時の鐘   作:生崎

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狙撃都市 ③

 ハラハラと舞い落ちる深緑の布。

 

 数多くの銃痕を体に開け、多くの切り傷を晒して転がるゴッソ=パールマンの肌に薄っすらと新たな朱線が走った。

 

 痛々しい傷跡に浜面仕上(はまづらしあげ)が息を飲むのを合図とするように、ごろりとゴッソは仰向けに転がる。忌々しそうな呻き声を上げて。

 

「オメェラペル、もっと優しく剥ぐなら剥げ! オレは孫市と違って痛覚が生き生きとしてんだよ! どんな神経してやがる!」

「私を延々と人通()多い街中を(あふ)かせた罰だわ。医者を呼んで来()からその間に話を終わ()せておいてくださいね」

「呼ばんでいい、縫うだけでなぁ。そんな時間ありゃしねえ。オメェらもボケェっと突っ立てねえで座れ。折角やって来たってのに忙しねえな」

「いや意味分からないんだけど、急に時の鐘が何の用? ってか誰」

 

 背後の者達を守るように一歩前に出た麦野沈利(むぎのしずり)を怠そうに見上げて、ゴッソは身を起こした。常備しているらしい裁縫セットをラペル=ボロウスはナイフを仕舞い取り出すと、慣れた手つきでゴッソの傷跡を縫い始める。「痛てえ!」と喚き声を一つ上げ、ゴッソは面倒くさそうに頭を強く掻いた。縫われる痛みもついでに誤魔化すように。

 

「どっから話せばいいやらなぁ、結論から言うと、時の鐘が絶賛裏切り中で学園都市の超能力者(レベル5)狙って攻めて来てるってな具合なわけだが──」

「ハァッ⁉︎」

 

 落とされる浜面の驚愕の声に、傷が痛むから叫ぶなと釘を刺してゴッソは肩を落とす。浜面だけでなく他の四人の『アイテム』も浮かべる驚きの色。一度ならず相対した事のある『アイテム』からしても厄介な事実である。

 

 元迎電部隊(スパークシグナル)の残党処理よりもよっぽど面倒そうな相手の情報に麦野は眉間にしわを寄せ、小さく絹旗最愛(きぬはたさいあい)の名を呼べば、分かっているというように絹旗は窓を閉めカーテンを閉じる。狙撃への警戒。未だ全てを理解してはいないだろうに、その対応の速さにゴッソは一人笑みを深め病室の扉を閉めた。そんな必要ない退院祝いを持って来た来訪者の顔を睨み付け、麦野は手近のベッドに腰を下ろす。

 

「なんでそんな怠い事になってるの? 裏切りって、あの隊長は何をやってたの? スイスの内乱と関係ありそうだけどね。……で、あなたは返り討ちにあった訳」

「流石超能力者(レベル5)、話が速くて助かるぜ。ただ返り討ちにあった訳じゃねえがな」

 

 そう言ってチラリとゴッソはラペルへと目を向け、鼻で笑い飛ばされ視線を戻す。

 

「なにそれ、そう言えばあなただけそんなずた袋みたいなのに、そっちの奴は……あんまり変わらないけど」

「どっかの拷問官にぶずぶずナイフ刺されたからな、マジやってられねえ」

「急所は全て外してたんですか()文句は言わないで欲しいわね。それに、裏切()者を寝返()せた貴方に言わ()たくないけど」

「え?」

 

 ポカンと口を開ける浜面にラペルは小さく顔を向けて笑みを送った。再びぬらりと懐からラペルはナイフを取り出すと、縫い終わった糸を断ち切り新たな傷跡へと針を刺す。裏切りと寝返り。裏切っただけでも訳が分からないのに、更に訳が分からない。「結局敵な訳? それとも味方?」とポケットへと手を伸ばすフレンダ=セイヴェルンへ顔を向け、ゴッソは「味方だぜ」と断言した。

 

「孫市からオレはいくらか話を聞いてる。英国向かう前にな。オメぇらと孫市はなんか仕事の契約してたんだろ? だから来てやったんだ。今はそれがお互い必要なはずだぜ」

「それは……赤十字条約ですか」

「おうおう戦争時の捕虜に対する扱いに関して一八六四年にジュネーブで締結された条約……じゃねえ方のな」

 

『アイテム』、『スクール』、『グループ』と呼ばれる暗部が暗部を抜け出すために動いた際、秘密裏に守る手段として、アレイスター=クロウリーの私兵部隊の側面も持つ『シグナル』に所属する時の鐘が護衛として動く契約。『シグナル』が動けばアレイスター=クロウリーの指示に見えなくもないという見え方を逆手に取っての契約である。それを孫市以外が知っている事に『アイテム』も驚くが、それだけ孫市は『時の鐘(ツィットグロッゲ)』を信頼して持ち得る情報を伝えていたという事だ。

 

「なんで今それが必要なのよ、結局話が見えて来ないんだけど」

「何度か時の鐘に仕事を持って来てた土御門と連絡を取ってな。学園都市に入り込むためだったんだが、ついでに話をいただいた。『ドラゴン』だか言う手掛かりが暗部を抜け出す手札になり得るってなあ。んで、依頼されたついでに考えた訳だ。なら『アイテム』も『スクール』も合わせて丸っとその手札いただいちまおうってな」

「それでついでに超能力者(レベル5)狙ってる時の鐘も殺っちゃおうってことね」

 

 そう言うこった! と麦野の言葉にゴッソは指を弾き、傷跡から伸ばされた糸を引っ張られ顔を歪める。

 

「だいたい分からないんですけど、なんで時の鐘は超能力者(レベル5)を狙うなんて超無謀な目的でやって来てるんです?」

「……それが条件だか()よ」

 

 絹旗の問いにラペルは軽く目を伏せて強く糸を引っ張った。「痛ってぇッ⁉︎」と叫ぶゴッソの声を聞き流しながら、チクチクと休まず手を動かし続けるラペルに視線が集中し、見られる事を忌避するように拷問官は身動いだ。口を引き結びそれ以上口を開かない同僚をゴッソは軽く見上げて代わりに口を動かし出す。

 

「まあ全てはどこぞの馬鹿がスイスで宣戦布告したのが悪いんだがよ、当然なんの手もなしにそんな事はしねえ。時の鐘内にも手を回してて裏切らせやがったのさ。おかげでスイスは今も火の海だ。まあ火の海のうちの方がありがてえんだがな」

「スイスが大変だって言うのは私だってニュースで知ってるけどさ、そもそもなんで裏切りなんて……だって時の鐘でしょ?」

 

 仕事なら超能力者(レベル5)に突っ込むような無鉄砲でありながら、仲間は裏切らず一般人には手を出さない。その代わり裏の者には基本容赦がないが、一度手を組めば第二位に襲われてもフレンダを見捨てず、なんだかんだで報酬として鯖缶を買ったりと、守るべきラインはきっちり守っている。少しおっかなくはあるが、頼る相手としては悪くはないと腕を組むフレンダへとゴッソは顔を向け、大きなため息を吐いた。

 

「時の鐘に一番隊で金の為に居る奴なんてそう居ねえ。まあオレぐらいのもんだな。だいたい他の奴は別に欲しいものがあったり、そこでなきゃ駄目だとか思ってるから居やがんのさ。二番隊や三番隊にしたって各国から派遣された狙撃手が多いが、要は一番隊になれなかったコンプレックスがあんからな」

 

 狙撃手として期待されながら時の鐘に派遣されたのに上には上が居る。それも本物の化け物が。二番隊や三番隊と言ってもレベルは高いが、それでいいと諦めてしまった者の集団とも言える。同じ者が多く隣にいて二十八人で基本行動してもいるため、余計にそこに居ついてしまう者もいる。そんな中で這ってでも一番隊を目指した孫市を少しは見習えとゴッソも思わないでもないが、幼少期から時の鐘で過ごした孫市が異常なのであって、見習うべきものでもない。

 

「だからそこを擽られてコロッと転がった奴らがいんだよ。学園都市と敵対してるローマ正教は今やガタガタだ。このまま学園都市が勝てばどうなる? 超能力者(レベル5)一人も欠けずに残ってる学園都市が有利過ぎんだろ? だから今のうちに出来るだけ学園都市の戦力削いで後で楽しようって寸法な訳だ。なあラペル」

「……最低でも一人(ひとひ)以上超能力者(へベル5)を潰せとの約束でしたか()ね。もしくは学園都市統括理事長(ひじちょう)の首。後者はまず難しいか()、前者を狙うのが懸命でしょう? だか()よ」

 

 それと、いざまた裏切り返された時のための口減らしの意味もあんだろう、とゴッソは思うも、それは言わない。

 

「だ、だからって……でもアンタも今は味方でも一度裏切ったんだよな? どんな報酬ぶら下げられたら仲間を裏切ろうなんて気になんだよ!」

 

 顔を険しくさせた浜面の言葉に、ラペルは目を背けて右目を塞いでいる切り傷を撫ぜた。それを見て、「超デリカシーありません」と絹旗の拳骨が浜面を襲い、浜面はべちゃりと床に落ち痛む頭を摩りながら顔を上げる。

 

「そっか……ここの先生めっちゃ腕いいもんな。その傷跡も元に戻るから」

「そうなのですか? それはいい情報を聞いたわね」

「あれ? 違うの?」

 

 てっきり傷跡を治すことが報酬であり、『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』ならそれを治せるから、とわざわざ学園都市第七学区の病院までゴッソはラペルを連れて来たという浜面の予想は見事に空振りした。女性の傷跡を盾にするような事を吐いた浜面へと絹旗とフレンダの冷めた目が突き刺さり、行き場のなくなった浜面は隅で縮こまる。

 

「ふーん、ならなんで裏切りを裏切り返したわけ? 理由がはっきりしなきゃあなたを信用するのは無理ね」

「それは……秘密です」

「はあ?」

 

 大事な場面で寝返った理由を話さない訳が分からないと眉を吊り上げる麦野の影から、左手の薬指を摩ってゴッソを見下ろすラペルを見つめ、滝壺理后(たきつぼりこう)は静かに手を握った。

 

「大丈夫だよむぎの、きっとその人はもう裏切らない」

「ちょっと滝壺、なんでそんなこと分かるの?」

「女の勘、私は前途多難そうならぺるさんを応援してる」

 

 グッと手を握りエールを送る滝壺の姿にむず痒くラペルは小さく微笑み、ゴッソの次の傷へと強く針をぶっ刺した。「痛ってええなッ⁉︎」と叫ぶゴッソの鳴き声に鼻歌を返しながら、ラペルは手を動かし続ける。拷問官ならもっと上手く治療しろと思いながら胡座を組んだ膝の上に頬杖を付き、ゴッソは強く鼻を鳴らした。

 

「まあんな訳で、第四位のとこにはラペルが行ってると他の奴は思ってるしよお、寝返ってもねえと思ってるからしばらくは大丈夫だろうがよ。移動すんならさっさとしな。第七位以外超能力者(レベル5)がどんな能力持ってんのかとか、ある程度の所在はバレてんだ。二番隊や三番隊ならまだしも一番隊が出張れば容易にゃいかねえ」

「だからあなた達はここに来れた訳ですか。なんでそんな超情報漏れてるんです……」

「うちのが馬鹿正直で裏切るなんて思ってなかったからだ。おかげでこのザマよ」

 

 一日に一度は学園都市から時の鐘に送られて来ていた報告。ただ派遣員の学園生活を面白おかしく聞いていた訳では勿論ない。その情報は学園都市の中でも機密に関わるようなものも多くあり、それに嘘を吐かずに正直に誰かさんが報告したおかげで、学園都市に出向かずとも時の鐘は学園都市の事情にある程度詳しい。

 

「オレとラペル以外で学園都市に居る時の鐘は基本敵だと思ってな。先手必勝でぶっ殺した方が楽に済むぜ」

「お、おい! 殺しちまっていいのかよ! 裏切ったって言ったって」

「……昔オレが子供の頃よぉ、姉が買って来てたプリンを食っちまった事がある。その時も裏切り者だの言われたが、そんな子供っぽい裏切り者とは訳が違ぇ。傭兵にとっての裏切りはなぁ、ぶっ殺してくださいって合図なんだよ。優しく相手を説き伏せるとでも思ってんなら夢見過ぎた。必要でもなきゃんな事するかよ」

「ええそうでしょうね。私の拷問か()逃れ()ためにベ()()頑張ったものねゴッソ」

「痛ったッ⁉︎ 馬鹿野郎そこに傷はねえだろうが! どこ見てんだ!」

 

「さあ?」と傷のある右目を撫ぜ、ラペルは治療を終えて裁縫セットを懐に仕舞うと包帯でゴッソを巻いていく。ぐるぐるぐるぐる、ボロ雑巾を木乃伊にするような出来栄えに、小さくフレンダは笑ってしまい、ゴッソの舌打ちに射抜かれた。

 

「なんだっていいから移動だ移動! オメェらの能力なら聞いてる。こんだけ戦力揃ってんだし、オレ達は別働隊で動く。病院の救急車でも一台かっぱらえば全員乗れんだろ! クソが、急いで来たから得物の一つもありゃしねえ。おい『武器庫(トイボックス)』、銃の一つでも寄こせ」

「いや、私爆弾専門だから」

「はあ⁉︎ クッソ使えねえッ!」

「はぁぁぁぁああッ⁉︎」

 

「どこが『武器庫(トイボックス)』だ、『火薬庫(パウダーボックス)』じゃねえか孫市!」とフレンダを指差し大いに見下すゴッソを下から睨み付け、「アンタのための能力じゃないって訳よッ!」とフレンダは噛み付く。わちゃわちゃと揉み合い包帯の上から傷跡を突っつくフレンダを大人げなく足払いで床に叩き落とし、ゴッソは勝利のガッツポーズを送った。

 

「オレの勝ちい、時の鐘舐めんなクソ餓鬼! 年上を敬い礼を払うなら優しくしてやる。そうでないなら床を舐めろ」

「悪魔だ……時の鐘ってこんなのばっかなのか? だいたい移動するって学園都市来たばっかなんだろ? 場所分かるのかよ」

「そんなの一度地図見れば全部頭ん中入んだろうが。なんなら観光案内もしてやるぜ?」

 

 一度見ただけで学園都市の詳細な地図など、流石の麦野でも頭の中に入らないと誰もが目を丸くする中、それが当然とゴッソは肩を竦める。完全記憶能力。禁書目録と同じ別に魔術や超能力に属する訳でもない人の隠された力。惜しげもなく披露するゴッソから、『アイテム』はラペルに目を移し、ラペルは困ったように首を傾げた。

 

「私にはゴッソや総隊長のような(ちかは)はないわよ。そう怖が()なくても大丈夫だか()

「えぇぇ……でも法水も結局あんな見た目だけどヤバイし、そう言えばナイフ使いの達人が時の鐘に居るとか法水言ってたけど」

「誰のことでしょう? 私はナイフ一本で人間を三枚にお()()()いだけ()ど」

「それ絶対アンタじゃないの⁉︎ こっわッ! 時の鐘ってやっぱり頭おかしいって!」

「まあ世界から有数の超変人を集めた部隊だそうですし、寧ろそれぐらいが普通なのでは?」

「絹旗……あなたも大分毒されてるから」

 

 オーバード=シェリーに指で突っつかれただけで『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を貫かれたのが余程トラウマなのか、苦い顔で項垂れる絹旗に麦野は肩を落とす。奇人変人の宝庫である特殊山岳射撃部隊。その看板に偽りはない。ベッドから足を落とす滝壺を見送り、それじゃあ行くかとゴッソは閉められていた扉を開ける。

 

「どうもー、絹旗最愛ちゃんてここに居ますー? いやまあ居ると分かってるから来たんですけど。 いやいやこんなに大所帯だとは知りませんでしたけど、葬式だと思えば丁度いいんじゃないですかね? 無関係な元迎電部隊(スパークシグナル)どもや時の鐘(ツィットグロッゲ)とコンタクトを取って、囮の手駒として利用してやったのに全然出て来ないから我慢できなくなっちゃいました」

「ッ⁉︎ 避けろッ‼︎」

 

 ラペルを蹴り飛ばし、それを利用して背後に転がったゴッソの間を弾丸の壁が制圧する。

 

 白い肌に明るい長い金髪。一見モデルのような女性。病室の扉を開け放ち突っ立っていた女性が手に持つ得物を見、その正体を頭の中のカタログから引っ張り出しゴッソは一瞬で判断を下す。

 

 外見は全長一メートルを超えた軽機関銃だが、弾倉はショットガンのそれ。一度引かれた引き金に対して吐き出される二十発の散弾。それが単発ではなく軽機関銃のフルオートで打ち出される。力任せに飛んだ麦野がフレンダと絹旗を抱えて滝壺のベッドに飛び込んだのを追うように、大型トラックが突っ込んだかのように窓側の壁が木っ端微塵に吹っ飛んだ。

 

 カラカラと転がる瓦礫の音を踏み付けて、陽気な女性の声はまだ続く。

 

「私はステファニー=ゴージャスパレス。砂皿さんの仇討ちに来たんですけど、お友達の退院祝いにあの世行きのチケットをプレゼントしますよ?」

「あ゛ぁ?」

 

 数多の破壊音を塗り潰し、閃光の槍がステファニーの肌を撫ぜる。カスタムされた軽機関散弾銃を嘲笑うかのような破壊の光。立ち込める砂埃を焼き払い、綺麗に焼き絶たれ穴の空いた病院の壁からは、青空が見えていた。学園都市第四位『原子崩し(メルトダウナー)』。一度は仲間に向けた破壊の爪を、今度こそ正真正銘敵に向ける。側に立ってくれる者を守るために。それに合わせて契約の元二人の悪魔も立ち上がった。ただの拳とただのナイフ。誰にでも使える技術と言う暴力を握る傭兵が。

 

「仇討ちだぁ? 聞いたことある名前だなぁ、え? 随分なよっちい傭兵じゃねえか。イヤ傭兵崩れか? 金にもならねえ無駄なことさせやがって。殴ったなら殴られても文句言うなよオメェよぉ。名前が欲しいならくれてやる。スイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』一番隊所属ゴッソ=パールマン」

「同じく()()=ボ()ウスよお嬢さん。そ()にしても、ああどうしましょう、そんなに綺麗(きへい)なのに壊()てしまうのね。私を見なさい、それが貴女の未来(みはい)なのだか()

「私の自己紹介なんていらないよなぁステファニーちゃん? そんなに穴開けて欲しいならさ、特大の穴を開けてやるよぉッ! その方が色々便利でしょ? ぎゃははは!」

「……あっあー、結局お姫様に手を出す為には怪物退治が先な訳よ」

 

 ご愁傷様とフレンダは滝壺に抱き着きながら、招かれざる来訪者へと十字を切った。ベッドの隅で絹旗と浜面は小さく頷きそれに同意し、破壊の一幕が幕を開ける。もうフレンダ達の関心は、自分の命どうこうよりも来訪者がどれだけ頑張れるかだ。

 

 

 

 

 

 

「ちッ、なんで復帰一番の仕事がテメェとセットなんだよ。上層部の奴ら頭おかしいんじゃねえのか?」

「俺に言うんじゃァねェ。それだけ『ドラゴン』の情報は価値があるってだけだろォが。だからこそキナ臭ェがなァ」

 

 第三学区の個室サロン。

 

 民間人は既に居らず、人二人ではここまで崩れないだろうという一室の中に転がるバラバラ死体の頭を足で小突き、垣根帝督(かきねていとく)は学園都市第一位の背に向けて舌を打った。たかが二十人程の元迎電部隊(スパークシグナル)の残党を処理するのに、『グループ』と『スクール』の二段構え。二人の知らないところでちゃっかり『アイテム』にも同様の仕事が振られていたりする。土御門達が最初に接敵したが、取り逃がしてしまった為に更に数は減り十人そこら。それを、第一位と第二位の二人がかりで殲滅するという大変豪華な大盤振る舞いとなった。

 

『ドラゴン』の情報公開を要求した元迎電部隊(スパークシグナル)に対して必要以上の力をぶつけての粛清。これに違和感を覚えるなという方が不自然だ。交渉のためとはいえ、『フラフープ』を暴走させ学園都市を吹っ飛ばそうと画策した危険な連中ではあるが、それにしたって執拗に過ぎる。先程まで仕事を振ってきた学園都市統括理事会の一人、潮岸(しおきし)の側近である杉谷(すぎたに)までもが居たほどだ。下手に『ドラゴン』に関する情報を知られない為の後始末として来ていたらしいその用心深さが、強い違和感となって二人の後ろ髪を引く。

 

「……一度上層部に楯突いた俺をこれだけ早く再び使おうっつう根性は認めてやるがな、内容が内容だ。上層部がひた隠す情報に触れられるかもしれねえ位置に置くとか頭ハッピー過ぎんだろうが常識的に考えてよ。何よりアレの情報を寄越さなかった事が問題だろうが」

 

 吐き捨てる垣根の視線の先に転がる深緑の軍服。スイス特殊山岳射撃部隊の軍服を着た狙撃手の情報など、垣根も一方通行(アクセラレータ)も微塵も耳にしていない。異様に目に付くゲルニカM-003こそ持っていない事から、時の鐘でも最上に位置する一番隊ではないが、それでも腕のいい狙撃手がいるというのは面倒だ。

 

「狙いは超能力者(レベル5)の首だ? んな奴ら見逃すなんて殺されてくれって言ってるようなもんだろうが」

 

『ドラゴン』を追う元迎電部隊(スパークシグナル)にも消えて欲しいが、その情報を少しでも握った者が居たら邪魔である。何よりいつ裏切るかも分からない第二位なら尚更だ。敵を潰してもらいつつ、邪魔者も一緒に消えてくれたら万々歳。そんな上層部の思惑が見えるようだと、垣根は笑い吐き捨てた。便利な使い捨て紙コップのようだと。

 

「で? アイツも敵になってると思うか?」

「アァ? ……あの野郎がこンなせけェ真似するかよ。ンな真似するくらいなら単身突っ込ンで来ンだろあの悪党はなァ」

 

 一般人を無闇に巻き込むような事をするくらいなら、勝てない厳しい怠い、そんな仕事持って来るなと思っても、引き受けたなら一人銃弾のように突っ込んで来る男。一方通行(アクセラレータ)が目指すよりも早く目指す悪党の道に佇むスイス傭兵。悪は悪でも、悪なりのルールの下に生き、そこから外れない狙撃手がそんな事をするとは思えない。

 

「ちッ……」

 

 舌を打ち、それに『シグナル』であるという事も付け足して。土御門を問い詰め一方通行(アクセラレータ)が聞いた『シグナル』のメンバー。その名を正しく使う為、名をある程度広める為、土御門が口にした『時の鐘(ツィットグロッゲ)』、『藍花悦(第6位)』、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の三つの名。外の表でさえ有名な傭兵部隊はさて置いて、学園都市では都市伝説扱いされている二つの名。中でも一つは一方通行(アクセラレータ)も知っている。あのヒーローと隣り合うような男がこれを許すはずもないと。

 

 そんな一方通行(アクセラレータ)の想いは知らず、同意見ではあると垣根は死体の頭を蹴っ飛ばした。

 

「まあいい、敵だろうがそうじゃなかろうがアイツが相手ならごちゃごちゃ考える必要もねえ。アイツは分かり易くて楽でいい」

「そォか? グダグダしつけェだろォがよ」

「要は自分が気にいるか気に入らねえかって話だろうが。その考えには賛同するぜ。ムカつく奴は潰せばいいってな」

「その割にはいい子ちゃンのフリしてンのかオマエ」

「うるせえ」

 

 まだ垣根も迷っているだけだ。

 

 自分の為に。その考えには賛同できる。

 

 ただ、問題はそれが善寄りなのか悪寄りなのか。一般的な常識という枠組みの中で大多数が善であると向かう方向がなんであるのかは垣根も理解しているが、そうありたくても取り零されてしまう者がいる事が許せない。誰も知らず、誰も気付かずに消えてしまう者がいる。それを知るのは自分だけ。どうしようもなく取りこぼしてしまったもの。消えたイーカロスを地に堕とすはずだった太陽。失くなったものはもう戻らない。結局どうするのか、上るのか、地に足付けるのか、まだ垣根の答えは出ない。

 

「まだ従順に言うこと聞いてやってるのがそんなに可笑しいか? 俺を常識で測んじゃねえ。今はまだだ」

()()、な」

()()、だ」

 

 少しの間顔を見合わせ、二人はすぐに視線を切った。

 

「『グループ』はどうする? 一先ずこれでおしまいだろうが」

「時の鐘の横槍のせいでバラバラになったからなァ。そのまま解散ってな具合だろォが」

「『スクール』もそう変わらねえか。情報操作で動いてる『心理定規(メジャーハート)』を回収してさよならだ。……追うのか『ドラゴン』を」

「さてな」

 

 コツリッ、と杖を床に突き付け、一方通行(アクセラレータ)が一歩を踏み出したと同時、ぐらりと白い髪が揺れ地に転がる。

 

「なッ⁉︎ ────ッ⁉︎」

 

 流石に驚いた垣根が身を捻るとほとんど同時、バカンッ! と壁を砕け、影が一つ第二位の懐に滑り込む。軽く添えられた手に垣根が目を見開き未元物質(ダークマター)の翼を伸ばそうと身を捻る中、影が踏み締めた床が大きくひび割れた。垣根の体が横合いに吹き飛び、ペタリと壁に背を付ける。

 

 垣根の視界に映り込む深緑の軍服。長い黒髪を頭の横で纏めた東洋人。

 

 遠隔操作用の電波を広範囲に撒き散らし、一方通行(アクセラレータ)の電極のスイッチを切り無効化しながらの奇襲。立ち上がれず芋虫のように転がる一方通行(アクセラレータ)を尻目に、垣根は来襲者を細切れにしようと一歩を踏むが、その膝が崩れ、口から少なくない量の血が吐き出される。

 

 発勁。

 

 中国武術における独特な技術。力の流れを制御し、いかに触れたものに伝えるか。流水のように柔らかに、ただその力は激流のように相手を打ち崩す。

 

「力は骨より発し、勁は筋より発する。どれだけ力が強くても、頸を軽んじては斬れるものも斬れず、貫けるものも貫けない。人の持つ体を完全に操れるようになってようやく半人前。少し鍛え方が足りないんじゃないか? 修行不足ね。そんな貧弱な体じゃマラソンもできないよ」

「誰だ……テメェッ」

 

 口から床へと血を吐き捨て、内臓が掻き混ざったかのように重い体をなんとか起こし、定まらない頭で垣根は来襲者へと向き直る。コツリ、コツリ、と外されたゲルニカM-003の銃身で床を小突きつつゆらりと揺れる軍服の女の背後から、ズカズカと多くの足音が響いた。銃を手に現れた新手に垣根は顔を歪めるが。

 

 ヒュガッ! と突き出された銃身に、新たな襲撃者は膝を突かれ、へし折れた骨の音が響く。

 

 バランスの崩れた先頭の者を壁にするように固まった襲撃者達は、直後踏み締められヒビ割れた床のエネルギーを吸ったかのような背撃に壁へと押し込められた。砕けた壁から視線を切り、床を銃身で叩いた軍服の女は我を見よとばかりに声を張り上げる。

 

「ワタシはスイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』一番隊所属、(シン)=(スゥ)である! オマエ達だな(マゴ)を虐める不届きな輩は! 裏切りなんてまったく、武人として情けなしッ! どうやって時の鐘を誑かしたのか知らないが! このワタシがお灸を据えてやる! (マゴ)には初対面でボコボコにしてしまった負い目があるからな、これで許してくれるといいんだが……」

「テ、テメェ何言って──」

「言い訳は必要ない! そこに転がってる時の鐘の者の姿が何よりの証拠! この争いの跡、学園都市は能力者の街だと聞いている! なら能力者が裏で糸を引いているに違いない! ふっふっふ、まさか学園都市の壁をよじ登って来たとは思わなかったか? そう、ワタシの天才的頭脳はすぐに答えを導き出した。学園都市とローマ正教のこの戦争、既にボロボロのローマ正教を見れば一目瞭然! ローマ正教がボコボコなのにまだ戦争は続いている! ならば全ては学園都市の所為に違いない! だから学園都市に居る(マゴ)と協力してさっさと諸悪の根源を叩きのめし! スイスに平穏を呼んでやるのだ! そもそもワタシがどうやってスイスから抜け出したのかと言えばだな────」

「ちッ、おい! テメェからもなんとか言ってやれ法水!」

「なに! (マゴ)がいるのか! どうだ(マゴ)! 姉貴分が来てやったからもう安心だ!」

 

 ゴンッ!!!! 

 

「居るわけねえだろ馬鹿かテメェは」

 

 未元物質(ダークマター)の羽の一撃を脳天にくらい、スゥの体がベシャリと崩れ落ちる。戦いに意識が集中している時こそ脅威であるが、そうでない時は孫市にさえ阿呆と呼ばれる残念さ。目を回して床に倒れる時の鐘のスゥと、遠隔操作の電波如きで床に転がる学園都市最強の一方通行(アクセラレータ)に目を流し、垣根は酷い頭痛に襲われた。

 

「テメェらもう少し常識を学べ」

 

 なんにせよ、『今』はもう終わりらしい。

 

 

 

 

 


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