心強くて涙が出てくる。別に本当に出てはいないが。
前線へと出る
学園都市第一位、その看板に偽りはない。近場を
「話は済んだか?」
「まあな。どうも相手は魔術ではなくカメラで此方の居場所を割り出しているらしい」
レイヴィニアさんの言葉にショッピングモールの防犯カメラを見上げて舌を打つ。ライトちゃんのおかげである程度は防犯カメラの映像も
「どうする? これだけ目立って突き進めば襲撃者はこっちを目指してくれるだろうし、一般人が相手なら
「一般人が相手ならお前達の負ける可能性は皆無に近いだろう? 私は相手の退路を断つ。任せたぞ」
足の向く先を変えるレイヴィニアさんと別れ、再び
「ぶっ⁉︎ マジか! ハワイにいる一般人は勇猛果敢すぎるぞ⁉︎」
喫煙所の中、機関拳銃を握り、不釣り合いなバッグを背負わされた少年少女の姿に目を細めて
「法水!」
「分かってる」
俺達が間近に来た事で爆弾を起爆させようと手を動かした人質の動きも間に合わず、遠くで吹き飛ぶ爆弾とは別、起爆させられなかったバッグ目掛けて弾丸を撃ち込み弾き飛ばす。下手に残して使われる事を考えるぐらいなら、最初からこの世からなくなってくれた方がマシだ。
遠くで弾けた爆発の衝撃と爆風を掻き分けるように進み目を細める。黒幕が必ずどこかにいるはずだ。喫煙所から転がり出て来る影が未だないという事はまだ中にいるはず。ごった返す喫煙所の中に潜んでいるであろう黒幕を探し目を細めるが、別の方向から上条と浜面が走り込んでいる中、横合いから喫煙所へと爆発物が投げ込まれる。誰だいったいッ⁉︎
「
「受け取れッ!」
弾ける爆弾の衝撃を抑えるために
煤や汚れ以外に子供達に傷がない事を確認して小さく息を零し、黒煙の立ち上る喫煙所から響いて来る幾つもの金属音に肩を落とす。これではまるっきり戦争と変わらない。
煙の奥に何が潜んでいるのか覗こうと首を伸ばす上条の襟の後ろを
「上条、ここは俺と
「でも……ッ!」
「オマエのチカラがあれば、そいつらを解放する事もできンだろ、ここは俺達向きの戦場だ。だからオマエはさっさと行け」
上条へ目を向ける事もなく零された
「最高の盾が一緒にいてくれれば安心だな。あの子供達も、それに俺も」
「言ってろ、適材適所だ。行くぞ」
前へと出る
黒煙を手で払う事もなく奥から出て来るのは五人一組の武装集団。全身を包む表面のテカった銀色の特殊な軍服を身に纏い、全員がブルパップ方式*1の独特な形状をしたアサルトライフルを握っている。それに加えて無反動砲を肩に提げているは、腰に情報収集機器を提げているは、なんともハイテクで豪華な装備だ。武装集団がどこを見ているのかも分からないが、俺と
国章を付けてる訳でもなく、部隊章が付いている訳でもないか。ということは時の鐘の軍服やゲルニカのように、あの軍服こそが部隊の証のようなものという訳か?
最新式の装備に身を包んだ武装集団を眺めて肩を落とす。なるほどなるほど。国の特殊部隊といった具合でもなさそうだし、一人一人の動きが揃っている訳でもない。顔は隠せても動きまでは隠せない。不揃いな銃撃音でそれは察したが、戦力の質を数と装備で補うそんなのが居たな。
「……お前達同業者だな? なんて言ったっけ? 悪い悪い名前を忘れてな。ほら、退役したのに暴力を持て余して戦場に帰って来るような傭兵崩れはちょっと……それも戦時中でもないショッピングモールを蜂の巣にするような奴らとなると……お前達も操られているのかな? そうでないなら回れ右して帰ってくれ。同じ傭兵、遠慮はいらないだろう?」
「知ってんのか法水?」
それなりには。
何がしたいんだマジで……。
俺達の事を知って来ているのなら
残った四人に向かって地を蹴り弾き突進する
「こいつらはなンだ法水」
「傭兵にも気に入る奴とそうでないのがいる。ウィリアムさんみたいな傭兵とは気が合うんだがな、これはあれだ。数と装備で戦力を整える民間軍事会社、一人一人の動きの癖は軍仕込みなんだがバラバラ過ぎるし、やり方も第三次世界大戦を経験しても変える気がないらしい。金払いによって仕事を決め、一般人相手でも御構い無しと。確かトライデントとかいう名前の……
話の最中で
「おい大丈夫か? 何かくらったのか?」
「……何もくらっちゃいねェはずだ。こりゃァ内側からのダメージだな」
内側からのダメージ。ほとんどの外的要因を無効化する
「……魔術か」
その一言に眉を顰める。
「おい待て、トライデントなら知ってるがな、あれは数と装備で戦力を整え完全に金で動く仕事も選ばないような奴らだぞ。個の質はバラバラ、どちらかと言えば魔術師も嫌うようなタイプだと思うが」
「だが間違いねェ、一度魔術っぽいものを使った事があるからなァ、この副作用には覚えがある。一定の手順を踏ませて俺に無意識に簡単な魔術を使わせやがったのか」
そんな高度な技術を使うような奴らだったか? 少なくともそんな記憶はない。
だが小さく頭を振って乱れた意識を叩き直すような動きをする
そうだとするなら、俺の知るトライデントにも変化があったと見るべきか。学園都市の外部にいながら、能力者に無意識に魔術を行使させるような技術を伝えた何者かがいると。伝えるにしてもただの魔術師にそんな事ができるか? 科学への造詣が深くなければ無理だろう。科学を毛嫌いする魔術師の中でそんな奴がいるとするなら……丁度防犯カメラなどを使って追って来たらしい魔術師が居た。
「……雇い主はグレムリンだと思うか
「それを守りに来たってンなら、少なくともそォだろォな」
烏合の衆が新しい玩具を手にして喜んでいるという具合なのか。数を押し売るトライデントがたったの五人で来たというのもおかしい気がする。血で汚した口元を拭う
「おいおいおい! 随分とまあ珍しい奴が居るじゃねえか! 休止中じゃなかったのか? 瑞西の悪童が居るなんてハワイに爆弾でも降ってくるんじゃないだろうな! ベイビー助けるために来たってのに、見せ場を取りやがって、なぁボーイ?」
「……誰だ?」
「こっちの台詞だぜジャパニーズ。どいつもこいつも、朝のニュースぐらい観てほしいんだがよ。なぁボーイ?」
ボーイボーイ連呼するんじゃない。確かに歳はそうかもしれないが……。
日に焼けた逞しい体躯。その獣性を高そうなスーツで包み隠した彫りの深い顔立ちをした中年の男。荒い口調とは裏腹に、どこか芯の通った口調で言葉を紡ぎ、拳銃片手にバシバシ俺の肩を叩いてくる男の顔から大きく顔を背けて頭を抱える。
……なぜ居る。
今一度男の顔を見れば、白い歯を輝かせたいい笑顔を返された。メディア用っぽい顔を俺に向けるんじゃない。英国の女王エリザードさんといい、国のトップは何というか自由過ぎるんじゃないだろうか。それを器が大きいと言いもするが、エリザードさんとは別の意味で、男の相手をするのは大変だ。悪い人ではないのだが……。
「……朝は飛行機の中でニュース見てる暇がなかったんですよ。ハワイ着いてからすぐにゴタゴタで新聞一つ買えませんでしたしね。お変わりないようですね大統領。何故ハワイに?」
「そうなんだよ! 大統領様なんだよ! ようやっと分かってくれる奴に会えたぜくそォッ‼︎」
「おっさんが抱き付いてくんじゃねえぇッ⁉︎」
抱き着いてくるおっさんの腕を掴み背負い投げで放り捨てる。現アメリカ合衆国大統領ロベルト=カッツェ。何故ハワイにいるのかさっぱりであるが、その濃い顔を見間違えるはずもない。白い目で見てくる
「取り敢えず敵の居ぬ間にトンズラするとしようじゃねえか!」
国のトップはトンズラ好きだな……。
レイヴィニアさんや上条ともはぐれ、いつ何処で敵がやって来るかも分からないからと、大統領に引き連れられて向かった先には一台の電動カート。国の舵をとる操舵手が乗るべき船としては全く相応しくないだろうこじんまりとしたカートの運転席に揚々と大統領は腰を下ろすと手招きしてくる。肩を竦めた
一見すれば電動カートのおかげで大統領のバカンスに巻き込まれたように見えなくもないが、残念な事に大統領も休暇でやって来ている訳ではないらしい。
「ここが観光地で助かったぜ。電動カートは普通の自動車に比べりゃ仕組みも簡単だしな。四ケタの数字を入力させようとしていやがったが、カバー開けて基板に残ってた端子にコードを一本繫げてバイパスを作るだけで通電しちまう」
「……そんな事してるとまた怒られますよ」
学園都市の
気位の高い者よりも相手しやすくはあるのだが、エリザード女王もロベルト大統領もワンパク少女少年時代の心を忘れなさ過ぎて手に負えない。『歴史上最も高い地位についたスラム街の詐欺師』とさえ呼ばれる大統領の豪胆さに呆れながらも、その大きな背に向けて声を掛けた。
「それで大統領は何故こちらに? 拳銃片手に散歩なんて訳でもないでしょう?」
「それはこっちの台詞だぜ時の鐘。活動休止中の戦争屋がハワイにいるなんて普通じゃねえだろ。ここは俺の国だ。人ん家の庭で勝手にバーベキューしているって自覚はあんのかね」
「悪いとは思いますがね、必要ないなら俺はここにはいませんよ。大統領が居てくれて俺も少し助かりました。こんな中で一緒にいる分なら『護衛』とでも言っておけば一々銃をしまう必要もないですからね」
「『護衛』ね、拾った宝くじが一等だったような頼もしさだが、後で守ってやったんだからとか言って料金ふんだくるなよ」
「一時的な協力というやつですよ。一晩共にした女性がマフィアの令嬢だったマジやべえ、みたいな仕事また放って来たらぶっ飛ばしますよ」
当然そんな仕事受けるわけもなくクリスさんが丁重にお断り申し上げたが、そんな仕事を投げようと思うぐらいには、大統領も時の鐘を信頼してくれているらしい。粗野な見た目でありはするが、時の鐘を抑止力として正しく使う人物でもある。『ミスタースキャンダル』の異名まで取る程に失言の多い大統領であるが、その根底にあるのは悪いものではない。
「現在、ホワイトハウスや議会にはオカルトが蔓延ってる。軍、警察、情報機関にも触手は広がりつつある。ジャパニーズとボーイも見てきたような現象が、公的機関全体を貪っているって訳さ。場合によっては他国への武力介入すら決定できるほどの権限を持った連中まで巻き込んでな。オカルト使ってるクソ野郎は、生きている人間を片っ端から操って自分の戦力に組み込みやがる」
「……具体的な規模は?」
「知るかよ。数百人かもしれねえし、数千人かもしれねえ。その段階の把握がすでにできちゃいねえんだ。この国がまともじゃねえのは分かんだろ。都合の良い検査薬がある訳じゃねえから見分けは難しいし、昨日までの安全圏が今日も安全だとは限らねえ」
「グレムリンか?」
「何だそりゃ?」
魔術大国の英国女王とは違い、ロベルト大統領はオカルトに明るい人ではない。それでも国のトップとして頼もしい時は頼もしいが、裏で誰が動いているのかも分からない段階とは困った。アメリカの件も魔術師の所為なら、フィアンマがローマ正教をせっつき、フランスを
第三次世界大戦は起こる前も終わった後も大層な炙り出しをしてくれる。漠然とした大きな不安のようなものが大蛇のようにのたうち回っている。それにせっつかれて英国も瑞西も燃えたというのに、
敵がグレムリンだけでも分からない事が多いのに、アメリカまで敵になりでもしたら最悪だ。単純な軍事力の差が馬鹿みたいに大きい。大統領に運良く出会えても、アメリカの助力に期待する事もできないようだ。
「グレムリンって組織が抱えているオカルト野郎が合衆国の主要人物を次々に操っていく事で、政府や軍の中枢を乗っ取ろうとしている訳か」
「かもな」
「……という風に思っていたんだがよ。それにしちゃ、あの展開は妙だった。覚えているか? オカルト使って人間を操ってやがったクソ野郎は、子供を盾にして民間人に標的を襲わせようとしてやがっただろ」
「にも拘らず、途中からプロの兵隊みてェな連中が割り込ンできやがったって話か?」
「最初からあんな連中が使えるなら、安定戦力を頼るに決まってんだろ。わざわざ使い物になるかも分かんねえ民間人を使う理由が思い当たらねえ……ボーイの意見は?」
口を開かず話を聞いていた俺に大統領は疑問を投げかけた。相手は俺と同じ傭兵で間違いないだろう。確かに元々戦力を保持しているのであれば、民間人を使うメリットはそこまでない。とはいえそれも此方が問答無用で民間人だろうと殺すような者の場合であるが。そうでなかったとしても、魔術師や能力者相手にはそこまで効果もないだろう事は事実。レイヴィニアさんも対策はしていたし、能力使用中の
「……撒き餌とかかな。民間人を操るクソ野郎なんて、ある程度の正義感がある奴なら見過ごさない。一箇所に標的を集めて確かな戦力で一網打尽にする気だったのかもな。例え全員が掛からなかろうと、優先する標的さえ掛かればいい訳だ。……標的はおそらく上条と」
そこまで言って顎で大統領を差す。
「アメリカを狙うなら最悪、大統領が倒れれば、一時的だろうが権限が操られている誰かしらに移るように既に下準備されているのかもしれない。オカルトを破る右手と大統領が倒れてくれれば願ったり叶ったりだ。事実敵の予想通り上条も大統領もあの場に来た。ただそうなると、上条だけでなく大統領の性格をよく知った相手が向こうにいる可能性がある。操るって言っても体だけで思考まで完全に奪う訳でもないだろう? 事実口封じされたサンドリヨンは呆気にとられてたしな。黒幕がそれだけ政界にまで情報通の傑物なのか、もしくは別の第三者がいるのかもね」
可能性の話だ。ただグレムリンだけでなくアメリカ全体が敵となっているのであれば、敵がどれだけ潜んでいるのか分かったものではない。敵の全体像が見えない以上、やれる事があるとしたら、上条、並びにロベルト大統領の身柄は絶対に相手の手に渡すべきではない。ロベルト大統領が倒れたと同時に、アメリカ側の最大の防波堤を失うに等しい。ロベルト大統領が此方側であるのなら、一緒に行動した方がよさそうだ。
「先手を打ってハワイに来たはずが蓋を開ければ既に後手も後手だ。グレムリンの全体像だの調べている余裕も消えたと見るべきだ。でだ、上条を狙うなら右手が邪魔だからで説明がつくんだが、大統領を選挙で引き摺り下ろすでもなく、さっさと始末しようと焦っている理由はなんだ? 大統領、何か知ってます?」
大統領に目を向ければ、言おうか言うまいか迷うように一度息を吐き出す。その姿が既に何かあると言っているようなものであり、
「……オアフ島で保管している『起爆剤』の情報へのアクセスが急増しててな。おそらくそれがグレムリンとかいう奴らが追ってるもんだ」
「起爆剤?」
大統領は頷き言葉を続ける。正式名称は小規模誘発式活火山制御装置。長いので略して起爆剤。活火山の活動を制御する為の装置。特別な爆薬の組み合わせによって地下のマグマに刺激を与え噴火をコントロールする。人為的に小規模な噴火を促し、大規模な噴火を抑止する為の装置だと大統領は説明し、
「噴火を抑止できンなら、逆もできて当然だな。グレムリンの奴ら、ハワイの活火山を吹き飛ばす気か」
「ハワイの活火山って……おいおいまさか」
そのまさかだろうと
キラウエア火山。
ハワイの言葉で『噴き出す』という意味を持つキラウエアの名が付けられた火山は、ハワイ諸島で最も大きな活火山だ。大きな火口に小規模の噴火口を多く持つキラウエア火山が大噴火すれば、どれだけの被害が出るか分かったものではない。ド級の自然災害だ。
「それだけで済めばいいがな、実情はもっとやべえ」
額から汗を一滴垂らし、大統領は口を開く。『起爆剤』による人為的な爆発が発生すれば、キラウエア火山から連動して、地下で繫がっているマウナ・ロア山、マウナ・ケア山、フアラライ山などもまとめて噴火させる事ができるらしい。それだけの威力を『起爆剤』は秘めていると。そうなれば、住民も観光客も全て灰の下だ。
「……最悪の一手を打ってきたな。日本の将棋で言えば詰めろか? アメリカの極秘兵器を使い理由もなく火山を噴火させたりしたらアメリカの信用は失墜するだろう。結果的に大統領に責任が向く。そうでなくてもそれを知った大統領がアメリカの現状、完璧に信頼できる者がおらず一人で止めにやってくるような性格だと読み切り狙い撃ちで亡き者にできれば一石二鳥ってな作戦か? グレムリンが第三次世界大戦に不満を持った連中の集まりだと言うなら、アメリカが打撃を受ければ経済が止まり、経済が止まれば、それによって動いている戦勝国である学園都市も大きなダメージを受けると」
「後手どころか詰み一歩手前じゃねェか。チッ! どォやらとンだ厄ネタを拾っちまったらしィな。そのおっさんが『起爆剤』の保管場所に辿り着けば止められるのかもしれねェが、こっちが追ってるとバレてンなら罠の可能性も高ェ、指咥えて見てりゃいつ吹っ飛ぶかも分からねェ。それであっちは最悪大統領を殺しゃ権限も手に入り、『起爆剤』の使用も止められねェボーナスステージまでありやがる」
「不味いな非常に。