時の鐘   作:生崎

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狙撃都市 篇
狙撃都市 ①


 暗闇で淡く紅光が輝く。

 鈍く薄れた光の根元から紫煙が広がり、強い振動で大きく揺れた。パラパラと落ちる砂埃がアッシュブロンドの髪を染め、オーバード=シェリーは気怠げに頭と軍服の肩に積もった砂埃を叩き落とし、歯を食い縛りそうになる口元へとまた煙草を寄せて咥える。

 

「──何人残ってる?」

 

時の鐘(ツィットグロッゲ)』の本部である時計塔の中に響く低い女性の声。時の鐘一番隊二十八人が揃った時は宴会でもしているのかと思う程に喧しいのだが、廃墟のように今は静まり返っている。ただ岩の外壁にシェリーの声が吸い込まれ、薄っすら残響が残る頃、三つの影が揺れ動く。立ち上がろうとする影は、再び襲って来た衝撃に足を取られて内二つが床に転がった。倒れる椅子と紐が折れて落ちる照明。砕けた硝子の音が響き、すぐにそれも掻き消された。

 

 その二つの影を見て立っていた影はお腹を押さえて大きく笑い、その笑い声から隠れるように、影のうちの一つは頭に被っていたテンガロンハットを強く押さえて忌々しげに呻く。

 

「……ったく、もっと老体を労ろうという気はないってのか? こうもばかすか撃たれては堪らんッ。奴らこの短時間で弾薬撃ち尽くす気なんじゃないか? ロイも見てないで手を貸そうくらい言って欲しいものだがな」

「手の骨砕けてもいいなら引っ張ってやるけどさあ? そんな気遣い欲しいのカウボーイ。こんな状況なんだから自分の事は自分でってね」

「こんな状況だからこそ、もう少し『協力』という言葉を思い出してくれロイ」

 

 伊達眼鏡に付いた埃を拭いながらクリス=ボスマンはため息を吐き、窓の脇に身を寄せてゆっくり外を伺う。それと同時に窓に当たり跳ねる銃弾。窓を小突く魔の手のノック音にクリスは大きく肩を竦めて、伊達眼鏡を掛け直すと外を伺うのを諦め椅子に腰を落とす。

 

 かつてローマ教皇の防衛の為に鍛えられた防護魔術。御使堕し(エンゼルフォール)の際ですらその効力を防いでみせた最高峰の防護魔術は健在であるが、その代わりに中の者は缶詰状態だ。絶えず降り注ぐ砲撃の雨。睨みを利かせて張り付いている狙撃手。それも練度から見るにただの狙撃手ではない。

 

「一番隊、二番隊、三番隊合わせて半数が裏切るとは予想外でしたね。これも忙しさにかまけていた罰ですか。一番隊のほとんどが世界に散っていた訳ですし、その隙を狙われましたね隊長。一番隊は……」

「私が仕事で学園都市に行ってた際に手を回したんでしょ。用意周到というより抜け目がないわね。ストーカーよまるで。……私の所為ね」

「馬鹿を言うなシェリー、私達は傭兵だぞ? 仕事で呼ばれたのを咎める奴が居たとして、なら傭兵など辞めればいいと言うだけだ。それに皮肉が効いてるじゃないか。こうして総隊長と部隊長が全員残ってるなんて言うのはな」

 

 そうガラ=スピトルは大きく笑うと、「いい物が残っていた」と根元に死体の転がっている壊れた戸棚の奥から日本酒を取り出し口に運ぶ。「よこせ!」と詰め寄ってくるロイ=G=マクリシアンへと、犬にフリスビーを投げるようにガラはほっぽり渡し、それを眺めてクリスは咎めるのも面倒だと椅子に深く座り直した。

 

 部屋に転がる幾つかの死体。

 

 時の鐘の軍服に身を包んでいる一番隊のかつての仲間達へと別れを告げる者はいない。裏切りには銃弾で応えた。それだけの話。スイスの宣戦布告がテレビから流れたと同時に鐘の音が鳴り響いた。狙われたのがシェリーだった為に一発目で死人は出なかったものの、一瞬遅れて銃を突きつけ合う地獄絵図の完成だ。

 

 ここに孫市が居なくて良かったとクリスは安堵の息を吐きながらも、予断を許さぬ状況に気も抜けない。今時の鐘本部に残っているのは総隊長と部隊長の四人だけ。それも絶えず牽制され抜け出せないときた。何より誰が味方で敵なのかも分からない。

 

 時の鐘だけでなく、多くの傭兵部隊が仲間割れし、宣戦布告に賛同した傭兵部隊とスイスの正規軍が至る所でやり合っている現状、スイスが周りの国に流れて行くのを止める為には、反乱軍が勝利するしかないのだが、それは不可能に近かった。

 

「……反乱軍のほとんどが仲間割れの真っ最中でしょうし、数の上では相手が有利。更に悪い事に、反乱軍の誰もが疑心暗鬼ですか。よくて共倒れでしょうかね。悪ければ数日後には数で潰され一貫の終わりと」

「しかもスイスの要塞魔術で空路も陸路も寸断だろ? 援軍も期待できないだろうさあ。下手にスイス上空を飛べば撃ち落とされて終わりだぜ。他の国はどう出るよ?」

 

 アルプスの山鳴りを用いての超遠距離狙撃術式。山々に囲まれたスイスはそれだけで自然の要塞であるが、それを堅牢にするかのような自然の力を攻撃に用いられては、止めるのは難しい。アルプスを消滅させるなど、核兵器を一つ落としても無理だ。太古の信仰の一つ山岳信仰が牙を剥く。いつもスイスを見守ってくれている山々が敵になるなど、もう笑うしかない。

 

 ただ救いがあるとすれば、それは外に向けられるものであるため、スイスの内にいる間はその砲撃を警戒しなくていい。住む者には恵みを、越えようとやって来る敵対者には恐怖を。分かりやすい自然の脅威だ。

 

 そんなただでさえ堅牢な、攻め込まれた際には焦土作戦も辞さない過激な防衛手段を基本概念として置いている国に対して容易に踏み込んでくる国があるのかとクリスは思案し、ないなと首を振る。

 

「スイスを手に入れたところで有益なのは観光資源くらいのものだよ。わざわざ戦時中に旨味もない国に攻めて来るなんて、いるとしたらただ戦争がしたいだけの者達だろうね。それに勝手に疲弊してくれている訳だから。少なくともこの内乱が終わるまでは攻めて来ないさ」

「一番はこっちで終わらせて阿呆どもはもう粛正した、が最善だろうがな。このまま周辺国に雪崩れ込んだら永世中立国の名が泣くぞ。ただでさえ国連からはいい顔されないだろうに」

 

 吐き捨てるガラにクリスは大きく肩を落とし、ロイの手から日本酒の酒瓶を奪い取ると勢いよく口へと傾ける。飲んでいなければやってられない。

 

 スイスには多くの国連機関の施設があり、世界でも有数の銀行であるスイス銀行もあると言うのにこれでは信頼も評判もガタ落ちだ。その被害を最小限にする為にもスイスの中だけで終わらせなければならないのに、全く希望が見えない。

 

 新たな砲撃が時の鐘本部に突き刺さり、壁が崩れないまでも大きな揺れが本部を襲う。振動によってクリスの手から滑り落ちた酒瓶の姿にロイは声を上げそうになるが、伸ばされたシェリーの手に救出され中身はシェリーの胃袋へと消えた。

 

「せめてグダグダ引き伸ばして今は機会を伺うしかないでしょうね。待つのも狩りよ。せめて獲物が疲れるのを待つとしましょ」

「疲れればいいですがね」

 

 現実的なクリスの声にシェリーは空になった酒瓶を投げ捨てる。

 

 いざという時の為にスイスは武器庫が地区単位で置かれている武装国家。スイスの歴史は傭兵の歴史。住んでいる全員が傭兵であると言われた時さえあった程。弾薬が尽きればいいなぁなんていうのは、スイスに限って言えば夢物語だ。時の鐘がスイスどころか世界で最高峰の傭兵部隊であるなんて周知の事実。スイスの中ではそれを知らない者は一般人でさえいない程。

 

 しかもオーバード=シェリー含めた部隊長が相手となればやり過ぎるのも仕方ない。割れた酒瓶の破片を見つめてシェリーは電波障害で繋がらなくなった携帯を見つめ煙草も床に投げ捨てる。

 

「で? ここに居る以外で裏切ってないと言えるのは誰かしら? 理由もない信頼はここに限って言えば必要ではないわ。ロイジー、貴女なら分かるんじゃない?」

「いやぁ、こう言っちゃあれだけどさあ、見ようと思えば全員怪しく見えるってもんだよな。なんたって傭兵、金の為にここに居る奴ってそんなにいねえだろ。金にもならねえこんな事でなきゃ寝返らねえよ」

「それは逆に金の為に動いているのは裏切っていないと言うことかな?」

 

 クリスの一言で全員が同時にギザギザした歯の人相の悪い男の姿を思い浮かべる。「孫市は遅れて来るってよ? 昔オレの弟がよぉ──」と平然と嘘を付いて召集の最後に顔を表した元国際刑事警察機構(インターポール)の男。騒動の際に真っ先に姿を消した所為で何処に居るか分かった者ではないが、「確かにあいつなら裏切らない」とガラが断じ、嫌そうに三つの顔が頷く。

 

「それよりシェリー、ゴッソの奴は置いといて、こう言って欲しいんだろう? 大丈夫だ、孫市は裏切ってないさ」

「何故そう言い切るのかしら?」

 

 真面目な顔でそう問うシェリーの顔を見て、三人は同時に噴き出した。

 

 法水孫市(のりみずまごいち)

 

 オーバード=シェリーに連れられやって来た餓死寸前の幼子がどんな男なのかはガラもよく知っている。あれこそ時の鐘である。孫市が時の鐘から外れるわけがない。そんな事ロイだってクリスだって分かっている。一番分かっているはずのシェリーの間抜けな問いに、『理由などない』と三つの声が重なり答え、シェリーは不機嫌に鼻を鳴らした。

 

「……孫市は、まあ裏切らないでしょうね」

「まあ? まあってなにさあ? ほらバトゥ、孫市(ごいちー)が居なくて寂しいって言いなって、ロイ姐さんが慰めてやるからよお。バトゥは孫市(ごいちー)大好きだもんなー、たまたま拾ったのがあんな男とかくじ運良過ぎだって! ペットだと思って拾った犬が狼だったなんてさあ! ほらほら!」

 

 ゴンッ!!!! 

 

「バトゥに殴られたぁッ⁉︎ クリス慰めてくれぇ!」

「馬鹿ッ、抱き着くんじゃ──痛たたたたたッ⁉︎」

 

 メキメキと響く骨の音が痛々しい。そんな事で仲間一人潰そうとするなと再びシェリーはロイに拳骨を落とし、地獄万力から解放された干物のようなクリスが椅子に崩れ落ちる。口笛を吹きながらテンガロンハットに手を置いたガラは、小さく息を吐きながら、未だ携帯を握るシェリーを見つめた。

 

「シェリー……そう心配するな。孫市なら絶対来る」

 

 シェリーが孫市にメールで来るなと送ったのを知らずとも、ガラはそう断言する。送ったシェリー自身分かっている。なにを言おうと、孫市は必ずスイスに帰る。スイスこそが、時の鐘こそが孫市の帰る場所だから。

 

「……学園都市から?」

「──さてな」

 

 テンガロンハットを被り直し、壁に立て掛けられていたゲルニカM-003狙撃銃を手に取りシェリーへとガラは投げ渡す。それを見たロイも拳を握り、床に落ちていた狙撃銃を杖代わりにクリスも起きた。それを眺めてカウボーイはゲルニカM-002へと手を伸ばし笑う。

 

「行くか」

 

 スイスの夜明けはまだ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

「あの……白井さん、大丈夫ですの?」

「ええ、全く問題ありませんの」

 

 常盤台中学。

 学園都市でも五本指に入る名門校であり、強能力者(レベル3)以上しか入学を許されず、多くの財閥や令嬢が在籍する世界有数のお嬢様学校である。義務教育終了までに世界に通じる人材を育成することを基本方針に掲げ、あらゆる分野においてトップクラスの英才教育を行なっている代わりに、授業の度に専門の教室へと移動しなければならず、今もまたその途中。

 

 体育。健全な精神は健全な肉体に宿ると言う通り、いくらお嬢様学校の箱入り娘達にも運動の義務が課せられているため、寒空の下で運動する準備として、更衣室に向かって大移動の最中だ。

 

 選択授業では学年の壁が取り払われる常盤台であるが、学年だけでの授業がない訳ではない。クラスメイトと言うのはある種特別なものではあり、一生の友人を得るかもしれない大事な枠組みだ。常盤台も名門校とはいえ中学校である事には変わりなく、その部分を疎かにすることもありえない。

 

 そうしてクラスメイトがぞろぞろと歩いていた中で最後尾に一人。ヨタヨタと歩く白井黒子の萎れたツインテールの姿を見て、動かす足を緩め並んだ泡浮万琳(あわつきまあや)湾内絹保(わんないきぬほ)の問いに、澄ました顔で黒子は答えた。

 

「別にメールを送っても返って来ないは、電話をしても出やしやがらないからと言って気になんかしませんのよ。どこで何をしてるのか知りませんけれど忙しいのでしょ」

 

 鼻を鳴らす黒子に泡浮も湾内も渇いた笑いしか返せない。

 

 スイスで激しい内乱が勃発したというニュースは、国連の施設が数多にあった事からすぐに世界中に駆け巡り、学園都市でもすぐに知れた。お陰で世界経済にはちゃめちゃが押し寄せ、誰もが踏もうとしていた一歩が鈍ってしまい、英国でのクーデター未遂が有耶無耶になってしまう程だ。連日少なくともスイスのニュースがテレビで報道されるのだが、どういうわけか内部の様子はまるで分からないらしい。報道規制が入っているということではなく、誰もスイスに踏み込めないからだ。スイス内の報道機関も電波障害の為に連絡も映像のやり取りもできない為お手上げであるそうな。

 

 そんなスイスの窮地。

 

 白井黒子が不機嫌そうな訳は一つしかない。

 

 泡浮も湾内も何度か顔を合わせているスイス傭兵。射撃が得意なスイスからの留学生という触れ込みだったが、世界を股にかける傭兵であると知ったのも、もう一月は前の話。スイスが危機に陥れば傭兵は故郷に飛んで行く。ここ最近、暇な時さえあれば憂いた顔でため息を吐きつつ携帯電話を見つめている黒子は当然目に付き、その慕情に暮れた様子に、クラス内では「あの白井黒子さんが遂に御坂様を射止めたのでは」と噂になったりしたが、射止めたのは別の奴だ。

 

 それを知るのは常盤台では御坂美琴と食蜂操祈だけであり、驚くべき事にその話は広まっていない。御坂はまだ分かりはするが、食蜂操祈はなんなのか。気まぐれなのか貸しのつもりなのか黒子には判断できないが、広まっていない事にはただ感謝だ。お嬢様学校とは言え中学校、愛や恋など大好物の女子中学生に食い付かれては堪ったものではない。『箱入り娘』として、ただでさえ殿方との逢瀬に常盤台生は敏感だ。

 

 そうではなくとも、白井黒子がどこぞのスイス傭兵と親しいというのは、常盤台の数人にとっては知るところ。顔見知りとして泡浮も湾内も多少なりとも心配はしている。居ても問題ごとの中に潜み、居なくても問題ごとの中にいるらしい傭兵の事をどう言っていいやら、黒子はただため息を吐く。

 

「もしあれでしたら、法水様に直接お会いになっては? 法水様の学校を訪ねるのはいかがでしょうか。直接会いに行けば逃げられる事もないと思いますわ」

「そうですわね。常盤台生一人では目立ってしまうと思いますし、わたくし達もご一緒致しますよ?」

「いや、それはちょっと……」

 

 好意が痛いと黒子は顔を苦くする。

 会いに行くも何も学校を訪ねたところで孫市は学校にはいない。どころか、寮の部屋を訪ねたとしても、学園都市のどこを探しても居ない。孫市は仕事で英国に行ったきりである。学園都市よりスイスに尚近い。空間移動(テレポート)を使ったとしても絶対に届かない距離。だからこそ、黒子もなんとか連絡を取ろうと苦心しているのだが、それを言う訳にもいかず、なんとか行かなくてもいい訳を考えるが、その間にも勝手に話は進んで行く。

 

「法水様にはお食事にお呼びして頂いたお礼もまだでしたし、婚后さんも助けて頂いたお礼がまだだと仰っていましたから、誘ってはいかがでしょうか」

「少し過激でしたけれどね」

 

 そう言って思い出したように泡浮は苦笑するが、少しなどと可愛いものではない。孫市達スイス傭兵は、本気なら殺ると言わずとも殺るプロの傭兵だ。大覇星祭の時は、御坂が動いてくれたから大事にはならなかっただけで、御坂がいなければどんなスプラッタ劇場が開幕していたか分かったものではない。それを誰より知る黒子だからこそ、このスイスの窮地に孫市がどう動くのか分かっている。

 

 紛争。多くの血が流れ多くの者が倒れる中に躊躇せず孫市は飛び込むだろう。それが分かるから黒子は心配なのであるが、実際連絡が取れたところで止められないだろう事も分かっている。それでも、少なくとも声が聞ければまだ生きていると知る事ができる。歯痒い想いを噛み締めて、まだ放課後になるまで時間はあるし、言い訳は授業中にでも考えようと黒子は少し足を速めた。

 

「少し急ぎましょう。わたくしとしたことが、授業に遅れてしまいますの」

「あっ、そうですわね」

 

 

──ピシリッ‼︎

 

 

 黒子の背から聞こえて来た湾内の声を掻き消して、軽い音が廊下の中を満たす。続けて突如響く警報のベルの音。そんな音を呆けた顔で聞き流し、黒子が目を向けた隣り合う窓。蜘蛛の巣が張ったようにヒビの入った窓ガラスを見て、思考が一時停止する。

 

 常盤台は有名なお嬢様学校だ。多くの財閥や令嬢が在籍する常盤台だからこそ防犯機能も高い。財閥間の争いなどで殺し屋が来る可能性もあるとして窓に使われている硝子も防弾性だ。

 

 その硝子にヒビが入っている。前兆もなく急にヒビが入ったのは何故か。

 

 蜘蛛の巣のように貼られたヒビの集中する始点へと目を向ければ、硝子に食い込んでいる金属の指先。それは黒子にも見覚えのあるもの。それもこの半年で異様によく見るようになったもの。

 

 銃弾。

 

 狙撃されたと言う事実に黒子の思考が追い付き目を見開いたと同時。二発目の弾丸が一発目の弾丸の背を押して、透明な壁を貫き黒子に鉄の爪が飛来した。

 

 ──チュンッ! 

 

 朱線が空間を走り穴が空く。

 

 黒い穴は白い煙を薄く上げ、黒子の背後に点を落とした。立ち止まったおかげで狙いが僅かにズレたのか、それとも硝子のお陰か肩を裂いた熱に黒子は手を這わせ、「湾内さん! 泡浮さん!」と名を叫び慌ててクラスメイト二人の手を掴む。

 

 途端視界は切り替わり、無人の教室に三人は足を落とした。空間移動(テレポート)。乱れた思考では遠くまで飛べず、廊下から隣の教室へと移動しただけだが、少なくともこれで一定の安全は確保できた。廊下と隔てられた壁を見つめて呼吸を正そうと黒子が一度深呼吸をした中で、ピシリと聞きたくない音が混じる。

 

 音を追い振り向いた先、窓に大きなヒビが走っている。見るのは二度目、それが何かは考えるまでもない。

 

(挟まれたッ⁉︎)

 

 廊下と教室。二方向からの狙撃。相手は少なくとも二人以上。逃げ場を塗り潰すような殺意の高さに、驚きながら目を見開いた黒子の先で硝子が弾け、飛び掛かって来た二つの影に黒子は押し倒された。黒子の頭があった場所を通過して壁に突き刺さった銃弾に目を流し、黒子は顔を青くして自分に折り重なっている二人の顔を見る。

 

「……湾内さん、泡浮さん」

「大丈夫ですか⁉︎ あぁ⁉︎ 白井さんのお体に傷が⁉︎」

「一体なんなんですか⁉︎ 白井さんしっかり!」

 

 叫び身を起こそうとする泡浮と湾内の手を掴み、黒子は慌てて引き寄せる。と、同時に泡浮の長い黒髪が数本宙に舞った。奥の壁にまた一つ穴が空く。

 

 現実に頭が追い付かず、額に汗を浮かべて荒い呼吸を繰り返す二人の気配を両脇に感じながら、黒子もまた痺れる指先を握り込む。これまで何度も狙撃は見た。それも世界最高峰の狙撃を傍で。そんな中で狙撃に晒される恐怖を味わうのは初めての事。湾内と泡浮は尚更だろう。

 

 僅かでも隙を見せた瞬間死ぬかも知れない。常盤台中学の堅牢な壁をぶち抜いて弾丸が飛び込んでくるかも知れない。姿なき死の気配に身を削られる中で、湾内の声が静かに響く。

 

「……何がなんだか分かりませんけれど、これは……襲撃……なのでしょうか? 常盤台に?」

「……一体なぜ? 銃撃だなんてそんな……、なぜいきなり」

「……心当たりがないわけでもないですけれど」

 

 黒子の呟きに不安そうな顔が二つ向く。大きくヒビ割れ砕けた窓。今も止まぬ響き続ける警報。泡浮も湾内も正直訳が分からない。急に現れた非日常にどうしたらいいのか。硝子の破片が転がった荒れた教室で三人仰向けに転がっている現状をどう飲み込めばいいのか分からない。

 

 孫市の知り合い。狙撃関係で可能性のある黒子の心当たり。付き合ってはいないまでも黒子と孫市が相思相愛なのは知る人ぞ知るところ。孫市はそれなりに世界中の者達から恨まれている。

 

 そんな孫市を狙って苦しめるために黒子を狙ったのか。

 

 それとも風紀委員(ジャッジメント)として働いている黒子を恨んでどこぞのスキルアウトでも動いたか。

 

 はたまた、企業ホワイトスプリングホールディングスの令嬢でもある黒子を狙ってどこぞの企業の刺客だったりするのか。

 

(あら、思ったより心当たりがあって困りましたわね)

 

 世間は戦争中なのに忙しいと小さく自嘲の笑みを浮かべ、黒子はすぐに笑みを消す。

 

 問題は狙いだ。黒子を狙っての動きなのか、それとも湾内か泡浮を狙ったものか、常盤台生なら誰でもいいのか。

 

 黒子達が動かず、新たな銃弾の足音もしない事から、少なくとも狙いは黒子か湾内か泡浮のいずれ。その三人の中では、一番黒子に可能性がある。最初の狙撃も黒子を狙ったものであるようだったし、二度目の狙撃もまた同じ。なんにせよ、不届き者達をどうにかするしかないと右腕に巻かれた緑色の腕章を引っ張り、身を起こそうとしたところで両側から服を引っ張られた。伸ばされる泡浮と湾内の手を見つめ、黒子は小さく笑う。

 

「大丈夫ですの。わたくしは風紀委員(ジャッジメント)ですから慣れてますのよ。どうやら相手の狙いはわたくしのご様子。少し追い駆けっこするだけですから」

 

 わたくしがやられるとでも? と不敵な笑みを薄っすら浮かべた黒子だったが、それでも泡浮と湾内は手を離さない。不安な色は残っているものの、その口は力強く引き結ばれており、目からは光が消えていない。二人を安心させる言葉を探して黒子が口を開いたところで湾内の言葉がそれを塞ぐ。

 

「白井さん。風紀委員(ジャッジメント)だからと身を呈してくださるのは嬉しいですけれど、友人が危険かもしれないのに見過ごせる程わたくしは薄情者にはなれません」

「それに……あんなのはもうごめんですもの」

 

 大覇星祭、御坂美琴の妹を探し一人街を走った婚后光子(こんごうみつこ)は、一人で悪と戦い怪我を負った。それにキレた孫市を前に二人は何もできなかった。殺されるにしろ殺すにしろ、命というものが懸かった瞬間を初めて垣間見て、それも友人が渦中におり何もできなかった悔しさは容易く忘れられるものではない。

 

 他でもない友人が、知り合いが、大事なものを懸けている。

 

 箱入り娘だから、女子中学生だから、そんなことは関係なく、友人として許せない。強能力者(レベル3)以上でなければ入れない、ホワイトハウスを攻略出来ると言われながら、そんな力を正しい事にも使えないなど何のための力か分からない。

 

「それとも、風紀委員(ジャッジメント)の友人が危険にあっても、風紀委員(ジャッジメント)でない者は力も貸してはいけないのですか?」

「白井さん、わたくし達もいざという時懸けられるものを持っていますわ。命なんて、そこまで大事なものではないですけれどね」

 

『友情』

 

 懸けるものはそれ。別に戦いたい訳ではない。痛い想いだってできればしたくない。それでも、ただ平和な日常を生きる者として、最も大事な輝きは友人との絆。危険だろうとなんだろうと、そのためなら輝ける。

 

 僅かに震える二人の手。それでも放さず強い輝きを瞳に秘める。

 

 それを汲み取り、黒子は一度目を閉じ肩の力を抜いた。大事な失くしたくないものがここにも二つ。黒子の日常を彩ってくれる大事な存在。それを守るために拳を握り目を開いて二人の顔を見つめた。

 

 失くしたくないから空間移動(テレポート)ですぐに身を移すのは簡単だ。だが、ここで二人を振り切るのは、二人の心を守る事にはならない。大事だから、ただその手を振り切り置いていくというのは、ある種二人を信じていないのも同じ。

 

 風紀委員(ジャッジメント)だから、それも大事だ。だが、黒子にはそれだけという訳でもない。孫市に『時の鐘(ツィットグロッゲ)』以外での仲間がいるように、黒子にも『風紀委員(ジャッジメント)』以外での仲間がいる。強い少女二人に強い笑みを返し、黒子はゆっくり頷いた。

 

「……悪いですわね。力をお貸しいただいても?」

「もちろんですわ!」

「お任せください!」

 

 元気に笑う二人の声に黒子も笑みを返す中、穴の空いた教室を、手元の狭い世界から覗く者が一人。遠くビルの上で狙撃銃を構えながら、インカムから聞こえてくる言葉に舌を打つ。

 

「外した」

「もぅ、やあね。相手が空間移動能力者なんて事は分かってたから油断させる為に追い立てたのに、外してたら世話ないわ。折角華を持たせてあげようとしてるんだから。超電磁砲(レールガン)も今は授業で離れているとは言え、あんまり時間ないのよ? それより貴女、普通に殺そうとしなかった?」

「警察は嫌い」

「やだわぁ、超電磁砲(レールガン)と孫市にとっての大事な人質なんだから殺しちゃ駄目よ。察したのか逃げたのか、孫市の姿も学校にないんだから気を抜いちゃ駄目」

「うっさいオカマ」

「だから私達はオカマじゃないって言ってんだろうがァァァァッ!」

 

 アランの叫びに顔を歪めてハム=レントネンは耳からインカムを取り外す。ため息を吐いて狙撃銃を握り直した。孫市の愛する者、だからなんだと鼓動の音を乱しもせず、息を吸って息を吐く。やるべき事は変わらない。欲しいものを掴むため、時の鐘の矜持すら投げ捨てて、ハムは再び静かにスコープを覗く。

 

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