空中通路に黒鉄の拳が大穴を開け、それを広げるように宇宙戦艦が光を落とす。まるで宇宙戦争だ。宇宙戦艦と俺の間に黒い鉄人が落ちたおかげで、俺と御坂さんは宇宙戦艦から距離を取れた。目の前の障害が誰であろうと穴だらけにしなければ気が済まないらしい宇宙戦艦の気質のおかげでもある。
指を指されたのが気に障ったのか、黒鉄の鉄人をバターのように溶かすため宇宙戦艦は熱線を放った。鉄の空中通路も施設の壁も容易く舐め取って削り切ってしまう光の柱。破壊の流れ星が宇宙戦艦の願いを叶えようと黒い鉄人に落ちていったが、鉄人が横に腕を薙ぐと、鉄人に当たる前に磁石の同極同士が弾けるように光線が逸れる。腕に向かわず体に向かったものも全て含めて。鉄人に迫る光線は、鉄人から漏れる紫電が手を伸ばし、直進を止めるはずもない光線を捻り曲げる。
相性は最悪、宇宙戦艦は大きく舌を打ってまた無数の光線を放つが、そのことごとくがパイプや壁、空中通路へと進行方向を変えられてしまう。この様子では、御坂さんとの相性も良くはなさそうだ。御坂さんの顔色を伺えば、真っ白に血の気が失せて今にも倒れそうな顔をしている。相当相性はよくないらしい。
「ッと」
鉄人から逸れた光線が俺のワイシャツの襟元を溶かす。楽だからという理由と、目立たないために学生服のズボンとワイシャツで来たのは間違いだったかもしれない。だが仕事だからといって一々時の鐘の軍服に着替えると目立って困る。それにしても昨日の今日であれだけ凹んでいた体をどう直したのか。おそらく装甲は取り外し可能なのだろう。そうでなければ二体も三体も同じモノが存在するのか。いずれにしても、これは鉄人を壊すとなるとその場で完全に破壊するしか無さそうだ。
宇宙戦艦は手を止めず、おかげで鉄人の裏にいる俺と御坂さんは動けない。
もし鉄人の影から出れば、ランダムな軌道に変わった光線に、体に穴を開けられてしまう。そこまで広くはない空中通路は一本道だ。このまま後ろに下がって離脱するか。そうでなければ、穴だらけになった空中通路はいつ落ちてしまうかも分からない。鉄人が一歩足を踏み出すごとに空中通路は大きく揺れて、今響いて欲しくはない叫び声を空中通路は上げていく。
「御坂さん、少し離れましょう。でなければ今にも通路が崩れそうだ」
「なんで……そんな……嘘よ」
「御坂さん?」
御坂さんの様子がどうもおかしい。肩に手を置いてみても反応がなく、御坂さんの体は夏だというのにとても冷たい。鉄人を見たまま冷や汗を止め処なく流しながら、小刻みに唇を震わせている。何があったのか分からない。鉄人を見てみるが、俺が気になるところなど背中に埋め込まれるように突き刺さっている六つある円い部分ぐらいのものだ。大きさ的に拾った容器と同じ口径。あの路地に落ちていたモノは鉄人のもので間違いなさそうだ。それ以外に気になることがあるとすれば、鉄人と宇宙戦艦の距離が縮まり始めており、何かしら動きがありそうだということか。
「御坂さん、あの二人がぶつかったところで離脱しましょう。それが一番楽そうだ。御坂さん!」
「え、あ」
肩を一度強く叩くと、ようやっと正気に戻ったらしい御坂さんが俺を見る。今目が覚めたというような呆けた顔。
鉄人を包む光の激しさが増し、鉄人が腕を大きく振り上げたところで御坂さんと相棒を抱えて一緒に飛んだ。崩れかけた空中通路にトドメの一撃が振り下ろされる。衝撃によって畝る空中通路は、そのまま元の形に戻ることはなく崩壊していく。
「テメエら逃げてんじゃねえぞ‼︎」
落ちる鉄人の影から宇宙戦艦が浮上して、鬼の形相で手をかざした。俺たちを焼き切る恒星が宇宙戦艦のかざした手に生み出される。一度弾ければ、空中にいる俺には動く手がない。御坂さんのように自分を磁石のようにしたり、宇宙戦艦のように宙に留まることは出来ない。重力に支配されている俺は下に落ちる以外に道がない。いや、本当にそうか?
「死ね」
「いやまだだ!」
銃身の亡くなった相棒を構えて引き金を引く。ここに来るまで三発、残った三発をここで打ち尽くす。普段銃身によって衝撃や音を緩和している相棒は、崩れる空中通路に負けぬ咆哮を上げて火を噴いた。だが、その咆哮は最後の断末魔。元々相棒は銃身が無くて満足に撃てる設計にはなっていない。いくら特殊な作りとはいえ、その状態で引き金を引けば、相棒がどうなるのかは分かっている。手元で弾ける相棒に「悪い」と最後の別れを済ませて宙に捨てる。しかし見込んだ結果は得られた。空中で受けた発砲による衝撃は、踏ん張りの効かない空中では俺たちを僅かに宙に飛ばすことで発散される。頬を擦って突き抜ける光線を笑顔で見届け、手近なパイプに着地する。
「あぁ、相棒が。次はもう無理だな」
「アンタ手が⁉︎」
「相棒が吹っ飛んだ時に指が裂けただけだ。大丈夫、見た目よか酷くない」
でも痛えよ。
普通に動かせるから大事ではないが、こりゃ何針か縫わなきゃならないな。この数日で怪我をしすぎだ。病院に住んでいるんじゃないかと思うほどに病院に入り浸っている上条のことをとやかく言えない。
宇宙戦艦は顔を顰めて向かい側のパイプに着地し、落ちた鉄人は消え去った。なんてことはなく、下を見れば着地したパイプをことごとく凹ましながら登って来ている。不死身かあいつは。
「おい、宇宙戦艦。ここは手を組まないか? お互いあんなのに仕事を邪魔されては困るだろう」
「誰が宇宙戦艦だってぇ⁉︎ 頭沸いてるクソ野郎と仲良くお手手繋ぐわけねえだろうがァ‼︎」
まあそうなるわな。
さっきは上手いこと鉄人が盾になってくれていたが今はない。それどころかもし鉄人がこっちに来れば、完全に詰みだ。
どうする? どうすればいい?
考えている時間はほとんどない。御坂さんを抱えたままで、残った手も負傷した。俺に残されたのは足だけだが、宇宙戦艦も鉄人もただでは撒けないだろう。
「御坂さん、何か手はあるか? なんでもいい。能力は使えなくてもまだ学園都市最高峰の頭脳はあるだろう?」
「そんなこと言われても、アンタはどうなの?」
「一つある」
だがこれは賭けだ。
それも死ぬ確率がかなり高い。
しかし、何もないならこれ以外俺には思いつかない。
「御坂さん遺書とか書いた?」
「何するつもり?」
「突っ込むの、さ‼︎」
「ちょ⁉︎」
パイプに沿って全速力で駆け下りる。目指すは宇宙戦艦と鉄人の間。鉄人が居なくなったことで見えやすくなった直線の光線ならば辛うじてだが御坂さんを抱えたままでも避けられる。俺たち目掛けて撃ち下される光の柱は、パイプに穴を開け、俺の肩や足を掠った端から消していく。痛いというより暑い。元々痛みをあまり感じない俺でこれだ。もし御坂さんに当たったらただでは済まない。傷だらけの右手でポケットから弾丸を一発取り出して、宇宙戦艦に向けて放り投げる。銃のような威力はない代わりに、無音の放射線は緩い弧を描いて宇宙戦艦の方へ飛んでいき、先程挑発したおかげで注意を欠いた宇宙戦艦の頭にコツリと当たった。
「命中。アイアムスナイパー」
「ふっ、ざ、っけんじゃねえぞぉッ!!!!」
引き金は引けた。
俺では放てないこれまで以上の眩い光柱が、真下に向かって撃ち下される。パイプを駆け下りていた速度のおかげでギリギリ。宙に跳ねる俺のワイシャツの裾を焼くだけに留まり真後ろに光の柱が通り過ぎた。登って来ていた鉄人に向かい力の源が曲がることなくぶち当たる。
鉄を焼く音。
弾ける紫電。
俺の見つめるその先で、鉄人の胸に大穴が開く。
その中身に人の姿は無かった。剥き出しの細かな歯車とコードを腸のようにばら撒いて、今度こそ鉄人は落ちて行った。その手を天に突き出して、拳を握って落ちていく。
何かをその手で掴むため? いや違う。四つの目はまだ輝いている。
落ちながら伸ばす拳は、体に纏った紫電を集中させて、その根元から握った想いを吐き出した。
「ロケットパンチ⁉︎」
黒鉄の拳は砲弾と化し、パイプの蔓を容易く引き千切る。俺の乗るパイプも打ち砕くと、その上に居座る宇宙戦艦の土手っ腹にものの見事にぶち当たった。
「ぐッ⁉︎」
黒鉄の拳は、しかし宇宙戦艦の装甲を貫くことは叶わず、天に向けて宇宙戦艦を飛ばして行く。鮮血を撒き散らしながら少しの間宙を舞っていた宇宙戦艦は、やがて重力に負けて落ちていった。パイプに弾かれた俺たちは、施設の壁に叩きつけられ、手の掛かる場所もない鉄の壁では貼り付けそうもない。それにこの手では二人分の体重など支えられん。
万事休す。
重力に身を任せようと力を抜いた俺の体は、しかし落ちることはなく、壁の半ばで落下が止まった。
「重っもい……んだから。さっさと、足場を探して⁉︎」
「ハハ……流石
壁に張り付いた御坂さんが俺の手を掴んでくれる。だが顔は辛そうだ。かなりいっぱいいっぱいらしい。だがそれは俺も同じなんだが。壁にぶら下がる俺の耳にインカムからノイズが入る。
「死に損ねたねイチ」
「ハムか、ああ見事にな。まあ今日はその日じゃなかったのさ」
「ちょっと⁉︎ 喋ってる暇なんて、ああああ落ちるぅぅ‼︎」
インカムのスイッチを切ってなんとか体に力を入れる。落下死は流石に俺も御免だ。手近なパイプに手を伸ばそうとすると、光の柱が俺の手の先のパイプに穴を開けた。続いて下から響くノイズの混じった大きな咆哮。
嘘だろ……。
どんだけタフなんだよ。別々の場所に落ちた宇宙戦艦と鉄人はまだまだ元気らしい。俺以上にダメージをくらった筈なのに一体どんな構造をしてるのか。宇宙戦艦と鉄人に催促されて、俺と御坂さんは命からがら施設の外へと転がり出た。
こんな仕事はもう絶対受けない。絶対だ。
***
「全くボロボロだな」
ため息を吐きながら言う木山先生の言葉は正に的を得ていると言っていい。ワイシャツは再起不能。右手はボロ雑巾のように糸まみれで、体中に白い包帯を巻いている俺の姿にその言葉は最適だろう。今日の成果は全くない。報酬金は当然支払われることはなく、相棒は大破。大赤字にも程がある。そして何より、
「それにこんなお客さんを連れてくるとはね、女教授の次は女子中学生だ。君もなかなか業が深いな」
「しょうがないだろ、一応命の恩人だし、それは俺もだけど」
「悪かったわね、私だってこんなところに来たくなかったわよ!」
俺と同じように頭と体の節々に包帯を巻いた御坂さんが文句を言う。悪かったなこんなところで。お互い満身創痍で今にも倒れそうだったため、仕方なく木山先生に連絡をして俺の寮まで連れて来て貰った。御坂さんの寮は常盤台で男子禁制。治療をするにも怪我をした場所と状況が良くないため病院に出向くわけにはいかず、俺の寮に来るしかなかった。宇宙戦艦と鉄人がどうなったのかは分からないが、知る必要もない。あれだけ去り際元気なら、きっとまたひょっこりとどこかで顔を出すだろう。
「だいたい、なんでアンタと木山先生が一緒にいんのよ!」
「それはあの時言っただろう、今の木山先生は俺の協力者なのさ。まさか助けてくれた木山先生を学園都市に引き渡しは御坂さんだってしないだろう?」
「何よ、犯罪者のアンタたちを見逃せって言う気?」
「犯罪者は御坂さんもだろう」
「それは‼︎」
急に御坂さんが食ってかかる。やはり御坂さんがあそこにいたのにはそれ相応の理由があるらしい。そこに突っ込めば御坂さんの口を止めることは出来そうだがどうするべきか。悩む俺は木山先生の意見を聞こうとちらりと木山先生の顔を伺うと、いつもの疲れた顔をさらに疲れさせて最近木山先生の注文で買ったソファーに沈み込んだ。
「どうした木山先生」
「いやなに、君たちのいた場所で分かったのさ、君も知ったんだろう学園都市の闇を」
「まさか⁉︎」
「ああ、知っている。元々脳波でネットワークを構築するというアイデアは君から得たものだ」
あれ、また俺が空気になっている。
教授と能力者の頭のいい会話には俺はついていけないぞ。しかし学園都市の闇か。また碌でもない話が聞けそうだ。木山先生の顔を見つめていると、軽く目を伏せていた木山先生と目が合う。俺が何を考えているのか察してくれたのか、ホッと小さく息を吐いた。
「そうだね、話してもいいが彼女の許可がいるだろう」
「なんだ御坂さんが関わっているのか?」
「アンタ……話したら分かってるわよね」
御坂さんがゾッとするほど低い声を響かせる。体からは目に見える程青白い稲妻を宙に走らせ、今にも俺と木山先生を焼き切ろうと蠢いている。それは御坂さんの怒りの具現。ここで放電でもされるとかなり面倒だ。時の鐘の通信設備に防犯セキュリティの数々。それに至る所に隠している銃火器類。ただでさえボヤ騒ぎの時は苦労したんだ。あの時は廊下だったからまだ良かった。俺の部屋を発生源に問題が起きて業者が踏み込めばかなり不味い。俺の部屋は掘れば掘るほど逮捕する口実に溢れている。これが命の恩人にすることか。あんまり過ぎて泣けて来る。
「別に俺は聞く気は無いけど、それでいいか?」
「それでもいいが、ならこの話もできないな」
そう言って木山先生は先日渡した金属の容器を力無く指差した。確か鉄人の背中にくっついていたものだ。それと御坂さんに関係がある? 御坂さんを見ると、鉄人を眺めていた時と同じく顔を蒼白にさせて、宙にくねらせていた電撃もすっぱりなりを潜めた。それほどの内容なのか。御坂さんが何故あの施設を襲撃したのかは聞く気はない。
しかし、この容器に関しては別だ。初春さんとの取引の結果、俺は通り魔の件に力を貸すことに決めた。この容器に関しては俺は知る必要がある。
「それは困るな。悪いが御坂さん俺は聞くぞ」
「な、ふざけないで!」
「ふざけてない。御坂さんもあの鉄人を見ただろう? 俺はあいつを追わなければならない。これに関して御坂さんがどう絡んでいるのかは知らないが、この容器がアレに関わっているなら俺は知らなければならない。仕事だからだ」
これは譲れない。
知らなくてもアレに勝てる強者ならば俺だって別に聞かない。しかし、俺は弱いとは思わないが強くもない。事実今回は死んでもおかしくなかったし、アレを追う以上また会う事になる。その時にどれだけ鉄人の事を知っているかが勝敗を分ける。必要なのは力よりも情報なのだ。その数だけ俺が取れる手は増え、俺が勝てる確率が上がる。
「それに今聞かなければこの件を白井さんと初春さんと共により深く調べなければならない。そうすると結局知る事になるぞ。それでもいいなら今は聞かない」
「全く君は、そういうところが子供っぽくないんだ」
ウンザリするように木山先生は言うが、事実だから言っているのだ。それが例え側から見れば脅しに見えても、嘘を言わないだけ俺はまだ優しい方だ。御坂さんは年相応に縮こまって苦しい表情を浮かべている。この天秤は最悪のものだろう。大切な友人と自分の秘密。どちらも重くて選べない。天秤は傾くよりも両極に揺れたまま重さでひしゃげ、時間が経つごとに天秤の主人を壊していく。
震えで歯の噛み合わない御坂さんは、頭を両腕で抱えたまま、足を折りたたんで丸まってしまった。周りの恐怖からただ身を守る虐待児のようにただ物事に蝕まれるだけ。しかし、彼女の優しさと出来のいい脳が答えを導き出したのだろう。ゆっくりと体を広げると、目尻に想いの結晶を溜めたまま俺を射殺さんばかりにキツく睨んだ。
「……黒子と初春さんに喋ったら殺すから」
「誓って話さんよ。ただ言っておくがあの二人は甘くない。風紀委員の仕事に命を賭けてる。俺が言っても言わなくても、御坂さんが言っても言わなくても、おそらく自力で答えに辿り着く可能性が高い。その時はどうする」
「その時は……その時考える」
それが御坂さんの答えらしい。現実逃避と言えなくもないが、それならそれで構わない。それは御坂さんの問題であって俺の問題ではないのだから。俺だって時の鐘の問題に首を突っ込まれたら困ってしまう。御坂さんの了承は得た。しかし御坂さんに聞くのは酷だろう。木山先生に視線を投げると、丁度俺と御坂さんにコーヒーを淹れてくれているところだ。それだけ話が長くなると言う事なのか。少し落ち着けと言う意味もあるかな。ベランダの窓を薄く開けて床に座って煙草に火を点ける。聞く準備はできた。木山先生はコーヒーを配りながら、ポツポツと話し始める。
「『
「俺はないな。御坂さんは……あるみたいだ」
「だろうね、正式な名は
はい、もう俺の領分から逸脱した。
こう難しい話をする時何故こうも木山先生は生き生きとするのだろう。きっと研究者としての性がそうさせるのかもしれない。俺の不出来な脳では完全に理解できない事を悟ったため、コーヒーを舐めながら理解できない部分は勝手に想像して聞き流す。
「つまり?」
「クローンだよ。彼女の細胞を元に
「なるほど、やっぱり学園都市は頭がおかしい。クローンたって御坂さんと同じものが生まれるわけないだろ。人はそんなに簡単じゃない。理屈は抜きにして俺にだってそれは分かる。環境と経験が人を作るのさ」
「まあ君の言う通りだ。『
おい話が終わったぞ。
そんな風に思ったことが顔に出たのか、「まだ話は終わらない」と木山先生が口を挟む。
「『
「今夜御坂さんが襲撃していた施設ってわけか」
なるほど、自分のクローンがただ死ぬ為に使われる事が嫌だったというわけか。確かにもし自分のクローンがそんな事に使われていると知ったらどうにかしたいと思うかもしれない。俺はそんなに思わないが、だってそれは同じ顔の他人だろう。そう思う俺は薄情なのか。御坂さんはちびちびとコーヒーを飲みながらただ木山先生の話を聞いていた。全て知っているんだろう。静かになった部屋はしばらく静寂を守っていたが、それを破ったのは御坂さんだ。「騙されたのよ」そんな風に口を動かす。
「筋ジストロフィーの患者を救う為に私のDNAマップが必要だ。そう言われてね。幼い私はまんまと騙されて、きっと誰かの役に立つって嬉々としてDNAマップを渡したわ…………その結果がこれ」
「ペテン師ってのはどこにでもいるな」
「ああ身に染みて分かるよ、だがこの話はまだ終わらない。君が知りたいのはコレの話だろう?」
そう木山先生は無造作に容器を叩く、ようやっと聞きたい話が廻ってきた。それに御坂さんもピクリと肩を震わせ顔を上げる。どうやらこの話は御坂さんも知らないらしい。
「そうだ。あの鉄人の背中に取り付いていた容器。なんなんだそれは」
「分かりやすく言うならバッテリーだな、ただし中身は全くの別物だがね」
「別物?」
「この中身は言うなれば生命維持装置が正しい。中のモノが使えなくなるまでなるべく長く生き続けてもらうためのね。この中身が分かった時、流石の私も吐き気に襲われたよ。分かりづらいがこの容器の縁にはこの容器の正式名称が書かれていた。おそらくコレを見れば君達もコレの中身がなんなのか一発で分かるだろう」
そう言って木山先生が容器を俺に渡してくる。御坂さんが後ろから俺が見つめる先と同じ場所に目を這わせた。背中から伝わってくる御坂さんの息遣いが段々と荒くなって来たのが分かった。きっと勘付いてはいたのだろう。それが現実のものになっただけだ。
しばらくすると御坂さんは後ろの方へ駆けていき、勢いよく扉を開ける。トイレか。俺にも吐き出す場所が欲しい。コレは流石に、生き死にに慣れている俺でも自然と手に力が入った。
『MISAKA BATTERY』。
「ミサカバッテリー、その中身は胎児だ。ただ電気を吐き出すだけのモノすら考えられぬ生体電池。複数同時に使用する事で、同じAIM拡散力場の共鳴を用いて無理矢理出力を上げた代物。君の追っている鉄人を動かし、余剰の電流を吐き出している正体がこれだ」
煙草を灰皿に潰すように押し付けて新しく咥える。こんなの煙草を吸っていなければ聞くのも嫌だ。人間のする事ではない。一定の知識を与えられたクローンの方が遥かにマシだ。自分で考え自分で決める事ができる。殺されている二万体は、その気になれば逃げてしまえばいいのだ。それをしないのはそいつの責任だとまだ言える。
だが、だがこれは別だ。
胎児だって夢を見ると言う。外の世界に出た時に何をしようか、見たい夢を見ることもなく、ただ消耗品として使い捨てられる。そんなものに人生はない。白紙のノートに何も描くことなく破り捨てられる無念はどれほどか。俺だったら耐えられない。
コーヒーを一気に飲み干して、二本目の煙草を勢いよくまた潰す。
「木山先生、無力化する方法は?」
「おそらく御坂君ならばほぼ無力化できる。同じAIM拡散力場を持ち、尚且つ御坂君の方が強力だ。いくら共鳴させて出力を上げようと、
「そうかい、だそうだがどうする?」
部屋の入り口に戻って来ていた御坂さんを見る。泣いていたのか目が赤く、その表情は何かを決めて来た顔だ。
「ぶっ壊す」
「ああ、クソみたいな仕事の後にする仕事としては最高だな。初春さんにこの仕事を貰って正解だった。今回は初春さん達風紀委員も全面的に協力してくれるはずだ。初春さんがこちらにいるだけで俺達は最高の目を貰ったに等しい。初春さんにも白井さんにも御坂さんにも正体がバレたおかげで俺も好きにできる。御坂さん、よければ貸そう。相棒程の銃はないが、取り敢えずコレが今ある全部だ」
そう言って本棚にある一冊の本を押し込む。
壁、天井、床が勝手に開いて行き、俺が溜め込んで来た学園都市の銃火器類が姿を現わした。
「新しい相棒を全アタッチメントやオプションパーツを含めてスイスにある時の鐘本部から送ってもらうように通達したから二、三日中には届くだろう。だからここにあるものなら御坂さん達がどれでも好きに使っていい。初春さんや白井さんにも渡さないとな」
「全く、最近買ったソファーにも仕込んでいたのか? そんなものの上に座っていたとは、ここは武器の博覧会場みたいだな」
「ハハ……最っ高じゃない!」
笑う御坂さんに釣られて俺も木山先生も小さく笑い声を上げた。外から見れば、悪巧みをしている危ない連中に見えるかもしれないが、まあ間違いではない。展示された数多の武器を品定めする御坂さんを見ると、怒りが活力に変わってくれたようだ。落ち込む少女を慰めるのなんて慣れていないからそっちの方がありがたい。しかし、
「木山先生、それはモノも考えぬって言ってたよな? あの鉄人の中身は機械だった。なら鉄人を動かしているものはなんだ?」
「さてね、AI か、遠隔操作か、プログラムか、それとも別の何かなのか。目的もどこから来るのかも全て不明。私は犯罪心理学者ではないからね。残念だがそういう事には力になれそうにない」
「なんだっていいわよ、次に会ったらぶっ壊す。それで十分。それまではアンタも木山先生も見逃してあげるわ」
御坂さんの意見は確かに正しい。だが何か言いようも知れぬ嫌な感じが拭えない。必ず何か要因がある。能力者を殺して周る理由はなんだ?
いくら考えても答えは出ず、ただ夜だけが更けていく。明日になったら何か分かるのだろうか。なら早く明日を迎えるために、今日は早く寝てしまおう。