9月に入り諸事情があったもので。
言い訳はこのあたりにして、なんとか書き終えたのでどうぞ。
ISΩ
6話 ワンオフ・アビリティー
勇気の初戦から幾分か時間が流れ、勇気のスケジュールは訓練と座学、そして試合といった具合に管理されるようになった。
勇気の訓練と座学はいつも通り、いやあの対戦以来さらに厳しさを増していた。勇気が失態なりすると、普段の楓からは考えられないほどの勢いで怒鳴り散らされることもあった。だが訓練以外の楓は以前以上に勇気に構うようになり、そう言った意味では、バランスが取れているのかもしれない。
そして試合に関してなのだが―――、初戦以来、連戦連敗の日々が続いていた。相手が接近型の場合は良い勝負をすることも度々あったが、遠距離型となると、なかなか懐に入り込めず、時間切れ、もしくは勇気のエネルギー切れという結果に終わっていた。だからか、勇気は遠距離型に少し苦手意識を持ち始めてしまった。
それではいけないと、勇気に遠距離型の苦手意識を克服させるために、楓自身が勇気と対戦することもしばしば行われるようになる。遠距離型への間合いの取り方から、銃の性質、その発泡スピードから、到着地点の割り出しなど、みっちりと内容の濃い訓練が続いた。
その甲斐あってか、もしくはようやく今までの努力が実ったのか、やっとの思いで初勝利を掴むことに勇気は成功する。たかが一勝。されど勇気にとっては重い、大きな一勝であった。その時の勇気のはしゃぎ様は年相応のもので、あまりの騒がしさに、またもや源内に殴られる始末であった。
何度もくじけそうになり、途中で投げ出したくもなった。だがあの日の敗北が勇気を奮い立たせた。これらの敗北の経験が勇気を劇的に成長させることになる。時には負けることもあった。だがそれ以上の勝利により、ようやく勝率を五割台にする。最初の連敗を除けば、勝率八割台という驚異的な数値であった。
数ヶ月の間、苦しい時期であったがようやくその芽が出始めたのである。
そして時がさらにすぎ、春。勇気も今年で中学3年になり、あと1年でIS学園に入学というまでとなった。現在勇気は春休みであり、今日もいつもの研究所に訪れていた。午前の座学を終え、勇気は食堂に脚を運んでいた。
食堂はなかなか広く大学のラウンジの内装を思わせるものであった。昼休みのためか、研究員や職員たちでなかなか賑やかである。
「おばちゃん、B定食お願いします」
「あいよー、いつものように大盛りにしておくからねえ」
「ありがとうございます!いつもすみません」
「いいのよ、食べ盛りなんだからしっかり食べなさい」
今ではすっかりと馴染み深くなった食堂で昼食を受け取る。このおばちゃんは、自身にも勇気と近い年齢の子供がいるため度々良くしてくれるのだ。勇気の性格と年齢からか、研究所で働く人は皆良くしてくれるのである。
食堂のおばちゃんにはもちろんのこと、研究所の大部分の人たちからは勇気がIS操縦者であることを知られてはいない。名目上では、研究員の卵としてこの研究所に通っている。そのため、座学でも本来IS学園でも整備科の生徒が習うようなことを教わっているのである。
彼を知り己を知れば百戦して危うからずという言葉があるように、ISでも同じことが言える。ISの内部構造、状態、消耗度等を理解できれば、その時の戦術に組み入れることも可能である。それは敵機体にも言えることである。座学を通常の生徒以上に修めることが、勇気の成長をより向上させていた。それが現在の勝率につながっているとも言えるのである。
勇気が席に座り、熱熱の食事をいただく。本日のB定食は和食を中心としたメニューだ。勇気がいるこのIS国立研究所は国内でも上位に位置する研究所である。そのためか、研究員のやる気の向上のため、食事はかなり良質な食材をふんだんに使われている。それを勇気は無料でありつけるのだからおいしい話だ。
「隣、いいかしら?」
不意に、勇気の耳に入る声。焼き魚を頬張りながら振り向くと、そこには楓の姿があった。特に拒む理由もなく、勇気は快くそれを受け入れた。
楓の食事は所謂レディース定食であった。低カロリーの食材を中心としながらも、しっかりとバランスの良い女性職員には人気のメニューである。
楓も席に着き、食事を摂り始める。その中で勇気とも談笑するのだが、今では割と見慣れた光景である。この中に源内やオメガ研究チームの人たちが入ることもしばしばであった。
勇気と楓が話す内容はISのことはもちろん、勇気の学校のことや何気ない日常会話などである。年の差はあるもののそれほど離れているわけでもなく、話題には大して困ることはなかった。その中で、勇気が楓によくからかわれるのはご愛嬌である。
そして本日。世間話はほどほどに、楓から話を切り出してきた。内容は今後の模擬試合についてであった。
「今度の土曜の試合についてなんだけれど、今回は私から伝えたほうがいいと室長からのお達しがあったから伝えるわね。それで今度の相手なんだけれど―――」
勇気の喉がごっくんと鳴る。しかしそれは緊張からのものではなかった。単に食事を飲み込んだ音である。話自体は真面目に聞いているが、あまり締まらない光景だ。
「―――元代表候補生がその相手。それも私がよく知っている、ね」
意味深げに言う楓。よく知っているということは、同じIS学園に通っていた同級生だろうかと勇気は予想を付ける。
ここで代表候補生という言葉が出てきた。勇気はこの半年で順調に腕を上げてきた。傍から見れば驚異的なスピードで。そんな中で幾度か日本の現代表候補生達とも対戦した経験があった。候補生でもレベルの差が有る。勇気も成長したとはいえ、代表一歩手前の候補生には負けを喫した。しかし、下位の候補生には勝利を収めた経験があったのである。
そんな中での今回の試合である。候補生レベルともなると、なかなか対戦する機会が少ない。そんな貴重な経験のため勇気の心はワクワクしていた。
「それで、その人は強いんですか!?」
「ふふ、ええ。私とIS学園の同期であり、普通科の主席。操縦センスはピカイチね。私なんて相手にもならないくらいね」
興奮気味の勇気に苦笑しながらも、質問に答えていく。楓も今では勇気とはよく対戦するが、最近は勇気の勝利が多くなってきていた。楓もISの操縦はできるものの、メインは研究、整備である。その楓にすべてを求めるのは酷であろう。そのため楓は考えていた。今の勇気に必要なものを。
楓はその模擬試合の時間や必要なものを勇気に伝え、その話を切り上げた。そして再び、食事に戻ると思われたのだが、ある言葉を勇気に落とした。
「それはそうと、勇気君。彼女できた?」
何気ない一言であった。だがそれは勇気にとってはただの爆弾でしかなかった。一瞬の沈黙が勇気と楓の間に流れる。周りは食事をしている人たちの声音で騒がしく響く。1秒、2秒と時が過ぎていく。おーい、もしもーし、と楓が勇気の眼前で手を振るう。
「―――な、なななな、何を聞いてるんですか貴女は!!」
立ち上がり、勇気の大声が食堂内に響き渡る。何事かと人々の視線が勇気に集中する。流石に居心地が悪いのか、周囲に小声で謝り、静かに席に着く。案の定、勇気の顔はまるで林檎の如くであった。
「えー?だって勇気君からそういった話聞かないし。室長も知らないみたいだから。ここはお姉さんとしてはやっぱり知っておく出来かなーと」
先程と何も代わりのない声色で勇気と話す楓。まるで先の視線の集中を、物ともしていない様子である。
そんな楓に対して、勇気は頭をしっちゃかめっちゃかにかき回す。心を無理矢理に落ち着かせ、食事を口にする。動揺しているのは丸分かりではあるが。
「………別にいませんよ。仲のいい友達とかはいますけど、その―――彼女とかそういったのはいませんから!」
先程よりボリュームを下げて渋々といった様子で話す。無理に話題を変えようとしても無駄だと今までの経験でわかっているのだ。
「ふーん。勇気君って結構女の子受けよさそうなのに。もったいない」
「別に、俺はモテませんよ。それにオメガのこともあって彼女なんて作る余裕もありませんから」
勇気自身彼女が欲しいと思うことも確かにあった。思春期の男なのだから当然である。だが、ISオメガの事が有り、今はそれに手一杯である。さらには、もし彼女が出来たとしても、勇気の性格上オメガのことを隠し続けることは気が引けることにもある。それが原因で別れるなんて可能性もある。そういった要因もあり、勇気は彼女を作ろうとは考えていなかった。
実際に勇気がモテるかについては、楓の言う通り、それなりに学校内では評価がいい。顔、性格共に悪くはなく、運動神経もよく、勉強もできる。分け隔てなく接するため、男女ともに勇気の評判はいいものである。少し正義バカで燃え易いのが玉に瑕ではあるが概ね良好と言えた。
「そう。………じゃあ、私と付き合ってみる?」
「―――は、え、うぇ!?」
少し落ち着いてきた様子の勇気にさらなる爆弾が投下される。既に勇気の耐久値はズタボロであった。もうライフは0である。そんな勇気を面白そうに眺めながら、楓は言葉を続ける。
「自分で言うのもなんだけで、顔も悪くないと思うし、スタイルもなかなかだと思うんだけどなあ。ほら、勇気君って年上好みだし」
確かに勇気にとって楓は憧れの年上お姉さんであった。今では普通に接することができるが、初めは緊張しっぱなしであった程である。そんな人から告白まがいなことを言われた勇気の様子は言うまでもないだろう。
勇気の様子に少しやりすぎたかと思った楓は、苦笑しながら勇気にデコピンをかます。
少し時間をおいて、楓にからかわれたと理解すると、赤らめた顔で楓を睨み(全く怖くない)、食器を片付けそそくさと退散した。そんな勇気の様子に楓もからかいすぎたと反省する。それでもからかいは源内と同様やめないであろうが。
ひと呼吸付き、楓はとある資料を見ながらコーヒーを飲む。その様は先程と打って変わっており、まるで雑誌のモデルのようである。その資料は次の勇気の模擬試合の内容であった。
(勇気君は凄まじいスピードで成長している。もう私では壁としての役割が果たせなくなってきているくらいに。今のこの子の成長のためにも大きな壁が必要なの。だから真耶、お願いね)
楓が持つ資料の対戦相手欄。そこにはこう書かれている。
元日本代表候補生 現IS学園教師 山田 真耶
と。
天候は春うららかな様子で、絶好のお花見日和といった今日この頃。とある会場ではそんな様子は微塵もなく、張り詰めた様子で佇む、2機のISがそこにはあった。
片方は黄とオレンジの外装に巨大な手甲型のクロー、背には羽のような盾。竜を催したようなフェイスガードをかぶる人物。勇気とオメガである。
そしてもう片方はというと、全体的に緑の装甲。フランス、デュノア社で開発された第2世代型汎用機、ラファール・リヴァイヴに搭乗する山田真耶。
両者ともにスタート位置につき、合図があるまで待機状態にあった。勇気は今か今かと内心子供のように心躍っていた。山田真耶についてはあまり情報がなかったため、どう出るかはわからなかった。だがIS学園1期生にして代表候補生だったならば、その時代表だったあの織斑千冬とも関わりがあるだろうという予想がつく。その候補なのだから強いのだろうと想像し、胸を高ぶらせるのであった。
『初めまして。本日はお時間を割いていただいてありがとうございます。故あって情報を晒せないことをお許し下さい』
「あ、いえいえ。こちらとしてもこの休み期間に、ISを動かすことは有意義ですから。それに今、国中で話題のオメガと戦えるなら光栄です」
勇気は幾度となく繰り返された挨拶を慣れた具合に行う。そんな勇気に対し、ほんわかとした雰囲気で返す童顔の女性。彼女の名前は山田真耶。メガネをかけたその容貌は美麗な部類に入り、美人というよりは可愛いといった風貌だ。そして、勇気がなるべく見ないようにしている彼女の最大の特徴、巨乳である。そのアンバランスな具合が逆に彼女の魅力を高めているのかもしれない。
閑話休題。さて、オメガが国中で話題になっているという話だが、それはある意味当然の帰結と言えた。今まで誰にも反応しなかったIS、オメガ。それを起動させることができた人物。その人物についての情報は遮断されており、その強さは最近では候補生レベルに差し掛かっている。そういった理由でオメガは日本IS界において話題の中心の1つなのだ。
『あ、はは…。期待にお答えできるかはわかりませんが、全力で挑ませていただきます!』
「はい。こちらこそ宜しくお願いしますね」
会話をしながら、勇気は現在の対戦相手について思考する。ラファール・リヴァイヴは格闘から中距離戦など広い範囲までこなせるバランス型のISだ。特にタッグマッチを行う際、支援に集中させれば味方とすればこれほど心強いものはないだろう。
そんな機体を選択している真耶。勇気は、相手はおそらく中距離戦を得意としていると予想する。日本には純国産のIS、打鉄が存在する。接近戦が得意であれば、日本人であればその大多数が打鉄を使用していることを勇気は経験で理解している。そんな理由から下手すればオールラウンド型かもしれないが、可能性として高い中距離型と予想したのだった。
開始前の合図が鳴り、お互い会話をやめる。春の日差しが2機を照らす。普段であれば心地よいものであるが、今の勇気にはそんなことを考えることさえなかった。直前の緊張感が心地よく神経を集中させる。
そして、ブザーがドーム内に響き渡る。試合の開始である。
最初に仕掛けたのは真耶であった。ラファール・リヴァイヴの標準装備である、五十一口径アサルトライフル《レッドバレット》を素早く召喚し、勇気に向けて発砲する。
勇気も銃弾を見定めながら、その高められた神経で空中を縦横無断に駆け巡る。相手武器の性質からどのタイミングで避けるのかを頭の中で高速で読み取り回避してゆく。
半年ほど前では想像につかない程の成長を見せる勇気。反撃とばかりに真耶へと詰め寄る。弾倉が途切れる隙を狙い一気に直進。
それに対して真耶もわかっていたように、接近戦用の銃剣に切り替える。そして勇気が真耶をその射程に捉える。
銃剣とドラゴンキラーがぶつかり合う。その衝撃で火花が飛び散り、互いに硬直状態になる。
その均衡を破ったのは勇気であった。機体性能と中学生とは言え、男性のパワーで押し切り、回し蹴りを加える。
その回し蹴りに対し、真耶は盾装甲を使うことで、遠心力のかかったその蹴りを受け流すと同時にその力を利用し、後ろへ後退する。
回し蹴りが受け流されたことを理解した瞬間に追撃にドラゴンクローを振り上げた勇気の攻撃は空を切ることになってしまった。
「ふう、危ないところでしたー。やりますねー、オメガの操縦者さん!」
『・・・あれを回避する人がよく言いますね。こちらとしては決まって欲しかったんですが』
「ふふっ。私としても先達としてそうそう負けるつもりはありませんからぁ。それでは
少し雰囲気の変わる真耶。それに対し悪寒がした勇気はサイドステップを取る。風を斬る音が耳元から聞こえ、それが銃弾であることを理解し驚愕の目で真耶を見つめる。
そこには、外してしまいましたかーといった具合にライフルを構える真耶の存在が確認された。
「次は外しませんよー」
ゆるい声であるが、勇気にとっては最後通達に等しかった。急いで距離を取ろうとバーニアを蒸す。この場にとどまることは蜂の巣にされるも同義であるのだから。
冷や汗をかきながら、高速で空中を飛び回る。しかし、まるで動きが読み取られているかのように、弾丸は勇気めがけて飛んでくる。
それをなんとかドラゴンキラーの手装甲で防御し、受け流す。それでもすべてをいなす事はかなわず、数発被弾してしまう。まるで先程とはレベルの違う銃撃に戸惑いながらも、頭を冷静に保ち、飛び回りながら思考する。
(・・・おそらく最初は様子見。こちらの出方を伺いながらことを構えていたのだろう。そして、こちらの接近能力を一目見てから、あちらの本領である射撃戦に持っていったってところか)
正確な銃撃にシールドエネルギーは削られてゆき、この状況を打開するためブレイブシールドを展開し、飛来する銃弾を弾きながら飛行する。
(相手の射撃能力は今まで戦ってきた中でもずば抜けている。これを掻い潜り接近戦に持ち込むのは至難の業。もしこれを抜けてもあちらはあの体捌きからしてオールラウンダー型。ならば!)
突然勇気は空中から下降し、地上へ降り立つ。そしてグラウンド全体を高速で動き回り出す。
勇気の奇行に真耶は少し訝しめながらも射撃する手を緩めない。次々と放たれる弾丸は勇気のシールドに弾かれながらまたは回避されながら地面へ飛んでゆく。
これも勇気の狙いの一つであった。ISに使用される弾丸は人間仕様の通常より威力が高く衝撃が大きい。その弾丸が地面に叩きつけられれば砂埃が舞う。そして勇気が地を駆け回るのもそれが理由であった。
オメガは陸海空全てにおいて力を発揮する。そして地上において他のISとは比較にならないほどの陸戦能力が備わっている。その能力を十分に発揮し、高速で駆け回ったことで地上は今や砂埃まみれで視界も十分には見えなくなる程になっていた。
確かに、砂埃程度ではISの視覚補佐機能であるハイパーセンサーを誤魔化すことは難しい。しかし、搭乗するものはあくまで人間である。ハイパーセンサーである程度の位置を把握できようが、人間の物を理解する脳内処理のパーセンテージは視覚に大きく依存する。それを利用し、一時的に視野の妨げによる銃弾命中率を下げようとしたのだ。
真耶もわずかに見える動きから銃弾を放つも当たる様子がない。
「なるほど、考えましたね。ですがそちらには遠距離武器がないことは確認されています。一体どうするつもりですか?」
『―――――』
オープンチャンネルによる勇気の真耶に対する返答は沈黙。弾丸と駆ける音だけだった均衡は幾分か続いた。だが不意にそれが破られることとなる。
「!?」
突如、真耶の正面から飛来する物体。それが何か一瞬わからなかったものの、冷静に打ち落とす。一体なんだったのか。それは勇気のブレイブシールドであった。だがそれを真耶が理解する前に背後から現れる機体。オメガである。
勇気は真耶の正面にブレイブシールドが行くようにブーメランのように投げつけ、その不意を付き、死角である背後から奇襲したのだ。
その鋭利な爪で真耶を背後から切り裂こうと高速で接近する。
!!!!!!
そして、激しい衝撃が場内に木霊した。その様子を見ていた誰もが勇気の攻撃の命中を予想した。
だが命中したのは勇気のドラゴンキラーではなかった―――。
勇気も一瞬のことで何が起こったのか理解できずにいた。だが、真耶の姿を捉えて全てを理解する。背を向けたままの真耶の姿。しかしその右方向に回された左手には、こちらに向けられたハンドガン。
(ぐっ、まさか、こちらを見ずに反撃してくるとは。ははっ、こりゃあまいったな………)
そんな弱気な発言を内面にこぼす勇気。それも仕方ないのかもしれない。必殺を疑わなかったその一撃はあっさりと返されてしまったのだから。シールドエネルギー以上にその精神の方がダメージが大きかった。
(これで元代表候補生?いや違う。候補生レベルでは今の攻撃に反応は出来ても精々回避するのが精一杯なはず。恐らく読まれていた……!でなければあの銃撃はありえない!銃撃のセンスに体術、そしてこちらの数手先を読むその戦術力。山田真耶―――彼女は恐らく国家代表クラス!!)
真耶の実力に戦慄する。真耶の能力はかのブリュンヒルデ、織斑千冬が認めるほどの腕前である。公式試合など真耶が緊張する場面ではその力が発揮されないため、あまりその実力は周囲に知られることはなかった。それがなければ国家代表になれたかもしれないほどの実力者であったのだ。
墜落していくオメガを眺めながら、追撃はせず、その様子を眺める真耶。その額には汗が浮かんでおり、代表レベルを持つ真耶にとっても勇気の攻撃は冷や汗ものであったらしい。
(先程の攻撃は見事でした。わずか半年でここまで力をつけているとは流石、楓ちゃんの教え子といったところでしょうか。いえ、それ以上に努力とそのセンスによるところが大きいのでしょうね)
試合前に楓から話された言葉を思い出す真耶。
『手加減抜きで負かして欲しい………ですか?』
『ええ。あの子に今必要なもの。それは大きな壁。あの織斑さんと渡り合えるほどの実力を持つ真耶なら、きっとその役目にふさわしいはず。私ではもう実力面では限界が近いから………』
そう少し悲しそうにそして誇らしげに言う楓。恐らく今の教え子がよほど可愛いのだろう。真耶自身、教師の身だから楓の気持ちが痛いほどわかるのだ。そして楓がその教え子を自分に託そうとしている。ならば、真耶の答えは自ずと出てきた。
『分かりました。私がきっちりとその子を負かせてあげます!だから任せてください、楓ちゃん』
『ふふっ、じゃあ安心ね。あの子のためとはいえ、負かすよう頼むなんて、嫌な大人ね、私』
『そ、そんなことないですよ!その子のためにわざわざ私に頼むくらいですから。楓ちゃんはいい人です!私が保証します!』
『うん。そう言ってくれると助かるわ。ありがとう、真耶。それとお願いね』
『ええ!大船に乗ったつもりで任せてください!』
『………なんだか急に不安になってきたわ。真耶ってちょっと抜けているところあるから』
『ええー、何でですか!?私だって今や教師として立派に成長して―――』
笑いながら真耶をからかう楓。そんな距離感が彼女たちにとってはちょうどいい間柄なのかもしれない。
『ああそれとね――――――』
そして、場面は試合会場に戻る。真耶があえて追撃しなかったのは、勇気の成長のためであった。次につながる戦い方。そして最大限の力を発揮させて負かすのが理想的であったのだ。そして楓の最後の言葉が脳内に蘇るのである。
『――――もしかしたら、面白いものが見られるかもしれないから、油断したらダメだからね』
楓の意味深な言葉。それがどのようなことを意味しているのかは真耶には理解できなかったが、油断なく勇気に対して構えるのであった。
常人ならば実力差に打ちひしがれ、絶望する状況であるが、勇気はそうではなかった。むしろ興奮していた。これほどの相手と出会えたことに。代表レベル、今の勇気の数段上を行く実力者。まさかもう対戦できるとは思っていなかった勇気は歓喜に内心震えていた。
(ははっ、楓さんも粋な計らいをしてくれる!―――それにしてもこの状況どうしようか)
楓に感謝しながらも、今の状況は際どいものだった。必勝の策も真耶には通じず、シールドエネルギーもあまり心もとない。だが諦めるつもりは毛頭ない。そう、どんな状況でも諦めることなんてないのだから。
(そうだ。自分をそしてオメガを信じろ!相手がこちらの数手先を行くならそれすら読み取れ!もっと速く動くんだ。もっと早く思考しろ。もっと、もっと速く………!!)
覚悟を決め、あらゆる雑念をクリアにする。あの感覚が蘇る。今まで感じることができなかった、あの敗北を期した時に感じた感覚が。
不意に網膜投影された視界に映し出された画面。そして脳内に流れ込む情報。それを理解したとき、勇気に笑みがこぼれる。
(ありがとう、オメガ―――!)
長いようでほんのわずかな沈黙であった。真耶に視線を向け、その闘士を剥き出しにする。
勇気の様子を察した真耶はライフルを構え、銃撃体制に入る。何かが変わった。それが何か掴むことはできないが、油断できるものではなかった。
勇気の動きを予想し、放たれる弾丸。だがそれは既のところで回避される。
「っ!!」
まるでこちらの考えが読まれているかのように、受け流される。そのことに驚きながらも、真耶は次弾を装填する。だが次の瞬間、真耶をさらに驚かせることになる。
突如顕われた、オメガの手のひらに浮かぶ、炎。手のひらサイズであるものの、この距離からでさえ感じる威圧感。
真耶の脳内に警告が鳴る。あれは直撃していいものではないと。その警戒は正しいものであるとすぐに思い知ることとなる。
オメガから放たれる炎弾。そのスピードは銃弾そのもの。だが躱せないほどではない。迫り来る炎弾を回避することに成功する。だが突如鳴り響く轟音。後ろをバッと振り向く真耶。その惨状に驚愕する。
闘技場を保護するバリアが破られているのだ。あの小さな炎弾にどれほどの力が込められているのかは、それを見るに明らかであった。
急いでオメガがいた位置に視線を向ける。だがその存在は確認されなかった。
そして向けられた視線。真耶の斜め上の空中にオメガは佇んでいた。先程とは比べ物にならないほどの大きさの炎弾を掲げて。
(しまった!!)
致命的なミス。回避するには厳しすぎる状況。だが真耶も諦めるつもりはなかった。友人との約束。そして自身が積み上げてきたキャリアから最良の判断を下す。
勇気は始めの炎弾を打ち出すと同時に、空中を駆け抜けた。自身のシールドエネルギーは心もとなく、相手はほとんどノーダメージに等しかったのだ。故に仕掛けるのならばこれが最後の賭けであった。
真耶がこちらに気づいたが、もう遅い。オメガから受け取った新たな力を言葉に紡ぐ。その名は――――――
『ガイア・フォース!!!!!!!!!』
大気中、そして自身のシールドエネルギーを消費し、それを凝縮させた超高熱の弾丸。オメガのワンオフ・アビリティー、ガイア・フォースがついに発動したのだ。
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結果だけ言うならば、勇気の敗北で終わった。ガイア・フォースは確かに真耶に命中した。だが、そのシールドエネルギーを削り切るには至らなかった。
ガイア・フォースは強力なワンオフ・アビリティーである。それこそ、かの織斑千冬が使用する零落白夜に匹敵するほどに。
零落白夜は自身のシールドエネルギーを消費し、相手のエネルギーを消失させる、一撃必殺の能力である。そしてガイア・フォースもそれに近い性質を持つ。自身のエネルギーを消費する諸刃の剣という点は同じ。しかし違うのはダメージという点。零落白夜の一撃必殺に対し、ガイア・フォースのダメージはその消費されたシールドエネルギーに依存する。
エネルギーを半分ほど消費すればそれこそ一撃必殺という威力を発揮する。それでは零落白夜の劣化版ではないかと思われるが、そうではない。零落白夜はエネルギー消費が激しく、使い続ければそれこそすぐにエネルギーがなくなる。使いどころが難しい難点がある。それに対しガイア・フォースは、最小のエネルギーで炎弾を作り出すことも可能であり、小回りが利く利点が存在するのだ。
話は戻して、なぜガイア・フォースは真耶に当たったのに、勇気が敗れたのか。それはまず真耶の行動にある。真耶は瞬時にリヴァイヴの内装されたシールドを引き出し、防御に徹した。シールドは破られたものの、そのおかげでエネルギー全損は免れる結果となった。もしエネルギーがもう少し残っていたならば結果は逆であったかもしれないが、所詮は無い物ねだりである。
そしてほぼすべてのエネルギーを使い果たした勇気は真耶の弾丸の一撃で敗れることになった。
勇気は先程まで激戦を繰り広げていた闘技場で寝転んでいた。真耶とは二言三言話し、大変貴重な経験が出来たとお礼を言い別れた。なんだか少し申し訳なさそうな真耶の顔が印象的であった。
今は今回の反省会と発現したワンオフ・アビリティについて考えを巡らせていた。結果的には自身の負けであった。しかし、得るものもまた大きかった。まだまだ技術的に敵わない部分が多いことを今回改めて思い知らされた。だがそれと同時に、自身の成長の余地が大いにあることも感じた。思うところが多々あったが結果的には良かったと勇気は思う。
太陽に手をかざし、拳を握り締める。
『俺はまだまだ強くなれる………!』
日差しが勇気を照らし、改めて春の陽気を感じるのだった。
「お疲れ様。真耶。どうだった、あの子。なかなかのものでしょう?」
笑みを浮かべながら真耶に話しかける楓。その様子に苦笑気味に返すしかない真耶。
「あ、はは。楓ちゃんの言葉がなければ、危なかったかなぁ。まさかここまで追い込まれるとは思いませんでしたぁ」
「ふふ。そろそろだとは思っていたけれど、あの場面でワンオフ・アビリティを発動させるとは、私も思わなかったわよ。ありがとう、真耶。あの子の力を引き出してくれて」
「い、いえいえ!私は何もしてませんよ。むしろ、あのような醜態を晒してしまって申し訳ないくらいなんですから」
「いいえ。確かにあの子の力によるものが大きいけれど、貴女という強敵がいたからこそだと思うから。素直に感謝を受け取っておきなさい」
「はあ、分かりました。楓ちゃんは強引なんだから」
笑い合う2人。互いに美人であるため大変絵になる光景である。
「あ、今日飲みに行かない?ワンオフの解析はあの子の状態から見て明日からだから、久々に行きましょうよ」
「ふふ、いいですね。今日はもうオフですから大丈夫ですよ」
この後、2人は夜の街で飲み明かすのだが、大抵が楓の勇気の自慢話となり、真耶にとってはたじたじの飲みとなるのだが、そのことを真耶はまだ知らずにいた。合掌。
戦闘描写に苦悩。会話文に苦悩。難しいものです。
感想ご指摘等ありましたら、よろしくお願いします。