時の鐘   作:生崎

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幼女サイボーグ ⑥

『警告、施設内に侵入者』

 

 ベルの音と甲高い少女のような機械音声が俺とドライヴィーの来訪を告げる。俺とドライヴィーが施設に入ってからおよそ十五分。

 

 遅すぎる。

 誰かが外の死体に気が付いて警報ボタンでも押したのかもしれないが、それにしたって十五分もかかるとは気を抜いていた証拠だ。おそらく先日の超能力者(レベル5)と鉄人を巻き込んだ騒ぎのおかげでしばらくは落ち着くなどとでも思ったんだろう。

 

 もし一度でも引き金を引いてしまったら、相手が死ぬか自分が死ぬまで絶対の安心は得られない。どれだけ相手が優しくたって、引き金を引かれたという事実が後ろ髪を引く。終わりを見るまで完全に気を抜くのなど愚策。だからこそ、施設の一室、俺とドライヴィーの目の前で高価そうな椅子に座っている黒い髪を真ん中で分けた男が今にも吐きそうな顔をしているのは筋違いというものだ。

 

「ま、待ってくれ」

 

 待ってくれじゃない。

 この世界に詳しい者なら俺達から報酬金を踏み倒そうとした時点でどうなるかなど分かっているだろう。隣のドライヴィーは感情の流れ落ちた能面のような顔を男に向け、俺も部屋の扉と窓の外に注意を向けながら男のどうだっていい言い訳を聞く。

 

「あ、相手は『超電磁砲(レールガン)』だ。あ、『アイテム』だけでは不安だと『幻想御手(レベルアッパー)』の件でここにいる事が分かった君たちの力を借りようと」

「……はあ、そんな事はどうでもいい。問題は報酬の払われ方だ。俺達に正式に依頼を出したにも関わらず、後付けでタダ働きさせようとしたな」

「そ、それは、だが『アイテム』も同じ条件で」

 

 男がそこまで言うと、背後に回り込んでいたドライヴィーが背後から男の肺を外から圧迫、息を吐き出させ切ったところで男の右手に向かって足を上げて振り下ろした。切り落とすなんて優しい事はしない。男の右手の骨は粉々に砕けて皮膚を貫き、白い断片が頭を出す。あまりの痛みから叫ぼうにも声が出ずに、男の不自然な呼吸音が部屋に広がる。

 

「俺達は学園都市の組織じゃあないんだよ。金を貰って戦力を貸す。それに『アイテム』とやらと違ってお前は独断で俺達に依頼をしてきたな。学園都市の外の組織ならいざとなればどうとでもなると思っていたのか? ふざけるなよ。こちとら『アイテム』とやらには殺されかけるし通り魔は現れるしで依頼の内容とは程遠い」

 

 俺の言葉が聞こえているのかいないのか。まあそんな事はどっちでもいい。ただ淡々と俺は事情を一応は説明してやる。自分のやった事を再確認してもらうためだ。机にへばりつくようにドライヴィーに押さえつけられている男は、浅い呼吸で俺を見上げ、焦点の定まっていない目を向けてくる。俺は優しいので屈んで目が合うように顔を近づけた。

 

「今から払う、と言いたそうだがそんなのは通らんぞ。たらればなんて人生にはあり得ない。お前は選択肢を間違えた。それも選んではいけない選択肢だ。俺たちの名が通っているのには当然理由がある。時の鐘を舐めたツケを払え」

 

 これで話は終わりだ。俺たちは力だ。依頼の相手が弱者だろうが強者だろうが金さえ払ってくれれば手に入る。だが馬鹿と(はさみ)は使いようというように、使い方を誤って貰っては困る。

 

 こいつは(はさみ)の刃を持って握り締めたのだ。当然怪我をする。

 

 得られる結果は怪我では済まないが、俺は視線を切ってドライヴィーに目配せして……いやちょっと待て、そういえばこいつ。

 

「そうだった。お前にチャンスをやろう、特別だ。この研究所は『妹達(シスターズ)』の作成に関わっているんだったな。そんなお前に一つ聞きたいことがある」

「な、なんだ……」

 

 ドライヴィーが少し拘束を緩めてくれたおかげで男の情けない声が復活する。ドライヴィーに右手を潰された痛みからか随分と素直になったようだ。それとも隣に死が居座っている感覚がそうさせるのか。

 

「ミサカバッテリー、知っているな」

 

 その単語を口にした瞬間男の顔がひどく歪んだ。ビンゴ。ようやっと通り魔の手掛かりを掴めそうだ。

 

「なるほど、やはりミサカバッテリーを作っているのもお前たちか」

「な、ち、違う」

「違う?」

 

 机の上に置かれた男の右手の人差し指を小枝のようにへし折る。今男の命を握っているのは俺達だと再三教えるために。

 嘘は許さない。

 下手な事を口走った瞬間が男の最後だ。叫ぼうと口を開けようとする男の頬を強引に掴み、痛みで背けた男の顔が俺を見るように持ち上げる。

 

「何が違う」

「う……ぐぉ……わ、私たちは作ってない」

「ならなぜミサカバッテリーなんてものが存在してるんだ?」

 

 薬指をへし折る。割り箸を折ったような音が響いた。

 

「ひッ! ぐぅッ! あ、た、確かに昔は『妹達(シスターズ)』の利用法を探るために作った事はある。だ、だが数年前の話だ。い、今は作っていない、本当だ!」

 

 涙と鼻水で化粧された顔で訴えてくる男に嘘はないのだろう。ただ汚いなあ。大の男がそんな顔を向けるものではない。ずっと見ていると呪われそうだ。

 

「じゃあなぜ今そんなものがあるんだ」

「し、知らない! 昔生産工場が第十七学区にあったが今は生産ラインも停止してるはず」

 

 第十七学区。確か学園都市の中でも自動化された施設の多い工業地帯。学園都市の中でも極端に人口が少ない地帯だ。なるほど、確かにそこならもしその生産ラインが再稼働していたとしても誰かに気づかれる可能性は低い。ミサカバッテリーを追うならば行ってみる価値はありそうだ。

 

「場所は?」

「ば、場所ならそこのパソコンに住所が入っている。な、なあ? 価値のある情報だっただろう?」

「ああ、価値はあった。チャンスを掴んだな」

 

 ホッと声を上げて喜ぼうとする男の顔は笑顔のまま停止した。少しして口から血が垂れ出し男の時間はもう永遠と動かない。ドライヴィーが後ろから男の背に力を込めて押し出すような仕草をした。それだけで人が死ぬ。骨が砕ける音と内臓が破裂する音。それが男を黄泉へ送る行進曲。男はチャンスを掴んだおかげでこれ以上苦しまずに逝けたのだ。ドライヴィーの暗殺術は相変わらず見事なものだ。俺には真似できそうにない。時の鐘の軍隊格闘技とは別。ドライヴィーが幼少の頃より戦場で学んだ独特の戦闘術。

 

「流石だドライヴィー、パソコンから住所を抜き取ってズラかるとしよう。今夜はもう動かない方がよさそうだな」

 

 こくんと頷きパソコンを弄るドライヴィーを見ながら、部屋の窓を開ける。外からはサイレンの音が聞こえてきた。こういう状況だと警備員(アンチスキル)はやたら早い。通り魔の時も禁書目録の時も全く来ないくせに『幻想御手(レベルアッパー)』の時といいお偉いさんに都合が悪いと迅速なのだから困ったものだ。血の匂いに包まれている部屋の匂いを吹き消すように煙草を咥えて火を灯す。ドライヴィーと窓から飛び出す際線香代りに部屋へと煙草を投げ捨てた。

 

 誰がやったのか証拠を残さなければ、時の鐘の名が広まらないからな。

 

 

 ***

 

 

 次の日、目を覚まして寮の部屋を見渡せば、部屋にいるのはドライヴィーだけ。木山先生は帰って来なかったらしい。あれから何度か電話を掛けたりもしたのだが、携帯の電源を切ってでもいるのか繋がらなかった。俺の手を貸して欲しいと言いながら連絡が取れないあたり切羽詰まった状況でなければいいのだが。

 

 木山先生がいないおかげで久々に俺が朝食を作らなければならない。ドライヴィーもいる事だし、今日は久しぶりにスイス料理を作ろうか。買い置きのパンを切ると、その匂いに反応したのかドライヴィーが目を覚ました。『Ruchbrot』、通称黒パン。固いがその固さがいい。スイスにいる時はよく食べた。それとオーツ麦とドライフルーツやナッツを混ぜて食べる火を使わないシリアル、ミューズリーと呼ばれるものを簡単に作る。そして薄くスライスしたエメンタールチーズ、これは外せない。

 

 朝食を運んでテレビをつければ、丁度昨夜学園都市の施設が襲われたというニュースがやっていた。情報が早いが、テレビに流れている情報を見る限り犯人は不明。だが学園都市のお偉い方には誰がやったか伝わっている事だろう。まさかテレビでスイスの傭兵に襲撃されたと報道するわけにもいくまい。この事件を深く追えば『妹達(シスターズ)』に辿り着いてしまう。人道的に外れている実験の事を大々的に報道するのは学園都市に何の利益も(もたら)さないし、時の鐘をいいように使おうとした結果がコレなのだ。分かるものには分かる。

 

 懐かしの味に舌を這わせ、ドライヴィーの満足した顔に俺は笑顔になる。ドライヴィーは食えれば何でもいいというタチのため料理ができないからな。

 少しだけ優越感。

 どうも戦闘を必要としない技能だけは俺は他の時の鐘の部隊員より才能がある。どうせなら料理が下手でもいいからもう少しだけ強くいたかった。

 

「ドライヴィー、今日は十七学区に行ってみるとしよう。協力者からも連絡がないし、他の知り合いからも連絡がないからな」

 

 そう言うとドライヴィーが頷いてくれたので、今日の方針は決まりだ。白井さんと初春さんから連絡がないのを見るに本当にポルターガイスト事件とやらに掛り切りらしい。確かに昨夜大きな地震が一度あったが、一度現れればあれだけの猛威を振るう通り魔を差し置いてやらねばならないとは、風紀委員も大変だ。

 

 子供を関わらせたくないという警備員(アンチスキル)の想いも分からなくはないのだが、ある意味風紀委員よりも制約のある警備員(アンチスキル)では、超能力者(レベル5)と渡り合い、神出鬼没の鉄人を無能力者(レベル0)で一般人である警備員(アンチスキル)にどうにかできるとは思えない。

 

 懐かしの味を突っ込み終え、第十七学区に行くための足を確保する。盗難車両を使うのはいろいろと面倒であるため、購入しておいた車を使う。相棒も持って行けるし一石二鳥だ。運転は俺がしていると止められた時に一悶着確実にあるのでドライヴィーに任せる。友人と二人、学園都市でドライブというのは悪くないのだが、向かう先が先であるため少し荷が重い。

 

 ミサカバッテリー、第十七学区に生産ラインがあると昨夜の研究者は言っていた。つまりそれだけ大量生産されていたという事だろう。胎児を数えきれぬほど鉄の缶詰に押し込む作業など、気が狂っているとしか言いようがない。

 

 高速道路を走っているうちに、段々と車の量が減っていき、歩道を歩いている学生の影も減っていく。それが近づいてはいけない場所へと向かっているようで、なんとも嫌な悪寒が背中に走るが、仕事だと言い聞かせて吹っ飛んでいく景色に想いを置いていく。車の影もすっかり消え、目に映る人間がドライヴィーだけになった頃、施設に到着した。

 

 何の変哲も無い建物だ。著名な建築家に頼んだわけでもないだろう四角く均等の取れたよく見る建物。周りの建物と比べても何の特徴もない。それが逆に不気味だ。灯りもついておらず、人の影もない。進入禁止の看板さえもかけられ、潰れたというのも本当らしい。だが、到着して早々に建物の周りを見回って来たドライヴィーの顔。

 

「どうだった?」

「……電気めーたー」

「回ってたのか」

 

 電気は通っており、尚且つ何らかに使用されている。これだけで相当キナ臭い。何の変哲も無い建物がそれだけで罠満載の要塞と化す。下手に手を突っ込めば怪我をすること受け合いだ。なので車から手頃なスパナを一つ取り出して、思いっ切り窓に向かって投げつけた。飛び散るガラスと破裂音。

 

 警報でも鳴れば警備員が来るだろうし建物の毒味でもしてもらおうと思ったのだが、返って来るのは硬質な床を転がるスパナの音だけ。電気は通っているのにセキュリティの類は死んでいるらしい。

 

 それが余計に問題だった。

 

「十中八九入れば何かがあるな。虎穴に入らずんば虎子を得ず。ただいるのは虎子よりおっかなそうだ」

「……かちゅうしゅりつ」

「分かってる、だが仕事だ。お前だって学園都市の土産話の一つくらい欲しいだろう?」

 

 それが冥土の土産にならなければいいんだけど。砕けたガラスを踏み付けて建物の中へと入ってみる。当然相棒は忘れない。これがなければ俺の戦力は半減だ。建物の中は薄暗く、掃除もされていないようで埃が多く舞っていた。一見すると廃墟にしか見えない。パッと見た感じ動くモノもなく、また匂いも埃っぽいだけで何の危険もなさそうだ。

 

 侵入も進むのも昨夜お邪魔した施設よりも遥かに楽。だが行きはよいよいでも帰りが怖い。調子に乗って進んでいれば気が付いた時には身動きすらできず、後戻りが許されない大きなゴキブリホイホイの上を歩いているような感覚には陥る。

 

 建物の奥に進めば進む程闇は深まり、灯りのない建物内は夜のように真っ暗だ。扉を開ける先、曲がり角を曲がる時、あらゆる場所に注意して進んでいたが。十五分も施設を歩いても何も見つからない。そうして行き着いた先にあったのは、スイッチも取っ手もない行き止まりの壁。叩いてみても隠し扉というわけでもなく、特殊部隊よろしく気を張っていたのが馬鹿らしくなる。

 

「……まさかガセってことはないよな?」

「…………まごいち」

「なんだよ」

 

 珍しくドライヴィーが俺の名を呼ぶので顔を向ければ、俺を見ずに元来た道の方を眺めていた。何があるのかと思ったが何もない。眉を傾けて俺が何かを言うよりも早くドライヴィーは元来た道を戻り始める。少しして歩いた先はエレベーター。その上をドライヴィーが指差すと、階を知らせる電光部分。その部分は確かに光りを灯している。それに驚き声をドライヴィーに掛けるよりも早く、ボタンも押していないのにエレベーターの扉が勝手に開いた。エレベーターの中に溜め込まれた冷たい空気が肌を撫でる。まるで地獄へ通じる道のように。大きなエレベーターは、そのまま大きな口に見える。

 

「罠だ」

 

 異常だ。これに乗ってはいけない。好奇心を働かせていい場面ではない。

 足を止めて考える。

 これだけで収穫はあった、ここには確実に何かがある。ここで戻らなければ、絶対碌なことにならない。だというのに、迷いもせずにドライヴィーはエレベーターの中へと足を進めた。

 

「おいマジかよ」

「……笑ってる」

 

 急いで口を手で覆うがもう遅い。自分の手に触れた口元は確かに弧を描いており、心の奥底でふつふつと抑え込んでいた毒が染み出して来る。本能は行くなと言っているのに、理性が行けと言っている。変な笑い声と共に、俺はドライヴィーと同じように足を踏み出した。

 

「お前はいいのか?」

「……いい」

 

 俺とドライヴィーがエレベーターに乗り込むと、勝手に扉は閉まり、エレベーターは下に降りて行く。光る電光板は一つ二つと下に降り、四つ下がったあたりで扉が開く。俺もドライヴィーも相棒であるゲルニカM-003を構えて何が出るかと警戒していたのだが、エレベーターの一寸先は暗闇が広がり何も見えない。

 

「ドライヴィー」

「……ん」

 

 頷き合って一歩外へ、エレベーターの扉はまた勝手に閉まり、暗闇だけがそこにある。何も動いていない。聞こえるのは隣にいるのにドライヴィーの息遣い。ただ匂いがおかしい。なんとも鉄臭い。それに音も、よく耳をすませば細かな振動音を感じる。ドライヴィーと背中合わせになって周りを見るが何も見えない。ただ背中に感じる頼もしさだけで前に進んでいたが、突然光が目に飛び込み、白んだ視界に自ら暗闇を呼ぶために瞼を閉じた。

 

「なんだ⁉︎」

「……まごいち、目を開けい」

 

 ドライヴィーの優しい声がかかり、自ら落とした暗闇を晴らしていく。

 

 目に映るのは多くの鉄容器。それがベルトコンベアーのようなものの上をゆっくりとか流れて行く姿。天井に無数にぶら下がった照明が、鉛色の容器は幻ではないと証明するように照らし出す。

 

「嘘だろ一体いくつ、いつから」

 

 百や二百では足りそうもない。群をなして並ぶ容器の数はそれだけ多くの命が詰まっている命の箱であり棺桶である。数年前から稼働を停止していたはずの生産ラインが稼働していたとすると、一体幾つの命をモノのように使っていたのか。戦場で俺が消し飛ばした人の数の数十倍が三途の川を流れて行く。

 

「最初のお客さんが超電磁砲(レールガン)ではなくどこぞの傭兵だとは、これだから人生とは面白いねぇ、とミサカは歓喜」

 

 不意に落とされた言葉。聞き覚えのない声。しかし聞いたことのある名前が飛んだ。

 

 声の方へ目を向けると、ベルトコンベアーの遥か先、六つの大きなディスプレイに囲まれて、白衣を着た少女がこちらを向いている。長い茶髪。見慣れた制服。首には大きなヘッドホンのようなものを引っ掛けて、首の上に付いている先日嫌という程見た整った顔。

 

「御坂さん……じゃないな」

「ほほう、知っているとはね。では細かな説明は必要ないね。私は『電波塔(タワー)』、自己紹介するならそれが名前だよ。とミサカは紹介」

 

 見た目に反してなんとも落ち着いた言い回しをする少女だ。この少女を俺は確かに知っている。つい最近知った存在。『妹達(シスターズ)』。まさかこの目で見ることになるとは思わなかった。髪の長さ以外本当に御坂さんと瓜二つだ。少し驚いたが、目の前を流れて行く鉄容器が、俺の心を冷たくしていく。

 

「お前は」

「ああ、そんな確認はしなくていいよ。そうとも、よく辿り着いたね。歓迎しよう。お茶の一杯でも出したいところなんだがここには何年も私以外に人が来ることもなかったから碌なものもないんだが」

「そんなことはいい」

 

 場違いだ。あまりに場違い。こんな場所で、こんな状況で、お茶? そんなことはどうでもいい。つまり彼女が犯人。鉄人の裏にいた黒幕。通り魔事件を引き起こしていた首謀者で間違いない。だが、それは。

 

「お前は『妹達(シスターズ)』なんだろう? この中身が一体なんなのか分かっているはずだ。別に俺はクローンだなんだと気にしない。だが自分の道も決めていない者をよくもこう扱えるな」

 

 犯人が誰でも気にはしない。しかし、俺はこんな事をする理由がどうしても聞きたかった。俺には理解できないモノの考え方。それがどうしても気に入らないから。だが、俺の質問で少女が気にしたところは全くの見当違いのところだ。

 

「私は『妹達(シスターズ)』とは違うよ。その計画よりも前に生み出された試作品が正しい。とミサカは解答」

「何?」

「木原幻生という男がいた。その男は考えたんだよ。『学習装置(テスタメント)』で自分の考えを刷り込んだらどうなるか、それと一つの『計画』に関する事を私に刷り込んだ。私にとってはそれが全て」

「計画?」

「そうとも、君もよく知っているものだ法水君。とミサカは質問」

「通り魔か」

 

 俺の答えを聞いて大きく少女は笑う。笑う少女はこの生命と狂気が詰まった空間で、なんとも浮いて俺には見えた。俺がなんでもない冗談を言っていると言うようなそんな感じ。馬鹿な学生に気のいい先生が相手をしてやっていると言わんばかりの態度。それが気に障ったので、俺は威嚇の意味も込めて少女の頬に擦るように弾丸を飛ばす。

 

 乾いた音が空間にこだまし、茶色い髪が数本宙を舞う。少女のより深くなった笑みが俺を見る。

 

「通り魔ではない。『雷神(インドラ)計画』それがこの計画の正式な名だよ。君も知っての通り、ミサカバッテリーはなかなか使えるんだよね。一つでは乾電池もいいところだが、二つ三つと同時使用するごとにその出力を比例して倍々以上に上げてくれる。おかげで疲弊していたとはいえ超能力者(レベル5)ともやりあえる程になった。これは大きな進歩だよ。とミサカは断言」

「進歩?」

絶対能力者(レベル6)を生み出すためのさ。とミサカは解答」

 

 絶対能力者(レベル6)、超能力の先にあるもの。神の領域に行き着くために人を超えることこそが学園都市の究極に目的だということは知っている。が、わざわざ人間が人間を超えることになんの意味があるのか。

 

 俺からすれば、人は獣や怪物に落ちぶれる事はあっても、決して人以上のものにはならないと思っている。わざわざそんな事のために俺よりも出来のいいだろう頭を振り絞ってやる事がこれなのか。だから世界には争いが絶えず、俺の仕事が無くなることはないのだ。

 

「くだらない。だいたい絶対能力者(レベル6)? 幾人もの胎児を利用してすることがそれか」

「方法や過程などなんだっていいんだよ。一人だろうが千人だろうが使って絶対能力者(レベル6)という領域に辿り着けるならね。それにこれは合理的だよ。ごちゃごちゃ考える子供や大人よりも、胎児というおよそ純粋に物事を考えるのではなく想う存在を使う事がより辿り着くまでの道程を短くしてくれる。第一位(アクセラレータ)を使っての絶対能力者進化(レベル6シフト)計画など、私からすれば無駄が多過ぎる。ただ量を持って事にあたるだけで絶対能力者(レベル6)が生まれるならばそれに越したことはない。とミサカは嘲笑」

 

 くるくると座った椅子を回しながらよく分からない話をベラベラ喋ってくれる。このままお喋りに興じていてもいいのだが、黒幕が向こうの方から出て来てくれたのだ。ここで決着をつけられるならその方がずっといい。

 

 そう思い今度は外さずに『電波塔(タワー)』の肩口に向かって銃口を向け引き金を引いたのだが、『電波塔(タワー)』に向かって真っ直ぐ伸びていった弾丸は途中で進路を折り曲げられたように上へと逸れていった。距離が五百メートルも無いような距離で俺が外すことはあり得ない。

 

電波塔(タワー)』の顔が歪んでいく。

 

「危ないねえ。やはり今度は当ててこようとしたね。でも、頭も心臓も狙わないとはお優しい事だ、とミサカは嘆息」

 

 余計なお世話だ。

 今回の依頼人は初春さん、彼女は犯人がどれだけ極悪人であろうとも殺す事は許さないだろう。それぐらいは分かっている。相手がどれだけムカつく奴でも、俺は『電波塔(タワー)』を殺すわけにはいかない。

 

「所詮傭兵は傭兵か。だがその傭兵が何より邪魔なんだよねぇ。能力者相手ならばAIM拡散力場の強度を試すのには丁度いいんだけどね、無能力者(レベル0)の君が相手ではなんの成果も得られない。だから君たちを招待したんだよ」

「俺たちを殺すためにか」

「そう言うな。無能力者(レベル0)とはいえ君は危険だと判断したが故だよ。それも同じようなオマケまで増えるとは予想外で嬉しい誤算だね。超能力者(レベル5)は能力こそ強力ではあるが、人として誰もが元々持っているものの力という面では強くはない。まあこれも実験だね、君たちに負けるようなら絶対能力者(レベル6)などとは言えないだろう? とミサカは期待」

 

電波塔(タワー)』が楽しそうに後ろに手を伸ばしてキーボードを叩く。それを合図に大きな振動が一度部屋を包むと、『電波塔(タワー)』の背後に聳えていた壁が上がっていく。……いや、壁が上がっているのではない。よく見れば四方の壁がその背を伸ばしているのを見るに、俺たちのいる床が下に下がっている。背を伸ばし続けていた壁はやがてスッと姿を消した。

 

 壁のなくなった先、立ち並ぶのは黒い彫像。

 

 一体一体が破壊の意志を秘めた能力者殺し。百はあろうかという破壊の使徒の隊列は、動かなかろうと俺の心をへし折りに掛かるには十分な威圧感がある。その隊列を背に背負いながら下に降り切ったことを報せる振動に合わせて深く椅子に腰掛け直し、『電波塔(タワー)』はまるで恋人に笑いかけるように最高の笑みを向けて来た。

 

「さあ見せてくれたまえ、傭兵諸君。相手は私の最高傑作。超能力者(レベル5)を蟻のように踏み潰す私の可愛い『雷神(インドラ)』よ、とミサカは悦楽」

 

電波塔(タワー)』がヘッドホンを頭に着けるのに合わせて、『雷神(インドラ)』たちが僅かに動き始める。百の破壊者が向かって来るのかと身構えたが、奥の壁が轟音を立てて吹き飛ぶと、鉄の塊が破壊者たちを押しつぶしていった。呆気にとられた俺の目は、床に転がる鉄人形になど気に留めず、壁の奥のものに奪われてしまった。

 

 千年生きた巨木のような太い手足。

 

 四角く大雑把なゴツい頭。

 

 肩も足も角ばっており、体を覆う岩のような鎧の隙間からは滝のようにコードを垂らしている。

 

 そして体の各部位に見える円い見覚えのある容器の頭、部位を繋ぎ合わせるボルトのように埋め込まれた容器の数はパッと見ただけで五十は超えている。五メートルは超えているであろう巨体を軋ませながら、四角い顔に開いた六つの穴が紫電を吐き出しながら俺を見た。

 

 これが『雷神(インドラ)』、これまで猛威を振るっていた鉄人が玩具に見える馬鹿げた人形。

 

「なあドライヴィー、どうしよ」

「…………逃げるべし」

 

電波塔(タワー)』が笑い『雷神(インドラ)』が飛翔する。雷を纏った黒い鉄塊が、俺とドライヴィー目掛けて一直線に降って来た。

 

能力者か、それとも否か(ESPER OR NOT ESPER)?』

 

 うるせえ! NOT ESPERだよ‼︎


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