魔王な嫁が世界を滅ぼす三秒前   作:織葉 黎旺

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お風呂でのぼせた三秒前

 「やっぱりお風呂は良い文化ですわ」

 「ですね」

 

 そこそこ広い脱衣所で二人、扇風機の風に当たりながら過ごす。彼女は風呂の熱で赤くなった様子の頬ではにかみ、対して別の要素で赤くなった私が微笑む。まだ多少湿っている髪の毛を、わしゃわしゃとタオルで拭いていると、彼女が後ろからギュッと抱き着いてきた。

 

 「ふふ、小さい背中……」

 「やめて、気にしてるんだからやめて!」

 「可愛らしくていいじゃない」

 

 小柄なせいで、男らしい立派な体格とは言えないマイボディ。彼女に抱き着かれると本当に、包み込まれるような構図になる。

 

 「すーはーすーはー……」

 「ちょ、恥ずかしいから嗅がないでください!」

 「石鹸の匂いがしますわ」

 「そりゃそうでしょうね」

 

 このままいるのも割と悪くはなかったが、晩餐の準備もあるので、くっついてくるルシファルさんをどうにか引きはがし(引きはがす過程で変なところに触ってしまったが不可抗力だ)、リビングの方に向かう。

 

 「んんー」

 

 夜ご飯は食べていないが、あまりお腹が空いているわけでもない。ルシファルさんはどうなのか気になったが、恐らくというか確実に、「貴方はどうなの?」って返されて答えた方に合わせてくると思う。うーん、あっさりした軽いものでも作るか。

 

 「冷蔵庫って今、何入ってましたっけ?」

 「野菜各種と肉各種、果物数種類に氷菓子じゃなかったかしら」

 「わあ不自由なく揃い踏み」

 

 ぐぬぬ、それだけ多いと逆に迷ってしまう。うーん、何を作ろうものか……

 

 「私はそこまでお腹空いてませんし、夜ご飯は遠慮させていただきますわ」

 「じゃあアイスでも食べません?」

 

 季節は初夏。若干暑い今夜にアイスは丁度いい。冷蔵庫からソーダ味のボリボリ君とオレンジ味のボリボリ君を出して、一本を黒いソファに座り込んだルシファルさんに投げた。

 

 「確かルシファルさんソーダ味が好きでしたよね?」

 「覚えててくれたんですか……!」

 

 ルシファルさんは目をキラキラ輝かせてこちらを見る。いや、好きなアイスの味を覚えてた程度でそんなに嬉しそうな顔されてもこっちが困ってしまう。

 

 「うん、美味しっ♪」

 「(安物だけどいいのか……?)」

 

 ラーゲンダッツなどの高級アイスもあったのだが、何故かこちらの魔王様は安物の方に心が躍るらしい。不思議である。でも育ちのいい人程ジャンクフードとかを美味しく食べると聞くし、そういうものなのかもしれない。

 隣に座って袋からアイスを取り出すと、ルシファルさんがじーっとこちらを見つめてきた。

 

 「でもオレンジも美味しそうね……」

 「あー、一口食べます?」

 「戴きますわ」

 

 ちろちろと美味しそうにアイスを舐めるルシファルさん。大人びて見えるが、彼女の行動や言動は意外と子供じみている。邪気を感じさせない笑顔が、私の目に可愛らしく映る。

 

「ふわぁあ……」

「あ、眠くなってきました?」

「ねむくなってきました……」

 

 眠気を堪えてごしごしと目を擦るその姿に魔王としての威厳や貫禄なんてものは微塵もなく、年相応どころか本来のそれ未満の雰囲気を感じさせる。リビングで寝ると風邪をひきますよ、と囁くと、「そんなことはないですよ……」と唇を尖らせつつも、ゆっくりと重い腰を上げ、寝室へとふらふら歩き出した――かと思いきや振り返ってこちらへと倒れかかってきた。

 

「ちょ、ルシファルさん!?」

「連れてって……」

「今行けそうだったじゃないですか!」

「もう一歩も動けませんの」

 

「運んでくれないなら、ここでこのまま眠るだけですわ……」と呟いてルシファルさんは欠伸をした。嘆息して、渋々「わかりました」と彼女の体を持ち上げる。

 

「相変わらず、細いのに力強いのね」

「一言余計ですよっと!」

 

 両手はお姫様抱っこで塞がっているため、足で半開きだった寝室の扉を開く。

 ルシファルさんをベッドに寝かせ、そっと立ち去ろうとすると腕をガシッと掴まれた。驚いて振り返ると、そのままの勢いで体制を崩し、流れるようにルシファルさんの体の上へとうつ伏せで倒れ込んでいた。お腹の辺りに妙に柔らかい感触があった。

 

「うおっ……いきなり何するんですか、もう。割と勢いよくダイブしちゃいましたけど、大丈夫ですか?」

 

 言いながら起き上がろうとすると、腰周りにがっしり手を回され、ルシファルさんに体を押し付けるような形でホールドされた。加減はしているのだろうが、苦しさすら伴うそれに、眉を顰めた。

 

「……痛いです」

「あら、失礼しましたわ」

 

 軽く力を緩めてくれたが、離してはくれなかった。それは喩えるなら、割れ物に触れるかのような力具合だった。

 

「どうしてこんなことを?」

「離れてほしくなかったんですもの」

「ちょっとくらい我慢してくださいよ」

「一晩も一緒にいないなんて、目覚める頃には気が狂ってしまうわ」

「自分に都合のいいところだけを要求するなら、人形遊びと変わりませんよ?」

「好きなら相手に合わせるべきじゃないかしらぁ?」

「その言葉はそのままお返ししますよ」

 

 ふう、と小さく息を吐くのが聞こえた。そこそこ長い付き合いから、それが諦めを意味するものだということはすぐに分かった。

 

「大人しく諦めましょう」

「やけに素直ですね」

「そのかわり」

 

 ぐいっ、と物凄い力で体が転がされた。キングサイズのベッドはゆとりがすごくて、軽く転がってもまだまだ余裕がある。ルシファルさんが私の上になり、先ほどまでと逆の体勢になる。

 

「私が眠るまで離しません」

「そうですか」

 

 これは何を言っても無理なヤツだなあ、と諦めて、彼女の腰に手を回す。早く眠りに落ちることを祈って。

 

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 無論、したかったことを何一つせず朝を迎えた。

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