弾けたコンテナから生活用品が零れ落ちる。
爆薬の類は一切なく、『起爆剤』と思わしき精密機器の姿はない。驚愕に顔を歪めるサローニャ=A=イリヴィカの大きく揺らめいた鼓動を感じ、その表情がブラフの類ではない事が分かってしまったからこそ舌を打つ。残りの二機のどちらかに『起爆剤』があるのかと問われれば、それはないだろう。サローニャが始めからこの機に居ると姿をチラつかせていれば可能性はあるが、出て来たのは飛び立ってから。わざわざ後から姿を見せる意味がない。
サローニャの表情を含めて考えるなら、『起爆剤』がここにあると思っていたと見るべきだ。自分を操りこれも演技だとするなら見事であるが、どちらにせよ『起爆剤』がここにない事が全て。サンドリヨン同様に、サローニャも所詮切り捨てても構わない存在だとするのなら、これまでの中で少し浮いていた傭兵部隊の襲撃が後ろ髪を引く。
サローニャのおかげで確定した。サローニャ以上に巧妙に姿を隠している黒幕がもう一人いる。そうでなければ『起爆剤』がここにないとおかしい。『人を操る魔術』など使わずとも、人を操れるような何者かが潜んでいる。敵も味方も騙す手腕。サローニャではない何者かの方がよっぽど面倒そうな相手だ。
「──御坂さんッ!」
サローニャの機微を察して御坂さんの名を呼び、第三位がその手をサローニャに伸ばすが一手遅い。此方の真逆。輸送機の前方に向けられた拳銃が火を噴く。
「パイロットがッ⁉︎」
大統領の叫び声を聞きながら舌を打つ。壁に掛けられた緊急用のパラシュートを手に、アクロバットを止めて再び上昇を始める輸送機の動きに合わせるように開け放たれているカーゴドアに跳ぶサローニャを追おうにも、両手は上条達で塞がり、足を引き抜いているうちに横をすり抜けられる。同時に見舞われた御坂さんの雷撃がサローニャを叩くが、それでも足を止めずに笑みを崩さずカーゴドアから飛ぼうとするサローニャを目に、前方へと上条達を放り投げ、腰に差していた拳銃へと手を伸ばす。
「法水ッ!」
「
早撃ち。輸送機から飛び降りる魔術師の肩を弾いて外に吹き飛ぶ魔術師の姿を追い目を細める。体勢が悪い。致命傷ではないだろうが、撃ち抜かれた肩から血を滴らせ落ちた魔術師が水面にでも叩き付けられている事を祈るしかないか。砕いた床の破片で切れた足を振りながら、三人を掴んでいて疲れた手を大きく振る。
「重いぞまったく。ダイエットしろダイエット。人間命綱にだって限界があるんだ。大統領、最近運動不足なんじゃないですか?」
「こ、これでも一応九〇には届いちゃいねえ。バーガーは若者層へのアピールに使えるからよ。ローズラインのヤツには票集めのために瘦せろと言われちゃいるが、身長を考えればスリムな方だと思うぞ……」
「わ、私は太ってなんかないわよ!」
「あぁそうね、一応一番軽かったよ。四五Kgくらい?」
「な、なんで知ってんのよアンタ⁉︎」
引っ掴んで持ち上げてたからだよ。だから前髪をバチバチさせるんじゃない! こんなところで仲間割れなんて御免だ!
「パイロットを看て来よう、『起爆剤』もサローニャも気にかかるが今一番はそれだ」
「俺も行くぞ、パイロットが操られてたら俺の右手がいるだろ? 御坂はパラシュートがまだあるか調べてくれ」
「それだけ元気がありゃいいんだがな」
頭を掻く大統領と上条にもしもがあってはマズイ為、御坂さんの雷撃で砕けたコンテナの破片を踏み越えコックピットに踏み入る。拳銃の弾丸は薄い内壁を貫通して穴を開け、操縦用のコンソールに突っ伏しているパイロットが一人。輸送機が下降していない事が幸いだ。弾は貫通しているらしく、風防に幾つかのヒビが入っているが、計器類に損傷は見られない。そんなパイロットに駆け寄った上条が肩に右手を置く。
「くそ、大丈夫かッ!?」
「意識はあるみたいだ。だが三発ほど背中に直撃してやがる。弾丸は全部体の外に抜けちゃいるが、応急的な止血だけで切り抜けられるような怪我じゃねえ」
「最悪熱したナイフか何かで傷口を焼けば病院までは保つかもな。悪いが借りるぞ」
パイロットが持っていたナイフを使って軍服を裂く。止め処なく溢れる血の勢いはそれ程でもないが、胴体というのが宜しくない。縛って止血もできないし、ナイフを熱する為の火もないときた。御坂さんに頼ろうにも電撃でいけるかそこまで?
「パラシュートいくつか見つけたわよ!」
「……このミスターは難しいな。パラシュート展開時にかかる衝撃は数メートルから地面へ直接飛ぶのと同じだ。健康体なら若干呼吸が苦しくなる程度だが、内臓にダメージを負った可能性のある者が挑戦するべきじゃねえ」
「……私は、構わない……あなた達は、先に飛べ。私はこいつの機首を、せめて確実に海の方へ向け直す……」
血に濡れた唇を動かして言葉を紡ぐパイロットの姿に、上条達と顔を合わせる。パイロットを捨てて先に逃げるか。そんな選択をする者がいない事を察して、御坂さんが見つけてきたパラシュートを床に放るのを横目に、持ち上がってしまう口端を隠さずに副操縦席に座る。取り敢えず開いたままのカーゴドアを閉めようとハッチ開閉のボタンを押し込み、冷ややかな手を擦り合わせた。
「何を……?」
「手伝わせてもらうぜ。ただし、海へ落とすためじゃねえ。どうせなら不時着ぐらいの高望みをしてやろうぜ」
迷う事なく自信満々といった笑みを浮かべてパイロットの肩に手を置く大統領に頷く。ただ……。
「俺は空軍じゃないし専門じゃなくてね、指示をくれるか? なぁに不時着なら一度やってる。これよりもっと大きな要塞をな。なあ上条?」
「嫌なこと思い出させるなよ……まああれでもちゃんと生きてるんだ。なんとかなんだろ」
要塞が大破して北極海に沈んだのは言わない。ってか言いたくない。大天使に向けてぶつける訳でもないのだし、なんとか危なげなく着水したい。パイロットの指示に従い必要なボタンを押していき、緩やかに上昇を続けていた輸送機は、上昇を止めて徐々に高度を落とし始めた。狙撃銃でもなく、精密機器の詰まった鉄の鳥に命を預けるというのは慣れない。脅威には自分で突っ込んだ方が遥かに気が楽だ。
「……海上への不時着にやり直しは利かない。やるなら一度だ。リタイヤするなら今しかないぞ。高度が一定以上下がったら、パラシュートも使えなくなる。本当に良いのか……?」
高度計を目に零されたパイロットの最終通告だろう言葉を、御坂さんの通訳を受けた上条が笑って出迎えた。その自信がどこから来るのか分からないが、だからこそ上条といるとどうにも口が緩んでしまう。
「その覚悟ならもうできてる。だから着陸に必要な事を教えてくれ」
「良い度胸だ……だが、大統領をお守りするのは私の役目だ」
上条の言葉に海兵隊魂に火が点いたか、身を起こすパイロットが操縦桿を握るのを目に、この輸送機は大丈夫だと確信した。
煙草を咥えて火を点ける。
不時着に成功した輸送機から、救出に来てくれた巡視艇に身を移し、気持ち悪い波が這い回る肌を手で擦る。不時着する最中でも感じた強い振動。見上げる空が舞い上がる火山灰で黒く染まってゆく。『起爆剤』がなかったのは、とうに運び出された後だったから。既に存在しない物を探しに
「噴火……ホントに起きたのか!?」
「冗談でしょ。『起爆剤』を止められなかった……? あれ、五〇万人の命が関わっているって話じゃなかった!?」
「いやキラウェアは本来、柔らかい溶岩を大量に噴出させるタイプの活火山だぜ。麓へ莫大な被害を出すなら、単にその溶岩をエスカレートさせりゃ良い。何か様子が変だ。あんな膨大な火山灰が舞い上がるだなんて……」
「グレムリンの計画通りには爆発しなかったっていうのか?」
「分からない。……伍長! 部隊間連携用のスマートシステムの関係でこの船にはインターネット環境が整備されているな? 予算を散々せっつかれたからノーとは言わせない。俺のインペリアルパッケージと繫げて、軍関係を中心に情報を集めたい……」
不意に言葉を途切らせた大統領の顔が向く先を追えば、空に引かれる白い線。島の突端から伸びる細長い白煙を目に目を見開き、床に吐き捨てた煙草を踏み付けに狙撃銃のボルトハンドルを引き弾を詰めて押し込んだ。構えた先、スコープを覗かずとも海面スレスレに飛ぶそれが何かは分かる。その正体を海兵隊の一人、アーク=ダニエルズが叫んだ。
「対艦……ミサイル!?」
「……
誰かが飛び込めと叫ぶのと同時。俺たちの乗っていた巡視艇の横腹に対艦ミサイルが突っ込み空へと舞い上げた。身に降りかかる衝撃に身動ぎし、大爆発を起こさずに突き抜けた衝撃を見て放たれた対艦ミサイルに当たりをつける。
「来ます。また来る!! 飛び込んでください! 早く!!」
「……真っ直ぐ来るなら、それでいい。外さんよ」
「おい法水?」
狙撃銃を構えてスコープは覗かない。バンカークラスターを撃ち落とした時と同じ。狭い世界から視界を変える。波の音、海風、大気を切り裂く対艦ミサイルの波を拾い込み、息を吸って息を吐く。第三の感覚の瞳で照準を合わせる。スコープを覗かぬ遠距離狙撃はまだ慣れないが、慣れないからといって『できない』と決めつけていてはいつまで経ってもできないままだ。
ミサイルを撃ち落とす経験を積む分には丁度いい。何より『起爆剤』の使用を止められなかった苛立ちを発散させなければ、どうにも気が落ち着かない。相手の思惑通りにキラウエア火山が吹き飛ばなかったとしても、それはまた別。
「よし」
────ゴゥンッ‼︎
迫る対艦ミサイルに向けて瞬きする事もなく引き金を押し込めば、空で弾けた
「……距離もあるおかげでこれなら落とせる。ふざけた状況だが練習には最適だな。今ここで英国の時の俺を越えよう。船を降りるにしても今のうちに準備してくれ、外す可能性もない訳じゃないし」
「あ、アンタ……」
「前に言っただろう御坂さん? 俺は強くなるってね。黒子に心配掛けたくないし、脅威に対するのが俺の仕事だ。呆けてないで早くしてくれ。見世物じゃないぞ俺は」
動きを止めていた海兵隊達が慌ただしく動き出すのを感じながら、新たに島から上る白線に目を細めて引き金の上に指を乗せた。
一発、二発と駆け抜ける対艦ミサイルは一発で落とせなければ終わるのはこちら。
その冷ややかな緊張感に背筋を撫ぜられながら手は止めない。重症だったパイロットも濡れないように強化ゴムの袋に包まれて海へと運ばれたのを横目に、第三波の最後の一発を落として俺も海へと飛び込んだ。少しすると新たな対艦ミサイルが無人の巡視艇へと突き刺さり、ミサイルの爆撃が止む。
「対人用のセンサーに持ち合わせがないんだろう。ぐずぐずしていると死亡確認を取るために別働隊が回されてくる。生きている幸運に感謝し、速やかに立ち去るべきだろうな」
「べ、別働隊? そもそもこれは一体!?」
「俺に聞かれても困る」
「せ、戦争になる……。どこの国だか知らないが、これだけの規模で現職大統領の命を狙ったなんて話になったら、確実に報復論が顔を出す……!!」
「ミスター、俺が明確に殺害されない限りは大丈夫だ。そして俺は兵士の命をそんな事のために散らすつもりはない」
顔に似合わず穏便な事を言う大統領の言葉を聞きながら海面から空に向けていた顔を戻し、波の揺れに動きを乗せて上条達へと身を寄せた。ハワイに来て着衣水泳しなければならないなんて最悪だ。
「ボーイ、対艦ミサイルは
「……D式ですね。発射音がR式とは違う。……確かD式の
「ああ、いくつかの
大統領と頷き合い、微妙な顔で固まっている上条と御坂さんはそっちのけで大統領と話を詰める。現代兵器をボコスカ撃ってくる相手。完全に俺の領分の相手だ。それが本格的に動き出したのなら、瑞西の時と同様に遠慮している場合ではない。海兵隊員の言うように戦争にする気が大統領にはなかろうと、極めて近い事態がハワイで既に蠢いている。ただ一人魔術師を追えばいいという鬼ごっこは終わった。
「……大統領、ショッピングモールで襲って来た傭兵連中がいたでしょう? まず間違いなく奴らの仕業ですよ。軍人の動きを持ち得ながら、個々はバラバラで装備と数を戦力の頼りのする奴ら。D式の
「傭兵のことは傭兵に聞けか、嫌になるな。トライデントと言やぁ、所属する兵隊の内、一番割合がデカイのが元米兵だ。こっちの動きもある程度は割れちまうか。だが奴らは時の鐘以上の守銭奴だろ? そいつらと取引するだけの巨額を動かせば、銀行のデータベースに金の流れが引っかかるはずだ。ただどこの銀行だって、自分の金庫から金が流れていくのは避けたがるはず、要注意の警告は必ずつく」
「なら丁度復興の真っ最中で管理が杜撰になっている銀行がある」
そう言って時の鐘の軍服の肩に張り付いている小さな瑞西国旗を叩けば、大統領は小さく笑みを浮かべてくれる。口座名義までが契約者の任意の番号で管理され、名義人が表示されない匿名口座は守秘性が非常に高いそれは、スイスのプライベートバンク。
口座の顧客の身元を知っているのは担当者とごく一部の上層部だけで、口座番号が漏れてもそこから身元を割り出すことはできない程の秘匿性を誇り、世界中の富豪に長らく愛好されている。スイスがどれだけ混乱に陥ったとして、そのデータが全てブッとんだ訳ではない。寧ろいざという時の隠し財産のように、クーデターの時でさえ大事に保護されていたはず。米国に気付かれずに取引をしているのなら、スイス銀行を少なからず経由している可能性が高い。
「繋がるかは分かりませんが、瑞西の『
「それだけの金を動かせるってだけである程度は当たりをつけられるけどな、裏を取れるならそれに越した事はない。ただ……最悪だな。黒幕は追えても、キラウェアが部分的にでも噴火し、空一面を火山灰が覆い尽くそうとしている」
「航空機の支援は期待できそうにないですね。噴火してからの対艦ミサイル。このタイミングで来たということは『起爆剤』を使ったのもトライデントでしょう。タイミングを合わせる必要がないのなら、輸送機に対空ミサイルを撃った方が早い」
「キラウェア噴火を待ってから表立った攻撃をしてきた事からも、孤立化を狙ったのは間違いないだろう。それが目的なのか、それともヤツらが好き勝手するための布陣なのかは知らないがな」
「し、しかし!! このハワイ諸島は太平洋地域で最大数の基地を誇るはずです! ここにある戦力だけでも十分に……ッ!!」
数だけなら確かにそうかもしれない。だが、此方の領分であろうとも、少しばかり勝手が異なると叫んだ海兵隊員に向けて大統領と二人肩を竦める。一方通行に傷を負わせた普通とは異なる技術。それをトライデントに教えた者がいる。サローニャの動きと違かろうと、『起爆剤』を使うという目的は一致している。雇った相手が違かろうと、グレムリンとトライデントに何らかの繋がりはあると見た方がいい。
「何にせよ、計画の段階がある一線を越えたんだろう。それも、ヤツらにとって都合の良い方向にな」
吐き捨て陸を目指し泳ぎ出す大統領の背を見つめ、俺も陸を目指して泳ぎ出す。その隣で変わらず微妙な顔で見つめてくる上条と御坂さんに気付き首を傾げた。俺じゃなくて陸を見ろ。
「なんだ?」
「いや、知ってたけどさ。知ってはいたんだけどアンタって本当にプロの傭兵なんだなって」
「傭兵モードの法水はなんか苦手だ」
「悪かったな普段は傭兵らしくなくて。さっさと行くぞまったく」
どんな時でも上条は上条で御坂さんは御坂さんな感じの二人の方が俺としては羨ましい。だからこそ、共にいる時はせめて俺らしく守ってみせるとしよう。
『孫市貴様何をやっているッ! いつの間にかスイスから消えたかと思えばロシアで死亡したなどと連絡があったかと思えば学園都市に現れ今はハワイだとッ! 私はドッペルゲンガーか何かの情報でも聞かされてるのかと思ったぞ! スイスの復興が終わらぬ内に時の鐘も全員出て行ってしまうし、こぉの、馬鹿者めッ!』
「分ぁかった! 分かったから静かにしてくれ。バレるバレる」
陸に上がって無人の酒場。上条、御坂さん、ロベルト=カッツェ大統領の三人から少し離れたところで瑞西五代目『
慌てて耳からインカムを外すが、慌て過ぎて手をテーブルに打ち付け酒瓶が落ちる。地面に当たり砕ける前になんとかキャッチし、口に酒瓶を近付け、御坂さんと上条の視線を察して道半ばで酒瓶は床に置いた。
『バレるではない。ハワイのキラウエア火山が噴火したとの情報は当然入っている。ハワイでいったい何があった? 此方もローマ正教の立て直しにスイスの復興。英国のトップやフランスの首脳との会談などが目白押しでそこまで時間は取れんぞ』
「なんでもグレムリンとか言う魔術結社が暗躍しててな。トライデントが遠路遥々遠征して来てて困ってるんだ。キラウエア火山もそいつらが吹っ飛ばした。トライデントを雇った相手が誰か知りたい。『
『グレムリン? また貴様は訳の分からない仕事を引き受けたのか? できはするがな……貴様の事だし悪用はしないだろう。少し待て』
お小言が続くと思ったのに思いの外素直だ。『
「どうした?」
『いや……今調べて貰っているところだから少し待て。ただ、お前は無事なのか孫市?』
「なんだ心配してくれるのか? ただの傭兵相手に殺されるかよ。個の質だけで言えば瑞西傭兵の方がずっと上だぞ。スイスがクーデターの時はほんと、仲間割れしててくれてよかったな」
『そうやって本気で茶化せる日がくればいいがな……孫市、本当に平気だな?』
「な、なんだよ気持ち悪いな」
スイスを駆けていた時でさえそこまで心配して来なかったくせに、念を押すように安否を確認してくるカレンに鳥肌が立つ。『
『……ナルシス=ギーガーとの最後の一戦。『
「……はい?」
右腕? 誰が誰の? 俺が『
理解が追い付かずに間抜けな返事を返してしまい、薄っすらカレンは笑いながらも、咳払いを一つ挟み真面目な口調は崩さない。
『時の鐘が休止を宣言したのに一人だけ活動を止めていない事も拍車をかけてな。現状瑞西を支えている名は二つ、『
「俺を? そりゃ物好きと言うか……あれ見てわざわざ襲おうと思うか?」
『あの時は私も貴様も限界を超えたからな。ただ良い事もある。あの映像は今のスイスの武力の証明にもなった。私と貴様が健在であれば、下手に手を出す者もいないはずだ』
そりゃ相手の上半身粉微塵にした奴と好き好んで戦いたいと思う者は少ないだろうが。ボクシングの世界チャンピオンの試合を見て戦いたいと思う者は早々いないといった具合だろうか。ただそれはそれで過大評価されている気しかしない。あの一戦だって俺とカレンが最後戦っただけで、そこに行き着くまでに多くの者の奮闘があったからこそ。自分で決めただけで別に褒められる事をやった訳でもない。
『だからこそだ孫市、私も貴様も図らずもスイスの象徴に近い位置にいるからこそ、今以上に強くならねばならない。心も体もな。幸い貴様はより名が売れスイスの外で動けている。その暴力をもって理不尽な暴力を叩きのめせ。それがこれからのスイスの示しにもなる。孫市、私ももう貴様を否定はしない。小言は言うがな』
「小言は言うのか……」
『当たり前だ。だが貴様は貴様が信じる通り強さを求めろ』
そんなこと言われなくたってこれまでやって来たのだからもちろんそうする。不機嫌に鼻を鳴らしてインカムを小突きながら煙草を咥えれば、湿気っていたのでそのまま吹き出す。
『そ、そこでだな。スイスのこれからの為に、毎日は私も忙しいからある程度の頻度で連絡を寄越せ。私から頼みたい事もあるだろうしだな……』
まじかよ……。なんだかとんでもない事を言い始めたんだけど……。
「おい……それだとマジで『
『時の鐘とて瑞西傭兵だろう、例え本部を学園都市に移そうともな。言っておくが栄誉な事だぞ『
何が騎士だよ。アレイスター=クロウリーの私設部隊に? 時の鐘学園都市支部支部長に? 将軍の小間使いまでやれと言うのか俺に? 他の時の鐘が休暇中みたいなものだからとしても俺に仕事投げすぎじゃないのか? 栄誉とかはどうだっていいのだが、瑞西の『
「……それは将軍命令なのか?」
『そ、そうだ。将軍命令だ』
「じゃあそもそも俺に拒否権ねえんじゃんか。やらしいなお前。はいよ、了解将軍」
『う、うん。ちゃんと連絡しろよ孫市。三日に一回はしろ。インデックスの事も頼んだぞ。それと黒子の事も泣かせたら承知せんぞ。浜面達もスイスの為に力を貸してくれたのだから貴様も────』
結局お小言じゃねえか⁉︎ カレンは俺の母さんか⁉︎
「あの、もうさっさとトライデントの雇い主を教えてくれよ……」
『そうだったな。うむ、確かにトライデントの口座に多額の金が流れている。本来プライベートバンクの顧客名を教える事などできないのだが特別だぞ。一度しか言わないからよく聞け。おそらくトライデントを雇ったのは────』
カレンに礼を言いインカムを小突いて腰を上げる。上条達の近くの壁に腰を落とせば、なにやら話し合っていた三人の顔が俺へと向く。
「分かったぞ。トライデントを雇ったのは、米国メディア王、オーレイ=ブルーシェイクだ」
やっぱりと言いたそうに苦い顔をした大統領がインペリアルパッケージのキーを弾き、一枚の写真画像が映し出された。もう一人の黒幕。『完全な民間事業で最も早く、宇宙長期滞在を実現しそうな人物』、『UFOの政府機密に触れられるであろう人物』、『世界中の石油の三〇%に関わっている人物』、多くの異名を持つ情報世界の女帝の顔を見つめ、静かに狙撃銃を握り締めた。