ひどい内容だ。
今さらながらこの本を買ったこと後悔した。
たまたま入った本屋でやたらと色の入った装飾がされ、本自体も毒々しい色合いの装飾が施されたこの本に目が止まり、気になって発行部数を調べたらここ最近のベストセラー小説だった。
いつもならこんな本は買わないが先日同じ班の仲間と賭けポーカーで一人勝ちしたばかりで懐は暖かく、せっかくだからと買ってみたのが間違いだった。
やたらと擬音の多い文章、まったく共感できない登場人物の心情、こんなものに紙媒体が使われていると思うとどこか悲しくなる。本当にこんなものがベストセラーなのか。それとも俺の感覚が間違っているのか。
そんなことを思いながらそろそろ読むのをやめようかと考えていたとき、視界の端に見慣れた金髪が映る。先日賭けポーカーで金を巻き上げた班の仲間、ジョン・ハサウェイ。部署発足時からの同期、戦友。ギャンブル好きの女好きで人間の欲望を擬人化したような奴だがこの班唯一の妻子持ち。
「また本読んでんのか?しかも紙、飽きないな。」
データ端末1つに複数の情報が入る今の時代、書籍はほとんど電子化されている。一部の古書マニアと呼ばれるコアな層がいるためすべてがすべてというわけでないが紙媒体は圧倒的少数である。そんな中で俺は紙媒体に拘っている。電子書籍の利便性も認めているが、文字列すべて電子信号の固まりに思えてどうにも違和感があった。
「味気ないだろ、全部が全部データなんて。こうやって俺は古きよき時代を懐かしんでんだよ。」
「この『部隊』の隊長様が言うこととは思えねぇな・・・。」
「最新が旧式に勝つとは限らねぇだろ。」
「は、それもそうか。」
そう言いながらそう言いながらジョンは俺の隣に座る。
安物のシートが僅かに沈み、中の固い金属が臀部にあたり、顔をしかめる。
「で、今回の作戦はどうよ、今度も外れる可能性があんのか?」
胸ポケットタバコを取りだし、火をつけようとするがどうにもライターが見当たらないらしい。俺はジッポライターを出して奴のタバコに火をつける。
「お、サンキュ。・・・前回だってA+の情報精度で対象が居なかったんだぜ。これじゃ何を信用していいかわかったもんじゃねぇよ。」
ジョンはタバコの煙を吐き出して大袈裟に肩をすくめる。
「これじゃ『ISの番人』も形無しだな。」
「・・・その呼び方、気にいってんのお前だけだからな。」
「長ったらしいこの『部署』よりマシだろ。」
インフィニット・ストラトス、通称IS。元々は宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツだったが、なんの因果か従来の兵器を凌駕するスペックが露呈し、世界中で争奪戦が繰り広げられた。しかし開発者である篠ノ之束博士が失踪、その後残された467機のISのコアを巡って国際的な問題を起こることを予見されたため、国連はアラスカ条約を成立させ、国際IS委員会を設置。21の国と地域がこれに同意し、現在では争奪戦は下火となっている。
しかしそれはあくまで表面上の話であり、裏ではISに関連した違法行為が後を立たない。それらを取り締まるために発足されたのが、国際IS委員会直轄特殊作戦群情報統括管理室。そして俺が今所属している部署は特殊作戦群情報統括管理室実働作戦部検挙班。このやたらと長ったらしい名前の部署が俺の今の職場だ。
仕事はいたって簡単、アラスカ条約に違反した思われる国に潜入し、事実確認を行い、事実が認められた場合は関係者の逮捕が主な仕事。
この部署は一般にも公表されているが、軍の関係者からはすこぶる有名だ。主に悪い意味で。今までの取り締まりの中で軍の関係者が圧倒的な割合を占めているのだから当然と言えば当然だろう。それから噂に尾ひれがついて俺たちの部署は悪名高い「ISの番人」となったわけだ。まったく光栄で涙が出てくる。
「だいたい前の作戦は『居なかった』じゃなくて『居なくなった』が正解だ。さすが『天災』様だ。いつからこっちの情報を掴んでたんだが・・・。」
そのせいでこっちは3年も対象を追い回す羽目になっているわけだが。
この『作戦』は3年前から始まった。発端はA国で起きた内戦。宗教上の理由から社会的ヒエラルキーが低かった女性たちが、ISの登場により国内で優遇され、それを快く思わなかった一部の男性達が国の政策に反発。初めは小さなデモ程度のものが、テロに発展し、ついに国内は男性側と女性側の内戦が勃発。始めはA国軍が双方に介入していたが、国内で武器で売買が禁止されているにも関わらず、市民が『大量の武器』を所持しており、町中で戦闘行為は日常茶飯事と化した。A国は元々小国であり、『たまたま』昨年軍事縮小を行ったばかりで軍部の力も弱く、次第に軍だけでは抑えられなくなり、A国は事実上の崩壊を迎えた。現在はアメリカ、ロシア、中国の軍が中心に内戦に介入し、事態の収拾にあたっている。これがたった1年の間に起きた出来事だ。
それまでは観光業を主な産業とし、古くから残っている貴重な遺跡と町の中心部が見事に調和した美しい町並みだった国が、たった1年で血と銃弾によりおぞましく姿を変えていった。
ただいろいろとキナ臭いことも多い。そもそもA国内で一般の武器の売買は違法とされているのに市民が大量に武器を所持し、この内戦が起こる前年に行われた軍事縮小。そして内戦が始まった途端待ってましたとばかりと介入してきた大国の数々。まるでこの内戦が起こることがわかっていたかのような迅速な対応。裏を感じずにはいられなかった。そもそもなぜこの国で内戦を勃発させる必要があったのかは政治家にしかわからないが、少なくとも政治家の思惑は見事に叶い、10万を越える人々が犠牲になったのは疑いようがなかった。
そしてこの内戦に関わるある情報がこの『作戦』実行の発端となった。
『A国で起きた内戦に篠ノ之束が関係している可能性がある』
それはフリーの戦場ライターが撮影したものだった。映像にはA国内で市民側と軍とで戦闘を行っている最中、『人の形をした何か』が双方を蹂躙している姿が写っていた。撮影者はカメラのみを残して死亡。たまたま回収されたデータにISらしきものが写っているとのことでこっちに解析が回されたということだ。
そもそもISによる軍事行動はアラスカ条約により禁止されている。『白騎士事件』によりISの有用性は世界が認知したところだが、既存の兵器を圧倒的に凌駕するその性能故に兵器への転用はできず、軍が所有することも許されていない。とは言ってもこれには意外と抜け道があり、各国にはISを中心に編成された部隊がいくつか存在する。代表的なのはドイツの『シュヴァルツェ・ハーゼ』とかいう部隊だったはずだ。
各国のISを照会しても該当がなく、映像から見るに形状も既存のものとはまったく違っていた。技術者たちに見せたところ、『そもそも人が乗るように設計されていないのではないか』との回答だった。
そうなってくればこれは新型のISということになるが、そもそもISの無人機なんてものは各国で研究されているが全く進んでいない研究の1つでもある。それがいきなり戦場に現れて正常に動作し、戦闘行為を行っていたとなればあまりにも常識外れであるが、唯一その常識外れを実現できる人物が1人いた。
それが篠ノ之束だった
もし本当に篠ノ之束が関わっていたとすれば、ISの軍事転用及び国際法に基づく大量虐殺にも荷担していたことになる。この事実を踏まえてIS委員会は篠ノ之束をA国の内戦におけるISの軍事転用の重要参考人にとして拘束することを決定した。そして俺たちは3年間、3回に渡って『作戦』を実行してきたが、いずれも作戦は失敗し、今回で4回目となる。
「いい加減捕まえねぇとな。上も痺れを切らしてきたし・・・。そろそろ指名手配する予定なんだろ?」
ジョンはめんどくさそうに言うと先の短くなったタバコを落として、踏みつけた。
「むしろ今までよく待ってくれたほうだな。まあ、上も博士の実力は十分理解してるだろうしな。」
「だな、たしかローレン委員の不倫の現場写真をネットに拡散したのも博士なんだろ?」
「いい歳して15歳に手えだすほうがわりーよ。つか、犯罪じゃねーか。」
「あん時のハゲジジイ、切れてたなー。」
『そろそろポイントにつきます。お二方準備をお願いします。』
『機内』アナウンスから操縦者からの指示が送られる。俺とジョンは軽く返事をし、手元にある酸素マスクを装着する。
すると見計らったかのように『航空機』のハッチの開き、ぶわりと風が俺たちに襲いかかる。体を抜ける風は冷たく、ハッチの下には雲が覆い被さっている。
今回の『作戦』は高度1万メートルからHALO降下を行い、国境付近から潜入、そして国境の端の辺境の村に潜伏していると思われる篠ノ之束博士を拘束すること。国境付近は警備が厚く、陸からの潜入が困難であるためHALO降下となった。
「さて、そんじゃ仕事しますか。いけるか、班長?」
イヤホンごしにジョンから確認を求められる。
「問題なし。降下後現地に先に潜入しているフランとリースに合流する。『オペレーション・ラビットハント』開始する。」
そして俺は空に身を乗り出した。
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