時の鐘   作:生崎

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幼女サイボーグ ⑤

  御坂さんと木山先生と共に一つ鉄人の秘密を暴いて朝が来た。あれから鉄人を捕捉する事はできず、今も初春さんが頑張ってくれているが、学園都市の至る所の監視カメラを探っても、特に異常は見られないとのことだった。御坂さん、宇宙戦艦、鉄人と化け物揃いの夜を過ごした日の施設の防犯カメラの映像を初春さんに調べて貰ったら、案の定映像が狂っていた事を聞くに、監視カメラを追うこの探し方は間違ってはいないと思うのだが、いかんせん受け身だ。それに警備員(アンチスキル)があまり学生が関わらぬように網を張っている為、余計に動きづらい。

 

  新たな相棒もまだスイスから届かず、初春さんから連絡がなければやる事もない。時間も余っているので御坂さんは絶対能力者(レベル6)の進化計画とやらを追っており、俺は別に手伝いを頼まれてはいないので傍観している。超能力者(レベル5)の第一位は少し見てみたい気もするが、第三位であれなのだ。御坂さんから聞いた話だとあの宇宙戦艦で第四位らしい。第一位とはどれほどの魔物なのか。目が合っただけで相手を殺すみたいな能力だと困る。

 

  そんなわけでやる事もない俺は一応初春さんに言われて返事をしてしまったので、白井さんのお見舞いに来たのだが、ワーカーホリック気味の白井さんはもう退院しているかもしれない。そんな事を考えながら病院を歩いていると、おかしなことに見知った名前が病室の標識に掛かっている。中を覗いてみれば案の定だ。

 

「何してんの」

「お前もな」

 

  てっきり寮の隣室で引き取る事になったという禁書目録(インデックス)のお嬢さんとよろしくやっていると思っていた上条が病院のベッドで横になっていた。上条は病院にでも引っ越したのだろうか。白井さんのお見舞いに来たのに上条のお見舞いになっていた。意味分かんない。しかも右腕を包帯でグルグル巻いて大袈裟に吊り、禁書目録と対峙した時よりも痛そうだ。

 

「なに上条さん入院好きなの? 将来はプロの病人?」

「プロの病人ってなんだよ⁉︎ っていうかお前だってめっちゃ怪我してんじゃねえか⁉︎ 法水さんの方が入院した方がいいんじゃないんですか!」

「いや俺超元気だから」

「どこが⁉︎」

 

  確かに巻いている包帯の総量では俺が勝っていないでもないが、入院するほどの大怪我はない。唯一重症そうに見えるのは右手だろう。右手はミシンの上に手を置いたというように糸だらけ。上条の目が俺の手に注目しているようなので、手を振ってなんでもないと教えてやる。

 

「こんなんでもちゃんと動くよ、上条さんは?」

「一応動くぜ、お医者様のおかげでな」

「何があったんだ? 右手でも弾けた?」

「え? いやそれは、そのう……」

 

  急に歯切れが悪くなった。上条さんのことだから俺の知らないところできっとまた誰かの為に闘ったんだろう。それは俺から大きく目を逸らし、無事な左手で頬を掻く上条の姿から見て取れる。俺抜きで随分楽しいことがあったようだ。他人を基本巻き込みたくない上条の性質から俺に話すら持ってこなかったんだろう。呼ばれても多分行かないが、癪だから吊られている腕を突っついてやる。

 

「痛ててててて⁉︎ やめろぉ、何しやがる‼︎」

「ほうら喋れ喋れ、俺を楽しませろ」

「鬼畜かテメエは⁉︎ 分かったって! 魔術師に巻き込まれて右手を切り落とされたんだよ!」

「切り落とされた⁉︎」

 

  これは想像以上の内容だった。上条曰く元ローマ正教のアウレオルス=イザードという錬金術師と闘ったらしい。またなんて有名人に絡まれているのか。頭で想像したものを現実世界に持って来る、そんな感じの魔術を使ったそうだ。禁書目録(インデックス)のお嬢さんに関わってから、どうやら上条は魔術世界に引き摺り込まれてしまったようだ。ひょっとするとこの先上条と相対する事が増えるかもしれない。まあそれも悪くないか? 個人を殺すような仕事を時の鐘は受けない為、上条個人を狙った仕事は来ないだろうし。それにしてもローマ正教ね。

 

「バチカンかあ」

「なんだよ、バチカンに何かあるのか?」

「まあね、五百年くらい前に当時教皇だったユリウス二世が教皇領に常備軍を創設する事に決定した時のことだ。選ばれたのは当時ヨーロッパで無類の強さを誇っていたスイス傭兵。それが時の鐘の元だ。まあ今はほとんどうちと縁はないんだが。スイス傭兵を元に枝分かれした傭兵団が今もスイスには多くいる。中にはまだバチカンと関係の深い魔術結社までね。俺が元々魔術を知っていたのはそんな時の鐘の歴史のおかげってわけさ」

「はー、なんて言うか世界って狭いな」

「全くだ」

 

  まさか学園都市でバチカンの話を聞く事になるとわね。縁がほとんどないとはいえ、腐れ縁のようにバチカンと時の鐘の縁は切れる事はない。時の鐘に廻って来る魔術絡みの仕事はこれまでほとんどバチカンから廻って来たものだ。それにバチカンが絡むとあのスイスが誇る魔術結社が出張って来るからな。上条が絡まれていないといいのだが、俺あいつら嫌い。

 

「まあ上条さんと縁深そうなのは聞いたところだとイギリス清教みたいだし、ただあんまりないとは言い切れないからローマ正教には気を付けた方がいいぞ。大きいが故にいい話も多いがその分キナ臭い話も多い。何よりバチカンが絡むと俺の嫌いなスイスの魔術結社が出て来るだろうからな。あいつら嫌いなんだよ、人を殺す理由に神を持って来る。それってどうなのって感じだ」

「いや人を殺すのなんてどんな理由があってもダメだろ……でもそんな話をするって事は」

「上条さんの想像通りさ、失望したか?」

 

  少し上条の答えを聞くのが怖い。だがどんな答えを言われても俺は変わらない。友人が一人減るだけの話だ。上条はしばらく俯いて言葉を選んでいるようであったが、やがてゆっくり顔を上げると、盛大にため息を吐いた。なんだよ。

 

「いや、そういう世界があるんだって事はもう分かった。それに法水のいる時の鐘ってのがどういう奴らなのかもステイルに少し聞いたんだ。やってる事はそりゃあろくでもないモノもあるみたいだけどさ、ステイルやインデックスみたいに、法水だって悪い奴じゃないだろ? だったらいいさ」

「お人好しめ」

「痛ててててて‼︎ だから突っつくな⁉︎」

 

  どうしてこうこの男は耳障りのいい言葉を吐くのか。そりゃあ女の子は上条にたぶらかされるわけだ。数多の男と女の恨みの分腕を突っついてやろう。学校のクラスメイト達からもっとやれという言葉が聞こえてくるようだ。

 

「で? 法水はどうしたんだよ」

 

  上条の言葉に手を止める。俺も上条に怪我の理由を聞いたんだしそりゃ聞いてくる。上条は正直に話してくれたが、

 

「仕事だから話せん」

 

  俺は言うわけにもいかない。そう言ってやると僅かに上条の表情が曇った。

 

「……そんな怪我までしてやる事なのかよ」

「上条さんに言われたくはないなあ。それに今回は大分ややこしいんだ」

「手だったら貸すぜ?」

「その千切れた腕で?」

 

  上条にとってのお人好しが俺にとっては仕事なのだ。全くこんな時でも変わらないようで笑えて来る。あまりに可笑しいものだから、思わず吹き出してしまう。やばい、笑い過ぎてお腹が痛い。上条のポカンとした顔が俺を見る。そんな目で見るんじゃない。余計に笑える。

 

  しばらく腹を抱えて笑っていると、上条の病室の扉が開かれる。騒ぎ過ぎて医者でも来たのかと顔を向けると、そこに立っている者を見て、俺は動きを止めた。

 

  淡い森で染めたような、灰色と緑色を混ぜた色をした軍服。両肩から下に向かってV字に走る白銀のボタン。肩には小さくスイスの国旗、赤い十字のマークが貼り付けられている。見た目からして重そうな服を羽を背負うように軽く纏い、袖から見える手足は影を凝縮したように黒い。顔も瞳も全てが黒い。髪のない頭も真っ黒だ。見慣れた軍服と見慣れた顔を見て俺は、上条をほったらかして親友に向かって大きく手を上げる。

 

「だ、誰だ? 新手の魔術師なのか⁉︎」

 

  上条が驚いたように叫んだ。確かに見た目は魔術師並みに怪しいが、彼は魔術師ではない。男の黒い肌は入れ墨とかではなくメラニズムという突然変異だ。真っ白いアルビノとは真逆の体質。ぱっと見人ではなく男の整った容姿も相まって彫刻に見えなくもないが歴とした人間だ。この男をよく知る俺が黙っているといつまでも上条が無駄に騒ぎそうなので男の名前を呼んでやる。

 

 

「ドライヴィー! なんでここにいるんだ?」

「え? その黒いの法水の知り合いか?」

 

  黒いのって。確かにそうだけど初対面で失礼じゃないか?

 

「上条さん、彼はドライヴィー、俺と同じ時の鐘の一員さ。いっつもどこにいるか分からない奴だけど、仕事か?」

 

  聞くと真っ黒い頭をこくんと動かして、ドライヴィーは俺を一瞥した後に上条の方へと寄って行く。学園都市どころか世界でも珍しい漆黒の肌を持つドライヴィーは動くだけで神秘的だ。幻想ではないから上条が触れてもなんの効果もないが、そんな存在が近づく事で見るからに上条は狼狽えている。慣れれば超いい奴なんだけど。包帯の巻かれた上条の腕にドライヴィーは真っ黒い目を走らせると、大きくこくんと頷く。

 

「え? 何? なんなの?」

「…………ん」

「いや本当になんなんだよ⁉︎ 法水? ちょっと法水さん⁉︎」

 

  上条はドライヴィーが何を思っているのか全く分かっていないようだ。こんなに分かりやすいのに、騒ぐ上条にドライヴィーは困ったように髪のない頭を掻いた。仕方がないからドライヴィーの代わりに分かりやすく教えてやろう。

 

「上条さんはアウレオルス=イザードをどういう形であれ倒したんだろう? その報奨金をローマ正教の依頼で持って来たんだと。ローマ正教は上条さんに借りは作らないぞって事だろうな」

「え、マジで⁉︎ 今食費や入院費が異常にかかってるからそれは嬉しいけど、なんで法水はそのドライヴィー? ってやつの言ってる事分かんの?精神感応(テレパス)精神感応(テレパス)なんですか?」

 

  何を言ってるんだ上条は。ドライヴィーが何を言っているかなんて顔を見れば分かるだろう。今だって面白そうにドライヴィーは上条の事を見ている。その気持ちはよく分かる。俺も初めて上条の性質を見たときは同じ気持ちだった。

 

  ドライヴィーは少し上条を観察した後に、手に持っていたキャリーバッグを上条の目の前に置いた。ドライヴィーとキャリーバッグを見比べた後、上条がゆっくりとキャリーバッグを開けると、押し込められていたのだろう紙の束が膨れて、数枚が病室の中を跳ねる。俺とドライヴィーは見慣れている緑色の紙幣。100(ユーロ)紙幣。それが山となって上条の目の前に現れた。

 

「え? ええ⁉︎」

「全部で日本円にして六千万円だと、仕事にしたらなかなかだな」

「ろ、ろろろ、六千万⁉︎ え? 嘘?」

「ドライヴィーが足りないのかと、まあ500(ユーロ)札使わずに目で見える量で明らか誤魔化してるからな。一度投げ返してもっと寄越せって言ってみたら? 一億位になって帰って来るかも」

「いやいやいやいや、なんでお前らそんなに落ち着いてんだよ⁉︎ 六千万だぞ⁉︎ ろくろくろく……、いいの? 本当に貰っていいんですか?」

 

  何をそんなに狼狽えているのか分からない。六千万円なんて見飽きている。俺だって最大で一億円の仕事を受けた事がある。ドライヴィーならもっと壮絶で高額な仕事を受けた事があるだろう。価値観の違いとは恐ろしいな。

 

「どう上条さん、そんなにお金が欲しいなら時の鐘に来ないか?」

「いや、これはこれそれはそれだから⁉︎ 傭兵なんかになったら一日で上条さん死んじゃうからね‼︎ っていうかこれも怖えよ! 六千万円なんていきなり貰ってどうすりゃいいんだ‼︎ めちゃくちゃ裏がありそうなんだけど⁉︎」

「……おもれえ」

 

  うん、ドライヴィーも口に出すくらい上条のことが気に入ったらしい。ドライヴィーの容姿に似合わぬ高めのハスキーボイスに上条は驚いているようだ。しかし少々騒ぎ過ぎた。廊下から何人か看護師が病室の様子を伺っている。そろそろお暇しよう。あまり俺もドライヴィーも目立つのは好きじゃない。

 

「それじゃあ上条さん俺たちそろそろ行くから。早く退院しなよ、禁書目録(インデックス)のお嬢さんも待ってるだろうし」

「お、おう。それはいいけど。え? このお金はこのままなの? ちょっと⁉︎ こんな大金持たせて置いてくな⁉︎ 法水? おーい‼︎」

 

  病室の扉を閉めると上条さんの声はほとんど聞こえなくなる。流石学園都市の病室。白井さんのお見舞いに来たはずなのに随分と寄り道してしまった。しかし、嬉しい拾い物はあった。隣を見る。まさかドライヴィーとこの魔境で会えるとは。およそ四ヶ月ぶりに仲間の顔を見れておれもテンションが上がる。そんな俺にドライヴィーは静かに目を落とした。なるほど。

 

「あの変な仕事持って来た奴らへの報復ね。しかし、こんなにすぐに来るって事は近くに来てたのか? ……中国で仕事があったのか、そりゃまた知らなかったな。中国マフィアの制圧? そっちも魔術師絡みか。相変わらずというかドライヴィーは面倒そうな仕事を回されてるなあ。え? 相棒も持って来てくれたの⁉︎ 仕事早いな‼︎」

「あの、何を一人で盛り上がってるのか知りませんけど病院ではお静かに」

 

  怒られた。しかも一人でってちゃんとドライヴィーと喋ってるだろうに。看護師さんはどこに目を付けているのか。ドライヴィーも不満顔だ。まあ廊下で騒ぐのは確かに良くない。早く白井さんの病室に行こう。

 

  白井さんの病室は、探すとすぐに見つかった。ツインテールのお嬢様言葉で話す女子中学生という説明で一発で看護師さんに伝わるとはね。上条の病室に覗いた際は今更なのでノックすらしなかったが、白井さんはそういうところをちゃんとしないと怒られそうなので扉に向かって手を掲げる。しかし、扉を叩こうとした手は虚空を叩き、空いた扉の先には白井さんが突っ立っていた。

 

「あれえ?」

「貴方何してますの?」

 

  お見舞いなんですけど……。白井さんは常盤台の制服に着替えており、腕には風紀委員に腕章が。もう白井さんは現場に復帰する気満々らしい。身体中に巻かれていた包帯は綺麗さっぱり無くなって、俺の方が病室の住人だと言われても納得してしまう。ジトッとした白井さんの目を搔き消すように俺は少し身を落として白井さんと目を合わせる。顔に傷が残っていないようで何よりだ。

 

「白井さんもう平気なんですか?」

「ええ、ただでさえ仕事が立て込んでいますからこれ以上休むわけにはいきませんの。通り魔事件にマネーカード、それにこれからポルターガイスト事件の会議がありますから」

「ポルターガイスト?」

 

  聴きなれぬ言葉に目を細める。風紀委員と話すと話す度に違う事件の話が聞こえて来る。学園都市の治安はどうなっているのか。学園都市の在り方を見直した方が絶対いい。今回は白井さんとも協力関係なので、白井さんは言い渋ることもなく教えてくれる。

 

「昨夜学園都市内で起きた大規模な地震のことですの。全く何で連日こう問題が起きるのか。貴方知りませんでしたの?」

「いやあ昨日は」

 

  鉄人と超能力者(レベル5)と戯れていて地震どころじゃなかったし。そんな事が起きていたとは寝耳に水だ。相棒は壊れるし体はボロボロ。俺の体に巻かれた包帯と糸だらけの右手を白井さんは見ると、悩ましげにため息を吐く。すっかり俺は問題児扱いらしい。

 

「貴方まさかアレとやったんですか? よく生きてましたわね」

「無事ではなかったですけどね、初春さんにも心配されちゃいましたし。まあ今も初春さんが学園都市の監視カメラの状態を調べてくれているので次は確実にやりますよ」

 

  超電磁砲(レールガン)が協力してくれるしね。だがそれは白井さんにも初春さんにも言っていない。言う気もない。御坂さんとの約束だからな。少し気まずい俺の顔を白井さんは不思議そうに眺めると、眉をへの字に曲げて小首を傾げる。

 

「それは厳しいと思いますけど。これからのポルターガイスト事件の会議に初春も呼ばれていますし、アレを追う時間はこれからはあまり取れないでしょうからね。警備員(アンチスキル)が風紀委員には通り魔事件にあまり突っ込んで欲しくないみたいでポルターガイスト事件の方に人員を割くそうですの。先程そんな連絡がありましたわ」

 

  嘘、本当に? 俺の思惑が随分ズレて行くんですけど。初春さんの情報収集力が当てにできないと俺にはどうしようもない。常に高台に立ち街を見下ろしているしかなくなる。それでも仕事として引き受けた以上やるしかないのだが。初春さんがいるかいないかでかかる労力は雲泥の差だ。個人的には御坂さんや白井さんよりも初春さんの力が最も頼もしい。だがそうなると、

 

「ええぇぇ、通り魔事件追うの俺だけ?」

「最悪そうなりますわね、ただ一般人の貴方にあまり追って欲しくはないのですけれど、傭兵としての仕事でしたかしら? 全く意味不明ですけれど」

「あれ、そこまでバレてるの?」

「入院中に調べたらすぐに辿り着きましたの。まさかあんなに早く見つかるとは、随分有名な部隊にいるようで。学園都市にいる学生にも色々な方がいますから強くは言いませんけれど、ここは学園都市。あまり下手な事をしたらわたくしが逮捕しますからそのつもりで」

 

  隣からの視線が痛い。いやドライヴィー、別に俺は経歴隠してるわけじゃないし、時の鐘が有名なせいだよ。それに白井さんや初春さんには素性がバレてた方が色々楽なんだよ多分。だからその漆黒の瞳を向けないでくれ。

 

「あら、そこの殿方は……見たところ軍人のようですけれどまさか」

「俺の仲間です」

「……面倒を起こしたら承知しませんから。分かってますわね?」

 

  すっごい釘を刺される。それだけ言って会議に遅れると白井さんは出て行ってしまった。片や知らぬ間に入院してる友人。片や速攻で退院していく知り合い。しかし困った事になった。初春さんの力を借りられないとなると時間がかかる。鉄人をどうやって追おうか。俺の頭が整理される前に、畳み掛けるようにポケットに入れていた携帯が振動した。振動の仕方からして時の鐘からではないが、なんだよもう!

 

「もしもし?」

「おや、取り込み中だったかな」

 

  電話の相手は木山先生だった。少し機嫌の悪い声を出してしまったは不味かったか、申し訳なさそうな声が返って来た。一度深呼吸をして呼吸を整える。相棒を撃つ時と同じ、意識を切り替えるのは慣れている。

 

「いや大丈夫だ。それで?」

「昨日は立て込んでいて話ができなかったからね。実は前から進めていたある事に君の力を借りたい。君の協力者としての立場を変えることはないが、今度は私に協力してくれ」

「……了解、そういう約束だからな」

「助かる。詳しいことは今夜話そう。ではな」

 

  鉄人の事に関する事だと思ったらそうではなかった。まさか俺の時間まで奪われるとは。ドライヴィーを見る。肩に手を置かれた。そんな目で俺を見るな。

 

「なあドライヴィー、もしよかったらちょっと協力してくんない?」

 

  もう猫の手も借りたい。鉄人を追うのがこれほど大変になるとは。協力者である木山先生の頼みを断る事はできないし、鉄人を追うのをやめるわけにもいかない。『幻想御手(レベルアッパー)』の時も『禁書目録』の時も目的と原因がすぐに転がって来てくれていたから楽だったのだが、今回はもっとこんがらがって来ている。俺一人では手に負えない事態になりかねない。だって鉄人めっちゃ強いし。困った顔をドライヴィーに向けると、少しの間を置いてコクリと頷いてくれた。

 

「本当に? でもお前も仕事あるだろ?」

「……ぎぶあんどていく」

「手伝えってことね、了解」

 

  ドライヴィーの仕事を手伝うだけでドライヴィーの力を貸して貰えるのなら安いものだ。しかし、全くそれにしたってついてない。ここで上条に会ったことで幸運でも打ち消されてしまったのか。この数日間でまるでこれまでの退屈な日常の反動のように問題が巻き起こりすぎる。それも俺にとって悪い方向でだ。どこが夏休みなのか。休みをくれ。このまま俺も入院したい。二の足を踏む俺を引きずるようにドライヴィーに引っ張られ、俺は病院を出る羽目になった。

 

 

 ***

 

 

「ここか」

 

  夜になってドライヴィーと共に一つの施設の前に立つ。先に協力者である木山先生にドライヴィーでも紹介しようと思ったのだが、後で話すと言っていた木山先生は、急な用事でも入ったのか、書き置きを残して外出していた。外出は控えるように言っていたのだが、どうも『幻想御手(レベルアッパー)』の件の後から俺が外している間勝手に度々出て行っていたらしい。

 

  俺の頼みごとはそれはそれでやっていてくれていたので文句はないのだが、木山先生が動くとなるとそれは教え子の事であるはずだ。だから俺への頼み事もそれに関する事のはず。木山先生の抱える問題は、俺も気に入らないから力を貸すのはいい。しかし、それならそれでもう少し前から話して欲しかった。木山先生は協力者だ。傭兵として、身内は絶対に裏切らない。まあ木山先生は傭兵ではないからそんなことを言ってもしょうがないのだが。その点同じ傭兵で時の鐘の仲間であるドライヴィーは、無駄な手間も必要とせず最高に信用できる。ドライヴィーに一度視線を投げ、施設を取り囲む塀を一息で越える。

 

  今回の仕事は狙撃ではない。ふざけた仕事を持って来てくれた者への報復。これは国際連合も関係ない。傭兵稼業は舐められたら終わりだ。依頼料金を踏み倒せるなんて知られたら、どれだけ周りにいいように使われるか。時の鐘の価値を不変にするため、不埒な輩は全力で叩く。

 

「ドライヴィー、今回は目立たないように相棒はなしだから、お前も分かっていると思うがあまり俺に期待するなよ」

 

  ドライヴィーは何も言わない。それを了承ととって先に進む。施設を見るにセキュリティはそう高くない。まさか俺たちが来るとは考えていないのだろう。一番の難敵である御坂さんが別の場所で動いているからな。目に映る施設内を歩いている者は誰も白衣を着ている者ばかり。別に全員を制圧する気はない。ドライヴィーと目配せし、手近にいる施設の端を歩いている二人の研究員に向かって走り出す。

 

「なんだ?」

 

  足音に気が付いてこちらを振り向こうとする研究員の一人に飛び掛かる。両膝を折り曲げて、相手の背中に打つけ両手で研究員の首を掴む。膝を起点に梃子の原理で相手を後ろに引き倒しながら、掴んだ首を巻き取るように、遠心力でゴキリと意識を断ち切るよりも早く首の骨を巻き折ってしまう。時の鐘に喧嘩を売ってきた敵にかける容赦などありはしない。これは報復だ。何よりこの研究所も気に入らないのだ。恨むならここにいる自分を恨め。

 

  閻魔様へと客を送り、要らなくなった研究員の白衣とIDカードを失敬する。ドライヴィーを見れば当然問題なく終わらせており、百八十度首の捻れた死体から同じように衣服とカードを手に入れた。これで最低限の準備は完了だ。

 

  後は堂々と正面から踏み込むのみ。御坂さんがこれまで騒動を起こしてくれたおかげで大分バタバタした事は分かっている。出入りが激しく見ない顔が二人増えたところで気がつく者は少ないだろう。死体を隠す気もないのでそのまま放置し施設に向かって歩いていく。警備員(アンチスキル)を呼べるものなら呼んでみろ。その頃には、警備員(アンチスキル)も呼べぬ程俺もドライヴィーも施設の奥だ。

 

『樋口製薬研究所』

 

  依頼人はここの研究員であるという事は分かっている。せいぜいそいつには最後の楽しい夜を過ごしてもらおう。

 

 

 


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