ギルドハウスのいつもの席。彼と二人で座っている時に、『彼女』が好んで飲んでいた。『彼女』に合わせて度数は然程高くなく作られていて、それを教えられた『彼女』が子ども扱いするなと怒っていたこともあったな、と、もう遠い遠い昔の思い出を──流れる年月に摩耗していくそれのひとつを心に浮かべ、彼は静かに笑った。

 

「随分と遠回りしたけれど、ようやく、妖精の背中が見えたよ」

 

 ぽつりと、語りかける声が響く。

  ──君の声も、笑顔も、夜明けの空に溶ける星のように、遠くなってしまったけれど。

 

「解ってみれば、答えはすぐ側に在った。……『さんざん探し回った妖精は、実はいつもすぐ近くに居たのです』なんて、チープなおとぎ話みたいだろ」

 

 苦笑交じりに語られる言葉は、されど万感に満ちていて。

 けれど、それ(・・)をすぐに、おいそれと行うわけにはいかない。何故ならば──彼と『彼女』は二人で一つ。その時(・・・)は、『彼女』を解き放った後でなければならない。

 立ち上がり、静かに『彼女』が入った魔力結晶を撫で、彼はその場を後にする。

 永く彷徨った夜が明け、朝が来て。星の光は朝に溶けて消えてしまったけれど──それでも、見上げればそこに、光は見えずとも星はある。

 ならばこそ、進むしかないのだ。その時(・・・)が来ると信じて。

 

「──メイビス。必ず君を解放して、呪いも解いてみせるから。だから、もう少しだけ待っていて」

 

 

 リヴェルグがユキノを連れて戻ってきてから、幾許かの日が過ぎた。

 その間、偶然ユキノと同じ日にギルドに入ったルーシィ・ハートフィリアは、彼女をこのギルドに連れてきたナツ・ドラグニルとその友、喋るネコのハッピーとチームを組んで依頼を達成したのを初めとして、その後も精力的に活動を行っていたが──一方のリヴェルグとユキノは、依頼(クエスト)の掲示された依頼掲示板(リクエストボード)を見るでもなく、広間(ホール)の片隅でユキノの魔法の修行に勤しんでいた。

 その日、ルーシィがギルドに顔を出すと、ここ数日変わらずに広間の隅に居るリヴェルグとユキノが視界の端に映る。

 そういえば、ユキノちゃんに星霊魔法について教えてあげるって言ってたなと思い出し、その辺りの話をしようと彼等の元へと近づくルーシィ。

 

「リヴェルグさん、ちょっと良いですか? ユキノちゃんの星霊魔法についてなんですけど……」

「!」

「ん? ああ、ちょっと待ってくれ。……ユキノ、集中」

「……っ、はい」

 

 ルーシィが声を掛けた内容が自分に関することだったからか、それまで目を閉じて集中していたユキノが目を開き、ルーシィへ顔を向けたところで、リヴェルグから注意が入る。

 慌てて再び目を閉じて集中しだしたユキノを見ながら、ルーシィが「ごめんなさい」と謝った。

 

「すみません、邪魔しちゃいましたよね」

「いや、構わないよ。この程度で意識を乱すようじゃ、実戦では使えん」

 

 厳しめな口調でそう口にするリヴェルグに対し、厳しいなぁと感想を抱いたルーシィだったが、すぐに彼がユキノを見る眼差しの柔らかさを感じ取り考えを改める。

 

「ユキノの星霊魔法に関しては、ルーシィの都合の良いタイミングで構わないよ。最近大変だったみたいだしな」

「あー……ありがとうございます」

 

 リヴェルグが言ったように、ここ最近は大変だった。特にこの前の『呪歌(ララバイ)』が……と最近自身が係わった依頼──と言うよりも事件を思い出し、近くのテーブル席に座り、グデッっと突っ伏した。

 『呪歌』事件。闇ギルドである『鉄の森(アイゼンヴァルト)』が、聞いた者の命を奪う魔法『呪歌』をもって、丁度定例会を開いていたこの辺りのギルドのマスター達を、纏めて呪殺しようとしたものだ。

 最終的に、このギルドのS級魔導師である『妖精女王(ティターニア)』の二つ名を持つエルザ・スカーレット、『火竜(サラマンダー)』のナツ、氷の造形魔導師であるグレイ・フルバスター、そしてルーシィとハッピーの四人と一匹でチームを組み、『呪歌』から生まれた、遥か昔の黒魔導師『ゼレフ』の悪魔──というよりも、『呪歌』とはそもそもその悪魔そのものであったのだが──を倒し、事なきを得たのである。

 その後も、帰ってからのナツとエルザの勝負中に、エルザが評議委員に逮捕されたり、実は形式だけで本当はすぐに釈放されるはずが、早とちりしたナツが乱入して暴れたために話がこじれたり……と、ルーシィが最近の出来事を思い返していると、ユキノの「お師さま、できました」との声が聞こえてきた。

 突っ伏していた顔を上げて彼女の方を見ると、ユキノの横にもう一人ユキノが居て──疲れ目だろうか、と思わず目を擦ってみても変わらない……と、その時点でようやく、そういえば今ユキノが教わっているのは幻影の魔法だったと思い至る。

 

「……ってことは、どっちかは幻ってこと? ……はぁ~、ユキノちゃん凄いね」

 

 心底感心したというように告げられたルーシィの言葉に、二人のユキノが同時に、照れてはにかむ。

 リヴェルグは、二人に増えたユキノの周りをぐるりと一周し、全身をつぶさに観察したあと、ふむ、と一つ頷いて。

 

「まあまあだな」

「え~、全然見分けつかないけどなぁ」

 

 「厳しくないです?」と言うルーシィに、いやいやと頭を振って返すリヴェルグは、「弟子に取って教えている以上、そう簡単に『良く出来ました』とは言えないさ」と苦笑を浮かべた。

 次いで「さて」とユキノに向き直り、ユキノもまた姿勢を正して彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ザッと見たところ、魔法の構成はままあ良い。が、魔力の練り込みがまだ甘い。今のような静止状態や、ゆっくりした動きなら問題無いだろうが、激しい動きをさせると像がブレるぞ」

「はい」

「よろしい。じゃあ、その場でクルッと一回転を──」

 

 と、リヴェルグが指示を言い切る前に、彼に向かって左側のユキノがくるりと回る。スカートがふわりと翻り、その可愛らしい様子に、側で見ていたルーシィだけでなく、何ともなしに彼等の訓練の様子を見ていた者達も、思わず頬が緩んだ。

 一方のリヴェルグは、そんなユキノの頭にポンッと手を置いて、

 

「いや、ユキノじゃなくて、幻像の方」

「ご、ごめんなさい」

「まぁ丁度いい。今の自分の動きをトレースさせて」

「は、はい」

 

 リヴェルグに突っ込まれ、流石に恥ずかしかったのか耳まで赤くしたユキノが咄嗟に謝り、続けて出された指示に従って、今度は向かって右側のユキノがくるりと回った。

 先程左のユキノが回った時と同じように、スカートがふわりとなびき、それを見たルーシィが「うわ、凄い」と声を漏らした。幻像……ただの幻であるはずなのに、まるで本物のように衣服の動きまで再現されていたからだ。

 

「事前に言われていなかったら、どっちが本物か解らないですね」

「……そう思うかい? じゃあユキノ、もっと勢いよく、連続で回転させて」

「はい」

 

 ユキノが頷くと同時に、幻像の方のユキノが再び、今度は先程よりも勢いよくグルグルと回り出し──何回転かしたところで、ザリッとノイズのようなものが走った。

 直後掛けられた「ストップ」の声で、幻像のユキノも回転を止めてピタリと止まる。そこにはもう、先程走ったノイズのようなものは見受けられない。

 

「さて、見たな?」

「はい」

「じゃあ、像のブレの他に修正点があるけど、それは?」

 

 恐らく思わぬ問いだったのだろう、少しばかり視線を彷徨わせてリヴェルグの言葉を思い返したあと、自分の幻像を見ながら考えるユキノ。

 けれど思い付かなかったか、少し落ち込んだ様子で「ごめんなさい、わかりません」と頭を下げた。

 

「ん、まぁ端的に言うと、『人間らしさ』だな」

「人間らしさ」

 

 指摘に対してピンと来ていない様子で鸚鵡返しに口にしたユキノに微笑み、修正点を詳しく説明していく。

 

「そうだな……例えば、回転の軸。さっき幻像を回した時、軸は一切ぶれずに周り続けていた。じゃあ実際にユキノが同じように回った時、一切場所がズレずに同じところで回転し続けられるかい?」

「あっ……いいえ、動いちゃうし、目が回ってフラってなります」

 

 自分の言った『回転の軸』の他に、起こり得る生理反応を足して答えたユキノに、満足気に頷いたリヴェルグは、優しくその頭を撫でた。

 二人のやり取りを見ていたルーシィは、先程は「そう簡単に『良く出来ました』とは言えない」と言っていたけど、十分行動で示しているなぁと思い、声を抑えつつ可笑しそうに笑う。

 

「他にも……例えば、回りすぎたら具合が悪くなってしまうかもしれない。目が回らなくても、疲れて息が荒くなるかもしれない。こういった『人間らしさ』……いや、人に限らず、動物でも、無機物でも、『それらしさ』っていうのは、幻像を創る上で非常に重要な部分を占めるわけだ」

 

 一旦言葉を切り、「ここまではいいな?」とユキノが話に付いて来れていることを確認し、

 

「では、その『それらしさ』を出すのに必要な事は?」

「……『色々なことをよく観察して、視野を広くもつ』です」

「正解だ」

「前に、お師さまが言ってました」

 

 ユキノの答えが満足行くものだったのだろう、「よく覚えていたな」と微笑んで頷く。

 

「さて、その『それらしさ』を踏まえてこのユキノの幻像を評価する、ということになると、『まだまだ』から『もっと頑張りましょう』になるわけだが……」

 

 と、突然の下方修正を聞いて悲しげな表情を浮かべたユキノは、すぐにブンブンと頭を振り「がんばりますっ」と気合を入れた。

 そんな弟子の様子に、クツクツと楽しげに笑ったリヴェルグは、もう一度ユキノの頭を撫で、「勘違いするな」と一言。

 

「今まで教えてこなかったことで評価したりはしないさ。今その話をしたのは全て、ユキノが俺の元に来てからやってきた“幻像を正確に創る”っていうのが確りと出来ていたからだ。そもそもそこがちゃんと出来ていなければ、どんなに『らしさ』を出したとしても逆に不自然になるからな。なのでそこ……外見の出来を見るなら、このユキノの幻像は良いな」

「ほんとう!?」

「ああ。さっきは構成や魔力密度を含めて『まあまあ』って言ったけど、外見の構築精度で見るなら『良く出来ました』だ」

 

 リヴェルグがそう言った瞬間、「お師さま、ありがとうございます!」と花が咲いたような笑顔を浮かべるユキノ。

 一方で話を聞いていたルーシィは、思わずクスリと吹き出してしまう。

 

「どうした?」

「いえ、さっきそう簡単には『良く出来ました』って言えないって言ってたけど、結局褒めちゃうんだなって思っちゃって」

 

 無論馬鹿にしている訳では無く、実際柔らかい声音のルーシィの言葉に、リヴェルグは「そりゃな」と肯定を返す。

 

「まだまだ改善点の多い部分に対して『良く出来ました』とは言えないが、ことコレ……幻像の外見に関しては、今までユキノが積み重ねてきたことの結果が出ているものだ。それに対して褒めなかったら、逆にいつ何を褒めるってもんだ」

 

 片膝を着いて視線をユキノに合わせたリヴェルグは、「だから、そんなユキノにプレゼントだ」と懐から一本の鍵を出してユキノに見せる。

 少し古めかしい、けれども不思議な輝きを放つ鍵。それにユキノよりも先に反応したのは、側で見ていたルーシィだった。

 

「あ、門の鍵(ゲートキー)! それって『大犬座』の……あれ? 『大犬座』の気高き猛犬(ダイアウルフ)かと思ったけど、何か違う……? 形状的に『狼座』にも似てる気が……」

 

 鍵の上部に記されているマークで何の星座か当てたものの、そこで何かに気付いたか途中で言葉を止めて首を傾げ、考え込みながらポツリと零したルーシィ。それを聞いたリヴェルグは驚いた表情を浮かべ「良く解ったな」と感嘆の声を上げた。

 

「こいつは『大犬座』の括りではあるけど、ちょっと特別製でね。まぁ黄道十二門程ではないけどな」

 

 「さあ、ユキノ」と促して彼女に鍵を渡すリヴェルグ。

 ユキノが鍵を受け取ると、立ち上がって今度はルーシィに向きなおる。

 

「それでルーシィ、さっき君の好きなタイミングでって言ったばかりで済まないんだが、良かったらユキノに使い方を教えてやって貰えないか?」

「あ、はい。もちろん良いですよ。……特別製ってことは、もう名前は有るんですか?」

「ああ。そいつの名前は“シリウス”。天の狼と書いて、天狼(シリウス)だ」

 

 その名を口にした際、いつものようにカウンターの上に座っているギルドマスターのマカロフがピクリと反応したのを横目に見つつ、「それじゃ、よろしく」とルーシィに場所を譲るリヴェルグ。

 リヴェルグに代わりユキノの前に立ったルーシィは、彼と同じように膝を着いてユキノと視線を合わせると、「それじゃあユキノちゃん」と声を掛ける。

 

「鍵を手に持って、そこに魔力を流してみて。気負わなくていいから、自然にね。……あ、大犬座の星霊って、確か結構大きかったはずだから、そっちの開けた通路に向けてね」

「はい」

 

 ルーシィに従って鍵を手に持ち、むむっと魔力を篭めるユキノ。

 「自然に」と言ったがやはりどこか力が入っているユキノの様子に、あたしもあんなころあったなあと、微笑ましくも懐かしく思いながら、続きの指示を出していく。

 

「星霊魔法に素養があると、この時点で鍵と自分が一つに……って言うか、鍵が自分の手の延長のように感じるんだけど、どう?」

「はい、わかります」

「じゃあ、そのまま『鍵』(じぶん)をその先にある『門』に差し込んで──」

 

 ルーシィの言葉に追従するかのように、ユキノが持つ『門の鍵』の先に魔力が集まっていく。

 

「『門』を、開ける」

「──開け! 大犬座の扉……シリウス!」

 

 ユキノが言い放ったと同時に、集まった魔力が渦を成し──ポンッと音を立てて霧散した。

 

「……あれ?」

「え? ええ??」

「あの……わたし、なにか間違えましたか……?」

 

 不安そうにルーシィを見上げてユキノが問う。それに対して「ちょ、ちょっと待ってね」と焦りながら先程の手順を思い返すが、別におかしな所はないはずだ。

 と、その時、二人のやり取りを見ていたリヴェルグが「あ」と声を漏らして手を打った。

 

「……すまん、今思い出した。そいつを使う時は、確か『大犬座』じゃなく……『天狼星』で門を開く、だったはず」

 

 それに対し、今度はルーシィが驚きで目を見開いた。

 星座ではなく、星そのものを司る『門の鍵』。そんなものは聞いたことがなかったからだ。

 ともあれ、ものは試しとユキノを促すと、ユキノは一度頷くと鍵をじっと見つめ、大きく息を吸い──

 

「──開け、天狼星の扉……天狼(シリウス)!」

 

 その瞬間、差しのばされた鍵の先に魔力が集まり、渦を巻く。凝縮した魔力は空間を歪ませ目には見えぬ『門』を生み出す。

 そして『門』は開きて、その先に居るモノをこの世へと喚び出し、その存在を結実させ──

 

「……わぁ、きれい」

「……すごっ」

 

 ユキノとルーシィが思わず感嘆の声を漏らした。

 彼女達の前に現れたのは、その体高が小柄な馬か牛ほどはあろうかという、白銀の毛並みの大狼だった。

 グルル、と小さく唸った白狼は、己を喚び出した術者であるユキノに視線を向ける。

 その迫力に一瞬ビクリとしたユキノだったが、下がること無く視線を合わせ、じっと見つめた。

 

「ユキノ、ギルドエンブレムを見せてやれ」

「……は、はい」

 

 後ろから掛けられたリヴェルグの言葉に従い、若干戸惑いながらも右腕の袖を捲り、前腕に押されたエンブレムを白狼に示すユキノ。

 その瞬間、若干警戒を孕んでいた白狼の眼からそれが取れ、ユキノに顔を近づけてその臭いを嗅ぐと、ベロリと頬を舐めた。

 

「ひぁっ! ……びっくりした」

 

 どうやら無事にユキノを認めたようだと、内心安堵するリヴェルグ。

 そんな彼へ、「エンブレムって、どう言うことですか?」とルーシィが疑問を呈すと、「こいつはうちのエンブレムを付けたヤツにしか、心を許さないんだよ」と返ってくる。

 

「ギルド限定の星霊とか初めて聞いた……まぁ、そういう契約してるってだけなんだろうけど」

「ああ、そうだとは思うが、正直俺も詳しくは知らない。鍵も譲り受けたものだしな」

 

 手に入れた経緯を聞いて興味が出たのだろう、「その、前に使っていた人は?」と問うルーシィに、苦笑を浮かべて頭を振って返すリヴェルグ。

 

「死んだよ、随分前にな」

「あっ……その、ごめんなさい」

「気にするな。それより、契約の仕方の続きを教えてやってくれ」

 

 リヴェルグに促され、伏せた天狼(シリウス)の頭を恐る恐る撫でているユキノに近づくルーシィ。

 その気配に気付いたシリウスが頭を上げ、ルーシィへと視線を向けたところで、ルーシィも先程のユキノと同じように、自分の右手の甲に押されているギルドエンブレムを見せた。

 ……どうやら、最低限の警戒は解いてくれたらしい。

 ほっと息を吐いたルーシィは、「それじゃあユキノちゃん、詳しい契約の仕方を教えるね」と声を掛ける。

 

「はい、お願いします」

「うん。まず大前提として、星霊魔導師は契約を重視するんだ」

「契約、ですか?」

「そう。喚び出す前の星霊達は星霊界にいるけれど、そこで何もしていないってことはないの。星霊には、星霊の生活って言えばいいかな? ……彼等の生きる世界がある。だから、初めて喚び出した星霊とは、いつ喚んでいいのか、いつはダメなのか……っていう取り決めをして、契約しないとだめなの」

 

 ふむふむと頷きながら説明を聞いているユキノに、ちゃんと理解できているか確認をしながら、詳しい説明を続けて行くルーシィ。

 そしてシリウスに「ユキノちゃんは初めてだから、説明も兼ねて私が代わりに質問をするけど良い?」と確認を取り、それじゃあ月曜日は? 次は火曜日……と、星霊との契約の仕方を説明しつつ、質問をしていき──

 

「……よし、これで契約は完了。あとはユキノちゃんが、ちゃんと星霊との絆を結んで、信頼を重ねていくこと」

「はい、頑張ります! シリウス、よろしくね?」

 

 満面の笑みを浮かべたユキノに、シリウスがワフッと返事をしたことで、正式に精霊契約が成った。

 それを確認し、最後に門の閉じ方……つまりは喚び出した星霊の返し方を教え、実際にシリウスが星霊界に返ったところで、ルーシィの星霊魔法講座も終わる。

 

「ありがとう、お疲れ様」

「はい……あの、あたしちゃんと教えてあげられてました?」

「ああ。傍で聞いていただけの、星霊魔導師じゃない俺でも理解出来たからな。良い先生だったよ」

 

 リヴェルグの感想を聞き、 教わっていた側であるユキノからも「すごく解りやすかったです。ありがとうございました」とニコリと笑みを浮かべながら礼を言われるにあたって、ルーシィも「良かった」とようやく安堵の息を吐いた。

 

「ユキノ。プレゼントは気に入ってくれたかい?」

「うん、お師さま、ありがとう! 大好き!」

 

 余程嬉しかったのだろう、訓練中に見せていた、どこか背伸びしていたような真面目さ──丁寧さが消え、年相応の満面の笑顔でリヴェルグに飛びつき、抱きついたユキノ。

 リヴェルグとしても、たまにこうして年相応の姿を見せてくれるのは嬉しく思うからか、彼の頬も自然と緩む。

 

「さて、俺達は今日のところはこの辺で失礼するよ」

「あれ、今日は早いんですね?」

 

 飛びつかれた勢いそのままにユキノを横抱きに抱え上げたリヴェルグは、今日はもう引き上げるとルーシィに告げ、返ってきた言葉に「これから用事があってな」と言うと、「お家を見に行くんです」とユキノが続けた。

 

「ここに帰ってきてから、今は宿暮らしでね。少なくともすぐにまた旅に出るような状況ではなくなったから、そろそろちゃんとした拠点を用意しようと思ってな」

「なるほど……良い物件が見つかるといいですね」

「ああ、良い出会いがあるように祈っててくれ」

 

 「はーい。ユキノちゃん、またね」と手を振るルーシィに別れを告げ、リヴェルグとユキノはギルドを後にした。

 

 

 その翌日。

 リヴェルグとユキノがギルドを訪れ、中に入ろうとしたところで、飛び出してきたグレイとぶつかりそうになった。

 「と、悪ぃ」と言うが早いか、急ぎ駆けて行くグレイ。

 その様子に何か有ったのだろうかと疑問に思い、中に入ればやはりどこか騒然としている。

 

「三代目、何が有った?」

 

 いつものようにカウンターに座っているマカロフに問うと、近くに居たミラジェーンが答えた。それによると、ナツとハッピー、ルーシィの三人が、勝手にS級依頼(クエスト)に行ってしまったという。

 先程すれ違ったグレイは、彼等を連れ戻しに行ったとのことだ。

 それを聞いたリヴェルグは、しばし勘案する。

 ナツやグレイとまだ然程話したことはない、が、ある程度の人となりは聞いている。

 それらを踏まえて──

 

「……で、連れ戻せると思うか?」

「……七三と言ったところですかの」

 

 どちらが七とは言わないものの、渋い顔を崩さないマカロフを見れば、大体の予想は察せられる。

 そんな様子に、ギルドマスターは大変だなと苦笑を浮かべた。

 

「それで、彼等は何のクエストに?」

「呪われた島、ガルナ。悪魔の島です」

「呪われた、ね……確かあの島は……」

 

 ミラジェーンの答えに、ポツリと零すリヴェルグ。

 その声を拾ったマカロフは、今度は別の意味で、軽く冷や汗を流す。リヴェルグにとって“呪い”という言葉は、非常に繊細な意味をもつことを知っているからだ。

 ややあって、何かを考えていたリヴェルグが「ああ」と声を上げた。

 それは然程大きな声ではなかったにも係わらず、ざわついていた広間(ホール)を静かにさせるほどの強さをもって響いた。

 

「済まないな、三代目。その依頼俺が受けようと思っていたんだ。あいつ等にも手伝わせようと思っていたんだが、そうか、先に出発しやがったか」

 

 どう考えても嘘と解る、いっそ清々しい程に白々しい言葉だった。

 しかしてマカロフは、静かに頷き軽く頭を下げ、それを確認したリヴェルグは、ヒラリと軽く手を振って。

 

「チョイと月光浴(・・・)でもしてくるよ。ユキノ、行くぞ」

「はい、お師さま」

「ユキノちゃんも!? っていうか、S級クエストですよ!?」

 

 まるでフラッとその辺に散歩にでも行くかの如く軽いリヴェルグと、彼のことを微塵も疑っていないユキノの様子に、流石のミラジェーンも声を荒げた。

 それに対するリヴェルグの答えは「で?」と一言だけであった。

 

「三代目、俺がこれを受けるのに、何か不都合があるかい?」

「いえ、ご随意に」

「あと、確かエルザだっけか? アイツ等と仲良いが恐れられているのって。一応後詰め(・・・)は出しておけよ。説教役は必要だろ?」

 

 何ら気負いもない。重み(・・)すらも感じさせない口調だというのに、誰も──二階にいる、傲岸不遜を絵に描いたような男である、このギルドのS(ランク)の一人であるラクサス・ドレアーですらも、何も言わない、否、何も言えない。

 そんな中を悠々と、ユキノを連れてリヴェルグが後にし──その直後「何なんだ、アイツは!?」とラクサスの怒号が響いた。

 

「なんじゃ、お前気付いとらんのか? お前も昔会った事があるぞ」

「……なに?」

 

 マカロフの言葉にラクサスが考え込んでいる間に、「……あの、マスター」とミラジェーンがおずおずと声を掛け、

 

「あの人の実力って、どれぐらいなんでしょう?」

 

 恐らくはこの場の誰もが気になっているであろう問いを口にする。

 すなわち、『S級依頼を受けられる程の強さなのか?』ということ。何しろ、彼がこのギルドに来てから皆が見ているのは、ユキノに魔法の訓練を指導している姿だけだったからだ。

 それに対して、マカロフは軽く肩を竦めてこう言った。

 

「さて、今の(・・)強さがどれほどかはワシも知らんが……少なくとも『このギルド最強は誰か?』と問われれば、彼の名が真っ先に上がる程度には強かろうよ」




・作中の魔法に関するアレコレは勝手に考えた独自設定です。念のため。

・ロリノちゃんがユキノっぽくないですが、原作ユキノになる前にコイツ(リヴェルグ)が攫ってきたせいです。

・今の実力は「少なくとも聖十大魔導クラス」と迷いましたがまあこんな感じ。
『方法』が見つかった時に相応の実力が求められる可能性を考慮し、約百年近く放浪している間も自分の実力を高め続けていましたので。そら強うなりますわ。
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