「いつも悪いね、グレラくん」
「いえいえ! とんでもないっす!」
黒の魔車の前でグレラが小さく敬礼した。その姿に小さく苦笑したが、背後の魔王の若干不機嫌そうなオーラに気づき、そそくさと運転席に向かった。私達も後部座席に乗り込む。
「……ルシファル、少し近くないですか?」
「あら、そうかしら?」
大人三人ずつが対面できそうな程広い車内であるというのに、彼女は私の腕にまとわりついている。
「もしかして、こうするのは嫌……?」
「いえ。これだとルシファルの顔が見づらくて少し残念だな、と」
「これならどうでしょう!」
あざとい上目遣いから一転、正面に迷い込んだルシファルが胸を張って自信たっぷりに微笑んだ。ので、「素敵ですよ」と褒めておく。こういう扱いやすい所は、嫌いではない。
「着きましたっす!」
なんだかんだと談笑しているうちに、目的地に着いたらしい。座席から降りて、グレラにチップを渡して、帰る際に呼ぶのでそれまでは自由にしていていい旨を伝える。
「なんかデジャブっすね!」
二度あることは三度あるというし、たぶんデートの度にお世話になると思う。それを理解してか、ビシッと敬礼のポーズをして「今後もおまかせください!」と笑った彼が去っていった。
「さて、私たちも行きましょうか♪」
手を繋いで目の前の商業施設に歩き出す。既に認識の魔法は使用しているため、目立つ魔車はその辺のタクシーに誤認されているはずだし、私たちも適当なカップルに見えているはずだ。
「ふふっ、帰りに何か買い物をしていくのもいいわね」
「たしかアクセサリーとかが充実してるそうですよ」
イヤリングやネックレスなどを贈ってもいいかもしれない、と思ったが、流石に王族に見合うような立派なモノはないはずなので、ウィンドウショッピングになるかもしれない。まあ恐らく、私が贈ったものであればなんでも喜んで着けてしまう彼女なので、そんなに気にすることもないのかもしれないが……
エレベーターで上階に向かう。チケットを見せて、プラネタリウムの中に入る。平日の昼間だけあって、客足はまばらでほとんど貸切状態だった。
「この席フカフカね」
「ですね。雲に寝転んでるみたいな心地になります」
ジンが少しだけいいシートを選んでくれたようで、ちょうど二人が寝ころべるサイズのそれは、柔らかな感触に身体が沈み込んでいく感覚があって、ここに寝られるだけで来た価値があるといっても過言ではなかった。ルシファルと二人、顔を見合わせて小さく微笑む。
そうしているうちに徐々に照明が落ちていき、開幕のブザー音が鳴る。耳触りのいいナレーションと共に、天体ショーが始まった。
『──古来より、我々は星空に数多の星座を見出してきました』
星々が点と点で繋がり、線となり、様々な模様を描き出す。獅子、水瓶、天秤、乙女。
『宇宙、そして天体は魔法にとっても大きく意味のある存在で、切っても切れない関係にあります』
魔獣、飛竜、天使、悪魔。
ボーッと繋がれる星々を眺め、ナレーションに耳を澄ませていれば、自然と眠気が湧いてきて。いやいや眠っちゃダメだ、と目を擦れば、隣から寝息が聞こえてきた。その安らかな寝顔に小さく苦笑を漏らせば、「……寝てないわよ?」なんて、頬を膨らませた彼女が言った。
「私はちょうど、寝ちゃいそうなところでした」
「ふふ」
こてん、とこちらの方に顔を向けて横になるルシファル。星に見向きもしないその様子に、いつかの水族館の記憶が重なる。
「ルシファル、好きな星座とかあるんでしたっけ?」
「そうねえ、貴方の誕生星座かしら?」
星々に微塵も興味がないことだけはよくわかる返答だった。
「ふざけてるわけじゃないの。ほら、私って魔王じゃない?」
それはそうなんだけど、口語でなかなか聞かない響きだ。
「天を地に貶めるからこその魔王と四地王。つまり、星は見る物じゃなくて堕とす物で、堕ちてくる物を見上げる必要なんてないから、区別する必要すらないのよ」
精々大きいか小さいかだけの差ね──と彼女は続けた。そりゃそうだ、
「……すごかったですもんね、あなたの
「あら、照れますわ」
暗いせいでよく見えなかったが、彼女が頬を赤らめているだろうことは容易に想像がついた。
知らぬ間に星座の解説は終わり、ナレーションは惑星の話に移っている。
「アレは流石に落とせないわね」
「たぶん、天体ってそこを基準に考える物じゃないと思いますよ」
いつの間にかルシファルもプラネタリウムを眺めていた。まあ私に釘付けよりは遥かにいいので、何も言わない。
『──人々は昔から、流星に願いを込めてきました』
遠くの空で、点が線となって走る。それを皮切りに無数の星が流れ、群れを成す。これだけあれば、願いを三回言うのなんて余裕だろう。
「貴方にいま、何か願いはあるのかしら?」
「ありますよ。とびっきり、叶えるのが難しいのが」
「言ってくれれば、私も手伝うのに」
「いえ、こればかりは──自分でやらなきゃ、意味がないので」
流星を見つめて、拳を握った。今更祈るまでもない、願うだけの時間は終わったのだから。
「……綺麗ね」
「ええ、本当に」
いつの間にかルシファルの視線は、天幕に釘付けになっていた。その赤い瞳に線が映る。立場がいつの間にか逆転している。
『散って流れる、星々の最後の瞬き。それ故に流星は美しいのです』
「………………」
一番いいところだと言うのに、結局ルシファルは瞳を閉じてしまった。まあ、その方が
「起きてる時なら絶対にやらないな」
彼女が気持ちよさそうに身じろぐ。いつかは終わるとしても──でも、この一瞬くらいは、温かな微睡みに身を委ねてやろうと。そう思った。