神の子であるキリストでさえ杭で磔にされたというのに、ソレは罪を背負う事を拒み易々と黒子の飛ばした金属矢を弾く。
軽い金属音が弾け、それを搔き消すように振るわれた黒鉄の剛腕が、空気を震わせて独特の風切り音を奏でた。超絶の力と人外の速度によって響く鉄の鳴き声が、黒子のいた場所を躊躇なく貫く。空気が弾け火花が散る。ソレは感情を現わすように細かな電撃を宙に踊らせながら、再びいつの間にか背後にいる黒子の方へゆっくり振り向いた。
強い。
黒子の頬に一筋の汗が流れ、口元が小さく歪む。
ソレは能力を使っているわけではない、ただ黒子に近付き拳を振るうだけ。それに動きは訓練されたものではなく素人のそれ。だがソレは硬く、速く、何より異常な力を持っている。もし一撃でも黒子に当たれば、肉は弾け、骨は潰れ、体の中身を薄暗い路地にぶちまける事だろう。そんな自分の姿を一瞬幻視し、黒子は奥歯を噛みしめる事で幻影を噛み砕く。
「やりますわね、貴方みたいなのが学園都市にいたなんて。どうしてこれまでバレずに過ごせていましたの?」
最初の出会いから口が聞ける事は分かっている。だがソレは答えることもなく、無数の歯車を動かして黒子目掛けて拳を振りかぶった。鋼鉄の足は前に進もうとするだけで大地を砕きその跡を刻む。存在するだけで何かを壊す
動きが単純であるためにまだ黒子はなんとか対応出来ているが、それもいつまで続くことか。
離れなければ誰かが死ぬ。
周りを気にせず暴れる鉄人は、
(路地の外に!)
少しでも広く、また人目のある場所へと出れば状況は変わる。そう踏んだ黒子であったが、
計算が狂った。その理由は、
「痛ッつ……!」
黒子の白魚のような指が裂けて赤い雫を大地に零す。黒鉄の肌から発せられる細かな電撃が、触れてくれるなと黒子の手を引き裂いた。常盤台で
それが黒子には気に食わない。
自分の最愛の相手と似たような力を持ちながら人を傷つける。お前の想い人だって、簡単に他人を傷つける事ができるのだと言っているようで。
確かに少し美琴には戦闘狂の気質はあるが、一般人に無闇矢鱈と力を使う事はない。美琴と鉄人の違いを示すように、黒子は赤い筋を作った手を何でもないと振りながら鉄人の前に立つ。
「危ないですわね。
『NO』
鉄の内から響く人ならざる声。ただはっきりと否と言う。
何が?
そんな質問を黒子はしない。自分は能力者などでは無いと鉄人は上に突き立てた人差し指を振って否定した。電撃は副産物なのだ。鉄人が動くだけ、感情が昂ぶるだけで勝手に身に抱えた何かを逃すように勝手に宙を走る。しかしそんな事は黒子には分からない。だからこそ目の前の鉄人はより不気味で、嬉しそうに明暗させている四つの穴は変わらず怪しい光を灯したまま。
とりあえず距離は稼げた。
呼吸の証明であるかのように小刻みに上下する大きな肩。
手足と体を包んでいる甲冑のような滑らかな黒鉄の鎧。
装飾の施された鉄兜は何より堅牢そうで、路地に差し込む月明かりに変わった光に照らされて、何故か子供の描いたような歪な桜色をしたハートマークが右の
ソレの趣味の悪さに黒子は鼻を鳴らし、「お洒落に気を遣っているようで……」と皮肉を言ってみたりしてみると、鉄人は怒るどころか嬉しそうに鉄の頭を指で搔いた。
「はあ、やりづらいですわね。それで、何故こんな事をしてますの? 能力者への恨みか知りませんけど、やっている事が悪いと言うことくらい分かるでしょう」
その問いは無意味なものである事は黒子にだって分かっていた。その通り鉄人は頭を傾げるだけで何も言う事はない。少しの間固まっていた鉄人は、言葉の代わりに大地を踏み抜き黒子の元へ飛来する。また一つ地面に穴が空き、黒鉄の体が空を滑る。
千日手。どちらも決定打に欠ける闘いは、ただ長引くだけで終わりが見えない。
いや、終わりにはできる。
黒子がそれをしないだけだ。相手の体内への金属矢の
「あ」
そんな声が路地に響いた。鉄人のものではなく、また黒子のものでもない。後ろへ跳んだ黒子の横の細道に突っ立っている小さな女の子。何故? この時間に? 一人? マズイ⁉︎ 女の子を見て止まっている時間は黒子にはない。「逃げなさい!」と黒子が言い切るよりも速く、黒い鉄の塊が黒子の目前に迫る。四つの目は変わらず怪しげな輝きを放ったまま、大きく振り返った特大の拳を振り抜いた。
音が消える。
頭が割れそうだ。
耳の奥で鉄の唸り声を聞いたのを最後に、左耳がダメになった。
地面に顔を落とす黒子の目には、滴り落ちる脂汗と、それに混じった赤黒い液体が映り、どちらも自分のものであるらしいと気付くのに数舜の時間を有した。黒子の隣でへたり混んでいる女の子を黒子は確認すると、少しでも離れた鉄人が、ゆっくり黒子の方へ四つの目を向けるのを見送ると、黒子はにっこりと女の子に笑みを送る。
「怪我はないですわね、早くお行きなさい」
痛む身体を押して黒子は立とうとするが、上手く身体に力が入らず立ち上がれない。掠った。ほんの僅かに掠っただけでこの有様だ。鉄という誰もが知る強固なものを打ち付けられるとはこういう事。能力者と言えど人間であるという事に変わりはない。だがだからなんだと言うのか、舌を打って身体に鞭打つ。今この瞬間女の子を守れる者は黒子しかいない。
「早く行きなさい!」
時間はあまりない。女の子を
どうにかしなければならない。
早く。何を?
痛い。
女の子を。早く。立たなければ。
耳が。演算を。早く。
鉄人は?
黒子の体を影が覆う。
見上げた先には四つの穴。
空に浮かぶ月を隠すように、黒子の視界を埋め尽くすのは鉄兜。黒子の最後の表情を楽しんでいるかのように、鉄人は黒子の顔を覗き込む。それには口も何もないはずなのに、大きく口を横に割いて笑っている、そう黒子には見えた。細かな歯車の音がする。黒子の目の前で紫電が散った。四つの目が黒子の視界から離れると同時に、鉄の塊が視界を覆う。
(女の子だけは……)
力なく伸ばそうとした黒子の手は空を切り、轟音が路地に轟いた。
***
心臓が張り裂けそうだ。久し振りにこれだけ走った。初春さんの電話に白井さんは出る事なく、初春さんがGPSを辿った結果路地に入るところで信号は消失していた。それが初春さんが電話を掛ける三十分前のこと。ジャミングだ。白井さんがいる一帯の路地に妨害電波が出ているらしく、そこだけは機械の目に付かない密室と化している。
それが分かってから急いで寮まで走って戻り、相棒を担いで第七学区でも高いビルの屋上へ。寮に戻った時の驚いた木山先生には何も言う時間はなかったが、俺の顔を見て状況を察してくれたのか「いってらっしゃい」と言ってくれた。それに後押しされて初春さんから分かれて二十分でビルの屋上に着いたのはいいんだが死ねる。マラソン選手もビックリな激走だった。途中何度も
初春さんとの交渉は終わり、俺は仕事を引き受けた。今白井さんがどんな状況かは分からないが、もし白井さんの身に何か起こっていたら、俺はそれを見逃すわけにはいかない。白井さんの葬式になんて絶対出てやらんぞ。
スコープは覗かずに、そのまま学園都市の街を見下ろす。こちとら山育ちで目はいい。数キロ離れた看板の文字まで見えるボスほどいいわけではないが、何が起こっているのか分かるくらいには見える。黄昏も終わり眩しく文明の灯りに彩られた学園都市はいつもと変わらず一見平和そうに見える。が、一度光に当たらぬ所へ目をやると、能力まで使って喧嘩をしている学生に、怪しげな取引をしているらしい研究者など見てはマズそうな光景まで転がっている。だが今俺が見るべきはそれではない。
もし初春さんの言う通り魔が出たと言うのなら、激しく戦っているはず。それももし白井さんが巻き込まれたと仮定した場合、それはより激しいものになっているはずだ。白井さんほど回避に特化した能力も少ない。短期決戦では終わるはずがない。最悪の事態になっていませんようにと祈りながらジャミングされている路地の一帯へと目を落とすと、それは想像以上にあっさりと見つかった。ビルの間に沸き立っている砂煙。その中で何度も紫電が舞っている。明らかな異常。静かな路地の中でそれだけが異様に目に付いた。
ボルトハンドルを一度引く。
スコープを覗いて砂煙が引くのを見届けると、その中から現れたのは博物館で飾られているような鎧武者のような立ち姿。なるほど、落ち武者か。一見するとそう見えるかもしれない。だが今見るべきはそれではない。その落ち武者の視線の先。最悪だ。落ち武者が邪魔でよくは見えないが、常盤台の制服と揺れるツインテールは間違いなく俺の想像通りの人物。それも周りにいくらか血痕が飛び散っており、頭と左耳から血を垂らしている。
「見つけた! 落ち武者もだ! 白井さんは怪我をしているらしい!」
「もうっ、なんで⁉︎ 分かりました! 場所はもう
「いや無理だ! ここから見える
インカムを取って来る時間もなかったため、初春さんと繋ぎっぱなしにしていた携帯電話を地面に放り投げて相棒を構えた。初春さんの返事を待っている時間はない。何かを初春さんは言っているが、一応射撃の宣告はした。
距離にしてだいたい五キロか? 当たるかどうか。
だが自信が無いとは言っていられる場合じゃない。落ち武者はゆっくりと白井さんに近づいている。弾丸の到達時間から逆算しても今引き金を引かなければ間に合わない。
息を吸って息を止める。
細い路地裏に放つのではなく落とす感覚。
そうして俺は、引き金を引いた。
携帯を拾いビルの上から跳び下りる。場所は分かった、引き金も引いた、外れるわけもなし、なら後は少しでも白井さんとの距離を詰めるのみ。ただ俺は忘れていた。急いでいたせいでビルから安全に跳び下りる装備を持って来ていなかった事を。身体を打ち付ける風が心地いい。
どうしよう……。
***
咄嗟に目を瞑った後に訪れた暗闇は、永遠のものとなってしまう。そう黒子は覚悟をしていたはずなのだが、何の痛みも襲って来ずに暗闇はいつまでも続いている。死とはこれほど静かなものなのか? 人が思っているよりも死というものは優しいのかもしれない。そんな風に考えていた黒子の右耳に突如飛び込んで来た轟音は、つい先程まで聞き慣れていたコンクリートの破壊音ではなかった。鉄に鉄を打ち付けたような甲高い衝撃音。ついで何かが横を凄い勢いで通り過ぎる。
硬質の大地を乱暴に削る音に誘われるようにそちらを見ると、先程まで腕を振り落としていたはずの鉄人が地面に転がっている。目に見えて分かるほど右の肩口が大きく凹んでおり、鉄人さえ何が起こったのか分からないようで、寝ぼけたように辺りを見回した。
何が? 路地に他の人間の影は見当たらない。鉄人と黒子と黒子の腕の中にいる小さな女の子の三人だけ。誰も理解出来ない状況は、沈黙と静寂を作り出したが、次の瞬間それはすぐに破られた。
ギャッッキンッ──。
鉄を噛むような鈍い音。鉄人の頭に飛来した時の鐘の鉄槌が鉄兜を殴りつけた。「弾きやがった⁉︎ うっそだぁ⁉︎ 」とタレ目の男が叫びそうな程に鉄人は強固であったが、衝撃によって数メートルは後方にその重い身体を転がしていく。
狙撃。
その正体に
「行きましょう、大丈夫わたくしがついていますの」
何であれ今はこの場を離れるのが先決。見えない狙撃手は不気味ではあるものの、それの狙いが鉄人であることには変わりない。ぐわんぐわん揺れる黒子の頭では能力を使えそうにもないが、まだ手足は動く。自分よりも随分小さな女の子に支えられて黒子は路地の外へと急ぐ。追ってこようとしているらしい重厚な足音は、続く金属の追突音によって遠ざかる。
姿の見えない襲撃者に鉄人は業を煮やし、当たらないと分かっていながらも屈強な手足を振り回して路地の壁を破壊していた。黒子の影はすでになく、路地には鉄人だけが残される。体は至るところをひしゃげており、つい先程までの調和と均等が取れていた彫刻のような美しさは失われた。戦い抜いた不沈艦というよりは、轟沈艦一歩手前だ。飛んでくる弾丸もいつの間にか止み、四つ目の光が一際強く輝いた。怒りか歓喜かも分からぬ咆哮を鉄人は上げる。その叫びが静寂に飲まれて消える頃、ようやく鉄人は路地に背を向ける。
ゴトリッ。
と、その背から零れ落ちたものにも気付かずに、黒鉄の巨体は誰の目にも気付かれずその姿を闇に溶かした。
それからしばらくして、一人の男が路地を訪れる。全身くまなく制服を擦り切れさせた男だ。ところどころに葉っぱを貼り付け、制服には赤い染みが点々とある。よろよろと黒子よりも今にも倒れそうな足取りで、戦場となった抉れた歩き辛いアスファルトの上を歩いていく。
「投身自殺するとこだった……」
孫市がビルから飛び降りてから、壁の出っ張りに何度も手を伸ばしたが勢いを殺しきる事は出来ず、結局壁を蹴って近くの背の高い木に飛び込み孫市はことなきを得た。とはいえ指はぼろぼろで、爪は剥げるし体に細かな木の枝も突き刺さっている。闘ってもいないのに満身創痍という事実が時の鐘にバレればどうなるか。死にはしなかったがある意味自殺を完了したのではないかという事実が、孫市の足取りをより重くする。そんな孫市の足に何か硬いものがコツンと当たった。
「なにこれ」
目を落とした先にあったのは、大きさ五十センチほどの円錐型の容器。足にぶつかった感触から、相当丈夫な作りをしているようだと孫市は察する。黒い色をした容器は中が見えずなにが入っているのかは分からない。孫市は周りに人がいないのを確認するとその手に容器を持ってみた。微弱な電流でも流しているのか、容器はピリピリと弱く孫市の手を叩き、よく見れば容器の裏には何かを差し込む穴が空いている。容器の上部も蓋のように開く構造にはなっているようなのであるが、孫市が軽く引っ張ってみても全くビクともしない。
「こっちだ!」
しばらく容器と格闘していた孫市だったが、路地に響いて来た野太い声に気がつくと急いでその場を後にする。孫市よりも早くこの路地付近にいたはずの
***
「で?」
怖い。白井さんがめっちゃ睨んでくる。折角助けてあげたのにジト目で睨まないで欲しい。警備員に保護された白井さんの応急処置が終わったというので俺も初春さんと一緒に見に来たのに、俺に対しての視線が最高に冷たい。
「もう心配したんですよ白井さん! でも無事で良かったです。少し入院しなければいけないそうですけどお見舞いに行きますから! ね、法水さん」
「え? ああうん、そうだねぇ」
初春さん見てよ、白井さんの目を。俺がお見舞いに行って喜ぶと思うか? ないな。今にも飛び掛かって来そうだ。どうしてそう満面の笑みで俺にお見舞いに行こうと言えるのか。
「初春なに誤魔化してますの? わたくしは何故貴方達二人が一緒にいるのか聞いてるのですけれど、後貴方は何故わたくしよりも重症そうなんでしょうね」
「聞かないでぇ」
いや本当に。どうも俺はテンションが上がると周りが見えなくなる。だから一番隊でも最弱なんだという小言が聞こえてくるようだった。幸い俺は白井さんと違い全身軽傷ではあるので入院は免れた。項垂れる俺を鼻で飛ばすように白井さんは鼻を鳴らし、標的を初春さんに変える。
「まあいいですけれど、初春、
「あ、はい」
「わたくしが助かったのは
「へ、へえ〜〜、おかしなこともありますね」
おい。初春さんは目に見えて分かるくらい目を泳がせて時折俺の方に視線を投げてくる。分かり易すぎるだろう! 初春さんの弱点が白井さんなのかは知らないが、俺に見せた演技力は風前の灯火となって路地裏のビル風によって消えてしまった。もう駄目だ。白井さんの目が絶対零度の冷たさで俺に突き刺さる。
「法水さん、大変素晴らしい銃の腕前をお持ちらしいですわね?」
「え? まっさかぁ、そんな風に見えますか?」
「いえ全く」
それはそれで傷つくんだけど。肩を落とす俺を初春さんが苦笑いで慰めてくれる。いや、慰めなくていいから。それにそれは白井さんの前では悪手だ。白井さんはしばらく俺のことを睨んでいたが、やがて肩を落とすとホッと息を吐いた。
「とりあえずお礼は言っておきますの、ありがとうございます」
「はあ、何のことか分かりませんけど」
「しらばっくれるのはいいですけれど、近いうちにお姉様と詳しい事を聞きますからそのおつもりで、初春もですわよ」
終わった。初春さんを見る。諦めの表情。終わった。別に隠しているわけではないのだが、白井さんと御坂さんの二人に俺が傭兵だとバレると凄い面倒くさいことになりそうな気がする。具体的にはいいように顎で使われそうな気がする。俺の学園都市での生活の未来が悲しいことになりそうだ。夏休みなんだからお仕事休もうよ。俺は休まないけど。
「ま、まあ兎に角みんな無事で良かったですよね」
「全く丸く収まってませんけれどね、通り魔は逃亡。
「しかしアレを落ち武者と呼んだ目撃者の感性が信じられんな。どっちかというと鎧武者だろう」
「やっぱり見てたんじゃないですか」
いやだってもう気づかれているなら隠す必要はない。どうせ早いか遅いかだ。だったら俺も初春さんとの交渉通りさっさと仕事を終わらせるために情報をある程度開示した方がいい。それにこういう時ばかりは、俺の依頼主が国際連合であるということが大きく作用してくれる。白井さんも、きっと御坂さんも、国際連合がバックにいると知ればそこまで俺に食って掛かることもないはずだ。多分。
「でもこう言ってはアレですけど、白井さんならすぐにアレを切断して終わらせられたんじゃないですか?」
「わたくしもそれは考えましたけど、アレが人かどうかも分かりませんでしたし、何より常に周りに不規則に電磁波を飛ばしているせいで演算が困難。金属矢が何本かわたくしの計算違いのところに
なるほど。俺も目視で確認したが、あの周りに飛び散らしている小さな電撃は相当厄介そうだ。決定打になるほど強力ではないんだろうが、防犯カメラがうまく作動しなかったりするのはそれが原因の可能性が高い。
話を聞いた当日にここまでのことが分かったのは大きい。それにまだ初春さんにも言ってないことだが、路地で拾ったおかしな容器。アレも何かしらこの件に関わっていると見ていいだろう。幸い寮に戻れば木山先生がいることだし、初春さんに言う前に一度調べて貰った方が良さそうだ。
「まあなんにせよ白井さんも今は療養に努めた方がいいですよ。アレとどうせまたやる気なんでしょう?」
「当然ですの。わたくしは
うーん、本当に学園都市には俺が気に入ってしまう者が多い。まさか即答だとは。小さく笑う白井さんの顔を見ていると、俺も笑顔になってしまう。上条程のお人好しではなかろうと、初春さんも白井さんも光の中を歩く正義の者であることに間違いはない。単純な表現で惚れてしまったという奴だ。恋だの愛だのではないが、自分の惚れっぽさが少し情けない。だが、好きなものは好きなのだからどうしようもない。
「なら白井さんが抜けた穴は俺が埋めときますから早く戻って来てくださいよ。じゃないと俺が終わらせちゃいますからね」
「その前に貴方は自分が捕まらないように気を付けてくださいまし、次もし騒音被害で通報が入ったら容赦しませんの」
「……はい」
そんな会話を最後に白井さんは救急車に揺られて病院へと運ばれて行った。残ったのは多くの
初春さんに何か言おうと思ったが、それはポケットの中の携帯が短く三回、長く一回震えたためその時間は失われた。初春さんには俺の正体はバレているので遠慮せずに電話に出る。
「はいボス」
「仕事よ、学園都市の製薬会社から。ここ数日夜になるとそこの研究施設が襲われているらしいわ。そこの研究施設の防衛が仕事」
「今ですか?」
「明日。今夜はもう襲われたそうだから、今日中に資料を送るわ」
「そりゃまた、学園都市は暇しませんね」
電話を切って煙草に手を伸ばそうとして止めた。警備員で溢れているここでは絶対職務質問される。俺の表情がボスと話して変わったのを初春さんは察したのか、初春さんはなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。こういう顔を向けられると自分の立ち位置というものがいやでも分かってしまう。しかし、それで俺がそこから退くことはない。
「では初春さん、俺も仕事が入ったんで行きますよ。通り魔の件はこちらでも調べてはおきますから、また後日お会いしましょう」
「はい、あの、私も風紀委員ですから頑張ってとは言えないですけど、怪我しないでくださいよ。白井さんと違って法水さんが入院してもお見舞いには行きませんからね!」
適当に初春さんに返事を返して路地から離れる。初春さんや白井さんみたいな人と話していると常々思う。俺と彼女達の価値観はズレている。俺の生き方は間違っているというような表情。上条にはまだ俺の詳しい話しはしていないが、きっと同じ、あの哀れな者を見るような目で見てくるかもしれない。だがそれでも俺がこの生き方を変える事はない。流されて、境遇で俺はこの道に入ったのではなく、自分で選んでここにいる。
でも、それでも少し寂しくはなるのだ。