「実の父を頭越しにして、祖父のネットワークを引き継いだ米国メディア王だな。彼女個人の新事業は報道専門チャンネルから始まって、全国紙の創刊、携帯電話大手の買収などで地位を確立。メジャーリーグやプロフットボールのチームオーナーとしても有名だ。後はバスケットに手を出せば四大スポーツ制覇と言われている経済界の怪物だな」
オーレイ=ブルーシェイクの素性を連ねていくレイヴィニアさんの言葉がインカムから聞こえる中、一人窓の外を警戒する。電話会議モードに変わった通話のおかげで、インカムの奥で浜面や
「情報関連ビジネス以外の分野を、情報関連ビジネスに巻き込む手法も上手い。太陽光発電と家電の消費電力をコンピュータで管理するエコハウス事業に参入する事で建築と不動産にも喰らいついているし、自動車関連も電気自動車や車間自動調整プログラムの開発なんかで生産台数はトップクラスだ。アメリカを動かす大物一〇〇人なんて雑誌記事もあるが、オーレイの奔放なグループ拡大手腕は、そうした大物さえも吞み込んでいく訳だ。近年はSNSビジネスを含むインターネット検索大手を乗っ取った事で、米国内のほぼ全ての情報網を掌握した状態にある」
正にオーレイは現代の情報世界の怪物だ。この場に飾利さんがいない事が残念でならない。商才と人脈まで駆使して構築された情報網にほとんど隙がなかろうと、それに個で根を張るように食い破れるとしたら飾利さんくらいのものだろう。能力よりも何よりも、
話を聞き流している中、レイヴィニアさんに続き大統領が「そして検索大手ではちょっとした疑惑が浮上してやがった」と続けた事で、思わず少し目を大統領の方に向けた。
「F.C.E.……フリーコンパウンドアイズ。インターネット関連サービスの一つだ。警備会社の高額プランを利用しなくても、誰でも気軽にカメラを設置し、インターネットで連結し、防犯カメラ網を構築できると謳われていたサービスだ。しかし実際にはカメラの登録ナンバーさえ入力すりゃあ、第三者が設置したカメラの映像を勝手に覗けるなどの問題がホワイトハットハッカーらに指摘された。何より、ホスト側である検索大手側は米国中のカメラの映像を常時観察できる状態にある訳だ。当然、公正取引委員会から是正勧告を受けてサービスは停止されたはずだったが……」
それが停止されていない訳か。小さく舌を打って胸ポケットに挟んでいる携帯電話の頭を小突く。ほぼ全世界のカメラを掌握されていては、ライトちゃんの力でも電波塔が居たとしても防ぐ事は不可能だろう。大元のデータ自体を書き換えられれば別だが、脆弱なシステムに仕上げているはずもない。ライトちゃん自体の能力の強度はバッテリーに左右されるとは言え、携帯のバッテリーでは消費量を考えずどれだけ頑張っても
「
「でも、オーレイってヤツは何を狙っているんだ? 今のままだって、一生遊んだって使いきれないぐらいの金を抱え込んでいるんだろ」
浜面の零した疑問にため息を吐いてインカムを小突く。
「浜面、スイスのクーデターも第三次世界大戦も別段金の為に起こった訳でもないだろう? 勿論利益の為に戦争に加担する輩もいないでもないがな。それは副産物のようなもので、人の生き死にが掛かったような戦いの始まりに金が絡む事は多くはない。絡んでいても矛を握る理由は、尊厳の蔑視であったり、不平等の嫌悪だったり、内面的な事である事が多い。オーレイもそれだけ世界を牛耳ってるのなら、少しばかりのままならない事を許容するようならおそらく今の事態はない。ちょっぴり自分の思い通りにならないだけで癇癪を起こす奴もいる。上条だって英国で聞いたろ? ヘンリー八世とかそのタイプだぞ」
ヘンリー八世は魅力的で教養があり老練な王と言われるが、晩年は好色、利己的、無慈悲かつ不安定な王であったとも言われる。実際自分を天使長であると謳い、『
「そうさな。オーレイ=ブルーシェイクは、上院とも下院とも違う、第三の議院と呼ばれてやがった。それだけの影響力があるって事さ。メディアへの露出は票集めに直結する。そしてオーレイはあらゆるマスメディアを掌握していた。率直に言って、大統領選すら彼女の影響から完全に逃れる事はできねえ。事実、俺の当選だってオーレイが企画したキャンペーンに後押しされた部分もある」
「まず議員を縛りつけ、彼らの命令で軍や官系組織に影響を及ぼす。『情報』が金以上に流通する。それでも強情に自己の思想を貫き国家へ奉仕する政治家については、サローニャの魔術で操って制御する……」
「レディはレディなりの思想で合衆国の舵取りをしようとしてやがった。その歯車として使えそうな者を当選に導く形でよ。にも拘らず、実際のアメリカはレディの思う通りには動かなかった。いや、あの時はもはや誰の手にも委ねられねえ状況にあったってのが正解なんだが」
アメリカとハワイの現状を確認するように言葉を並べる上条と大統領の言葉が不意に止まる。ローマ正教、
即ち『第三次世界大戦』。
全ての終わりはそこにあり、そして全ての始まりもそこにある。終わった事も数あれど、始まった事も数多い。何がどう変わり何が終わって何が始まったのか。世界中のあらゆるところで起こった変化を、全て分かっている者などいないであろう程に。
「正直に言って、アメリカのシナリオ通りに事が進んでいたとは言い難い。それどころか、蚊帳の外にいた感すらある。オーレイはそこで何かに見切りをつけ、もっと直接的に合衆国を操れる仕組みを作ろうとしてやがるのかもしれねえな」
「大衆の為に大枠として国が存在するっていうのに、個人の所有物のように扱われちゃ堪らないな。ある意味でナルシスと同じ穴の
「あの人ならマジでやりそうで笑えねえよ法水……、でもそれでグレムリンやらトライデントやらと接触したって、そこまで分かってんなら、オーレイってヤツを逮捕できねえのかよ」
浜面の呻くような訴えに大統領は小さく首を横に振る。
「レディの居場所は誰も知らねえ。敵が多いからな。住民票こそワシントンD.C.扱いだしきっちり納税もしてるが、火星に基地を作ってやがるって言われても納得できる」
「伊達に情報世界の女帝なんて呼ばれてないんだ。下手に追ってもダミーの情報網に囚われて迷路の中だろうさ。頼りになる子を一人知ってはいるが、見つけてもハワイの外じゃ無理だ。今はハワイから出る手がないし、アメリカにいなければ捕らえるのも難しい」
取り敢えず黒幕が分かったところでどうしようもないと分かったからか、各々が今に集中する為に浜面も
「……なにか?」
「アンタが言った頼りになる子ってどうせ初春さんでしょ? アンタ初春さんに黒子とか、佐天さんもだけどやたら評価高いわよね」
「何言ってんだ当たり前だろう。ただの中学生にしておくには勿体ないよ。だからこそ
普通の感性を学ぶという点においては、佐天さんに頭が上がらない。普通にいい子で、普通に優しく、だから普通に頼りになる。戦場に来て欲しくはない日常の強者だ。そう言えば御坂さんに眉を傾げられる。よく四人でいるし気にするのは分かるが、仕事でもなければあの三人にはあまり戦場に寄って欲しくない。俺が気にしなくても飾利さんや黒子はやって来るけど。
「私の目が黒いうちは勧誘なんて許さないわよ」
「御坂さんが見張らなかろうと黒子に見張られてるし関係ないな」
「アンタ私の扱い雑じゃない?」
「俺は俺でちゃんと御坂さんはリスペクトしてるぞ」
「はっ! どうだか」
マジでリスペクトしてるのにこれだよ。それなりの頻度で雷撃の餌食になってるのに態度変えないあたりで察して欲しいところではあるが、変に気に入られるとクッソ面倒な頼み事されそうだから一歩離れていたいのも事実。食蜂さんといい御坂さんといい常盤台の
「私アンタの仕事に巻き込まれた事忘れてないわよ」
「いつの話をしてるんだ。あれは施設に不法侵入繰り返してた御坂さんの所為だろ。あそこ一応製薬会社の研究所だぞ? 施設が吹っ飛んで必要な人のところに薬が届かなかったらやばいからこそボスも仕事を承諾したんだし。客観的に見れば犯罪者なのは御坂さんだ」
まあその仕事もダブルブッキングで、報復に動く羽目にはなるわ第四位には目を付けられるわで全くいい事なかったけど。自分の利益だけを守る為に戦力引っ張ってきた挙句に屁理屈捏ねた野郎にはさようならしたから別にもういいのだが。金さえ払えばなんでもする個人的な用心棒などと思われては困る。目くじらを立てる御坂さんに肩を落とし、懐のライトちゃんを引き抜いて御坂さんへと軽く放った。
「まあ俺も結果相棒の一人ができたんだし、御坂さんも偶には話してあげてくれよ」
「
「え? へ? ちょ、ちょっと⁉︎ この子って確か……」
「『
「あ、アンタね! あんまりあの子達に変な事教えるんじゃないわよ! ロシアの子も咥え煙草にウィスキーの瓶片手で会った時突っ立ってたんだけど!」
「……それはあれだよ、ほら、軍人とコミュニーケーション取る為に必要だったんだよきっと」
「アンタに教わったって聞いたけど⁉︎」
……ぐうの音も出ねえ。怒涛のように連絡が来て捌いてたからついいつものように答えてしまった。でも御坂さんはさて置いて上手いこといったみたいだしいいんじゃなかろうか。
「し、
「呑んだくれになったらアンタの所為よ、まったく、それだけ面倒見いいなら黒子の事ももう少し相手してあげて。アンタ黒子と付き合ってるんでしょ? それでも全然変わらないんだけど」
「それは俺には無理だよ。黒子のお姉様病は不治の病だもん。寧ろどうにかしてよ。仕事関係ない普段の黒子との話の半分は御坂さんの話だぞ。それ聞いて俺にどうしろってんだ」
「私との会話の三割くらいもアンタの事なんだけど? それ聞いて私にどうしろってのよ。アンタの好みとか知ったこっちゃないわ。なんか迷彩柄の下着とか買ってるし」
「これだよ、迷彩柄=ミリタリーってのは安易過ぎる。分かってねえなあ。必要なのは機能を研ぎ澄ませた結果生まれる美しさなのであって、別に柄で判断してるわけじゃないんだよ。だいたい黒子には迷彩柄よりも」
「それ私に言わないでくれる?」
じゃあ誰に言えばいいんだ! 黒子に面と向かって言えとでも言うのか⁉︎ 聞いたんならせめて黒子にやんわりと伝えてくれてもいいのではなかろうか、それより黒子のパジャマがネグリジェというのは本当なのか。少しまだ早いんじゃないかと思わないでもないが、その真偽の方が知りたい。だいたいそもそも。
「俺まだ黒子と付き合ってないし」
「え……嘘でしょ? アンタ達あれで付き合ってないの? 冷めてるのか達観してるのかよく分かんないわね……絶対黒子もアンタも仕事で頭やられてるわよ」
それは電撃で頭がやられてるって俺が御坂さんによく言う意趣返しか? そもそも四六時中仕事が来る学園都市が悪い。黒子と二人でいてもだいたいどっちかに仕事の電話が来るよ! どんだけ治安悪いんだよマジで。学生らしい恋愛とかできる気がしないぞ。学校通ってなきゃ完全に社会人だよ。マトモにデートをした事もほぼない、真夜中に散歩したのがあるくらいだ。どうなのそれ。
「俺だって第三次世界大戦終わったらって思ってたのにこれだよ。俺だってどこかで区切り付けたいのに時間がないんだよマジで。黒子へのお土産だってまだ買えてないのに……」
「ならあれよ。ほら、お土産ならほら……指輪とか」
急にブッとんだなッ⁉︎ お土産で指輪ッ⁉︎ なんか色々な階段をブッ飛ばしていないだろうか。だいたいなぜそんな口をもごもごさせる。なぜチラチラ上条の方に目をやる。まさか買ったの? マジで? 告白もまだじゃないの? それで上条に指輪? おいおいマジかよそれはいくらなんでも……。
「悪くないな」
「でしょ! そうでしょ! やっぱり分かるやつには分かるのよ!」
なぜかすごい嬉しそうに御坂さんに叩かれるが、俺としては既に腹を決めているのでできれば形にしたいのも事実。ただどんなものがいいのだろうかと小さく首を傾げれば、御坂さんにずいっと携帯の画面を向けられる。なんだ? キューピッドアロー?
「ここがオススメよ!」
「ハワイに本店のある結婚指輪の老舗? ほぅ……気に入った」
「でしょ! 見る目あるじゃない! こうなったら私がバリバリ協力してあげるから任せときなさい!」
なんか急に御坂さんが馴れ馴れしくなったがまあいい。バリバリ協力してくれるのはありがたいが、バリバリ電撃は放たないでね? しかし御坂さんがいてくれるなら黒子の好みに合うそうなのを選べそうなのもいい。指のサイズなんてとっくに知ってるが、これからの成長を考えると少し大きなサイズでなければダメだろうな。そう御坂さんと頷き合っていると、ライトちゃんに唸られたが何故だ。「
「待て待て待て。くそっ!! ローズラインのヤツ、追い詰められて暴走してんじゃねえ!!」
首を捻っていると、インペリアルパッケージを覗いていた大統領が叫び掌で叩き出した。急な態度の変容に驚き、上条と御坂さんと大統領の側へと寄れば、向けられる怪訝な目にも答えず、大統領は小さく舌打ちしインペリアルパッケージを見つめながら続ける。ローズラインさんは大統領の補佐官のはずだが。
「俺の側近が状況打破のため、勝手に動き出しやがった。オーレイ=ブルーシェイクの娘がカウアイ島に匿われている。そいつを攫って有利に交渉を進めるために、使える兵隊をかき集めているんだ」
リンディ=ブルーシェイク。齢八歳のオーレイの娘でメディア王のネットワークの唯一次期継承者。ブルーシェイク家の家庭内暴力が原因で、オーレイが親権を勝ち取ったものの、実際に拳を振るっていたオーレイを危険だと判断し証人保護プログラム*1と同じ『緊急保護』を受けカウアイ島に匿われた。そう言った説明を大統領は続け、上条は顔を青ざめ、俺も狙撃銃を握る手に力が入ってしまう。
「マジかよ……。リンディって子は何もしてないんだろ。兵隊の方は応じるのか? 緊急時って言ったって立派な犯罪だろ!?」
「上条の言う通りだ、必要たって限度があるだろ。ただの一般人を戦場にわざわざ引っ張ってくるのか? 何のために軍隊がいる? おいおいおい、本末転倒にも程があるぞッ」
「その法律がまともに機能しちゃいねえ。そして海兵隊もこの現状に殺気立ってる。敵の動きは迅速で、天下の米軍が押され気味だ。戦火はコントロールできねえし、市街地まで戦線がズレ込む可能性も否定できねえ。そうなったら大量の民間人が巻き込まれる。それを何としても阻止したい……という風に
正義か。便利な言葉だな。やってる事が悪だと言った方がまだ潔いい。一般人を巻き込むのはいい加減ウンザリだ。ただでさえ魔術を解析する為に一般人を三人も巻き込んでいる。操られている者に非はないのに。苛立たしく腹立たしい。自分にもムカつくし、何度も何度も民間人を巻き込むような状況に。
何の為の傭兵、何の為の暴力なのか。
正義なんて甘ったるい言葉は俺には必要ない。本当の正義があるとするなら、正しいことを正しいと言い切り実行する者。正義なんて曖昧な言葉はそんな者達に追い付けないのに。言葉がただ先に来ることほど馬鹿らしい事もない。話を静かに聞いていた御坂さんも、浮ついていた気を急激に鎮めて重々しく口を開く。
「……具体的に、どれぐらいの人間が呼応しているの?」
「二〇〇人程度。多分、ローズラインが直接『安全』だと判断して信用していた連中の一部だろうな。師団を三つも四つも持ってるハワイ諸島からすれば少数派だろうが、こいつらは完全に部隊の指揮から離れちまっていると判断するべきだ。平たく言えば、正義のために何をするか分かったもんじゃねえ」
「……それじゃあ部隊じゃなくて暴徒だろうに」
暴力を律する事ができなくなれば終わりだ。自分が何に対して銃口を向けているのかも分からないようなら、銃を握る意味もない。引き金を引くのは自分だけ。背負うのも全て自分だ。正義なんてものに背負わせるものではない。二百人だと銃弾が足りないと軍服のポケットに手を突っ込んでいると、座っていた上条が静かに立ち上がった。
「……リンディ=ブルーシェイクはカウアイ島にいるんだったな? そのコンピュータで顔写真を引き出せるか」
「どうするつもりだ?」
短く、迷わず、上条は一言。
「
まったく……どうにも口端が持ち上がる。
きっとまだどう助けるか方法も思いついていなければ、向かって来る戦力だって上条は正確に思い描けていない。それでも。向かう心だけはブレずに真っ直ぐ芯が通っている。別に上条がやらなくてもいい事なのだろうが、それでも上条は自分で足を差し向ける。力がない正義は正義と言わないなんて言葉があるが、ならリンディに向かう海兵隊が正義かと問われればそれは違う。力が足りないなどと言われるのなら、足して無理矢理届かせればいい。
「海兵隊より早くカウアイ島に入って、彼女を避難させる。場所はどこでも良い。とにかく兵士達が見つけられない場所へ、リンディには隠れてもらうしかない」
「ちょ、ちょちょちょっと待ちなさいよ! そのリンディって子が黒幕の娘っていうのは事実なんでしょ? その子を助けるために戦うのは、ハワイ諸島を制圧しようとしている連中に味方するって事になるんじゃない!?」
「敵の敵は敵なんて事だってしょっちゅうだ。大統領、悪いが俺はアメリカに雇われている訳ではない。状況を悪くしない為に大統領の護衛もしてたがここまでのようだ。なあ上条、俺はお前の護衛だぜ? お前が行くなら俺も行くしかないじゃないか」
ボルトハンドルを引き弾丸を込める。俺に目を移した上条は、驚く事もない。
「笑って言うなよ法水、お前なら仕事じゃなくても来るって知ってるって。リンディはたった八歳で名前も生まれた場所も全部捨てて、そこまでいろんなものを失って手に入れた当たり前の安息を、無理矢理捕まえて、もう一度銃やナイフを突きつけてオーレイの前に立たせるなんてアリな訳ねえだろ。ハワイ諸島をグレムリンの手から守り抜くって言うなら、あの子だってハワイ諸島の住民だ。だったらリンディだって守られるべきじゃねえのか!」
上条も嫌な発破の掛け方してくれる。そんな風に言われたら他人事だと思えないじゃないか。俺はスイスに辿り着いたが、リンディ=ブルーシェイクはハワイに辿り着いた、ただそれだけの話。上条の信頼厚くて泣けて来るなまったく。仕事じゃなくても協力したのなんてロシアの一件くらいだぞ? そんなに信じられるとどうにも体の内側が痒くなる。だから上条は嫌いになれないんだ。
「……そーだな。『緊急保護』として身柄を預かった以上、リンディ=ブルーシェイクをオーレイの手から守るのは政府の責任だ。となりゃ俺も戦わねえ訳にはいかねえな」
「いいんですか大統領?」
「当たり前だろうが。国民一人の為に立ち上がれないようじゃどんな時だって立てる訳もねえ。俺は
星条旗を背負った国のトップ。自由の国。世界の警察。その異名の体現者。
超能力も魔術も使えなかろうと、その立ち姿こそが雄弁に語っている。
ただそこにいるだけで不思議と安心する広い背中に、思わず笑みが零れた。オーレイ=ブルーシェイクが認めなかろうが、ロベルト=カッツェ、彼こそがアメリカ合衆国大統領だ。
「御坂はどうする? 今のは俺達の選択だ。お前に強要はしない。身の安全のために、ここに隠れていたって良いぞ」
「……分かった。分かりましたよ。私だって正直、リンディって子に銃を押し付けたり、心の傷をわざわざこじ開けようとする真似にカチンと来てるのは事実だしね。ハワイ諸島を取り戻すために命を張るのはあの子の仕事じゃない。それは私達がやるべきだからね」
少し悩んだように口を閉じて吐いた御坂さんの台詞は、結局いつもと変わらず。どうせ御坂さん一人でも同じ決断をしていたはずだ。それを嫌という程学園都市で知った。上条も、御坂さんも、誰かを助けるのに言い訳を捏ねくり回したりしない。それが気に入らないから。それでいい。道を違えているというのなら、誰かにぶっ叩かれるだけ。そうでないなら、迷わず進んで行くだけだ。
ようやくハワイに来て全員の顔を眺める事ができた。
上条当麻、
「トライデントやそれを操るサローニャは、娘がどこにいるか具体的な位置を把握できていない。虱潰しに調査すればいつかは発見されるだろうが、可能な限りヒントを得ようとはするはずだ。私達がここへやってきたのを確認して、慌てて命令を出している所じゃないか?」
「つまり状況は五分。海兵隊に介入されて状況が複雑化する前に、さっさとリンディって子を保護してしまいたい所ね。当然、その子の居場所は分かっているんでしょ。どこに……」
レイヴィニアさんの言葉に御坂さんが頷き考える先で、レイヴィニアさんは自分の唇を指で撫ぜた。
「さっきも言った通り、オーレイ、サローニャ勢力はまだリンディの居場所を知らない。海兵隊の方は本格的に潰そうとしている所から鑑みて、私達の動きを観察して特定するつもりだろう。……まぁ、あれだけの数なら虱潰しでも見つける事はできそうだが……つまり、私達の動きが、リンディを追い詰める引き金となる」
レイヴィニアさんの呟きに場が少し整黙とする。檄を飛ばすにしても際どい。それで迷う事などないが、レイヴィニアさんはドSだな変わらず。
「この先を行くなら覚悟を決めろ。彼女を救い出すためには、一度彼女を窮地に立たせる必要が出てくる。その非情を認めた上で行動する。分かったか?」
静かに頷く周囲を確認するレイヴィニアさんの前で、ゲルニカを掲げて立ち上がった。リンディ=ブルーシェイクが追われるとしても、要はそれよりこっちが目立ってしまえばいいだけだ。大統領の言葉を背に聞きながらカウアイ島を望む。
「リンディ=ブルーシェイクがいんのはサニーウォッチャー44─19。引き金は引いた。ひとまずオカルト付きのPMCとドンパチを始めるとするか」