魔王な嫁が世界を滅ぼす三秒前   作:織葉 黎旺

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取引と視察の三分前

「婿くん〜まだ〜!?」

 

「お、おまたせしました!」

 

 焦って運んだため、中身を零しかけてドキドキしながら、ティーカップを原稿で溢れかえった机上の端にそっと置いた。ローザはそれまでの指の動きが嘘のように、静かにそっとカップの持ち手を掴み、優雅に一口飲んだ。

 

「ふー……美味しい♡」

 

「恐悦至極です」

 

 牙を剥き出して微笑む彼女は、「同じ茶葉でも人が淹れてくれるとどうしてこうも美味しいのかしら〜?♡」と機嫌良さそうに言った。たぶん、尽くされている優越感だと思う。

 

「ロイヤルミルクティー、自分で作るとめんどくさいのよね〜。そういうとこもあるのかも。助かるわ♡」

 

「いえいえ、このくらいしかできないので」

 

 先日の約束の対価として、現在私はローザのお手伝いをしている。初めはのんびりお茶を淹れたりお喋りしたりという程度だったのだが、最近はどうも締切間際で忙しいらしく、少し修羅場というか、先程のように不機嫌なシーンが垣間見える。

 

「ふー……こうして一服させてもらえるだけでも違うわね♪ 本当はこの後一発ヤレるともっといいんだけど……はあ」

 

「いや、そんな悲しそうに嘆息されましても」

 

「冗談よ。いくら私でも、ルシファルちゃんのモノに手を出したりはしないわ。それに──」

 

 ジロジロと、ローザは訝しげにこちらを見た。

 

「あんた、私に微塵も欲情してないでしょう?」

 

「……いえ、魅力的だと思いますよ」

 

「おべっかとかはいいの。っていうか私を誰だと思ってんの、そのくらいはすぐにわかるわ」

 

 この分じゃルシファルちゃんも苦労してるわね──とローザは深く溜息を吐いた。

 

「まあ、あの子は男女のアレコレを何も知らないだろうから、そういう意味ではむしろ気楽なのかしら」

 

「ローザさんが言うとひと味違って聞こえますね」

 

「ええ、まあ。知り尽くしてるからね」

 

 立ち上がったローザは、指揮棒でも操るように指で宙をなぞる。すると件の隠し部屋が開き、そこからパラパラと無数の紙が現れ、私の目の前で束になった。

 

「これ、今までの男の武勇伝と珍事リストね。丁度いい機会だから、この中から面白いと思ったものだけ厳選して纏めといて」

 

「私は別に構わないんですけど……いいんですか?」

 

「いいのよ、一度や二度寝た程度の男、ネタ程度の価値しかないわ。……ダジャレじゃないからね!?」

 

「いや、何も言ってませんけど」

 

 それだけ言うとローザは再び原稿に向かったので、私も目の前の束を読み始める。いや、濃い。要人の割合が多いだけあって、これ書いちゃ不味いだろっていう裏エピソードとか、大人の事情だとかが続々出てくる。めちゃくちゃ面白いが多分、放送コードとかに引っかかる。

 そういう意味ではむしろ、名もない貧民出の青年の話だとかがロマンチックでよかった。かの四地王が身体を許しただけあって、夢は大きく、世が世なら歴史に名を残していただろう逸材がゴロゴロいる。或いは、この人に吸い尽くされたせいでそれが潰えたのかもしれないが……

 

 

 

「ある程度読みましたよ」

 

「どーだった?♡」

 

「めっちゃ面白かったんですけど、今のペンネームでやってほしくないです。別名義でこれまとめた小説出したら絶対売れますよ」

 

「えー、それはちょっとメンドクサイな☆」

 

「でもそれされると既存のファン離れちゃうかもですよ、ラノベ読む層がいくらムッツリといえどガチエロは引かれる傾向にあるので」

 

「ちなみにお婿くんはどーなの?」

 

「私は普通に読みますよ、そんなウブでもありませんから」

 

 ふーーーーーーん、とやけに伸ばした口調で、ローザはこちらを覗き込む。身体の動きに合わせて、豊かなバストが跳ねた。

 

 

「それに、最初から同名義でやるよりも、後から同一人物だったって判明する方が熱いじゃないですか?」

 

「……それはちょっとおもしろいカモ」

 

「でしょう?」

 

 胸の前で腕を組んで、ローザは少し悩んでいる様子だったが、すぐに頷いて「うん、それがいいわね! お婿くん、早速アイツ呼んでアイツ!!」と私を顎で使おうとする。

 

「あの、アイツとは?」

 

「アナタの友達よ! あのムカつく男!!」

 

 ああ、光己のことか。頷いて、電子端末で連絡を取る。スリーコールのあと、すぐに繋がった。

 

『やあ我が友! 君の親友、高貴な光己だよ!!』

 

「相変わらずやかましいわね♡」

 

『やあ、その声はローザ嬢か。君からの連絡なのかい?』

 

「ええ、まあ癪だけど所用があってね」

 

『なら丁度いい、俺も一度そちらに伺いたかったからな! 今行くっ!』

 

 電話が切れると同時に、部屋の恥に設置されていた魔導陣に光が灯った。円柱型の光の中から、左肩に手を添え、天を仰ぐようにした謎のポージングの男が姿を表した。

 

「やあみんな! 高貴なる光己、ただいま推参!」

 

「帰れ、早急に」

 

「ええ!? 呼んでおいて酷い!?」

 

 どちらかといえば、電話で済むのに勝手にでしゃばってきたコイツが悪い気がするが、それについては面倒くさいので触れない。ローザも呆れたように嘆息している。

 

 

「やあローザ嬢! 本日も麗しいね!」

 

「当然でしょ? あんたは今日もうざいわね」

 

「お褒めに預かり恐悦至極!」

 

 微塵も褒めていない。しかし、光己はなんだか嬉しそうだった。或いはそれも、相手の毒気を抜く処世術なのかもしれない。……いや、コイツは絶対そんなこと考えていないが。

 

 

「して何用かな?」

 

「例の鉱脈の報酬の話、あったじゃない? あれの利益なんだけど、私の取り分をなくすかわりに別のお願い聞いてほしいなーって♡」

 

「ふむ、いいだろう!」

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

 快諾が過ぎる。光己は笑って、「この前の交渉では多少強引な手を使ってしまったからな。その分こちらが譲歩するのが筋ってものだろう!」と言った。

 

 

「それに俺の座右の銘はレディーファーストだからな!」

 

「ふーん、いい趣味してるじゃない」

 

 どこか楽しそうなローザが、本題を切り出した。

 

 

「お願いの内容なんだけど、アタシいまのと別名義で本出したいのよね」

 

「ほう、それはいいな! だがそれなら、今契約している出版社に頼んだほうがいいんじゃないか?」

 

 私もそれは少し思っていた。編集などにかけあえば、ローザほどの作家(あと社会的地位)なら普通にやらせてもらえそうだが、何故わざわざ光己にかけあうのか。

 

「ほら、さっきの読んだらわかるでしょ? アタシの話、歴史的にまずいものがゴロゴロ転がってるのよね、だから出版社がチキっちゃう危険があるのよね」

 

「そういえばそうですね」

 

「でもその点、光己くんのとこなら安心じゃない? ♡」

 

 十文字家が王族だとか権威だとかを嫌いがちなのは有名な話である。故に、傘下企業の出版社から出ている本も、強気なものが多い。確かにそれなら、ローザのノンフィクションも()()として受け入れられるのかもしれない。

 

「なるほど! そういうことなら、喜んで力になろう! 表現の自由は守られるべきだしね☆」

 

「助かるわ。じゃあ詳しい手続きはまたあとで──で、アンタの方の用事は?」

 

「ああ。本格的な採掘の前に、ある程度現地視察しなきゃいけないから、その許可を貰いにきたのさ」

 

「おっけー、そういうことなら案内するわ。こっちよ♡」

 

 

 

 

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