虹の島 ①
ハワイ諸島、又はアメリカ合衆国ハワイ州。
ハワイ島、マウイ島、オアフ島、カウアイ島、モロカイ島、ラナイ島、ニイハウ島、カホオラウェ島の八つの島と百以上の小島からなるハワイ諸島は、レインボーアイランドとも呼ばれ、日本でも人気のある旅行先だ。年間で日本からも百万人以上の旅行客がハワイを訪れる。
陸続きではなかったハワイ諸島は元々無人島であり、どこからか海を渡りやって来た者達が住み着いたのが始まりだ。アメリカに併合される前はハワイ王国が存在し、一九世紀にアメリカの宣教師がアルファベットを伝えるまで、文字を持たない文化を形成していた特異な国。
そんなハワイ諸島のオアフ島、ハワイ諸島の中で三番目に大きな集いの島と愛称される島の新ホノルル国際空港出入国ゲートは、観光シーズンではなくとも多くの人々でごった返している。十一月のハワイはオフシーズン、雨の季節であるがその分航空料金は安く、ハワイ側も分かっているが故にセールやイベントが多くある。南の島でも一年の中で少し涼しい島の風が空港の外に流れる中、上条と二人で静かに流れる人々を見つめる。
「……バードウェイ達はまだか。この辺で集合って話だったんだけどな」
「さてねぇ」
レイヴィニアさんの監視なんていう乗り気でもない仕事もあるが為に、できるだけ早く合流をしたいところ。レイヴィニアさんの背丈を考えると上から人混みを眺めても見つけられるかどうか怪しく、目立つ杖の姿も見えない。レイヴィニアさんの鼓動を追おうにも、目星も付けられていないのにそれも難しい。上条と二人で唸っていると、やたら静かな御坂さんが顔を赤くしたかと思えば、鋭い目付きで睨んでくる。そうして少しするとまた顔を赤らめ、少しするとまた目尻を鋭くさせる。二重人格に目覚めたのか知らないが、忙しい事この上ない。
「なんだよ御坂さん、俺の顔に何か付いているのか?」
「……なんでアンタが居んのよ」
「その言葉そっくり返そう、おかげで学園都市から出る間際黒子から鬼電されたぞ。俺は仕事だ」
「はいはい、お仕事ね。商売繁盛してるみたいで結構じゃないの」
投げやりに言い唇を尖らせる御坂さんの目が言っている。俺は邪魔だと。上条とデートしにハワイに来た訳でもあるまいに。いつもならこんな時に防波堤になるのであろう黒子がいないからハッチャケたいのは分からなくもないが、俺は上条の護衛なのだから理由もなく離れる訳にもいかない。鋭い目付きの御坂さんと真顔で睨めっこしていると、上条に肩を小突かれる。なんだいったい。
「法水が居てくれて助かった。法水が居てくれれば海外に居ても困らないからな」
「俺はツアーガイドの通訳係か? 上条も海外に足を伸ばすの珍しくないんだから、そろそろ英語くらいは覚えてくれよ」
「私だって英語くらいできますけど⁉︎」
「法水はフランス語もイタリア語もドイツ語もできるぞ」
何故上条が得意げになる? そして何故御坂さんは「私だってそれぐらい!」と言いながらより目を険しくする。俺はスイス暮らしの方が長いんだから当たり前だろうが。国籍スイス人なのに日本語しか喋れなかったらそれこそ問題だ。必要のない対抗心を向けて来る御坂さんから一歩距離を取ると、場内アナウンスの電子音が空港内に響いた。続けられる空港内を満たす声に動きをぴたりと止める。
「……なんて言っているんだ?」
「アンタ、それで良く海をまたごうとしたわね」
「……おいおい、そんな事言ってる場合か」
弓袋を背負い直し、放送された区画へと目を向ける。やっぱり? と言いたげに首を傾げる御坂さんに頷き、呆けている上条の肩を叩いた。アナウンスは床のワックス処理について。わざわざアナウンスする内容でもないそれを空港中に響かせる訳は対テロ警報。御坂さんは勘付いたらしいが、上条は全く理解していないらしい。
このタイミングでこのアナウンス。グレムリンが動いたのだとしたら、わざわざ上条から離れた位置で暴れたのは何故だ?
『ラジオゾンデ要塞』を浮かべてまで上条を追ったわりに、緊急でもないやんわりと警報されるようなバレ方をするとは思えない。英国に向かった時と同様にたまたまテロリズムに巻き込まれたとして、今はテロが起きる理由も特にはない。
「テロだ上条、爆弾でも見つかったっぽいぞ」と上条に伝えてやれば間抜けに口を開けたまま固まり、携帯を取り出すとレイヴィニアさんに電話を掛け、怪訝な顔で俺に携帯を渡して来る。
「なんだ?」
「法水に代わった方が多分早いから代われって」
レイヴィニアさんも状況が分かっているのだろう。携帯を受け取り耳に当てれば第一声。
『私がグレムリンへのプレゼントを仕掛けた』
「……あぁ、そういう」
とんでもねえことするなこの子。グレムリンの名前で犯行予告でも出したのか。調べてみればびっくりまじで爆弾があるじゃねえかと、相手に罪をおっかぶせる形で相手を炙り出す算段な訳か。
本物の魔術師は目的の為に手段を選ばないとはレイヴィニアさんの言った通り、こんな事する子ならそりゃ学園都市から監視しろって言われる訳だ。やってる事に間違いはなかろうと、間違いなくこれは犯罪です。上条に携帯を返し、「レイヴィニアさんが爆弾仕掛けたんだって」と言えば、上条は具合悪そうに顔を青くさせる。
「おぉぉぉぉいッ⁉︎ それじゃあどっちがテロリストか分からねえぞッ⁉︎ どうにかしねえと……」
「あぁ向かうとしようか。炙り出された馬鹿が本当にいるのなら、プレゼントの詰められたスーツケースのところへな」
「アンタら慌てるのかそうじゃないのかどっちかにしなさいよ」
呆れる御坂さんを残してアナウンスされた場所へと突っ走る上条を御坂さんは慌てて追い、その二人の背を見つめて懐から
上条を追いながら波紋の腕を伸ばす中で、感覚の目と実際の目の違和感に、ワックス処理の作業中の看板を追い越し走る上条に追いついたところで気が付く。実際に目で見ている景色と、感覚の景色にいるはずの人数の数が合わない。スーツケースを取り囲んでいる空港の警備員、その外側、二十人近く人がいるはずなのに目に映らない。その更に手前の柱に上条と御坂さんが姿を隠すのを目にしながら、俺はそのまま足を止めた。
こつり、こつり、
空を揺らす甲高い金属音が空間に染み渡り、隠れている筈の者の姿を覆う。スーツケース近くにいる二十人ばかりは知っている。ロシアで俺と上条を引き上げてくれた黒服達。ただそれと同じくもう一人。まさに目を向けたその先に────
目を細めた瞬間、背を撫ぜるような冷たい波が押し寄せ、隠匿者を包んだ神秘のベールが剥ぎ取られた。
実際の景色と波の景色が合致する。黒服達の近くに一人の女が立っている。空港に似つかわしくない、体型矯正用の下着の上に、薄手の奇抜なドレスを身に纏った少女が一人。金色の髪に白い肌、絵本から引っ張って来たような可憐さを背負う少女こそがグレムリン。感じるのは武力的な脅威ではなく気味悪さ。体格的にまるで強者に見えなくても、その内側に何かがあると分かってしまう薄ら寒さこそ一級の魔術師の証。矛を振るう訳でも、拳を握る訳でもない。少女は自分の手足に目を落とし、ゆっくりと小さく口を開いた。
「
フランス語で少女は歌う。場に似つかわしくしくない華奢な声で。少女に向けて足を踏み出した黒服達が、つんのめるように全員床に向けて転がった。呻き声と絶叫を奏で、足先を抑えた黒服達の身に何があったのに、離れていても黒服達を覆う波が教えてくれる。足の指先が向いてはいけない方向に向いている。一口で相手の足を壊す魔術とかやってられない。
「……カボチャの馬車のお婆さん。哀れなサンドリヨンに力を貸して頂戴な。さらなるガラスの靴の試練をお一つ。傲慢で噓つきな挑戦者達が全員項垂れるその時まで」
サンドリヨン、仏語で『
ただ問題は近付けば足がへし折れる可能性がある事。黒服達は一掃された。ただその手前の上条と御坂さんは無事。一定の距離に発動する魔術なのか?
ただそうなるとおかしな事が一つ。特に特殊な畝りのようなものを感じなかった。
魔術が発動する前と後、何が違う?
魔術も超能力も発動するなら必ず何かの予兆がある。永続的に発動しているタイプなら、そもそも魔術師の少女が動く度に誰かの足先がへし折れている筈だ。思考に沈む俺の意識を、少女の声が釣り上げる。
「
注意を引く一言を添えて。少女の声の向く先は、幻想を殺す右手の持ち主。
「これは私の足のサイズである、二二・五センチ以外を認めない術式。それより小さければ骨と骨の間を強引に伸ばして整え、それより大きければ指を切断して整える」
なにそのえげつない魔術。二二・五センチは認めないとか誰が決めたんだよマジで。自分の法則を押し売りしてくる魔術師に辟易する。俺普通に切断されるわ。近付けないじゃないかそれじゃあ。
「もっとも、これは警告。今は指の関節を外す程度で済ませている。本番はこれから。さてどうする? 我々グレムリンから手を引くか、もう少し確実な担保をここでもらっておくか」
つまり本気になれば足を切断するのは容易いと。警告するだけの良識はあるようであるが、フランス語で少女は喋っているためか上条は首を傾げるばかり。意味を理解されないようじゃ警告の意味がない。少女も真面目なのか知らないがどこか抜けている。警告されてもここで上条達が引くとも思えないし、俺に上条を引き上げてくれた黒服達がやられたのをただ黙って見ているのも少し心苦しい。
ただどうする? 何が魔術の発動キーだ?
切断される筈の指への効果を緩めた方法もあるはずだ、どこでそんな微調整をした?
あんなスケスケな衣装のおかげで少女が手ぶらなのは一目瞭然。服が霊装なのだとして、魔術を発動するなら何か──。
────ドンッ‼︎
鼓膜を揺らす鈍い音。七十メートル以上離れた通路の先で、浜面が消火器で即席に作ったらしいガス銃の引き金を引いている。番外個体さんと『新入生』の一人、
「感謝をしますお婆さん、王子様との素敵なダンスの時間をありがとう。キラキラ輝くドレスにガラスの靴。素敵なお召し物が弱気な私を後押ししてくださいます。優美で完璧なる一夜の姫に」
ただ当たらない。一発足りとも掠らない。浜面の機転虚しく、優美と完璧と言うだけあり、一律のリズムは狂う事なく揺らがない。
そう、言うだけあり……言うだけ……
浜面のガス銃の射撃音を聞きながら、携帯を手にレイヴィニアさんと話しているらしい上条の隣へと歩き肩を小突いた。
「タネは割れた。上条、アレはララさんと同タイプだ。俺が奴の身包み剥ぐ」
「ぶッ⁉︎ 法水お前マジで言ってる? バードウェイは時間を稼げって、あいつクラスター爆弾が降って来ても避けるらしいぞ」
「バンカークラスター撃ち落としたの誰でしたっけ? いいか上条、あいつは最初言ってたな? 傲慢で噓つきな挑戦者達が全員項垂れるその時までと。それで黒服達は倒れた。次にダンスの時間に感謝だとさ。つまりアレはお姫様のお願いに対応している。言葉が発動条件なら、上条よ、ノイズキャンセリングって知ってる?」
「くはッ! それはいい! だが灰被りのドレスには深夜十二時のリミットが存在するぞ? それはどうする? 一夜の夢を終わらせなければ、一度受けた外的要因全てを再調整する灰被りの術式は破れんぞ。声を掻き消せても一時凌ぎだ」
「一応『目覚めの唄』っていう徹夜万歳エナジードリンク要らずの曲を奏でられるけど?」
「それでは少し意味合いとして弱いだろう。それはこっちでやってやる。私もできるだけ手の内は伏せたいからな。お前が少し気に入って来たぞ傭兵」
金は払わない癖に俺を使う気満々じゃないかレイヴィニアさん。監視の仕事の事を考えるなら気に入られるに越した事はないのだが、レイヴィニアさんに気に入られてもいい事ないような気がするのは何故だろうか。カカッ! と打ち鳴る
「どうもお姫様、王子様役には物足りないかもしれないが俺で我慢してくれよ、こう見えて社交界なら出た事あるぞ」
「……
俺の事も知ってるのかよ。俺が前に出たことで銃撃の手を緩めた浜面に手を振り口の前に人差し指を立てる。静かな方がありがたい。こつり、こつり、と
「Shall We Dance ? だお姫様」
「相手になれると思ってるの?」
「貴方ッ」
突き出される蹴りを首を捻って紙一重で避ける。肌に浮き上がった球汗が灰被り姫の足先に攫われ、伸ばされたまま薙がれる足を膝を折り曲げ下に避け、少女に合わせて背中合わせのまま回る。舞踏会というより武闘会だ。足を止めて顔を突き合わせ、少女が右手を伸ばすようなら身を捻るようにして俺も右手を伸ばし、突き出される足に合わせるように一歩前に。軽く触れ合う肌を起爆剤とするように、腹に抉りこまれるように放たれる膝を
「勿体無いねこんな場所で。シャンデリアの一つもないなんて」
「なら場所を変えようか? お話聞かせてくれるならな」
「……かぼちゃの馬車のお婆さん」
「俺はお婆さんじゃねえ!」
歌い身を翻す
「逃すかッ‼︎」
下がる一歩に差し出す一歩。リード交代だ。
「残念だったね王子様」
「あぁそう、俺に合わせられると言うなら合わせて見ろよお姫様」
俺に合わせてくれると言うなら丁度いい。より動きやすい形に動きを変える。規則正しいダンスのリズムを踏むのではなく、体を揺らして波として表す。
跳んで蹴りを放つ
「朝だぞ目ぇかっ開けッ」
譜面一番『目覚めの唄』
共感覚を刺激する音色に、軽く
「よく掴んだ傭兵。ほら、夜明けだ」
足先がへし折れているはずが、一斉にその場から全速力で駆け出し離れて行く黒服達に姿に目を丸くしていると、白い閃光が視界を覆う。
爆弾が詰められているらしいスーツケースさえも包み込み燃え盛る火炎。弾ける炸裂音が鼓膜を揺さぶる。空港内に広がる熱に追い立てられるように、上条や浜面の影までもが遠くへ去った。白く塗り潰された視界の中で、俺と灰被り姫の服は焼け落ち、二人揃って黒い煙を吐く。俺ごと丸焼きにするってどうなの? ふらふらとそれでも動こうと手を伸ばす
「ごほッ……悪いが俺がキスするお姫様は一人だけでね」
────ゴンッ‼︎
打ち合う額の衝撃に魔術師の少女は額から血を吹き出し床に崩れた。一人倒すだけでもえらい手間が掛かったな。これがグレムリンか。パンツまで燃え尽き崩れそうな煤だらけの自分の体を見下ろして、やってやったと言わんばかりに胸を張っているレイヴィニアさんの姿に肩を落とす。
「……俺の服までお亡くなりになったんですけど」
「お前が掴んだからこそ威力を落としてやったんだから文句を言うな。邪魔な観衆も散らせたんだしな。時の鐘の軍服も武器も燃えずに残っているだろうが。全く、逃げなかったのがお前達だけとは他の奴らは気が小さくて困る」
鼻を鳴らし腕を組むレイヴィニアさんに首を傾げていると、どこにいたのか上から
「……魔術戦の経験差ってやつか、法水、オマエもこの世界長ェンだったな」
「まあそれなりに、ああいった魔術師のタイプが知り合いにいるからな。その人は目で見て血を啜るタイプの魔術師だけど」
「ンだそりゃ吸血鬼か? 法水、オマエの話も聞かせろ。で? これからどォすんだ」
「取り敢えず話ができるところへそれを引き摺って行くとしようか。運べ傭兵、楽しい尋問タイムだ。拷問の心得は?」
「マジで言ってる?
「俺に聞ィてんじゃねェ」
煤だらけの矯正用下着一枚の少女をレイヴィニアさんは蹴り起こす。
「ハァ……お嬢さん」
「サンドリヨン」
「……じゃあサンドリヨン、グレムリンの目的と仲間の情報を教えて貰うぞ。素直に話してくれるなら痛い事はしないと約束しよう。俺は約束は破らんぞ。話してくれないならその限りではないがな。その綺麗な指を折り畳んだりする事になる」
「貴方とのダンスは悪くなかった」
これもう絶対話す気ねえわ。俺達三人を前に微笑を浮かべるサンドリヨンから言って、話す気もなければおそらく負けたとも思っていない。彼女が捕まったところで、目的に何ら影響はないという事か。うすら笑みを浮かべるサンドリヨンの顎をレイヴィニアさんは一言も挟む事なく蹴り上げると、血を吐きひっくり返るサンドリヨンの顔にベタベタと羊皮紙の符を貼っていく。
「手があるなら最初からそうしてくれよ、今の会話の意味」
「誰にでも一度くらいチャンスがあって然るべしだろう? そしてこいつはそれを捨てた。それだけの話さ」
見切り超速え。いや実際喋らない気ならそれだけ時間の無駄でありはするが、
「魔術師の尋問のお手並み拝見といこうか。どうやって口を割らせる?」
「別に割らせる必要もない。
にやりとレイヴィニアさんは笑うと、口から垂れる血を拭い見上げてくるサンドリヨンを見下ろす。
「お前が何を否定しようとしているのか、その項目をこちらで読み取る。だからお前は、ただ私の質問に対して全力で拒めば良い」
なにその頭良さそうな尋問方法。レイヴィニアさんは心理学者か何かなのか? 話さない気でいるのなら、肯定するよりも否定する方が遥かに楽な行為ではある。その楽な道を選び取って掬い取り答えを導き出すと。話術に長けた詐欺師であっても、吐かれる嘘を繋ぎ合わせて答えまで辿り着くようなものか。顔に貼られた符を剥がそうと手を動かそうとするサンドリヨンを一方通行と二人睨み付けて牽制する。下手に剥がす気ならその腕は残念ながら捻れてへし折れる運命だ。
「
レイヴィニアさんは問いを投げる。サンドリヨンが口を開かずとも微妙な変化がどうしても浮き出る。
「
俺と聞いている事は変わらずとも、その問い一つ一つは確実に答えに躙り寄る言葉。輝く符に目を細めるレイヴィニアさんには何が見えているのか。玉汗を垂らし口を引き結ぶサンドリヨンに笑い掛けるようにレイヴィニアさんは口を開く。
「割り出しは順当だ。あと三〇秒もあれば朗報が待っている」
マジかよ、本当に魔術って何でもありだな。こうなると自分で耳を潰すしかなさそうだが、そうなると骨振動で俺に聞けとか言いそうだ。つまりレイヴィニアさんに捕まった段階でもう手のひらの上か。答えに辿り着くまで秒読みらしいその時間を、しかし、少女の声が遮った。
「おーおー。サンドリヨンちゃん、すっかりはっきりやられちゃってんじゃん」
言葉が紡がれる。他でもないサンドリヨンの口から違う声色で。そんな少女の姿に学園都市第五位、食蜂さんの影が頭の隅でチラつく中、無言でレイヴィニアさんはサンドリヨンの口に杖の先端を突っ込んだ。へし折れた少女の前歯がボドボドと朱い細線を宙に引き床に落ちる。口から滲む血を拭うこともなく、サンドリヨンは呻く事もなくただ笑う。笑わせられている。
「取り押さえても無駄無駄ちゃん。何なら手足折っちゃっても構わないけど? 外部干渉してる今ならマリオネットみたいに操れる訳だしさ。もっちろん、人間の限界(笑)とやらをぶっちぎった出力でね」
吐き出される言葉に眉間に皺を刻んでいると、口に突っ込まれている霊装の先端を噛み砕く。痛々しい音を奏でて口から血を溢れ出しながら。歯が歯茎に食い込もうが気にせずに。
「……待ってたよ」
「はいはいちゃん。ドレスがないって事は、童話系は全滅って考えてオーケーちゃんだよね。アンタを介して私の術式を発動させる。魔術系の解除キーを使って一旦カンペキに体を預けてくれると助かるなー」
「撃つぞ」
「やれ」
レイヴィニアさんから了承を受け取り、サンドリヨンの足に向けて狙撃銃を構えると同時。
「……全額投入は赤の二五番に……」
「ほいほいちゃん。勝負の結果は黒の一一番に。承認完了」
サンドリヨンの内側から乾いた音が響く。姿形は変わらずとも、
「そんじゃサンドリヨンちゃん。確かにグレムリンの情報は守ったげるよん」
笑い噛み砕いた杖の破片を少女が口から吐き出し手に握るのに合わせて引き金に指を乗せた途端、自らの顳顬にその先端を少女は突き刺す。「え?」と元のサンドリヨンの声で呆然とした声を吐き、サンドリヨンの体は横に倒れる。誰が手を出すより早く仲間に切り捨てられた。声もなく血を滴らせ動かないサンドリヨンに引き金から指を離し舌を打つ。
「やられたか。頭蓋骨は貫通していないだろうが、骨の破片が脳に突き刺さっている。くも膜下出血も併発しているな。なるほど、確かにこれでは『聞き込み』は難しそうだ」
「……イラつくぞ、この糞野郎は嫌いなタイプだ。食蜂さんも苦手だが、あの子は少なくともこんな事はしない。他人は全て人形か? 糸を手繰って眉間に穴を開けてやる」
「ここで殺気を振り撒くな。病院に連絡するぐらいの容赦はしてやろう」
「これからどォする。こいつが頼みの綱だったンじゃねェのか?」
「だから魚はかかっただろう、口封じのためにグレムリンが接触してきた。こいつを釣り上げれば済む話だ」
「より面倒そうな相手の影を拝めただけでも重畳って? 俺はどうにも胸糞悪くなったぜ」
倒れるサンドリヨンを応急処置するのを