「わぁお」と口から自然と声が漏れ出てしまう。空に佇み崩れてゆく『
ロシアである。ロシアに居る。少し前までチューリヒに居たのに。これ絶対後でボスとかに怒られるやつだ。問題の中心点がどこかお陰で分かりはしたが、規模が大き過ぎてどこから手を出していいものやら。
黒子のおかげで時計盤にしがみ付く事はできたが、何より時計盤に張り続けたせいでめっちゃ腕が
魔術。超能力。なんでもない世界を震わせる歪な波紋が重なる姿は俺の理解の範疇を超えている。波は波とし目にできても、その中身は理解できない。する気もないが。
空を覆う魔法陣。空に浮かぶ歪な星。世界の軋む摩擦音が意識を削り、抱えきれなくなった情報の熱を吐き出すように鼻から伸びる一筋の朱線。黒子とクロシュが俺の鼻から垂れる血に気付く前に鼻先を擦り、「
「孫市さんこれは……」
「さてさて、安全圏から最前線にひとっ飛びだ。上条、土御門、青髮ピアス、浜面、
『
「……さぁ俺達はどうしようかね。チューリヒ、聖ペーター教会の時計盤だけでない構造物の密集体。今いる場所こそこの戦場の基点である事は確かだろう。ただ戦場の全体図が見えない。それが少し問題だな」
「学園都市に神の右席とやらが攻めて来た時と同じですわね。此方から出向く訳でもなく、戦いの渦中に突如放り込まれれば仕方ない事ではありますけれど」
「その戦いも怪物同士の
天使対天使。飛び交う光は魔術の輝き。武骨なスイスの戦場と比べると、随分と眩く目に痛い。英国のクーデターに近くはあるが、蠢いている質が段違いだ。狙撃手宜しく超遠距離から援護してもいいのだが、仕事として来ている訳でもないからこそ、どこから手を出すべきか迷ってしまう。ただ迷っているだけの時間も惜しいのは事実。
狙撃銃を手に広大な戦場を見回しているだけでは時間だけが掛かって終わってしまう。案山子は御免だ。揺らめく紫煙を目で追って、空に描かれた魔法陣を睨み付け、クロシュの肩を軽く小突いた。
「クロシュ、ここから分かる他の戦場の情報となると、ミサカ10777号さんか、
「それでしたら丁度、ミサカ10777号から報告が来ています。ロシアの無線を傍受した結果、浮遊しているこの要塞に対し、地上から大規模な攻撃を行おうとしている模様だそうです。使用されるだろう兵器は『スパースナスチ』とロシア側では呼ばれているもので──」
「ゴッホッ⁉︎ ゴホッ⁉︎ マジかぁッ⁉︎ なりふり構わな過ぎだろッ! スイスでさえそこまでしなかったぞ!」
まあそれもナルシス=ギーガーが自分の力に絶対の自信を持つ絶対者だったからこそ、無闇矢鱈と兵器を振り撒かなかったからだが、ある意味で一貫していたナルシスのおかげで、あれだけで済んだとも言える。絶対の独裁者がいる訳でもなく、ただ争いを掻き回している現状のせいで、切れる最悪の手を切ろうと動く者達を統制する者がいないが故にこれだ。
「それはなんですの?」と首を傾げる黒子。俺は残念ながら知っている。黒子に『旧ソ連製の戦略核弾頭』である事をクロシュと共に伝えれば、黒子は動きを停止させて固まった。
「は? え? それ本気で言ってますの? なんでお二人ともそんなに落ち着いてるんですのッ⁉︎ 不味いじゃありませんか! それがここにッ⁉︎」
「ここどころか、そんなのこんな微妙な上空で炸裂させたらどれだけの汚染物質が風に流れて撒き散らされるか分かったものじゃないな。どれだけやばい戦争であろうとも、『核』にだけは手を出すなと言ったもんだ。まだ石器時代のような殴り合いの方がお優しい」
「この要塞を核攻撃する事によって生まれる『死の灰』によって、先輩の言う通り地球全土が汚染される可能性が極めて高いでしょう、とクロシュはミサカネットワーク上のシミュレート結果を報告します。核の冬の到来ですね、とクロシュは最悪の天気予報をお伝えします」
「今年の冬は長そうだな。バンカークラスターの次は核弾頭が降ってくるかよ。いや、降ってくるんじゃなく上ってくるのか? 蹴り落とせるだけの足が今だけは欲しいところだね」
「そんな事言ってる場合じゃありませんの! そんな何を悠長なッ⁉︎」
悠長も糞も俺達が使おうとしている訳でもないのだから、此方がどれだけ地団駄を踏み、使われる使われないを思い悩み祈ったところで止まる訳もない。発射スイッチを押し込もうと伸びる手は、引っ掴みへし折る事でしか止められないと俺は思っている。魔術師や能力者なら違う答えを出すのかもしれないが、俺も結局は戦人。野蛮には野蛮しか返せない。恐怖に対して逃げるように伸ばされる手を見過ごすのも後味が悪い。知った以上は見知らぬ誰かがやってくれると祈るのだけはしたくない。他に行くところもないのならば……。
「御坂さんは? どうするって?」
「お応えする必要がありますか? とクロシュは首を傾げます」
「……お姉様なら絶対向かいますわね」
知った以上見て見ぬ振りはできないと、戦場を走る御坂さんの姿など容易に想像する事ができる。どうにも御坂さんとは噛み合わないが、その性格は嫌いになれない。電子機器に無類の強さを発揮する御坂さんと
空が開けた。闇が光に染まり黄金に輝く。
「これ……は……?」
黒子の呟きも頭に入って来ず、ティントレット*1の描いた『天国』のような空を静かに見上げ、静寂な波が視界を漂う中で口から落ちそうになった煙草を落ちないように引き結ぶ。
綺麗だ。正に息も出ぬような美しさ。甘美でさえある。黄金という目に痛い物質的な物から、その暖かな美しさだけを摘み取ったような景色。陽の光よりも柔らかく、月の光よりも眩い。世界が塗り変わったような光景に目を見開くが、すぐに目を細めて背を預けている壁に凭れた。
美しい、確かに。ただそれだけだ。
額縁が世界最高の美を見せていてもその中身が詰まっていない。空の色が変わったところで、戦いが止まっている訳でもない。金だけ掛けた見てくれだけの武器のように、技術が詰まっていない舞台装置。空を漂う波の感じが変わりはしたが、全く気分が上がらないのは、誰の必死が流れているのかも分からないから。天の使いが住まうようなこの世界に人はいない。
「……不気味の谷だ」
「……先輩? 大丈夫ですか? とクロシュは問い掛けます」
「孫市さん? 今なんて……」
「不気味の谷だよ、小萌先生の授業で習った」
正確には、不気味の谷現象。美と心と創作に関わる心理現象。外見的写実に主眼を置いて描写された人間の像の精度が一点を超えると、違和感や恐怖感、嫌悪感を強く感じるという現状のこと。今目にしているのは人ではないが、輝かしくも意志を感じない、そうであれと作られたような美しさに、どうにも心が踊らない。無駄が人を作ると言うように、中身のない綺麗さを突き付けられても、どこを見ればいいのか分からない。
神話のような世界。ただ、それは誰にとっての?
神か、天使か。少なくとも人ではない。背にした壁の背後に広がる建造物達を思い描き、少しばかり納得する。この世界は十字教にとっての世界である。どれだけ綺麗であったところで、それは十字教の為のものであろう。
「……俺達には必要なさそうだ」
戦いの果てがこれなのか。十字教以外の者は必要ないと言うような空を見上げて、誰かが決め付けた世界から身を捩るように起こそうとした矢先、ぞぞっと背中を冷たいものが通り抜け、壁から跳び離れてその奥を睨む。肩を跳ねさせた黒子とクロシュの声も耳には入らず、見たこともない波紋が骨を震わせ、全身の産毛が逆立った。
「…………なん、だ? アレ?」
思わず言葉が転がり出る。目に映るような距離ではない。建造物達の遥か先で、何かが不定形に蠢いている。その余震だけで振れ幅が大き過ぎて拾い切れない。暴力の波ではない。超能力の個の癖を感じる波紋とも違う。魔術と呼ばれる一種の法則性映る持った波でもない。科学、魔術、技術、どれでも説明できなさそうな、もっと漠然とした、しかしなんらかの意志によって方向性を持った
「孫市さんッ⁉︎」
黒子の顔が視界に飛び込み、鼻から大量の血が垂れている事に気付いた。掴み切れずに暴れ回る波の振れ幅が、俺を内側から削っていく。今の俺では理解できぬ必死がある。波を手に取れるようになったからと言って、技術的にはまだ初歩の初歩。俺の狭い世界は始まったばかり、世界の大きさがまるで異なる。鼻を擦り、地に落ちた煙草を踏み付けて数歩下がるが、耳を塞ごうが目を瞑ろうが、一度開いてしまった新たな知覚は、これまで知らなかったものを知ろうとするように共鳴しようと掴んだモノを離してくれない。知らぬ世界を知った時、必要ないなら幕を下ろすためなのか、狙う先を探るように目を凝らし続ける第三の瞳のその先で、蠢くナニカを喰らうように、別の波が特異点に覆い被さり世界との繋がりを絶縁する。
「痛……ッ」
痛い。ほとんど痛覚は麻痺しているはずなのに、骨の芯が熱を持ったように体が痛む。無理矢理波の高さを合わせようとオーバーヒートしてしまったかのように。体から湯気でも出ているのではないかと錯覚するほど。鼻だけではなく耳からも少しばかり血が垂れ、口の中に溜まった血を床に吐く。
「だ、大丈夫ですの? いったいなにが……」
「…………分からない……が、少なくとも俺の行き先は決まった」
何故急に現れたのか、何故急に消えたのか分からないが、この浮遊要塞をこのままに、ここを離れるのはどうにも駄目な気がする。それにここで今浮遊要塞を離れるのは、逃げているようで気分が悪い。分からない事が多い、俺のまだ知らない何かで溢れている。ただアレが何であれ、理解できないものが急に消失したとなれば、それができそうな奴が友人の中に一人いる。どうしようもないお人好しが。
ただ核攻撃も無視できない事は事実。それなら今取れる手も一つだ。
「黒子、クロシュ、御坂さんとミサカ10777号さんと合流して核攻撃を止めてくれ。黒子だったら空から行けるだろう? 此処は俺がどうにかする」
「なにをッ! そんな貴方だけ置いて行ける訳がないでしょう! だって貴方、目からも血が……ただでさえ怪我も治っていませんのにッ! わたくしは孫市さんに無理して貰う為に来た訳じゃありませんの! そんなの……」
「……無理はしないさ。出来るだけ俺も戦いたくはない。ただ、核攻撃を止めたとしても、この浮遊要塞はどうにかしないと駄目みたいだ。よく分からないものがいるみたいだからな。なに、手はある。嘘はつかない。インカムもあるし今は
涙目の黒子の頬に手を添えて、目からも垂れているらしい血を拭う。
「……また、わたくしを置いて行きますのね」
「……黒子が来てくれたからスイスでは助かった。本当だ。黒子が居てくれなければ俺は多分死んでたよ。ナルシスにも勝てなかった。黒子の顔を見るだけで俺はできない事もできるのさ。俺は十分力を貰ったから、次は愛しのお姉様に力をあげてくれ。黒子がいればきっと御坂さんも力を貰える」
黒子の額に軽く唇を付けて微笑んだ。
「まだまだ黒子とはやりたい事が無限にあるんだ。帰ったら黒子の言うことなんでも聞くよ」
「……言いましたわね。男に二言は許しませんのッ」
「……ただ俺の出来る範囲でな。せめて結婚は三年ばかし待ってくれ」
「絶対帰って来なさい! 迎えには行きませんからね! 迎え火だって絶対焚かないですのよ! だからッ」
黒子に手を振り、クロシュの背を押す。俺と黒子の顔を見比べ、黒子の肩に手を置くクロシュの手を掴み消えた黒子達に今一度手を振りインカムを小突いた。
「
「ふむふむ、で? どうする気だい法水君? とミサカは質問」
「とって付けたような構造物の密集体だ。発破解体と同じだよ。必要な繋ぎ目の部分に杭を打ち込み、特殊振動弾を落とし、その共振を利用して粉々に落とす。目標地点に向かいながら杭を打ち込める場所を計算して出してくれ」
目標地点は分かっている。震源地を探すのと同じ。波を辿りその発生源に必ず原因はいる。
「それはいいんだけどね、杭なんてあったかい? 特殊振動弾の共振に耐えられる杭なんて……あっ、とミサカは侮蔑」
蔑んでんじゃねえ。黒子の額に口付けした時に黒子から少し借りただけだ。
「できるか?」
「もちろん! そこまで法水君に言われてはやらないとね! どうだい私は良い子だろう? とミサカは優越」
「頼りにはしてるさ、お前を知ってるからな」
喧しい
俺が話さなくても、
「……おいおい、自動修復機能付きか?
「法水君のそれは能力なのかい? 変な技を覚えたね。下手な能力者より人間離れしているよ。エコロケーション能力の応用? 骨伝導かな? 興味深いけど、今は置いておこうか。自動修復機能があるならもっと細かく砕かなきゃダメだね。少し修正するから待ってくれたまえ、とミサカは歓喜」
なにを喜んでいるのか知らないが、能力者より科学者らしい
二つ、三つ、四つ、と杭を打ち込み続けながら広大な浮遊要塞の中を駆けていると、ぴしりッ、と甲高い音が鳴り、大地に割れ目が入りズレ始めた。俺が振動弾を使ってカチ割るより速く崩れ出す浮遊要塞。眉を顰めながらも走り続けていると、要塞内のスピーカーの全てから聞いた事のある声が響く。
『イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教が『ベツレヘムの星』のジョイント用術式の解除を始めました! 私と、ええと、ロシア成教のサーシャ=クロイツェフは解除用術式の中継ポイントを埋め込んだのち、脱出用のコンテナに乗り込みます。コンテナは数がもうありません! あなたも急いでください!!』
「この声は……レッサーさんか!」
浮遊要塞の名前がようやく分かった。『ベツへレムの星』とは言いづらい。しかしイギリス清教ばかりか、ローマ正教にロシア成教までとはッ! 結局、第三次世界大戦なんて始めた癖に、誰も戦いなんて望んでいないという事だ。いつもそうであってくれれば傭兵などいらないのだが、今は今。ならばこれに乗っからない手はない。打ち込む杭の数が心許なかったが、他でもう手を打ってくれ崩れ出しているのなら問題ないはず。
「
「了解だよ法水君! せいぜい盛りに盛って喚くとしようじゃないかね! 科学とそれを扱う技術が合わされば何ができてしまうのか見せてやろう! とミサカは宣言!」
インカムから声が離れ、スピーカーから聞こえる
『
「はっは! 善は急げだ! もう目的地も近いしぶっ放すぞッ‼︎」
「共振させるんだから振動数には気を付けて、『
「分かってるっつうのッ‼︎」
弾丸を一発吐き出し穴を開け、ボルトハンドルを引き、第三次世界大戦のおかげで使い慣れてしまった特殊振動弾を押し込み穴目掛けて引き金を引く。穴の中で反響し響く音は振動を呼び、ゆっくりと崩壊していた浮遊要塞は、その全体を揺するように崩壊の足を早めた。隆起し弾ける大地を踏み台に再び走り出す足を早め、目的地に向かい足を進める。
「やばいやばいやばいッ! 思ったよりバラバラいくなおいッ! 脱出用のコンテナってどれだッ! どこに行けばあるんだいったいッ⁉︎」
「なんで確認する前に撃ったのかはさて置き、どうせならこのまま突っ走って目的地まで行った方が脱出も早いんじゃないかな? あのヒーローならコンテナの位置も知ってそうだしね、とミサカは呆然」
「しょうがないだろこの要塞の地図なんて持ってないし、そもそもどれがコンテナかも分からないんだぞ! 迷ってて撃ち損じたらそれこそ馬鹿だろ! これだけ揺れてるともう波を掴んでも意味ねえなくそッ! 先に脱出してないでくれよ頼むから!」
フランスで別れたツンツン頭。約束通り俺はスイスを穿ち、約束通り上条はロシアに辿り着いていた。それどころか誰よりもこの浮遊要塞の奥深くに足を進めているあたり、何処に居ようと上条は変わらないらしい。久しく見ていない友人の影を探し、包帯の下から滲む血も気にせず足を動かす。
そうして目的地に着き崩れた床の下、ぶら下がったいくつかのコンテナの前で立っている見慣れた後ろ姿。スイスの問題が終わったら俺も力を貸したいと思ってはいたが、随分と遅くなってしまった。呼吸を整えて『
「上条ッ!!!!」
「……の、り……みずッ⁉︎」
肩を跳ねさせゆっくりと振り返った上条は目を丸くして、目にしているものが夢かどうか確認するかのように目を擦った。服の右袖は千切れ晒した右腕含めて服はぼろぼろ。それは俺も同じだが、傭兵の俺はさて置き何故上条はいつもぼろぼろなのか。見慣れすぎたその様相にもう呆れる事もない。それが上条の狭い世界を描いた結果の勲章であると知っているからこそ。
「……お前なんで……やっぱり来たのかお前はさ……」
「先に行ってなくて助かったぜ。それが脱出用のコンテナって奴か。よしよし、じゃあ上条、さっさと脱出するとしようかね!」
「いやあの……脱出用コンテナ……もう使えるやつねえんだけど……」
「……ん?」
ん? あれ? よく見れば、なんか全部壊れて……。
「……え? これって詰んだ? うっそぉ……」
「だからなんでいるんだ法水! 脱出用コンテナはもうフィアンマ乗せて送っちまったぞ! だいたいお前スイスに居るんじゃなかったのか⁉︎」
「フィアンマ⁉︎ おう、上条お前勝ったのかッ! ははっ! そりゃ見たかったな! じゃあねえッ⁉︎ 上空八〇〇〇メートルくらい? これは流石に……。そりゃスイスに居たさ、飛んでった時計盤にしがみ付くまでは」
「えぇ……」
引いてんじゃねえッ! 俺も必死だったんだぞ! 手を滑らせたら死が隣り合わせの空中旅行だったよ! ただこれまた中々にヘビーな状況だなおいッ。飛び降りても生存確率は皆無に等しい。久々の再会を喜べる事もなく、真顔で上条と顔を見合わせる中、轟音が下から上へと吹き抜ける。光を照り返す鋼鉄の翼。VTOL戦闘機。コックピットの風防越しに見える見知った顔。結局迎えに来てるじゃないか……まったく……。
「黒子には敵わないなぁ……御坂さんもよくやる……なぁ上条?」
「……あぁ、ほんとにな法水。マジでよかったよ……」
歯切れの悪い上条に眉を顰める中、風防を開け、電磁力で主翼に張り付き手を伸ばして来る御坂さんと、何かを叫んでいる黒子。崩れ振動し降下している『ベツへレムの星』と、不安定なVTOLの間での
「法水……先に行ってくれ、お前なら跳んで届くんじゃないか?」
「……なら上条先に行け。御坂さんが手を伸ばしてくれてるぞ。お前が掴むべきだろう。俺の方が体が丈夫だ。心配するな」
「いいから行けって! これくらい俺は慣れてるから大丈夫なんだよ! 頼むから先に行け法水!」
「なら俺だって慣れてる。一般人より先に行けって? 早くしろ上条、時間がない」
「法水ッ!!!!」
上条に胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。必死だ。必死がある。上条の瞳の奥で瞬いている輝きはまだ衰えていない。やたら俺を先に行かせようとしている理由。
すぐ横まで伸びて来ている御坂さんの伸ばされる手の前で、険しい顔をしている上条に微笑んだ。上条はいつも必死だ。必死に自分の願いのために右手を振るう。必死には必死を。その熱に俺は合わせられるのか。それが目にできるものならば、俺はそれをこそ信じている。
襟を掴む上条の前に指を一本立てた手を伸ばし、指を二本へと変えた。
「……傭兵ってのはよぉ、頼られるものだぜ。一人より、二人の方ができることがある。とはいえ今『
俺は必要か? 傭兵としてではない俺が。
スイスでは学園都市から友人が来てくれた。仕事という訳でもなく。友達だから。笑う俺に上条の険しい顔は少しばかり緩み、少しの間目が泳ぐと俺を見る。
「…………ひ」
「よし分かった。さっさとこの腐った物語を穿とうぜ。で? 俺は何をしたらいい?」
「……馬鹿野郎、まだ俺は何も言ってねえよ」
上条に軽く殴られ肩を竦める。緩んだ上条にウィンクを送り、コックピットに座る黒子を見つめた。一瞬呆け、怒ったような顔をして、顔を歪めて、呆れたように黒子は肩を竦める。
「Vous êtes très jolie」
大きく揺れた『ベツへレムの星』から上昇し離れて行くVTOLを見上げて、隣に立つ上条を肘で小突いた。脱出の手を見送ったからといって死ぬ気はない。それは上条も同じはず。小さく頷けば、上条も頷く。やる事があるならさっさとやってさっさと帰る。今日の目標は命を大事にだ。
「……法水、インデックスを操る遠隔操作霊装が」
「了解した。それを探せばいいんだな? お安い御用だ」
崩れゆく大地を『
「…………法水、ロシア語分かるか? これだけの大質量がそのまま落下したら、どれだけ被害が拡大するか分かったもんじゃない。ゆっくりと、段階的に速度を落として、安全な場所へと降下させるしかない。その為のアドバイスが欲しい。スピーカーをイギリス清教と繋ぎたいんだ」
「生憎ロシア語はそこまで堪能じゃないが、スピーカーを繋げられる奴となら繋がってる。任せろ。それと……」
床の上に指を伸ばす。転がっている遠隔操作霊装が一つ。歩み寄り、伸ばされる上条の右手が少女を縛る鎖を引き千切る。息を殺してその音に耳を澄ませながら、消え行く
だから後は帰るだけだ。
『ローマ正教とロシア成教から提示された情報によると、『ベツレヘムの星』は二〇機の大型上昇用霊装で空中を漂っている。フィアンマから力が失われた事によって、連鎖的に『ベツレヘムの星』の出力も低下中。このままではおよそ一時間後には完全に浮力を失い、地表へと自由落下していくはずだ。しかし、二〇ある大型上昇用霊装の中で、任意の物を破壊すれば、『ベツレヘムの星』の向きや進行方向をこちらで操る事ができる。君の右手にはおあつらえ向きという訳だ』
スピーカーから聞こえてくるステイル=マグヌスの声に従い、大型上昇用霊装に繋がるパイプに上条が手を置くだけで破壊は終わる。そこへ行く為に使う施設内のモノレールなら俺にも操作できる。
『詳しい位置は口頭で伝えるが、南方にある三番、九番、一三番を破壊するんだ。それで『ベツレヘムの星』の軌道に変化が生じる。北極海の端まで向かわせろ。ギリギリまで速度を落とし、水面に着水させる事で衝撃を殺す。高度と質量から考えて、それ以外に地球環境への甚大なダメージを回避する術はない』
上条とステイルが会話する声を聞きながら、多少荒いスピードでモノレールを動かし、振動で感知しながら崩れてくる建物を予見し速度を上げ避けた。上昇用の三番礼装に辿り着き、上条が壊すのを確認し次に破壊するらしい九番礼装へと走る。
『君はよかったのかい時の鐘、脱出機が来てくれたりしたのだろう? 残る意味があったのかな?』
上条から俺へ。ステイルに不意に話しかけられ頭を掻いた。
「傭兵としてはボンクラと言われそうだな……ただ今は休止中だし、友人が必死になってるのに見過ごせって? いや、半年前の俺ならそうしたかもしれないがな……ステイルさんだってもしここに居たら残るだろう?」
『僕が彼と? まさか──』
「残るさ」
上条の必死は眩しい。ついつい目が惹きつけられる。その輝きにどうしても足が向く。その情熱をただ見守る傍観者でなどいたくない。何のために必死を求める? 一体何のために? 自分の
俺と上条の一歩が重なる。その時。
『何だこれは……』
ステイルのこれまでと違う声がスピーカーから零れ落ちた。走り続ける俺と上条の足がそれで止まる事もなく、より足を速めるステイルの言葉が背を叩く。
『何で今さら、ミーシャ=クロイツェフが浮上しつつあるんだ!?』
ミーシャ=クロイツェフ。
それを上条と二人で?
乾いた笑いが口から漏れ、それでも足は止まらない。退路など既に存在しない。薄ら寒い空気が肌を撫ぜる中、迷わず隣を走る上条へ目配せした。
「……大天使ね、こっちに向かってる訳? どうしようか上条、見て見ぬ振り……は、なしだろうけど」
暴力が、脅威が、災害が、北極海に向かっている。何の為に? 少なくとも楽しい理由などではないのは確かだ。その目的は天に帰る為。その為ならば何だってする。天使などと大層な名前でありながら、いい思い出など一つもない。
「……これ、落としちまうか? 天使様にさ。魔術の事は分からなくても、弾丸なら当てられるだろ法水なら」
飛んで来る光を見つめ、そんな天使を前に軽く言う上条の言葉に噴き出した。
「『ベツへレムの星』が弾丸かよッ‼︎ はっはッ‼︎ 北極海でぶつけるかッ! ならばッ! そっちのパイプラインぶっ壊して進路を変えろ! 狙撃はタイミングだぜ? 俺がど真ん中まで飛ばしてやるッ‼︎……今だッ!」
パイプラインを右手で叩き、揺れと共に進路を変え崩れる要塞の中を駆け回る。『ベツへレムの星』をぶつけただけで倒せる相手か否か。下手な希望は抱かない。己が目で見て穴を穿つ。目に見えた者なら倒せぬ相手などいない。この世に不可能なんてなく、無敵の奴など存在しない。一人でないならなんだってできる。
巨大な振動が要塞を襲う。
海の底へと星が落ちる。
天使に星が衝突する。
崩れゆく星の中で上条と二人。
光が消え、音も消える。
それでも隣で息遣いが聞こえる。踏み出す一歩の足音が聞こえる。
それに置いていかれるなど、見つめるだけなどあり得ない。
その熱に寄り添うように一歩を出し、息を吐き出す。
────ガシャンッ!!!!
ボルトハンドルを引き音を響かせながら。
暗闇の奥で輝く青白い月のような光を静かに見つめ、上条が右拳を握り締める音を聞き、暗闇であろうが関係ない。目で見なくても体が知っている。繰り返してきた動作を今もまた繰り返す。少しばかり震えた手で狙撃銃に弾丸を込める。
「……また二人だな親友、法水とはいつも走ってばっかだ!」
「本当にな! 最後の最後まで戦いが待ってるとは傭兵稼業万歳だ!」
いつもいつも。学園都市で。フランスで。イギリスで。共に居ようが居なかろうが、いつもいつも走ってばかり。たかが半年だ。たったの半年。えらく長く濃い半年だ。スイスでの日々とは異なる不思議な半年。過ごした時間がこれまでと比べて短かかろうとも、絶対に手放したくないものがある。
「残念ながら学園都市に帰ったら仕事が待ってる。さっさと帰らなきゃ怒られちまうぜ!」
「インデックスに齧られるのは御免だからな! 法水! お前なら! いつもみたいに穴を開けてくれるだろ! 俺がッ! 俺達が進む為の道をッ! 学園都市までッ‼︎」
「行くぜ上条ッ‼︎ この物語に
「行くぜ法水ッ‼︎ このふざけた幻想をぶち殺すッ‼︎」
走る。走り続ける。
構えた狙撃銃。
覗く狭い世界。
その中で瞳に映った右拳を握る背中を見つめ、上がってしまう口を隠しはしない。
────ゴゥンッ!!!!
────────時の鐘 旧約 終幕
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました! 次回は幕間かな?