魔王な嫁が世界を滅ぼす三秒前   作:織葉 黎旺

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喧嘩が始まる三分十秒前

 

 

「珈琲、もう一杯いかが?」

「どうも、いただきます」

 

 裸エプロンで珈琲を注ぐ、ルシファルさんの姿にも慣れ始めた朝。朝食の後片付けでも手伝おうか、と立ち上がってみるが、丁度コーヒーを持ってきた彼女にすぐさま「貴方は休んでいてくださいな」と座らされてしまった。

 

「別に、お手洗いに向かおうとしただけですよ」

「嘘ばっかり。でも、お心遣いは嬉しいわ」

 

 ぐぬぬ、どうやらお見通しらしい。別にわかりやすい性格をしているつもりはないのだが、彼女にはやけに心を読まれている気がする。恥ずかしながらお金の収入を彼女に頼りきってしまっているため、自分の出来ることくらいは自分でしたいのだが、ルシファルさんは高位で高貴な地位と身分の割に献身的である。

 

「貴方だからこそ、よ」

 

 台布巾で机を拭きながら、こちらを見てウィンクするルシファルさん。何だろう、私ごときの思考は完全に把握されてしまっているのだろうか。いいや、そんな訳はない、と思い直して首を振る。

 

「……ルシファルさん、絶対何かしてるでしょ」

「ぎくっ」

 

 わかりやすいオノマトペと逸れた目が、全てを物語っている。上擦る声で「何もしてませんよー」と台所の方に向かおうとするルシファルさんを引き止める。

 

「ああいえ、別にいいんですよ? ルシファルさんが私に隠れて、私に対して何かしていようと。ただ、それは正しい夫婦の形と言えるのかなあって……」

「ぐぬぬぬ……」

「まあ私はルシファルさんのことを信用してますし、そんなことする方ではないよなーと確信しているので心配はいりませんが……」

「うう、信用を逆手に取るやり方は卑怯よ……わかりました、正直に言いましょう」

 卑怯なのはどっちだ、という言葉は飲み込んだ。次の言葉を待つことにする。ルシファルさんは、バツが悪そうに人差し指をつんつんと突き合わせ、モゴモゴと説明を始める。

 

「その……私、貴方が浮気でもするんじゃないかって不安になって……」

「……」

「万が一他の娘に気が移ってたら……と思うと、いても立ってもいられなくなって……」

「………」

「それで、昨日貴方に……読心の魔法をかけちゃって……」

「…………」

「ごめんなさい、私……怖かったのよ……」

「……………ルシファルさん」

「……はい」

「心配し過ぎです」

「あへっ」

 

 コツン、と暗い顔をした彼女のおでこを小突いた。驚いた様子のルシファルさんは、未だ不安そうにこちらを見つめる。

 

「怒って……ないの?」

「そりゃあまあ少しくらいは。でも、別に読まれて恥ずかしいことなんて考えませんし」

 

 ほとんど城の中から出ない上に私たちの身の回りに女性などほとんど一人も置かれていないので、そんな心配など少しもいらないのだが。心配性過ぎる嫁が逆に心配になって、小さく嘆息した。

 

「とはいえ流石に、読まれてるって分かっちゃうと良い気はしないので、出来れば今すぐ解除してもらいたいです」

「わかりましたわ。今すぐ解除いたしましょう……本当に、ごめんなさい」

 

 ルシファルさんは深く頭を下げた。何分服装が服装なので、色々と際どいことになっている。

 

「頭を上げてくださいルシファルさん。人間誰にも間違いはありますし……いや、ルシファルさん人間じゃないけど……素直に謝ってくれたんですから、許しますよ。解除もしたんですよね?」

「ああ、貴方ったら本当になんて心の広い人……! 貴方が不倫するなんて京が一にも有り得ない浅ましい妄想をしてしまった私が、本当に恥ずかしいわ……魔法も解除しました、安心してください」

「そうですか」

 

 ――ありがとうルシファル、愛してるよ。

 

「!!!!!!」

「やっぱり解除してないじゃないですか」

「え、ええと……だ、騙したのね!」

「それはこっちの台詞です」

 

 目を見開き頬を林檎色にして、わかりやすく動揺したルシファルさんの様子から魔法を解除してないのは察せた。わかり易過ぎる人である。

 

「い、今の言葉も……私の反応を引き出すための、ウソだったんですか……?」

「んー、どうでしょう」

「よ、呼び捨てにまでしてくれたのに……」

「その方が反応が見やすいと思ったので」

「うぅうぅ……」

 

 悔しさと悲しさと恥ずかしさが入り混じったような表情で、真っ赤なルシファルさんがバシバシと私の体を叩き始めた。

 

「それは卑怯ですよ……!」

「ルシファルさんだって私に嘘つきましたし、お互い様でしょう」

「だって……」

 

 駄々をこねる子供のように無垢に唇を尖らせ、ルシファルさんは掠れるような声で呟いた。

 

「貴方がこんなにも余所余所しいから……女として、見てもらえてないんじゃないかしらって……」

「…………」

 

 沈黙が場を包む。それを壊すようにふー、と大きく息を吐き。彼女の肩を掴み、無理矢理こちらを向かせる。

 

「な……なにを」

「ルシファル、愛してる」

 

 刹那、彼女が石膏像のようにがっしりと固まった。本当に心臓が動いてないのではないか、と心配に感じさせるほどがっしりと。心肺だけに。

 

「……ルシファルさん? これでも、恥を偲んで必死に言ったので何か反応をいただきたいんですが……」

「……はっ。幸福感と多幸感で飛びかけてたわ……」

「早く戻ってきてください」

「あ、ええと……ふん、そんな口先だけの言葉に惑わされるものですか……!」

「本心ですよ」

「な、なら行動で示してもらわないと……わからないわ……!」

「はあ……」

「いいのよ、嫌なら別……に……」

 

 ぎゅ、と強く、それでいて優しく、儚げに抱き締める。割れ物でも扱うように、クッションでも潰すように。

 いつの間にか彼女も私の腰に手を回し、完全に密着する形になっていた。

 

「……すいません、今の私にはこれが限界です」

「……いいわ。私の方こそ、色々とごめんなさい」

「これでおあいこです」

「でも、たまには呼び捨てにされたいし敬語も抜きにしたいわ……」

「我儘ですね……」

「我儘だから、魔王なのよ」

「急に職業をアピールしてきましたね。それを言われると、現状ヒモ同然である私としては厳しいです」

「むふふ」

 

 ルシファルさんからは、風呂上がりみたいないい匂いがした。

 

「ルシファルさん。別に、これからも読心してもらって構いません。気にしないことにしました。やましいこともありませんし。それでルシファルさんが安心してくれるなら、安いものです」

「いえ、これからは本当にしないことにするわ」

「えっ、いいんですか?」

「ええ。だって貴方を、自分の魅力で逃がさなければいいだけですものね?」

「ええ、きっと私は逃げられません」

 

 最後に、―――――――――――――と心の中で思って、もう一度強く抱き締めた。

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