時の鐘   作:生崎

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旧約
プロローグ


  世界は狭い。

 

  どれだけ世界が広かろうと、人が認識できる世界の広さには限度がある。世界の裏側で誰かが死のうと、それはテレビの中でやっている子供向け番組を見ているような現実味のないことだ。

 

 人の世界などというのは、所詮目で見て肌で実感できることに限られてしまう。でも出来るならそれを伸ばしたい。

 

 より遠く、より繊細に、その目で見える範囲を大きくして、まだ見たことのないモノを見るために。そうすれば俺が欲しいモノにも手が届くかもしれないから、そのために俺は未知へと飛び込む。だが、だからといって学園都市に来たくはなかった。

 

 

  学園都市。

 

 東京西部の多摩地域、そこを開拓して作られた総面積東京の三分の一に及ぶ巨大な完全独立教育研究機関。あらゆる分野の教育機関、研究機関が犇めき合い、人口の八割が学生という学生の街。この街の科学は外よりも数十年進んだ最先端科学が運用されており、その象徴こそが超能力者だ。

 

 通常の人間にはできないことを実現できる特別な力を操る者。

 

 手から火を出す。電撃を操る。水流を操作、手を触れずにモノを動かし、相手の心を読んだりもする。ああ恐ろしい恐ろしい。そんな存在を人工的に学園都市は作り出した。街を歩くだけでいったいどれだけの能力者が往来を行き来しているのか分かったものではない。もしそれが見ただけで分かるなら安心できるだろうか。いやきっとできない。人が手に拳銃を持ちそれを見せつけるように歩いているようなモノだ。俺も超能力者ならばこの想いも違ったりするのかもしれないが、学園都市に来てから俺の見方が変わったことはない。

 

  だから街を歩く俺の足取りは重く、俺の世界は狭いまま。だがそれならそれで構わない。狭い世界も狭いなりにいいことがある。

 

『さあオオキナユメ伸びる! オオキナユメ伸びる! 後ろとはもう二馬身は離れているか!』

「行けぇぇぇぇ!!!!」

 

  風に(なび)く栗色の(たてがみ)が脳内を走り、力強い(ひづめ)の音が聞こえてくるようだ。夏休みが近くなり、学生達の熱気と気温が日に日に上がっている中、今は両耳につけたイヤホンから聞こえてくる熱のこもった実況だけが俺の世界の全て。四方八方から突き刺さる学生達の視線などどうだっていい。超能力など関係なく、多くの人間の夢を抱えてオオキナユメが遥か遠くへ運んでくれる。

 

『オオキナユメ! 圧倒的! 圧倒的! いや後ろの馬群から一頭飛び出した! ああっと二枠三番キングコブラ! 早い早い! なんという速さ! 一気に伸びてオオキナユメを追い抜き今ゴォォル!』

「はぁぁぁ⁉︎ ありえん……」

 

  ポッキリと心の柱が折れたように足の力が抜けていく。ボスに学園都市に行けと言われてから全ての運に見放された気がする。それを証明するかのように、ゴトリとポケットからラジオが地面に零れ落ち更に俺の気分を落としてくれた。それを拾おうと手を伸ばせば、学園都市最新式と銘打たれていたはずのラジオが唐突に煙を吹く。

 

 ツいてない。もうびっくりするほどツいてない。どこぞのツンツン頭の共感の声が聞こえてくるようだ。

 

 こういう時は気晴らしに散財するか、さっさと家に帰って寝るに限る。選ぶならば後者だろう。こんな街で散財すれば誰に目をつけられるか分かったものではない。

 

  しかし、その選択肢を選ぶには少々遅かったらしい。

 

 行き交う人々は俺を避け、周りに人はいなかったはずなのだが、夢でも見ているかのように少女が突然目の前に現れた。

 

 そう、俺のラジオの真上にだ。

 

 艶やかな少女のツインテールが重力に逆らいふわりと舞った。やがて重力に負けて、少女が空から舞い降りた天使のようにゆっくりと地面へ足を下ろしバキバキと聞きたくない音を響かせる。ラジオから上がっていた小さな白煙は黒く染まり、小さな火花を夕焼けに染まった大地に走らせた。完全に御臨終である。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの……ってまた貴方ですか。はあ、毎度毎度何を叫んでいるのか知りませんがやめていただけません? 貴方に割く時間ほど勿体無いモノはありませんの」

 

  現れた少女は、学園都市の治安を守る風紀委員の証、盾の紋章が描かれた腕章を見せつけるように掲げたと思えば、俺の顔を見るなりげんなりとした顔になってため息を吐いた。少女は足元のラジオには気づいていないようで、力の抜けた少女の重さに負けてラジオが薄っぺらく伸びていく。少女は確か白井黒子という名だったはずだ。何度も顔を合わせているせいで覚えてしまった。彼女は俺が学園都市に来てから一番お世話になっている子だ。お世話になっていると言っても優しく学園都市を案内してくれたといったことではなく、補導されているという大変不名誉なことでだが。

 

「はあ、今回の騒音被害に対しての反省文さっさと出してくださいまし。わたくしも暇ではないので、確か学校は……ぁぁ忌々しいことに覚えてしまいましたわね」

「あの白井さん? それはいいんですけど足元で俺のラジオが煎餅みたいになっているのですが」

「ああ、これはごめんなさいな」

 

  口は謝っているが、顔が全く謝っていない。スッと白井さんがラジオの上から足を下ろせば、どこからともなくやって来た清掃ロボットがバリバリと俺のラジオを食べてしまった。

 

 おい……おいおい。きっと保証も効かないだろう。俺の狭い世界はあっという間にどこぞにあった他の塵芥とごっちゃになって消えてしまう。この世は無情だ。表情筋の死んでいく俺に反して白井さんの眉は釣り上がり、鋭い視線が俺を貫く。次に飛んでくるのはきっとお決まりの言葉だ。

 

「それで? 今回叫んでいた理由はなんですの?」ほらね。

「オオキナユメが儚く散って馬券の価値が紙屑より無くなりました」

「貴方学生の分際で賭け事なんかしてますの? 反省文追加で」これは予想外。

 

  あまりに無情過ぎて鼻で笑ってしまう。他人に迷惑掛けない遊びすら許されないとはこれいかに。きっと明日学校に顔を出した時、風紀委員から連絡を受けた担任の小ちゃな先生に悲しみに染まった顔を向けられて、罪悪感に心を削られることだろう。頭に浮かんだ未来予想図から逃げるように、「それではこれで」と帰ろうと白井さんの隣を通り過ぎ帰路につこうとするが、目の前にすぐに白井さんが現れる。

 

 もう白井さんのこれは見飽きてるせいで驚くより先にウンザリしてしまう。

 

  空間移動能力者(テレポーター)

 

 身一つで一瞬で足も届かぬ遠くへと行ける超能力。羨ましい。いったいどんな生活を送れば手に入るものなのだろうか。俺の頭一つ分は小さい少女には、俺が思う以上の何かしらがその小さな身体に詰まっているのだろう。白井さんの見る世界を見てみたい気もするが、俺には広大過ぎてきっと手から零れ落ちてしまう。

 

「貴方なに帰ろうとしてますの。これでいったい何度目ですか、貴方は歩くスピーカーかなにかなんですの? いい加減見逃せませんので今度一度支部まで来てくださいまし。ちょっと、聞いてますの?」

 

  悪い日というのはどうも悪いことが重なっていくらしい。何をやっても上手くいかない気がしてくる。しかし、それでも足掻くことはできる。これ以上自分の時間が削られていくなど流石に御免だ。何かしら同情を引けそうな作り話でもでっち上げて有耶無耶にできないものだろうか。そんな風に頭を巡らしていたが、そんな俺の思惑も今日ばかりはうまくいかないようで、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が震え始める。

 

 短く三回震えた後に長く一回震えた。それを繰り返す。俺の心を急かすように。

 

「分かりました白井さん。近日中に伺いますよ。ではこれで」

「ああちょっと! すっぽかしは許しませんわよ!」

 

  適当に手を挙げて白井さんに返事をし、電話が切れてしまう前に素早くコールのボタンを押した。もし一度でも出るのをすっぽかしでもすれば、いったいどれほどの不幸が身に降りかかるのか分かったものではない。それより白井さんの相手をする方が随分と楽だ。電話の向こうは静かなもので、聞こえて来るのは薄い息づかいとナニかを吐き出すような音。きっとお気に入りの煙草でも吸っているに違いない。俺にも分けて欲しいが、ただもし煙草を吸っているのを白井さんにでも見られたらそれこそ反省文では済まないだろう。

 

「なんでしょうボス」

「遅い。すぐでなさい、それができないなら死になさい」

 

  機械を通しても分かる程澄んだ低く綺麗な声。それが息を吐くように俺への死を口にする。

 

 人形のような人間味のないボスの顔を思い浮かべれば、夏なのに冬のように薄ら寒い空気が俺の肌を撫でた。ボスからの電話はあの世の空気まで送って来てくれる。どうも大分ボスの気が立っているらしい。「そんなぁ、こっちはこっちで忙しいんですよ」と少しおどけてみて、なんとかボスの不機嫌メーターが下がってくれるように天に祈るが、効果は薄いだろう。

 

「どうでもいいわ、それより仕事よ。日本時間で今からすぐ」

「今も仕事中ではあるんですが」

「どうでもいい。もう言わないわよ。それに、その仕事よりは楽しい仕事でしょうね」

 

  そうボスが少し楽しげな声を上げて、俺の心は逆に冷え切っていった。

 

 

 

  ***

 

 

 

  学園都市はその名の通り学校が多いが、それ以上に背の高いビルが多い。俺も仕事で世界中回って来たが、どこの都会よりも学園都市は都会然としているように思う。日はもうどっぷりと暮れ、夜空よりも眩しい光が視界の下を埋め尽くしている。大きな通りも細い通りも学生達で溢れており、街灯の明かりに照らされてビルの上から嫌という程よく見えた。

 

 楽しそうに笑う顔。仲睦まじい恋人たち。一見平和な街だ。だが、明るければそれだけ暗い部分も大きくなる。

 

  戦争中こそ人の技術が大きく発展するというように、外の世界よりも数十年科学技術が進歩している学園都市は、外の広大な世界よりも混沌としている。

 

 戦争が起きたから技術が発展するのか、技術が発展するから戦争が起きるのか、そんなことは俺の知ったことではないが、学園都市とはまるでそんな蠱毒のような場所だ。だがそんなことを学園都市で口にしても俺の頭がおかしいと周りから言われるだけで、誰もそんなことは気にしない。

 

「配置に着きましたボス」

 

  携帯から装備を変えたインカムでボスに伝える。返事はない。が、それでいい。一から百まで喋るのは無駄だとボスは割り切っているし、ボスが他人の仕事中に喋るときは暇な時か、よくないことが起こった時だけだ。前者はほとんど無く、後者だと困る。だからボスの返事が返ってこないことを期待して仕事の準備に取り掛かった。

 

 寮の部屋から急いで取って来た大きな弓道用の弓袋。その紐を解いて中身を取り出せば、見慣れた相棒が姿を現わす。

 

  槍のように細い形状をしていながらずっしりと重い白く月明かりを反射する鋼鉄の身体。銃身だけで二メートルにもなる特大の狙撃銃。完成された武器は芸術品とも言われるように、調和のとれた輪郭は艶かしい線を描く。これを肩に担いでいる姿を見ても一見銃を持っているようには見えないだろう。そんなモノを軽々と扱えるのも、普段の訓練の賜物だ。

 

  いつもと同じように構え、いつもと同じようにスコープを覗く。

 

 自分の目で見るよりも遠くの世界を見せてくれるが、限りなく狭い世界、これが俺の世界。

 

 少し息を整えて、ボルトハンドルを起こした。ガシャリ、とした学園都市に似つかわしくない前時代的な音。これが合図だ。この音が俺の意識を変える。一学生から冷徹な狙撃手へ。狙うのは学園都市と外部を隔てる大きな壁。その上に立つ黒く塵のようにしか見えないごく小さな影。

 

  息を吸う。息を吐く。息を吸う。

 

 今日一日の鬱憤を吐き出すように息を吐き、よりそれを圧縮するように息を吸う。

 

 引き金を引くタイミングは身体中に感じるあらゆる要素が教えてくれる。風がだんだんと弱くなり、鼻先の鉄の匂いが強くなる。冷たかった狙撃銃の感触が体温に侵食されて、自分の身体の延長のように思えてきた。いい感じだ。いつもと変わらぬ不変の感触。外れるということは考えない。ただ引き金を引くだけ。そうすればいつもと同じように思い描いた通り弾丸が飛んでいくはずだ。

 

 息を吸って、そして風が止んだ。

 

よし

 

  反動で銃が浮き上がる。それを力で抑えつけながら、遥か先の人影を見つめた。

 

 下から薄っすら聞こえてくる学生達の声は変わらず、誰かが射たれたことなど誰も気づかない。最新の技術をふんだんに使われた相棒は反動は大きいが音は少なく、本当に頼りになる。遠くの人影はその背を地面へと横たわらせ、そうして俺の仕事は終わりだ。

 

「ボス、終わりました。殺さなくてよかったんですか?」

「麻酔で十分よ。まあ衝撃でもろもろ痛めているとは思うけど、それはこんな日に仕事をしてるそいつのせい。もう引き上げて構わないわ。通信を切るわよ」

 

  ボスに報告すれば今度は返事があった。それに少し嬉しくなって、自然と口角が上がってしまう。

 

「えー、もう少しお話ししましょうよ。ボス自ら通信してくれるなんて滅多にないですし」

「そう、いくら払う?」

「……じゃあいいです」

 

  通信の切れたインカムを外し、誰の目もないことをいいことに大きくため息を吐いた。こんなしょうもない仕事のためにわざわざ俺が出ばらなければいけなかったのか。学園都市の外周部を見回っている警備員の無力化などつまらないにも程がある。給料は出るが、急な仕事の報酬としてボスももう少し話してくれてもいいだろう。

 

  相棒をブッパなせたおかげで多少欲求不満が収まり、一々隠さなければならない相棒にいそいそと弓袋を被しているところで、風に乗って嗅ぎ慣れた面倒な奴の匂いを感じた。そちらに目をやれば案の定だ。

 

 逆立たせた目立つ金髪。サングラスに金のネックレスという着ている学生服に全く似合っていない風貌の男。俺も自分に学生服が似合っているとは思わないが、うわあと声には出さなかったもののそんな表情を浮かべてしまったようで、その男、土御門元春は苦笑いを浮かべた。

 

「全くひどいにゃー、それがクラスメイトに向ける顔か?」

「土御門さんが現れたおかげで依頼主がなんとなく分かりましたからね。魔術師の片棒を担ぐなんて祟られそうだ」

「まだ何も言ってないのに依頼主が魔術師だってどうして分かるんだ?」

「警備員を無力化して外から誰かを侵入させようなんて、このご時世入ってくるのは魔術師以外にいないでしょうに。それに土御門さんがここにいるからですよ」

「んー、なるほどなるほど」

 

  そう言って土御門はからからと笑い声を上げた。俺の予想があっているかどうか土御門の反応を見て決めようと思ったのだが、この見た目から胡散臭い男にはどうも効かないらしい。俺が学園都市に来たくはなかったと思える理由の一つ。学園都市に来て早々にこんな男がクラスメイトだった。科学と魔術の狭間を走る多重スパイ。それを知ったのは仲介役として土御門が仕事を持って来たからだ。そんな奴がホイホイ学園都市にいるのだから蠱毒と言うのも間違いないだろう。

 

  科学と魔術。超能力者と魔術師。学園都市の中にいる超能力者とは異なる学園都市の外に存在する異能の者。

 

 使えるかどうかなるまで分からない超能力者と違い、ある工程をなぞれば誰でも同じことが可能であるという特異な技を使う集団。全く恐ろしい。この世は本当に怖いモノに溢れている。魔術師とは、近年急激に発達した科学技術によって数を増やし姿を現した超能力者と対照的に、古来より延々と魔術という学問を研鑽してきた者たちだ。出る杭は打たれるというか、急に背を伸ばし出した超能力者を魔術師がよく思わないのは当然のことで、当たり前のようにこの二つは仲がよろしくない。

 

  学園都市にいながら魔術師に力を貸したとなればどんな火の粉が降りかかるか。世間に存在を知らしめている超能力者の相手の方がまだ楽だ。魔術師はその存在を世間には隠しているから余計にタチが悪い。魔術師の存在を知っている数少ない科学サイドの人間に目をつけられないよう今日も祈ろう。

 

  そんな俺の想いも知らず飄々と土御門は俺に寄って来て気軽に肩を叩いてくる。気分を紛らわせるために俺は制服のポケットからこれまで我慢していた煙草を取り出し火を点けた。土御門がいるということは他の目を気にする必要はない。

 

 つまり、ここで煙草を吸ってもなんの問題もないわけだ。こればかりはいいことだ。

 

「おいおい、未成年の喫煙は違法だぜい?」

「土御門さんが法を口にしますか。それに俺はスイス人だからいいんですよ、十六でも違法じゃないです」

「小萌先生の前でも同じこと言えるか? 孫市なんて超日本人らしい名前のクセに」

「それとこれとは話が別です。だいたい名前がどうあれ俺日本国籍持ってないですし」

 

  土御門の手を払い、警備員が居なくなり穴が出来た学園都市の外周部へと目を走らせる。「相変わらず他人行儀な奴だぜい」と呆れたような土御門の声など気にしない。入ってくる厄はいったいどんなものであるのか。折角仕事をしたのだからそんな好奇心を出してもバチは当たるまい。学園都市の警備体制は低くはないので、すぐに俺の開けた穴は埋められることだろう。だからこそ侵入者はその前にすぐに姿を現わすはずだ。

 

「いやーしかし見事だにゃー。だいたい距離は五キロくらいか? ギネスもびっくりな記録だ」

「別に普通ですよ」

「だろうな」

 

  少し土御門の声のトーンが下がった。飄々とした浮雲のような雰囲気はなりを潜め、少し真面目な顔になった土御門が俺の横に並んで同じ方向を見つめる。この顔こそスパイの顔。

 

 全く嫌になる。誰かクラスメイトを交換してくれないだろうか。金を払ってもいい。

 

「スイス傭兵を起源に持つ特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』。怖いにゃー、時の鐘の一番隊に所属する二十八人は全員五キロまでならヘッドショットを決められるってのは本当か?」

「本当ですよ、あそこは化け物の集まりですからね」

「ははは、それを孫っちが言うのか。魔術師や超能力者よりもオレはお前たちみたいなのが怖いぜい」

「言っておきますけど俺は時の鐘最弱ですからね」

「……マジ?」

 

  マジもマジ大マジだ。そのことについては話せば話すだけ情けなくなってくるのでわざわざこれ以上口にしたりしない。ボスなんて最長十キロ以上の狙撃を成功させたことがある本物の怪物。女帝と呼ばれる最強の狙撃手。俺が持っている時の鐘での称号など時の鐘最年少というものぐらいで、しかもそれは俺以外にもう一人いて才能のない俺と違い本物の天才なのだからやってられない。

 

 俺の想いを察してか隣で土御門が「マジかー」と、弱々しく頭を抱えている。抱えたいのは俺の方だ。

 

「はああ、孫っちみたいなのがいると超能力だの魔術だのやってる世界が馬鹿らしくなってくるな」

「そんなことないでしょう。俺は射撃が少しできるだけで超能力も使えなければ魔術だって使えないただの傭兵ですよ。所詮得手不得手です」

「そう割り切れるのも強さだぜい。それがなかなか難しい」

「ですね」

 

  本当に。口では言っても、羨ましいとは純粋に思う。超能力。手から火を出すという感覚というのはどんなものだろうか。魔術。祈りで風を呼ぶというのはどんな感覚なのだろうか。それを知ってみたいというのはおかしいことではないだろう。

 

 だが、それに手を出そうとは思えない。俺の両手は銃を握ることで精一杯で、他のものを掴む余裕はないのだ。科学に魔術という夢の詰まったものではなく、鉄と火薬というどこまでも現実的なものが俺の頭の中には詰まっている。俺の記憶のほとんどは弾丸飛び交う戦場のもの。

 

「来たぞ」

 

  小さく呟いた土御門の言葉によって俺は現実に引き戻される。

 

 目に映るのは、黒い大きな壁に一点浮かぶ真っ白い人影。

 

 その姿があまりに神秘的で一瞬目を奪われてしまった。初めてボスに会った時のようなふわふわとした幻想的な光景が蘇る。遠くからでも分かる長い銀髪を視界に収め、俺は逃げるように視線を切った。なるほど、やはりあれは魔術サイドの厄だ。それもとびっきりの厄ネタと見た。見た目からして普通でないものは、当然中身も普通ではない。それは経験でよく知っている。

 

「もういいのか?」

「ええ、関わり合いになりたくないということが分かったのでもういいです。ただでさえ今日は風紀委員から呼び出しくらってブルーなのにこれ以上厄ネタは御免です。肌の色まで青くなってしまいそうだ」

「そりゃ大変だ。今日はもう帰った方がいいな」

 

  言われなくても。弓袋に入れた相棒を肩に掛けビルの屋上をあとにする。背後から飛んで来た「またよろしくなー」という聞きたくない言葉は無視して寮へと急ぐ。こんなのが俺の日常だ。これまで小学校も中学校も行ったことがなく、少し楽しみにしていた学校生活は思ったよりも楽しくない。早くスイスの山に帰りたい。それもこれも学園都市なんてものが日本にあり、俺が時の鐘唯一の日本人であるせいだ。俺スイス人なのに。今日はレシュティでも作って最後の気晴らしをしよう。そうしよう。

 

  次の日。

 

 最高の目覚めは隣人の「不幸だー!」という叫びで早速相殺され、学校に着いた途端担任の涙ながらの訴えによって俺の心はより削られ、そのせいでナイフのように尖ったクラスメイトたちの視線をトドメに、俺の一日は最低になった。

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