時の鐘   作:生崎

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しばらくおさらいの説明回


新入生 ④

「いきなり『ヤツら』に触れても意味は分からないと思う。だから、まずは『ヤツら』を生み出した土壌である、魔術や魔術師といったものについて説明しておこう」

 

 そうレイヴィニアさんは切り出した。

 

 上条が引き連れた女の子達は『明け色の陽射し』の黒服達の尽力によってお帰りいただき。残ったのは限られたメンバー。レイヴィニアさん、上条、浜面、一方通行(アクセラレータ)が部屋に置かれていた炬燵を囲み、フレメアさんは浜面の膝の上で眠りこけ、釣鐘には黒服達と共に見張りを頼んだのでここにはいない。

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さん、黒子、木山先生はベッドに腰掛け、俺はベランダ近くの壁に背を預ける。……うん、人口密度がものすごい。俺の部屋には炬燵などの気が利いたものがないからゆったりできないとはいえ、これまでのおさらいのようなレイヴィニアさんの魔術講義を聞こうと、木山先生や黒子までもがここに居る。

 

 木山先生には俺から概略を話してはいるが、実際に魔術師から聞けた方が得られるものも多いだろう。黒子もだが、御坂さんの間者みたいなものだな。後で黒子から話を聞くという条件の元帰ったようなものであるし、黒子だけ残して帰ったのも、御坂さんだけを黒子が返したのも驚きではあるが、「黒子を頼んだわよ」と俺も御坂さんに言われてしまっただけに、俺が追い返す訳にもいかない。黒子もスイスで完全に一歩裏側に足を伸ばしている。下手に齧るよりも、今一度しっかり魔術について聞いた方がいいだろう。

 

 俺も上条も既に知っている世界に話であるが、第三次世界大戦を経て、今一度物事を見直すにはいい機会だ。夏休みの始まりから随分と取り巻く世界が様変わりしたからね。

 

「魔術とは、お前達の考えている通り、科学的な法則とは無関係なものだ。いわゆる、オカルトだな。それを扱える者なら、手から火を出す事もできるし、水を出す事もできるし、傷を癒す事もできるし、傷を腐らせる事もできる」

 

 聞けば聞くだけ感心しかしない。正に奇跡の産物だ。もっと世界中に普及すれば、それだけファンタジーな世界に一変しそうなものであるが、そうではないと禁書目録(インデックス)のお嬢さんがレイヴィニアさんの言葉に付け足す。

 

「でも魔術だってそんなに便利なものじゃないんだよ。そもそも魔術っていうのは、一部の例外を除けば基本的には『才能のない人間が、才能のある人間へ追いつくために』存在するんだから」

「簡単に言えば無能って事だ。一人前になれない分を、他の何かで補っている」

 

 そうレイヴィニアさんは締め括る。才能。ただこれはなんとも漠然としている。俺のよく知る『空降星(エーデルワイス)』、剣の才能という意味では誰もがそれを一定以上は持っている達人集団に違いない。ただ、例えば『空降星(エーデルワイス)』を『時の鐘(ツィットグロッゲ)』に組み込んだところで、狙撃手の目から客観的に見れば、どれだけ剣を扱えようが、狙撃ができなければ能無しだ。そういう意味では、真の一人前とはどれほどの傑物であるのか。レオナルド=ダヴィンチとかなら一人前だと胸を張れるのかもしれない。

 

 兎に角そんな一人前、『科学的なアプローチ』によって生まれた能力者や、特別な条件下で運良く生まれる能力者である『原石』などを──。

 

「羨んだのさ。まだ科学もオカルトも区別がなかった頃、何かしらの宗教的奇跡や『たまたま環境が整っただけの』天然能力者の力を見た誰かが。そうしたものを、分からないけど分からないなりに憧れた結果、自分だって特別になりたい、平凡では納得できないと考えるようになった。そこが始まりだ」

 

 なので厳密には魔術と宗教は別枠である。神の奇跡を再現するなど畏れ多いとする動きも中にはあるからだ。

 

「……それでも魔術が公に振るわれるのは、やはり、世界に神秘は溢れていても、人間のために機能するとは限らないという事なんだろうね」

「ただし、無能が無能なりのコンプレックスを利用して生み出した魔術というのも便利ではある。例えば、お前達の使う『科学的な能力』というヤツは、基本的に一人一個だろう?」

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんに続いたレイヴィニアさんの言葉を受けて、俺はちらっと木山先生を見上げた。大脳生理学教授、AIM拡散力場を専攻していた木山先生が居てくれるのはある意味でありがたい。科学と魔術、どちらのおさらいもできる。話を聞いていた木山先生は考えるように顎に手を置く。

 

「『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』という意識が能力の源ではあるからね。自分だけが持つ独自の感覚、認識、それが能力を決定するとするのなら、脳一つにつき能力一つ。だからこそ、例えば全く別の意識を持つなにかしらを個人で複数持つ事ができれば、能力を複数持つ事も可能ではある」

 

 例えば幻想御手(レベルアッパー)。共感覚性を用いて脳波を調律し、元となった脳波パターンに合わせて複数の人間の脳を繋げた巨大な脳状のネットワークを構築する。この副産物として、構成者、元になった特定の脳波を持つ者は、巨大なネットワークを構成する能力者の能力を使用可能となる。疑似的な多重能力者(マルチスキル)化だ。実際に幻想御手(レベルアッパー)を使った木山先生は、複数の能力を扱う事を可能とした。ただそれは特殊なパターン。基本的に能力は一人一つで間違いない。

 

「……だから攻撃パターンを変えてェ場合は、ベースとなる能力をどォ応用するか、それができるかで勝敗が分かれる。火を出す能力者の場合は、それを使って煙を作ったり酸素を奪ったりな。それがどォしたってンだ」

「魔術には、その制限がないんだ」

 

 一方通行(アクセラレータ)の疑問に上条が答える。

 

 それを証明するかのようにレイヴィニアさんは指を鳴らして指先に小さな火を灯すと、もう一度指を弾いて浮かべた水球で火を包み消す。

 

「もちろんこれにもベースとなる法則はある。ケルトとか北欧とかな。だが、それにしたって厳密な区分はない。『ケルト文化に感化された北欧神話』なんていう風に、自由に取り込む事ができる訳だ」

「……一度『身体検査(システムスキャン)』で系統だのレベルだのが分かっちまったら、後はどうする事もできねえ俺達能力者と比べると、随分便利に聞こえるな」

「実際、便利なんだ。空を飛びたいでも女にモテたいでも良い。『目的』さえハッキリしていれば、後は自分の望むように組み合わせて異能のセッティングができる。才能依存のお前達に比べれば、これはかなり大きなメリットとして機能するだろう」

 

 浜面のボヤキにレイヴィニアさんは胸を張って答えた。

 

 ある意味で自分を信じるが故に能力が一つしかない能力者と違い、信じないからこそ色々できることがあると。ただそれができるのも『魔術の才能』と言えなくもないが。だから才能など追い出すとキリがないのだ。結局自分の信じる何かを積み上げるしかない。手を握る浜面の音を聞き目を向ける。自分にも使える可能性を見ての事か、使えるものは使う。その貪欲さは浜面の美点ではあるが、問題が一つ。それを禁書目録(インデックス)のお嬢さんは口にする。

 

「でも、だからって、あなた達は魔術なんか使っちゃ駄目なんだよ」

「えっ、どういう事だよ」

「さっき言っただろう? 魔術とは、才能のない人間が才能のある人間に追いつくために作られた技術だと。フォーマットの問題さ。元から才能のある人間のために作られたものじゃない。無理に使えば、体中の血管や神経に莫大な負荷がかかるだろうな」

 

 浜面の疑問にレイヴィニアさんが答えた。それは土御門が証明している。魔術師として一流であろうに、学園都市の『開発』の影響で魔術を行使すればその反動が体を襲う。副作用で血濡れになった土御門を何度見た事か。魔術に能力、その二つのいいとこ取りは難しい。

 

「ちなみに、無能力者(レベル0)であったとしても、学園都市の技術で頭の中をいじっているのは同じだ。だから俺も魔術は使えない。……おそらく、スキルアウトのお前もな」

「魔術とは科学と並ぶほどの専門的な技術と知識の積み重ねだ。異能のセッティングだって手間と時間がかかる。今から一〇年以上もかけて準備をして、たった一回の使用で全身から血を噴いて死ぬぐらいなら、自分の持っているものを磨いた方が効率的だろうな」

「あら、でも孫市さんは開発を受けてないですわよね」

 

 そう零した黒子の言葉に、一度全員の目が俺へと向いた。俺を見るな俺を。使おうと思えば、確かに俺は使えるのかもしれないし使えないのかもしれない。使えるとしても全く使う気はないが、俺が何も言わないのをいいことにレイヴィニアさんは鼻を鳴らした。

 

「アレはまた別だ。異能など知った事ではないとあるものだけを磨き続ける愚者。頭を捻る暇があったら体を動かすとな。能力者や魔術師を理系、文系とするなら体育会系か? ただそれで異能に迫るのだから尚更タチが悪い」

「他に言い方ないのか? それだってまたアプローチの違いでしかないだろう。手品師みたいなものだよ。知らない者たちから見ればやってる事摩訶不思議だろうが、知ってる者から見れば技だと分かる。科学や魔術に似た部分があるように、こちらもまた同じこと」

 

 魔術にだって儀式のための演武などがある。神を降ろすために巫女は舞い、神の啓示を受けて技の型を作った武術家、剣術家もいる。ボクシングなどは相手を拳だけで殴るために何世代も掛けて研究し、人間工学などの知識も使っているのだから科学とも言える。英国の騎士派だって肉体由来の魔術使うし。

 

「俺達は戦う為に自分をセッティングしているに過ぎない。その為にフリーランニングだのして体の動かし方を学んでいるんだ。一度の奇跡ではなく、積み上げた累積をその時になったら出す為にな。言っちゃえば頭の代わりに体を弄ってるんだよ。とは言え優れた精神は優れた肉体に宿るとも言うから、脳筋と呼ばれるのは遠慮願いたいがね」

「オマエあの中華娘見ても同じ事言えンのか?」

 

 アレを例に出すんじゃない。ロイ姐さんも脳筋ぽくはあるが、戦いにこそ全神経が集中している証拠だ。頭を動かす前に体を動かす。事実スゥはそれを体現している。だからこそあんなでも格闘戦においては無類の強さを発揮する。俺達は科学者ではなく戦人なのだ。

 

「とにかく、『ヤツら』はその異能のセッティングを行って牙を剝いている。使う事はできなくても、対策を講じるために法則を知っておくのは悪い事じゃない。それとも、いつまでも『未知の法則を使う謎の敵』なんて手探りを続けるつもりか?」

 

 逸れ始めた会話を元のレールに戻すようにレイヴィニアさんは声を上げた。なんで使えるのに使わないの? と俺に問い掛けられたところで、最早それは拘りとか生き方の話になってくる。菜食主義者に肉を食えと言うようなものだ。それこそ科学サイドや魔術サイドとの法則が違う。

 

「具体的な手順は?」と一方通行が質問したのを聞きながらベランダに這い出て煙草を加える。どうにも理論的な話になってくると頭が疲れる。手順など聞いたって使わないしいいやとレイヴィニアさん達の話を聞き流しながら、ベランダの手すりに寄り掛かった。

 

 要は魔術を使うには魔力を精製するところから始める。それは呼吸法だったり、瞑想だったり、食事制限であったり、何かしらの方法を用いて元から自分の中にあるエネルギーを魔力に精製するのだ。それを『自分の望みに合わせた形』で操る。二トントラックを動かそうと思ったら軽油を入れ、スポーツカーを動かそうと思ったらハイオクを入れると。そんな具合にだ。何かするのに必要なものを用意し、その用意したものに合ったエネルギーを入れる。これで魔術が使える。

 

 ただその用意するものを一から考えるのが面倒であるため、既に存在している伝説や伝承、神話などを借りるわけだ。ナルシス=ギーガーが防御不要の手段を得る為に『百鬼夜行』の伝承を借りたりしたのが正にそれ。それを更に効率的に行う為に『霊装』が存在する。効率よく火を起こす為にライターを使うようなものだ。手に持てる小さな物から、空間を区切る神殿まで。『霊装』もまた様々。だから全てを網羅しようとすると大変だ。禁書目録の重要性がこれだけでよく分かる。

 

「ちなみに、今までは個人で精製する魔力を基にした魔術についての説明をした。だが、他にもエネルギーがない事はない。地脈や龍脈といった土地に起因するものや、『天使の力(テレズマ)』なんて呼ばれる同じ世界の別位相に溜まっている力などだな」

 

 人の中にはない莫大な力。これまでが人力発電の話だったとするなら、太陽を使っての太陽光発電だの、川の力を借りての水力発電の話という訳だ。

 

 小難しい話はNOなのだが、煙草に火を点けてなんとか痛む頭を保たせる。

 

 人力よりも動力。産業革命よろしく、得られる効果は大きくなるが、事故った時に被害もまた大きくなる。何よりエネルギーに元から属性があるために、できることも限られてくる。水で太陽光発電しようと思っても難しいという具合だな。

 

「この手の力は人の持つ魔力を使って『呼び込む』形で発動する。爆弾と信管の関係に近いかな。信管の小さな爆発で大きな爆薬を反応させて、凄まじい爆発力を得る。……当然、個人の魔力では不可能なレベルの術式を扱えるが、単純に爆発の規模が変わるから、リスクも増加する。……そもそも個人の魔力を操れない者に、大規模な天使の力(テレズマ)は扱えないと考えるべきだ」

「一部例外的に、人間の持つ魔力と天使の力(テレズマ)のエネルギーの相似性を利用し、ダイレクトに天使の力(テレズマ)を操る輩もいるけど、これについては相当特殊な例になるからあまり参考にする必要はないかも。……そもそも、扱える力の量は大きいものの、質の方が対応した天使にかなり制限されるから一般的な魔術は使えず、結局自由度は減ってしまうしね」

 

 レイヴィニアさんの話に禁書目録(インデックス)のお嬢さんが補足をする。禁書目録(インデックス)のお嬢さんの言った例が神の右席だったか。世界を乱す程の力を行使した連中を思えば、制限されるとしても得られる力は絶大だ。俺は逆立ちしたって地球の裏側にいる者を狙撃できたりはしない。それを可能にするようなものだ。

 

「さて、ここまでは魔術師の基本的な仕組みについて説明した。だが、そういう連中を理解する上で一番重要なのはそこじゃない」

「……どォいう事だ?」

「アイデンティティの問題さ。魔術師がどういう目的で魔術を振るうか。それを知らない事には魔術師は語れない」

「組織構造の話か。どォせ俺達学園都市の『対』って話だ。ろくでもねェ組織が管理してンだろ」

 

 そう一方通行(アクセラレータ)は言うが、学園都市程の纏まりは魔術側にはない。宗教の数だけ組織はあるようなものであるし、実際にはそれよりも多い。同好会のような『新たなる光』まである始末。組織の話までするとなると終わりがないからか、レイヴィニアさんは一度笑うと話をもっと絞る。

 

「国家宗教、魔術結社、部族構造……、もちろん魔術師はそれらの組織構造に組み込まれているが……そもそも、魔術師はそうした組織構造に殉じる事は少ない。彼らは、あくまでも個人のために力を振るうのさ。まぁ、組織に殉じる事を個人の目的に掲げている術者の集まった集団もあるが、あくまでも『個人』ってのがつきまとう」

 

 それも魔術師に限った話ではないが、全ての意思の向かう先が同じであったなら、時の鐘の中で裏切り者など出ていない。結局のところ大事なのは自分なのだ。どれだけ大きな世界に居ても、自分の狭い世界が全て。ある意味で誰もが価値を共有する金を基準にして好き勝手動くゴッソは正しいのかもしれない。性格はアレだけど……。

 

「さっきも言った通り、魔術師とは才能のない連中だ」

「どォいう意味だ」

「その人生にはどこかで挫折があるって事さ。大切な人を難病から救えなかったとか、食糧難で仲間同士殺し合わざるを得なくなったとかな。……そうした経験を得なければ、そもそも物理法則を超えようなんて誰も思わない。普通に満足している人間は普通に留まるのさ。魔術なんて異常なものにすがろうとする者には、それ相応の理由がセットでついてくる」

 

 その目的をラテン語で刻んだものこそが『魔法名』。能力者の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に近い。それを知る事ができれば相手の内側を知る事ができる。カレンにも当然ありはするのだが、果たしてなんだったか。何度か聞いたのだが、全然思い出せない。興味なかったからなぁ、カレンの魔法名なんて聞かなくても何考えてるかだいたい分かるし。ある意味で黒子にとっての『風紀委員(ジャッジメント)』、俺にとっての『時の鐘(ツィットグロッゲ)』だ。これは組織の考えが個人の考えにある程度沿っているからこそだけど。

 

「だからシェリー=クロムウェルという魔術師は科学サイドと魔術サイドの戦争を起こすため、単身でこの街に乗り込んできた。リドヴィア=ロレンツェッティは『使徒十字(クローチェ=ディ=ピエトロ)』を勝手に持ち出して学園都市を支配しようとした。……どれだけ巨大な組織に属しているかなんてもはや意味はない。やるヤツはやる。たとえその魔法名が、世界のシステムを粉々に砕いてしまうとしても、本物の魔術師は一切のためらいを見せない。それが彼らの住む魔術サイドのみならず、他の世界を巻き込むとしてもな」

 

 ナルシス=ギーガーがスイスを火の海にしたように。右方のフィアンマがローマ正教を私物化して操ったように。自分の望む事のためならば、周りがどうなろうと御構い無しだ。そしてそれは『やつら』も同じ事。ベランダから空を見上げて紫煙を吐く。

 

 一頻り話し終えたからか、沈黙が上条の部屋の中に流れた。学園都市の外の世界。スケールの大きさに言葉もないか。俺も久々に細かな話を聞いて頭痛がしてきた。ただどれだけ話を聞いたところで俺のやる事は変わらない。摩訶不思議能力であろうが、分かりやすい暴力だろうが、それが力ない者や必要ない者に向けられ、雇われたならば、自分の力で立ち向かうだけだ。

 

 各々が想い想いの考えを思案し考え込む中で、皿に盛られた餌にガッツく三毛猫を、阿呆面で見つめる浜面。その頬を無表情のレイヴィニアさんがぶっ叩いた。

 

「おぶっ!? おぶは!!」

「……お前、人が説明していたっていうのに、途中から寝てただろう?」

 

 途中から浜面めっちゃ静かだったからな。自分には使えないと聞いたあたりからじゃあいいやと判断したらしい。貪欲であるが見切りも早い。いつまでも引き摺るよりよっぽどいいが、それで話を聞かないでいいのかとなるとまた別だ。少なくともレイヴィニアさんはお気に召さなかったらしい。お仕置きはレイヴィニアさんに任せよう。

 

「寝てません寝てません! ちゃんと聞いています!!」

「なら私が何と言ったか声に出してみろ!!」

「うえっ、ええと、牛乳を飲むとおっぱいが大きく……」

「……それは私に対する挑戦と受け取って良いんだな?」

「ならおっぱいを飲むと牛乳が……」

 

 浜面は何を言ってるんだ? 突き刺さっている女性陣の冷たい目を教えた方がいいのだろうか? 巻き込まれそうだから止めておこう。洗面所へ蹴っ飛ばされる浜面のおかげで、話は一時中断となった。

 

「時の鐘、お前はちゃんと聞いていたんだろうな?」

「傭兵の意見が聞きたいのか? レイヴィニアさんの説明を兵器に置き換えて説明するぞ?」

「いるかそんなもの」

 

 踵を返し、蹴り損ねたと足をぶらぶら振るうレイヴィニアさんに肩を落としていると、隣に空間移動(テレポート)して来たいい笑顔の黒子に煙草を引ったくられ、煙草が缶ごと夜の街に消えていく。いつも通りの日常が帰って来たようで何よりだ。

 

 

 

 

 

 

「さて、孫市さん? わたくしに何かお話があるんじゃないですの?」

「は、話? なに? 別に? ほら、えっと、ロシアのお土産の話?」

 

 怖い。黒子が怖い。折角の休憩タイムが全然休憩タイムじゃない。なんかレイヴィニアさんとフレメアさんがわちゃわちゃやっている横で何故俺は正座していなければならないのか。俺が生きていた事は信じていたからこそ別にいいらしいが、全く別の問題が今の俺を圧迫している。木山先生に助けてくださいと目線を送ってみると、「これも勉強だね?」と呆れられた。なんの勉強? それより俺は木山先生とこれから俺が磨くべき技について色々お勉強したいのだが。

 

 そんな俺の視界を目を釣り上げた黒子が覗き込むと、ベランダを指差す。

 

「なんですのアレは?」

「お久しぶりっスー! 貴女黒子って名前だったんスね! これから宜しく頼むっスよ!」

「……わたくしの記憶が確かなら、アレは今ここに居ていいはずではないのですけれど? で? なんであの変態が孫市さんと一緒にいるのでしょうね? え?」

「変態って……突っこまないっス」

 

 そんな事を言われましても。冷や汗が止まらない。まさか上条の家に来てみれば黒子がいるとか誰が思うよ。しかも釣鐘と顔見知りっぽいとか。黒子もすっかり禁書目録(インデックス)のお嬢さんと仲良くなっちゃってまあ……禁書目録(インデックス)のお嬢さんが作ったラザニアを頬張っている上条が恨めしい。

 

「……『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の、新人です、檻の中で、拾いました」

「捨ててらっしゃい」

「いやほら、俺がちゃんと世話するから」

「そんな事言ってどうせまたわたくしが目を光らせる事になるんですの! 時の鐘の新人? 超法規的措置もいい加減にして欲しいですわね! だいたいなんでアレなんですの!」

「で、でも忍者だよ? 忍者忍者! 大丈夫だって! ちゃんと時の鐘のルール教えるから! 立派な傭兵にして見せるから! 面白技能持ってるし! これできっとボスもあんまり怒らないでくれる!」

「そんな事知りませんの! 元の場所に戻してらっしゃい! 怒りますわよ!」

「そんなぁ」

「なんスかアレ?」

「夫婦喧嘩」

 

 夫婦喧嘩じゃないよ木山先生! だいたい釣鐘! なぁんで当事者が一番のほほんとしてんだ! このまま黒子に押し切られたら晴れてお前は檻の中に逆戻りだぞ! 忍者の身体能力に加えて能力者なんて素材を手放すのは少し惜しい。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』学園都市支部はこれまでの時の鐘とは違ったものにしなければならない。郷に入っては郷に従え。技術を尊んでも、それ以外も柔軟に組み込む。その手本は既にある。『シグナル』だ。アレが新たな『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の理想に近い。

 

「俺も『時の鐘(ツィットグロッゲ)』学園都市支部の支部長として新たなものを積み上げ広げねばならないからなぁ。浜面に釣鐘、事務員にクロシュ、相談役、開発部門に木山先生ともっと増やさないと」

「相談役って……ちょっといいんですの貴女はそれで⁉︎」

「うん? まあ私は元々協力者だしね。教職に戻れるかは難しいし、新たな就職先が見つかったのなら悪くはないさ。それに法水君との研究は面白い。私の理論を形にしてくれるのだからね」

 

 微笑む木山先生の姿に笑みを返す。そういう事なら木山先生に一番のお土産がある。お土産は俺だなんて、そんな事を言う日が来るとは思わなかったが。

 

「そうだ木山先生、実は英国の一件で新たな知覚が開いたらしい。振動を感覚の目で見られるようになった。今もだ。他人の鼓動や機械の駆動音なんかが分かる。微弱ながらAIM拡散力場による空気の揺らぎなんかも。それを少し一緒に調べたい」

「へぇ、ふふっ、それはまた。共感覚の振動を使っていたおかげで感覚的に物事を振動に変換し感じられるようになったという事かな? これまで無意識にしていた呼吸を意識的にできるようになったのと同じだろうね。それを伸ばすなら意識的にできるようになった呼吸を」

「再び無意識にできるようになるまで落とし込むだろう?」

「ああそうだ。君の得意分野だよ。感じられるAIM拡散力場のパターンに合わせて動きを決められれば、どんな能力者相手でも一手先に動けるようになるだろう。バードウェイ君の話を聞く限り、魔術にもある程度応用ができるはずだ。できる事の幅が広がったね。これは私も研究しがいがありそうだ」

 

 流石木山先生話が早い! この短時間ですぐに予測を立てられるあたり、木山先生もやはり尋常ではない。最初に協力者として引き入れた俺の判断は間違っていなかった! 木山先生様々だ! 俺の部屋にいつまでも居座るのもどうかと思うが、喜び木山先生にサムズアップすると、黒子に頭を叩かれる。

 

「貴方達は全くッ、木山先生も結局は孫市さんと似た者同士ですわね。研究に技術と、それでアレはどうするつもりなんですの?」

「私っスか? 法水さんの家に厄介になるつもりっスけど?」

「え?」「え?」

 

 黒子と同じ声が思わず出てしまい、黒子と顔を見合わせる。真顔で顔を突き合わせる中、黒子にまた叩かれた。ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺だって初耳だよ? 

 

「だって私今は家なき子っスよ? 行くところだってないっスし、野良猫みたいにほっぽっておくなんてあんまりっス」

「おや法水君、ついにかい?」

「何がついに? ちょっと待ってくれよ! 俺の家にどんだけ居候増えるんだよ! もう俺の部屋を学園都市支部の事務所にした方がいいレベルだよ! もうそうしよっかな! どうせ倉庫みたいなもんだし! 隣の部屋とその隣の部屋買い占めて壁ぶち抜くかぁッ!」

「おい法水⁉︎ お前は俺の部屋の隣になにをおっ建てようとしてんの⁉︎ これ以上問題を詰め込む気か⁉︎」

「どうせもう今更だろうが! はい決めた! もう決めた! 早速改造計画に着手するぞ! 図面を持て! はい! 必要なものはなんでしょうか!」

 

 俺は武器庫があればいいぐらいなので意見を募る。そうすれば挙げられる数多の手。

 

「からくり屋敷みたいなのがいいっス!」

「研究できるスペースは欲しいね」

「大きなキッチンが欲しいかも!」

「お姉様にバレないようにコレクションを保管できる場所が」

「麦野達からいざという時避難できるスペースが」

「自販機がありゃァいい」

「うーん、上条さんは──」

 

 上条さんはじゃねえッ! なんで関係ない奴らまで混じってんだ! 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の事務所だって言ってんだろうが! ほとんど関係ないものばっかッ! 完全に屯ろできる場所と勘違いしてるだろ! こら紙に勝手に要望を書くなッ! こらやめ、やめろって、やめてください! 支部長としての威厳がッ⁉︎ ……別に元からなかったわ。

 

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