時の鐘   作:生崎

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瑞西革命 ⑧

「兄ちゃんそこそこいい腕してるな〜、ただ俺っちにはまだ及ばねえけどさ! 鍵掛かった金庫を目にして、絶対開かないって顔顰めてる奴の前で鍵開けた時の間抜け面は最高さ〜! 仕上だっけ? 見所あるよ兄ちゃん、いい金庫破りになれるって〜」

「そ、そうか? ただ金庫破りになる気はねえんだけど」

「まあそう言うなって! 俺っちがコツ教えてやるからさ〜」

 

 情けない声を上げて両手を上げていた姿は何処へやら、俺とカレン、時の鐘の事務服を着るクロシュを見比べて、裏切り者の可能性がある者を狩りに来たのではないと分かった途端に扉を開けた浜面を捕まえていい気なものだ。凝った錠前を前に浜面にピッキングの講義をしているベルは一先ず放っておき、治療を終え横になっている黒子の額に手を添える。

 

「どうだ孫市?」

「大事ないさ、少し休んでるだけだ……」

 

 カレンに答えながら舌を小さく打つ。一時的に能力を無理に使った為に意識を失っているだけで致命傷ではない。寝息を立てる黒子から伝わってくる振動を掴んで黒子の内側を覗き安堵の息を吐く。カレンも俺も傷の上に包帯を巻いて簡易な治療は既に終えた。洋燈(ランプ)の明かりが埋める小屋の中から空を見上げ、小さく息を吐き出し席を立つ。

 

「ベル、会えて嬉しく思うが時間がない。ボスから『鍵』とやらを受け取っているんだろう? どこだ?」

「そ、そうおっかない顔するなってさ〜。武器庫の中だ孫市、もう積んである。ただその〜」

 

 言い淀むベルから視線を切って、小屋の中で佇む一際重厚な鉄扉の前に立つ。時の鐘の武器庫の一つ。小屋の脇に立つ大岩をくり抜いた半地下の武器庫。普段掛けられている扉の鍵は開いており、大扉の取っ手を引っ張れば、ゆっくりと重々しい扉は開いていく。

 

「そ、そのよ〜孫市……」

「分かっている。別に何も言う気はないさ。俺がボスでも、きっとベルに預けたよ」

 

 申し訳なさそうに額を掻くベルに瞳だけを向け、扉を開ける手は緩めない。気の弱い男であるが、ベル=リッツは元々世界を股にかけて金庫を破っていた犯罪者。逃げる事に掛けては時の鐘一番だ。重要なものであるからこそ、取られぬ為にボスもベルに預けたのだろう。

 

 最初『裏切り』を口にしたのも、おそらくは時の鐘内で反乱が起きた時にベルはいの一番に逃げたから。戦う選択肢以外に逃げる事が出来る状況ならまず逃亡を選択するのがベル=リッツだ。その臆病さこそがベルの武器。ただ元犯罪者でも今は時の鐘。臆病故にベルが裏切るなど俺も考えた事はない。何より久々に出会えた時の鐘の姿に、力が抜けた。

 

「そ、そうか? まあ俺っちなら誰が相手でも捕まらないさ〜……大将には捕まっちまったけども」

「ボスだからな。ただいい歳した小太りのおっさんが引き篭もるなよ……扉叩いてたんだからさっさと開けてくれ」

「敵だったらどうすんだよ〜! 孫市も大将も時の鐘の若者はどうかしてるってよ〜」

「ベルも時の鐘だろうが。それでただっていったい……なん……だ?」

 

 音を上げて開いた扉の先で横たわっている見慣れた軍服。時の鐘の一番隊で誰より小さな体を横にし、寝ているかのように静かに転がっている。胸は上下せず、身動ぎもせずに動かない体に息が詰まる。

 

 震える指先でその体に触れるが、振動は鼓動を拾わない。小さな老婆の手を取ればまだほんのり暖かく、その皺の刻まれた顔を見つめて口を引き結んでいると、隣に膝をついた青髮ピアスが老婆の手を掴みその細い目を薄く開いた。俺へと顔を向けて来る青髮ピアスに小さく頷く。

 

「孫っち……」

「あぁ……うん、普通に生きてる。今死んだフリする必要ある? 流石に悪趣味過ぎるぞキャロ婆ちゃん」

「……なんぢゃ、折角緊張を解してやろうと思ったのに。よく帰ったじゃないかい孫市」

「婆ちゃんも……よくご無事で、ただ緊張が解れるどころか一瞬マジで心臓が止まるかと思ったからやめておくれよ」

「イッヒッヒ! あたしの趣味に口を出すんじゃないよ孫市! あたしゃまだまだ長生きするんぢゃから、死んだフリぐらいなんだい」

 

 意地悪く笑いながら身を起こす時の鐘一番隊、キャロル=ローリーの普段通りの顔を見れたおかげでより気が緩む。ベルにキャロ婆ちゃん。ボスと会えても一瞬で、スイスに来てから見れたのは多くの死体と敵の姿だけ。見知った姿をゆっくり見られようやく一息吐く事ができたが、すぐにその口を結ぶとキャロ婆ちゃんに胸を叩かれ無理矢理吐き出させられた。

 

 軽く叩く為に置かれた老婆の小さな手が恐ろしく重い。調子の悪い戦車を叩くような手が。目を瞬いているとキャロ婆の顔が俺の瞳を覗き込む。

 

「死んだフリぐらいが丁度いいんぢゃ、焦るんじゃないよ。溜め込むのもねぇ。酷い顔ぢゃないか、よくないものでも見たかい?」

「……見たよ、見たさ」

 

 死体で溢れて燃えたスイスも時の鐘も。深く噛み締めれば気色悪い味が広がるようで、目にしても頭の奥深くで理解しないように視線を切って。それでもここまでやって来た。

 

「開き直っても、冷静に努めてもいつも通りとはいかないよ、もういつも通りぢゃないんだからねぇ。孫市よくお聞き、スイスも時の鐘ももう戻らない。姿形を似たように作る事はできても戻る事はありえないよ」

「婆、ちゃん……なんで……ッ」

 

 今それを言うのか。時の鐘の武器庫の扉を開けた先で。土御門が相手の魔術の正体を看破してくれた。黒子は俺とカレンを抱えて空を跳び、青髮ピアスも浜面も力を貸してくれている。カレンだって、ララさんも、ジャン=デュポンも、多くの思惑があっての事でも、スイスの為に力を貸してくれている今なのに。

 

 スイスと時の鐘が元には戻らないだろう事なんて分かっている。例え外に多くの被害を出さずとも、一度叩き付けた宣戦布告に、多くの傭兵団から出た裏切り者。スイスを取り返したところで、どれだけ戦果を上げたとしても、時の鐘も裏切った事は事実。スイスが再生した時に時の鐘の居場所はないだろう。分かっている。分かっているけど、認めたくなかった。信じたかった、ほんの極僅かな『これまで』が続くという夢を。

 

「孫市のことぢゃから、遠くからずっとここまで飛んで来たんぢゃろう? 暴れそうな感情に蓋をしていつも通り。そしてこれからもそうする気なんだろうねぇ」

「……当たり前だろう? ボスに送り出されたんだ。それが終わるまでは──」

「それはここで終わりにしなさい」

 

 ばっさりと。俺の言葉を遮って、立ち上がったキャロ婆ちゃんは俺の横を通り過ぎて、椅子に腰を落とすと指を鳴らしてベルにコーヒーを催促する。戦場となっているスイスの中で、我が家で寛ぐかのように足を組み、俺に座れと隣の椅子を指差した。

 

「ば、婆ちゃんッ、そんな事してる時間は!」

「いつもが崩れてきているよ孫市。座りんしゃい。シェリー達は気を使うぢゃろうし、ガラもいないからあたしが少し話に付き合おうかい」

「婆ちゃんッ!」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 (しゃが)れた声がなりを潜め、鋭い戦乙女の声が俺の芯を貫いた。背の低い老婆が一瞬、鍛え込まれた女軍人の姿を映すがそれも一瞬。ただその一瞬で十分だった。背筋が凍り冷や汗が垂れる。俺でさえ。浜面と青髮ピアスは大きく肩を跳ねさせ背筋を伸ばし、土御門さえ冷や汗を垂らした。ゆっくりと立ち上がり椅子に腰を落とせば、「それは幻想ぢゃ」とキャロ婆ちゃんの柔らかな声が耳を撫ぜる。

 

「随分多くの戦場に立ったね孫市、あたしのうん十分の一ぢゃけどね。だからこそここは一先ず落ち着いて、息を吸って息を吐きゃあいいさ。焦ってもいい事ないからぢゃ。孫市も分かってるぢゃろう? この先、ここを飛び出したならば」

 

 それがラストチャンス。鍵を手に『将軍』の答えを求めてチューリヒに向かえば、負けるにせよ勝つにせよたった一度の機会となる。その為に隠れていたボスが時間稼ぎの為に表に立ち、きっと今もナルシスと戦っている。言われずとも分かるからこそ、コーヒーを飲んでキャロ婆ちゃんと談笑している時間などないと言うのに、キャロ婆ちゃんに見つめられると息が詰まる。

 

「感情で暴れても冷静に動いても一緒ぢゃ、孫市。色々知りたくない事も知って気付いた事もあるだろうけどね、このまま無理に行けば死ぬだけぢゃよ?」

「……だから、行くなって言うのか?」

「そうぢゃないさ」

 

 おどおど身を強張らせているベルからコーヒーのカップを受け取り、キャロ婆ちゃんは一口舐めてテーブルに置く。カップから立ち上る湯気を散らすようにキャロ婆ちゃんは息を吐き、慣れた手つきで煙草を咥えた。

 

「孫市はなんで時の鐘にいるんだい?」

「……それは必要なのかい今?」

「必要だから聞いてるんぢゃ」

「……ここが家だからさ、並びたい者達がいる」

 

 ボスに連れられ見せられた己を磨く英雄達。自分を持ち己が物語を磨く者達の姿に目を奪われた。自分になりたい。何もないからこそ自分が欲しい。その為に磨き積み上げた日々を瞼を落とせば思い出せる。

 

「ぢゃがその相手ももういない」

 

 その思い出をキャロ婆ちゃんの言葉が打ち砕く。ハムもドライヴィーも裏切り今は隣に居てくれない。憎らしい口を叩くゴッソも、おどろおどろしい拷問室にいつも居たラペルさんも、やたら絡んでくるスゥも、ロイ姐さんも、クリスさんも、ガラ爺ちゃんも……ボスも。今は近くに居てくれない。見知った顔の幾つかは時の鐘の本部の中に転がっていた。

 

 分かっていると口にしても、どこかで夢に見ていた。昔が戻ってくるんじゃないかと。強がっても、いつも通りを心掛けても、話を聞くたびに何かが壊れて、足を動かし進むごとに、『これまで』が絶対に戻って来ないと、嫌でも目の前に突きつけられる。それを決定的にキャロ婆ちゃんは突き付けてくる。他でもない時の鐘に否定される。

 

「戦争とはそういうものぢゃ、『これまで』を壊す。あたしもガラもそれを知っている。孫市だって知っているぢゃろう? それはもう戻って来ないよ。それでも戦いは終わらない。孫市。誰かの為、故郷の為、尊い事ぢゃが、孫市はいったいなんぢゃ?」

「……俺?」

「そうぢゃ、学園都市に行く前ならいざ知らず、今ならもう分かるぢゃろう?」

 

 追って追って、時の鐘の自分になりたくて追い続けた。学園都市に行ってもそれは同じ。

 

 お人好しな上条と知り合い、いまいち信用のおけない土御門と知り合い、軟派で女好きの青髮ピアスと知り合って、小さな正義の執行者である黒子。腕力などなくても不屈な飾利さん。普通だからこそ素敵な佐天さん。苦手だが眩しい御坂さん。能力は気に入らないが嫌いになれない食蜂さん。ぶっきらぼうだが優しさを見せる一方通行。初めての先生である小萌先生と、なんだかんだと頼ってしまう木山先生。切っても切れないらしい電波塔に、いざという時いつも力を貸してくれるライトちゃん。両手では足りない友人達が増え、そんな中で俺は──。

 

「……俺は、俺はスイス山岳射撃部隊、一番隊の()()()、法水孫市だよ」

 

 それでも俺は時の鐘だ。学園都市でも、スイスに居なかろうと、どこであっても時の鐘。例えスイスが、時の鐘が消え去ったとしても俺は時の鐘から外れない。例え一人であったとしても。新しいものを積み上げ続け。

 

「国に期待を寄せられて、人に期待を寄せられて、それに応えるのが傭兵というものぢゃ、でもだよ孫市、これは傭兵の仕事ぢゃない。誰かに頼まれた訳でもない。あたしだって頼まない。シェリーだって孫市には頼んでいないぢゃろうよ。それでも行くのかい?」

「それでも……行くよ」

「感謝なんてされないかもしれないよ? 反乱軍と言ってももうほとんど隠れているだけぢゃ、援軍も望めないのにかい? 死ぬ可能性の方が遥かに高くてもかい?」

「……それでも」

 

 行く。感謝なんて必要ない。反乱軍の援護なんてハナから期待していなかった。死ぬだのなんだの今更だ。いちいち気にしていられない。十全に信じられるのはいつも自分。

 

「それなら孫市、分かってるぢゃろう? 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』なら」

 

 見つめてくるキャロ婆ちゃんを見つめ返す。キャロ婆ちゃんは不必要なものを俺から削り落とそうとしてくれている。引き金を引くのに多くの理由は必要ない。英国に発つ前にゴッソがふざけて言っていた。結局自分の好みで動いた結果、おまけで平和が付いてくるぐらいの雑さだと。

 

 学園都市で、仏国で、英国で引き金を引いたのも、ただ自分が気に入らなかったから。仕事と枠で囲みそれができる立場にいたから。

 

 スイスが窮地に陥っているから、ボスに送り出されたから、弾丸を込める理由に己以外は必要ではない。他人の想いなど自分で飛ばせない、ただ自分の為だけに引き金を引く。欲する物語(人生)が描けないなら畳むまで、さっさと終止符(ピリオド)を穿つだけ。込められ放つ事ができるのは、いつも自分自身だけだ。スイスに来てから目にした『これまで』の重みが、行き先を迷わせていた。スイスを救いたいのか、時の鐘を守りたいのか、そうではない。

 

 俺は狙撃手だ。時の鐘は利己主義者(エゴイスト)の集団だ。引き金を引かせるのはいつも一つ。即ち自分が気にいるのか気に入らないのかただそれだけ。気に入ったとしても気に入らなくても何かに穴を空ける事しかできない。誰かなどと気にはしても、誰かになれる訳ではないのだから。他人の思惑も思想も気に留めない。吐き出すのはいつも自分だ。己が命に釣り合うものは己の意志だけ。

 

 それは友人や家族や他人を必要ないという事ではない。自分の狭い世界を彩ってくれる者に感謝し敬いはしても、力を振るう理由に他人を乗せてはいけないだけ。誰かの為に人を殺す技術を磨いた訳ではない。ただ自分の為だけに研ぎ続けた。『これまで』も、『これから』も。

 

 時の鐘という指針を持ってはいても、学園都市に行き半年、急に増えた住人達に目が眩んでしまっていた。多くの者の輝きに見惚れ、その者達に力を貸したいと誤解した。誰かに貸すために力を積んだ訳ではない。貸すまでもなくその力で気に入らないものに穴を空けるために研ぎ磨き積んだのに。それを使って欲しいなら金を払えと、お前の知らない力で潰してやると傲慢に構えてこその時の鐘。そうでもなく気に入らないなら結局潰してしまうだけだ。

 

 人々に無償で手を伸ばす者を『神』や『天使』だと言うのなら、俺達はなんとも業が深い。きっと真逆に住処を置いている。『悪魔』のようだなどと口々に言われもしたが、それならそれで構わない。言いたい者には言わせてやればいい。そんな事で俺が引き金を引かない理由にはならない。

 

「俺は……やるさ婆ちゃん、俺は『時の鐘(ツィットグロッゲ)』だから。俺は俺の為に行く。戻って来ないものに振り返らない。俺がただ、『今』が気に入らないから行く」

 

 スイスの救済、時の鐘の復興、それは誰かが勝手にやるだろう。俺のやるべき事ではない。違えるな。俺にできる事は引き金を押し込み穴を空けるだけ。ボスがナルシスの前に立ったのも、全ては『今』に穴を空けるためだ。手を引かれるのはここまででいい。十分引っ張って来て貰ったから。これからは──。

 

「終わりにするよ。思い出は思い出だ。目にできるのは『今』だけだから。どうせ俺は刹那主義の愚か者だそうだからな。それが俺の法だ。それが俺の……」

「……孫市さん……これで、おあいこですわよ」

 

 意識を取り戻したらしく黒子が俺の名を呼び、力なく立ち上がって俺の前に伸ばされた黒子の手が俺の目元を拭った。ぽたりっ、ぽたりっ、と床を叩く雫の音を止めるように黒子の親指が目元を擦るが、止まらず溢れて止まらない。『これまで』を憂う最後の心が零れ落ちる。人間のまま境界線を越えずに人間の領域から逸脱する。大多数の者が決めた法ではなく己が法に従うもの。

 

 ロイ姐さんともっと酒場巡りがしたかった。ハムと学園都市でステーキでも食べたかった。ドライヴィーと世界を旅行したり、クリスさんと乗馬したり、ガラ爺ちゃんと夕暮れ時を過ごし、ボスと狩りをしたり……。欲しかった幻想を刮ぎ落とす。

 

 幻想も夢も、必死も未来にはない。必死は今にしか存在しない。

 

「……黒子も、土御門も青髮ピアスも浜面さんも、『今』ここにいる事が全てだ。付いて来るなら好きにしていい。必死を見せよう。俺の必死を」

「勿論ですの。貴方やお姉様がわたくしの必死ですもの。例え掲げるものが違くても、目指す先が同じならば」

 

 考え方も手にするものが違かろうと足は止めない。黒子やカレンが誰かの為に突き進める足と、俺が己の為に進める足に違いはない。時間は誰にも平等だ。進める時間に差などない。

 

 柔らかく微笑む黒子が伸ばす腕の間に、ひょっこりとキャロ婆ちゃんは顔を出すと妖しく笑う。検査するかのように黒子の周りを回り小突き回すと俺に顔を向けにんまり笑う。

 

「あたしも若い頃は燃えるような恋をしたもんぢゃ! ボーイフレンドの数も両手の指ぢゃ足りなかったものぢゃ! 見るかお嬢ちゃん、少し前のあたしの勇姿を!」

 

 イッヒッヒ! と甲高い笑い声を上げて懐から取り出した一枚の写真をキャロ婆ちゃんは黒子に向け、写真を覗き込んだ黒子へ固まった。急に動かなくなった黒子に首を傾げた青髮ピアス達も写真を覗き、青髮ピアスは細い目を大きく見開く。写真に写るキャロ婆ちゃんの()()()の姿と今の違いに。

 

「こ、これお婆ちゃんなんッ⁉︎ ボ、ボクゥ少し前に会いたかったわ……」

「やめとけ、その時のキャロ婆ちゃんは鉄の馬を繰る第三帝国の魔女、鋼鉄の女悪魔と呼ばれて敵味方から恐れられてたんだからな」

「あの……それよりお婆様の横のこの方、いえ、他の方も歴史の授業で見たことがあるのですけれど……」

「英国第七機甲師団は強敵ぢゃったなぁ」

「婆ちゃんあんまりそういう話するなよ……」

 

 鉤十字を掲げる若かりし頃のキャロ婆ちゃんに見惚れて足を止めれば、砲撃に晒されあの世行きだ。今でも時たま覗かせる第三帝国の空気を受けると、どうしても緊張してしまう。笑って写真を懐に戻しながらキャロ婆ちゃんは指を弾き、武器庫への扉を潜ると指で俺達を呼ぶ。

 

「おいでお嬢ちゃん。シェリーから聞いてるさ。あの狙撃銃はお嬢ちゃんのぢゃろう? それに、チューリヒに行く足も確認すりゃええ。時の鐘が誇る最速の装甲車が待っているぞ?」

 

 キャロ婆ちゃんの小さな背中を追い、少し階段を降りれば開けた空間に出る。中央に居座る流動的な装甲車と一台の小型戦車。そしてその前に居る時の鐘の軍服を着た一人の男。車のボンネットを開け、手にレンチを握った男は足音に身動ぐ事もなく、額に伝う汗を拭うと振り返る。

 

「よぉ孫市、足の準備はいつでも大丈夫だぜ。走りだしゃあ止まらねえよ。おれが整備したんだからな。チューリヒまで最速でお届けだぜ?」

「グレゴリーさん……」

 

 長い髪を首の後ろで縛り、ウィスキーの瓶を傾ける時の鐘一番隊、グレゴリー=アシポフにレンチを投げ渡され、手近のテーブルの上に静かに置く。グレゴリーさんを目に息を飲む音が幾つか響く中で、静かに隣まで歩いて高速装甲車『コフィン』のボディに手を置いた。

 

「なるほど、問題はコレか……、残念ですね、名前の通りグレゴリーさんの棺桶(コフィン)にはなりませんでしたか」

「皮肉言えるだけ元気になったのなら何よりさあな。おぅとも、悪いがおれはもうアクセルを踏んじゃやれなくてな。走れなくなった奴は置いてってくれい」

 

 膝から下のなくなった右足を叩き笑いながらウィスキーを舐めるグレゴリーさんに笑顔を返し、大きく深い息を吐き出す。慰めの言葉を考えるような事はしない。問題は『コフィン』を満足に転がせる者がいない事。普通に運転するだけなのなら、乗用車に乗ってるのと変わらない。少ない時間をただでさえ有効に使う為には、他でもない『コフィン』を上手く使う必要がある。グレゴリーさんに投げ渡された煙草を咥え腕を組んでいると、浜面が『コフィン』に目を落とし隣に並んだ。

 

「……これが時の鐘の車か? 速そうだな」

「当たり前だ。四百キロを超えて地を走る弾丸さ。それを一番上手く飛ばせるのがグレゴリーさんだった。武器がよくても使い手がいなきゃ意味もない」

「そうか……なあ法水、俺に走らせろよ、グレゴリーさんだっけ? 鍵はあるのか?」

「あるぜ。 へー、自信あんのかい? このじゃじゃ馬を乗りこなす自信がよう」

 

 目を丸くする俺の横で浜面はグレゴリーさんから投げ渡された鍵を手に、運転席の扉を開けて中を覗き込む。無骨で鋭い鉄の馬。そのハンドルに指を這わせて顔を上げた。

 

「……法水、俺が来たのは足手纏いになる為じゃねえ、借りを返す為に来たんだ。それによ……」

 

 拳を握り時の鐘の軍服を見つめる浜面が何を思っているのかは分からない。俺は人の頭の中を覗ける訳ではない。ただ、『棺桶(コフィン)』の肌から伝わってくる浜面の鼓動の速さと、強く瞬く瞳を見て察する。何度も見た鏡の中で。自分の中に何かが欲しい。これが自分だと言える何かが。

 

「俺は法水と違って銃なんてそこまで撃ったことねえし、能力も魔術とかいうのもよく分からねえ、俺は学園都市で路上に止まってる車を盗んで走らせてただけだ。体は鍛えたけど法水達みたいに技術を磨いた訳でもねえしよ……俺にできることなんてほとんどそれだ。それだけだ。でも──」

 

 それはできる。奥歯を噛んで言葉にはせず、ただ自分にできる事はあると浜面の目が言っている。俺が時の鐘の技を磨く間、黒子が能力を磨く間、カレンが魔術を磨く間に、浜面は車を盗み走らせていた。せせこましい、小賢しいと嘲笑する事は簡単だ。ただそれをやって来た事は事実。鍵を握る浜面の手に目を向けて、煙草に火を付け紫煙を揺らす。やって来たことに無駄などない

 

「俺は時の鐘の音を鳴らす事に集中する。俺がやって来た事はそれだ。だから他は任せるよ。浜面、足は任せた」

「おう! 俺がチューリヒまで必ず届けてやるッ!」

「ただ壁に突っ込みでもしたら文字通りそれは『棺桶(コフィン)』になるからな。その時はせいぜい派手に散ろうか」

「そうならねえようにおれのドライビングテクニックを少し教えてやろうかねぇ? 時間は少ねえぜ浜面少年。最速で頭と体に叩き込めい。多少は走らせて来たんだろ? おれがお前を時の鐘の、世界最高のドライバーにしてやんよ!」

 

 力強くグレゴリーさんに肩を組まれて頷く浜面から視線を切る。自分の世界。何を磨くのかは己次第。俺はもう自分の進むべき道と磨くものを決めた。俺とは違う道を浜面が決めたと言うのなら、浜面の人生(物語)だ。『棺桶(コフィン)』は浜面に任せる。

 

「それで……キャロ婆ちゃん、それが『乙女(ユングフラウ)』か?」

 

 時の鐘の新型決戦用狙撃銃が一つ。武器庫の中に置かれた厳重な金庫。ちょっとやそっとでは開けられない。時の鐘の、瑞西の極秘。キャロ婆ちゃんが指を鳴らし、ベルが金庫の鍵を開ける。金庫の前で俺は足を止めて横に並んだ黒子の背を押した。

 

「その中身は黒子のものだ。黒子が開ければいいさ。必要ならば」

「……わたくしに狙撃銃ですか。わたくしも銃などとほとんど扱った事などないのですけれど。必要か必要でないかと問われれば、少なくとも『今』は必要ですの」

 

 金庫に手を掛け黒子が扉を開け放つ。武器庫を照らす照明の明かりが金庫の中へと差し込み中の物を照らし出す。時の鐘を象徴する新雪のような白銀の色が瞳に映り込み、黒子は扉を持つ手を止めた。

 

「これ……は?」

 

 白銀の中でも目立つV字を描く銀色のボタン。しなやかでいて強靭そうな肌は滑らかな光沢を放っており、大きめの金庫の壁に張り付いていた。一瞬壁に白い穴が空いているんじゃないのかと見間違うそれは、質素な中に優雅な衣装が見え隠れする花嫁衣装。時の鐘の軍服を模した白銀色のミリタリージャケット。

 

 スイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』、新型決戦用狙撃銃アルプスシリーズの一、『乙女(ユングフラウ)』。狙撃銃には見えぬその姿に、黒子は目を丸くして、俺は武器庫に入って来た時の鐘の新人へと振り向いた。

 

「あー……クロシュ?」

「間違いなくそれが『乙女(ユングフラウ)』です。又の名を空間移動者(テレポーター)特殊振動補助狙撃戦闘衣。時の鐘と学園都市の技術で設えた不在金属(シャドウメタル)製の戦闘衣装。小さなお姉様と変われればよいのですが、今のスイスでそこまでするのは難しいようですから。ミサカから説明しましょう、とミサカは進言します」

 

 ギチリッ、と鉄の軋む音がした。出所は黒子の掴む金庫の扉。首を傾げるクロシュから、背に嫌な気配を感じて恐る恐る振り返る。ツインテールが波打っている。目が怪しく輝いている。青髮ピアス達が無言で距離を取っている。黒子の口の端から「ふひっ」と笑い声が漏れ出るのを耳に、慌てて黒子の肩に手を置いた。

 

「黒子落ち着け、アレはクロシュと言って時の鐘の新人で御坂さんの妹達(シスターズ)の一人であって御坂さんじゃないぞ」

「……そんな事は分かってますの。ええ、分かっていますわ。ただ学園都市を出てもう何日になるとお思いですの? お姉様が、お姉様成分が足らないんですのッ‼︎ あ゛ぁぁぁぁお姉様ッ! 今頃黒子がいなくてきっとッ、きっと一人寂しい夜を過ごしているんですのよッ! きっと、黒子のいない寂しさをご自分でお慰めになって……ッ⁉︎ ああそんなッ! 黒子がいましたらそんなことにはッ! 二人で熱い夜を過ごせますのにッ‼︎」

「いや多分そうはならないと思う────」

「いいえ! 黒子には分かりますのッ‼︎ 今すぐ飛んで行きたくてもいけないこのジレンマッ‼︎ せめてこの愛の一欠片でも妹様にお分けにッ‼︎」

「黒子がお姉様欠乏症を発症したッ⁉︎ いい加減限界だったんだ! くっ! 下がれクロシュッ! 黒子に触れるなッ! どうなっても俺は知らんぞッ‼︎」

 

 背の『白い山(モンブラン)』の筒を一つ掴み知覚を広げる。空間移動(テレポート)しようと目を細める黒子のリズムに割り込むように頬を突っつき動きを止める。俺をひっくり返そうと伸ばされる手は叩き落とし、進もうと黒子が足を落とす先に先回りして足を落として動きを抑える。黒子の吐息と鼓動を目の前に感じ、筋肉の収縮する音と骨の動きまで拾い込む。

 

 一つ、二つ、三つと黒子の手を捌く中で、途端に黒子と俺の境界が薄れ消え去っていくのを感じた。フランスで黒子に沈みそうになった時に感じた感覚。どろりと目の前の小さな世界へと溶け込むような感覚に目を見開く。

 

 リズムと振動が合わせられ、俺の体が黒子の体の延長になったかのように次の動きが理解できる。どこに手を差し入れればリズムを崩せるのか分かる。足を踏み出そうとする黒子の足を掬い上げてお姫様抱っこの形に抱え込み、土御門へと顔を向けた。

 

「……土御門、少し知恵を貸せ、ナルシス=ギーガーを穿つ方法を思い付いたかもしれない」

「孫っちもなん? 実はボクゥも一つ思い付いた事があるんよ」

「そりゃよかったにゃー、実はオレにも一つ考えがあるんだぜい」

 

 魔術と能力と技術をもって百鬼夜行を打ち破る。三者三様の考えが出揃った。腕の中で暴れる黒子に顎を蹴られ、腐った未練も飛んで行く。過去はもういい見るは『今』。気に入らない奴を穿つため、ふざけた物語に終止符(ピリオド)を打つため。

 

 必要なのは、『()()()()』だ。

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