時の鐘   作:生崎

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旧約の終幕 篇
旧約の終幕 ①


 病室の中でカタカタとパソコンを叩く音が響く。口に咥えた煙草から登る紫煙が風に揺らされ目前を過ぎ、火を消すために押し付ける灰皿には既に吸い殻が山となっていた。

 

 それを一瞥する事もなく再び煙草を咥えて火を点ける俺の姿に呆れたように黒子は肩を竦めて、灰皿を手に取ると中身を捨てるためにゴミ箱へと向かった。

 

 スイス動乱、十月二十四日に全てが終わり、今は十月三十日。ロシアへと足を向けた青髮ピアス、土御門元春(つちみかどもとはる)浜面仕上(はまづらしあげ)の三人と今正にロシアに居るだろう上条当麻(かみじょうとうま)の事が気が気でならない。

 

 本当なら俺もロシアへと向かいたかったが、身体中斬り傷だらけ、心臓スレスレに鉄の棒が突き刺さった穴が未だ完全に塞がらず、骨もくっ付いて居ない中で第三次世界大戦の激戦地であるロシアの地を踏むのは誰が見ても死ぬとしか思えないらしく、十月二十四日から俺はずっと病室に缶詰だ。

 

 崩壊したスイスを取り敢えずの軌道に戻す為、時の鐘(ツィットグロッゲ)もスイス連邦五代目『将軍(ジェネラル)』となったカレンも大忙し。一度崩れたのだし垣根は必要ないと、人種も国も宗教も関係なく。今のスイスは対空魔術を使用し空からの攻撃を無力化しながら、一般市民達の避難場所として大々的に開放されている。戦火の押し込められていた地獄から、戦火から人々を守る為のシェルターに。これこそ本来の在り方だ。

 

 慣れていないだろうに『将軍(ジェネラル)』としての責務を全うしようと動いているカレンを眺めているだけなど、自分を許せるはずもなく、だからこそ病室にいてもできる事に俺の今を注ぐ。

 

「先輩、ノボシヴィルスクに居るミサカ19999号とミサカ20000号からの報告が届いています。同時にミサカ10777号から緊急でお知恵を借りたいと。ドーバー海峡でイギリスとフランスが遂に対面を果たしたようです。とミサカは立て続けに報告致します」

「分かった。クロシュ、10777号さんの要件を一番に片付けようか。撤退戦に使えるだろう戦術の擦り合わせだろう? 敵方を既に捕捉しているならどんな相手がいるのか情報をくれ」

 

 時の鐘の事務服に身を包んでいる妹達(シスターズ)の一人、クロシュからミサカネットワークを使いもたらされる情報を纏め、随時クロシュから他の妹達(シスターズ)に発信してもらう事によって世界中の戦場の情報を手中に収める。安全な場所にいながら戦場にいる者に手を貸すというのが歯痒く居心地が悪いが、これが今俺にできること。事務仕事が嫌いなボスや、風紀委員(ジャッジメント)として情報の取りまとめをしている飾利さんも今の俺と同じ気分なのか。

 

 苛つきを抑えるために煙草を咥えながらクロシュの言葉に耳を傾け、戻って来た黒子がベッドの脇、クロシュの隣に座る音を聞きながら、ベッドの横の小さな机の上に置かれた紙コップを満たすコーヒーを舐めた。

 

「歯痒いですわね」

「全くだ。だが今はいい方に考えるしかない。落ち着いて情報を見回せる者も必要ではある。普段それを俺は飾利さん達に任せているからな。偶には俺も誰かの必死の手助けをしなければ割に合わないというものだろうさ。それにここには三人もいる。三人いれば文殊の知恵だ。クロシュ、敢えて敵を撃ち殺す事はせずに足を撃ち抜けと伝えろ。必要な結果が撤退であるのなら殺し尽くす必要は寧ろない。無論全滅させられれば逃げるのも楽だが、脅威と判断され戦力を投入される恐れもある。相手側に怪我人を多数内包させて足を殺せ。敵の足が緩んだところで此方の重要度の低い土産を置いてやればほぼ確実に止まる。今回の目標は命を大事に。だろう?」

「では先輩の言う通りに。助かります。ミサカ達も心得はありますが、実際に多くの戦場を経験している方が居てくれるのは心強いです。とミサカはミサカ達の総意を先輩にお伝えします」

「なに、後輩の頼みだ。俺の頼みでもある。付きっ切りですまないなクロシュ」

 

 電波塔(タワー)打ち止め(ラストオーダー)さんと違い表情に乏しいが、薄く笑ってくれるクロシュに笑みを返し、紙コップをテーブルに戻した。上条に救われ、クローンとして生まれながらも命を使い捨てるような事はしないと自分で決めた妹達(シスターズ)の必死の助けになるのなら、俺の経験を貸すぐらい迷う必要などない。少しでも世界中の妹達(シスターズ)の生存確率が上がるのなら、無償で俺は知恵を貸す。自分で引き金を引く訳ではないからこそ、時の鐘の後輩の頼みだからこそ、特別だ。

 

 俺と、御坂さんと服以外全く同じ姿のクロシュとのやり取りを微妙な顔で見つめている黒子に、「クロシュ」と言って妹達(シスターズ)を指差せば、「分かってますの」と唇を尖らせて返される。分かっていてもそこまで見た目が瓜二つだと気になってしまうのは分からなくもない。無表情で椅子に座るクロシュを見つめ、いいことを思いついたので指を鳴らした。

 

「確かに、折角妹達(シスターズ)にも個性が出て来たんだろう? いい事だ。俺は凄いいい事だと思う。自分の物語は自分で描いてこそだからな。もし俺のクローンがいたら自分で選べボケと蹴っちまうだろうから。クロシュももう少し自分を出せばいいんじゃないか? 御坂さんとも他の妹達(シスターズ)とも違うのだから」

「どういう事ですか先輩? とミサカは首を傾げます」

 

 ライトちゃんが自分の名前の呼び方を強制して来たように。名は体を表すという言葉もある。それで何が変わるんだという気がしないでもないが、それが少しでも助けになればいい。即ち。

 

「クロシュも自分のその呼ばれ方が気に入ってるなら自分をクロシュと呼べばいいのさ。いっそ改名してしまえばいい。今日から御坂クロシュとな。悪くないじゃないか言いやすくて」

「いえ、そんな、ミサカだけそれは……。それは許される事なのでしょうか? とミサカは汗ばんだ手を握ります」

「決めるのはクロシュさ。別に変えなくても、少なくとも俺も黒子も気にしないさ。なあ黒子?」

「妹様がご自分でお決めになったのでしたら、きっとお姉様も笑って受け入れてくれますの。ただ時の鐘が名付け親などと知られると、苦い顔をすると思いますけれどね」

 

 確かに苦虫を噛み潰したような顔をする気がする。御坂さんから俺はあまり好かれていないしな。俺も御坂さんは苦手だし。眩く輝かしい少女であるのは確かなのだが、だからこそ同じ方に進もうとするとバチバチと電気を飛ばされて進み辛いと言うか。その輝かしさが眩し過ぎて目が痛い。上条と似たタイプだ。

 

「それにクロシュ、スイスはこんな有様だし、お前は時の鐘預かりなんだ。お前も学園都市に来るんだろう? そうなると一先ず『時の鐘(ツィットグロッゲ)』学園都市支部の事務員として俺と浜面のサポートをして貰う機会もあるだろうし、できれば決まった名前があるとありがたいんだが」

「ちょ、ちょっと⁉︎ わたくしそんな話聞いてないのですけれど⁉︎ 貴方と浜面さんが時の鐘として動くのは勝手ですけれど、妹様まで⁉︎ 何自分だけいけしゃあしゃあと妹様とよろしくやろうとしてるんですのッ‼︎ 風紀委員(ジャッジメント)にも一人くらいいてくれてもいいでしょうが!」

「ば、馬鹿⁉︎ ヘッドロックしようとするな⁉︎ 俺怪我人! 俺怪我人‼︎ 煙草もあるし危ないぞ! 文句はクロシュを時の鐘に呼び寄せたボスに言え!」

 

 そんな四六時中御坂さんの顔を見ていたいのかは知らないが、もう時の鐘に参入しているのならば、基本俺は味方になる。他の妹達の事は知らないが折角できた後輩だ。ほんとマジで待ち望んだ後輩である。浜面もそうだけど今居ないし。どんな理由があれ時の鐘になったのなら、目に見えるものを信じ、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の法に従ってもらう。

 

 曰く『サタン』、『ある少数派的な精神性と思想を示す言葉』。サタンとはそれ即ち『人』の事。人を一つの世界とし、個の意思を尊重するのがサタニズム。宗教的主義の一つでありながら、何者をも信仰せず、虚栄や自己欺瞞(ぎまん)、見通しの欠如などを罪とする。罪としながらそれを成すかすら強制ではない。時の鐘の思想の元となっているらしい悪魔主義について入院している事をいい事に学び直した。宗教の話をするなら、時の鐘は分類的に無神論的サタニズムに該当する。

 

 神も奇跡もその効果を実際に目にしたならば、その存在を素直に認めはしても信仰はしない。故にクロシュ、ミサカ17892号さんにも妹達(シスターズ)という全体ではない自分をできれば持ってもらいたい。上条の狭い世界の触れた事で、その足掛かりは既に持っているのだ。この世に生まれたのならば、自分の人生わたくし描いてもいいはずだ。それが良くないものであればバチが当たるだけ。踏み外し枠の外に踏み出したなら狩られるだけ。

 

 御坂さんの妹ならそんな心配はいらないだろう? と黒子にヘッドロックされながら笑みを向ければ、クロシュに小さくそっぽを向かれる。

 

「そ、そういきなり言われましても……ミサ……えと、ク……ミサカは……」

「時間はあるんだ。好きにすればいいさ。俺の妹達(シスターズ)の知り合いなんて基本ライトちゃんと電波塔(タワー)くらいのものだし、そんなに風紀委員(ジャッジメント)に欲しいなら黒子、電波塔(タワー)を勧誘でもしろよ、アレはちょっと俺には無理」

 

 自由過ぎて手が付けられない。いつどこで出てくるのかも分からない電波お化けだ。黒子や飾利さんが見張っていてくれるなら俺も安心。

 

「……大きな妹様はちょっと」

「おい」

 

 ちょっとじゃないよ。差別だぞ。風紀委員(ジャッジメント)らしくせめて取り締まってくれないものだろうか。ヘッドロックの緩んだ黒子の腕から逃れてペン型の携帯電話の頭を小突けば、「No!」とライトちゃんからもどうしようもねえやと言われてしまう。電波塔(タワー)に対して深く考えると頭痛がするので深く考えるのはよそう。

 

 椅子に座り直す黒子を見送り、再びパソコンに向き合うと同時、クロシュから感じる波の乱れにふと指を止める。まだ見た事はないが、ひょっとして噂をしてしまった為に電波塔(タワー)でも降りて来たのかとクロシュに顔を向ければ、そういう事ではないらしく無表情で、ただその中で若干眉を顰めていた。

 

「……どうした?」

「今ロシアで……上位個体と一方通行(アクセラレータ)の元に不明なミサカが接近。とミサカは報告します」

 

 その言葉に少し体が跳ね、口に咥えていた煙草から灰が零れた。打ち止め(ラストオーダー)さんの反応を追っている者がいるらしい事は聞いていたが、マジで行きやがったか。体調が悪いらしい打ち止め(ラストオーダー)さんからは情報を得るのが難しかったが、おそらく目視できる程の距離に来た為に状況でも変わったのか。それよりも……。

 

「不明な妹達(シスターズ)と言ったか? なぜ妹達(シスターズ)と分かった? 打ち止め(ラストオーダー)さんからの情報か?」

「上位個体は今ろくに動ける状態ではありません。会敵者はミサカネットワーク内の一方通行(アクセラレータ)の情報を閲覧しているようです。何を見ているのかまでは分かりませんが、ミサカネットワーク内に接続された状態からして」

妹達(シスターズ)の誰かって訳か。ただ誰か分からないなんて事があるのか? オフラインである訳ではないんだろう? 誰か分からないとなると……」

「新たなミサカである可能性があります。とミサカは目を細めます」

 

 渇いた笑いが口の端から漏れる。学園都市も学ぶという字が付いていながら学習しない。人を道具のように生み出して何がしたいのか。ろくでもない物語を描きたくてしょうがないらしい。額に青筋を浮かべた黒子の手を握り締める音を拾いながら、煙草を灰皿に強く押し付け火を消した。

 

「……わざわざ一方通行(アクセラレータ)さんを追うのに新たな妹達(シスターズ)を生み出し使うか。性根の腐った手を使うな。必死を向けられれば必死を返すが、そいつの必死でもないのに向けられても反吐が出るだけだ。そもそも一方通行(アクセラレータ)さんは杖ついてようが学園都市最強だぞ? それで向かわせるのが妹達(シスターズ)っていうのは……」

 

 そこまで言い、無謀であると言葉は出ず、苛つく内心を隠すように煙草を咥える。……そうか、俺の使った手とある種同じ。超能力者(レベル5)は確固たる自分だけの現実を知り持つが故に、能力に性格や思想までも反映されている。暗部の抗争の際に第四位と第二位の能力から行動原理と心に迫ったその逆。心と行動原理に介入し能力を乱す算段に違いない。

 

 妹達(シスターズ)を一万人近く学園都市の実験で殺した一方通行(アクセラレータ)。それを上条が止め、俺が見た事あるのは打ち止め(ラストオーダー)さんと仲良くしている白い男の姿だけ。殺して来た相手の上位個体と仲良くし、能力が使えなかろうと立ち上がり守った一方通行(アクセラレータ)がどんな想いを持っているのか。敵になれば再び問答無用で殺すような関係なのか。その答えは……。もう一度見ている。

 

「……一方通行(アクセラレータ)さんと何とか連絡が取りたいが……難しいか……。その新たな妹達(シスターズ)の目的がなんなのか知りたいな。打ち止め(ラストオーダー)さんを外に連れ出した事による捜索だけなのか、学園都市外に逃亡した一方通行(アクセラレータ)さんの抹殺か」

 

 なんにせよ、連れ戻すなら必ず戦闘にはなるだろう。説得されて帰るぐらいならわざわざ一方通行(アクセラレータ)も誰に何も言わずに学園都市外に出る訳もなし。そもそも説得だけなら妹達(シスターズ)を使う必要もない。

 

 ただ上位個体がいる中でわざわざ出向くというのは……打ち止め(ラストオーダー)さんと仲のいい一方通行(アクセラレータ)さんが妹達(シスターズ)と戦うのをわざわざ打ち止め(ラストオーダー)さんが見過ごすとも思えない。打ち止め(ラストオーダー)さんの信号を受け付けない特別な処置でもされていると見た方がよさそうだな。なんとか介入する方法があるとすれば……。

 

「……ライトちゃん、プロテクトを緩めて電波塔(タワー)とコンタクトを取れるか? あまり会いたくないが、新しい妹達(シスターズ)だろうが妹達(シスターズ)が勝手に使われるのをアレは嫌う。どうせもう動いてるんだろう? どうせ今は俺も時の鐘が休止中で動いてるし、今回は無償で協力といこうか。特別サービス期間だぞ全く」

はーい(OK)お兄ちゃん(brother)!」

 

 ペン型の携帯電話の頭が飛び出し、それを掴み取り耳に押し付ける。スイスで妨害電波や妨害魔術が飛び交っていた内乱状態の時とは違い、今ならどれだけ距離があろうが繋がるはず。インカムを数度小突けば、久し振りに小煩い声が鼓膜を揺らす。

 

「やっほー! 法水君の方からわざわざ連絡を取ってくれるなんてどんな心境の変化だい? 愛しの電波塔(タワー)ちゃんだよ! 私とお話ししたいなら毎晩電話をくれてもいいのにー! と、冗談は置いておいてなぜ連絡をくれたかは分かっているさ。検体番号(シリアルナンバー)ミサカ17892号の目でずっと見て、耳で聞いていたからね。本当ならその子と変わりたかったところなんだけど、体を借りる許可がどうにもその子から貰えなくてね。こう見えてちゃんと許可を取ってから借りているのだよ? 良い子だろう私は。妹達(シスターズ)の中にもちょっとだけ法水君のファンが居てだね、勝手に動かないように私がファンクラブの会長を」

「話が長え。ファン云々はどうでもいい、俺はアイドルじゃないんだからな。今の問題は新しい妹達(シスターズ)はどんな奴なのか、一方通行(アクセラレータ)さんと連絡が取れるのかだ」

 

 不機嫌にインカムを小突けば、ため息を返され電波塔(タワー)は少しの間口を閉じた。黒子とクロシュに見つめられる中、少しして「可能か不可能かの問いへの答えなら可能だ、とミサカは断言」と。

 

「確かに打ち止め(ラストオーダー)は動ける状態ではないけれど、私が口を借りて言葉を届けるぐらいならできる。打ち止め(ラストオーダー)の体を携帯電話代わりにね。ただしそれを此方から強制する事は不可能だ。仮にも上位個体だからこそ、打ち止め(ラストオーダー)の許可が…………今降りたから可能になったよ。あの人を頼むと可愛い妹からの伝言付きで。そうなると、新たな末妹の情報だけど、情報を探る事に関して妹達(シスターズ)の中で私の右に出るものはいないさ。オフラインにでもならない限りはね。少し待ってくれたまえ、とミサカは報告。それと報酬はだね、私の名前を是非法水君に付けて欲しいなーなんて、とミサカは要求」

 

 俺が報酬取らないのをいい事に報酬取ろうとしてんじゃねえ。しかも何その報酬。もう電波塔(タワー)って名前があるのになんでまだ名前欲しいの? 俺が名前を付ければたちまち幸運になったりしないぞ。意味が分からずただただ肩が落ちる。ミサカネットワーク内でこの会話を垂れ流してでもいるのか、クロシュが僅かに目を見開き、首を傾げている黒子に気付き耳打ちした。途端、黒子の目が冷たくなった。なんでだよ。もうこのインカム外に投げ捨てるぞ。

 

「孫市さん? どこぞの類人猿のような真似しないでくださいません? まったく……ここでインデックスさんの気苦労を知る事になるなんて……なんでわたくしが殿方に……」

 

 黒子がぶつぶつ言っていて怖い。これも全て電波塔(タワー)の所為だ。だから電波塔(タワー)と会話をするのは嫌なのだ。いつもいつも何か俺の大事な物が奪われているような気がする。

 

「お前はもう電波塔(タワー)じゃん。それでいいじゃん。他の名前とかいらないんじゃないの? おぅ、いらないな」

「やだ、とミサカは拒否。『電波塔(タワー)』なんて能力名みたいなものだしね。ちゃっかりミサカ17892号には改名しろみたいな事言っておいて、私にはなしはあんまりじゃないかい? 私の方が付き合い長いんだよ? うっかり法水君のマル秘情報をいろんな所に送ってしまいそうだよ、とミサカは困惑」

 

 困惑してんのは俺だッ! それもう要求じゃなくて脅迫なんだよ! なんで一方通行(アクセラレータ)打ち止め(ラストオーダー)さんがやばそうな時にこんな必要なさそうな会話に時間割かなきゃなんねえんだ! これだから電波塔(タワー)は!

 

 肩がどうしようもなく落ちてしまう中で、「例えば法水君の母君とか」と絶対聞きたくなかった例を出され、肩が一度強く跳ねた。それだけはマジでやばい。絶対嫌だ。なんの情報を送りつける気か知らないが、ろくな事にならなそうな事だけは確かだ。文句を吐こうと口を開けば、「分かったよ」と言った電波塔(タワー)の真面目な口調に口を閉ざされる。

 

「名称は番外個体(ミサカワースト)といった具合かな。ミサカネットワーク内の悪意を拾うように調整されているみたいだね。一方通行(アクセラレータ)を殺す気らしい。これは私も一枚かまされたか……、他人の悪意を掠め取るとは。どうも上位個体達の命令を無効化するセレクターという装置が埋め込まれてるみたいだ。この所為で私も末妹の体をジャックできない。更にこれは……自壊用の装置でもあるようだね、とミサカは憤怒」

「ガチで人型爆弾か……しかも待て、自壊用?」

 

 肉体的にではなく、精神的な爆弾として妹達を使うという事か。どんな結果になろうとも、上条が一方通行(アクセラレータ)さんに勝ち、実験が止まってからなくなったはずの妹達(シスターズ)の『死』を何があっても一方通行(アクセラレータ)さんに突き付けるため。そんな事の為に生み出され命を一つ無駄にするか。電波塔(タワー)が怒る理由も分からなくはないが……。

 

「お前はいいのか電波塔(タワー)……こう言っちゃなんだが、ある意味で妹達(シスターズ)が復讐するチャンスなんだろう? 一方通行(アクセラレータ)さんと妹達(シスターズ)の問題なら、俺が深く立ち入るような問題でもないのだろうよ。クロシュ、お前の言葉も聞かせろ。俺がその場にいるなら、話を聞き俺は俺の意志で引き金を引くが今はスイスに居るのだし。俺の知恵は必要か?」

「それを私に聞くのかい? 私の立場はある意味一方通行(アクセラレータ)と同じだよ。ライトちゃんには嫌われている有様だしね。一方通行(アクセラレータ)への復讐なんてわたしは興味ないよ。もっと興味あるものがあるのだし。その判断は妹達に任せようか、とミサカは返答」

「ミサカは……」

 

 膝の上で手を握り締めたクロシュは小さく俯き、そんなクロシュへと黒子は手を伸ばそうとするが。途中で取り止め自分の膝の上へと手を戻した。御坂さんの妹達(シスターズ)。誰かの思惑で生み出されたのだとして、生まれたならば、いつかは自分で立たねばならない。何もない中に自分の狭い世界を生む。

 

「ミサカは……いえ……く……クロシュは先輩の後輩ですから。『今』を信じます。スイスでそれをクロシュは知りましたから。例えどんな過去があっても、それを選んだのはミサカです。他のミサカにも大事な『今』を。先輩……とクロシュは頭を下げます」

 

 顔を上げたクロシュの瞳に宿る光を見つめ、口の端が勝手に上がる。己だけが持つ意志の輝き。それがどれだけ小さくとも、今確かに目の前にある。ならその輝きに応えなければ勿体ない。それができるのも今なのだ。俺の経験と記憶の引き出しに手を伸ばし、使えそうなものを探る。

 

電波塔(タワー)……一方通行(アクセラレータ)さんに伝えろ。体を奪えずとも番外個体(ミサカワースト)とやらの状態までなら探れるんだろう? 番外個体(ミサカワースト)の自壊に必要な機械の位置、殺さずに自壊される前にそれをピンポイントで作動できないように破壊できればいい訳だ。戦闘中に相当細かな動作を要求されるだろうが、そこは学園都市第一位の意地を見せろと。その位置の把握は電波塔(タワー)に任せる。どんな理由で妹達(シスターズ)が来たのか知らないが、迷いがあるなら打ち止め(ラストオーダー)さんを見ろと。それが俺の知る白い男の必死のはずだ。積み上げ続けたものは無駄ではないさ。だから必死になれるんだろう? 気に入らない物語は穿て、欲しいなら自分で摑み取れとな。ちなみに俺は掴み取ったぞと煽ってやれよ」

 

 インカムを小突き、一分、二分と時間が経つ。

 

 スコープの狭い世界を除いても見えない遠方の地。

 

 できるのはただ言葉を吐くだけ。

 

 歯痒く、病院のベッドで時間を使っている事が忌々しい。穴の開いていた胸を撫ぜ、言葉が届いたのを信じるだけ。一方通行(アクセラレータ)の物語。それが鈍くも輝いている事を知っているからこそ、きっと目にできれば俺は笑ってしまうだろう。襲撃者が何者であろうとも、下らぬ外道なら一方通行(アクセラレータ)は下がる事なく、気に入らないものを撃ち抜くはずだ。猟犬部隊(ハウンドドッグ)の時も第二位の時も、不器用な優しさがある事を見て知っている。

 

「うん…………、一方通行(アクセラレータ)から、余計なお世話だくそったれ。誰のケツ蹴り上げたのか分かってんのか、次会った時覚えてやがれって、とミサカは受信」

 

 なにそれ……。ちょっと、それ本当に一方通行(アクセラレータ)からの返事? なんか俺喧嘩売ったみたいになってない? ちゃんと俺の言ったような感じで伝えたのか? 煽れとは言ったけど煽り過ぎてない?

 

「ちょっぴり盛っただけさ、とミサカはやったぜ」

「絶対それちょっぴりじゃねえだろ! 次会ったら覚えてろとか言われてんじゃねえか! 絶対怒ってんじゃん! 矛先が俺に向いてるじゃねえか! ちょっと……ちょっとッ!」

 

 誰も俺と目を合わせようとしてくれない。全員俺を生贄に捧げる気満々だ。く、黒子まで……。病院にいるのに心が痛い。

 

 なんにせよ、それだけ一方通行(アクセラレータ)さんに元気があるなら大丈夫そうだ。紙コップへと手を伸ばし手に取れば、電波塔(タワー)の声ではなく、電話が来た事を知らせるライトちゃんの声。浜面から電話だそう。ただの携帯との電話だと盗聴される危険もありそうなものだが、それほど緊急事態なのか、すぐに繋いでくれるよう頼みインカムを小突く。

 

「法水か! よかった……あのよ、なんかロシアでアックアさんて人に会ったんだけどどうすりゃいい? 傭兵くずれとか言ってるけど、傭兵同士ルールとかあるのか?」

 

 思わずコーヒーが口から噴き出る。ロシアで? ウィリアムさんに? どんな確率で会えるんだそれは……。紙コップをテーブルの上に置く。盗聴の恐れもあるから手短に済まそう。

 

「……全部任せればいいんじゃないかな。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の新人ですと挨拶をすればいい」

 

 通話を切る。

 

 電話が来る。俺ではなく黒子に。携帯に目を落とし、顔を青くした黒子が俺に向けて携帯を投げ渡して来た。なんで? 

 

「コォラ黒子ッ‼︎ アンタいつまでどこに行ってんのッ‼︎ 初春さんに聞いても教えてくれないしッ! 私もちょっと出ちゃうからね! ちょっと黒子! くーろーこッ! 聞いてるのちょっとッ!」

 

 第三位の電撃姫がお怒りである。ちょっと出ちゃうってどこに? 何故コールボタンを押してから俺に渡した……。黒子の名前を呼びまくっている黒子の愛しのお姉様の声が病室内に響く中で、黒子に目を向ければ、激しく首を左右に振られる。こんな役回りばかり……。

 

「み、御坂さーん……」

「え……あ、アンタ……なんでアンタが黒子の携帯に出るのよッ⁉︎ はぁッ⁉︎ ちょ、待って待って! え? えッ⁉︎」

「く、黒子はちょっと今電話に出られる状態ではないと言いましょうか……あのー……ご用件は?」

「え? あー……アンタ達今どこにいんのよ」

 

 どこと言われても……スイスと言ったら黒子の事を心配されそうだし、言わずに来たっぽいしそれはナシか。病院と言ってもそれは同じ……。となれば、波風立てたくないだろうから黒子も俺に渡したのだろうし、差し当たりなさそうなのは……。

 

「…………ベッドの、上?」

「え……へッ⁉︎ う、嘘あの、ちょッ⁉︎ あ、アンタらなにしてッ……あ、え、え、ご、ごご、ごめんッ‼︎」

 

 ぷっつりと通話が切れる。なにがごめんなのか分からないが、兎に角どうにかなったらしい。よかったよかった。よかったのに何故黒子のツインテールは角のように逆立ち畝っているのだろうか。その握り締めた拳は何の為にあるのだろうか。

 

「先輩、ミサカ10777号から撤退戦が無事終わりましたと感謝の報告が。撤退戦も終わったことだし自由時間に移行するそうなのですが、撤退戦が終わった後にすべき恒例行事などはあるのでしょうかと質問が来ています、とクロシュは問い掛けます」

「え? あー……仲間と酒を飲んで煙草を吸う?」

「ではそのように、とクロシュはミサカ10777号に返信します」

 

 引っ切りなしに報告が来て大変だ。ホッと息を吐けば黒子の拳が俺の頬を殴り抜ける。……痛い。

 

「絶対お姉様に勘違いされましたのッ⁉︎ ふぇぇお姉様! こんな事ならお叱りを覚悟でわたくしが出ればッ!」

「先輩、ミサカ19999号とミサカ20000号から質問が、とミサカは報告します」

 

 あぁ、浜面からまた着信が。

 

 あぁ、今度は土御門から着信が。

 

 あぁ、青髮ピアスからも……。

 

 十分、十五分、三十分、ほとんどは妹達(シスターズ)から、時折ロシアへ向かった友人達から代わる代わる。

 

「忙し過ぎるッ⁉︎ どうすればこうなるんだ⁉︎ いったいどうしたんだ今日はッ‼︎ 口が一つじゃまるで足りんぞッ‼︎ ここは情報の激戦区かッ⁉︎ げッ⁉︎ なんかよく分からない電話番号からも掛かって来てるんだけど⁉︎ 誰だよこれはッ!」

一方通行(アクセラレータ)番外個体(ミサカワースト)からの苦情みたいだよ? それとツンツン頭のヒーローからも、とミサカは爆笑」

 

 笑ってんじゃねえ! 苦情とか一々聞いてられるかッ! なんでもう仲良い感じで一緒に苦情寄越してんだよッ! 上条からはなんだ⁉︎

 

「どうもー、レッサーでーす。今……あ、電池切れる」

 

 なんなんだマジでッ⁉︎ 上条でもねえしよッ‼︎

 

 急に激しさを増し出す連絡を捌き捌き捌き倒し、一体どれだけの時間が経ったのか。頭から湯気が出ている気さえする。飾利さんはいつもこんな事をしているのか。学園都市に帰ったら絶対もっと優しくしよう。

 

 灰皿にできた白い山を横目に紙コップへと手を伸ばし手を止める。紙コップを満たすコーヒーの水面に波紋が立つ。次第に大きさを増す波紋を睨み、その波を手繰り寄せるように病室の窓に張り付けば、目に飛び込んで来た光景に口から煙草が零れ落ちた。

 

 聖ペーター教会が誇るヨーロッパ最大の時計盤が軋んでいる。それも何かに引っ張られるように。魔術。見ただけで異常と分かる光景に、教会の周りの人々と市民を守る為に居る兵士までもが走り離れた。時の鐘もカレンも今チューリヒにはいない。どんな魔術だ? 急にスイスに? 訳が分からない。

 

「先輩! 世界中のミサカから報告です! フランスのモン=サン=ミシェル修道院! イタリアの聖マリア教会! 多くの場所で異変がッ!」

 

 多くの場所? いや待て、どれも十字教の……なにか……やばい。

 

 今目にしているものを見逃すか否か。考えるまでもない。壁に掛けられている擦れた時の鐘の軍服へ手を伸ばす。

 

「黒子ッ‼︎ 聖ペーター教会の時計盤に跳ばしてくれッ! 今動けそうなのは俺だけだッ!」

「ま、孫市さんッ⁉︎ 貴方何言ってッ──怪我がまだッ! それでしたらわたくしがッ」

「分かってるッ! だが見過ごせる小さな異常でもない! 黒子だけが行くのを黙って見てろって? ふざけろ、俺は後悔を積み上げはしない。頼む」

「……それはッ」

「クロシュもお供します。先輩の事はお任せください、とクロシュは敬礼を捧げます」

 

 俺の軍楽器(リコーダー)の詰まった『白い山(モンブラン)』と狙撃銃を抱え敬礼するクロシュと俺を黒子は見比べて、崩れていく聖ペーター教会を睨み付けると壁に掛けてある『乙女(ユングフラウ)』を服の上に纏う。白銀のミリタリージャケットをはためかせ、伸びた黒子の手が俺とクロシュに触れた。

 

「わたくしが居るのに孫市さんをお任せするはずないでしょう。行くのでしたらわたくしも。時計盤に行けばいいのでしょう? お安い御用ですわね!」

「何かに引っ張られているらしい時計盤に貼り付けば、問題の場所に連れて行ってくれるはずだ! 世界中で同時に起こっている問題を見過ごす訳にもいかないッ! 何かが起きるなら前兆がある。これがそれだッ! おそらく行くのなら今しかないッ!」

「目標は命を大事にです。それと、ミサカ10777号から、お姉様がロシアに来たと報告が、とクロシュは付け加えます」

「「えっ?」」

 

 病室から時計盤に景色が変わり、引き千切れ空を舞う時計盤の上で黒子とクロシュを引っ掴み、時計盤に張り付きながら黒子と二人顔を合わせる。

 

 最後の報告だけはあんまり聞きたくなかった。


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