時の鐘   作:生崎

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虹の島 ⑦

 ────ゴゥンッ! 

 

 時の鐘の音がカウアイ島の空に薄っすら響く。上陸しそれぞれ班を分けて動いてからどれだけ経ったか。一々時計を見ている暇もない。火山灰を避けて超低空を疾走して来たステルス戦闘機が海岸線にミサイルを落として行くわ、銀色の軍服を着た連中がわらわら出て来るわ、米軍まで島に上陸を始めるわ散々だ。浜面と大統領とレイヴィニアさんはオフロードカーで走ってっちゃうし、上条は黒夜さんを連れて走り出してっちゃうし、一方通行(アクセラレータ)、御坂さん、番外個体(ミサカワースト)さんと足取りを共にしながら、俺は上条の向かった先へとのっそり足を向け、小屋の影から出て来たトライデントの傭兵の頭をまた一つ打ち抜く。

 

 ────ゴゥンッ! 

 

「ちょ、ちょっとアンタッ!」

「……能力者の世界に暗黙の了解があるように傭兵の世界にも掟がある。殺そうが殺されようが恨みっこなしってな。民間人虐殺しに来た連中に掛ける慈悲を俺は持ち合わせてない」

 

 顔を引攣らせる御坂さんを一瞥する事もなく、ただ静かに歩き引き金を引き、弾が切れれば銃弾を込める。地に倒れ動かなくなったトライデント達の横を抜け、ゲルニカに連結している軍楽器で地を小突けば、隣に一方通行(アクセラレータ)が足を落とした。

 

「……法水、ショッピングモールでトライデントが来た時一瞬奴らオマエを見て止まったな? 何かあるのか?」

「俺に? スイスでの一件が漏れてるらしいからそれでじゃね?」

「冗談はいい」

「……トライデントの主な活動拠点は東欧だぞ。ヨーロッパの傭兵でウィリアムさんや時の鐘を知らないなんてありえない。時の鐘は暴力と恐怖の象徴だ。つまり────」

「ビビってるって訳ね」

 

 番外個体(ミサカワースト)さんの言葉に肩を竦める。トライデントとぶつかった事は一度や二度ではない。オカルトを取り入れ変わったとしても、元々の領分の中で見知った相手の印象が変わるかと言われれば、残念ながらそれはない。オカルト相手なんて時の鐘はトライデントよりもずっと前からやって来た。今更オカルト齧ったくらいで、瑞西傭兵の基礎魔術を使う者達と比べても練度の差は著しい。だからこそ。

 

「トライデントの注意を引くだけなら難しくはない。ただ俺はいつも通り戦場を歩くだけだ。学園都市と違ってやり易くて助かる。俺はこのまま上条を追う。民間人は任せたぞ」

「……強くなってもアンタは変わらないのね」

「例え強度が変わろうが、形が変わらないだけさ」

 

 なんとも寂しそうな顔をする御坂さんに手を振って、三人から離れる。学園都市ならいざ知らず、カウアイ島を踏んでいるのは軍人や傭兵。一応は味方の海兵隊こそできるだけ殺すような事はしたくないが、トライデントは別だ。同じ傭兵であるからこそ分かっている。分からないと言うのなら傭兵なんてやめればいい。国を守る為に銃を取った訳でもなく、力を売る為に傭兵になったのだから、力で潰されても文句は言えない。俺のいる世界はそういう世界。俺の売る法則はそういう法則。輝かしい世界を守る為に薄暗い世界を押し売るような奴は摘む。

 

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 

時の鐘(ツィットグロッゲ)ッ⁉︎ くそッ! 瑞西(スイス)の悪魔がなんでハワイにいるんだよ⁉︎」

「狼狽えるな! 報告で聞いただろ! 前の俺達とはッ!」

「変わる訳ないだろ馬鹿か」

 

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 

 自分で磨いた技でもなく、与えられたものを我が物顔で掲げて強くなったなど滑稽だ。勇み向かって来る銀の軍服の額に穴を開け、足の止まったトライデントの三人を続けて穿つ。

 

 跳躍距離が伸びようが、走る速度が上がろうが、英国の騎士派や瑞西傭兵と比べて拙過ぎる。自分にないものを上乗せしたところで底は変わらない。底を掘り下げ上へと積むことができるのは自分だけ。オカルトを知り、憧れ、掴み、満足してしまったところが限界だ。

 

「無理だあんなのどうしろって……ッ!」

「馬鹿逃げるなッ! 時の鐘に見つかった時点で逃げ場なんてッ! 化物がッ! オカルトを使ってる訳でもない癖──ッ⁉︎」

 

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 

 ボルトハンドルを引き薬莢を捨てて弾丸を込める。アサルトライフルの銃口が俺に向こうと動く骨の軋む音を拾い、すぐにボルトハンドルを押し込む引き金を引く。弾け千切れかけたトライデントの腕が横へと振られ、隣の仲間を蜂の巣にする。腰から手榴弾を抜く者へは手榴弾を撃ち抜き弾き飛ばし、屋根から跳んで来た者をその勢いを巻き込むようにして首に狙撃銃を引っ掛け首の骨を捻り折る。

 

 俺のリズムは変わらない。相手の鼓動を拾い込み、その振幅に合わせて動くだけ。これまで目で見えなかったからこそ埋まらなかったズレが、『共感覚性振動覚』が開いてから嵌ったのを感じる。頭で想い描く想像の動きを、波で調律し合わせられる。ボスやハムやクリスさんやロイ姐さん。一番隊の多くがズレないこの感覚を知っているのだとしたら、これまでの俺は技術的にも半人前で、やはり時の鐘擬きが正解らしい。ただ今は違う。

 

 スコープを覗くのはなけなしの感覚を絞るのに必要だった。でも今はいらない。覗かねばならない世界を俺も掴んだ。世界を取り巻く波の世界こそが俺の新しいスコープ。覗くのでは身を浸す。別世界に踏み入ったような感覚の中では、相手の動きが止まっているかのようによく分かる。

 

「くっそッ、どうすればそんなッ、オカルトを使わなくてもそこまで行けるならッ」

「そこまでってどこまでだ?」

「な、に……?」

「分かるんだよ、まだ先がある。こんなところで満足なのか? 最高には程遠い。こんな必死じゃ満足できない」

 

 銃を落とし膝をついたトライデントに引き金を引く事なく横を抜ける。別に究極の力を欲している訳ではない。でも今でさえ穿てない者がいる。どれだけ磨き積み続けても終わりはなく、輝かしい者達の輝きを守る為にはどれだけ掘り積んでも足りやしない。歩みを止めれば置いていかれる。俺は誰かになりたい訳じゃない。俺は俺のまま誰かに並びたい。その為の終着点など存在しない。隣を見れば常に誰かが歩いているから。魔術師、能力者、その者達とは違う道で俺のまま俺は並びたい。

 

「……軍楽隊(トランペッター)、お前はどこまで行く気なんだ?」

「どこまでも。民間人を撃つ気なくしたなら民間人を守ってやれよ。その方が傭兵冥利に尽きるだろう」

 

 屍達の中で膝をついたトライデントに背後から名を呼ばれ、銀色のマスクを外した男を一瞥するも足は止めない。これが俺の歩く道。嫌われ恐れられても形は変えない。それもまた必要な事であると戦場を渡り知っているから。他の奴に押し付けるぐらいなら俺が貰う。既に手にしているからこそ、狙撃銃は誰にも渡さない。

 

 

 

 

 

 

 カウアイ島。ハワイ諸島の最北端。又の名をガーデンアイランド。ハワイ最古の島と呼ばれるカウアイ島には、ナパリコーストと呼ばれるナパリ海岸州立公園がある。『ナパリ』とはハワイ言葉で『絶壁』を意味し、その通り最も奥にある『難所』は数キロに渡り大地を割ったような断崖が連なり、一般車両は立ち入る事もできないほど険しい。ジュラシックパークのロケ地になった事でも有名だ。そんな断崖に張り付いた幾つもの銀色の軍服を見つめ、狙撃銃を構えて引き金を引く。

 

 ────ゴゥンッ! 

 

 絶壁に反響し駆け巡る狙撃音に銀色の動きがぴたりと止まる。

 

 知っていれば音を聞くだけで誰が来たのか理解する。

 

 見晴らしのいい崖に張り付いている事こそ致命的、断崖の中程にポツリとあるログハウス目指して突き進もうとしているらしいトライデントのおかげで目的地も分かる。上条達は既にたどり着いたのか。上条達を追うトライデントの動きのおかげで、此方としては援護がしやすい。

 

 ログハウスに近い銀色の軍服の者を撃ち落とし、弾丸を込めながら動かす足を速める。黒夜さんが上条と居るからこそある程度落ち着いて動ける。時折軍楽器(リコーダー)で木や地面を小突きながら足を進め、木陰に隠れて気を伺っているトライデントを幹を射抜き吹き飛ばす。

 

「数だけは多いんだよなまったく……銀色の蜚蠊(ゴキブリ)かよ」

バルサン焚く(Do you burn Barsan)?」

「そんな気の利いたものがあればいいがなライトちゃん、俺は音を立てて追いやるしかできないんだなこれが」

インカルツァンド(incalzando)!」

「そういうこと」

 

 山での動きなら俺だって慣れている。「狩に行くわよ」とボスに言われて連れられた数など数えきれない。何より森林、地面に落ちている小枝を踏みしめれば、波紋が弾けるおかげで一定距離にいる相手の位置もよく分かる。調子を確かめるように軽く跳ね。身を屈めて山での動きに体の動きを調整する。木々の間を吹き抜ける風に逆らわず、手に持った狙撃銃を多少垂らして揺らし体の振りで地を滑る。木の背後に隠れた相手に向けて、衝撃を通すように木を渾身の力で殴る。

 

「ゴッ⁉︎」

 

 口から息を吐き出し吹き飛ぶ海兵隊員。地を転がる海兵隊員に驚き他の海兵隊員も木陰から身を乗り出すが、俺の姿は木の背後。

 

「……スゥが言ってた意味が今なら少し分かる」

 

 気の流れとやらはイマイチよく分からないが、波の動きなら分かる。要はその波を押し出すように増強し敵にぶつければいい訳だ。衝撃吸収材でもなければ、ある程度は威力が通る。スゥなら駆動鎧(パワードスーツ)越しでさえ内臓破壊できるだろうが、その域に届くにはまだ練習が必要らしい。間に挟まれた木もお構いなしにアサルトライフルを構える海兵隊員の波が伝える気配に舌を打ち、手近の木を引っ掴んで上へと走る。

 

 手を伸ばして木を掴み、体の振りを利用して上に跳ぶ。腕の力だけでスルスルと眼下で光るマズルフラッシュを眺めながら海兵隊員達の背後へと身を落とした。

 

「貴様ッ、トライデントじゃ⁉︎」

「敵なら同じ事。殺しはしないでやるから寝てろ」

 

 慌てて身を捻る海兵隊員の足を銃身で掬い上げ、バランスを崩した所で大きく足を前に踏み込む。海兵隊員の一人を盾にしながらその後ろの二人を巻き込み木に突進し、その衝撃を利用して後ろへ飛んで身を捻り、振り上げた狙撃銃の銃床を残った一人の頭に薙ぐ。いくら弾丸があっても足りない。適当に気を失った海兵隊員達から手榴弾などを物色しながら、耳に付けたインカムを小突く。

 

「上条に繋げ」

了解(yeah)お兄ちゃん(brother)!」

『──どうした法水! さっきからお前の銃声凄いぞ! ってか今それどころじゃ⁉︎』

「分かってる。ログハウスの方がばちばち鳴ってるからな。ここから炸裂弾でも撃ち込もうか?」

『待て待て⁉︎ そんなの撃ち込まれたら俺達まで吹っ飛ぶって⁉︎ 黒夜とどうにかするから法水はリンディを追ってくれ!』

 

 そうは言われても上条がログハウスに居てリンディが居ないのなら居場所が分からないのだが。それに撃つにしたって上条を巻き込むようなヘマはしない。炸裂弾を一発装填し、ログハウスの近くで集まっている銀色の集団目掛けて引き金を引く。弾丸が空に線を引き、弾けた空間に飲み込まれた銀色が吹き飛び転がる。戦闘音の小さくなったログハウスを見上げて、弾丸を込めながらインカムを小突いた。

 

「多少は減らしたから頑張ってくれ」

『……今の衝撃でログハウスが一部崩れたぞ』

「ただトライデントの布陣も崩れたろう?」

『助かりはしたけど、あんまり背負い込むなよ法水』

「忠告どうも」

 

 肩を竦めてインカムを小突き、さてどうすると頭を回す。上条はリンディを確保しろと言ったが場所が分からないのも事実。俺にとっては一番に上条の生存、他の二つは副産物のような仕事だとして、次点でリンディの保護といったところ。波を拾えるといっても会った事もない少女の居場所を波の世界から掬い上げろというのも無理な話だ。インカムを小突き考えを回す中で、ライトちゃんが着信が来た事を告げる。相手は────。

 

「レイヴィニアさんか、どうした?」

『リンディ=ブルーシェイクは確保した。ありがたい事に大統領に協力を申し出た海兵隊も手に入った。アメリカもどうして、なかなか骨のある連中がいるな』

「そりゃあの大統領が治める国の軍隊だしな」

『そちらはどうだ?』

「こっち? トライデントは狩って、海兵隊には一足先の休暇に入って貰ってるよ。乱戦の時は一人の方が自由に動けていい。それに……上条の方はなんか崖が崩れた」

 

 なぜ崩れた? 炸裂弾を撃った時も崩れないように狙ったのに、ログハウスを残すように、その手前の道が突如起こった崖崩れに飲み込まれる。あれではここからログハウスに行くにも苦労するぞ。黒夜さんが何かしたのか、あれではトライデントも辿り着けないが俺も辿り着けない。選択肢が無理矢理一つ減らされた。俺よりよっぽど過激だ。

 

『では今動けるな時の鐘、大統領が今補佐官と交渉中だ。トライデントの動きを止めるためにトライデントの指揮官を捕らえたい。お前なら容易いだろう? 場所はこちらで掴んでいる。世界最高の狙撃部隊の力を見せてくれ』

「なるほど、頭を抑える事ができれば確かに早いな。この戦場も一先ずは落ち着くか。で? 何処にいるんだ? 今のトライデントのボスって誰だっけな」

『自分で見て知ればいいさ』

 

 仰る通りで。レイヴィニアさんが告げるトライデントの指揮官がいる場所を聞きながら山の中を滑り落ちるように走る。雪山を滑り降りるのは慣れているのだが、雪のない山では速度が出ない。途中走っているトライデントのオフロードカーを木の上から手榴弾と炸裂弾を見舞い強襲し、剥いだ鉄板をスキー板代わりに足に括り付けて速度を上げる。

 

 ある程度スピードにさえ乗れば土の上でも滑る。ただ走るよりもずっと速い。目指す場所はカウアイ島、ノヒリ港。山の斜面を沿うように走り抜け、小高い丘で足を止めた。

 

「配置に付いたぞ」

『もう着いたのか? こっちはまだ少し掛かりそうだ』

「先に制圧しておこうか? 戦車に装甲車、指揮通信車、上から見りゃ一発だな。民間人は居なそうだし、邪魔な建物は特殊振動弾で吹き飛ばす。それで指揮官は……」

 

 銀色の軍服に混ざったフランス系の高官用軍服。そんなのが一人居れば嫌でも目立つ。他との違いを目に見えて分かるようにしたいのか知らないが頭痛がしてくる。何よりその軍服を纏った者の顔を見てより頭痛がしてきた。

 

「ギネシック=エヴァーズだ。元フランス海軍参謀。ブリテン=ザ=ハロウィンの時にやらかして失脚したって話だったがな。まさかここで見るとは……あれからまだ一月も経ってないよな? フランスの首脳が手を回したとも思えないが、きな臭いぞ」

『EUの政治や経済など今は知った事ではない。時の鐘、指揮官を残し制圧しろ』

「なあ、俺レイヴィニアさんに雇われてるんだっけ?」

 

 まるで雇い主のように振る舞うレイヴィニアさんに口端を苦くし、苦笑しながら足に括り付けていた鉄板を外してゲルニカを構える。

 

 

 ────ゴゥンッ!!!! 

 

 

 軍楽器(リコーダー)を捻り音色を奏でるように音を隠さず、装填した特殊振動弾を戦車目掛けて撃ち込めば、歪んだ音色を弾き戦車が沸騰し吹き飛んだ。阿鼻叫喚の声さえ聞こえぬ遠方で弾丸を込めて引き金を引く。気付かれようが気付かれまいがどっちでもいい。こちらに手の届く武装を優先して狙い、建物に避難する者達は、特殊振動弾で纏めて潰す。

 

 息を吸って息を吐く。目は逸らさず、慣れ親しんだ射撃と装填の動きを鼓動に載せるように合わせて繰り返す。

 

 一発、二発、三発と絶え間なく吐き出す先で吹き飛ぶ人影を忘れぬように瞬きはせず、脅威を消し去り地を平らに。振動の世界に浸っていた意識を、落とされたレイヴィニアさんの咳払いが揺り起した。

 

『超遠距離から瑞西の弾丸を投げつけるとそうなるのか、まるで台風でも投げつけているようだな。古くは矢で作っていたのだったか?』

「矢よりも広域殲滅能力は桁違いだけどな。特殊振動弾の元になった矢も撃ったことあるが、あれは特殊振動弾より貫通力に特化した振動矢って具合だった」

『矢を撃つ? ……あぁ、スイス人はウィリアム=テルが大好きだからな。時の鐘が狙撃銃を握る前はクロスボウを握っていたという話は本当だったか。ふぅん……時の鐘、お前新たな銃を作ると学園都市で話していたな? 私も一枚噛んでやろうか?』

「……恩の押し売りはやめてくれ」

 

 なんで知ってんだ。って、木山先生と連絡取ってた上条の部屋にレイヴィニアさんも居たんだから当然か。科学に魔術の技術まで混ぜる気か? 魔術も使えないのに霊装みたいな狙撃銃をほっぽられても困るぞ。扱うのは俺で魔術師でも能力者でもないというのに。知識を貸してやったんだからと言われてタダ働きさせられては堪らない。だから『クロスボウは苦手か?』とか聞くな。別に苦手じゃない。

 

 雪崩に飲み込まれたような瓦礫の残骸の中で、ただ一人唖然と突っ立つギネシック=エヴァーズを見つめて天に狙撃銃を突き立てる。現代兵器相手なら容易いが、なんとも腑に落ちない。通話も切れ煙草を咥え火を点けていると、胸元のライトちゃんが点滅した。

 

どうしたの(What’s up)?」

「いや……話じゃトライデントの中に魔術師も混じってるんだろう? 簡単過ぎてどうもな……もっと手こずると思ったんだが」

 

 オカルトを借りて身体能力を底上げしているような者はいるのだが、もっと複雑な魔術を使うような相手がいなかった。部隊の中に混じっている魔術師が少なかったとしても、一人ぐらいには相対していなければおかしい。俺が強くなったかどうかとかは関係ない。AIM拡散力場の波とも違う、歪みのような大きな波を感じなかった。サンドリヨンの時はあれほど明確だったのに、狐につままれたような気分だ。

 

お家に帰ったんじゃない(returned home)?」

「かもね。ただそうだとすると、サンドリヨンに続いてサローニャももう切られたって事にならないか? 終わってもいないのに潜んでた魔術師がいないなんて。グレムリンの目的がイマイチ分からないな。あまりに分からな過ぎて土御門に報告しようもない。だいたい考えてみてくれよ、サローニャも切られたって事は、切ったところで問題ないって事だろ? そもそも魔術師が何のつながりもない傭兵に知識まで授けて手を組むあたりがもうおかしい。使い捨てるって事なら納得だがな。グレムリンの目的がアメリカを宗教国家にするっていうのもな、そんなの操れるならやっぱり選挙まで待てばいいんだから早急に動く理由がないんだよ。わざわざ戦争が終わったすぐ後にこんな目に付く動きするか?」

遊びたいんだよきっと(want to play)

 

 ライトちゃんならそれでいいかもしれないが、遊びなんてレベルを超えている。無邪気故にライトちゃんは遊びに行き着いたが、グレムリンは無邪気どころか真っ黒だ。それをいち早く知り動いたレイヴィニアさんに聞くしか詳しい事を知る方法もないのだが、あの小さなカリスマが易々と教えてくれる気がしない。そもそも何でレイヴィニアさんはグレムリンに対抗して動いてるんだ? 

 

「……考えても情報が少な過ぎて分からん。レイヴィニアさんの口が滑る方法とかないかね」

遊んであげれば(Let's play)?」

「いや、だからそれはライトちゃんだけ……」

『おい』

「はいはいはいッ⁉︎」

 

 ビビった……。急に通話を繋げないでくれよ。レイヴィニアさんの声に肩が跳ねた。ライトちゃんなりのお遊びなのか、点滅する胸元のポケットに唇を尖らせる。

 

『ギネシック=エヴァーズがハワイ島全域のトライデントにサローニャへの支援を命じた。場所はナパリコーストだ。動けるか?』

「ナパリ……ここから山登って戻るんじゃ時間が……だいたいギネシックの野郎は正気か? 手の込んだ自殺か何かか?」

『サローニャの身柄さえ確保できれば逆転できると思っているらしい。最後の悪あがきというやつだ』

「悪あがきと言うよりヤケクソだな。俺が射殺しようか?」

『大統領の顔を立ててやめておいてやれ。ただでさえお前の狙撃で心が折れ掛かっているようだからな。……いや、待て、連絡が入った。どうやらあいつがサローニャを撃破したらしい』

 

 インカムから聞こえてくる少しばかり嬉しそうなレイヴィニアさんの声に肩を落とす。

 

()()()

 

 上条がサローニャを撃破したのか。毎度毎度美味しいところを持っていってくれる。腰を落として地面に大の字に寝転がり体の力を抜く。分からない事ばかりであるが、一先ずハワイの騒動は終わりを迎えたらしい。

 

 

 

 

 

 数時間後。トライデントの武装解除、並びに投降が確認され、事態もようやくひと段落ついた。大統領御用達のホテルで上条達はゆっくりやっている事だろう。上条の護衛の仕事もこれで一息ついた訳だ。状況が混沌としていたおかげでロクに護衛もできなかったが、上条が無事なら結果オーライ。

 

 ただ、めでたしめでたし……ともいかない。

 

 リンディ=ブルーシェイクの相続関連のニュースに続いて、流れる別の臨時ニュース。

 

『……学園都市協力機関二七社による共同声明です』

 

 流れるニュースに少し場が静かになる。おかげでニュースが何と言っているのかはっきりと耳に届いた。

 

『今回のハワイ諸島の問題に学園都市の人間が介入していた線が濃厚となり、この事実に対し非常に憂慮している。一国の政治、それも世界の警察と呼ばれる大国の流れをも安易に左右してしまう力は、我々の望む所ではない。我々は学園都市と協力関係を構築する事によって互いの利益を増幅させるために活動していたが、根は各々の国にある。今回のように、学園都市から人員が派遣されて国の歴史を簡単に動かされるようであれば、それは協力関係とは呼べない。我々は学園都市の部下でも奴隷でもないのだ。よって、我々主要協力機関二七社は、学園都市との協力関係を一方的に解消するものとする。これは我々の国を防衛するために必要な措置である』

 

 いったいどこで見ていたのやら、学園都市の人間、超能力者(レベル5)第一位と第三位が動いているとこのタイミングで知るには、見るしかない。

 

 可能性はオーレイ=ブルーシェイクのF.C.E.。どうにもメディア王以外にもバッチリ映像を覗いている者がいたらしい。

 

 それにしたっていきなりの発表だ。事前に準備でもしなければ、示し合わせたように二七社も同時に撤退しないだろう。科学と魔術を混ぜ合わせた魔術結社『グレムリン』。ハワイの一件は火付けでしかなく、これが本命という事か?

 

 ハワイで学園都市を巻き込み問題を起こせば、主要協力機関二七社が離反する理由を手にできると。もしそうだとするならば、グレムリンは学園都市の深いところにも手を伸ばしていた事になる。そうでないなら誰の思惑なのか。グレムリンが何手先まで手を伸ばしているのか知らないが、追い掛けるだけで精一杯で、影さえ見当たらない。

 

 ニュースが終わりガヤガヤとした声に押されるように席を立った。

 

 見上げる電光掲示板。俺がいる場所はホテルではない。黒子達へのお土産を見てくると言って別れ、新ホノルル国際空港に今はいる。お目当はお土産ではなく、金色の髪を靡かせた小さなカリスマ。

 

 携帯電話を握るレイヴィニア=バードウェイに向けて足を向ければ、軍服であっさり気付かれたのか、従えている多くの黒服が立ちはだかるように俺の前に出ようとするが、レイヴィニアさんはそれを手で制し俺の前に一歩出た。

 

「……まさかお前がここに居るとはな」

「こっちこそ驚いた。ハワイから出るならここだろうとは思ったけど、姿も消さずに堂々と行列引き連れて歩いているとは。まあ姿消されても分かるけど」

「お前一人で見送りに来たのか? 見かけによらずか? 私としてはお前にはあいつの近くにいて欲しかったのだが」

「上条は弱くない。レイヴィニアさんも知ってるだろう?」

 

 そう言えば微妙な顔を返される。携帯電話を握っているという事は、上条からでも電話があったのか。学園都市の主要協力機関二七社の離脱。グレムリンが画策したのでないなら、率先してハワイに上条達を呼び寄せたのはレイヴィニアさんだ。学園都市の住人を引き連れた首謀者に思う事もあるだろう。

 

「私を殺しに来たか?」

「俺が?」

 

 チリッ、と火花が空間に散ったように緊張の糸が引っ張られる。

 

 一歩足を出そうと動く黒服達を一瞥し、その動きを手を振って散らす。

 

「仕事でもないし、スイスに攻めて来た訳でもないのにするかそんな事。ただ少し確認に来ただけだよ」

「確認だと?」

「ん、でもそれも済んだ。快適な空の旅を満喫してくれ。またなレイヴィニアさん」

 

 レイヴィニアさんの鼓動(リズム)は会った時から変わらない。俺を見て変わる事もなく、殺される可能性を考慮してもなお不変。レイヴィニアさんの思惑だろうが、グレムリンの思惑だろうが俺のやる事も変わらない。

 

 平穏を乱す脅威の脅威となる。

 

 少なくともハワイでレイヴィニアさんがグレムリンを潰すために動いた事に嘘はない。それがレイヴィニアさんの必死であるなら、正しかろうと間違っていようときっと必死に必死を合わせる。敵だろうと味方だろうと俺の底も変わらない。

 

「時の鐘、この一件で誰より多くの者を殺したのはお前だ。それでもお前は止まらないか」

「……お互い正義とやらには程遠いな。ただもう諦めてここにいる訳でもない。正しい者が誰か知ってるなら、せめてそれがなくならないように頑張るだけさ。主役が居て脇役が居て物語がある中で汚れ役も要るものだろう? 俺は他の奴に譲る気はない。汚れ役でも俺の人生(物語)俺が主役だ」

「お前も……役者としては三流だよ法水孫市」

「それが分かってるだけマシさ」

 

 レイヴィニアさんと別れて手を上げ振り向かない。別の道があると分かっていてもそれを選ぶ事はない。

 

 この道を選んだのは自分自身、なら倒れて土に還るまで歩き続けるだけだ。偶に平穏に足を踏み入れても、俺が渡るのは戦場だから。戦場を渡る為に平穏を崩さぬように歩き続ける。

 


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