「そうですか、やはり逃走していましたか・・・。」
そう言うとローガン室長は小さく溜め息をついた。メガネの奥の眉間のシワが溜め息をついたことで更に深く刻み込まれたように見える。作戦実行のためにここのところ徹夜だったので目の下にはクマもできており、その労力が報われなかった今回の結果には心底肩を落としてるようだ。溜め息をつきたいのは俺も同じだった。
結論から言うと『第4次オペレーション・ラビットハント』は失敗に終わった。国境付近の小さな寒村にHALO降下までしたが、対象はもう隠れ家からは居なくなっていた。あったのはわずかな食料品の空のみ。
隠れ家にしていた場所は小さな寒村の中のさらに奥、現地民ですら訪れることが少ない森の中の古びた木製の建物だった。
現地調査で、この建物の主は10年も前に亡くなっており、家を継ぐ者もいなかったためそれ以来放置されているとのことだった。
部屋は荒らされた様子もなく、誰かが押し入ったような形跡もない。篠ノ之束の滞在は現地民ですら知らなかったことも鑑みると、彼女は余裕綽々で逃走したのだろう。こっちは何ヵ月も前から作戦を練っていたというのに、ずいぶんと余裕なもんだ。それとも舐められているだけなのか。
まあ、どっちにしろ作戦は終了し、現在はその顛末を我らが管理室のローガン室長に班長である俺が報告をしているというわけだ。
「こっちがどれだけ先回りをした思ってもつねに我々の先を行く。『天災』というのはやっかいですね・・・。」
「同感です。まるでこっちの行動がすべてわかっているかのような・・・。」
「もしかしたらこっちのネットワークをハッキングしているかもしれませんね。」
「はは、まさか。」
とは言ってみたもののその可能性は否定できない。室長もそれがわかっているのか乾いた笑みを浮かべた後、心底疲れた表情を浮かべてまた溜め息をついた。
なにせ相手は『白騎士事件』の最重要参考人だ。世界中の軍事ネットワークをハッキングし、2000発以上のミサイルを日本に向けて撃ってきたような『天災』だ。こっちのネットワークに痕跡も残さずハッキングするなど造作もないことかもしれない。
「まあ、こればかりはどうにもしようがありません。委員長にも報告しますので、報告書の提出はお忘れのないようにお願いします。それと報告書はジョンさんには書かせないでください。前回ジョンさんが書いた報告書、委員長から『ドラマチックに書かれていて読んでいて面白いのですが、脚色しすぎです』と言われてしまいましたので。」
「了解です。ジョンは後で殴っておきます。」
あの野郎、三十路にもなって何ふざけたことやってんだ。
「それと例の件、許可が降りました。」
「例の・・・ああ、出向ですか?」
「ええ、そうです。IS学園への出向。よろしくお願いします。」
IS学園。世界で唯一IS操縦者の育成を行っている国際教育機関。
『白騎士事件』以降、ISはその圧倒的な性能と『特異性』から軍事情勢、産業に大きな変化をもたらすことが懸念された。それ故に大国は自らの国際的な立場の失脚を恐れて『アラスカ条約』の締結を国連に申し入れた。名目上はISの軍事転用の禁止になっているが、要はISに戦場を席巻されては困る連中が自国の立場と利益を守るために締結した建前に過ぎない。ある国のお偉いに至っては『白騎士事件』の翌日に『アラスカ条約』の原案を国連に提出し、早期の条約締結を提案したという話もある。 それだけ急増で作りあげたものだからなのか、初期の条約には不備が多く、年々改正が行われ、今でも国連の議題に挙げられている。それでもISによってもたらされた利権によって得た利益を手放すことのできない連中が条約の粗を探し、抜け道を見つけ出し、条約と国際法の間のグレーゾーンを日々渡り歩き、利益をかっさらっていっている。だからこそ俺たちのような機関が必要になったわけだが。
そんな世界経済の暗黒時代の最中、各国はあることに悩まされていた。それがIS操縦者の育成だ。そもそも世界のどこにもISについて基礎理論から操縦方法まで教えることができる人間がいないのだ。開発者である篠ノ之束博士に至っては『白騎士事件』以降失踪しており、世界には、ばらまかれた467個のISのコアのみが残されただけであった。それだけでも頭を悩まさせているのに、ここでISの『特異性』が発覚したのだ。それが『ISは女性にしか動かすことができない』というものだった。これほどあまりにもわかりやすく、重大な欠陥もないだろう。幸い篠ノ之束博士の残した研究データを元に基礎理論などは解読されたが、未だにISのコアについては解析をすることができず、何故女性のみが動かせるのか、という点については謎のままだ。とはいえISに使われている技術は世界各国の技術水準を大幅に越えており、研究者たちはコアの解析にまで手がまわっていないというのが現状だろうが。
この事実と『白騎士事件』の世界的な反響を踏まえ国連は、今後ISが世界に与える影響ははかり知れず、数十年後必ずISが中心となり世界経済が回っていくと思料され、その上で後身へのIS教育は重要な課題であり、国際的な教育機関が必要であると結論付け、国際的な教育機関つまりIS学園の設立が決定したのだ。
とはいえ教育機関となれば指導する人間が必然的に必要となり、IS関連の教育者を教育するというなんとも不可思議な期間が約3年ほど設けられ、その1年後にもろもろの法整備等が進められ、IS学園が開校したのだった。
建設地は日本となったが、どうしてそうなったのか俺はあまり詳しくは知らない。かなりきな臭いやりとりがあったとは聞いているが、わざわざ自分から危険地帯に首を突っ込む気にはなれない。
「期間は4ヶ月ほどですが、久しぶりに故郷に帰ることです。羽を伸ばすつもりでゆっくりしてきてください。聞けばほとんど帰国していないそうじゃないですか。」
「わざわざ帰る用事がないんですよ。両親はもう亡くなってますし、それに俺はこっちの生活が気に入ってるんで。まあ、墓参りくらいはしますけど。」
「そうですか・・・。まあ、それでいいならいいですけど。それでは後は帰ってもらって結構です。報告書だけよろしくお願いします。」
「了解です、では。」
そう行って俺は部屋を後にした。
部屋を出ると廊下之壁に背中をついて腕組みをしているジョンの姿が見えた。
「よう、報告終わったか?」
ジョンは俺に向かって手を挙げる。スーツ姿ということは奴も今帰るところなんだろう。
「ああ、報告書は俺が書くことになった。てめぇには二度と書かせねぇ。」
「あ、この間のやつか。評判よかったろ?」
「三流スパイ小説並みだってよ。」
「そいつはよかった。次はミステリー風に書くか。」
「報告書で遊ぶな。」
つか、狙って書いてたのかよ。わざとらしくため息をついてみるがジョンはまったく意には介していなかった。まあ慣れたもんだが。
これで元デルタフォース出身なのだから初対面の時に経歴を聞いたときはかなり驚いた。今のふざけた感じが素なんだろうが任務となれば立ち振舞いから気配までまるで変わる。ある意味メリハリがついていると言えるかもしれない。
ジョンのスーツの内ポケットから軽快なメロディが流れる。確かアメリカで流行ってる子供向け番組の音楽だった気がする。
内ポケットからスマホを取りだし、画面を見ると「おっ」と声をだす。
「フランとリースがいつもの店にいるってよ。相変わらず客はいねえとよ。」
「もういるのか。そんじゃさっさと行くか。」
「おうよ。」
「そういやなんでお前の着信音その曲なんだ?」
「ん、ああ娘が好きなんだ。これを流すと喜ぶからついで設定した。」
・・・そういやこいつ結婚してな。いつも軽い立ち振舞いから忘れることがあるが、こいつはこの検挙班内唯一の既婚者だ。6年ほど前、当時こいつがデルタフォース時代の時に結婚をしたらしい。たまに家に遊びにいくと白人の嫁さんが出迎えをしてくれたことを覚えている。そしてジョンが嫁さんの尻に敷かれていたこと(物理)もよく覚えている。ちなみ嫁さんの前職は悪役プロレスラーだったらしい。
「ハンナちゃんか。今いくつだっけ?」
「来月で6歳だ。そうだ、誕生日会やるからこいよ。ハンナとマリアが喜ぶ。」
「りょーかい、なんか買っていくわ。後で時間教えてくれ。」
そんな会話をしながら俺たちは外へと向かって歩いていく。同僚の娘さんに誕生日に何買っていくのか悩むなんて、俺も結構年くったな。
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いつもの店、『大衆酒場ブランナー』の店のドアを開けると中央のテーブルにはすでに2人先客がいた。同じ班の同僚、フランシスカ・バッティとリース・ストレンジャーだ。
テーブルの上には頼まれていた既に頼まれていたピザやハンバーガー、バトワイザーの瓶やカクテルが置かれていた。ついでに言うと、席ごと割り振られたトランプもあった。
4人掛けの丸形テーブルの空いている席に俺とジョンが座り、店の奥のカウンター席で新聞を読んでいる黒人の大男に声をかける。
「マスター、バトワイザー2本追加。ついでに適当なツマミも追加で。」
男はそれを聞くと読んでいた新聞を置き、黙って店の厨房へと入っていった。
「相変わらず無口だねぇ、渋いな。」
「それ褒めてるつもり?」
俺の言葉にフランが口を挟む。
フランシスカ・バッティ。愛称はフラン。元MI6の諜報員。ISへの高い適正が認められ、転属を言い渡されたが本人曰く「あんな得たいの知れないものに乗りたくない」との理由から転属を固辞。それでも政府からしつこく転属の辞令が出されたので、それに反発する形で秘密情報部を辞職。その後紆余曲折の結果、ローガン室長にスカウトされ、現在に至る。現在29歳独身、肩まで伸びたプラチナブロンドと胸の大きさ(ジョン曰くEカップ)が特徴。婚期が巡って来ないことに悩んでいるとのこと。
「なんだよ、無口っつのは男の美学だよ。口で語らず背中で語るってな。」
「それ、あたしたちの業界じゃ真っ先に死ぬやつね。」
「ジェームズ・ボンドみてぇに映画ごとにとっかえひっかえしてるような薄情なやつよりマシだろ。」
「とっかえひっかえされるのがボンドガールの役目よ。」
そんな話をしていると俺の横からバトワイザーの瓶が差し出される。封はすでに開けてあり、マスターからそれを受け取る。
ジョンにも同じものが渡される。
「まあ、お二人も来たことですし、仕切り直しましょう。」
そう言ったのが、この班の中では若手のリース・ストレンジャー。元アメリカ陸軍第160特殊作戦航空連隊(通称ナイトストーカーズ)出身のヘリコプターパイロット。ISの登場により軍の航空戦力が見直され、そのあおりを受けて一時的にパイロットから除外、1年で所属を戻すと上司から約束されたがその約束をした上司がポルノ関係の罪で起訴され軍から除隊、もちろん約束は反故にされ、これからどうしようか悩んでいるときにジョンからの薦めを受けて軍を辞め、今に至る。ジョンとは軍人時代に任務で一緒になることがあったため、お互いのことは知っていたらしく、ジョンがあまりにも不憫に思い声をかけたらしい。赤みががった茶色の髪の毛に少しあどけなさを残した顔をしているが、ジョン曰くあそこは俺よりでかかった、らしい。現在24歳の独身、好きなやつはいるとのこと。
「そうだな、カードも割り振れてることだし始めるか。」
「おいリース、イカサマ仕掛けてないだろうな?」
「しませんよ、そんなこと!」
「あんたの運がないだけなんだから、リースにあたらないの。どうせ負けるんだし」
「なんで負ける前提なんだよ!」
騒ぎながらも俺はバトワイザーの口につける。
こうして任務が終わったとは毎回のように飲んでいる。酒を飲みながらピザを食べてカードで遊んで適当に騒ぐ。これが今の俺の日常。仕事はきついがそれでも『前の職場』よりはずっとよかった。こうして仲間と騒げる時間が今の俺にとって何よりもかけがえのないものだ。
賭けポーカーも中盤に差し掛かり、フランと俺にジョンとリースから巻き上げた紙幣が重なっていく中、俺は言っていなかったことを思い出した。
「そういや、俺IS学園に出向することが決まったぞ。」
手札のカードの一枚捨て、山札から1枚を抜き取る。お、ジョーカーだ。これで4カードだな
「お、ついに決まったか。」
ジョンもカードを1枚捨て、新たなカードを加えるが露骨に嫌な表情を浮かべた。お目当ては揃わなかったらしい。
「いいよなー、女だらけだぜ。」
「あんたが行ったら確実に問題起こしてすぐに強制送還よ。」
フランはカードを2枚捨て、新たなカードを加える。その表情からはうかがい知れない完璧なポーカーフェイスだ。さすが元諜報員。
「手なんか出さねぇよ。俺はマリア一筋だ。」
「でもジョンさん、この間奥さんにソープ行ったのばれてキレられたって言ってませんでしたか?あ、ストップで」
リースがここでストップ。さて、これなら負けることもないだろうが。
「IS学園からの要請なんだろ?確か警備体制の強化だかなんだかで。」
「そうだな、あそこには各国の諜報員が出入りしてるっつう噂もあるし、まあ警備強化は建前で本命は視察だな。」
「なるほどねぇ、ま、めんどくさいことにはあまり巻き込まれないようにね。はいカード出して。」
カードを出そうとした瞬間、テーブルに置いた俺のスマホから着信が入る。画面にはローガン・レイル、うちの室長の名前が表示された。
「ん、ちょっと待ってくれ。」
画面をタップし、耳をあてる。
「はい野上です。室長どうしました?」
「ダイスケさん、緊急事態です。すぐに戻ってきてもらえますか。」
「・・・何があったんですか?」
室長の声はいつもより強ばり、若干声も震えている。
「よく聞いてください。・・・・・・男性のIS操縦者が発見されました。」
俺は思わずカードを落とした。床に散らばったカード中のジョーカーが俺を笑っているように見えた。
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