時の鐘   作:生崎

130 / 251
※とある科学の超電磁砲本編でその後がまだ描かれていないため、内容が微妙に変わる可能性があります。



新入生 篇
新入生 ①


 滑らかな床の上を音を立て歩く。軍楽器(リコーダー)で床を小突き歩ければもっと周囲の状況が分かりやすくはあるのだが、銃身でもある白銀の棒を手に持って歩いては目に付き過ぎる。

 

 第10学区のとある少年院。多くの機械やAIMジャマーに彩られた少年院は、対能力者においては無類の強さを発揮しても、能力者でない者にとっては警備が多少厳重な少年院と変わりない。

 

 AIM拡散力場の観測機があろうとも、『開発』さえ受けていない俺には無関係。警備と言っても、能力者に重きを置いているからこそ、能力も駆動鎧(パワードスーツ)の類も身に纏っていない者がわざわざ侵入して来るとは相手側も思っていない。

 

(それにしては想像以上に警備が厳重だが……)

 

 侵入するのにも思ったより手間取った。防犯カメラの数もそうだが、敷地内を蠢く警備ロボ達を掻い潜るのに一苦労だ。電子戦に無類の強さを発揮する飾利さんや電波塔(タワー)の力を借りられれば楽に済むのだが、駆動音で近付かれれば分かるのでまだ幾分か楽ではある。

 

 丁度『スクール』、『アイテム』、『グループ』、『シグナル』といった多くの暗部が入り混じっての抗争の後、俺が入院している間に脱走の類があったそうで、そのおかげで警備が厳しくなったらしい。最新鋭の少年院も、対能力者には効果があっても、対サイバー攻撃への弱さが脆弱性を洗い出す為のイベントで露呈したそうで、マニュアルな警備方式も新しく取り入れたそうだ。

 

 ただ逆にそうなってくると俺には寧ろありがたく、どんな物事も一長一短と言うべきか、どれだけ厳重に警備したところで難攻不落であろうとも『絶対』という事はない。

 

「お疲れ様です」

「あぁ、お疲れ様」

 

 警備員の帽子を深めに被り、つばを軽く下に引きながらすれ違う警備員に会釈する。いくら厳重な警備であろうが、物資の類は補給しなければならない。第三次世界大戦の際に要塞と化したスイスでも、少年院であろうともそれは同じ。業者の車両に忍び込み、倉庫に潜って服を拝借。格好だけなら既に空間に馴染んでいる。とはいえ顔の造形はすぐに変えることができないので、当然それを気にしてかすれ違った警備員はリズムよく運んでいた足を止めた。

 

「……見ない顔だな? 新人か?」

「そうなんです、ほら、第三次世界大戦も終わって人員の移り変わりがあったじゃないですか。駆動鎧(パワードスーツ)に慣れてる者が派遣されたりしていたのも終わったので、自分は少し前から此方に移りました。広くて迷っちゃいそうなので見回りがてら施設の地図を頭に入れようと思いまして」

「そりゃあ感心だな、頑張れよ」

 

 手を振ってくれる警備員に今一度会釈して廊下の先を急ぐ。厳重な警備。だからこそ、一度中に入ってしまえば侵入する時や脱出する時よりも警備は緩い。万全を期しているという自負こそが隙になる。施設内にいる者の顔を認識するカメラがあっても、まさか防犯カメラ網の隙間を縫って動ける者がいるとは考えず、接近する警備ロボに会わないように動ける者がいるとも考えない。常識こそが動きを縛る。例え想定していたとしてもそれは稀なケースであって、多くの事に意識を割かねばならないだけに、レアケースにまで目が向く事は少ない。

 

 なによりここは学園都市。科学技術にこそ絶対の信頼を置いている街。

 

 科学を信じる世界の住人が住まうが故に、ほとんどの者が同じ方向を向いている。信じるものが、違う法則を持つ者が中にいれば違うのだが、だいたい取られる動きは似通ってくる。同じように急ぎ過ぎず堂々と歩き続け、足を踏み入れるのは監獄エリア。庭部分などに出ている軽犯罪を犯した小悪党な一般人に用はない。今ここで俺が用がある相手はただ一人。

 

 既に状況は動いているのかいないのか。土御門が探ってくれているだろうが、どちらにせよ少年院に立ち入ったからには時間がない。ただ散歩する為にわざわざ少しばかり危ない橋を渡っている訳でもないのだ。ここでもし捕まりでもして、

 

『死んだと思われていた傭兵、少年院に忍び込み逮捕。実は生きていて、しかも忍び込んだのは女子棟でした』

 

 などと発表された日には、社会的、精神的、なにより肉体的に死んでしまう。そうはなりたくないだけに先を急ぐ。何よりまだ箸にも棒にもかからないかどうかさえ分からないほどに、相手の事も分かっていない。情報として閲覧する事はできても、自分の目で実物を目にできるまでは信用しづらい。

 

 データを見る限り女子中学生の誘拐に、銃刀法違反、暴行罪に公務執行妨害などなど、なんとも親近感の湧く罪状で溢れていた。犯罪者になるかどうかは、運やタイミング、その時の状況や常識の観点から見てどうなのかと色々な要素が関係してくるため、罪状だけで人柄を判断するのは難しい。

 

 少女誘拐と聞いたとして、一発で子供を神であると吐く『空降星(エーデルワイス)』のララ=ペスタロッチのような人間を思い浮かべろというのも、知らない者にそれは無理があるというものだ。何より『時の鐘(ツィットグロッゲ)』にも元犯罪者のベル=リッツが少し前まで在籍していたし、傭兵自体見方を変えるだけで犯罪者になる。

 

 だからこそ重要なのは、己が目で見て仲間にするのに相応しいかどうか。どうしようもないくそったれであるなら仲間にする価値もない。ここまで来たのも徒労に終わる。ただ土御門が目星を付けといたと言った相手だ。情報を軽く掻い摘んだ俺より時間を掛けて調べたのであろうし、俺が弾丸を見舞いたくなるような相手を勧めてきたとも思えない。

 

 鬼が出るか蛇が出るか。それとも忍者が飛び出るのか。

 

 極東の傭兵。それが少年院にぶち込まれている現状が、貼り付けられている称号を霞ませる。ジャパニーズアサシン、隠密に生きる忍者が自分を忍者であると宣言し、それでいて捕まってるってどうなんだろうか? ただの妄言吐きのイかれであるのか、ドジ踏んだのか。誰に捕まったのか知らないが、期待していいのか期待薄なのかどちらかにして欲しい。

 

 目当ての部屋の扉まで歩き足を止める。体で防犯カメラから映らないように懐から軍楽器(リコーダー)を一本取り出し、解けた靴紐を縛るフリをしながら、壁に向けて静かに付ける。軍楽器(リコーダー)の振動を鋼鉄製の部屋内に通して会話をする。俺の知覚は軍楽器(リコーダー)を持ってこそより広がる。超能力や炎に強かろうが、振動を完全に吸収する素材でもない限り壁を挟もうとも俺は会話できる。

 

 軍楽器(リコーダー)に息を吹き込むように言葉を囁く。壁の奥の狭い部屋にいるであろう囚人の名を。

 

釣鐘茶寮(つりがねさりょう)

 

 掛けた言葉に返事は返ってこない。驚いているのか、夢だとでも思っているのか。中の様子を振動を手繰り寄せてみた感じ、部屋の中に少女が一人、拘束服に固められて、手足もろくに動かないように拘束されているらしい。捕まったのは第三次世界大戦の前だと端末に記録されていたが、四六時中その状態ではないとしても、十分以上に執拗な拘束だ。

 

 もう声は掛けてしまった。僅かに身動ぐ気配を感じるが、これで人違いだったり部屋を間違えていましたとかだったら目も当てられない。何も言葉を返さない少女の言葉は待たず、時間もないだけに言葉を続ける。

 

「要件を言う。要はお前を勧誘に来た。忍者らしいじゃないか極東の傭兵。その力を貸して欲しい。時間がないから詳しい話は外に出るまでできないんだがな。受けるか受けないかそれだけ聞かせろ、質問してくれてもいいが、あまり時間が掛かるようなら話を打ち切って俺は帰る」

 

 ずっと床に座り込んでいても怪しまれてしまうだけ。おそらく五分も時間は掛けられない。無言を貫き通すのであれば、それならそれでアテが外れたとさようならだ。そもそもこれは仕事を楽に運ぶ為の現状、下手に知り合いに会う訳にもいかず、表立って俺が動けないが故の苦肉の策だ。究極的には絶対に必要であるという訳でもない。それにこれは相手にとっては蜘蛛の糸に等しいはず。反応を見られれば、相手の内面も少しは掴める。

 

 しばらくの沈黙の後、無駄だったかなと立ち上がろうとした俺の骨を少女の声の振動が震わせた。

 

「……物好きな人っスね。どこで私の事知ったのか知りませんけど、勧誘? どういった風の吹きまわしっスか? 今更私に用があるなんて人普通じゃない。ここまで来た、時間があまりないって事は忍び込んだんすよね? ふーん、そうまでして私のところに来た理由が分からないっスけど、勧誘は私だけっスか?」

 

 思ったより一度口を開けば口が回るな。おしゃべりが好きなのかは知らないが、慣れているのか気負った様子もない。寧ろ俺を値踏みさえしているような感じだ。スイスの居た時は勧誘なんてして来なかったし、飾利さんを誘ったのも、あれはそこまで本気でもなかった。本気で勧誘するってのも面倒だな。ボスも勧誘の時は気を張っていたのだろうか。それに短な言葉で分かった。相手は頭が回るタイプの人間だ。アホみたいな会話はしてられそうもない。小さく息を吐いて息を吸い込む。

 

「私だけと言ったか? 他に仲間が居て自分のところに来たのが不思議なのなら、現状、俺が欲しい人材がお前だというだけだ。仲間になってくれるなら、何が望みか知らないが此方で多少の便宜も図れるぞ? それも其方が受けてくれればだがな」

「……嫌な言い方するっスね。貴方悪魔っスか? 少なくとも救いの天使には見えないっスけど。まあ扉越しなんで見えないのは当たり前っスけどね。どうやって会話しているのやら、それが貴方の能力っスか?」

 

 余計なお世話だな。俺が天使とか、あの大天使と同じとか嫌過ぎる。それに俺は仏様でも救世主でもない。

 

「知りたければ後で教えてやる。今俺が知りたいのは、お前が俺と組んでくれるかそうではないのか。組んでくれるなら俺もできるだけの協力はしよう。どうする?」

「せっかちな人っスねー。そもそもそんな選択肢、ひけらかされたところで選ぶのなんて一つしかないでしょ。どれくらい私のこと知ってるか知らないっスけど、いいんすか?」

「分かってて選ぶなら別に、それにお前の事はこれから知るさ。お前こそいいのか? 俺はお前を殺しに来た殺し屋かもしれないぞ?」

「殺し屋がそんな悠長に話す訳ないでしょ。それに私の知っている追っ手なら…………いいっスよ。乗った」

 

 思ったより素直に受けたな。ただ大事なのはここからだ。さて……困った事にここから先は力技だ。廊下を見張る防犯カメラからも逃れる事はできない。できるとすれば、少ないだろう時間をいかに有効に使うかだけ。軍楽器(リコーダー)を扉から離して立ち上がり一度伸びをして扉に手の平を付ける。

 

 そして押す。もう一度。もう一度。

 

 殴ったところで砕けないだろう鉄の扉。だから押す。押す事で扉に伝わる振動が返って来たのに合わせてより振動を増すように。イメージとしてはブランコに近い。繰り返す度に振動を増し、扉の繋ぎ目部分が軋む。その音と振動に防犯ブザーが鳴り響き防犯カメラから電撃を与えるワイヤーが伸び俺の体に突き刺さった。

 

 あばばばばッ! 御坂さんのおかげで慣れているとはいえ、筋肉が引き攣って気持ち悪い! 

 

 体に刺さったワイヤーを引っ張り千切り、膨れ上がった波を爆発させるように足を沈ませ扉を殴った。弾け飛んだ扉の奥。床に転がる扉を瞳だけで一瞥し、薄い笑みを浮かべる黒髪のくノ一。何が面白いのか知らないが、見つめてくるくノ一の前で少し焦げた警備服を手で叩き、部屋の中へ一歩踏み入る。

 

「……それで貴方は? 仲間になるのに名前も教えてくれないんスか?」

「……俺はスイス特殊山岳射撃部隊、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が一人、法水孫市。協力してくれるなら、お前は今日から時の鐘預かりだ釣鐘茶寮。正規隊員ってよりは、まぁ今のとこ見習いって具合だろうけど」

「へー! 貴方が! へぇー」

 

 何がへぇーなのか知らないが、俺の事を知っているのか、妖しげな笑みを浮かべる釣鐘茶寮の顔を見つめる。落ち着いている。扉をぶち破った時こそ心拍数が少し上がったが、今はもう戻っている。酷く冷静だ。冷静過ぎる。忍とは耐え忍ぶ者的な存在だと本で見た事はあったが、表情や言動とは裏腹に、とてもクレバーなお嬢さんであるらしい。そうして見つめていると、釣鐘は苦笑して小さく顔を背けた。

 

「あのー……拘束解いてくれないんすか? そういう趣味? まあ私も今抵抗できないっスけど、早くしないと武装した警備員が来るっスよ? 誰かに見られるのが好きならそういうのはそういうお店で──」

「違えよッ‼︎」

 

 学園都市の奴らも魔術師達も俺をいったいどうしたいんだ。釣鐘も図太いというか、拘束服着たまま艶めかしい感じに身動ぐんじゃねえッ! 死亡扱いされた後も評判を落とされたくはない。拘束を解いてやれば、うんと大きく伸びをして体の調子を確かめるように骨を鳴らす。

 

 波を掴み見れば分かる。随分鍛えている。見た目よりも筋肉量が多く質もいい。忍者。極東の傭兵か。どんな理由があるにせよ、ここまで自分を鍛えるのは普通じゃない。数年前の俺より明らかに強いだろう。戦力としては当たりを引いたのか知らないが。大事なのは別にある。

 

「一応言っておくが裏切りはご法度で頼むぞ。その時は俺が相手になる。契約通り力を貸してくれるなら報酬はしっかり払うさ。お前のお仲間を助ける事もできるかもしれない。それに一般人を殺すのもなしだ。後──」

「分かってるっスよ。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』、何より『シグナル』は裏じゃ有名っスからね。どんな仕事をしてるかも知ってるっス。ただいいんすか? びーびー警報鳴ってますけど」

「これも試験というやつだよ。ここで捕まるようなら期待外れだ。その時はこの部屋で大人しくしててくれ。一回こっきりの採用テストさ」

「はっ! 貴方も鳥籠の中に居るのに自分は捕まらない気満々っスか! 試されるのは仕方ないっスけど、ただ貴方甘いっスね、ヌけてるって言うか────」

 

 ビッ!!!! と。

 

 伸びた釣鐘の腕。爪先が俺の目前を薙ぐ。不意打ち。ただ骨と筋肉の音で狙いが分かっていたが故に一歩下がれた。笑顔だった口元を下げ、小さく目を見開いた釣鐘が足を踏み込む。

 

「私、自分よりも弱い奴の下につく気ないっスから」

 

 蹴り出される蹴りを身を横にズラして躱す。狙いは金的。身を捻り肉薄し、足を戻して突き出される釣鐘の手を叩き落とす。狙いは目。躊躇がない。狙われれば身構えてしまうような場所へと率先して手と足を伸ばしてくる。

 

(迷う事なく急所狙いか……、しかも動きが手慣れてやがる。極東の暗殺集団はえげつねえな)

 

 鍛えた技で急所を突く。一般人が相手であれば堪ったものではない。が、俺にとっては寧ろ慣れた動き。分かったように忍者の狙いを弾く俺に釣鐘は目を細め、俺と立ち位置を入れ替えるように一度後ろに跳んで距離を取る。

 

「それが貴方の能力っスか? 精神系の能力? それとも肉体操作っスかね?」

「俺は無能力者(レベル0)だ。俺の名前や組織は知ってるらしいのにそれは知らないのか?」

「実際に目にしても信じられないっスね。瑞西の傭兵。私も忍者の里出身っスけど、ここまで使うっスか。だいたい私を誘うにしても口約束だけってどうなんすか? 首輪付けたり、発信機埋め込んだり、ここは学園都市っスよ? 相手を縛るやりようなんて幾らでもあるでしょうに」

 

 確かに釣鐘の言う通り、首輪だろうが爆弾付きの発信機だろうが用意しようと思えばできる。今は時間もないし持ち合わせていないが、例え時間があったとしても持ち合わせる気はない。そんなものは必要ない。本当に相手が必要だと思うなら尚更だ。

 

「必要ない。そんな仲間は必要としない。お前が欲しいのは本当だが、お前自身が納得して力を貸してもいいと思わなければ意味がない。俺は今回限りの協力者としてではなく、時の鐘の仲間としてお前を誘いに来た。傭兵は仲間を裏切らない。口約束で十分だ。信頼を得るには俺がまずお前を信用しなければ始まらないからな。今はまだ採用試験みたいなものだし、俺の力を試したいなら試せばいい、必死には必死を返そうじゃないか。期待していいぞ、俺はお前を裏切らない」

 

 爆弾くっ付けて言う事聞かせるような相手を仲間とは言わない。仕事を楽に進めるために必要だからと言えばそれまでだが、新たな時の鐘に必要だと俺も判断したから俺もここにいる。それに……時の鐘に裏切り者が出た時も、裏切る瞬間までボスは仲間を信じていた。俺も同じ。仲間で居てくれる者を俺は絶対裏切らない。向けられる感情の波には同じだけの波をきっと返そう。隣り合ってくれるのなら、俺はその者をひとりぼっちにはしない。それに……折角一方通行(アクセラレータ)が潰した闇と同じようなやり方は取りたくない。

 

「どこからその自信は湧くんすかね……裏切られた時に同じ事言えるんすか? 思ってたのと違ったなんて言って死んでも知らないっスよ?」

「安心しろ。裏切った時は、他の奴に先に狩られない限り俺が眉間に穴を穿ってやる。さっぱり確実に殺してやる。だから裏切らないでくれよ?」

「いやいや! それ脅しじゃないっスか! 言うことめちゃくちゃなんすから!」

「裏切らなきゃ済む話だ。裏切らないうちは仲間の為に力を貸すぞ。欲しい報酬とかあるか?」

 

 そう釣鐘に聞けば、叫んでいた口を閉じて顔が無表情に戻る。表情も柔らかく、口調も硬いものではないが、なるほど、極東の傭兵。彼女も間違いなくプロだ。俺や土御門と同じ。忍者がどういった者なのかまだよく分からなくはあるが、同じ傭兵であると言われれば納得できる。考えるように釣鐘は黙り、少しして小さく口を開いた。

 

「私の欲しいものなんて、もう叶うかどうか分からないっスから……それならまぁ、あの子達も檻から出せたりするっスかね?」

 

 少しばかり釣鐘の鼓動が乱れた。平坦な感情ではない何処かから零した言葉はおそらく本心。仲間を助け出すのが願いなのなら、少なくとも根っからの悪人とは思えない。一番知りたかった精神性を少しでも知れたならそれでいい。悪くない。静かに願いを紡ぐ少女に笑みを送り指を弾く。

 

「できる限りは頑張ってみよう。防衛と護衛が『シグナル』の、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』学園都市支部の仕事である。それに即している限りは俺がなんとか面倒見るさ。納得してくれたか釣鐘茶寮」

「……いいっスよ、糞野郎と組むよりはかなりマシみたいっスからね。取り敢えず貴方と組んであげても。ただそれも」

「俺がお前に勝ってからか? いいさ、俺もそういう時なんて言うか決めたんだ。黒子にも誓ったからな。俺は強いぞ。お前を掴み取ってやる釣鐘」

「言いたい事言うっスね貴方。……あの風紀委員(ジャッジメント)の言った通り」

 

 あの風紀委員(ジャッジメント)ってどの風紀委員(ジャッジメント)? よく分からないが、釣鐘の目が座った。どうやらおしゃべりはおしまいらしい。腰を軽く落として左手を軽く前に伸ばし、緩く握った右手を胸の前に構える釣鐘。その立ち姿からして、本来はナイフといった刃物でも使うのか。いや、忍者なら苦無や短刀か? いずれにしても堂に入っている。

 

 その釣鐘を前に俺は構えない。下手な構えは逆に俺の技の邪魔になる。

 

 北極海から引き上げられて学園都市に向かう間、レイヴィニアさんと話し合い、少しばかり色々試して形を変えた。自分の波を止める事なく、緩やかに体を揺らす。ロシアのシステマ。それに近いかもしれない。自然体の方が一足早く波を掴める。

 

 ゆらり、ゆらりと自分の鼓動に合わせるように身を振る俺に身構える釣鐘の前で、僅かにそのリズムを変える。自分のリズムから隣り合う狭い世界のリズムへと。一度でも触れられ相手の鼓動を感じられるのが最も手早くは済むが。世界に滲む振動を掴めば少しばかり合わせる事ができる。釣鐘の呼吸、鼓動音、骨の軋む音。釣鐘が一歩を踏む。

 

 その一歩が地を踏む前に、リズムに合間を縫うように出した俺の手のひらが釣鐘の胸に触れ、足の止まった釣鐘を一歩と共に押し出す。共に突き出された釣鐘の貫手は頬を掠り、かつっ、かつっ、っと足を数歩下げるくノ一の姿を目に、拳を握った。釣鐘の世界の鼓動は掴んだ。

 

 長らく拘束されて鈍っているのだとしても、それで俺は遠慮はしない。俺の力を知りたいと言う者に遠慮をする方が失礼だ。体を揺らす。釣鐘の世界と合わせるように。どう動かれようが隙を付ける。指先が触れれば時の鐘の軍隊格闘技の拳を叩き込むだけ。波紋の狭間に差し込める。口を引き結んだ釣鐘は構える事なく俺を睨む、自分の胸へと手を添えた。

 

「うぅ……ひどいっス。オラ男の人に胸触られた事なかったのに……」

「不可抗力ッ! お前それでも忍者と呼ばれる極東の傭兵かッ⁉︎ だいたいアレだろ! 忍者ってお色気の術とか使えんじゃねえの⁉︎ 戦いの中で胸ぐらいッ、いちいち騒いでんじゃねえッ‼︎」

「いやいやお色気の術って、え、ひょっとして使って欲しいんすか? 貴方も好きっスねー!」

「そういう事を言ってんじゃねえんだよッ! だいたいハニートラップくらい俺だって慣れて──」

「隙ありっスッ! 青いっスね!」

 

 こいつ狡いぞッ! 流石忍者汚いッ! 釣鐘の足先が俺の顎を跳ね上げる。僅かに自分で跳んで威力を殺せたが、素人の蹴りでないだけに響く。口にあふれた血を床に吐き捨て、上に向けられていた視界を戻した先、足を踏み込もうとする釣鐘の背後。口を開けている扉の入り口から、機械の駆動音と共に大きな百足の頭のようなものが伸びた。

 

(ちぃ、時間を掛け過ぎた。狭い部屋の中に押し入られればそのまま物量差で制圧されるッ! そうはいかん、こんな所で捕まって生きてたのがバレるのだけは絶対に嫌だッ!)

 

 百足ロボのカメラに顔が映らないように被っている帽子を押し下げ知覚をより掴むために、連結していない短い軍楽器(リコーダー)を手に掴む。百足ロボに振り返った釣鐘の隣に並び、釣鐘を捉えようとアームを伸ばす百足ロボへと足を伸ばす。必要なのはタイミング。初め扉をこじ開けた時と同じ。相手の波紋と合わせて、その振動を増幅させるように打撃を加える。普通合わせられないそれを俺は合わせられるからこそ、合わせられれば持ち得る筋力以上の威力が出る。

 

 

 ────メッゴンッ!!!! 

 

 

 鉄の体が大きく凹む。波を読み取りタイミングを合わせて打撃を加える形こそが、俺が積み上げるべき新たな格闘スタイル。これもまた狙撃だ。結局どこまで行こうが『時の鐘(ツィットグロッゲ)』。これまでの事は無駄ではないと、首の関節部分が引き千切れて壁に頭を打ち付けた機械を目に手を叩き合わせる。

 

「……おいおい、おいおいおいッ! よっしゃあッ! 見たか今のッ! まるでロイ姐さんみたいな威力だったぞッ! くっそッ、なんでもっと早くできるようにならなかったんだ俺はッ! 今なら胸を張って言えるぞくそッ! 俺は時の鐘の一番隊だぜッ! あっはっは! 最高ッ! 見たか釣鐘、見たか今の!」

「はいはい見たっス! 見たっスから肩組まないで欲しいっス! そんな事してる場合じゃないでしょ! ここまで警備ロボが来てるなら早く逃げないと捕まるっスよ!」

「あぁ、そうだったな、もう少し一緒に喜んでくれてもいいのに……」

「しょんぼりしてないで! 勝負は一先ずお預けっスよ! 取り敢えずここから出ない事には協力もクソもないでしょうが!」

 

 全くその通りではあるのだが腑に落ちない。そもそも真っ先に目潰ししようとして来たのは釣鐘だし、戦闘を仕掛けて来たのも釣鐘である訳で。俺が我儘みたいなのどうなのそれ。凄い嬉しかったのに一緒に喜んでくれさえしない。肩を落とす俺の前で、百足ロボの欠けた鋭い装甲の破片を手に取ると、釣鐘は迷いなく自分の肩にそれを突き刺す。

 

「えぇ……」

「なに引いてるんすか? 埋め込まれた発信機取り出さないとダメじゃないっスか。ちょっと痛いっスけど、これから一緒に動くなら必要でしょう?」

「大分痛そうに見えるんだが……でも一緒にって事は決めたのか?」

「残念ながら不合格にする理由がないみたいっスからね。貴方はどうっスか? 私は合格ですかね?」

 

 体から発信機を抜き取り、拘束服の布を破いて傷口を縛る釣鐘に肩を竦める。

 

「能力は文句なし、性格に難ありだが目を瞑ろう」

「オラの胸を触ったのに……」

「それをやめろ、マジでやめろ、裏切り者は粛清するぞ」

「まだ裏切ってないのにッ⁉︎」

「まだってなんだッ! 変な予定を組み込もうとしてんじゃねえッ! ここからはスピード勝負だ! 完全包囲される前に抜け出すぞッ!」

「忍者にスピード勝負を挑むとは片腹痛いっスね! 行くっスよ!」

「こら俺を置いて行く奴があるかッ! しかも無駄に速えッ‼︎」

 

 なんだあの動き……壁や天井に跳ねてるんですけど。どんな体術? 確か能力AIM拡散力場の観測だけだよね? 東洋の神秘過ぎるんだけど。極東の傭兵意味分かんない。高速で跳ね回り待ち受ける警備員を無力化する様に呆れながらも感心して後を追う中で、耳に付けていたインカムが震えた。ようやっと土御門から連絡か。小突き繋げれば土御門の困ったような口調で声が垂れ流され、なんともげんなりしてきたぞ。

 

『孫っち、そっちはどうだ? いい収穫はできたかにゃー?』

「ちょっと扱いづらそうではあるが、忍者とやらは仲間にできた。取り敢えず試用期間って感じだがな。そっちは? 頼むからそんな声の調子でも良い便りを聞きたいんだけど……」

『良い便りかぁ……暴れてたのがやっぱり『新入生』とか? その狙いが浜面仕上や一方通行(アクセラレータ)っぽくて今鬼ごっこの最中だとかはどうだぜい?』

「どうかって? 当然聞きたくなかったよッ! ってか浜面ッ! 時の鐘になって早速何をやっちゃってるんだお前はッ!」

『武器の準備ができたから早く来てくれ。ゲルニカ程立派な狙撃銃じゃないがな。それに『やつら』が空に浮かべてるものについてなんだが』

「今それはいい! 上条達が来た後でな! 取り敢えずこの仕事をさっさと終わらす! こら忍者先に行き過ぎだッ! 自分だけ逃げようとしてんじゃねえッ!」

 

 学園都市は退屈しないでいいが、少しぐらい退屈が必要なのではないだろうか。浜面と一方通行(アクセラレータ)。なにが狙いか知らないが、関わってる者だけに見過ごすのも難しそうだ。『やつら』が動き出したのが第三次世界大戦の影響であるのなら、これもそうであるのか。何にせよ仕事であるなら突き進み、穴を穿つだけだ。

 

 

 

 

 

 




釣鐘茶寮(つりがねさりょう)
とある科学の超電磁砲、第十四巻から登場。
甲賀の忍者の里出身であるが、五歳の頃より『置き去り(チャイルドエラー)』として学園都市に潜入した結果、『暗闇の五月計画』に巻き込まれて変貌する。
新約で登場する甲賀忍者、近江手裏(おうみしゅり)の元配下。
色々あって、白井黒子と戦闘の末に敗北。甲賀では抜け忍扱いらしく、学園都市の法で裁かれる予定っぽい。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。