Fairy Tales End.   作:風鈴@夢幻の残響

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海を駆る

 翌日午後、港町ハルジオン。

 ナツ達の後を追ってガルナ島へ渡るためにこの町を訪れたリヴェルグとユキノは、港に居る船乗り達に島へ渡る船が無いか訊いて回ってみたが、反応は著しくなかった。

 とある人物は「朝も同じことを頼んで来た連中が居たが、今あの島に船を出す奴ぁいねえぞ」と言っており、他の者も概ね同じような答えばかりだったからだ。

 その“朝の連中”はといえば、どう説得したのかは知らないが、乗せてくれる船を見つけたらしく、島に向かったらしいというのは解ったのだが。

 

「お師さま、どうしましょう?」

 

 眉根を寄せて困ったと悩むユキノとは反対に、リヴェルグは「まぁ予想通りだ」と特に困った様子は見せていない。

 

「何か方法があるんですか?」

「ん? ああ、俺とユキノだけなら、島に渡るのは別に難しいことじゃないよ」

 

 事も無げに言うと「そうなんですか?」と小首を傾げるユキノ。

 そんな彼女にもう一度ああと頷くと、「それじゃあまずユキノは、シリウスを喚んでくれ」と指示を出した。

 

「はい。……開け、天狼星の扉……天狼(シリウス)!」

 

 リヴェルグに言われて、その場で先日契約したばかりの星霊である天狼(シリウス)を喚び出すユキノ。

 現れたシリウスはユキノに顔を寄せて、ユキノも嬉しそうにしながらその顔を撫で、首筋に抱きついた。

 そのままリヴェルグへ顔を向け「喚びました」とユキノが言うと、

 

「じゃあユキノ、シリウスに乗って」

 

 続いて出された「シリウスに乗れ」という指示に、戸惑いながらもシリウスへ「良い?」と訊いたユキノは、ワフッと一声鳴いたシリウスが、彼女が乗りやすいように伏せたのを受けて、恐る恐るその背に跨がる。

 ユキノが確りと乗ったのを確認したシリウスが立ち上がると、ユキノとリヴェルグの視線の高さが近くなった。

 それがなんだか嬉しいような、楽しいような、けれどちょっと照れくさいような……そんな不思議な感じがして、クスクスと楽しそうに笑うユキノ。

 

「どうした?」

「あ……な、なんでもない、です。それでお師さま、これからどうするんでしょうか?」

「走る」

「え?」

 

 改めてユキノが訊いたところ、一言で帰ってきたリヴェルグの答えは、流石に彼女の思わぬものであった。

 一瞬聞き間違いかと思い、困惑した声を漏らしたユキノを他所に、「行くぞー」と緩い感じにシリウスに呼びかけたリヴェルグは、港から海に向かって伸びる桟橋へと駆け出すと、ユキノを乗せたシリウスもその後に続き、一人と一匹は軽やかに海へと跳んだ。

 

「ひ、ひゃあぁっ!」

 

 ユキノが小さく悲鳴を上げ、次に来るであろう衝撃と水の冷たさを想像し、ギュッとシリウスにしがみついて──

 

「……あれ?」

 

 そのどちらもが来ないことに疑問に思って顔を上げると、今度は「わぁっ」と感嘆の声を上げた。

 風を切る感覚。目の前に広がる大海原。下を見れば、海中ではなく海面がある。

 シリウスが空を走っていた。

 と、その時風の音に紛れて、小さなパンッという乾いた破裂音が聞こえてきたので横を見ると、シリウスと同じように、リヴェルグが空を走って……否、跳んでいた。今の破裂音は、彼が足を踏み出す度に鳴っているようだった。

 ともあれ、「人間が空を走る」という非常識に目を丸くするユキノ。次いで「お師さまもシリウスもすごいです!」と声を上げると、リヴェルグは微笑ましげに笑う。

 

「シリウスの名前、『天の狼』って言ったろ? そいつは空中も地面と同じように走れるんだよ」

「お師さまは、どうやってるんですか? シリウスと同じ?」

「いや。シリウスは、地面と同じように空気を踏んでるんだが、俺は違う。そうだな……足元の空間を歪ませて偏重させることで、空間に“落差”……重さというか、密度というかな。それに差を創って、“濃い”方に衝撃を加えることで、元に戻る反発力を利用して跳んでるんだ。この破裂音は、歪んだ空間が元に戻る時の音だな」

 

 ザックリ説明して解るか? と訊くと、しばし考えた後「ちょっと難しいですけど、なんとなく」と、師の言うことを十全に理解出来なかったことが少し悔しいのか、少ししょんぼりとした声音で言うユキノ。

 「まあ要するに、魔法で一度しか使えない見えない足場を創ってると思っていい」とリヴェルグが簡単に説明すると、今度はすぐに「なるほど」と頷いた。

 

「それって、わたしにも出来ますか?」

「さて……“そういう魔法”を考えて修行すれば、俺とは違うやり方で出来るようになるかもしれないな」

「お師さまと一緒が良いです」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、コイツ(・・・)は俺の“根源(オリジン)”に関わるものだからな。ユキノに限らず他の誰にも、完全に同じやり方ってのは無理だろうな」

 

 自分と同じ方法が良いと言う愛弟子の言葉に、師匠冥利に尽きると笑みを浮かべつつも頭を振ったリヴェルグは、「そうですか……」と寂しそうな顔をするユキノに、「そんな顔をするな」と笑いかける。

 

「それじゃあ、お互い共通の魔法でレッスンだ」

 

 そう言って彼が手を軽く振るがいなや、前方──島があると思われる方に向けて、海面上空……丁度リヴェルグが跳躍するために足を出すであろう箇所に、川面に浮く飛び石のように、平たい石が一直線に連続して現れた。

 無論本物の石の板が水平線の彼方まで続いているわけではなく、リヴェルグが創り出した幻影である。

 実際ユキノが後ろを振り返ってみれば、彼が踏んだ──ように見える、だが──後の石の板は、用は済んだとばかりに空中に溶けるように消えていっている。

 

「一昨日『それらしさ』について説明したのは覚えているな? ……よし、それじゃあ出来る範囲で良いから、この光景に“足りない”ものを付け足してみろ」

「はい。……えっと……」

 

 問題を出されたユキノは目の前の光景を眺めながらしばし考えたあと、「あっ!」と声を上げると両手を前に出し、魔法を行使する。

 すると、前方に続くそれぞれの石の足場の下に、一本の支柱が現れた。

 正確に言うならば、この間も彼等は前に進んでいるため、ユキノは進む度に現れてくる石の板の位置に合わせて、支柱の幻影を創り続けている、であるが。

 それを見たリヴェルグは「なるほど、そう来たか」と感心するも、彼のその反応で想定していた答えとは違うと言うことに気付いたユキノが、残念そうに眉尻を下げた。

 

「あ……違いましたか?」

「いや、これも間違いじゃないよ。そうだな……俺が考えていた答えと合わせてみようか」

 

 と、リヴェルグがパチリと指を鳴らすと、彼が創った石の足場と、ユキノがそれに付け足している支柱の幻影に合わせるように、海面に揺らめく影が生れる。

 

「あ、そっか、影!」

「ああ。普段然程意識していないだろうけど、光があって物体があれば、当然影が生れる。特に今のシリウスや俺を見れば解るが、こうやって空中にあれば地面……まぁこの場合は海面だけど、そこに出来る影は顕著だろう?」

「はい」

「ただ、さっきも言ったがユキノが出した答え……『空中に石の板が浮くのは不自然だから、海中に伸びる支柱を立てる』っていう考えだろうけど、それも間違いじゃない……と言うか、正解の一つだな」

 

 そう言ったリヴェルグはシリウスをその場に止まらせると、自身もまたシリウスに並ぶように空中に(・・・)立ち止まる。

 そしてユキノの顔を真っ直ぐに見つめながら、言葉を続けた。

 

「世の中には確かにたった一つしか答えがないものってのは確かにある。けど、今の問いのように、決してそうじゃないことも沢山ある。だから、ユキノ。考えることを止めてはだめだよ。色々なことを見て、感じて、考えて。色々な角度から“答え”を出せるようになれ」

 

 自身の言葉を、一言一句聞き逃さないようにと言うように真剣に耳を傾けていたユキノの「はいっ」という確りとした返事を聞いて、満足げに頷くリヴェルグ。

 

「何より俺が嬉しいのは、ユキノがこうして“自分なりの答え”をちゃんと出してくれたってことだ」

 

 そして続けて言った言葉を聞いて、はにかんで笑うユキノの姿を見て、彼は思う。本当に、自分の弟子にはもったいないぐらい素直で良い子だと。

 ──『彼女』を失って、灰色に染まってしまった自分の世界が、今になってほんの少しだけ色づいているのだから。

 

「……ユキノ」

「はい、何でしょう?」

「──ありがとう」

 

 突然礼を言われて一瞬キョトンとしたユキノは、けれどもすぐに何だか楽しくなって、クスクスと笑った。

 師が何に対して礼を言ったのかは解らない。けれど、彼から感じる雰囲気で、きっと悪いことではないのだと思って。

 ──わたしでも、お師さまの役に立てているのかな、と……そう思えて。「お師さま」と、花が咲いたような笑顔を浮かべて言う。

 

「お師さまも、ありがとうございます」

 

 何に対してかは、自分でも解らない。解らないけれど、お礼を言いたくなって、彼女は嬉しそうに、楽しそうに笑って。それにあてられたように、リヴェルグもまた楽しそうに小さく笑った。

 

 

 それからしばらくの時が過ぎ、夕日は彼方へ沈み、夜の帳が下りようとしていた。

 魔力量の関係から、少し前にシリウスは星霊界に帰されて、ユキノはリヴェルグの腕の中に抱きかかえられている。

 先程まで夕日を眺めて、綺麗ですね、と無邪気に喜んでいたユキノだったが、今はリヴェルグの首に腕を回して確りと抱き着き、ギュッと目を瞑っていた。

 

「ユキノ、大丈夫か?」

 

 耳元で優しく声をかけられて、なるべく下を見ないようにしながら、顔を上げる。

 先程──辺りを夜の闇が支配した後、不意に下を見てしまったところ、落ちたら何処までも吸い込まれ、沈んで行くのではないかと思う暗い海原に、言いようのない不安を覚えて怖くなってしまったのだ。

 月と星しか光源が無い夜の世界なれど、これだけ顔を寄せていれば、相手の顔もよく見える。

 いつも頼りになる師の顔は、恐らく自分を気遣ってくれているのだろう、いつもよりも柔らかく、そして力強く感じられて──夜の海への恐怖感と、師の腕の中に居る安心感。相反する感情に頭が混乱し、鼓動が早鐘を打つ。

 視線が合い、それがなんだか気恥ずかしくて、回した腕に力を込めて、リヴェルグの首筋に顔を押しつけた。

 

「わからない、けど、大丈夫です」

 

 一方のリヴェルグはそのユキノの台詞と態度に、大丈夫なんだか大丈夫じゃないんだか、とクツクツと笑いながら、「そうか」と一言だけ返して、少しそっとしておくことにした。

 それから少しの間、風と、リヴェルグが宙を蹴る際の小さな破裂音だけが聞こえる時が過ぎ、ユキノが少しウトウトとしだした頃。「島が見えたぞ」と呼びかけられた彼女が顔を上げると、目に飛び込んできた光景に「……すごい」と感嘆の声を上げた。

 暗い夜の海に浮かぶ島は、黒い影となってその輪郭を際立たせている。

 そしてその上空に浮かぶ白い月──遥か天空から島に向かって、月の光が一筋の光線となり、途中からその色合いを紫色に変えて降り注いでいた。

 確かにユキノが声を上げてしまうのも頷けるような、神秘的と言える光景であった。

 一方でリヴェルグは「やっぱりなぁ……」と溜め息を一つ。

 当然ユキノもそれで、目の前の光景がただ神秘的で綺麗なだけではないのだと気付き、リヴェルグの顔へ視線を向けた。

 

「お師さま、あれって厄介ごとですか?」

「あー……すまん、水を差したな」

 

 神秘的な光景には違いないのに、済まないなと謝るリヴェルグに、ユキノは「いえ」と首を振ると、「教えてもらってもいいですか?」と問いかけた。

 

「そうだな……元々あのガルナ島っていう島は、月の魔力を集めやすい島なんだ。それで、この時期……月が島の真上を通る時期になると、満遍なく降り注いだ月の光に篭められた魔力を受けて、島全体が淡く輝くんだよ」

 

 と“本来の現象”を話したところで一度言葉を止め「今と全然違うだろ?」と改めて目の前の光景を指した。

 

「そうですね……お師さまが言う方も、見てみたいです」

「残念だが島が輝くほどに月の魔力を集めるには、今年はもう期間がたりないだろうから無理だけど……いつか、また見に来よう」

「はいっ! お師さま、約束ですよ!」

 

 嬉しそうに言うユキノに「ああ、約束だ」と頷いたリヴェルグは、話を切り替えるためにコホンとひとつ咳払いをし、ユキノもまたそれでリヴェルグが何かを言おうとしているのを察して、話を聞き逃さないように彼の顔を見て聞く姿勢を整える。

 

「さて、それじゃあここで問題だ」

「はい」

「今し方言った“本来の現象”が“今起こっている現象”になっているのは、どのような作用が働いたためなのか。原因でも理由でも何でも良いから、“ユキノなりの”考えを聞かせてくれ」

「……解りました。あの、お師さまは、その理由とか知ってるんですよね?」

「そりゃ勿論。ああ、別に間違っていたからってどうということはない。ただ、ユキノがどう考えるかってのを知りたいだけだ。余り重く考えなくて良いぞ……ってわけで、答えは島に着いたら聞かせてもらうからな」

 

 そう言ったリヴェルグは、ユキノが「はい」と頷いて考え出したのを確認すると、彼女の邪魔をしないように出来るだけ静かに、ガルナ島へと足を向ける。

 島が近づいてくると、考え込んでいたユキノが顔を上げ「お師さま」と呼びかけてきたため、「もうちょっと待ってろ」と言うや、速度を上げた。

 

「──到着、と」

 

 しばらくしてようやく島に着くと、ユキノを降ろしたリヴェルグは海岸近くに迫っている森の中へと入り、薪になりそうな枝木を集めると着火の魔導具で手早く火を起こした。

 焚火が安定したところで、着ていたローブを脱いで近くに広げ、ユキノを呼ぶと並んで座る。

 

「流石にもう遅いから、島にある村には明日向かう。今日は野営だ」

「はい。……なんだか久し振りですね」

 

 ユキノを弟子に取ってからマグノリアに戻るまでの間にも、人里から離れたところを移動したりで町などに行けない時は、何度かこうして野営をすることもあった。それを思い出しているのだろう、焚火を見るユキノの表情も、どことなく懐かしげで楽しそうであった。

 やがて、リヴェルグに寄りかかって身体を預けていたユキノは、彼が気がつくと小さな寝息を立てていて、「問題の答えは明日だな」と苦笑する。

 船を使わず海を渡り、途中から彼に抱えられていた間は、満足に動けずに同じ姿勢を続けていたりで、やはり随分と疲れたのだろう。

 ……流石に無理をさせてしまったか。ユキノが自分から弱音を吐いたり、最初から出来ないと言ったことは記憶に無く、何にでも一生懸命に着いてこようと頑張っている。

 結果的にこうして負担を掛けすぎてしまったのは反省点だと自戒したリヴェルグは、今はまずゆっくり休ませるかと、ユキノを起こさないように優しく横にし──いつの間にか自分の服をしっかりと握られているのに気付き、仕方無いなと微笑んで。

 火は朝方まで持つだろう。風は凪。雲は無く雨の匂いはしない。

 無論寝入ることないが、身体を横にするだけでも疲れの度合いは違う。彼女の横で自分も身体を休めることにして、その場に横になる。

 

「おやすみ」

 

 優しく頭を撫でたユキノの寝顔は、何の不安も無く、安心しきったものであった。




・ガルナ島に行くまでで終わりました。おかしい。
 もう島での戦いはほとんど原作通りだしすっ飛ばしても……って思ったけれど、これロリノちゃんの初陣なんですよねえ。

・ロリノちゃんはもうほとんどオリキャラ状態ですね。原作ユキノが好きな人はごめんね。

・気がつけばロリノちゃんがグイグイきていますが(こんなはずじゃなった)、この子別にヒロインじゃないんですよね。いまのところ。

・ちなみに、リヴェルグが幻影魔法を使っていますが、彼の場合は同調魔法あってこその幻影魔法です。メイビスとの同調の副産物ですね。この辺の設定は追々。なお使いこなしているのは研鑽のたまもの。
 “根源”と表したモノはまた別。第一話でバレバレですが。何を扱っているのかもまた追々。
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