時の鐘   作:生崎

138 / 251
虹の島 ②

 とある建物の屋上で煙草を咥えて寝転がる。気持ちよさそうに空を流れて行く白い雲が恨めしい。上条の護衛が仕事だというのに、ハワイに到着して早々に離れる事になるとは、相変わらず投げられる仕事は思った通りに進んでくれず何よりだ。サンドリヨンを操り口を封じた魔術師。グレムリンの目的は未だ分からないが、その裏に潜み人を操るくそったれの存在を知る事はできた。サンドリヨンが戦線を離脱しても問題がないという事は、ハワイで動いているグレムリンの計画は未だ進んでいるという事でもある。

 

 口から紫煙を吐き出してハワイの街並みへと目を這わす。観光客で賑わう南の島のどこに敵が潜んでいるのか分かったものではない。食蜂さんのように、ある程度問答無用で他人を操れるのとは違うのか、サンドリヨンと人をマリオネットのように操る人形使いは、体を明け渡す為に合言葉のようなものを口にしていた。自分は大丈夫であると絶対の自信がある訳もないが、自分が操られていないとしても、ハワイにいる誰が敵なのか分からない現状、ゆっくり散歩もできやしない。それに今は俺が時の鐘だという事も少し足を引いている。

 

 ゲルニカに軍服。一目で時の鐘だと分かる風貌は、知っている者への抑止にもなるが目印にもなる。レイヴィニアさんに他の服もバッグの類も焼かれちゃったし、上条を護衛するにしたって隣にいれば一発でバレる。監視衛星のように遠くから見守るのが一番いいという歯痒さに口を引き結んでいると、俺の隣で寝転がる一方通行(アクセラレータ)にため息を吐かれた。

 

「世界最高峰の傭兵集団ってのは知ってたがなァ、魔術の世界にまで手ェ出してるとか、俺よりよっぽど裏にどっぷりじゃねェかオマエ」

「……遅いか早いかの違いだよ。暴力の絡む世界で目立つ立場にいるなら嫌でもあれもこれもそれにまつわる事は知る事になる。俺が入る以前から時の鐘はその位置に居ただけの話だ。言い方を変えれば学園都市最強の能力者も遂にその位置に足を踏み入れちゃったって訳だ。自分から踏み入ったにしろ、引き込まれたにしろ、これからの方が大変だ」

 

 そういう意味では一方通行(アクセラレータ)がどれだけ他の者と比べて突出しているかが分かる。能力者という科学の境界線の引かれた学園都市の中で生活していながら、進んで魔術に関わっていなかったとしてもそれを自力で知るだけの求心力があるという事だ。俺は残念ながらオマケで知っていただけ。時の鐘の知識を頭に入れる中で、知識を詰める為の本棚の中に初めから『魔術師』についての情報が並べられていただけに過ぎない。

 

 それに知っていたとしても、それと相対した数はそこまで多くもない。その数が一段と増えたのは、上条と共に禁書目録と相対した後。今思えばアレこそが契機だった。時の鐘がより深く本格的に魔術絡みの仕事も請け負い始めたのはあの日からだ。

 

 なんにせよ、一度新たな世界への一歩を踏み出してしまったら、此方が新たな物事に気付くように、彼方も踏み入って来た此方に気付く。ドイツの哲学者であるフリードリヒ=ニーチェが言った、『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』というやつだ。これはミイラ取りがミイラになるなという注意であるが、観測者とは観測しているだけでなくされているという事を覚えておけという戒めでもある。この世はプラスマイナスゼロ。なんとも時の鐘らしくニーチェの本は気に入っている。

 

「まああれだ、目的は大事だがその為になんでもしていい訳でもないってね。本当に何でもするならそれは自分の法則すら無視しているのと同じ事。どんな時でも自分ではいたいものだろう? それさえ捨てなきゃ相手が魔術師だろうが能力者だろうが同じだ同じ」

「オマエの割り切りよォには感心するがな、外の世界で有名なのも考えもンだ。こォいった相手が手合いの時はどォしても動きが制限されンだろ。オマエの顔グレムリンに割れてるみてェじゃねェか」

 

 呆れる一方通行(アクセラレータ)の言葉に肩を竦める。吐き出した紫煙があっという間に風に攫われる様を見つめて眉尻を下げた。

 

「そうなんだよ、なんでだろうね? 能力者が基本能力者しか気にしないように魔術師も魔術師しか気にしない事多いんだけど、アレかな? スイスのクーデターの時に土御門が最後映像を際限なく垂れ流したんだけど他の国にも幾らか流れたらしいし見られたかな」

 

 放送範囲に細かな調整ができる状況ではなかったとはいえ、ナルシス=ギーガーとの一戦は諸各国の一部にも拾われたらしい。瑞西(スイス)の五代目『将軍(ジェネラル)』の宣伝にもなった訳だが、必要のない者も一人混じっちゃっている。時の鐘の宣伝になったとボスは喜びそうなものだが今は俺以外、組織は休止中だし、しかも困った事に知られている時の鐘に極東人は俺一人。範囲を少しばかり広げれば、スゥやドライヴィーもいるのだが、どちらにせよ数が少な過ぎて調べられれば一発で分かる。時の鐘学園都市支部は活動したばっかで無名もいいとこだ。

 

「スイスで何してたか知らねェが、グレムリンにオマエのファンでもいンじゃねェのか?」

「俺のファンとか、そう名乗った奴にロクな奴がいた試しがないぞ。魔術結社の『グレムリン』にバトルマニアでも居るって?」

「気が合いそォじゃねェかオマエと」

「そんな冗談言うなよ、言っておくが俺は別にバトルマニアじゃあない」

 

 薄く笑いを零す一方通行(アクセラレータ)に肩を竦めて返し、レイヴィニアさんが配置に付いたと胸ポケットの携帯が点滅して教えてくれる。ため息を吐くように大きく息を零して寝返りを打ち、置いていたゲルニカへと手を添えた。

 

「こういう仕事の時に一方通行(アクセラレータ)さんが一緒だと心労が少なくて済むのはいいんだが、一般人を狙うようなのは気が進まないな。後でコーヒーでも奢ってくれ」

「何で俺がオマエに奢ってやらなきゃなンねェンだ、オマエが奢れ、タカってンじゃねェぞ傭兵」

「はいはい、じゃあコーヒーブレイクの前に仕事を終わらせるとしましょうか。運のない一般人に俺の分も祈っておいてくれ」

 

 口に咥えていた煙草を屋上の床に置き、狙撃銃のスコープを覗く。狭い世界の中にいるのはスーツの男。名前は知らない。仕事も家族構成さえ分からない。魔術を知っているかも分からない一般人に銃口を向けるのは気が咎めるが、殺す訳でもなく、最悪を打破する為であるのなら仕方がない。

 

「……当たるか賭けるか? 負けた方がコーヒーを奢る」

「賭けにならねェだろォがアホか」

 

 一方通行(アクセラレータ)が鼻を鳴らす音を聞きながら、息を吸って息を吐く。横断歩道を使う事もなく車道を渡る男を見送って、その手前、走っている車のタイヤ目掛けて引き金を引く。消音器(サイレンサー)の役割も果たす軍楽器(リコーダー)から吐き出された弾丸は車のタイヤを食い破り、危なげなく男の横を通り過ぎるはずだった車が車道を渡り切った男目掛けて歩道に突っ込む。

 

 衝突音と悲鳴が遠くから聴こえてくる中で、不機嫌に煙草を咥え直して息を吐いた。上手い具合にレイヴィニアさんが男を引っ張ってくれていればいいのだが、少しタイミングしくじったとか言ってぐしゃぐしゃの男を引き摺って来られたら堪らない。あのレイヴィニアさんのこと、そんな事もないと思うが。

 

「やっぱりハワイって言ったらコナコーヒー? それともカウコーヒー?」

「二つとも買えばいいだろ」

 

 なぜ出費を増やす提案をするんだ。そんなコーヒーばっかり飲みたくねえぞ。好きだなコーヒー。お土産にコーヒー豆とか超買いそう。ただそんなもの買って帰ったら打ち止め(ラストオーダー)さんがコーヒーを飲む前から苦い顔しそうだけど。

 

「……打ち止め(ラストオーダー)さんへのハワイ土産はコーヒー以外がいいと思うぞ」

「要らねェ気を回してンな、無駄にマメだなオマエ」

「仕事先でお土産買って帰らないとロイ姐さんやスゥに怒られるんだもん。後で見て回ろうぜ、第三者の意見が欲しい。俺だけだと黒子へのお土産どうしていいやら」

「……俺を巻き込ンでンじゃねェ、第三位にでも聞け」

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉に目から鱗が落ちる。その手があったか! よっぽど馬鹿みたいなお土産じゃなければ、御坂さんと選んだとでも言えば何であろうと許される気もしないでもない!

 

 ……が、よく考えれば御坂さんもハワイに来てるんだから御坂さんは御坂さんでお土産買うだろうし、その手を使ったら俺の黒子へのお土産選びの適当さが露呈するだけだ。しかも御坂さんと行動したとか言ったらまず怒られる未来しかない。危うく引っかかるところだった! 一方通行(アクセラレータ)め! 

 

「この野郎! 危うく地雷を踏み掛けたぞ! 打ち止め(ラストオーダー)さんのお土産選び手伝ってやんね!」

「誰もンな事頼ンじゃいねェ! 何言ってンだオマエは! オマエも旅行客気分じゃねェか!」

「軍服着て狙撃銃背負った旅行客が居て堪るか! 楽しい事でも考えてないとやってられないんだよ! それよりもライトちゃんから打ち止め(ラストオーダー)さんと一緒に風呂に入ったと聞いたぞ、どんな手を使ったんだ? 吐け」

「ッ⁉︎ その携帯こっちに寄越せ法水ッ! 砕いて海に捨ててやるッ!」

「わぁ馬鹿止めろ! 暴力反対! 首の電極から手を放せ馬鹿!」

「傭兵が暴力反対してンじゃねェ! このクソ覗き魔が!」

「いや打ち止め(ラストオーダー)さんが嬉々として言いふらしてたって」

「あのガキッ!」

 

 ミサカネットワークで普段どんな会話がなされているかなど知った事じゃないが、少なくとも俺と一方通行(アクセラレータ)のプライベートな情報はお察しレベルらしい。ライトちゃんがそんな事をしているとは思いたくないが、電波塔(タワー)以外への情報をシャットアウトしているなんて聞いた事ないし、頭を抱える一方通行(アクセラレータ)を見ていると悲しくなってくる。学園都市最強も日常生活の中では最強ではないと。苦い顔で一方通行(アクセラレータ)と顔を突き合わせていると、ライトちゃんがレイヴィニアさんから来た着信を繋ぎ、疲れたようなレイヴィニアさんの声が垂れ流される。

 

『喧しいぞ男子高校生ども、そういう会話は学び舎でしていろ。二人目は回収した。後もう一人くらいサンプルが欲しい。次だ。さっさと働け紅白コンビ』

 

 レイヴィニアさんは言うだけ言って通話を切る。人間を操るタイプの魔術師の術式を解析、逆算する為の見本が欲しいのは分かるのだが、まだ哀れな一般人を巻き込まねばならないのか。黒幕を暴くまではその一般人も気付いていないとしても安心できないだろうが、どこかで失った分の運が戻る事を祈ってやろう。一方通行(アクセラレータ)と顔を見合わせて肩を竦め、屋上から身を移す。

 

「……二人目は俺がやったから次は一方通行(アクセラレータ)さんな」

「……別に構わねェがな、あのチビ俺達の事を小間使いか何かと勘違いしてンじゃねェのか?」

「……そう言えばレイヴィニアさんは辛い物が苦手らしいぞ」

 

 一方通行(アクセラレータ)と頷き合い、コーヒーを三つばかり買って次の場所へと向かう。そのうちの一つにはタバスコをぶち込み、合流と同時にレイヴィニアさんに手渡した。俺と一方通行(アクセラレータ)からのささやかな反抗だ。

 

 

 

 

 

「これで三人目」

 

 可哀想な新たな被害者をマンホールから下水道に引っ張って一方通行(アクセラレータ)が降りてくる。車の脱線事故の次は電光掲示板の落下。今日のハワイは凄まじく事故の多い日だ。微妙な顔で俺と一方通行(アクセラレータ)を睨み舌を出しているレイヴィニアさんに「どうしたの?」と聞けば脛を蹴られた。タバスココーヒー作戦が大成功した結果、レイヴィニアさんの機嫌が少し悪くなった。不機嫌を分かち合えたようでなによりだ。

 

「……かじゅは、んッ! 数は揃った。仕事に免じてお前達のお茶目は許してやらないでもない」

「別に許してくれなくてもいいがな、本当に操っている野郎にはバレねェのか?」

「多分な」

 

 何とも心許ないレイヴィニアさんの返答に肩が落ちる。折角こっそりバレないように動いているのに、これで動きが全てバレていたらただの間抜けだ。下水道の小汚い空間と腐ったような匂いに鼻を鳴らし、一方通行(アクセラレータ)から受け取った三人目を他の二人の被害者の横に転がす。潔癖症の者がここに居なくて幸いだ。下水道の中でも喚く者はいない。レイヴィニアさんも一方通行(アクセラレータ)も風貌に似合わず慣れている。

 

「こいつらを操っている魔術師は、おそらく被害者の五感を使って情報を集めている。だから下手に襲撃すればその事がバレる訳だが……逆に言えば、自然な形で意識を失えば、ヤツは危機を抱かない」

「とは言え急に人身事故が増えれば気にはされるだろう? 被害者の姿が消えているとしても、大規模な事故が増えれば怪しまれるってもんだ」

「分かっている。だから手早く済ませるとしよう」

「大丈夫なのか? 対象が意識を失っても目玉を動かし続けている可能性は」

「一人二人と襲って特に怪しい動きがないあたり大丈夫なんじゃないか? 手駒が狩られていたら嫌でも気にはするだろうさ」

 

 一方通行(アクセラレータ)の疑問にそう言えば一方通行(アクセラレータ)は鼻を鳴らし、レイヴィニアさんは肩を竦めた。別に一般人の一人や二人減ったぐらいでは痛くも痒くもないと敢えて見逃されているのなら別であるが、『明け色の陽射し』のボスであるレイヴィニアさんの実力の底を知らなくても、邪魔になるだけの存在だと相手も既に分かっているはず。むざむざ見逃す理由があるとも思えない。それとも分かっていても見逃すだけの余裕を相手が持っているのか。それも今から探ろうという訳だ。

 

「とにかく、これで術式の解析さえできれば、哀れな被害者を操っているヤツの居場所を辿る事も、一般人に混じって私達を襲おうとしている手駒を割り出し、一〇〇%完璧な防備を敷く事もできる。率直に言えばチェックメイトだな」

「……って事は、今までは一〇〇%じゃなかったのか? 自信満々にただの一般人を襲ってた可能性もあったと?」

「そうだったら最悪だな。狙撃銃を捨てたくなってくる。理由もないマンハントをする為に傭兵やってる訳じゃないぞ俺は」

「今のままでも十中八九は正解だ。それを一〇〇%に上げようと言っているだけさ」

 

 小さく目を釣り上げる俺と一方通行(アクセラレータ)に、私の見立てをあまり舐めてくれるなと言外にレイヴィニアさんは言う。レイヴィニアさんにだって問答無用でただの一般人の生命を脅かす気はないだろう。下水道内、作業員の移動用通路に転がされている三人の被害者へと目を移し、さて、とレイヴィニアさんは独り言ちた。

 

「それじゃ、材料も揃った所だし、具体的な解析に入るか。魔術について学ぶ気があるなら見学でもしていくと良い」

 

 もちろん、と一方通行(アクセラレータ)と二人頷いた。

 

 

 

 

 

 

 オアフ島にあるショッピングモール、コーラルストリート、ウォールアートが点在する中からモールのエントランスへと足を向け、レイヴィニアさんは手に持った厚手の紙、パピルスをこれ見よがしに振る。

 

「なぁに。相手の術式を割り出すためのデータはすでに採取した。あとは時間がヤツの弱点を露呈する。自動作業完了までおよそ一時間。こうしている今も少しずつ情報は開陳(かいちん)されている。例えば、被害者とヤツを繫ぐラインは何か。ヤツはどこから被害者達を操っているか、とかな」

 

 あぶらとり紙というか、写真の現像というか、マーブリングに近い。水よりも比重の軽い絵の具を水面に垂らして浮かべ、水面にできた模様を紙などに写しとる絵画技法。人間を操る術式、滲む魔力などを吸い取ってどんなものであるのか形にするという訳だ。

 

 レイヴィニアさんの横を歩く一方通行(アクセラレータ)の現代的な杖が床を小突く音を聞きながら、ゲルニカを入れる為に買った何の変哲もないバッグを背負い直す。手荷物検査でもされたら流石にアウトだ。俺の心配をよそに両側を歩く一方通行(アクセラレータ)と俺に目を向ける事もなくレイヴィニアさんは歩き言葉を続ける。手に持つ紙を振るいながら。

 

「具体的に言えば、ロシア成教崩れだな」

「ロシアだと?」

「ヤツらは妖精の名を冠した術式を振るう。こいつの場合はレーシーかね。森の支配者、そこに住む全ての動物達の王。サンドリヨンが制御を預けた時、赤の何とか、黒の何とかって言っていただろう? さて、妖精と言えばロシア成教以外にもそんな伝承をよく使う魔術師集団がスイスに居たな? さて傭兵、レーシーとは?」

 

 術式が分かるまでの時間潰しでもしたいのか、レイヴィニアさんはニヤリとした笑みを俺に向けてくる。学校の先生の真似事か? 「はい! 法水ちゃん!」と教卓から俺を指差す小萌先生の姿を幻視し、ほとんど答えはレイヴィニアさんが言ったような気がするのだが、それを補足する形で口を開く。

 

「……確か、足まで届く長く真っ白な髪と髭で体を隠した妖精だったか? 世界各地の森に住んでるとか言って、出どころはスラヴ神話じゃなかったっけ? 不思議なんだが、妖精って女か髭生やしたおっさんみたいなのが多いのなんでだろうね」

 

 知るか、と一方通行(アクセラレータ)にはそっぽを向かれ、レイヴィニアさんには満足そうに頷かれる。答えをお気に召していただけたようでなによりだが、マジで妖精=可愛いなんていうのは幻想だ。髭を生やした老人とかの記述がわんさか出て来る。古い時代に長生きは珍しかったのと、長生き=知識が豊富というところから来ているのだとしても、夢がなさ過ぎやしないだろうか。そう思うのも現代人だからなのか。俺の疑問は今必要ないからか完全にスルーされた。

 

「それに、レーシーってのは森の動物を賭けてギャンブルをするのが好きなんだ。当然、負けた方は勝った方に動物の支配権を奪われる。サンドリヨンが言っていたのはそれを成立させる為だ。今回の場合、レーシーは周囲の環境を『森』とみなし、そこに住む人間を『動物』とみなして操作しているんだろう。その条件までは摑めないが、それも()()という話だ。すぐに解析術式が条件を浮き彫りにするさ。それでおしまいだ」

「つまりそいつと何かの賭け事して負けたら体の支配権を奪われるって事か?」

「それも今に分かる」

 

 歯痒い事だが、時間を掛ければ答えが出るのであればそれに越した事はないか。相手がギャンブル狂いなのか知らないが、手掛かりを手にできたのは大きい。「()()終わってもいねェのに、随分と余裕じゃねェか」と一方通行(アクセラレータ)が皮肉を言い、相変わらずそれをあしらうようにレイヴィニアさんは手を振った。

 

「今のままでも十中八九、操られている被害者の割り出しぐらいはできるんだ。奇襲があったとして、それが成功する確率はほぼゼロさ」

 

 自信満々に微笑を浮かべるレイヴィニアさんに肩を竦め、一歩足を出し僅かに足を止める。

 

 聞き慣れた金属音が耳を撫ぜる。

 

 聞き慣れた過ぎた音が。

 

 音の出どころは────()()ッ! 

 

 一方通行(アクセラレータ)を軽く蹴り飛ばし、レイヴィニアさんの首根っこを引っ掴み、俺も頭を抱えるようにレイヴィニアさんを包むように体を丸める。

 

 

 ────パンッ! パパンッ‼︎

 

 

 乾いた聞き慣れ過ぎた音がショッピングモールの中を跳ね回り、衝撃が背中に突き刺さる。時の鐘の軍服を着ていて助かった。レイヴィニアさんに他の服を燃やされて結果的に助かるとは、腕の中で見上げてくるレイヴィニアさんに防弾耐性のある軍服だから大丈夫だとウィンクを送り、リロードの為か一度止んだ銃声に合わせて立ち上がり振り返る。

 

 怒号と悲鳴が搔き混ざり、観光客達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく中で立っている黒人の男が一人。鍛えられた屈強な肢体、ある程度正確な銃撃から軍関係者であると当たりを付けて一歩を踏む。立ち上がり首の電極へと手を伸ばす一方通行(アクセラレータ)に向けて俺の領分だと手で制し、軍服を靡かせ服にめり込んでいた銃弾を払い落としながら黒人の男に向き直る。

 

「待て、軍関係者なら何に銃を向けているか分かっているだろう? 次にその引き金を引くようならその必死を返してやるぞ。誰の命令か知った事じゃないが……」

 

 拳銃を握り大きく体を震わせた黒人の男。その屈強な体とは裏腹に、目からは涙を流し、噛み合わぬ歯を食い縛るように佇んでいる。サンドリヨンが操られていた時のように他人の気配を感じず、男の目から床に落ちる感情の結晶を睨み付け、強く大きく舌を打った。

 

「……動くな。そのままでいい。銃を構えたままでいいから動くなよ。今は俺も動かないでおいてやる。銃口は俺に向けたままにしろ。人質を取られたな。イタリアンマフィアが似たような手を使ってきた事がある」

「っ⁉︎」

 

 目を見開き一歩足を下げる男の目を見つめ、震える手がブレるのを目に、銃口は俺からズラすなと自分の胸を小突く。わざわざ手間を掛けて刺客を仕立て上げるとは、相手は魔術師の癖に随分と此方の領分に近い事をしてくれる。胸糞悪さが突き抜けてしまいそうな中で、レイヴィニアさんが俺の横へと並んで鼻を鳴らすと、胸元から一枚のタロットカードを取り出しひらめかせた。大アルカナの十二番、『吊られた男(ハングドマン)』のタロットカード。

 

「クロウリーのタロットに当てはめれば、一つの時代としての『神の子』の死の象徴が対応する。本来は処刑の話とは違う象徴だが、意図的に曲解させれば特に『体に突き刺す』事には滅法相性が良くなる。……私だって銃大国へ足を踏み入れる時は防弾装備ぐらいしておきたいと思うさ。ただ、分厚い防弾ベストで汗だくになるのは勘弁願いたいがな。わざわざ守ってくれずともよかったんだ、私はただのか弱い乙女ではないぞ」

「知ってるさ。ただ銃のことなら俺が一番知ってるからな。一般人に向けるのも、向けられるのも嫌いだ。特に撃つ気もないのに撃たせられた銃弾が知り合いに当たるのは見たくないな」

 

 当たらなくてよかったと、差し向けられた刺客から目を離すこともなくレイヴィニアさんに言葉を投げる。一方通行(アクセラレータ)が電極のスイッチを切り替えて後方に控えてくれるのを感じながら、男の目が他に移らぬように一歩前に出る。それを咎めることなくレイヴィニアさんは腕を組み、俺の背に言葉を投げた。

 

「最初に動いたのはお前だ審判(トランペッター)。幕引きは譲ってやるから好きにしろ。言っておくが、そいつを小突いても黒幕へのヒントにはならないぞ。術式を逆算するための情報はすでに入手しているし、その男はそもそも魔術師に操られてすらいない」

 

 レイヴィニアさんの助言に感謝して手を振り、また一歩男に向けて足を踏み出す。気圧されるように足を下げる男の手は震えたまま拳銃の引き金から指が離される事もなく、一度は引き金を引いたものの上手くはいかなかった為に再び迷いが生まれたらしい。危害は加えないと言うように両手を上げて男に向かい足を出す。銃声を聞きつけ、いつ警察が来るのかも分からない。来られれば今の均衡は崩れる。(なだ)めるにしろ意識を奪うにしろ手早く済ませなければならないだろう。

 

「その一線は超えるべきじゃない。超えてはならない。人質を思えばこそな。……誰が奪われた? 恋人か? 親友? 妻か? 息子? 娘?」

 

 最後の言葉に男は小さく肩を跳ねる。人質に取られたのは娘か。細く息を吐き出して男に向けて微笑む。

 

「良い父親だなあんた。俺を撃った事は気にするな、慣れてるし、忘れていい。娘のヒーローのままでいてやってくれ。銃を撃つのは俺がやる。喋らなくて結構だ。ただ俺が銃口を向けるべき先を教えてくれ。 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は外さない。俺に預けてくれるか?」

 

 男に近寄り拳銃の上に手を乗せる。男に向けて笑いかければ、ゆっくりと男の瞳が揺れ動き背後を差した。通路の奥へ目を向けるが人影はなく、目に見える場所にはいなくとも、その視線の先に居るという事。男に「恩にきるよ(You’re the best)」と礼を言い、拳銃を握って男の手から抜き取る。それをズボンの腰の間へと突っ込みながら、膝を落とす男の肩に手を置き、懐から取り出した煙草を咥えた。

 

「弾丸は込められた。人質を救出し首謀者の顔を証明写真と区別がつかない程歪めてやる。どうやら相手は俺が心の底から嫌うタイプの相手だ。止めるなよ」

「そこに黒幕がいるなら止める理由もない。ただこれは『私が相手の術式を解析している事を知っていて対策を練っている』アクションだった。だが、グレムリンはその根拠はどこで得た? 私のやり方は完璧だったし、お前達の回収作業にも不手際はなかった。にも拘らず……楽しくない状況だ。だが調べてみれば楽しいものが出てくるかもしれない」

 

 考えるように言葉を紡ぐレイヴィニアさんに頷き、「それじゃあ行ってくる」と手を上げる。黒幕の居場所が分ったなら、さっさと倒せば上条の護衛も捗る。父親(ヒーロー)が預けてくれたものを黒幕へと吐き出すために教えられた通路の先に足を出すと、レイヴィニアさんに杖で小突かれた。

 

「待て待て! 放たれた銃弾かお前は! 少しぐらい考える時間を作れ! 向けられた襲撃者が一人な訳もないだろう、他の者とも連絡を取るから少し待て!」

 

 携帯を取り出し上条に電話を掛けるレイヴィニアさんから目を離せば、黒人の男は床に膝をついたまま俺を未だ見上げてくる。首を傾げれば、男の目は煙草に向いているらしく、吸いたいのかと差し出せばそうではないらしい。煙草臭いと娘に嫌われたくはないという事でもないようで……男に向けて煙草を指差して見せると頷かれる。一方通行(アクセラレータ)と目配せして小さく頷いた。

 

「ちょっと煙草吸いに一方通行(アクセラレータ)さんと喫煙所に行ってくる」

「だから待てと言っているだろうが! だが場所は分かったようだな」

「俺達の居場所も完全にバレたらしィがなァ」

 

 逃げた観光客達とは逆に、此方に走って来る幾つかの足音が聞こえてくる。使い捨てバッグから狙撃銃を取り出し軍楽器(リコーダー)を連結させて、杖を手放した一方通行(アクセラレータ)と並び一歩を踏んだ。残念ながら俺は大衆を扇動できるような弁舌家ではない。ゴム弾を狙撃銃に装填し、咥えた煙草に火を点ける。

 

一方通行(アクセラレータ)さん殺すなよ、預けられた鉛玉をぶち込むのは黒幕にだ。流石にあれだけの数を説得できるような演説家や詭弁家じゃなくてね」

「舐めンな法水、回り道なンざする必要はねェ、こっから先は一方通行だ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。