「今日はいい天気ね」
「そうですね……そうですか?」
朝食後。ソファに座って珈琲を飲むだけの、久々に訪れた、特に予定のないまったりとした時間。彼女の呟きに、私は反射的に頷いた。が、よくよく窓の外を見たら全然雨だった。
「いい天気よ。だって、雨なら貴方はどこにも行かないでしょう?」
無邪気な笑顔で彼女は言った。……いや、たしかにその通りなのだけれど。
「ルシファル、もしかして最近私が家を空けがちだったから拗ねてます?」
「そんなことはないわ。子供じゃあるまいし」
子供の物言いだった。ここ数週間くらいはローザのアシスタントや光己とのミーティング、その他諸々用事が多く、あまりルシファルと顔を合わせていなかった。とはいえ彼女の方もずっと疎かにしていた魔王としての執務が溜まっていたので、丁度いい機会だしと言い包めて働かせていたのである。
「すみません、寂しい思いをさせてしまって」
「本当にね。日々、一日千秋の思いでしたわ」
よよよ、と彼女は泣き真似をして見せた。だが私は知っている、彼女が毎日部屋で本当に啜り泣いていた上に、その泣き声が大きくなるにつれて執務中の癇癪がひどくなり、周りに当たり散らかしていたことを。グレラくんが泣きそうな顔で愚痴っていた。
「もし今日もダメだったら、秋を越えて冷たい冬まで達するところだったわ……」
「八つ当たりで魔法使ったりするのは絶対やめてくださいね」
本当に死人が出る。私が家を空けたせいで尊い犠牲が生まれてしまったら、寝覚めが悪いどころの騒ぎではない。
「冗談よ。私にもそのくらいの分別はつきますわ」
限りなく怪しいので、「ローザさんの締切も一段落したみたいですし、光己にも話して二日くらいお休みを貰いますよ」と言っておく。恐らく、そろそろガス抜きしておいた方がいい。何なら今日も本当は古戦場採掘の監督の予定だったのだが、雨の予報だったので中止になったのだ。
「そうね……はっ! それはつまり、雨が止まなければ永遠にお休みなのでは……?」
「やめてくださいね、大魔法で古戦場水没させたりするのは
彼女にはそれができるだけの力と思い切りがある。思い切りというか、後先考えてないだけかもしれないけど。
──きっと、いまの彼女が必要としているのは一つしかないのだ。
「……連休になりそうですし、どこか出かけます?」
「いいわね♪」
当然乗り気なルシファル。とはいえ、明日も予報自体は雨だし、そうなると場所が──
「あ、そうだ」
閉まっておいた封筒から、二枚のチケットを取り出す。それはかつて晩餐会に顔を出す際にジンから貰っていた、プラネタリウムのチケット。これなら季節など関係なく楽しめる。
「明日行きましょうか。色々準備も要りますし」
「そうね」
微笑んだルシファルが、ぼすんと間抜けな音を響かせながら、こちらにしなだれる。長くふわふわとした髪と、ゆったりとした白いニットの感触が肩に伝わる。
「今日のところは、ゆっくり過ごしたいし……ね?」
「……そうですね」
まあ、たまには甘えさせてあげよう。猫のように擦り寄る彼女に苦笑しながら、ゆっくりと瞬きをした。