魔王な嫁が世界を滅ぼす三秒前   作:織葉 黎旺

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再会と謁見の十三分前

 廃ビルの中に設置されたゲートを抜けると、空間魔法でマクロニアの王宮、その中の庭へと運ばれる。サッカーでも野球でも、大抵のスポーツは出来てしまいそうな広さの芝生だ。見上げれば、夕陽を受け、金銀ミスリルオリハルコンと、豪奢な宝石たちで装飾された立派な宮殿が目に映る。普段であれば観光客向けに一般開放されている庭だが、パーティーのある今日は締め切られており、人っ子一人いない。

 数秒して、目の前に執事服の男が転移してきた。

 

「お待ちしておりました、魔王様方」

 

 肩に手を当て、男は恭しくお辞儀する。流れるような身のこなしから、一連の動作への慣れが伝わってきた。人のよさそうな顔立ちに、ショート気味の白髪、左目にかかるモノクル。絵に描いたような執事がそこにいた。

 

「遅れてしまって申し訳ありません」

 

「いえ、滅相もございません。執事長のセバスティアンと申します、セバスとお呼びください。それではご案内させていただきます」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

 セバスの後について、彼の抜けてきたゲートをそのまま潜る。その先はクリスタル製のシャンデリアが照らす綺麗な廊下であり、目の前には巨人サイズの大きな扉があった。セバスはそれを開き、「それでは、ごゆるりとお楽しみください」と一礼した。ふう、と小さく息を吐く。

 

「あら? 緊張してるの?」

 

 ルシファルは悪戯に微笑んで言った。

 

「そりゃあ、まあ。本来私ごときが来られる場所じゃありませんからね。社交界のマナーなんて未だによくわかりませんし、粗相をして恥をかかないか、心配で心配で堪りませんよ」

 

「大丈夫よ、あなたなら上手くやれるわ」

 

 それに、もしもあなたを馬鹿にする愚か者がいたら、私が──とルシファルが何かを言いかけたが、詳しく聞きたくないので、手を引いて歩き始める。そもそもそんな人、()()()()()()()()()

 中では既に、数多くの賓客が杯を交わし、料理に舌鼓を打っていた。その誰もがテレビなどでよく目にする各界の著名人であり、一般人たる私としては、緊張の度合いが少し増してしまう。とはいえ臆してもいられない、なるべく目立たないようにテーブルに近づいていく。しかしそんな健気な努力は、すぐに水泡と帰す。

 

「あ、我が友! その影と幸の薄そうな雰囲気は間違いなく我が友だ! おーい、俺だよ! 君の親友、高貴な光己(こうき)だよー!」

 

「……最悪だ」

 

 陽気な声に振り返り、笑顔でこちらに近づいてくる金髪高身長イケメンに、思わず卓上の飲み物でもぶっかけてやりたくなる。しかしそれをグッと堪え、ため息交じりに口を開く。

 

「久しぶり、光己。ところで前に約束した、こういう場所では話しかけてくるなって話はどうなった?」

 

「え? いやだなぁ我が友、こういう場所で話しかけなきゃ、オレたち一生話せないじゃないか! だからこれからも話しかけ続ける、って前回君が来なかった時に一人で決めたんだけど……悲しいが、どうしても嫌ならもう二度と君に話しかけないと約束……しよう……ぐすっ……」

 

「あーいや、大丈夫だから! これからも話しかけていいから、だから泣くな!?」

 

「うん、ありがとう我が友!」

 

 そもそも話しかけてほしくなかったのは『目立ちたくないから』という酷く自分本位な理由であり、それも目立ってしまった今や何の意味もない。慰めるとけろりと泣き止み、光己は軽く抱き着いてくる。昔っからすぐ調子に乗るし、泣き虫なのも変わっていない。変わったのは身長くらいだ。旧友との再会を嬉しく思いながらも、背後に突き刺さる無数の視線と隣に感じる無言の圧力のため、光己を引き離す。

 

 

 光己は同郷の友人であり、同じ釜の飯を食って育った仲である。同い年であることも相まって仲が良かったのだが、十二歳の時その素質を見初められ、名門である十文字(じゅうもんじ)一族に養子として迎え入れられた。それ以来、会うこともなく過ごしていたのだけれど──縁とは奇妙なもので、結婚して以来度々こういった場所で顔を合わせるようになったのだ。

 

「最近どうだい、我が友?」

 

「最近というか、今の気分は割と最悪だね。空気の圧がすごい」

 

「………………」

 

「んんー? こんなに楽しい社交の場だというのに、何が最悪なんだい。夫婦揃って、そんな顰めっ面じゃよくないですよ。ルシファル嬢?」

 

 誰のせいだと思ってるんだ、という言葉が読心するまでもなく伝わってくる。そんな様子のルシファルである。私に対して親しげな光己が気に食わないのか、彼女は彼のことをあまりよく思っていないらしい。ただ、数少ない私が友とする男である上、十文字一族は魔王とあれど触れづらい、面倒な地位の貴族であるため、ルシファルの癇癪一つでどうこうするわけにはいかないのだ。ジンや私が散々言い聞かせているので、こういった場では基本的に何もしないが。そこ以外でどうだかは、まあ。

 

 

 閑話休題。とはいえ、光己は後ろ盾がなくとも何かされるタイプの人間ではない。それは家柄のためだけでなく、たとえルシファルが不機嫌になろうとすぐ、「とはいえ、その顰めっ面であれど君は美しい。笑えばもっと素敵なのは確かだが。いやー、お嫁さんがこんな絶世の美女だなんて、我が友は本当に幸せ者だなー!」とまさにこんな風に、白々しい称賛を投げかけるからである。

 

「そ、そう? やっぱり?」

 

 古より恐れられし魔王は、意外と褒められ慣れていない。緩んだ頬に手を当て、小首を傾げる。照れ始めたらもう、光己への怒りは何処へやらである。いつもそうなのだけれど、この辺になるとこちらを見つめる野次馬の目も消えていくので、ある意味有難い恒例の展開である。

 

「ええ。夜の方も、さぞかし良いのだろうなと羨ましい限りで──」

 

「夜?」

 

「あ、ああ! ルシファルさん本当に可愛いよな! 私は本当に幸せ者だよ光己!」

 

「あだっ!?」

 

「もうっ、あなたったら」

 

 光己を小突きながら、ルシファルに笑顔を向ける。不満そうにこちらを見つめる光己ではあったが、()()を破る方が悪い。奴もそれを薄々わかっているようで、嘆息して話を変えた。

 

「ところで、近々そちらに伺ってもよろしいですか?」

 

「え? ええ、こちらは別に構わないけれど……」

 

「よく家の許可が降りたな?」

 

「ああ。まあいくら頑固な父上とはいえ、此度は俺の我儘じゃなくて堅実かつ現実的な()()だからね。頷かざるを得なかったのだろう」

 

 現十文字家当主、十文字硬柳(こうや)は、政治だとかの面倒な事情に疎いルシファルでも知っているほどの王族嫌いで有名である。それは魔族相手でも変わりないようで、王族とのやり取りは最低限なのが十文字家の特徴であった。しかしそれも光己が営業の場に立つようになってからは少しずつ変わり、今ではこうしてパーティーに参加する程度なら容認しているのだが、王族との一対一の取引となると前例がない。もしそれが実現するとすれば、明日の紙面トップを飾るのはまず間違いないだろう。十文字硬柳に許可を出させるほどの()()というのも気になる。

 

「まあ、詳しい話はおいおい詰めよう。今はこの素晴らしいパーティーを楽しもうじゃないか!」

 

 こちらの動揺を察してか、光己はそこで話を切り上げた。「積もる話もあるが、それもまた後日。また会おう、我が友よ!」と輝く笑顔で手を振って、優雅な社交場の中心へと向かっていった。ああ見えてやり手の男だ、色々なお偉いさんへのご挨拶もあるのだろう。

 

「まったく。本当に変な人よね、彼は」

 

「そうですね、最高に変な奴です」

 

 私なんかを友とする時点で、相当に変な奴である。「何だか嬉しそうね」と頬をつついてくるルシファルに、「変な奴って、見てて楽しいじゃないですか」と返した。

 

「ご歓談のところ失礼します、魔王様ご夫妻」

 

「……!」

 

 背後から響いたバリトンボイスに、体が小さく跳ねた。足音も気配もなかったはずだ。それでいて最近何処かで聞いたような声。小さく息を吐いて振り返る。

 

「心臓に悪いですよ、セバスさん」

 

「これは重ね重ね失礼しました」

 

 セバスが恭しくお辞儀して言う。恐らく先程のように転移魔法で背後に現れたのだろう。私もルシファルも別に気にするタイプではないけど、割と本当に失礼な行為なのではなかろうか。

 

「少々お時間よろしいでしょうか?」

 

「よろしくてよ。手短に済むのであれば、ね」

 

 威圧すらすることなく、ルシファルは真顔で答える。どうやら珍しいことに、結構機嫌がいいらしい。セバスは微笑んでお辞儀をし、背後のゲートを示す。

 

「我が主、国王レオン・ミレニウス・13世がお待ちです」

 

 ──この前の仮病について怒られなきゃいいな、とだけ思った。

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