第七学区、とある学生寮の隣り合う部屋二つには奇妙な噂が存在する。第三次世界大戦も終わり、荒んだ世界からいち早くさよならする為の、なんでもない日常を求めての事なのか知らないが、科学の街で聞くには馬鹿らしい噂が一つ。
曰く、その二つの部屋の住人である男子高校生二人の姿がなく、人などいないはずであるのに、時折少女の影を見る。白い修道服を纏う少女と、都市伝説とされる脱ぎ女の影、それに加えて幼い少女の影がチラホラと。いなくなった男子高校生を惜しんで花でも手向けているのだろうと見に行った者曰く、玄関に花が置かれている訳でもない。なのに何故主人のいないはずの部屋に訪れる者がいるのか。ただ不思議と扉の前を通り過ぎると、美味しそうな匂いに鼻を擽られると。
今日もまたツインテールを靡かせて、一人の少女が学生寮を訪れる。
右腕に巻かれた腕章は学園都市の住人であるならば見慣れた『
他の部屋と大差ない何の変哲もない扉。ただ何の変哲もないのは見てくれだけである事を常盤台の少女は知っている。肉体操作系の能力者が蹴りあけようにも、容易には壊れないだけの強度を有し、中で銃が撃ちなろうとも、音を通さないだけの防音性。
その部屋の中は男子高校生の部屋というよりも女の子の部屋のような有様で、壁の一角に居座る本棚に収められた日本語以外で綴られている多くの小説や映画の方が寧ろ部屋では浮いている程。そしてそれさえも見せ掛けが。その奥に隠された銃火器と銃弾こそがその部屋の本質。可愛らしい武器庫がそこに住む男子高校生の部屋。
そんな部屋の二人目の住人。気怠げな目を輝かせ、今日もまたパソコンと向き合い、理論を技に変える男の為に名前もない法則を捕捉する為、一人の女教授が己の道を研いでいる。救いたかった者達を救う為に紡いだ理論をきっと正しい事に使ってくれると信じるが故に。
銃火器と共感覚。男の狭い世界が詰まったような部屋に繋がる扉へと常盤台の少女は手を伸ばすが、その扉を軽く撫ぜるだけで掴む事はない。コーヒーと部屋の中に漂っているかもしれない硝煙の匂いを嗅いでしまえば、思わず涙腺が緩んでしまう事が分かるからこそ。
だからこそ少女が手を伸ばすのは左手にある扉。
右の部屋と比べて至って平和、何の変哲もない見た目通り、本当に何の変哲もない日常が左の部屋には詰まっている。普通だ。普通なのだ。平和な世界の中でなら、何処にでもいる誰とも同じように平和を生きる男の部屋。
何処までも普通であるはずが、いつもと同じようにそこにいない。平和が詰まっていようとも、東に泣いている者がいれば、走って行って不幸を殴り、西で助けを求めている者がいれば、走って行って迷わずに手を伸ばす。お人好しの木偶の坊。雨にも雪にも天使にも負けない頑固者。
そんな男であるからこそ、部屋におかしなところはなく、なんでもない日常が詰まっていた。男の欲する優しい日常が。部屋の扉から薄っすらと漏れ出る美味しそうな匂いに鼻を鳴らし、少女は部屋のインターホンを押し込んだ。インターホンに出る者はいないが、走り寄ってくる足音は聞こえる。
扉が開き、銀色の髪が窓の隙間から伸びた。
「おかえりなんだよ! とう──……」
笑顔を顔に描いて飛び出てきた白い修道服を纏った少女は、来訪者であるツインテールの少女を目に留めると、一瞬悲しげな顔をするもすぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「……くろこ、いらっしゃい。また来たの? じゃっじめんとって暇なんだね」
「見回りのついでですわよ。また今日も作ったのでしょう? インデックスさん。 捨てるのももったいないでしょうから、減らすのを手伝ってあげますの」
テーブルの上に置かれたラザニア。毎日毎日飽きもせずに同じ料理ばかりを。白い修道服を纏った少女インデックスは作っている。
片側だけやたらと綺麗に整えられた大きなキングサイズのベッドを横目に、風紀の乱れを口にする事もなく黒子は椅子に座る。目の前に座りラザニアを、慣れた手つきで取り分けてくれるインデックスから黒子はそれを受け取り、すっかり食べ慣れた味を口へと放り込んだ。
「学園都市は変わらない?」
「いつも通りですわね。騒音被害も少ないおかげで仕事が少なくて助かりますの。それにしてもインデックスさん、また腕をお上げになりました?」
ほとんど同い年であろう少女の料理の腕前に黒子は小さく汗を垂らす。暴飲暴食がなくなった訳ではないものの、下手な料理店で食べるよりも美味しいラザニアを作る修道女。部屋も清廉とした図書館のように整えられており、完全記憶能力を有効活用するとどうなるのか嫌でも教えられる。魔術でも能力でもない人が備えている不思議な力。その力の凄まじさを黒子も少なからず知っている。
「ぐぅぅ、わたくしも練習した方がいいでしょうかね。少なくとも孫市さんよりは上手くなりませんと、いつまで経ってもあのドヤ顔を見るハメに……ッ」
「大丈夫なんだよ! まごいちになら一ヶ月で勝てたんだよ!」
「……それができるのは貴女だけですのッ! ……くっ、淑女としての差がッ」
胸を張るインデックスの姿に歯軋りし、ラザニアを頬張り肩を落とす。優雅さ云々の前に生活力の差が大きい。黒子のお姉様である
「それに私はくろこの方が羨ましいかも。とうまはすぐに私を置いてっちゃうんだよ」
「孫市さんだってそうですの。人の気も知らず、わたくしの答えを聞きもしないで言いたい事だけ言って、結局その時一番熱いところへと飛んでく寒がりですの!」
「とうまだって敬虔な信徒でもないのに、困ってる人は放っておけなくていっつも女の子追ってるんだよ! 助けるだけ助けたら不幸だーって、自業自得かも!」
「まったくですの! 自分が他人にどんな影響を与えているか全く考えてないんですから! 刹那主義の利己的快楽者だとカレンさんの言った通りですわね!」
「あ! そういえばカレンがスイスのチョコレートを送ってくれたんだよ! 一緒に食べよ!」
「ええ、今日はもうこうなったら食べて飲み明かしましょうインデックスさん!」
「インデックスでいいんだよくろこ! これが女の友情かも!」
がっちりと握手を交わして綺麗に包まれている紙を破り捨て、黒子もインデックスもチョコレートを貪る。自分の分はないのだろうかと鳴き声を上げるスフィンクスを完全にスルーしてとっ散らかっていくテーブルの上。「コーヒー淹れるね!」と口元を汚して笑顔を見せるインデックスが席を立ち、黒子はゴミを一纏めにゴミ箱へと
「それでくろこ、その……」
「……
胸ポケットに挟まれたペン型の携帯電話を撫ぜて黒子は天井を見上げた。妹達と同じ電子妖精が操る孫市の携帯電話。その反応を追い、御坂美琴と赴いた漁港の砂浜に流れ着いていた孫市の携帯電話。インカムは壊れてしまったのか反応もない。そしてそれは上条当麻も同じこと。帰ると言った。帰って来ると。これまで平和な世界との境界線を守る仕事を孫市が投げ出さなかった事はない。一度受ければ無謀な仕事でも必死を見せた。所在不明の第六位を追い、侵入者を打倒し、
黒子を自分の必死であると時の鐘の少年は言い切ったから。狙ったものは外さない。「
「……帰って来たら、絶対許しませんの。なんでも言うこと聞くなどと、焦らすだけ焦らされて……」
「……それいいかも。帰って来たら、とうまに私も我儘聞いて貰うもん。ねえくろこ、私は学園都市のことそこまで詳しくないから、一緒に引き摺ってっちゃお! とうまもまごいちがいれば逃げないだろうし!」
「いいですわねそれ。涙目になっても許しませんわよ! せいぜいわたくし達の我儘を聞いていただきましょうインデックス!」
コップを手に取りぶつけてカチ鳴らし、黒子もインデックスも甘ったるいコーヒーを喉の奥へと流し込んだ。『もし』などとは言わない。必ず返って来ると信じている。上条当麻の日常が、法水孫市の必死が待っているのだから。門限を過ぎ御坂美琴からの電話の着信音が響く中、ガールズトークは終わらない。帰りを待つ者達のささやかな女子会。
いつまで待つのか。意味はあるのか。ただ一枚の紙切れが、少なくとも
学園都市、イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教、英国、仏国、瑞西。第三次世界大戦が終結し、十字教三大勢力の連合と、多くの国々が英国を救い、瑞西を救った英雄を探し奔走したが、どの捜索隊も腕一本さえ見つける事は叶わなかった。水温二度の北極海の海水の中から生存者は誰一人として引き上げられる事はなく。
上条当麻、法水孫市の両名の名前の隣には、小さく『死』の文字が嘘のように刻まれていた。
「へっぷしッ!」
さっむ……。毛布に包まり『戦争は終わった!』と大きく書かれた新聞をはためかせて鼻を啜る。ライトちゃんは海水に流されるし、多くの弾丸は湿気るし散々である。財布も何処ぞへと流れて行った。まさかの北極海で一文無し。身分証さえさようならだ。戦争が終わって俺の懐が更地になるなんてどう予想できる。残された
壁に立て掛けられている『
同じく毛布に包まっている上条を肘で小突き、暖かなコーヒーの入ったコップを手に首を傾げる上条の前で親指で『
「弁償」
「うっそだろお前ッ⁉︎ それいくらすんだッ⁉︎ ってか俺か? 俺の所為なのか⁉︎ おい法水ッ⁉︎」
「一億……二億……」
「ば、馬鹿止めろッ! なんだその不吉な数字はッ! しかも桁が……」
「三億……十億……ッ」
「桁の飛び方おかしくねッ⁉︎ 上条さんに払える訳ないだろうがッ!」
「だってしょうがないだろこれッ! 絶対上条の所為だって! 俺は見たぞ! 忘れないからなッ!」
大天使に飛び掛かり、特殊振動弾で援護する最中、上条の右腕に弾かれた大天使の翼が軌道を変えられ向かって来た。それを去なそうとぶち当たった『
「うるさいぞ、死人二人」
上条と小突きあっていれば、背後から飛んで来た蹴りが俺と上条を纏めて倒す。危うく温まる為に当たっていた暖炉に突っ込みそうになり、上条と慌てて床を転がった。
腕を組み偉そうに立っている齢十二程の金髪の少女。曰く魔術結社『明け色の日差し』のボス。レイヴィニア=バードウェイ。一応俺と上条の恩人だ。ロシアに潜伏していたレイヴィニアさんの部下に引き上げて貰えなければ、俺も上条も今頃水死体となっていた可能性が高い。そう、引き上げられた。引き上げられたはずが死人二人。
俺と上条は死んだことになっているらしい。何故そうなった? ある意味で俺は俺の死亡報告を何度か見ている。激しさを増す戦場の中で行方を掴めなくなり、未だ戦場が続く中探す人員を割くよりも、明らかにヤバイ状況で見失った為に死んだことにしておいた方が逆にいい場合もある為だ。広大な北極海を捜し続ける訳にもいかないからと、取り敢えず死んだ事にされたのだとしても、いささか結論を出されるのが早すぎる。
第三次世界大戦が続いている訳でもなく終結し一週間も経っていない中で、行方不明さえもすっ飛ばして死亡扱い。向けられる殺意の高さにびっくりだ。死人扱いされて体から力を抜く上条へと、レイヴィニアさんは不機嫌に鼻を鳴らすと、足で小突き睨み付けた。
「何をゆっくり寛いでいる。早くしなければ『やつら』が来るぞ。世界最高峰の傭兵部隊の一までこれとはな。平和を知りながら平和を必要とせず、契約により戦場を渡り歩く悪魔の癖に。分かっているのか? 戦いはまだ終わっていないぞ?」
「平和を必要としないっていうのはちょっと違うが……」
肩を跳ねさせて身を起こした上条の横でゆっくりと身を起こし、取り出した煙草を咥えて暖炉の火で煙草に火を点ける。戦いがあるから俺達がいると言うよりは、平和があるからこそ俺達がいるとも言える。それにしたって戦いはまだ終わっていないと。『やつら』だのなんだのよく分からないが、訳知り顔で悪どい笑みを浮かべる少女に肩を竦めた。
「終わってない……? 第三次世界大戦が?」
「なに言ってるんだ上条、第三次世界大戦は確かに終わった。どの新聞もそう書いてあるだろう? ただレイヴィニアさんが言ってるのはそういう事じゃないだろうさ」
戦争よりも戦後処理の方が大変な事がままある。盛大な火事場泥棒をするにはうってつけの時間だ。今回の第三次世界大戦でロシアが旧ソ連の核弾頭を使用したように、どれだけの武器が裏で動いている事やら。本来であればそういった裏の武器商人達を狩るのも時の鐘の仕事としてあるが、此方も瑞西が打撃を受けて時の鐘は休止中。しかも俺も上条も死人扱いだ。ただ……。
「『やつら』とやらが来るって? 誰だそれは? 上条を追ってか? 死亡扱いなのに? それともその為に死亡扱いになったのかね」
「聡い男は嫌いじゃないが、それは寿命を縮めるぞ時の鐘。面白くはあるがな、契約もしていない悪魔に何ができる?」
「誰も彼も人の事を悪魔悪魔と。魔術師には俺達がどう見えてるんだまったく……」
「どう見えている? 本気で聞いているのか? 憧れた結果技を研ぐ事を選んだ者がどう見えるかなど決まっているだろう?」
愚者。何もない空間に火を点ける奇跡を起こした天然能力者が居たとして、それを羨みそうなりたいと特別を追い、そのアプローチの違いが科学と魔術を生んだ。そんな中で、『おっしゃあ! じゃあ俺はもっと早く火を起こせるようになるぜ!』 とただただ火起こしを極めるのが言わば俺達。羨んだ結果行き着いた先が頭が悪過ぎて逆に理解できないという有様。それが滑稽で愉快であると言うようにレイヴィニアさんは笑い、逆に俺は口端を落とす。
「正に馬鹿と天才は紙一重だ。研究対象としてはその頂点に近いオーバード=シェリー、それにナルシス=ギーガーは面白そうだったのだが、その一つを砕いたお前はどうだろうな? 先天的、後天的関係なく、普通とはズレた感覚さえ磨き続けて何を得る? 発達し過ぎた科学は魔法と変わらないのだそうだな。それは発達し過ぎた技も同じ事だ」
一流の武術家や技術者、スポーツ選手やエンターテイナーが披露する技を一般人が見たところで、何をどうやっているのか理解するのは難しい。例えば中国武術の
「……その『やつら』っていうのは、そんなにヤバイ連中なのか? 火事場泥棒風情がさ」
「逆に考えろ時の鐘、大戦は盛大な目覚まし時計だったんだよ。ナルシス=ギーガーも、右方のフィアンマも火付け役に過ぎない。火が燃え盛るのはこれからだ。微睡んでいた者が起きたのなら」
「後は欲しいものに手を伸ばすだけってか? そりゃまた一途じゃないか。なるほどなるほど……、嫌な必死を見せられてもねぇ……」
「法水?」
眉を顰める上条の右手に目を落として紫煙を吐く。この第三次世界大戦、狙いが上条の右腕と
へし折れた『
「契約によって別の法則を貸し与えるのが悪魔って? 言ってくれる。その足掛かりはもう掴んでいるぞ」
自分だけの狭い世界に流れる法則。エコーロケーション、共感覚、骨伝導、音視、名称はなんだって構わない。どれもであって、どれでもないのかもしれない。木山先生の理論である
傭兵とは戦力を売る者。弱ければ心配されるだけ。強いからこそ傭兵足り得る。俺の世界は戦場であればこそ、弱い自分は必要ではない。
「……なんにせよ、学園都市に帰らなければな。仕事も待ってるし、技を研ぐにも必要な場所というものがある。折角
「なんだよ法水」
「『
鍛えに鍛えても上には上がいる。狙撃ではボスに勝てず、早撃ちではガラ爺ちゃんに勝てず、軍隊格闘技でも俺はスゥに勝てないし、それを用いても真正面からロイ姐さんには勝てない。ナイフも他の武器も全て同じ。幅広い時の鐘の技の全てに手を出したが、どれも一番と言えるものがない。唯一親和性が高かったのは、特殊振動弾くらいのもの。
「一度全てをバラし組み直す。技を磨くというのはそういう事だろう? 自分の法則に合った技が必要だ。誰が相手でも一番だと言える技が」
全く新しい何かが誕生したとして、武器も技も、必ず元になっているものがある。温故知新。世界初と呼ばれるものでも、必ずその前身となるものがある。自分の法則を見つけるところまでは時の鐘の技が運んでくれた。ただ、その結果これまでの技が俺の世界に噛み合うものではなかっただけの事。時の鐘の技を基に、自分の法則に則った新たな技を作り出すしかこれ以上の成長は望めない。個の中の狭い世界を中心として世界を揺さぶる波を見て掴め合わせられる俺だからこそ、必要なのは波の技。前に進み続ける時を刻む波の技が必要だ。
「それに上条、お前もだろう? その右手が戦いを呼ぶとして、少女が泣かなくていいように戦うとお前は寮のベランダで俺に言ったな?」
「お、おう、言ったけど」
「第三次世界大戦の最後、大天使を相手にした時、いや、それ以前からか? 上条も使い始めているだろう? 無意識にでも
ただ幻想を消すのではない。幻想との摩擦を利用するように弾き、逸らし、時に掴んで捻る。
「対幻想特化の戦い方が漠然とでも形になって来つつあるぞ。どうする上条? それを磨くか? それとも見送るのか?」
口を引き結び考えるように黙った上条の前で、どうしようもなく口が緩む。自分の法則を知るためにこそ、別に法則を知る事が重要だ。その違いが分かればこそ、自分をより深く理解できる。上条が戦闘大好きな戦闘狂でない事は分かっている。それでも襲われると分かっているのなら、身を守る護身としての術が必要だ。一方的なサンドバッグになる趣味が上条にあるとも思えない。
顔を上げた上条と目が合った。
「……なんだよ法水、一緒に磨いてくれるのか?」
「なぁに、俺は俺の為に自分を磨くから上条がどうするのか聞いただけさ。ただ一緒にやりたくないと言えば嘘になる。やるか?」
「……必要に迫られたからって、その時に何もありませんでしたじゃ話にならないからな。気合いだけじゃどうにもならない事があるのも分かってる。戦いが嫌だって喚いても、巻き込まれたなら戦うしかない。日常を壊そうとするくそったれを見てるだけなんてできないだろうしな。戦う為に自分を鍛えるなんてやった事ねえけど、頼めるかよ先輩?」
「もちろん。ただギブアンドテイクだからな。この世はプラマイゼロなんだよ。俺の特訓も手伝って貰うぞ」
笑う上条の伸ばされた右拳と拳をぶつけ、深い笑みが口元に刻まれた。前に。前に。いつまでもどこまでも新しい自分を磨き続ける。俺にはそれしかできそうもない。自分の物語をより良くするため。
「だからさっさと」
「ああ! 学園都市に帰ろうぜ!」
学園都市に帰ったらやるべき事は盛りだくさんだ。『
俺達の会話を静かに聞いていたレイヴィニアさんは、急に顔色を悪くさせる俺と、なんだかやる気を出して笑っている上条を見比べて、肩を竦めると手を叩いた。
「学園都市に行くならさっさとするぞ。それは私も賛成だ。それにお前達には待たせている者が居るのだろう?」
「「あっ……」」
レイヴィニアさんの一言で思い出す。色々あってすっかり忘れていたが、黒子に全く連絡を取っていない。ライトちゃんが流されちゃったからこそだが、マジでやばい。俺は死亡扱いらしいしマジでやばい。いや待て、そう言えば上条はまだ携帯無事だったんじゃないかと上条の顔を見れば、俺以上に顔色を悪くさせた上条の姿。あぁ、これ上条も連絡取ってねえわ。
「や……ば、いッ、インデックスもそうだけど……助けに来てくれた御坂をそう言えばガン無視しちまってるじゃねえか……小萌先生にも連絡一つ入れてねえし……あれ? なんだろう? 急に寒気が……?」
「黒子もそうだけど、『
上条と目配せし頷き合い、握手をして倒れた椅子を引き立たせ座る。まるで何事もなかったかのように……。
「……もう少しゆっくりしてこうぜ上条。人の噂も七十五日だ」
「……賛成だ法水。みんなが忘れた頃に戻ろうぜ」
「この甲斐性なしどもがッ‼︎ さっさと学園都市に行くぞッ‼︎ 泣かせた女の涙ぐらい自分で拭えッ‼︎」
レイヴィニアさんに蹴り飛ばされ、俺と上条は小屋の中から凍てつく銀世界へと転がり出た。
次から新約です。ここで幕間挟みまくっても暗い話にしかならないので。どこかで書きたいですね、パラレルでもメイド喫茶『時の鐘』。