時の鐘   作:生崎

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新入生 ⑤

 休憩を終えて再び居間に全員が集う。事務所ではなく休憩所でも作るのかといった具合の要望の連なった紙を手にしながら、煙草がお亡くなりになってしまった為にベッドと炬燵(こたつ)の間で正座させられる。見張りを黒服に投げて加わった釣鐘と黒子が睨めっこしている険悪な空気を背に感じながら、肩を落とす先でレイヴィニアさんが口を開いた。

 

「魔術師個人については先ほど語った通りだ。ここから先は、魔術師の集団について説明しておこうか」

「それって、学園都市みたいなものなのか?」

 

 先程ビンタを食らったからか、寝てませんアピールの為に浜面は真っ先に質問をする。それをレイヴィニアさんは首を横に振って出迎えた。

 

「ローマ正教なんかはともかく、一般的な魔術結社の場合、『巨大な組織が特殊な力を分け与え、管理する』お前達科学サイドのやり方とは違うな。『元から特殊な力を持っている者達が集まって、巨大な組織を作る』といった方が正しい」

「神話やオカルトと密接に絡むから、宗教的組織として認識されている事も多いんだよ。あるいは、宗教的組織の一部門として、秘密裡に魔術組織が構成されていたりね」

 

 レイヴィニアさんの話に、相変わらず禁書目録(インデックス)のお嬢さんが補足をくれるが、魔術の専門家としての姿にどうしても多少の違和感が……。普段暴飲暴食にうつつを抜かしている所為だ。それが目につき過ぎる。一緒に暮らして長い上条は慣れているのかもしれないが、頭の中の知識のページを捲る禁書目録(インデックス)のお嬢さんの姿に、黒子も木山先生も禁書目録(インデックス)のお嬢さんが話す度に目を丸くしている。

 

「例えば十字教のローマ正教と、お前達みたいな魔術結社っていうのはどう違うんだ?」

「違わないさ、と言ったら激怒する連中が現れそうだが、制度的に言えば、親組織の利益の優先に個人全員が了承しているものと、最初から個人的な目的を持った人間が集まってできたものの違いとかになるか。ただ」

「ただ?」

「最大の違いは、『それが大多数の人間に認められているか否か』だな。そもそも、巨大宗教は自分達以外の宗派を『魔なる者』として弾圧したりしている訳だし」

「そんなもん、なのか……」

「民衆の大多数は、魔術というものを正しく認識していない。だが、そのベースとなっている神話やオカルトの中にある倫理観ぐらいは知っているだろう。童話の中に教訓が含まれるようにな。そうしたものを土地へ染みつかせられれば『神聖なる者』として扱ってもらえるし、染みつかなければ『排除するべき異物』として処理される」

 

 意思統一を図る為に、敢えて善悪で物事を分けるという訳だ。分かりやすく『敵』となるものを想定してやれば、取り敢えずそちらに向けて全員の意識は揃う。敵とは悪い風習だったり、病気や罪、倫理観から外れた行為となんでもいいが、『敵』が人になった時に争いは起こる。何より『正しさ』が一つでないからこそ、争いはなくならない訳で。第三次世界大戦も『争い』こそが『敵』になったからこそ終わったようなものだ。

 

「例えば、近代西洋魔術結社が扱うのは、十字教の裏技のようなものだ。だが、この結社の会員が地球の人口の半分を超えれば、それが最大宗派となってしまうだろう。正論かどうかさえさておいてな。……現実には死ぬほど厳しいが、あくまでも理論上ではそういう事になる。公式と裏技を区切るものなんて、そんな程度だよ」

 

 常識とは時代や流行によって緩やかに変わりはするものの、それが一秒後に百八十度変わる事はほぼないと言っていい。今人類社会を支えている電気を扱う世の中で、『電気を使っての生活とか馬鹿じゃね? 明日から人類皆蒸気機関だけを使って生活しましょう!』となったところで、それに従う者などほぼいないだろう。

 

「……『ヤツら』ってのは、複数形なンだから組織って事だろ。組織の規約が個人の行動の邪魔になるってンなら、そいつらはどォして群れる?」

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉にレイヴィニアさんは悪どく笑うと、炬燵の天板を指で小突いた。

 

「ここから先は実践的な魔術結社を想定して話すが、消極的な理由としては、周りも集団を作っているから、というのも大きい。単純な闘争になった際、個人よりも集団である方が戦力は高くなるからな。他にも、役割分担をする事で実行する大きな儀式があったり、広範囲から情報収集する必要があったりすると、個人主義の強い魔術師が一ヵ所に集まったりする訳だ」

 

 一人でできる事には限界がある。時の鐘の一番隊も本来二十八人いる。超遠距離の精密狙撃をできる者がそんなに必要であるのかという問題はあるが、最高の腕を持つ狙撃手が一人居ればいいのであれば、時の鐘総隊長、オーバード=シェリーも時の鐘にそもそも居ない。周りが群れているからという理由もあるだろうが、二人、三人と人数が増える方ができる事が多いなら、当然そうする。だからこそ、時の鐘学園都市支部も人員の増強が不可欠なのだ。と言っても無闇矢鱈と増やせばいいという問題でもないが。組織の意義が変わってしまうなら意味がない。

 

 話を聞いていた中で、浜面は唸るように口を開いた。

 

「って事は、『ヤツら』って連中は、集団を作って役割を分けなければ実現できないような『目的』を掲げているって考えて良いのかよ」

「だろうな。そもそも、この手の反抗分子は隠れてなんぼだ。居場所を知られた時点で、多数派に取り囲まれる。つまり、組織は小さければ小さいほど有利なんだよ。関わる人数が少なければ、口を割られる可能性も減る訳だしな」

「それがわざわざメンバーを募って組織を組ンだ以上、そのリスクを負ってでも手に入れるべきメリットを『ヤツら』は想定していやがるって訳か」

「そういう事だ、『ヤツら』については後で詳しく話すつもりだが、組織を組んだ以上は組まなければならない理由がある。秘密主義の強い魔術関係は、こうした小さな所から切り崩して情報を集める。そういう雰囲気もここで摑んでおくと良い。まあ、魔術科学関係なく、変わった組織の見本ならそこにいるがな」

 

 レイヴィニアさんに顎で指されて肩を竦めた。組織としてのメリットの話をするなら、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が得られるものは驚くべき程少ない。金と恐れぐらいのものだ。そして魔術関係と違い、隠れている訳でもなく、時の鐘の目的自体も確固としてある訳でもない。せいぜい雇われ任された仕事を遂行するぐらいのものだ。

 

「自ら目立つ白銀の槍を掲げて、率先して向かい合う者に対しては『敵』となる者達だ。異常者集団だよ。自ら自分の居場所を知らしめている訳だからな。それでいて手の届かぬ遠方から奇跡でもない鉄礫を投げつけてくる訳だ。準備もなければ魔術師からしても堪ったものではない。傭兵という金さえ払えば手に入る戦力だからこそ、取り込まれずに済んでいる訳だが」

「改めて聞くとロクでもないですわね。偽善者ならぬ偽悪者ですのね」

「一応言うと必要ないなら存在しない。必要だから存在するのさ。今の時の鐘がなぜできたのか、詳しい話は俺も知らないしな」

 

 魔術側と科学側を行ったり来たりしている傭兵集団。必要とする者には助けになるが、必要のない者にとっては邪魔にしかならない。知られていないではなく、知られている事こそが抑止となり、重要である。そういう意味では、魔術的な組織とは対極に位置するのだろう。そんな組織をガラ爺ちゃんは何故作ったのか。時間ができたら聞いてみようかね。

 

 

 

 

 

 

「……あの子はもう」

 

 悩ましげに呟き眉間を指で揉んで法水若狭(のりみずわかさ)はため息を吐く。世界を股にかけるジャーナリスト。第三次世界大戦の動きも、裏は知らずともある程度掴んではいた。そんな中で法水孫市がスイスのクーデターに飛び込んだと思えば、何故か怪我したままロシアにぶっ飛び行方不明という全くもって理解不能な動きを見せた為に、連日これまでのコネクションを使って孫市の軌跡を辿っていたのだが、それもようやく終わりを見せた。

 

「誰からでした?」

「木山先生、うちの息子がお世話になってる教授さんらしいのだけれど、こんな写真が送られて来たわ」

「あらあら、まあまあ」

 

 正座している孫市の前で仁王立ちして腕を組んでいる黒子と、インデックスに齧られている上条の写真。そんな写真の映った携帯を御坂美鈴(みさかみすず)上条詩菜(かみじょうしいな)は覗き込むと、僅かに笑いを零して目を逸らした。

 

 連日情報の海に潜り限界の近かった若狭を心配し、詩菜が学園都市にやって来るという事で美鈴が二人を誘った結果今がある。フィットネスクラブの室内プールで水に漂っている母三人。見る者が見れば女子大生三人衆にしか見えない女性方に、それぞれ息子や娘がいるとは思えないだろう。

 

 誰が最も危険な状況に突っ込めるのかの度胸試しをしている訳もないのであろうに、英国(イギリス)瑞西(スイス)露西亞(ロシア)と激戦地ばかりを歩いている傭兵(デビル)英雄(ヒーロー)も、母の前ではただの悪ガキでしかない。それぞれにまだ繋ぎ止めてくれる相手がいるだけにそこまで心配しなくてもいいとしても、それもまた別の話。相変わらずの上条当麻の姿に妖しく笑う詩菜の横で、写真に写っている孫市の背後で笑っているくノ一を見つめて若狭は強く携帯を握り締めた。

 

「孫市もどうやら悪い血に引っ張られているようね。ここは一度ガツンと言わないとダメ?」

 

 女関係にだらしがない息子二人に鉄拳を握る母二人の姿に、美鈴は美琴が娘でよかったとちょっぴり評価を上げるのだが、美琴もロシアに行った事を美鈴は知る由もない。

 

 

 

 

 

 

「フィアンマの目的を理解できている者は少ない。賛同者はもっと少ない。そして、フィアンマの思惑なんてどうでも良い。フィアンマに協力していた連中も、敵対していた連中も、関係のない連中も……あの戦争に関わってきた人間は、それぞれの目的のために参戦していた。だから、そいつらがそいつらの目的を達しない限り、戦争が終わってもらっては困るって流れが生まれ始めている」

 

 大戦が叩き起こしたそれこそが『やつら』話も第三次世界大戦の概略を終えて、ようやく本題に差し掛かってきた。あまりの話の長さに眠気を誘われたがようやっとだ。うたた寝でもしようものならレイヴィニアさんにぶっ飛ばされるため頑張った。謎の悪寒に背筋を撫ぜられる中で、レイヴィニアさんは笑って告げる。

 

「ようやく本題に入る事ができた訳だ。あの第三次世界大戦を経て、『ヤツら』は生まれた。世界の暗い所で、多くの者にとってはその法則も分からない力を振るってな」

 

 それを聞き身構えた結果、「では休憩としようか」とレイヴィニアさんが指を弾いて思わず床に転がりそうになる。そこまで言って休憩かよ。テレビアニメの次回予告じゃないんだからいいところで切らないで欲しい。

 

 近くのコンビニに買い出しに行こうと立ち上がろうとする浜面にくっ付き足止めをするフレメアさんの姿に肩を竦め、そういう事ならと浜面の肩を叩く。

 

「俺が代わりに買って来ようか? 何がいい?」

「いいのか? 悪いな法水、フレメアが離れてくれなくて」

「子供には最低限優しくしてもバチは当たらないさ」

 

 見上げて来るフレメアさんに手を振って、正座で痺れた足を振りながら玄関まで差し掛かると聞き慣れた声が廊下から響いた。俺が扉を開けるよりも早く、開かれた扉の先に佇むのは滝壺さん。浜面は連絡していないはずだがどこで居場所を知ったのか。「はまづら、やっぱりここにい……」と言い掛けた滝壺さんは、浜面と浜面の足の上に居座るフレメアさんを見ると眠そうな目を見開き手にしているドアノブを握り潰す。

 

「……はまづら、何してんの……?」

 

 怖えよこの子ッ⁉︎ 滝壺さんってこんな子だったっけ?

 

 元気になったようでなによりであるが、ドアノブを握り潰せる程元気になったとは聞いていない。あのカエル顔の先生何やったの? 改造人間でも作ったの? 滝壺さんの迫力に進路を塞ぐわけにもいかず、壁役など御免だと滝壺さんが浜面へと歩み寄るのを見送っていると、背後から軽い衝撃に襲われる。

 

「フレメアァァァァッ‼︎ って法水アンタ邪魔よ邪魔ッ! なんでそんなところに突っ立ってる訳よ! ってえ浜面ァッ! アンタなに人の妹に手出してる訳⁉︎ 結局浜面は浜面って訳よ‼︎ ダメよフレメアそんなところで寝ちゃ! 浜面が感染るわ!」

「感染らねえわ! 俺が感染るってなんだよ⁉︎ 待て! 滝壺! 滝壺さん⁉︎ 話し合おう! まさかこれ浮気カウントに入ってないよね!? この年齢層は流石になしだろ!! そして言っては何だが俺はバインバイン派だから心配するな滝壺!!」

「……あれ? 法水? 法水⁉︎ アンタ生きてたの⁉︎ なんか死んだとか聞いたんだけど⁉︎ 結局アンタもやっぱり化物って訳ね……多分きっと私が鯖缶をお供えしたのが効いた訳よ」

 

 効かねえよなにお供えしてんの? ってかどこにお供えしたんだ。そんなものお供えされても全く嬉しくない。だから嬉しそうに肩を叩いて来るんじゃない。フレメアさんが無事な事に安心したのか、俺に笑いかけるフレンダさんを突き飛ばして走る影が二つ。浜面に突撃し蹴りを見舞う麦野さんと絹旗さんに弾かれたフレンダさんが、俺の方に飛んでくるので受け止めずに避ける。

 

「ぶべえッ⁉︎」

「あぁ、痛そ」

「なら受け止めなさいよ! なに平然とした顔で避けてる訳⁉︎ イヤァッ‼︎ そんな事より私が最後⁉︎ バニーガールは嫌って訳よ⁉︎ 法水! アンタを雇うわ! どうにかして!」

「その仕事は達成不可能なのでお受けできません。またのご利用をお待ちしています」

「なによその事務的な台詞は⁉︎」

 

 だって面倒くさいんだもん。だいたいなんだよバニーガールって、罰ゲーム? 知ったこっちゃないよそんなの。どうしろってんだいったい。だから俺を盾にするんじゃねえッ‼︎

 

「わあ⁉︎ 麦野! 絹旗! タイムタイム! くっ、こっちには法水がいるのよ! バニーガールなんて絶対ゴメンって訳よ‼︎」

「さり気なく俺を自分の陣営に引き込もうとするんじゃない! 降伏だ! 降伏する! フレンダさんを引き渡す! 煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」

「ちょっと⁉︎ 私を守ってくれるって言ったでしょ! 嘘だったって訳⁉︎」

 

 それは『スクール』だの『アイテム』だの入り混じった仕事の時だけだろうが。なんで関係ない今もフレンダさんを守らねばならないんだ。しかも正確にはフレンダさんを守るではなく『アイテム』を守るだし。そんな一円にもならなそうな事したくない。背に張り付くフレンダさんを引っ張っていると、足を絡められ抱き付かれる。なんだこの抱っこちゃん人形は! 邪魔くせえ! 是が非でも俺を道ずれにする気だなコイツ‼︎

 

「放れなさい! お前はもう包囲されている! 逃げ場はないぞ! 諦めて降伏しろ!」

「アンタどっちの味方って訳⁉︎ 私がバニーガールになってもいいっての⁉︎ 鯖缶仲間でしょうが!」

「言っている意味が理解できん。どっちの仲間かと言われれば、今の俺はフレンダさんの敵だ。それに鯖缶仲間でもない。それに俺はバニーガールより軍服の方が好きだ。出直せ!」

「じゃあ軍服着てあげるからぁ! バニーガールより断然マシって訳よ! だからほら! 今が戦いの時よ!」

「この野郎フレンダ! バニーガールを裏切んのか!」

「うっさい浜面ァッ!」

「ちっ! 浜面がバニーガール党だったとはなぁ! 見損なったぞ! スイスで一体何を見てたんだお前はッ!」

「吹き飛ぶ戦車とか列車だよッ⁉︎」

 

 上条といい土御門といい青髮ピアスといい目移りしよってからにッ。およそ軍服女子の至高に近いボスを見ておいてよくもまあ他のがいいと言えるものだ。寮の管理人だのメイドだの何でもいいだのバニーガールだの、会う奴会う奴敵しかいないとはどういう事だ? いや……待て……まだ一人残っていた。何だかんだ付き合いの長い白い男が……ただ多分見る限り一方通行(アクセラレータ)は黒子と同じ御坂さん好き──

 

「オマエ死にてェのか?」

「まだ何も言ってないのに⁉︎ くっそぉッ、なんてこった! この世に軍服好きの同志は誰もいないと言うのか⁉︎」

「……孫市さん?」

 

 優しく肩に置かれる小さな手。どっと冷や汗が背を伝う。おかしいな? 黒子が笑顔なのに全然目が笑ってない。逆立つ産毛が止められない。剥がれず引っ付いていたはずのフレンダさんは音もなく離れていった。おい馬鹿待て、こういうのは上条の役目のはずだ。だからミシミシ鳴ってる肩を離して欲しい。麦野さんも絹旗さんも何故こういう時だけ距離を取るんだ⁉︎

 

「わたくしはお義母様からくれぐれも……くれぐれも孫市さんが悪の道に走らぬようにと頼まれてますの。ですのに? やれくノ一? やれ金髪女? やれ英国の王女だのローマ修道女だのどうなっているのでしょうね? 時の鐘の方々は仕方ないとして、孫市さんのお仕事というのは女性を誑かすお仕事なんですの? 結局類人猿の仲間は類人猿という事なんですかね? 別に? わたくしは? 孫市さんの恋人という訳でもないのですし?」

「……いえ、あの、マジで、ごめんなさい」

「なるほど! 勉強になるんだよくろこ!」

「これが正論の暴力の力! はまづらに今度試してみる!」

 

 やばい、変な三国同盟が生まれようとしている。これ見よがしにツインテールを手で払う黒子の背後でガッツポーズをしている禁書目録(インデックス)のお嬢さんと滝壺さんはどうしたものか。冷や汗を垂らしている上条と浜面の事は知らん。ふと玄関の方へ目を向けると、目をキラキラさせた打ち止め(ラストオーダー)さんが出入り口に張り付き此方を見ていた。あぁ、これ三国同盟じゃない。四国同盟だ……。

 

 

 

 

 

「結局、『ヤツら』ってのは何なンだ」

 

『アイテム』の皆さんは浜面の尽力によってお帰りいただき、ようやく止まっていた会話を再開できた。これまで長々と説明してくれたレイヴィニアさんの話も、全ては『やつら』の事を理解するための前振りに過ぎない。学園都市に危害が及ぶなら、風紀委員(ジャッジメント)として、学園都市と敵対するなら、防衛部隊に組み込まれている時の鐘(ツィットグロッゲ)として、俺も黒子も聞いておかねばならない名前。

 

「学園都市とイギリス清教、ローマ正教とロシア成教。そしてその争いに巻き込まれたその他大勢。あの第三次世界大戦から生まれた組織だっつっても、そもそも関わってた連中の分類がかなり違う」

 

 話を続ける一方通行(アクセラレータ)の言葉を静かに聞き、レイヴィニアさんの答えを逃さず聞く。

 

「『ヤツら』ってのは、どこから出てきた組織だ? そもそも『ヤツら』の名前は何なンだ」

「そうだな……まず初めに断っておくが、おそらく『第三次世界大戦にどう関わってきた連中なのか』という部分については、お前の予想を裏切る結果の答えが出るだろう」

「ここまで来てはぐらかす気か?」

「そんな面倒な事はしない。ただ、このバックボーンについても、さらに下準備が必要な話になってしまうのさ。そっちの方がお前達にとっては苦痛だろう。だから、とりあえずバックボーンはさておいて、『ヤツら』の名前から入った方が良いと思ったのさ。『ヤツら』の名に関しては極めてシンプルだ。『ヤツら』がこの世界に何を示したいのかを表現するためにつけたものだからな。下手に小難しくて誰にも伝わらないようなものでは意味がない」

 

 勿体つけたようにレイヴィニアさんは舌で唇を軽く舐め、佇まいを軽く直す。

 

「そう。『ヤツら』の名前は……」

 

 そこまで口にしてレイヴィニアさんは口を閉じると、眉を顰めて天井を見つめた。……来たか。「……またもったいぶるつもりじゃねェだろォな?」と口にする一方通行(アクセラレータ)の言葉を聞き流しながら、ベランダに出て空を見上げる。あぁ……見える見える。先程空を見上げた時よりも随分と大きく。ってか予想よりも大き過ぎるんだけど……。少し遅れてベランダにレイヴィニアさんは出て来ると、空を見上げる俺の脇腹を肘で小突いた。

 

「気付いていたのか時の鐘?」

「大気の揺れがどうにもおかしかったからな、遠くでも僅かに分かるほどだったから、何かあるんだろうとは思っていたが、これは予想以上だ。追って来ている奴ってのはもしかしなくてもアレか?」

「そうだ。はッ! 技術者もなかなかやるじゃないか」

 

 後からやって来る上条達の驚愕の声を聞きながら懐に手を伸ばすが、煙草は既に黒子に夜空の彼方に消されてしまっていた事を思い出し、指を擦り合わせて顎に手を置いた。一方通行(アクセラレータ)が能力を使う為の電極でも入れていればもっと早く気が付いたかもしれないが、無駄遣いできないのだからどうしようもない。目視できる距離にまで来た巨大建造物をどうしたものか。逃げたところで意味もなさそうだ。

 

「……学園都市を巻き込んでしまえば、もっと早い段階で科学サイドが落とすと思ったんだが……予想以上に向こうの対応が遅いな。やはり『プラン』の誤差とやらが響いているのか」

「誤差ね……。『新入生』が暴れていたのに『シグナル』に仕事が来なかったのも同じかもな。やっぱり俺も上と一度話さなきゃダメなのかねぇ、支部長になっちゃったし……」

「今なンて言いやがった?」

 

 レイヴィニアさんと隣り合って話していると一方通行(アクセラレータ)に睨まれるが、確かな事は俺も分からないので特に喋る事もない。肩を竦めて返していると、レイヴィニアさんが言葉を続ける。

 

「元々あれは私達を追っていたんだ。……より正確には、行方不明になっていたそこの幻想殺し(イマジンブレイカー)を、だがな。全世界規模のサーチに、ド級の質量を持った浮遊要塞が二四時間追尾してくる。……振り払うのは面倒だろう? やったらやったで、我々『明け色の陽射し』の切り札を解析される恐れもある訳だしな。面倒事は面倒な連中に任せてしまうのが一番だ」

 

 だから学園都市に行くのは賛成だとレイヴィニアさんは言ったのか。第三次世界大戦で未だ手の内を全て見せなかった学園都市だけに、巨大建造物も木っ端微塵にできる何かしらがあると予測して。ところがどっこいまさかの見送りで目視できる距離まで来てると。まるっきり他人任せはやっぱりダメだな。それさえ見越されてスルーされてる可能性も否めないが。あんな絶対ニュースになりそうなのを見送るとは。第三次世界大戦が終わったばかりだというのに、初手からなり振り構ってないな。こりゃ戦争でもする気でいないと出遅れてしまいそうだ。

 

「ま、右方のフィアンマを撃破し、第三次世界大戦を止めた中心がこの男だ。戦争から発生した『ヤツら』にしても、その生死や消息は知っておきたかったんだろう。だが全世界をまとめてサーチするにはかなりの労力がいる。しかも、『上条当麻を追っている』という情報も可能な限り伏せておきたい。……となると、木の葉を隠すなら森だ。大規模な事件にしてしまう事で、連中は世界の注目を『惑星レベルの壊滅的なリスク』の方へと向けさせようとした訳だ」

 

 上条一人を追うのにこの規模か。ただ平穏を望む男子高校生を追うだけでえらい豪華だ。そこまでする価値があるのかは、第三次世界大戦が教えている。上条の右手。優しい側面だけではない、ロシアでの一時、世界を食い潰すような波紋が零れたが、それこそを『やつら』は追っているのだろうか。あの時足を進める事ができなかったアレをわざわざ欲するような連中なのなら、マトモであるはずもない。

 

 ただ、またその時動けないようでは、傭兵でいる意味もない。脅威を前に動けないようでは、暴力を研いでいる意味がない。足りない。暴力の質が。ロシアでもそうだった。強さに明確な限界がないからこそ、上には上がいる。そんな事は分かっている。だが、それを前に戦えないようでは時の鐘の存在意義が問われる。一線を超えた技術を加速的に研がなければ置いていかれる。きっと他でもない上条に。

 

 ……それは嫌だ。

 

 本来なら一般人である上条が戦場になど立たなくていいように俺達が居るのに。上条の性分は分かっている。立場関係なく走っていく事は分かっている。だがその時にただ見ているだけの俺でいたくはない。暴力を必要とされた時ぐらい、俺は上条の横を、前を走っていたい。

 

 小さな頃からそればかりを、それだけを磨いて来たのに、それでさえ力になれないなんて死んでも死に切れない。ぽんと要塞を空に浮かべるような相手が敵。上等だ。時の鐘は脅威に対する脅威でなければならない。片手間に払える者であると思われたが最後。悪魔と呼ぶなら呼ぶがいい。幕を引く音を奏でてやる。ただその為には、今を兎に角凌がねば。

 

「レイヴィニアさん、対策があるなら教えてくれ。ここまで来たら此方でやるしかないだろう。俺にできる事があるなら言ってくれよ。俺は外さん」

「ふむ……例のサーチ構造物……えー、イギリス清教式に言うと『ラジオゾンデ要塞』だったか? あれがどうやって幻想殺し(イマジンブレイカー)を追尾しているかは予測がついている。そして、方式さえ分かれば対処法の逆算もできはするさ」

 

 レイヴィニアさんは言う。幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能の力を打ち消す。それは地脈や龍脈といった惑星を循環する力であっても同じ事。ただその全てを消す訳ではない。異常な値を均一化させる事に対して幻想殺し(イマジンブレイカー)は存分に力を発揮するが、元から均一なものに対してはあまり力を発揮しない。天然モノの力とは、地球環境に刺激されて生まれるが故に、地球環境を破壊し尽くすような力ではないという事らしい。その方式を使っての追尾。

 

「ただ、普通にやってもサーチはできない。だから『ヤツら』は細工を施した」

「細工って、要塞に?」

 

 上条の問いにレイヴィニアさんは短く答えた。まるでなんでもないと言うように。

 

「いいや、この惑星に」

 

 思わず足元へ目を落とす。部屋の中にいる黒子達の息を飲む音を拾いながら、足先で小さくベランダの床を小突いた。国さえ飛び越えて惑星か。あまりの馬鹿らしさに笑えてくる。

 

幻想殺し(イマジンブレイカー)が削った分は、周りが自然と補うようにできている。『ヤツら』はそのサイクルに干渉したのさ。削られた分を修復する過程で、『ラジオゾンデ要塞』にだけ分かるような目印を残すようにな」

「どうやって……? 星に干渉なんて、言葉で言うのは簡単だが、実際どこからどう手を付けるものなんだ⁉︎」

 

 乾いた浜面の声を聞きながら、俺と上条のベランダ同士を繋ぐ壁を蹴破り、ベランダに隠してあった煙草の缶から一本煙草を取り出し咥える。止める者は誰もおらず、レイヴィニアさんの言葉が続く中で火を点けた。

 

「風水の応用さ。山や川の位置でエネルギーの流れが変わるから、最適の場所に宮殿を建てましょうってあれだよ。……だったら逆もできる。望む変化を地脈や龍脈のエネルギーに与えるために、山や川を規則的にぶっ壊してやれば良いのさ」

 

 要塞を浮かべる為に山や川を潰す。環境保護団体が聞いたら卒倒しそうな話だ。聞けば聞くだけ相手の行動の規模の大きさに嫌気が差してくる。第三次世界大戦もそうだが、たかが数人の思惑で世界が乱されては堪ったものではない。狭い世界ならいざ知らず、大きな世界は個人の為にあるわけではないのだ。

 

「話を戻すぞ。『ヤツら』は幻想殺し(イマジンブレイカー)を追うために、この惑星の地中を走る地脈や龍脈のシステムに干渉している。幻想殺し(イマジンブレイカー)がそれらのエネルギーを破壊し、修復されるサイクルの過程で、自動的に目印を生み出していく訳だ。芋や宝石のようにな。これによって、地球のどこへ幻想殺し(イマジンブレイカー)が逃げても『ラジオゾンデ要塞』は正確に追尾するようになる。ここまでは分かるか?」

「それは分かった。さっさとやるべき事を教えてくれ。今必要なのはそれだ。学園都市支部の事務所作る前に学園都市が潰れては仕事にもならない」

 

 話を遮って結論を急ぐ。既に目の前に迫っているのに、話し合っていたせいで何もできませんでしたでは寝覚めが悪い。結局仕事かと幾人から冷めた目を送られる中で紫煙を吐いて視線を吹き散らし、レイヴィニアさんの言葉を待つ。

 

「具体的には、およそ五〇キロごとに、地中で自動製造される感じかな。その範囲内に幻想殺し(イマジンブレイカー)がいなければ次の発信器を目指すが、範囲内にいた場合はさらに精密な誘導を行う。つまり」

「……地面に埋め込まれた発信器を潰してしまえば、『ラジオゾンデ要塞』の追尾機能は失われる? でも、発信器は等間隔で自動的に生み出されるんだろ? だったら、新しい発信器が作られたら、やっぱり『ラジオゾンデ要塞』の軌道も修正されるんじゃないのか?」

「『ヤツら』はそこまで万能じゃない。確かに山や川を規則性に従って破壊し、この惑星そのものへと干渉は行われた。だがそれは無限に続く訳じゃない。……もうリミットなのさ。新しい発信器は作られない。だから今ある発信器を破壊してしまえばそれで良い。五〇キロ間隔で発信器が設置されると考えると、十中八九最後の発信器はこの学園都市の地下に敷設されるはずだ。そいつをぶっ壊せば、『ラジオゾンデ要塞』は素通りする。後は、どうせ無意味にハッスルしているイギリス清教辺りが安全にケリをつけてくれるだろう」

 

 それだけ聞ければそれでいい。『ラジオゾンデ要塞』とやらをぶっ壊せよりも遥かに仕事としては楽そうだ。己が右手に目を落として見つめる上条の肩を叩き、咥えていた煙草を床に落として踏み消した。上条の事だからどうせまた突っ走って行こうとしているに違いない。大天使に『ベツへレムの星』ぶつけようぜと提案してきた程だ。たかが要塞の一つや二つ今更でしかない。どうにも俺の常識も大分イかれて来た気がしないでもないが、どうせ死ぬにしてもやれる事はやって死にたい。

 

「想像より簡単に済みそうでよかったな。学園都市にある発信機見つけてぶっ壊せばいい訳だ。悩んでる暇あったら体を動かせとは正にこのことだね。なぁに大天使よか楽そうな相手でよかったじゃないか。なぁ上条?」

「……来てくれるのか法水? 仕事でもないのに?」

「学園都市が消えたら仕事にならない。スイスの二の舞は御免だぜ」

 

 結局仕事じゃん、と呆れて笑う上条に笑みを返す。そんな上条の肩に手が置かれた。

 

「待てよ、第三次世界大戦がバードウェイってヤツの言った通りなら、この世界はアンタに借りがある。だったら、今になってそいつをまた膨らませる必要はねえ。この辺りで、ちょっとずつでも借りを返させてもらうぜ」

 

 借りは返す。誰が相手であろうとも。浜面仕上らしい言葉に肩を竦めて見せれば、浜面に小さく笑われた。特に言葉もなく首筋の電極のスイッチを入れてベランダから屋上へと飛び上がるぶっきらぼうな白い男の姿に口端を持ち上げ、意気揚々と飛び出そうとする浜面に待ったをかける。

 

「こらこら、走って行く気か? それは浜面らしくないだろう。木山先生、車の鍵を貸してくれ。ナビは一方通行(アクセラレータ)さんがしてくれるようだし、顔ぶれは少し変わるみたいだが、初めて会った時よろしくドライブしようじゃないか」


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