時の鐘   作:生崎

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新入生 ③

「くそォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 浜面の絶叫が第一九学区に響き渡る。廃ビルから足を下ろし、久々の再会になるであろう瞬間は、全く俺など気にしてくれない出迎え。浜面も一方通行(アクセラレータ)も目の前で振るわれる(うね)る気体の巨大な槍へと意識を向けている。残った『新入生』の一人の最後の一絞りを眺めながら、隣を歩く釣鐘に目配せして軽く手を振った。まるで空間移動(テレポート)するように影へと身を潜める釣鐘の姿に呆れた笑いを零しながら、デパートに向かう足を緩めない。

 

 帰って早々の仕事は『新入生』が浜面と一方通行(アクセラレータ)をさっさと巻き込んでしまったが為になんとも微妙な内容になってしまったが、それも終わり。だからようやく足を向ける事ができる。バレるバレない気にせずに、遠くに居たから見えていた。走り飛来するツンツン頭を。

 

 一足遅くやって帰って来た友人が気体の槍を受け止め握り潰す。その音を耳にしながら、生まれた静寂の中で右手を振るい、浜面と一方通行(アクセラレータ)英雄(ヒーロー)は、上条当麻は向き合った。

 

「久しぶり」

 

 俺はそうでもない。

 

 

 

 

 

「法水お前ッ! やっぱり生きてたんだなこんちくしょう! 帰って来てたなら先に言えよ! 駆動鎧(パワードスーツ)達への狙撃音でそれを知るとか! いや、時の鐘っぽくはあるけども!」

「ほぉ、狙撃音で俺だと判断したのか? 数日会わなかっただけなのに見違えたな」

「いや、まあ見えたからよ。助かったぜ」

 

 ライダースーツのような駆動鎧(パワードスーツ)を着た浜面の言葉に納得する。遠距離で狙撃していても見えていたか。学園都市の駆動鎧は矢張り相当優秀であるらしい。機械の頭脳と人の頭脳。それを合わせてこそ見えぬものも見えるか。デパートの大金庫に隠していたらしいフレメア=セイヴェルンを引っ付けながらの浜面に頷き、呆けている上条の肩を叩く。

 

「久しぶりだな上条、帰って来るのが遅え、おかげでご覧の有様だぞ」

「いや法水、お前とは別に久しぶりでもないだろ。ってかなんだよそのゴツい銃は⁉︎ 帰って来てお前は早速仕事か⁉︎ 相変わらずワーカホリック過ぎて驚けばいいのか呆れればいいのか分かんねえッ!」

「本当は『新入生』が動く前に誰に知られる事もなくひっそりと事態の収拾をしようとしてたんだけどね。タイミングが悪くてご破算。仕方ないから援護に切り替えというこれまた不本意な仕事になっちゃって。これも全部上条が帰って来るのが遅いのが悪い。どうしてくれる」

「俺の所為かよッ⁉︎ なら一緒に動いてくれればよかっただろ! バードウェイの小言全部俺に向いたんだぞ! だいたい『新入生』ってなんだ? これどういう状況?」

「俺に聞くな」

「仕事してたのにッ⁉︎」

 

 情報を集め切る前に事態が動いてしまったが為に、俺も全貌を把握できてはいない。土御門も今回はアレイスターさんに頼まれて動いている訳ではないらしいので、全てを知っている訳ではないし、その場その場で動く即興劇のような感じになってしまった。終わりよければ全てよしと言えればいいのだが、学園都市に帰って来て最初の仕事の不出来さに肩が落ちる。タダ働きだし土御門には大目に見て貰うとして、成果としては見習いを一人勧誘できたくらいだ。

 

「状況を傍受してここまで来たンじゃねェのか?」

「久々に学園都市まで戻ってみたら、なんか騒がしかったから首を突っ込んだだけ」

「俺は仕事」

「オマエには聞いてねェ」

 

 酷くない? 呆れたように舌を打つ一方通行(アクセラレータ)が辛辣だ。俺が動く=仕事と一方通行(アクセラレータ)の脳内に方程式でもできあがっているのか知らないが、なんとも素っ気ない。俺や上条は死んだという情報が出回ってるはずが、驚きもしない一方通行(アクセラレータ)は生存を知っていたのか、それとも単純に知らなかったのか知らないが、浜面も疲れの方が先行しているらしく殴られずに済んで何よりだ。

 

 状況を浜面が説明してくれるのを聞きながら、曇る上条の顔を横目に見る。暗部に関しては上条もそこまで関わりがないからな。仕方ない。学園都市の闇から放り出された復讐に、『上』に反乱分子と判断させるのが目的とは性根が悪い。個人では違くとも、第三次世界大戦で動いた闇を潰した一方通行、スイスを救うのに一役買い、ロシアでも無茶したらしい浜面仕上が共に動けばまた何かが起こると予測させるのが目的か。それに俺や上条が合流したとなると、客観的に見れば問題の特異点に見えなくもない。俺と上条が合流したのはたまたまだが、そんなの知らない者には関係ないだろう。

 

「オイ、『シグナル』」

 

 浜面が説明を終えて睨んでくる一方通行(アクセラレータ)に手を上げ遮る。

 

「分かっている。本来なら俺達が動く案件だったろうが、大戦終わりでこっちもゴタゴタしてたんだ。闇が解体されてたなんて俺も知らなかったからな。それに上も動かなかったおかげで仕事としては個人の依頼だ。今回俺は『時の鐘(ツィットグロッゲ)』としてだけ動いた。『シグナル』が動いても困るのは襲撃を目論む者だけだし関係ないだろうがな」

 

時の鐘(ツィットグロッゲ)』が動けば『シグナル』が動いたように見え、知っている者が見ればアレイスター=クロウリーが動いていると勘違いさせられる。とはいえ、今回それもそこまで関係ないだろう。個人というところに引っ掛かったのか、一方通行(アクセラレータ)は眉を顰め、会話の中から俺を暗部と察してか上条は首を傾げて俺の名を呼ぶ。

 

「暗部らしい暗部でもない。学園都市の防衛や護衛を請け負う部隊に組み込まれていてな。殺し屋集団にいる訳でもないからそんな顔するな」

「そんな部隊あったのか、法水も大変だな」

 

 上条もその部隊の一人だけどなッ!

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)が『シグナル』の一人だと知っている浜面と一方通行(アクセラレータ)は微妙な顔を浮かべるが、そんな二人に口に人差し指を付けて見せお口チャック。土御門が裏をかいて青髮ピアスと俺で固めて秘密裏に友人を守る為の部隊でもある。多重スパイが極稀に見せる優しさを無下にするのは可哀想だ。

 

「それでだ。この局面でオマエが出てきた。科学の『闇』をそれなりに知ってる俺達よりも、さらに世界の『深い』部分で動いているオマエが。何を抱えている。何故、このタイミングで学園都市に戻ってきた? 法水オマエもだ。今回の事件と何か関係しているのか」

「……今回、お前達を襲った『新入生』ってヤツらの動きは、言ってみれば準備期間の一環なんだと思う」

「準備だと?」

「第三次世界大戦が終わって全てが終わった訳ではないとな。盛大な目覚ましに叩き起こされて動き出した奴がいる。第三次世界大戦の亡霊か、それとも新たな脅威なのか。いずれにしてもろくな相手じゃないのは確かだ」

 

 浜面と一方通行(アクセラレータ)が口を閉ざす。二人も第三次世界大戦を駆け抜けた者。それがどんな事態を呼んだのかその目で見ている。一難去ってまた一難。それを聞いて平気な顔はできないらしい、

 

「『ヤツら』と戦うために学園都市は準備を進めている。軍備を増強するのはもちろん、学園都市内部の体制を固めて、戦いやすい方向へシフトしようとしている訳だ。これはそれだけ学園都市が『ヤツら』を警戒しているって考えても良いだろう。……片手間で相手にできるようなスケールじゃないって判断しているんだ」

「学園都市は第三次世界大戦での被害が少ない、形としては講和で終わったが、第三次世界大戦で勝ったのは学園都市と英国だ。おかげで幅を利かせられる。スイスとしてもいい事だが、それは今重要ではない。その優位を寧ろ使って警戒しなければならない程『やつら』は面倒くさい相手って訳さ」

「『やつら』ってのは?」

 

 結局その話に戻ってくる。『新入生』など前座も前座だ。『やつら』のおかげで『時の鐘(ツィットグロッゲ)』もこれまで以上に忙しくなるだろう。他の暗部がいないからこそ、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』に、『シグナル』に仕事が回ってくる。浜面にとっても他人事ではなく、俺にとっても同じ。今正式に動ける『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は俺と学園都市支部だけであるからこそ、ボスに頼らず、俺が頭を回すしかない。

 

「学園都市の敵ってのは、あの戦争を仕掛けてきたロシアの事か? でも、あそこはもう戦う意思は見せていないだろう」

「……胡散臭い話なんだけど、信じられるか?」

 

 上条は少しばかり間を開けて、再び口を開く。学園都市の住人に言うべきか迷ったのだろうが、最早そんな段階ではない。

 

「例えば、学園都市が掲げる『科学的に開発される超能力』とは全く別の、超常現象を起こす法則が存在するって事とか」

「浜面、お前はスイスで見たはずだ。めちゃくちゃやってたくそったれや、歴史や伝承を元に引き起こせる現象を」

「その『異なる法則』を自在に操る連中が組織を作っていたり、世界の暗部で色々活動していたり、学園都市と対立していたり。……そういう事を信じられるか? 学園都市だけが、この世にある不思議な現象の全てを扱っている訳じゃないって事を」

 

 例えばイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』、例えばローマ正教『神の右席』、ロシア成教『殲滅白書』、瑞西傭兵『空降星(エーデルワイス)』、『明け色の陽射し』、『新たなる光』、上げていけばキリがない。大小関係なく存在する魔術結社。

 

「魔術、か」「魔術ってやつか」

 

 浜面と一方通行(アクセラレータ)の呟きが重なり、お互いがお互いの発言に驚いたように小さく顔を見合わせる。浜面はカレンや土御門と行動を共にしていたし、一方通行(アクセラレータ)も『グループ』で土御門と一緒だったから知っているのか知らないが、知っているなら話が早くて済む。

 

「俺も詳しく知っている訳じゃない。厳密に言えば、俺は学園都市の人間であって、『外』の連中の事は知っていても、そこに所属している訳じゃないからな。ただ……」

 

 上条の顔が俺に向く。『表』で世界最高峰の傭兵集団。上条より多少は俺も詳しいが、深くに潜れば潜る程、俺だって知らない事は増える。魔術の専門家ではないからだ。俺に顔を向ける上条へと向直れば、言葉を途切れさせた上条の顔が青ざめている。ずむっ! と悲しい音が響いた。

 

 上条の背後、股の間から伸びている小さな脚。男の急所を蹴り上げる容赦のない一撃が上条を襲う。

 

「ば……ばう……ッ!?」

「さっきからペラペラペラペラ。偉そうに語る前に、お前には頭を下げるべき人間に頭を下げるという大事な仕事があったんじゃなかったのか? ったく、一体何人泣かせているのやら。お前もだ時の鐘。ただ街の様子を探るならまだしも仕事だと? 何のために一足先に戻ったのやら」

 

 上条の背後で金髪が揺れる。多くの黒服の男を引き連れた足癖の悪い凶女の姿に口の端が落ちるのと同時。『明け色の陽射し』がボス、レイヴィニア=バードウェイの飛び蹴りが俺の顔を綺麗に穿った。

 

「ぶ……べぇ……ッ⁉︎」

「後の説明は私がやる。お前達は自分が泣かせた女への言い訳でも考えている事だな」

「こ、こにょ人は……お、俺達を北極海から引き上げてくれた人達だ。……って言っても、中央でふんぞり返っている小さいのじゃなくて、周りにいる人達がロシア国内に潜伏してくれたおかげなんだけどな」

 

 浜面、一方通行(アクセラレータ)、フレメアさんに目を流していたレイヴィニアさんは上条の言葉に動きを止めると、床に転がる俺を踏み台に高らかに自己紹介をする。

 

「『明け色の陽射し』のレイヴィニア=バードウェイ。見ての通り、魔術結社のボスをやってる。……新しい世界の入口へようこそ、科学で無知な子供達」

 

 人を足蹴に好き勝手言いやがって。『やつら』が浮かべているであろうものが漂う空から視線を切って立ち上がり、服の汚れを手で払う。一足先に学園都市に戻ったのが無駄だったかどうか教えてやる。俺だって遊んでいた訳ではない。地面に転がっているメタルイーターM5には目もくれず、強く指を一度弾いた。上条、浜面、一方通行(アクセラレータ)、レイヴィニアさん、フレメアさんの目が集中する中、俺の成果を披露する。

 

「俺だってただ帰って来た学園都市で物見遊山していた訳ではないッ! 見るがいい! 俺はきっちり『時の鐘(ツィットグロッゲ)』学園都市支部、支部長としての仕事をこなした! 彼女こそ時の鐘学園都市支部No.3! 見習いで勧誘に成功した釣鐘茶寮さんだよ!」

「釣鐘茶寮っス! 忍者やってるっス! いえーい!」

「……お前は死にたいのか?」

 

 音もなく現れたくノ一を見て、ほとほと呆れたと言いたげなレイヴィニアさんの蹴りが俺の顔を跳ね上げた。地に崩れる俺の視界の中で、上条は肩を落とし、一方通行(アクセラレータ)に舌を打たれ、浜面に目を逸らされる。睨み見下ろしてくるレイヴィニアさんの顔が怖い。「大丈夫っスか?」と指で突いてくる釣鐘の言葉が物悲しく響いた。

 

 

 

 

 夕暮れに染まった街を歩く。浜面は駆動鎧(パワードスーツ)から普段着に着替え、必要なくなった武器は隠し、上条と浜面、一方通行(アクセラレータ)は携帯のアドレスを交換した。ライトちゃんにさえ会えれば俺は既に全員のアドレスを知っているので輪に加われず残念だ。そもそも俺の携帯は今行方不明であるが。それも相まって足取りが重い。ただ何よりも今向かっている先が……。『やつら』の事や、これからについての話し合いのために場所を移るのはいいのだが、

 

「マジで上条の家なの? 別のところにしようよ、もっと頑丈そうなところがいいと俺は思う」

「……馬鹿が女に頭を下げる分にも好都合だ。ならお前の家にするか?」

「それ一つ横にズレただけだわ! 行き先全然変わってねえわ! はっはっは! はぁ……」

 

 ここまで来ると笑うしかない。上条と二人肩を落としてゾンビのように歩いていると、浜面に怪訝な目を向けられる。何だその目は。

 

「……一体どうしたんだ?」

「いやね、第三次世界大戦のどさくさで、俺達ってなんか死んだ事になってるだろ。となると……いろんな人を心配させてるかもしれないなーって。どの面下げて会いに行けば良いのかも良く分かんないし」

「実は生きてたんだぜ! で時の鐘の大部分にはそれで通るだろう。ある程度慣れてるからな。ただ……いやぁ、そうではない奴とこういった時に顔を合わせるというのは慣れてない。浜面はどうだった? 驚いた?」

「いや、まあ驚きはしたけど法水だし」

 

 どういう意味だそれは。ナルシス=ギーガーに胸貫かれても死ななかったから大丈夫って事? いくら俺でも心臓が潰れでもしたら流石に死ぬぞ。黒子に会いたいが百パーセント怒られると分かっていて会うのは辛い。「俺ついにブチ込まれんじゃね?」と、何処にとは言わずに肩を落とし続けていると、レイヴィニアさんに嘲笑を送られる。

 

「しかし生きているのなら帰らない理由も特にないだろう。どこをどう進んだって結局通る道だ。だったら早い内に済ませておけ」

「歯医者みたいなものだと考えれば良いのかなあ……」

「敵陣に特攻を掛ける気分だ……残された道が地雷原しかないこの状況……殺す気で立ち向かえばなんとかなるか?」

「いやそれどうにもならないだろ……どんだけ命賭けてるんだよ……」

 

 上条に呆れられながらも二人揃ってため息が溢れる。日常こそが最大の敵だ。暴力ではどうにもできないからこそ、どうにもならない。いつ黒子が空間移動(テレポート)してドロップキックをかましてこないかとビクビクしながら歩くしかない。

 

「もうどうしてもやるしかねえなら、せめて発破をかけるしかねえんじゃねえの?」

「どういう事?」

「酒でも飲んでテンション上げちまえよ」

 

 浜面の提案に強く頷く。こうなったらもうやるしかない。

 

「行くぞ上条! こうなったらもうしこたま入れるぞ! スイスワイン*1だ! ランガトゥン*2だ! フェルトシュレスヒェン*3だ! Hugo(フーゴ)*4Apfelschorle(アプフェルショーレ)*5absinthe(アブサン)*6! 全部纏めて持ってこいッ!」

「おい法水⁉︎ 大丈夫なんだよなそれって⁉︎ ちょ、法水さんッ⁉︎ おおぉいいいッ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーい……そこにいるのはミコっちゃんじゃな~い?」

 

 ネクタイを頭に巻き、右手の親指と人差し指で折詰の寿司の紐を摘んでぶら下げて、がに股の千鳥足で御坂美琴へと向かって行く上条当麻。体を駆け巡るアルコールに大分頭をやられているのか、携帯片手に呆然と突っ立っている美琴へと、「はいミコっちゃんこれおみやげー」と寿司を押し付けている上条の後ろで、法水孫市は爆笑していた。その二人から大きく離れて後を追う一方通行(アクセラレータ)と何故かズタボロの浜面仕上は、レイヴィニア=バードウェイや釣鐘茶寮が完全スルーを決め込んでしまってるだけに、渋々と浜面は手前の孫市に声を掛ける。

 

「お、おい法水! 本当に大丈夫なんだよな! 本当にもう大丈夫なんだろうなッ!」

「Mon general ! 大丈夫であります! 恐れながら法水孫市軍曹! 学園都市に帰還致しましたァッ!」

 

 ガッと踵を打ち鳴らして見惚れるような敬礼をする瑞西傭兵。ただし向かう先は街を歩く見た目そのままのスキルアウトに向けて。

 

 全く大丈夫ではなかった。

 明らかに酔っていた。

 上条共々べろんべろんに。

 

 これは駄目だと顔を手で抑える浜面の前で、敬礼を向けたスキルアウトに当然のように孫市は絡まれている。浜面が慌てるがもう遅い。

 

 襟首を掴まれた勢いを利用して相手にしなだれ掛かり、スキルアウトを駆逐していく傭兵から目を逸らす。

 

「……チッ、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の軍隊格闘技の元になってるのは酔拳だったか? タチがワリィ、介抱させる気もねェだろありゃア」

「……介抱しようとしてぶっ飛ばされた俺に言う事あるか?」

「オマエも時の鐘ならどォにかしろ」

「無茶言うなッ!」

 

 何故か歩く度に侍らせる女性を増やす上条と、それを笑いながら絡んでくる不良達を地に転がし追う孫市。ヘンゼルとグレーテルが帰り道を分かるようにするために千切り投げたパン屑のように道に転がる死屍累々の様相に、その後を追う浜面と一方通行(アクセラレータ)の足が一歩、二歩と遠くなる。

 

 気分でも良くなって来たのか、口笛を吹きながら軍楽器(リコーダー)を取り出し手の内で回す軍楽隊の行進曲に、三歩、四歩と浜面と一方通行(アクセラレータ)達の足は下がる。

 

「……ハーメルンの笛吹ですかァ?」

 

 ぞろぞろぞろぞろ数を増やして。女子を引き連れ学生寮を目指す英雄の背を追い立てるように、軍楽器(リコーダー)を奏でる軍楽隊が追う。少し離れて後ろからついて来る不審者の相手は御免被ると、姫神秋沙(ひめがみあいさ)月詠小萌(つくよみこもえ)吹寄整理(ふきよせせいり)も御坂美琴も見て見ぬ振りをして先を急いだ。

 

 

 

 

 

 インデックスと白井黒子は、今日も変わらず第七学区のとある学生寮の一室にいた。

 

 部屋の主人がいないのをいい事に、連日同じ愚痴を言い合える同志として、突き付けられる『死』の事実を緩和するように語り合う。時折インデックスから料理を黒子が教わったりしながら数日が経過し、すっかり二人でいる事にも慣れてしまった。今日もまた学校終わりに黒子はインデックスの元に寄り、相変わらず作られたラザニアを挟んでフォークでつつく。

 

 楽しくもどこか寂しい食卓で、ふと、白井黒子は手に持つフォークの動きを止める。

 

「くろこ? どうしたの?」

「……今」

 

 閉ざされた部屋の中でインデックスとスフィンクス以外の声を聞いた気がした。玄関に向けて勢いよく顔を向けて扉を見つめる黒子の姿にインデックスは首を傾げたが、すぐにハッとすると同じように少しテーブルから身を乗り出すようにして扉を見つめる。

 

「もしかして……くろこッ」

「間違いありませんの! わたくしが聞き間違えるはずないでしょうインデックス!」

 

 追っていたからこそ分かる。隣に並んで聞く声を聞き間違えるはずがない。ほんの僅かでも鼓膜を叩く聞き慣れた声を追うように黒子とインデックスは玄関に走り寄ると扉を開けた。目にする事実に目を見開く。黒子のアンテナに引っかからないはずがない。例えどこにいようとも、その声だけは聞き間違えない。

 

「う、うだー……お、お、お待たせー……」

 

 砂鉄を引っ付けた磁石のように、チーズフォンデュに潜らせたパンのように十人以上の女の子を引っ付けて歩いて来る家主のすがた。そんな中に確かにいた。引っ付いている砂鉄の一欠片。黒子の愛しの────。

 

「お、お姉様ぁッ⁉︎ な、なぜ此方にッ⁉︎ってか類人猿ゴラァッ‼︎ なにお姉様をその他大勢みたいに引っ付けてやがりますのッ‼︎ おぅねぇさまッ‼︎ いけませんッ! そんなはしたない真似はおやめくださいまし! 黒子にならッ! 黒子にならどれだけくっ付いても万事オッケーまるっと受け入れてご覧に入れますのッ! さぁカモーンッ‼︎」

「とっ、とうま!! ずっといなくなって心配していたのにそれは一体どういうつもりなんだよ!?」

「ひっく……うえ? どういうって、何だって?」

「いつもの通りのとうま過ぎてどうにもならないよって言いたい所だけど、なんか明らかに知らない人も混じっているし!!」

「しぇんしぇ〜、たぁだいまー! 聞いてよもんぶらんがもんぶらんでもんぶらんしちゃったよー! 射殺だけはッ! 射殺だけはぁッ‼︎ 軍法会議はいやだよしぇんしぇー!」

 

 びきりッ‼︎ と黒子の内で何かにヒビが入る。ギギギギッと音を立ててぎこちない動きで隣の部屋へと目を向ければ、白衣姿の木山春生に外国のスキンシップよろしく抱きついている瑞西傭兵の姿。

 

 面食らい固まりながらも、どこかヌけているからか「おかえり法水君」と微笑む木山先生に、孫市は背筋を伸ばし敬礼をする。そんな孫市の後ろ、廊下の手摺に腰掛けているくノ一が、折り曲げた膝の上に肘をついて頬杖つき、黒子の目が孫市に向いたのを確認すると緩やかに手を振るう。

 

「あッ、貴女……ッ⁉︎ なん……ッ! いやッ! 孫市さんッ! 孫市さんちょっとッ! なにをどうすればッ⁉︎ なに拾って来ちゃってるんですの貴方はッ! 全然連絡だって‼︎」

「Bonsoir,ma chere! 世界で誰より愛してるぜくろちゃーん! 会いたかったよぉー!」

「ちょちょちょッ⁉︎ お姉様が! お姉様が見てますのッ! 聞いてるんですの貴方はッ! これじゃあただのダメ親父じゃありませんかッ!」

「聞いてくれよー! もんぶらんがもんぶらんしちゃうし、ライトちゃんがどんぶらこっこー」

「頭でもぶつけたんですの貴方ッ⁉︎ ちょ、放し、放してくださいって、お姉様ぁ、そんな目で見ないでくださいましッ! 放れ……ないッ! 無駄に硬いですわねほんとッ!」

「おれ今日はくろちゃんと寝る」

「ぶっふぉッ⁉︎ なにを言っちゃてんですのッ⁉︎ 先生や風紀委員(ジャッジメント)がいるところで言う事じゃないでしょうがッ⁉︎ そういうのはムードとかいろいろあるでしょう!」

 

 ガッチリと黒子を抱え込むように抱きつく孫市を黒子は振り解けず、満面の笑みで黒子に引っ付き、顔を茹で蛸にしている黒子に美琴は背を向けた。「お姉様ァ⁉︎」と黒子が叫び、こうなりゃ空間移動(テレポート)でぶっ飛ばすと頭のスイッチを切り替えようとした矢先、「お兄ちゃん(brother)!」と響いた電子妖精(スプライト)の声に、嘘のように孫市は離れて黒子の胸ポケットから電子妖精(スプライト)が操るペン型携帯電話を手に取ると胴上げするように上に掲げた。

 

「ライトちゃーん! よかったぁ! さみしかったよぉ〜! イエーイ!」

いえーい(yeah)!」

 

 眠り姫のように廊下の床に仰向けに寝転がっていた黒子は、むくりと起きると足音を立てて孫市に向かう。畝るツインテール。足音の度に廊下に居た人々は黒子から距離を取り、伸ばされた黒子の手が孫市を掴む。空間移動など生温い。鷲掴んだ孫市を、学生寮の手摺の外、空に向けてぶん投げた。

 

「貴方って人はぁぁぁぁッ!!!!」

「あいきゃんふらーい!」

 

 空から落ちて来る人型の星を見上げて、その着地を見る事なく、浜面と一方通行(アクセラレータ)は視線を切る。上条と孫市に酒を飲ませ過ぎてはいけない。そう心に誓った浜面が、女の子に群がられている上条を師匠と呼んだ時、どこぞの電波少女に邪な想いが届いてしまったのは別の話。

 

 浜面に向けて移動を始めた滝壺理后(たきつぼりこう)に気付く者は誰もいない。

*1
白ブドウ品種のシャスラが有名。

*2
1857年創業のスイスの小さな蒸留所。ウィスキー。

*3
スイスで最も有名なビールメーカー。

*4
ホルンダーの花のシロップとミント、ライム、プロセッコ(スパークリングワイン)、炭酸水のカクテル。

*5
炭酸水又はレモネードで白ワインを半分に割った物。

*6
アルコール度数が高く70%前後のものが多い、ヨーロッパ諸国で作られる薬草系リキュール。

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