魔法探偵夕映 R《リターン》   作:遁甲法

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夕映物が着々と増えてくれて嬉しい限りです。
このままハーメルンのトップにある、「最近の投稿」が全部夕映物で埋まる日も近い……かな?

まぁ、何はともあれれっつごー


今日のハイライト。夕映の自販機ちぇいさー

 

 

 

 

 

 麻帆良学園中等部女子寮。

麻帆良学園中等部に通う生徒がほぼ全員住んでいるこの寮には、下手な銭湯、又は温泉宿では太刀打ち出来ない程の大浴場がある。この寮には、全学年を合わせると2000名以上も生徒が住んでいる為、入浴時間になると1度に100人近くの寮生が押し寄せる事もある。その為これだけの大きさが必要なのだ。そんな大浴場には、今もこの寮に住む少女達が思い思いのスタイルで湯船に浸かり寛いでいる。

 

「やー……っ! お昼はびっくりしたねぇ」

 

 仰向けになって、湯船の縁に頭を乗せた状態でプカプカ浮かんでいる早乙女ハルナがしみじみと呟いた。

 

「まだ言ってるですか」

 

 夕映はまたかとため息をついた。昼休みにクラスメイトの1人がある写真を見せて以来、親友の1人であるハルナは事ある毎にその話を蒸し返す。いつもは数分で一つの話題を終わらせるほどいろんな話をしてくる彼女だが、今日に限って半日以上も同じ話をしているのだ。よほどあの写真に写っていた人物が衝撃的だったのか。

 

「何よ夕映。あんたは気になんないわけ? 自分のそっくりさんが近くに居るって言うのに」

 

「私には似てるようには見えなかったです」

 

 その写真に写っていた人物は、彼女が言うには自分ととても良く似ているらしい。しかし、自分自身も見せて貰ったがそれほど似ているとは思えなかった。確かに似ている部分もあったとは思うが、そっくりと言うほどではない。

 

「えー? あんなにそっくりだったじゃん。ねぇ、のどか! そう思うよね?」

 

「う、うんー……。ゆえが大人になったら、きっとあんな感じになるよー?」

 

「のどかまで、何をアホな事を……」

 

 広い湯船の片隅で、親友達の言葉にもう一度ため息をつく夕映。自分の親友2人が共に似ていると言うなら、自分では分からない所でそう思ったのかもしれない。しかし、背丈や年齢が違う相手と似ていると言われてもピンと来ないものだ。2人はとても盛り上がっているが、夕映自身は納得出来ていないせいか、彼女達のテンションについていけずにいる。

 

「1度本人に会ってみたいねぇ~。高畑先生の彼女って話だし、先生に頼んでみようか」

 

「………ほぉ~。誰が誰の彼女だってぇ~~?」

 

 にゃははと妙な笑いと共に呟いたハルナの言葉に、お湯に浸かっていても底冷える声が返ってきた。ビクッと震えたハルナが声のした方に恐る恐る顔を向けると、朗らかな癒される笑顔を浮かべる近衛このかと、オレンジの髪をユラユラとなびかせて、凄まじい笑顔を浮かべた神楽坂明日菜が立っていた。

 

「は、はぁーい、アスナ」

 

「はぁーい、ハルナ……。変な噂を勝手に広めてるんじゃないわよぉ~……」

 

 仰向けになってお湯に浸かっていたハルナの頭の上に立ってハルナを見下ろす明日菜に、ハルナは少しどもりながらも軽口を叩いた。

 

「い、いやぁー、あはは。……と、友達として忠告しておくけど、人の顔の上で仁王立ちはやめた方がいいよ? ツルツルの可愛い所が丸見え」

「クケーーッ!!」

「ギャァーーッ!!」

 

 余計な事を言ったハルナに向かって、雄叫びを上げながら飛び掛かって行く明日菜。ドボーンと水柱、いや、お湯柱を上げて着水した明日菜は、そのままハルナに絡みつきお湯の中に引きずり込もうとしている。

 

「キジも泣かずば撃たれまい、です」

 

「明日菜、ツルツルなん気にしてるもんなぁ」

 

 バッチャバッチャと暴れる明日菜達から少し離れた所に避難していた夕映達は、他人事の様に2人のじゃれ合いを眺めていた。

 

「で、またハルナはあのお姉さんの事話してたん?」

 

「えぇ。1時間ごとに話すので、もうお腹いっぱいです」

 

「よー似とったもんなぁ」

 

「私にはそーは思えませんでしたが」

 

 ニコニコ笑いながら言うこのかに、夕映は何度も使っている答えを放つ。どうせなら、全く同じ人間に見えるほどそっくりだったらもう少し素直に驚けるというのに。夕映はそんな事を思いながら、今度は胸が大きいのが気に入らないと言って、明日菜に胸を握り潰されそうになっているハルナを眺めていた。

 

「ゆ、ゆえ~。助けないでいいのー……?」

 

「きっと飽きたらやめるですよ。放っておいて私達はもう上がりましょう。これ以上居たら茹だってしまうです」

 

 オロオロとしてるのどかの手を握り、脱衣所に引っ張って行く夕映。

 

「うちはもうちょっと入っとるな~」

 

「えぇ、それじゃあ」

 

 手を振るこのかに夕映も振り返し、脱衣所の中に入った。湯冷めしないうちに着替えを済ませた夕映は、自販機の前で風呂上がりに飲むジュースを選んでいる。

 

「ゆえは、そのそっくりな女の人に会ってみたくないー……?」

 

「……どうでしょう? その人が、姿形までそっくりそのままだったら、会ってみようとも思うですが。写真を見る限り、ただ似てるかも、と言う程度ですし」

 

 もし鏡で映した様にそっくりだったのなら自分の好奇心も刺激されただろうが、所詮は他人の空似。何年後かにそうなると言われても、今似ていなければ面白くもなんともないのだ。

 

「私はー…ちょっと会ってみたいかなー……」

 

 夕映がのどかの顔を見れば、はにかんだ笑顔を見せていた。

 

「そんなにですか?」

 

「きっと、ゆえみたいにいい子だよー……?」

 

「……歳上をいい子呼ばわりはどうかと思うです」

「はうっ……」

 

 何故だか照れ臭くなって茶化してしまう夕映。前髪に隠れていてもニコニコしてるのが分かるのどかから目を逸らし、改めて自販機からいつもの抹茶コーラを買って一口すする。

 

「しかし、一体誰なんでしょうね? その人は」

 

「さぁー…? 朝倉さんに聞いてみる…?」

 

「ふむ……」

 

 のどかの言葉に頷き、件の和美がどこにいるかと探してみると、彼女は服を脱いだ状態でポチポチとメールを打っていた。

 

「朝倉さん。服を着るか、せめてタオルを巻いてはどうです?」

 

「……ん? あぁ、ゆえっち。いや、急ぎの用だったもんでね。……これでよしっと、送信っ」

 

 そう言ってボタンを押した和美は、パタンと携帯を閉じ脱衣籠の中に放り込んだ。

 

「急ぎとは、なんの用だったです?」

 

「ほら、お昼にゆえっちにそっくりなお姉さんの写真見せたじゃん? あの写真の管理に関して撮った仲間にメールしてたのよ」

 

「管理、ですか?」

 

 夕映はすでに不特定多数に見せまくっていて管理も何も無いのでは? と思って首を傾げた。

 

「夕方本人に偶然会ってね? 写真の話をしたら、変な加工しないなら持っててもいいって言ってくれたのよ。だから、仲間にも加工して新聞とかに載せないように言っておこうと思ってね」

 

「なるほど……」

 

 確かに知らない間に自分の写真が撮られていて、しかもそれを使って新聞などが作られていたら気分も悪かろう。勝手に撮っていたと言うのに、持っててもいいとはなんと心の広い人か。

 

「盗撮されたと言うのに、心の広い人ですね」

 

「言い方悪いなぁ……。まぁ、その通りなんだけどね」

 

 エセ外国人よろしく肩を竦める和美。パパラッチを自称する和美にとっては、そんな評価は痛くもない。

 

「その人ってー……どんな人なんですかー……?」

 

「ん? そうだねぇ………話した感じだと、面白い人かなぁ。クールな見た目に反して冗談が好きみたいだし」

 

 和美はそう言って、夕方に会った時の話を夕映達に聞かせた。尾行に気付かれて逆に驚かされた事や、喫茶店での事を話して行く。

 

「なんだか良く分からない人ですね」

「うんー……」

 

 話を聞いた夕映達は写真からはイメージ出来なかった女性の性格に驚いている。

 

「アハハ。まぁ、私は結構好きだけどねぇ。楽しいし………っと、メールだ……」

 

 夕映達と話をしている間に、先ほど送った相手から返信が来た。和美は、籠から携帯を取り出してメールを確認し始める。彼女はずっとタオルも巻かずに全裸のままだが、寒くはないのだろうか。

 

「んんー……、おぉ! こ、これはっ!!」

 

 メールを読んでいた和美が、突然大声を上げた。夕映達だけではなく、近くにいた他の寮生達も驚き彼女注目するが、和美は気付きもせず携帯を覗き込んでいる。

 

「どうしたです? 朝倉さん」

 

「んっふっふっふっ! これはスクープだよ! 見て見てゆえっち!」

 

「な、なんです……? って、とりあえず前を隠して下さい!」

 

 同性でも恥ずかしいものは恥ずかしい。和美にぐいっと携帯を突き付けられた夕映は、仰け反りながらも籠に掛かっていたタオルを和美に投げて寄越した。彼女が失礼などと言いながら体に巻くのを確認してから受け取った携帯の画面を覗き込むと、そこには今まで自分達が話題に上がていた女性と、自分達の担任が一緒にとある建物に入って行く様子が写っていた。

 

「こここ、これはっ……!?」

「あわわわわ……っ!」

 

 夕映達はその写真を見て顔を真っ赤にした。

 

「まぁ、よく見ればビジネスホテルなのよね。残念……」

 

 和美はすぐに自分の勘違いに気付いていた。2人が入って行く建物は所謂ピンク色なホテルではなく普通のビジネスホテルだったのだが、多感な少女達にとっては些細な事である。周りで話を聞いていた寮生達も集まって来ては、代わるがわる携帯を覗き込み大騒ぎしている。

 

「………なんなのよ、この騒ぎ」

 

「あ、明日菜さん。………ハルナは?」

 

「あっちで伸びてる」

 

 そう言って明日菜が指差す方を見てみると、タオルを巻いたままのハルナが脱衣所にあるベンチの上で寝転がっていて、同じくタオル巻きのままのこのかが、彼女に膝枕をしてパタパタと団扇で扇いでいた。それを見て、のどかが自販機で買ったジュースをハルナに渡す為に駆け寄って行った。

 

「それで、何の騒ぎ?」

 

「あー……、いえ……」

 

 さて、どう言おうか。

夕映は知恵を振り絞って考えた。自分達の担任である高畑先生の事を明日菜が懸想しているのはクラス全員、どころか彼女を知る全員が知っている事だ。先ほどの写真を知られるとどんな騒ぎになるかは簡単に想像出来る。誤魔化すべきか、教えるべきか頭を悩ませていると、ポンと携帯が明日菜の手に渡ってしまった。

 

「あっ……」

 

 脱衣所に集まった寮生達が一瞬で静まったのを見て、明日菜は何事かと周りを見渡すが、ふと手の中にある携帯の画面を見て、頭の中が真っ白になっていった。

 

「え……? な、ななな、何よこれぇーーーっ!!!」

 

 一瞬で青くなった顔が、今度は一気に真っ赤になって明日菜が吠えた。画面に映る自分の思い人と見知らぬ女性のツーショットに彼女の頭はパンク寸前である。

 

「何なのよこれはっ! この携帯……朝倉ね! なんのイタズラよぉっ!」

 

 ドドドドっと言う効果音を出しながら和美に向かっていく明日菜。和美に詰め寄って涙目で問いただしている明日菜を見て、夕映はなんとも言えない気持ちになった。自分はまだ明日菜のように誰かを好きになった事がないから分からないが、今まで自分が読んできた本の中の、数少ない恋愛物の内容を照らし合わせてみると、それがどれほど悲しい気持ちなのかが想像出来る。今ここにいる者たちの半数は明日菜の気持ちを知っているので、普段のように茶化す事も出来ず気の毒そうな顔で見守るしかなかった。

 

「ゆえゆえー……」

 

「のどか、私達は部屋に帰りましょう。……ハルナは?」

 

「まだのぼせてるから、休んでるってー……。でも、いいのー……?」

 

 のどかは少し離れた所で騒ぐ明日菜を見て悲しげな表情を浮かべる。夕映以上に恋愛物の本を読んでいる彼女には、明日菜の気持ちは手に取るように分かった。自分がもし同じ立場になったら、人目を憚らずに泣いているかもしれない。

 

「………私達にはどうする事も出来ません」

 

「でもー……」

 

 それでも悲しげに明日菜を見つめるのどかの手を引っ張り、夕映は自分達の部屋に帰る事にした。頭の中で件の女性と高畑、それとわざわざ写真に撮った報道部に様々な文句を言いながら。

 

 

 

 そんな騒ぎになっているとはつゆ知らず、女子寮にも空きがなかったせいで駅前のビジネスホテルに泊まる事になった[月](ゆえ)は、入浴を済ませ、風呂上がりの一杯でもとやって来た自販機の前で唸っていた。

 

「むぅ………、やはり一般人向けのホテルですね。麻帆良の敷地にある癖に普通のジュースしか置いてないです」

 

 ただのジュースには興味は無い彼女は、全国的に売っているポピュラーなタイトルのジュースでは満足出来なかった。部屋に備え付けられた冷蔵庫にも数種類のジュースと缶ビールが入っていたがどれも好みでは無く、こうしてフロアに1箇所しかない自販機コーナーまでやって来たのだ。

 

「こうなったら外まで買いに行くしかないですね」

 

 諦めて普通のジュースを買うと言う選択肢を選ばないのが、珍妙ジュースに取り憑かれてはや10年の(ゆえ)である。そうと決まれば、すぐさま部屋にとって返し、浴衣から普段着に着替えて夜の麻帆良に繰り出した。

 

「んー……、どうせなら販売停止になった奴でも買いに行きますか」

 

 8年も経つと、商品なども代替わりするもので、(ゆえ)の好きだったジュースも幾つかは販売終了していたのだ。余り売れないから販売しなくなったとも言えるが。

 

 (ゆえ)は街の中心部から外れた所にある自販機までやって来た。彼女が飲む妙な味のジュースは、麻帆良の生協などでも売っているのだが、そこのものよりもこう言った寂れた所の自販機でしか売っていないジュースの方が好みなのだ。

 

「さって、販売停止になって早3年。久しぶりに飲めますね」

 

 そう言って(ゆえ)は財布から千円札を取り出し自販機に投入した。ビーっと言うモーターの音と共に飲み込まれていくお札から視線を外し、お目当てのジュースのボタンへと目を向けた。お札が認識されボタンが光るのを今か今かと待つ(ゆえ)だが、ベベベっとお札が吐き出されてしまい肩透かしを食らう羽目になった。

 

「むぅ……、これだから自販機は……」

 

 (ゆえ)は吐き出されたお札をひっくり返し、もう一度自販機に投入した。ビーっと入っていくお札だが、今度もすぐに吐き出されて来た。

 

「ぐぬぬ………」

 

 今度は丁寧にシワを延ばして投入。しかしやっぱり戻ってきた。(ゆえ)は手に取ったお札を数秒睨み付けると、財布から別の千円札を取り出し自販機に投入した。

 

「まったく……もはや湯上りでさえ………なくなったです………って! 何で入らないですかっ!?」

 

 独り言を呟きつつ5回ほど投入し直したというのに、お札は律儀に戻ってくる。流石の(ゆえ)もこれには怒りを覚えて自販機を揺すりだした。

 

「このっ! 久しぶりに飲めると楽しみにしていた私の気持ちが分からないのですか!」

 

 自販機にそんな事を言っても分かる訳がないが、懐かしい好物を目の前にしたせいか、いつもの冷静さを失ってしまったようだ。ベシベシと叩いてみたり、ガッコガッコと揺すってみたり、時折お札を入れてみたりするが、自販機は執拗に受け取りを拒否していた。

 

「くっくっくっ………そっちがその気なら仕方がありません。壊れた機械をどうにかするおばあちゃん奥義、斜め45度からの空手チョップ。それを更に進化させた回しハイキックをお見舞いしてやるです。その威力のせいでそのまま壊れても知りませんよぅ。くっくっくっ……」

 

 街灯に照らされた自販機の前で暗く笑う(ゆえ)は、おもむろに一歩下がり、トントンと軽くジャンプして調子を整えると、ギュルンと体を回転させ、その勢いのまま自販機に蹴りを放った。

 

「ちぇいさーっ! ですっ!」

 

 ゴイン……と言う音を響かせて決まった蹴りだが、自販機は多少揺れる程度で何かが変わったようには見えない。

 

「……さぁ、これでどうです? この回し蹴りを受けて直らなかった機械はないのです」

 

 普通は直るよりも壊れる。

(ゆえ)はもう1度お札を自販機に投入した。ビーーっと入って行くお札を祈るように見つめていた(ゆえ)だが、無常にも自販機はお札を吐き出した。やっぱり直っていなかったようだ。当然である。

 

「くぅぅうううっ! こ、こうなったら破壊も視野に………」

 

「あー……、自販機荒らしなんて情けない真似はよした方がいいんじゃないか?」

 

 何やら物騒な事を呟いている(ゆえ)の背後から、不審者に対する警戒と、それ以上の呆れを含んだ声がかかった。

 

「むむっ! 何奴!?」

 

 勢い良く振り向いた(ゆえ)の前には、褐色の肌をした妙齢の美女がいた。ギターケースを背負い、黒髪をなびかせる彼女は、(ゆえ)の記憶にもある人物だった。彼女の出自ゆえか、未来でも姿形は全然変わっていないのでまるで違和感なく見る事が出来た。

 

「何奴って……、まぁいいか。お嬢さん、自販機荒らしは犯罪ですよ?」

 

「むっ……、この自販機が私のお金を拒否するのが悪いのです」

 

 ビッとお札を突き出して訴える(ゆえ)だが、その女性の目は呆れしか浮かんでいない。

 

「そんな事で壊そうとするのもどうかと思うけど?」

 

 ついっと目を逸らす(ゆえ)。人に会って冷静さを取り戻した彼女は、自分の行動がちょっと行き過ぎていた事を自覚した。

 

「むむ………まぁ、ちょっとやり過ぎたかも知れませんが」

 

「ちょっとじゃないと思うよ………ん?」

 

 (ゆえ)はバツが悪そうにお札で顔を扇いでいると、彼女は(ゆえ)の手元を見て、妙な声を上げた。

 

「……なんです?」

 

「ちょっとそれを見せてくれないか?」

 

「……これですか?」

 

 (ゆえ)は手に持っていた千円札をヒラヒラさせて見せると、彼女は静かに頷いてみせる。ふむ……と目の前でお札をヒラヒラさせて考える(ゆえ)だが、まぁいいかと彼女に差し出した。受け取った彼女はその千円札をジックリ眺め、裏返したり街灯に透かしてみたりしている。

 

「何をしてるです?」

 

「いや……見間違いかとも思ったが、やはりそうだ……」

 

「あのーー……?」

 

 何やらお札を見てブツブツ言っている彼女に、(ゆえ)は遠慮がちに声を掛けた。

 

「貴女、これを何処で手に入れたんだい?」

 

「へ? これって……その千円札を、ですか?」

 

 (ゆえ)の問い掛けに頷いて見せるその女性は、何故か妙に真剣な目をしている。

 

「どこって……どこでしょう? どこかのコンビニでしょうか? それともスーパー?」

 

 (ゆえ)の言葉を聞いて、女性は不審そうに目を細める。

 

「気付いていないようだから言うけど、これは偽札だよ。いや、偽札とも言えない」

 

「へ? 何を言ってるです?」

 

 自分の紙幣をいきなり偽札呼ばわりしだしたその女性に、(ゆえ)は目を丸くして聞き返した。

 

「これは確かに日本円の千円札と書いてあるが、明らかにおかしい。まず最初に描かれている人物がちがう。日本円の千円札には夏目漱石が描かれているはずだ。なのにこのお札には野口英世が描いてある。もうその時点でアウトだ。偽札にすらなってない」

 

 そう言って彼女は自分の財布から千円札を取り出して、2枚とも(ゆえ)に渡した。(ゆえ)は2枚のお札を並べて見て、初めて自分の間違いに気付いた。

 

「なっ! こ、これは……」

 

「分かったかい? 印刷の仕方やインクの違いがどうのと言う以前の問題だ。私は人よりお金に関しては詳しいつもりだけど、私じゃなくてもこれは気付く」

 

 彼女は(ゆえ)が偽札だと気付いて驚いていると思ったようだが、実際には少し違う。(ゆえ)にとっては最早当たり前になっていた事だが、以前の千円札には夏目漱石が描かれていたのだ。2004年に新デザインが採用されて今の野口英世のお札が出来たのだが、(ゆえ)はその事を意識もしていなかった。

 

(そ、そう言えば留学先の魔法世界(ムンドゥス・マギクス)から帰って来た時に、お札のデザインが変わっていて驚いたのを思い出したです。つまり……)

 

 今(ゆえ)が持っている紙幣は全て2004年に発行された新紙幣。今彼女が居るのはその新紙幣発行の1年前なのだ。財布に入っている全てが、ここでは偽札に分類されてしまう。

 

「大丈夫かい? ショックなのは分かるけど」

 

「い、いえ。大丈夫です。まるで気付きませんでした……」

 

 (ゆえ)は彼女から渡された千円札を返し、自分のは財布に戻した。

 

「どうする? 警察にでも行くかい?」

 

「……いえ、これは仕方ないです。諦めて部屋で不貞寝します」

 

「そうかい……」

 

 心底残念そうな(ゆえ)に、彼女も気の毒そうにしている。

 

「ありがとうございました。指摘してくれなかったら、このまま腹いせに自販機を壊してたかも知れません」

 

 (ゆえ)はそうお礼を言い頭を下げた。

 

「あぁ、気にしなくていいよ。今度からは気を付けるんだね」

 

「えぇ。では、また……」

 

 そう言って手を振り、(ゆえ)はトボトボとホテルに戻って行った。

 

(今日は……少しおかしいです。思いの外、過去に来てしまった事がこたえているんでしょうか?)

 

 今日の失態の数々を思い出してみる。特に金銭関係のウッカリが多過ぎる。今まで無頓着に使っていた弊害だろうか。部屋に帰り着き、ボフっとベットに倒れ込んだ(ゆえ)は、明日にでも学園長に相談しようと決意した。小銭しか使えない状況ではまともに買い物も出来ない。

 

「………明日の事は置いておいて、もう1度お風呂に入ってきましょう。湯冷めしたです」

 

 考える事を放棄した(ゆえ)は、癒しを求めてホテル自慢の大浴場に向かった。ビジネスホテルだと言うのに天然温泉の掛け流しだったりするその大浴場で、何も考えないまま1時間以上入っていた彼女は、見事のぼせてしまうのだった。

 

 

 






ふぅ、いつも通り妙な文章になっちゃった気がする。

お金に関してのご指摘ありがとうございました。調べてみると、結構変わってたんですねぇ。もうすっかり忘れていたわぁ。ネットで調べて、あぁこんなんだったなぁと懐かしんでましたw 次くらいから、ようやく夕映が教室に突入すると思います。きっと………

それではまた次回〜

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