スイスの交通網は欧州でもトップクラスの安全性を誇る。イタリア、フランス、ドイツ、三国の大国と山々に囲まれ、中継地として道路、鉄道、空港の交通網は綿密に張り巡らされており、スイス内を移動するのに本来なら苦労はいらない。
スイスの高速道路を利用する場合には、『
「おい今ッ⁉︎」
「流石に高速道路出入り口は塞ぐか。そりゃそうだ」
進む道を塞ぐ車両をこじ開けて、『
助手席からちらりと浜面を伺えば、ぶつかってもアクセルから足を退かさず踏み込む姿。グレゴリーさんから踏み込み続けろとアドバイスでも受けたのか、弾丸のように進み続けてこそ『
ブレーキを踏み止まった時、その名の通り棺桶となっておしまいだ。サイドミラーに目を向けて、クーデター側のスイス軍人達が銃を構え引き金を引くがもう遅い。一歩でも高速道路に踏み入ればこっちのもの。インターチェンジから高速道路に飛び乗れば、戦車の主砲が待っていた。
「ちょッ⁉︎」
「そのまま行けッ!」
横目で浜面へと目を細めれば、目を見開きながらも歯を食いしばり浜面はアクセルを尚も踏み込む。それでいい。武器庫を飛び出してから、足を止めれば文字通り死だ。ナルシスの策略で連邦院まで足を運んだ時とは違う。『鍵』を俺が持っているか否か。場所を知っているか否か。それを一度確認し終え、既に用済みとなっているだろう俺達にはもう安全な道など残されていない。当たって砕けろ。
────ドゥンッ!!!!
腹の底を揺さぶるような轟音が撃ち鳴る。大気を揺らす振動が無理矢理俺の知覚を伸ばす。放たれた砲弾の軌跡が脳裏に写され、その線をなぞるように『
地に横たわる戦車の音を置き去りに、背後から
「イッハッハッ! 見たか孫市! そのまま行きゃれッ! あたしが目を光らせとるから安心ぢゃろうがッ!」
調子よく背後から背を小突くようなキャロ婆ちゃんの声に頭を抱える。インターチェンジで敵方の車両をこじ開けたからこそ、完全にバレているとはいえ、わざわざ歩く拡声器のように戦車のスピーカーで声を撒き散らす必要があるのか。固定砲台のように高速道路に置かれた戦車を掻い潜りながらチューリヒまで行かねばならない。故に逃げ道などないとはいえ、戦車狂いの生き生きとした声に肩が落ちる。
「……浜面、ここからチューリヒまで急カーブなんてほとんどない。好きにぶっ飛ばしていい。ところどころ崩れているだろうし反対車線も上手く使ってな。『
「分かった……ただ悪い、少しだけ……ッ」
ハンドルを握り前から目を逸らさずに乾いた唇を舐める浜面を目に、煙草を咥えて火を点けた。ただ前に進む事に浜面は集中している。不安や葛藤さえ置き去りに、『
小石に乗り上げる度に顎から汗を滴らせて小さく息を吐く浜面に目を細めて声は掛けず、胸ポケットに挟まれている
「法水?」
「学園都市へのお土産だ。終わったら滝壺さんにでも送ってやる」
「へっ、ばかやろう、くそっ、かっこ悪いところ見せられねえじゃねえか」
「気合い入ったろう?」
「アクセルメーターも振り切れたぜくそったれ! めちゃくちゃ入ったッ!」
浜面にも帰りを待つ者がいる。浜面だけスイスに来た事を何も言われなかったとも思えない。額の汗をレーサーグローブの甲で拭う浜面を見て笑っていると、後部座席から伸びて来た手が俺の咥えている煙草を摘み、一瞬後に窓の外へと転移する。フロントガラスに弾かれて還らぬ人となった煙草を追うように後部座席へ目を向ければ、大変いい笑顔の黒子が待っている。運転席と助手席と異なり、左右に長座席の取り付けられた広めの後部座席に座る土御門達は呆れたように肩を竦め、カレンには鼻で笑われた。
「孫市さんもかっこ悪いところ見せられないんじゃないですの?」
「煙草は別だろう? 甘い物は別腹と同じさ。競馬と煙草ぐらい許して欲しいものだがなぁ」
「それだけ聞くとただのダメ親父ですわね。二十歳にもなっていないのに酷い体たらくぶりですの。そういった姿はあまり見たくありませんわね」
「黒子も元気になっちゃってまぁ……、嫌いじゃないがな、黒子は俺の母さんかよ」
「お姉様と同じような事言わないでくださいまし!」とそっぽを向いて唇を尖らせる黒子に小さく笑い、懐から煙草の代わりに
「婆ちゃんだけで全部の障害を撃ち砕ける訳でもない。生憎遠距離の専門も俺だけだしな。黒子、助手席に来て俺の足を抑えてくれ、青ピや土御門やカレンだと窮屈で邪魔だしな。よろしく」
手招きするように足を動かし、連結させた『
「浜面、撃った時には衝撃で車体がヨレる。撃つ時は合図するから僅かにハンドルを動かしてスピンしないように衝撃を逃がしてくれよ」
「やってやるさ、それで、アクセルは絶対緩めるなだろ?」
俺達の情報が広がる程に、敵の攻勢は強まるだろう。だからこそ手が出せる内に手を出して人数の差を埋めるしかない。スイスでクーデター側が動いた時と同じ。最初にこそ強烈な一撃を与える。バレないように静かにひっそりとはおしまいだ。注目を集めチューリヒで『
目を惹く白銀の長大の槍。それが撃ち鳴らす音をスイスの誰もが知っている。その音をより大きく轟かせるように『
「よし」
────ゴゥンッ‼︎
鐘を打つ音が瑞西に響く。未だ『
「弾をくれ黒子、この体勢だと自分で取り出すよか早い」
「よく当てられますわね本当に……、戦車を一発なんて」
「技術と経験に感謝だな」
初めてなら当然そう上手くいかない。いかなる状況であろうとも弾丸を当てる。そういう心構えを持てという話ではない。それは決定事項なのだ。だからその状況に身構えるのではなく、そういう時でもいつも通り狙撃できるように訓練する。体を鍛える基礎的な訓練以上に、狙撃にこそ当然時間は割いている。水中で、空中で、炎天下の中、車上で、やった事があるからこそ、いつものように引き金を引ける。黒子から手渡される振動弾の弾丸を受け取りながら、何処かから飛んできた銃弾が車体に跳ねる硬質な音を聞いて黒子は小さく肩を跳ねた。
「ちょっとッ、孫市さん! 車内に引っ込んだ方がッ!」
「スイス軍の狙撃手でも出て来たかね、そう心配する事はない。そもそも射撃という奴はそこまで当たるものではない」
拳銃も戦車も戦艦も、命中率は実際そんなに高くはない。もし撃てば必中のような兵器であるのなら、第二次世界大戦の際にもっと死者は増えている。距離が離れれば離れる程に、それも動いている的であるならば当てる方が難しい。それを必中に変えられるものこそ技術。これまでの積み重ねと、波を掴み取る新たな知覚。英国でバンカークラスターを撃ち抜いた時よりもずっとずっと楽だ。アレをもう一度やれと言われてもそんなに自信はないが、高速道路上に置かれたような戦車に当てるぐらいなら今は訳ない。
「当たるものではないって……孫市さんはしっかり当ててるじゃありませんの。学園都市でもずっと」
「だから怖いんだぜい時の鐘って奴らは。特に一番隊の連中はな。世界中から高い金を積まれて雇われる理由が分かるだろう? 魔術師より能力者よりよっぽどイかれてるにゃー」
「狙撃手の癖に目立つ狙撃銃を取り回し、戦場で恐れられる最恐の象徴だからな。何度見ても勿体無いことだ。戦力を売る商品にそれを使うなど」
土御門とカレンの小言を鼻で笑い飛ばす。カレンも土御門も調子を取り戻すとこれだ。そもそも時の鐘が目立つ狙撃銃を使うのも、居場所がバレようとも圧倒的遠距離から敵を制圧できるからこそである。武力をひけらかして戦闘意欲をへし折るスイスの理念に合っているからだ。
「その弾丸を叩き斬る奴に言われたくないな。さあ二輌目だ。いくぞ────ッ⁉︎」
────ドゥンッ!!!!
背後から吹き抜けた砲撃の音が俺の体を舐めるように通り過ぎ、戦車の足元を抉るように砲弾が貫き重い車体がゆっくりと横に倒れ沈む。身を捩った衝撃に折れた肋が体の内側を擦り、その気持ち悪さに堪らず『
「二輌目だよ孫市! あたしぁまだまだ現役ぢゃてッ! ほれ、どっちが多く戦車を落とせるか勝負ぢゃな!」
「あぁ、婆ちゃんはっちゃけ過ぎだろ……、肋骨が内臓に刺さるかと思った……」
「あのお婆ちゃん元気やなぁ、本当に八十歳超えてるんか?」
「超えてる超えてる……それに元気なのは当然だ」
キャロル=ローリーが時の鐘にいる理由など一つだけ。好きに戦車を乗り回せ、戦車で戦えるから。それだけだ。砲身のついた車こそがキャロ婆ちゃんの狭い世界。俺の何倍も戦場で生き、これ以上の地獄の中を動く小さな要塞の中で過ごして来たキャロ婆ちゃんは、ある意味世界最強の引き篭もりだ。戦車の中ではいくら体が衰えようともその気性は昔のまま。戦車の中では、昔のキャロ婆ちゃんの幻影が映るほどに婆ちゃんから気が漲っている。
「俺達にとっての狙撃銃が婆ちゃんにとっては戦車なんだ。キャロル=ローリーは『
「キャロルお婆様が……、オーバード=シェリーさんもそうでしたけれど、『
銃と弾丸、それを弾く火薬さえ揃えば狙撃の準備は完了する。それを元に狙撃手を狙撃手足らしめるのは、手も届かぬものを射抜く意志。それが何より不可欠である。時の鐘に教義があるなら、目に見えるものなら必ず穿てと言ったところか。サタニズムの考えを基にしている現在の時の鐘曰く。
「目が前に付いているのは前に進むためだとな、その意志の体現こそが『狙撃』にあるとガラ爺ちゃんが言っていた。グレゴリーさんにとっては『
黒子自身が弾丸だ。それをより遠くに放つ為、手を伸ばしたい所へと意志を運ぶために狙撃銃を渡された。純白の『
「……孫市さんもですの?」
「そうだな……俺もまた新たな弾丸を握ったよ。時の鐘が放つなら、それは絶対に外さない。俺はようやく俺の必死を直接込める手段を手に掴んだ」
世界の振動が手に取れる。それと同じように、それ以上に、自分の体を揺さぶる己の鼓動が手に取れる。その振動に押されて動いていた想いを、今は直接それに合わせて撃ち込める。その為に必要な技術も狙撃銃も、ずっと前から木山先生と
『
積み重ねが形を成し、今は手の内にあってくれる。新たに開いた知覚の為にずっと準備されていたかのように。上条と
その感覚が少しばかり気持ち悪い。これが運命だとでも言うのか。それとも誰かしらの計略か。起こる出来事の結果は初めから決められているのか。勝つと決まっていようが、負けると決まっていようが、第三者に己が
背後から響くキャロ婆ちゃんの高笑いに身動ぎし、隣で顔を覗き込んでくる黒子の姿に苦笑した。
「……なんにせよ、自分の想いをどこに撃ち込むのか決めるのは自分だ。周りの評価を気にしてはられない」
引き金を引くのは自分の狭い世界に準じて。その結果が正しいのかどうかは大衆の漠然とした常識が決めてしまう。狙撃手も戦車乗りも平時の際は必要なかろうとも、必要な時が存在する。存在してしまう。どうしようもなく磨いた暴力を振るえる場所。使う時さえ間違えなければ、正しい事と肯定される。俺達もクーデター側も同じ事をやっていても違いが生まれる。それを理不尽と言うのか。法に背いた方が悪いのか。絶対の基準などないのなら、己がものさしを信じるしかない。
カレンに怒られそうな事を考えながら、黒子から受け取った弾丸を『
「さあ、チューリヒまで過激な障害物競走だ。風穴開けに突っ走ろうかッ!」
それに応えるように『
極度の緊張感と集中の連続に滝のように汗を垂らす浜面を横目に、崩れた街並みに目を這わせた。相手の手数が増えようが疎ら。一度不完全でもスイスを掌握し、戦力が全土に散っていればこそ。地区単位に武器庫が置かれているだけに、その地区を容易に離れられない。外敵には強固であっても、未だ反乱軍が潜むスイス内で高速で動く相手に対応が遅れている。クーデターの為に立ち上がろうと、英国の騎士派と違い混成部隊である連携の拙さが如実に表れている。一朝一夕で完璧な連携など取れるはずもない。相手のことを全く知らないのなら尚更だ。
高架橋に配置された戦車を無力化しながら、チューリヒの名の出た看板に口角を上げるその先で、リマト川を跨ぐ道路が横合いから飛んで来たミサイルに吹き飛ばされて打ち崩れた。
「法水ッ‼︎」
「そのままでいいッ! 流石にチューリヒに近付くと相手の武装も整ってきやがるッ!」
「そのままでって……ッ」
「青ピッ‼︎ 合図したら『
「……マジで? くそッ! やってやるよッ! 任せとけッ!」
浜面がハンドルを握り締めるのを目に、青髮ピアスの人外の膂力が棺桶の天井を凹まれる僅かに浮いた車体を押すように、横合いに伸ばした『
ガリガリと防音壁に天井を擦り火花を散らし、振動にタイヤがブレないようにハンドルを固定する浜面が緊張の吐息を飲み込むと、傾いた車内を物ともせず、跳ぶように棺桶の内壁に体当たりした青髮ピアスの衝撃に横転しようとしていた車体が無理矢理地に足を落とされた。
跳ねる車体。曲芸走行に驚いたのか、一瞬銃撃の類が止むが、凹みながらも走るのを止めない『
「掴まってろッ! 絶対だッ! チューリヒまでは俺がッ!」
二百キロ、三百キロと速度を増して、背後から迫る破壊音の中大地を削る。一歩先の道を砕かれ跳ね上がった車体を無理矢理滑らせる事で尚も前進を止めず、車体が横を向いたのをいい事に、『
────ズズズッ!!!!
「なんですの?」
鐘の音の残響が響く中、黒子の小さな呟きも、砲撃音も破壊音もエンジン音さえかっ喰らい、地滑りのような音が全ての音を飲み込んだ。血の気の引いた肌を振り払うように慌てて窓の外へ顔を出し空を見上げる。空を裂くように不自然に唸る風の砲弾。山々の遠吠えが透明な刃となって空を駆けている。スイスの空を守る防衛魔術。スイスを絶対の要塞とする自然の無慈悲な一撃が空に透明な歪な線を一本引く。
外国の戦闘機でも領内に侵入したのか? 違う。弾道ミサイルでも穿つ為に? それも違う。
赤らんで来たスイスの空、歪な線の先端で輝く銀光が答え。
「……来た。青ピ、俺達の出番だ」
攻撃が通らないからと、スイスの要塞魔術砲撃に張り付き距離を潰して来た騎士の姿を思い描き小さな笑いが口端から漏れ出る。ぶっ飛んでいる。阿呆らしい。それは移動用に使うような魔術ではない。
銀の煌めきが空から落ちる。空から星が降って来る。『
搔き混ざる車内の中で黒子と浜面穿つ引っ掴み、青ピとカレンが土御門を掴むのを目に車外に放り出されないように高速装甲車の内壁を握り締める。建物の壁に頭から突っ込み大地に転がる装甲車の中で、舞う埃を払うように青髮ピアスが鉄のボディーを蹴り抜き壊し、ひしゃげた車から外に這い出た。
「……丈夫な棺桶で助かったな……あの世まで運ばれなくて何よりだ。黒子、土御門、カレン、浜面、作戦通りだ。『
「法水……俺はッ」
「浜面、ここはもうチューリヒだぜ? よく運んでくれた。そのままこの先にあるだろう閉じてる扉も開けてくれ、金庫までな」
「ッ……おう!」
「孫市さん……また後でッ!」
黒子に手を振り返し、走り去って行く四つの足音を耳に煙草を咥えて火を点ける。手を伸ばして来る青髮ピアスに手渡し一口吸うと、すぐに噎せて押し返された。
「孫っち、よくこんなの吸えるわ。ボクには無理や、何がええんやそれ」
「これはだな……煙の動きで風が読めたり、光源にもなる優れもので」
「物は言いようやねそれ、にしてもまた二人やね。孫っちとは本当に肩を並べてばっかやな」
「肩を並べるなら女がいいってか?」
「そんなとこ、そんなとこ! ……でもまぁこれも悪くはあらへんよ。男の子なら偶には喧嘩もしたいもんやろう? ようやっとボクゥも孫っちの喧嘩に混ざれるんやからね」
拳を鳴らし笑う青髮ピアスの笑い声を散らすように手を振るう。
「見た目通り不良っぽい事言うんじゃないの。隠れてばかりいた癖に、随分と目立ちたがりな事で」
「第六位としてはそりゃあなぁ、でも青髮ピアスとしてはそれもおしまいやね。ボクゥもなぁ、カミやんや孫っちに置いてかれたくないわ、つっちーみたいにずっと潜んでもいられんよ。ボクゥもまだ自分を掴んでないからや、誰でもないから一歩ボクゥも進まんと」
「なに言ってるんだ、お前は女好きの青髮ピアスだろう? 少なくとも誰でもなくなんてない」
時の鐘から学園都市へ。俺をスタートラインに立たせた一人。学生などという日常に連れ込んでくれた馬鹿みたいな悪友。俺が俺である為に、俺を俺だと呼んでくれる者が誰でもない訳もない。目を丸くした青髮ピアスに顔を向けられ、困ったように笑われた。
「ご、ごめんな孫っち。ボクゥ男に口説かれるんはちょっと……」
「お前マジ死ね」
突き出した拳を容易く避けられ肩を落とす。誰でもないなんて事もないが、誰にでもなれる悪友の姿にため息を吐き、荒んだ床を蹴る足音に目を向けた。足取りが重くなる事もなく、整然とリズムよく大地を蹴る騎士の影に口に咥えていた煙草を投げつければ当たらず透け、これ見よがしに舌を打った。崩れぬ微笑が薄っぺらだ。
「いやいや、諦めが悪いのは君もかな。チューリヒまで来るなんて、やはり『鍵』を持っているんじゃないか孫市」
「対空魔術の砲撃の乗ってやって来た宇宙人に言われたくないな。しつこい男は嫌われるぞ。ストーカーか? さっさと警察にでも出頭しろ」
「宇宙人なら研究所の方がええんやない? 頭に電極でもぶっ刺されれば、緩んだネジも締まるかもしれへんよ」
「それもそうだ、ただ緩むどころかネジが足りないんだから無駄だきっと。研究所より行くなら整備工場だな、ネジを足して貰わないと」
「それもう生産中止なんやない? そうなると廃棄場くらいしか行くとこあらへん。残念やなぁ自分」
「君達は……頭でも打ったのかい?」
オーバード=シェリーの名さえ出さずに嘲笑する俺と青髮ピアスがそれほど可笑しいのか。笑みを消して眉を顰めるナルシスの姿に手を叩く。過去に引き摺られ、未来を羨望するのはもうお終い。今だけが俺の全て。描きたい物語こそ描く。今は今しか描けないから。ボスを心配し落ち込むよりも、スイスを憂い悲しむのも、そんな事で引き金を引く指が鈍るのならば必要ない。悪友と共に今を彩る方がずっと素敵だ。過去の輝きより今の輝き。金庫に走る止まらない四つの影の輝きに負けてなどいられない。
「他の子達は先に行ったのかい? 言ってはなんだけど辿り着けるとでも? オーバード=シェリーも君達も無駄な事に時間を割くのがお好きなようだ」
「無駄、無駄かなぁ? ナルシス=ギーガー、その右手どうしたんだ? 怪我してるじゃないか、攻撃当たらないんじゃなかったっけ?」
「目敏いね、君達『
中華娘? 誰? 俺が知っている時の鐘の中華娘となると
「チューリヒはスイス最大の都市だよ? ベルン以上に包囲の厳しいこの街に来たのは間違いだったね。オーバドゥ=シェリーの亡骸にさよならも言えず残念だね」
「嘘で人の心を折ろうとするな。例えそうでも『
「……そうだとして、そこに辿り着けると本気で思っているのなら甘いんじゃないかな傭兵? 君も分かっているはずだ。今まさに狙撃手が君の仲間を狙っている。俺には見えているぞ? 魔術師の土御門とやらが防御魔術でも使うのか? それとも剣もないカレンが弾くのかな? あの
歯噛みし『
『
────ゴゥンッ!!!!
時の鐘の音が鳴る。目を見開いたナルシスは動きを止め、俺も静かに目を見開いた。
俺は引き金を引いてはいない。それでも鐘の音が鳴る。一つ二つ三つ四つ。聞き慣れた音がチューリヒの街中で響き合う。これまでボス以外の時の鐘の姿がほとんどなく、誰も動かなかった訳。クロシュは此方の思惑通りだと言っていた。必ずそこまで手が伸びて来ると信じて待っていただけ。時の鐘の銃声には癖がある。その癖は聞き覚えにあるもので。
「……あんまり狙撃しないんでゲルニカ錆びてんじゃねえのかロイ姐さんッ!」
「……やはりだ。君達が一番の邪魔だ。ヴェネツィアでも学園都市でも。目障りだね。今日ここで、もう見なくて済むように根絶やしにしよう。俺の足を一番に引っ張ってくれた君達を俺が直々に刈り取ってあげようか」
「ああもう見なくて済むようにその両目に穴開けてやる」
「攻撃が当たらないっていつの話なん? ボコボコにされる準備はええよな? 返事はいらへん、もうしなくてようなるからな」
「この世に絶対も無敵もないんだよ。だからこそ必死があるッ! 目に見えるなら、
鐘の音が一つ増える。白銀の槍が天に向く。時計の針が動き出す。チューリヒの街を貫くように。目にした相手を穿つ為に。