サローニャ=A=イリヴィカ。
エカテリンブルク出身、十五歳、元ロシア成教の一人。
森の妖精『レーシー』の魔術を使う人を操る魔術結社『グレムリン』の魔術師の正体を看破したレイヴィニアさんの報告を聞き、揺れ動くカートの後部で紫煙を吐く。わざわざレイヴィニアさん達の会話に耳を傾けなくても、耳に付けたインカムが携帯の音を拾ってくれるので聞き流しながら周囲の警戒をする。
会話の内容はほとんどさっき
アメリカを混乱させ経済面から学園都市を叩く。有用な手ではあるが遠回しに過ぎる。ただただ学園都市に打撃を与えたいのであれば、それこそ『ラジオゾンデ要塞』を浮かべた時に、上条の生存を探るためだけでなく学園都市に落としてしまえばよかった。上条の生存を調べるにしたって、そもそも『ラジオゾンデ要塞』を学園都市にぶつけるように動かせば上条は止めるために動いただろう。
学園都市が手を出さないようにだったのだとしても、『ラジオゾンデ要塞』を壊す程の奥の手があったのなら、それを取り上げ騒ぎ立てれば、少なくとも学園都市へ不信が募る。『争い』を『敵』とし終わった第三次世界大戦であればこそ、終わったばかりでこれ見よがしに超兵器を使えば嫌でも目くじらを立てられる。
なんとも、いくつものブラフを貼られているような気がしてならない。ブラフを貼られ過ぎてどれがブラフかも分かりづらい。伏せ札が多過ぎる。その中で一枚一枚捲っていても時間が足りない。目的や計画など知った事かとグレムリンの頭を叩ければ手っ取り早いのだが、魔術師が個の思想をもって動く以上、グレムリンが一枚岩でない可能性が高いのだから、結局考えるだけ意味はないのかもしれないが。ただ大枠でまとめられた目的だけは掲げているはずだ。
戦争に負けた腹いせなのか、まだやり残した事でもあるのか、自分の我儘? 誰かの為? いずれにしてもそれは五〇万人の命と比べられるようなものであるのかは疑問だ。なにかを達成したとして、代わりに顔も名前も知らない五〇万人を犠牲にですけどなどと続けられるような物語は俺なら御免だ。それを自慢話として語るような奴ならば、それこそ住むべき世界が違う。
カートの後部で狙撃銃を抱くように持ち紫煙を吐き出す装置と化していると、不意に流れたトランスミュージックに背を撫でられ、肩の力を抜いた。大統領がステレオを操作して切り替えたらしい。音のうねりに眉を畝らせ、音楽に乗せて聞こえてくる会話に耳を這わす。会話の内容は『起爆剤』の保管場所。小さなカートの向かう先。その場所こそ──。
第二次世界大戦の真珠湾攻撃で有名な、名前だけなら日本人でも馴染み深い場所。古くはハワイの言葉で『
「おそらく『起爆剤』はあのフェンスの中だ。ただしご存知の通り、テクノロジーならともかく、単純な火力だけなら世界最強を誇る海兵隊の本拠地だぜ。根性論でフェンスを飛び越えようとすりゃまず間違いなく蜂の巣だ」
「……アンタは大統領なんだろ。命令一つで何とかできないのか?」
「地位とは有用だけどな、それは知ってる者でなければ意味がないのさ上条。いくら大統領だと言っても、侵入して信じてくれると思うか? 大統領だったら侵入する方がおかしいと取られるさ」
基地に目を向けた大統領の言葉に怪訝な顔を浮かべる上条に答える。例え大統領であろうが、不可能な事もある。意気揚々と不法侵入しても許されるかと言えばそうではない。規律で動く軍であればこそ、不法侵入して来る者は総じて不法侵入者だ。それで弁明などしていたらそれこそ時間の無駄である。
「『人間を操る』サローニャ=A=イリヴィカは『起爆剤』入手のために行動しているだろう。つまり基地内部の人間が正常に機能している保証もない」
そうレイヴィニアさんが補足をくれる。怪しきは罰せは彼方も同じ。『起爆剤』を求めて動くのであれば、確認も取る事なくズドンッ! 撃たれる可能性もあるわけだ。話を聞き目配せする
こういう時能力者の考えている事は分かりやすい。面倒事は『力押し』。戦時中や学園都市ではそれで通るのかもしれないが、ここはハワイだ。黒子がここにいれば御坂さんの破天荒さに頭を抱えるだろう姿が容易に想像できる。
「基地は広い。短時間で『起爆剤』が見つかるとも限らない。その間ずっと戦闘を続けているのは大変だろうし、長期化すればよその基地から応援がやってくる。勝てるかもしれないが、火の海は避けられない。……多数の爆発で施設が瓦礫の山になると、そこに『起爆剤』があったのかなかったのかも分からなくなってしまうんだよ」
戦闘行為は不毛だと言い切るレイヴィニアさんに同意するように頷く。力があっても全てそれで解決する必要はない。クリスさんが居れば持ち得る手札を有効に使えと言うだろう。これまでと違い今ある手札。即ちアメリカの最高権力者が今は居てくれる。不法侵入すれば不審者だが、それなら不法侵入しなければ済むことだ。
「確実に『安心』したいなら、やっぱり自分の目で『起爆剤』を確認してから壊す必要があるって事か……でも、こっそり忍び込めるような甘い警備じゃないんだろ?」
「だからこっそりしなければいいって事だろう? 今回は正攻法が最強の手札という訳だ」
上条の疑問に答えながらレイヴィニアさんに目を向ければ、小さく頷いてくれる。魔術師であっても、レイヴィニアさんとは考え方が合うようでなにより。小さく笑うレイヴィニアさんが集まる視線に答えを告げる。
「真正面から堂々と入るとしようじゃないか」
今こそアメリカ合衆国大統領が活躍する時だ。
「止まれ止まれクソが! なにもんだテメェら!!」
「大統領様だよ!! 予算削るぞカウボーイ! さっさと認証装置持って来い!!」
「……なあ法水、あの人本当に大統領なんだよな?」
「……言ってやるな上条、俺も今頭痛がしているところだ」
正攻法こそが最強の手札であるはずなのだが、庶民的な大統領が庶民的過ぎるおかげで、わざわざ誰が見ても分かるように目立つ形で基地の敷地を踏んでいるのに海兵隊の男に入り口で怒鳴られ止められる始末。軍人でもなければ基地に用がある者など、自然保護団体だとか、人権保護団体だとか、週刊誌の記者だとか、ほとんどが面倒な相手である事は分かるのだが、来ている者が大統領だという事くらいすぐに察して欲しい。
呆気にとられてタブレット型の認証装置を差し出す海兵隊員からそれを受け取り打ち込んでいく大統領は、海兵隊員からは信じてもらえず、上条達からは白い目を向けられ精神的にタコ殴りの真っ最中。涙目のおっさんを眺めながら、レイヴィニアさんに少し顔を寄せる。
「今のところ大丈夫そうかな?」
「今のところはな、あれだけ表情豊かならあの海兵隊員も操られてはいないだろう。そこはお前も気づいているだろう戦争巧者。魔術師や能力者よりこういう時にお前が一番頼りになるというのも皮肉かな?」
レイヴィニアさんに肩を竦めて見せ周囲へ少し目を散らす。サローニャ=A=イリヴィカが誰を操っているか分からなかろうが、分かる事もある。そもそもこの
「こういう時くらい役に立たないと傭兵である意味ないだろう? ただでさえ問題が起きてないとただのおっさんっぽいだの、コンピューターのウィルスバスターみたいだの女子中学生からボロクソ言われてるんだぞ」
「その分英国の第二王女やアニェーゼ部隊には気に入られている訳か?」
……何故知ってる。それはどっちも軍事のトップに特殊部隊だからだ。気に入られてもあまり嬉しくない者達を並べられても肩しか落ちない。悪戯っぽくニヤけるレイヴィニアさんから一度目を背けて狙撃銃を背負い直す。ちらちら見てくる海兵隊の男に手を振れば睨まれた。何か言おうと海兵隊の男は俺に向けて口を開こうとしたが、認証装置が大統領を承認した事で口を閉ざし目を丸くする。
「……故障してんのかな?」
大統領の信用の無さよ……。
「埃や砂が入った程度で『たまたま』誤作動起こして『たまたま』すり抜けるようなシステムかよ? 本当にそう思ってんなら開発元のマスカットコンピュータ社に抗議文でも送ってみろ。三時間後には名誉棄損で告訴されるぞ」
「え、え? でも、え? それじゃ」
「ロベルト=カッツェ大統領だ。二時間前、俺がオアフ島の会見場から消えた事ぐらいは摑んでいるだろう。一般には公開されていなくても、軍関係には情報が回ってやがるはずだ」
誰が認めずとも機械が認めた。当然御坂さんもライトちゃんも妨害電波など送ってはいない。確実な証拠を叩きつけられ右往左往する海兵隊の男に大統領は言葉を続ける。最強の手札がようやっと最強らしくなった。
「あの真相は俺の誘拐を目論むテロ事件が進行したおかげだ。そして今も進行を続けている。後ろにいる民間人と、極秘に雇っていた時の鐘が俺を救出してくれた。だが危機は終わってねえの。救援と保護を願いたいが、中へ入っても構わねえか?」
「いや、待った。待ってください。どうするんだっけ? ってマジで時の鐘? 本物? あれって都市伝説じゃ」
「おいおい傭兵、お前都市伝説だったのか?」
「茶化さないでよレイヴィニアさん。全体含めても八四人しか動いてる人員いないんだからそんな風にもなる」
軍の上層部は存在を知っていても、末端の軍人ともなれば微妙だ。瑞西でなら知らず者はいなかろうと、世界最大の軍事力を誇るアメリカでは、ほとんどの軍事行動を自前で賄えるために雇われる事も少ない。中東の時とかそこそこ一緒に米軍とは動いたんだが。何より今は更に数が減ったし。大統領より俺に目を向けてくる海兵隊の男に涙目になりながら海兵隊の男の話を遮った。
「待っている時間があると思うかよ? 今も危機は進行していると言っただろ。ヤツらが近づいてきている。フェンスの中に入るだけじゃ駄目だ。迫撃砲の使用も考慮し、最低でも強化コンクリート製の建物の中へ避難してえんだ」
「さて、ここで襲われ大統領が亡き者になりでもしたらその責任は誰に向くことやら。命からがらここまでやって来て、入り口でまごついてておっ死にましたなんて事になったら大変でしょうね。海兵隊は自国の大統領の顔さえ分からないのかと……英雄になるか罪人になるかは貴方次第。少なくとも海兵隊は英気溢れる軍人達だと私は記憶してるんですけど」
「……どうぞ……」
道を譲ってくれる海兵隊の男に敬礼を向け、大統領を筆頭に基地の中へと足を進める。そんな中で手を伸ばす海兵隊員。民間人の立ち入りを止めるためかとも思ったが、その手は俺へと向いた。
「……あの、サインとか貰えます? 狙撃部隊を驚かせたいので……」
「……俺の? まあいいですけど」
「……大統領よりサインねだられる傭兵ってどうなんだよッ」
俺に聞かないでよ大統領。色紙でもなく、出される拳銃に渡されたペンで時の鐘の名を刻む。
「どうなってんだ?」
「俺に聞かれても困る。こっちだっておっかなびっくり演技してたんだからよ。というか、この海兵隊基地はサローニャとかいうヤツの手に落ちてんじゃねえのか?」
「侵略はされているだろうさ。ただし末端まで及んでいない。おそらく掌握されているのは一番上の司令官だけだ」
「何で断言できンだ?」
「時の鐘とも話したがな、ショッピングモールの一件だ」
軽く目を向けてくるレイヴィニアさんの顔を見返す。
「海兵隊が突っ込んで来なかった事が理由の一つ。レイヴィニアさん的には他に理由もあるんだろう?」
「まあな。大統領サマの言い分によれば、最低でも上院下院は制圧され、官系組織や軍関係にも魔術的操作の手が伸びているとの事だった。サローニャが最大で一度に何人操れるかは不明。しかし、議会だけでも六〇〇人前後がいるはずなんだ。過半数を握るだけでもその半分。それだけ一気に操る腕があれば、あのショッピングモールはもっと悲惨な事になっていたとは思わないか? 例えば、観光客全員がゾンビのように襲いかかってくるとか、倒すごとにどんどん『新手』が出て来るとか、しかし実際には、あそこで操られていたのは『人質』の四人だけだった」
そう言ってレイヴィニアさんは歩きながら、向けられる疑問に答えていく。
「大統領が噓をついていないなら、おそらくサローニャの術式にはそれなりの準備期間と人数制限がある。合衆国の機能を押さえるのに手一杯で、自分の戦力にはそう多く人手を割けない環境にあると推測できる。となれば、この海兵隊基地だって必ずどこかでコストを削減しようとするはずだ」
「末端一人一人を操るより、一番上の司令官だけ操って、後は書類上の命令だけで部下達をコントロールする方が安上がりってこと?」
御坂さんの言葉にレイヴィニアさんは頷く。それも上下関係の厳しい軍だからこそ取れる手だろう。上官の命令は絶対だ。とは言え、敷地に入れ、ショッピングモールに海兵隊が来なかった事を思えばこそ、それも少しばかり怪しい気がしないでもないが。一番上よりも数段落ちた地位の者が操られている気もする。
「ついでに言わせてもらえば、サローニャの人間操作魔術はそこそこ特殊なものと踏んで良いだろう。基本的に魔術は扱い方を知っていれば誰でも使えるものだが、一部には例外がある。こいつはそのパターンだな」
「そォ思う根拠は何なンだ」
「仮に誰でも使えるなら、サローニャが一般人を操って、その一般人に『人を操る魔術』を使わせれば良い。後はその繰り返しでネズミ算の完成さ。だがそういった事態には陥っていない。人を操る魔術はサローニャ限定、しかもサローニャ自身、扱える範囲に限りがある」
まるでパンデミックやバイオハザードの世界だ。そんな手法が使えるのなら、数人どころかハワイ全土が既にサローニャの手中でもおかしくないし、そもそも第三次世界大戦の時にもっと名前が知られていなければおかしい。それほど使い勝手がいい魔術なら、世界を牛耳る事までできそうな程だ。レイヴィニアさんの仮説に納得する中で、続けてレイヴィニアさんは解析の終わったサローニャの術式について話を続けた。
「ヤツの術式は予想通り、ロシアの森の妖精レーシーに関するものだった。レーシーは森の全ての動物の支配権を持つ者で、人間を森の動物に対応させる事で操作している。具体的な条件についてだが……これは『木』を使う事が判明した」
「木?」
「ロシア産の針葉樹でなければ駄目だ。木片でも葉っぱでも良い。とにかく一部分でもターゲットに触らせれば、その時点で『森の一員』とみなされてサローニャの制御下に置かれる」
「……そんなん持ってたっけ?」
上条が首を傾げるが、持っていなかったはずだ。ってか賭け事あんまり関係ないじゃないか。サンドリヨンが口にした言葉も術式発動の別条件なのか知らないが、サンドリヨンも別段そんな類のものは持っていなかった。
「木が原料なら何でも良い。紙でもコルクボードでもな。最近じゃ紙コンデンサなんてものもあるらしいな。何かに紛れ込ませ、本人も知らない内に所持させる事は難しくない」
「マジかよ、そんな事でいいのなら俺だったら広告を空からバラ撒くね。このチラシを持って店に行けば八〇%OFFとか適当な事書いとけば皆拾うだろ」
そう言うと周りから白い目を突き刺される。いや、絶対その方が早いって。何より今のハワイは季節的にセール期間だし、そんなチラシをバラ撒いてもおかしくない。その、これだから戦争屋はみたいな顔をやめて欲しい。俺は味方だぞ。
「それより、サローニャとかいう女は、司令官だけは直接操ってやがるとか言ったなガール?」
「そうだが」
「となると、目下一番危険なのは……」
大統領が口を閉ざし、顔を向けた先、建物から一台のオフロードカーが走ってくる。その車の後部座席に座った大男。階級章を見れば分かる。大統領が来たという事で直々に基地司令官のお出ましという訳だ。俺達の目の前で停車したオフロードカーから降りてくる基地司令官。操られているのかそうでないのか、操られていたらそれはそれで新たな疑問が出てくるのだが。緊張で喉を鳴らす上条と大統領を守れる位置に足を向けつつ、背負う狙撃銃の紐を掴む。
「報告は受けています。ご無事で何よりでした! これより我が基地の総力を挙げて護衛させていただきます!!」
腰に下げた銃に手も伸ばさず、それらしく振る舞う司令官に上条達は眉を顰めた。そんな中でレイヴィニアさんだけが大股で歩き司令官の前まで行くと、嘲笑を浮かべ司令官を見上げる。
「できないだろうさ。今なら大統領を殺せる。だがそれをやってしまえば、パールハーバー第三基地を間接操作する唯一の接点を『ご乱心』で失ってしまう。だから殺せない。少なくとも今は。『起爆剤』がこの基地から運び出されるまでは、絶対に」
レイヴィニアさんの言葉に司令官は肩を跳ねさせた。……なんと分かりやすい。反論もせずにリアクションだけを与えるなど答えを言っているようなものだ。人を操る癖に腹芸は苦手か? マジで司令官を操ってるとは……。なら何故ショッピングモールに戦力を向けなかった? 最初傭兵を使ってもその鎮圧とでも言えば幾らでも送れただろうに……。『起爆剤』を運ぶ準備があったとして基地総出でやる作業でもない。
「……傭兵部隊と魔術師は別か?」
「どうかしたのアンタ?」
「……いや、御坂さん、ひょっとすると事態はもう少し複雑なのかもな」
「……『起爆剤』はまだ運び出されてねえだと?」
眉を傾げる御坂さんに答え、大統領の言葉に意識を引き戻す。疑問は尽きないが、今は『起爆剤』が先だ。
「司令官。『起爆剤』の保管状況について情報の開示を求めたい。『起爆剤』は具体的に、今どこにある?」
口調を真面目なものに切り替えた大統領の言葉に、司令官は大きく体を震わせる。明らかに挙動が不審な司令官を操るサローニャにしてもここが分水嶺。言うか言わざるか。はたまた拳銃を抜くのか。その葛藤に一方通行や御坂さんが身構える中で、司令官は口を開く。
「……き、『起爆剤』は…………滑走路。輸送機を使って、ハワイ島への飛行許可を……」
吐く方を選んだか。サローニャも魔術師、こういう事には疎いのか。俺だったら適当ぶっこくのだが、滑走路に向けて目を滑らせる司令官の挙動に嘘は感じない。肌を叩く素早く脈打つ司令官の鼓動からもそれが分かる。「行くぞ」とレイヴィニアさんが呟き、俺も足を踏み込む。目指す先は司令官。上条が翻そうとしていた動きを止めて俺の名を呼ぶ中、司令官の体を蹴り飛ばす。腰にぶら下げた拳銃を引き抜こうとした司令官を。
「俺なら嘘吐くかさっさと引き金引いたがな。魔術師として一流でも、戦争屋としては二流らしい。行くとしよう」
「どうせサローニャのヤツも『一番手厚い所』に匿われているに決まっている。『起爆剤』をキラウェアで使いたいグレムリンからすれば、装置とユーザーを一緒に運んだ方が手っ取り早いしな」
「嬉しいね護衛が頼もしくて。すぐに元凶を叩く。それでこの件もおしまいだぜ」
滑走路にある輸送機は三機。一機には
「輸送機の翼吹っ飛ばすか! その方が早く済むぞ!」
「誘爆して吹っ飛べば中身も確認できねえ! 鴨撃ちは今はお預けだ!」
大統領に制され小さく舌を打つ。目で確認して確保した方が確実だとは分かるが、飛び立ってからでは遅い。開いたままの後部のガーゴドアから伸びるスロープを駆け上がる。フォークリフトを使いコンテナを積み込んでいた海兵隊員が俺達に気付くと、驚き声を荒げた。
「ヘイ!! そこで何してる!? アンタら一体何なんだ!?」
「大統領様だっつってんだろ!! これ以上天丼しやがったら心のケアと称してクリスマス休暇に入るぞ! 良いから作業止めてついて来い、腰にぶら下がった官給品の出番だ! この機は離陸中止。繰り返す、離陸中止!!」
もう大統領ってタトゥーを顔にでも彫ったらいいのではなかろうか。急に大統領が離陸中止を訴えたところで、即答で了承されるはずもなく、否定もできないので固まる海兵隊員はそっちのけでカーゴドア内へと駆け込む。多くの立方体のコンテナが並ぶ中から『起爆剤』を探すのなど時間が掛かり過ぎる。
「どうせならもう『起爆剤』ってコンテナに書いとけくそッ! パイロットを確保した方が早そうだ!」
「サローニャってヤツの方が先じゃない? 黒幕捕まえりゃ状況は停止するんだし……ッ!?」
御坂さんの言葉を搔き消し輸送機が一度大きく揺れる。骨を揺らすような轟音はエンジン音。カーゴドアを開けたまま加速を始めた輸送機に舌を打つ。だから翼をへし折っておけばよかったのに。こうなっては愚痴っていても仕方ない。
開け放たれたままのドアへとバランスを崩した大統領の手を御坂さんが掴み、アスファルトを擦って火花を散らしていたカーゴドアの端から火花が消える。傾く輸送機の床が答え。揺れと共に輸送機は既に離陸した。
天国への入り口を後部に開けたまま傾く輸送機の中で、ただ俺と上条の目が向く先は御坂さんでも大統領でもない。
当たりを引いたのは俺達だ。
コンテナの影から女の影が伸びてくる。
「サローニャ……‼︎」
上条が女の名を叫ぶ。グレムリンの魔術師、黒幕の名を。緑を基調とした服に身を包み、膝上まである革のブーツを履いた森の空気を背負った少女。一流の魔術師は誰も彼も自分の法則を押し売りしてくるからか、その佇まいが既に違和感となって空間に落とし込まれている。その少女を睨みつけ、背負っていた狙撃銃を手に銃身を御坂さんの方に向ける。
どんな魔術攻撃があるにせよ、上条が向かい合っていればそれが通る事はほとんどない。「磁力で貼り付け」と言葉を投げて御坂さんがゲルニカの銃身に張り付いたのを確認し、引っ張り上げるように俺の側に大統領ごと転がす。
サローニャの動きから目を離さず、魔術師の少女が持ち上げた右手の指を鳴らした直後。足から感じる輸送機の動きの変化に慌てて狙撃銃を背負い直し、上条と転がる御坂さんを引っ掴んで足を床に突き立てる。
足を叩く輸送機の波を踏みつけるように足を落とせば、バギンッ! と音を立てて足が床にめり込んだ。輸送機もバージョンアップで鉄製の部品を極力排除しているがため。それでも多少砕けた床が足を擦る。
「ッ⁉︎」
それと同時、ゴッ‼︎ と風を掻き混ぜたような音が耳を撫ぜ、大きく機体が傾いた。打ち鳴るコンテナ達の音を耳にしながら、掴んだ上条と御坂さん、大統領が吹っ飛ばぬように腰を落として腕に力を込める。
「ぐ……ッ⁉︎ 法水ッ!」
「下手に動くな! くそッ、重いぞこんちくしょう! そっちでも俺を掴んでくれ!」
「知ってる? 大型輸送機ちゃんだってアクロバットできるのよ?」
「知ってるわボケッ! ご高説垂れてんじゃねえッ! くッ⁉︎」
右に左に振り回され、なんとか腹筋と背筋で体を支えて上条達を手放さないように腕を引く。壁から伸びる太いワイヤーに腕を絡めて宙に揺れるサローニャはもう片方の腕で拳銃を取り出しその銃口を俺へと向けた。
「異能の力が一切絡まない、どこにでも転がっている方法で
引き金が引き絞られる中、慌てる事もなく乾いた笑いが口から漏れた。
「俺が一番邪魔って言うのは早とちりが過ぎるんじゃないか? 俺と上条、他に誰がここに居ると思ってる?」
引き寄せた少女に目配せし、銃声の音を聞き流す。放たれた弾丸は目標に当たる事などなく、電撃の網が絡め取って散らしてしまう。縦横無尽に機内を振り回されているならいざ知らず、その体制さえこちらで整えてやれさえすれば、現代兵器に類い稀なる力を発揮する電撃姫に障害など存在しない。
学園都市第三位、
不敵に笑う御坂さんにサローニャの顔が小さく歪むも、コンテナを床に止めているレバーを見ると再びサローニャは笑みを浮かべる。それはよくないッ!
「サローニャの事は良い!! とにかく辺りにあるコンテナを片っ端から吹っ飛ばせ!!」
「頼むぞ御坂さん! 俺もう痺れんのは嫌だからな! 狙いは正確にだ!」
「分かってるっつうのッ!」
今度こそサローニャの顔が大きく歪む。銃口の向け先を迷う間に、御坂さんの前髪から幾数本の雷撃が飛ぶ。一〇億ボルトの超高圧電流が機内の中を駆け巡り、並ぶコンテナを弾き溶かす電流がコンテナの中身を暴いてゆく。
「な……、あ……ッ⁉︎」
サローニャの呻き声が混じる中、暴かれたコンテナ達の中に『起爆剤』の姿は一切なかった。