時の鐘   作:生崎

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幕間 いい日旅立ち

「あれは?」

発火能力者(パイロキネシス)っスね」

「じゃああっちは?」

空力使い(エアロハンド)っスね」

 

 早朝。久々に学園都市の中を歩きながら、まだ疎らな学生達を釣鐘と共に散歩しながら見つめる。本来ならAIM拡散力場を観測できるだけだそうだが、釣鐘は長年の経験と勘でどう能力が発現できるのかまで分かるらしい。それに加えて忍者の体術。対能力者の相手としてこれ程嫌らしい者も少ないだろう。

 

 この波はこの能力の波かと一つ一つ確かめながら歩く中で、釣鐘は退屈そうに欠伸を一つ。まだ早朝だから眠いという訳ではなく、実際に退屈しているらしい。頭の後ろで手を組み何とも雑に歩く釣鐘へ目を向け肩を竦めた。

 

「そんな顔しないでくれよ。学園都市で仕事してない時は毎朝これをやるんだからな。肉体変化(メタモルフォーゼ)空間移動(テレポート)、希少な能力者も知り合いにいてくれてよかったよかった」

「毎朝っスか⁉︎ ……西洋の傭兵も手を抜かないっスね、毎朝組み手してくれるなら考えてもいいっスけど」

「いいよ全然」

 

 散歩前に学生寮近くの公園で組み手をした際、肘で弾いた脇腹を撫ぜ笑う釣鐘に若干引くが、高速機動の格闘戦の相手としても釣鐘はうってつけだ。なんでもない散歩は退屈なのか知らないが、戦う時はなんとも嬉しそうな顔を釣鐘はする。とはいえそれも一定以上の相手だけであるようだが。基本人懐っこく表情の柔らかな釣鐘だが、柔らかいのは見た目だけでその内側は驚くほど静かだ。鼓動のリズムがほとんど変わらない。忍者とは全員そうなのか、釣鐘に顔を向けて目を細めていると、笑みを返され目を逸らす。

 

「最初はなんだこのナンパ野郎って思ったっスけど、法水さん悪くないっスよ、もうあんまり記憶にないっスけど、忍者の里での生活を思い出すっス。寝ても覚めても技の事だけ……私も学園都市に来て少し鈍ったっスからねー。肉体的には相手になる人少ないっスから」

「軍隊にいる訳でもないんだから当然だろう? 学園都市の学生がどいつもこいつもフィジカルまで強かったらそれこそ商売上がったりだ。そういう訳じゃないから傭兵がいて忍者がいる。釣鐘はどうして忍者になったんだ?」

「法水さんとそんなに変わらないっスよ」

 

 手を差し伸べられ、そこで育ったから。釣鐘は甲賀の忍者の里。俺はスイスの時の鐘。人と環境が個を作る。場所が違えば俺は忍者を目指し釣鐘は時の鐘になっていただけの事。運命などという言葉で片付けてしまいたくはないが、そうなってしまっているのだから深く考える必要もない。もしもの話をしたところで、過去にもしもは必要ない。

 

「……釣鐘は裏切った事、後悔してるか?」

「しないっスよ、後悔するぐらいなら裏切る必要ないでしょ。……まあちょっぴりはしてるかもしれないっスけど」

「そうか……」

「どうしたんスか急に?」

 

 どうしたもこうしたもない。裏切る方は楽でいい。もう既に自分の道はこれだと決めたのだから、後は突き進むだけ。自分でそう決めたのなら、俺から掛けるべき言葉もそれほどない。待ってくれなどと離れて行く背中に手を伸ばすような未練がましい事をするぐらいなら、走り寄ってドロップキックをその背に見舞う方がマシだ。

 

「……人の法律なんてある程度無視するような立場に俺も釣鐘もいるだろう? ただルールはある。『傭兵の掟』とでも言えばいいかな。裏切りなんて許していたら、それこそ掟に背く事になる。でもその掟が正しいかどうか誰が分かる?」

 

 傭兵にとっての一線。別に誓約書のようなものがある訳ではない。言わば暗黙の了解の集合体。一種の常識の羅列だ。これまで実際に裏切り者など出なかったからこそそこまで深く考えて来なかったが、実際に出たから昔から決まっている通り殺すでいいのか悪いのか。それでいいという者もいれば、そうではないという者もいるだろう。考えないのは脳停止しているのと変わらない。小萌先生にも問題を解く姿勢ぐらいは見せろといつも言われているし、結局自分で答えを出すしかない。

 

「……難問だよ。結局その時にならないと答えが出ない。折角できた仲間が裏切るなんて考えたくないもんだ」

「法水さんて何だかんだ甘いっスよね。でももし私が裏切ったら殺してくれるんでしょ? 一度裏切った奴はまた裏切るもんスよ」

「自分で言うな。はぁ……そんなところが可愛くないよお前は。別に可愛さを求めている訳でもないけど」

「可愛い担当ならもういるじゃないっスか。くろちゃーんって」

「やめろ。マジでやめろ。俺とした事が……」

 

 自棄酒し過ぎてあられもない姿を晒す羽目になった。黒子だけなら別にいいよ本心ではあるし。ただ御坂さんや小萌先生がいる中であの醜態は思い出すだけで心が痒くなってくる。絶対この先ネタにされる。弱みを握られるなんてマジでどうしようもない。ただ……。

 

「黒子の寝起きはいつになったら拝めるのだろうか……」

「……貴方もやっぱり男の人っスね、あの子があんな顔するとも思わなかったっスけど」

「それだそれ、聞いたぞ。何をお前は黒子に捕まってるんだ。どうせ捕まるにしても黒子以外にしてくれ」

「そんな無茶な……」

 

 黒子に捕まったおかげでより一層黒子の目が厳しい。学園都市に帰って来て黒子が帰った後もメールでくれぐれも釣鐘から目を離さぬようにと注意された。牢にぶち込まれていた奴をわざわざ引っ張り出して問題を起こされては堪ったものじゃないというのも分かる。グレムリン。よく分からん奴らが出て来ただけに、黒子も使えるものは使っておこうと思っているのか。脅威にわざわざぶつかるなら、一般人より犯罪者を投げつけた方が、まだ心が痛まないというものだ。しかし、忍者まで捕まえるとは流石黒子だ。にやけていると釣鐘に一歩距離を取られる。

 

「お熱い事で結構っスけど、貴方みたいな仕事人間が恋にうつつを抜かしているのを見ると拍子抜けっスね。近江様だって浮ついた話全然なかったっスのに」

「俺自身も驚きだよ。学園都市に来る前の俺にもし言っても信じないだろうさ。技を磨くのにはえらい時間が掛かるのに、好きな相手っていうのは一瞬でそれを抜き去って行く。釣鐘にもそんな相手ができれば分かるさ」

「そういうもんスかねー、まあだから色仕掛けだのハニートラップだのあるんでしょうし、房中術の鍛錬が一番退屈っスよ」

「……お前5歳ぐらいから学園都市に居たんだよな? 房中術の鍛錬て何やってんだよいったい……」

「こうエロ本とか棒を使って」

「詳細は語らなくていい! そんな知識はいらない! 絶対俺は使わないしな!」

「いやでも耐性をつけておくのは悪くないっスよ? なんなら手解きするっスか?」

 

 妖しく笑う釣鐘の視線を手で振って散らす。これ見よがしに唇を舌で舐めるな。誰が好き好んで地雷原を突っ走らないといけないのだ。好んで修羅場を作ろうとする釣鐘の相手などしていたら命がいくつあっても足りそうにない。こいつ死にたがりだし真性のドMかなんかじゃないのか? 仕事以外であまり関わりたくないな。

 

「そんな娼婦みたいな事はしないでいいよ。そんな仕事を頼む事もないし、お前に望んでいるのはそれじゃない。体は大事にしろ」

「つまんないっスねー。黒子と殺り合う理由にもなるっスのに。そういう意味では貴方をからかうのは面白いんスけど」

「命の大安売りはよせ。組み手なら幾らでもやってやるから」

「実戦の方が滾るんスけど、まあこれはこれで悪くはないっスかね。私も男の人と二人で散歩するなんて初体験っスし」

 

 初体験とか言ってんな! どうもこういう話だと釣鐘にペースを握られているようで宜しくない。腕に腕を絡めてくる釣鐘の腕を払っていると、微笑む釣鐘は歩く学生の影に向けて指を伸ばす。ツインテールの影に向けて。

 

「あっ! 黒子っス!」

「うわぁ⁉︎ 違う! 腕を放せッ! 黒子に怒られるのはもう嫌だッ!」

「あ、人違いだったっス」

「この野郎! その冗談は二度と使うな! 心臓が口から飛び出すかと思ったわ! 次やったらぶっ飛ばすぞマジで!」

「じゃあもっと過激なのを」

「やらんでいい!」

「えー」

 

 えーじゃない! 本格的に散歩が退屈になって来たらしい釣鐘を振り払うようにして寮へと足を向ける。背中から聞こえてくるくすくすと笑う釣鐘の声にげんなりしながら寮の部屋の玄関の扉を開ければ、木山先生が朝食を作って待っていてくれた。白米と味噌汁の香りは久々だ。「久しぶりのちゃんとした朝食っス!」と手を上げる釣鐘と席に着けば、頬杖を付いていた木山先生に釣鐘と顔を見比べられる。

 

「思いの外上手くやっているようだね。ソファーの取り合いで映画のアクションシーンのような光景を見せられた時はどうなるかと思ったが」

「それはアレだよ木山先生、やるべき時にはやるべき事が決まってるからさ。俺が傭兵で、釣鐘が忍者で、木山先生が研究者ってな具合でね」

「ふむ、そんなものかね」

「そうでもなければこんなのをわざわざ檻から出さない」

「こんなの⁉︎」

 

 何を釣鐘は驚いてるんだ当たり前だろう。試験含めて勧誘の為にわざわざ少年院に忍び込むなんて面倒な事したくはない。おかげでアナログな情報収集役が手に入りはしたが、一々人員を増やす為に少年院に毎度忍び込むなんて嫌過ぎる。解体された暗部と違い、未だ裏に睨みを利かせなければいけない立場だからこそ、使えるものは使わせて貰うが。

 

「まあいいっスけどね、約束を守ってくれるなら」

「あぁ報酬の話か。仲間も出して欲しいんだったか? こっちでも努力はするがな、出せたとして街で暴れられても俺が困るぞ」

「ならここで預かってくれればいいんスよ!」

「俺の部屋は出張少年院か? 俺の部屋が俺の部屋らしくなる日はいつ来るんだ?」

「もう事務所になるのだから来ないんじゃないかな?」

 

 そんな現実的な話は聞きたくなかった。他人事のように味噌汁を口へと運ぶ木山先生に肩を落としていると、調子よく釣鐘が肩を叩いて来て鬱陶しい。

 

「大丈夫っスよ、雷斧(らいふ)嬉美(きみ)もきっと気に入るっス」

「それは俺がそいつらを? そいつらが俺を? どっちにしたって釣鐘の仲間だと聞くとロクでもないんだろうなって分かるの凄いと思う」

「なかなかど真ん中ストレートに喧嘩売って来ますね、時の鐘だってそう変わらないでしょ? やります?」

 

 微笑を携え目を細め、箸に指を這わせる釣鐘に合わせて箸を置く。釣鐘と睨み合っていると、木山先生にため息を吐かれた。食事中はおとなしくとでも言われるのだろうと予測して、木山先生が口を開けたところで降参の手を上げるが、それと同時に机の上に置いていたペン型携帯電話が着信音を鳴らす。…………土御門か。切る。来る。出よう。

 

『孫っち、仕事だ』

「だと思ったよ。聞き飽きたよそんな感じの台詞」

 

 スピーカーモードの携帯から聞こえてくる悪友の声に肩を落とし、机を小突けばインカムが飛び出すので掴み耳に付ける。目を瞬く木山先生と釣鐘は気にせず、椅子から立ち上がってバッグと弓袋をソファーに放った。

 

「行き先はハワイだろう? 上条もそろそろ出るはずだしな」

『まあ結果そうなるにゃー、今回の仕事はカミやんの護衛だ。カミやんが外にいる間頼むってな。チケットはもう予約してある』

「だろうな、それは上からって事でいいんだな?」

『話が早くて助かるぜい。もう孫っちも分かってると思うけどな』

 

 上条当麻は重要人物だ。何のかは分からないがそれは確か。第三次世界大戦が上条を中心に回っていた事を知っていれば、嫌でもその結論に辿り着く。そもそもの話、学生寮自体上条の部屋を俺と土御門が挟んでいる時点でいろいろおかしい。偶然なのだとしたら恐るべき確率だ。多重スパイと瑞西傭兵。何かどうしようもない問題が起きた場合、誰より早く上条の部屋に突っ込める位置。幸いにもこれまでそんな事はなかったが、『シグナル』に上条が組み込まれているあたりかなり学園都市は、いや、アレイスターさんがか? 過保護だ。

 

「前回帰って来た時は静観していたのにどういう風の吹き回しだ? 外に出て行かれるのは流石に困るって事かな?」

『さてにゃー、そこら辺はもうアレイスターに聞かなきゃ分からないだろうが、聞いたところで答えるとも思えねえし、ただ孫っちは受けてくれるだろう?』

「友人であり一般人を守れってな仕事を断る理由はないが、どうにも上が何をしたいのかが分からない。仕事内容に不満があるわけでもないし別に教えてくれないならそれでもいいんだが」

 

 上条の右手が心配なのか、それともその内側に潜んでいる『ナニカ』が心配なのか。俺としては『幻想殺し(イマジンブレイカー)』自体は脅威でもない優しい性質であると思うのでどうだっていいのだが、心配があるとすれば『ナニカ』の方。今アレが再び出て来たところで、まだ俺にはどうする手も浮かんでいない。せいぜい積み上げ続けるだけだ。それも早急に。バッグに時の鐘の軍服を、弓袋にゲルニカを突っ込む。

 

「どうしてそう遠回りな依頼をするのかね? あまり関わって欲しくないなら仕事を寄越さなければいいし、関わって欲しいならもう少し理由を聞かせてくれてもいいだろうによ」

『下手な仕事でもなければ孫っちが深入りしないと知ってるからだろうが、ただ言えるのはアレイスターはカミやんと孫っちに甘い』

「……俺も?」

『アレイスターの名前を振り翳せる大義名分を与えられてるようなもんだぜい? 破格の待遇だろう? それでいてアレイスターからの要求は仕事くらいのものだしな』

 

 その仕事が問題ではあるのだが。超能力者(レベル5)を守れだの、上条の護衛の時は禁書目録に御使墜し(エンゼルフォール)、英国の『ブリテン=ザ=ハロウィン』と規模が頭おかしい。そう思えばこそ、ハワイでも何かありそうで今から憂鬱だ。が、仕事ならばやるしかない。アレイスターさんが俺にも甘いとは、見方を変えればそういう見方もできなくはないか。学園都市も問題は多いが嫌いではないし、自由にさせてくれるのならその甘さもありがたい。

 

『ただな孫っち、今回の仕事なんだがあと二つできればやって欲しい事がある』

「えぇ……あと二つも? 報酬上げろよそれなら。ちなみにグレムリン全員殺せとかは勘弁だぞ? 今のところやばそうってな事は分かってるが、情報が少な過ぎて何をやりたいのかも分からないんだ。それにあいつの事だから殺すなって絶対言うぞ」

 

 護衛対象を守る為であったとしても、撃ち殺そうとでもすれば上条の方から射線に割り込んで来る可能性が高い。上条はそういう男だ。だからこそ護衛の難易度としては高めなのだが、上条の性分は嫌いではないので歯痒い。上条のいないところで糞野郎が相手なのなら問答無用で射殺するが。「そこは任せるぜい」と土御門は一言挟み言葉を続ける。

 

『一つはレイヴィニア=バードウェイの監視、もう一つはできるだけグレムリンの情報を手に入れてこっちに流してくれ』

「レイヴィニアさんの? ってかそれ多重スパイの仕事じゃねえの? 俺に間者みたいな真似しろって? 苦手だなぁ」

『オレはそっちに行けないからにゃー。これも暗部が解体された影響って訳だ。学園都市の小さな問題はこっちで引き受けるから、思う存分グレムリンを追ってくれ』

 

 グレムリンが第三次世界大戦の負の遺産であるのなら俺も追うのは吝かではないが、レイヴィニアさんの監視まで付けられるとはどういう了見だ? レイヴィニアさんの組織には助けられた借りがあるし、あまり銃を向けるような事はしたくない。何より背丈や見た目こそ違うが、レイヴィニアさんを見ているとボスの姿がちらついてどうにも弱い。それともあの小さなカリスマはそれだけの危険人物だとでも言うのか? 

 

「監視だけでいいんだな? 理由もなく殺せとか言われても俺は絶対にやらんぞ。あの小さなカリスマは気に入ってるんだ」

『相変わらずの惚れ症で何よりだ。孫っちがどんな傭兵かは分かってる。今動ける唯一の時の鐘だからにゃー、そこまで無理しなくてもいいさ』

「そりゃどうも。安心していい、仕事はやり遂げるさ。ゲルニカも戻って来た訳だし、それも特殊振動弾を撃てる不在金属(シャドウメタル)の特別製だ」

『最低限の準備はした訳か』

 

 要塞一つ浮かべるような相手だ。第三次世界大戦は終わった為にあまり使いたい弾丸ではないが、そうも言っていられない相手であるのは確か。アルプスシリーズを作る試作段階で作られた不在金属(シャドウメタル)性のゲルニカを一丁送って貰った。一級の魔術師が相手となれば、こちらも一級の装備を準備しなければ相手にならないだろう。

 

『まあそんな訳だから頼んだぜい。孫っちが行くならこっちもそこまで心配しなくていいしな』

「第六位は? 今回はノータッチか?」

『孫っちがいないとなれば『シグナル』で動けるのは青ピだけだからにゃー、青ピには青ピで仕事がある』

「そりゃご愁傷様で、女の子でも追う仕事があるのを祈っていると言っておいてくれ」

『あぁ言っとくよ、それじゃあまたな孫っち』

 

 通話を切って準備を終えて椅子へと戻る。そうと決まればさっさと朝食を食べて上条の部屋に向かった方がいいだろう。急いで白米と味噌汁を掻き込んでいると、釣鐘に肩を小突かれた。

 

「ハワイっすかー! 私ハワイ行くの初めてなんスよー!」

「釣鐘は留守番だよ」

「水着とかどうし……え? 留守番?」

「丁度いいから禁書目録(インデックス)のお嬢さんの護衛でも頼む。第三次世界大戦から続いてる問題の延長であるなら、禁書目録(インデックス)のお嬢さんにも矛先が向く可能性はあるからな。上条の護衛が今回の仕事だ。なら上条の家も守らないと、いない間に攫われでもして仕事が増えては堪らない」

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんが居なくなれば、百パーセント上条は突っ走る。それでロシアまで行った男だ。どこまで行くのか分かったものではない。腕を掲げたまま固まる釣鐘の横で朝食を食べ終え、手を合わせて食器を下げようと席を立てば釣鐘に服の背を引っ張られた。

 

「そんな殺生な⁉︎ 私だってちょっとくらい海外に行ってみたいっス!」

「知るか! 仕事してれば出る機会は多分ごまんとあるさ! だいたい少年院から出たばっかで外にまで連れ出せる訳ないだろうが! ハワイ行ってる間に部屋の改装も頼むから、クロシュっていう事務員も後で来るし時の鐘の色々を今のうちに聞いておけ」

「私習うより慣れろタイプなんスよね、法水さんと一緒の方が覚えるの早いと思うっスけど」

「学園都市に残れば黒子が禁書目録(インデックス)のお嬢さんに会いに来るだろうし会えるぞ」

「ならしょうがないっスね! お土産頼むっスよ!」

 

 いいんだそれで……。釣鐘は黒子の事が気に入ってるっぽいのでダメでもともとだったが、即答で了承してくれるとは……。ごめん黒子、お土産めっちゃ豪華にするから許してくれ。今度約束通りお願いも聞くから。

 

「じゃあ行ってくるから、悪いけど木山先生、新人達のことよろしく。クロシュにも困った事があったら木山先生に相談するといいって言っておいたから」

「私も新人みたいなものだが微力は尽くそう。行ってらっしゃい法水君」

「行ってきます」

 

 バッグと弓袋を背負い玄関を出る。すると丁度上条も部屋から出て来たところだった。飛行機の時間を考えると出る時間がだいたい揃うのも当たり前か。ロシアから帰って来てバタバタして学校にも行かずにすぐにハワイとか。世界を股にかけるビジネスマンみたいな生活だ。上条に向けて手を上げれば、俺の背負う弓袋を目にして目尻を下げた。

 

「おう法水……見ただけで仕事なんだなって分かる俺もどうかなって思うけど、やっぱり行く事になったのか?」

「なったなった。よかったな上条、お前の護衛だ」

「またかよ⁉︎ 毎度毎度誰が俺の護衛を頼んでんだ⁉︎ 俺は傭兵が一緒にいなきゃいけない危険人物なのか⁉︎ どうせまた土御門だろ!」

「さて? 上条も英国じゃあ知る人ぞ知る英雄なんだ。誰からの依頼であっても不思議でもないだろう?」

「いや不思議だって……相変わらず誰からかは言う気ないのな。まあいいけど、もう慣れたし、早く行こうぜ御坂が待ってる」

「ああそうだな御坂さんも待ってる……御坂さんも……御坂さんも? あれ? 聞いてないよ?」

「いや、なんか付いてくるって」

 

 なんで? 全然聞いてないんだけど? なんで急に御坂さんまでハワイに行く事になってるの?

 

 首を傾げていると胸ポケットの携帯が震える。見たくねえ、誰からかなんとなく分かる。出ずに放っておいていると、ライトちゃんが『KUROKO!』と元気よく教えてくれた。うん知ってた。だから出たくないんだよ。だって絶対御坂さんについてだもん。俺も知らないもん。電話出たら絶対付いてくるって言うよ? 絶対言うよ? 学園都市よりお姉様って絶対言うもの。黒子とハワイはすごい行きたいが、生憎仕事なので今回はなしだ。ライトちゃんを小突いて口を開く。

 

「通信を謝絶だライトちゃん。何としても黒子からの連絡をシャットアウトしろ。相手の事もよく分からない仕事で気が抜けない。行くぞ上条! 黒子に捕まる前に学園都市を発つ!」

「それ絶対後で白井に怒られるやつじゃ……」

「それは言うなッ‼︎」

 

 泣く泣く空港までの道を走る。お土産は絶対豪華にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

(なんで出やがらないんですのあのタレ目はッ!)

 

 常盤台中学の教室で黒子のツインテールは大いに畝っていた。御坂美琴が寮にいない、ばかりか学校にもいやしない。門限を破る事は多々あれど、学校に来ない事は滅多にない美琴の不在に女の勘が働き、黒子は孫市に電話を掛けたというのに全く出ない。どころか『マジすいません』とメールが来るばかり。それだけで仕事と察しはするが、蚊帳の外のようで少し寂しい。放っておけば美琴も孫市もすぐにどこかに飛んで行ってしまう。それでも帰って来ることも分かるからこそ、黒子は右腕に巻かれた風紀委員(ジャッジメント)の腕章に一度目を落とし、肩の力を少し抜いた。

 

「白井さん? あのー大丈夫ですの?」

「悩み事があるならご相談に乗りますわ」

 

 クラスメイトの泡浮万琳(あわつきまあや)湾内絹保(わんないきぬほ)にまで心配される始末。「大丈夫ですの」とバツ悪そうに鼻を鳴らす黒子に、泡浮と湾内は苦笑する。黒子が大変不機嫌になる理由など大きく二つ。御坂美琴と法水孫市が関わっている事がほとんどだ。しばらく学校に来ないと思えば、来てしばらく意気消沈の有様で、逆に今日は怒り心頭。そのおかげで孫市がスイスから帰って来たらしい事を察し、泡浮も湾内も知り合いの無事を知れて一安心だ。恋の悩みであるのなら二人も是非突っ込みたいところであるが、今はなんとか友人である黒子の調子を戻そうと湾内は話を変える。

 

「そう言えば聞きましたか白井さん、今日から新しい先生がいらっしゃるそうですわ」

「この時期にですの? それはまたなんとも微妙な時期に来ましたわね」

「何でもスペイン語の先生ですとか」

 

 泡浮が補足をくれるが、『スペイン』という単語を聞いて黒子は冷や汗を垂らす。この時期にやって来たスペイン語教師。現在大変暇であろう学園都市に来ているスペイン人を黒子は一人知っている。目を丸くして固まる黒子に気づく事なく、泡浮は尚も話を続けた。

 

「それとフランス語とドイツ語とイタリア語の先生も変わるそうですわ」

「……四人も変わるとは思い切りましたわね」

「いえ、それが二人だそうです」

 

 そう湾内は言い切る。四ヶ国語の内三ヶ国語も一人が受け持つとでも言うのか。止まらぬ冷や汗を拭う事もなく黒子が耳を澄ませば、教室の話題はこの後来るらしい新しいスペイン語教師の話題ばかり。この時期にわざわざ教師が変わるという事はそれだけ優秀であるのか。美琴の事を気にし過ぎていた所為で黒子は完全に話に乗り遅れた。少なくとも予想よ当たるなと祈る中で授業開始を報せるチャイムがなり、扉が大きな音を立てて開かれる。

 

「おっと! あっちゃー、学園都市の扉の癖に脆いなおい。これ給料とか引かれないよねん? 初日からそれは勘弁てさあ」

 

 そのまま扉はひしゃげて外れ、床に倒れた扉の音が静かな教室に響き渡った。集中する視線を新たなスペイン語教師は咳払いをしてそれを散らし、茶髪のショートカットを靡かせて大きな足音を鳴らし教卓まで歩く。高い背と豊満な肢体はモデルのようではあるが、見た目よりもずっとスペイン語教師が筋肉質である事を黒子は知っている。集まる視線にスペイン語教師が笑顔を返すのを見て、教師が黒子に気付くと笑みを深めたのを最後に黒子は強く頭を抱えた。

 

「……恨みますわよ孫市さん」

「今日からスペイン語を教えることになったロイ=G=マクリシアンだ。よろしく頼むぜお嬢さん方! 後何故か体育も手伝う事になってるからよろしくー! 面接の時に机握りつぶしちゃってさあ、最初体育教師にされそうになって焦った焦った! 孫市(ごいちー)の言う通りになるとこだったって! バドゥにも睨まれるしさあ。ま、あたしが教えるからには、酒場での女の振る舞いを教えてやんから期待していいぜ? あたしが男の引っ掛け方教えてやんよ!」

 

 それは果たしてお嬢様学校で許されるのか。ただ少なくともクラスメイトの興味は手にできたらしく、黒子は額を机に落とす。そして同時期に頭を抱える教室が他にも。

 

 それは常盤台の別の教室で──。

 

「私はオーバード=シェリー、私が教えるからにはフランス語、ドイツ語、イタリア語は完璧にマスターして貰うわ。できないなんて諦める子は必要ないわよ? 『箱入り娘(プリンセス)』の意地を見せて。私が常盤台に来たからには、そうね、取り敢えず来年の大覇星祭は完勝させてあげるわ。体育も見る事になっているから、よかったわね、今日から運動不足解消よ。私が貴方達を室内犬から猟犬に変えてあげるわ」

「あらあらぁ……保健室空いてたかしらぁ、今日から常連になりそうな予感力が……」

 

 人形と見間違うような美人教師に睨まれて凍り付く教室が一つ。

 

 そしてとある高校でも、青髮ピアスは細い目を僅かに見開き固まっていた。

 

「今日から英語を教える事になったクリス=ボスマンだ。クリスと気軽に呼んでくれ。英語ができるようになれば世界中だいたいどこに行っても生きていけるよ。持ち得る手札が多いに越した事はない。それが勝負の分かれ目となる。分からない事があったら何でも聞いて欲しい。趣味は乗馬でね、僕の馬も連れて来ているから乗りたい子がいたら気軽に声を掛けてくれて構わないよ。それと」

「今日からこのクラスの副担任になったガスパル=サボーと言います。授業としては世界史を教える事になりますかね。まず君達に言いたいのは、制服を着崩すなら着崩すでもっと全体のシルエットを意識しなさい嘆かわしい。それでは服が泣いています。近々一端覧祭という行事があるそうですね? 私が来たからには手抜きは許しませんのでそのおつもりで」

「はいはい皆さーん! 静粛に! 静粛にお願いするのですー! って上条ちゃんと法水ちゃんはまたお休みなのですかー⁉︎」

 

 教卓をバシバシ手で叩く小萌先生の両端で肩を竦める伊達眼鏡のイケメンと七三分けのイケメンの姿に女子は黄色い声を上げ、男子の歯軋りの音が教室を満たす。その中で誰より大きな歯軋りの音を奏でて青髮ピアスもまた机に突っ伏した。

 

 

 

 

 

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