時の鐘   作:生崎

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ナチュラルセレクター 篇
ナチュラルセレクター ①


 ナチュラルセレクターッ!!!! 

 

 一対一で雌雄を決する本物の証明ッ! 

 学園都市製の超能力に代わる、新たなグローバルスタンダードッ! 

 参加資格、年齢制限、性別の垣根すら不要の戦舞台ッ! 

 

 舞台は直径三〇メートルの円形ステージ。試合開始と共に全ての入口は塞がれる。脱出は不可能、攻撃により壁が破壊されてしまう事自体に罰則はないが、そこから外へ出た場合は場外とし失格とするッ! 

 

 勝敗は対戦相手の意識を完全に奪うか、降参のサインによって決定されるッ! 意識を奪う過程で対戦相手を死なせてしまったとしても、勝者に罰則はないぞッ! 思う存分技を振るえッ! 敗者は負け犬、遠吠えする事しか許されないッ! 

 

 対戦時間は一五分一本勝負! 途中休憩なんてない! 休んでる暇あったら戦い続けろッ! 制限時間が過ぎた場合、大会専属の医師が両選手の身体的ダメージを計測して判定だッ!

 

 選手の持ち得る装備の上限は、衣服を合わせて重量八〇キロ! ただし装備は試合開始時に身に着けるか両手で持ってなきゃダメだぜ? あくまでもフェアに凶器を晒せッ! 台座や三脚などで固定する事は禁止だッ!

 

 第二次フランクフルト戦争条約で定められている火薬、爆薬、毒物、細菌、放射性物質などの使用も禁止だぜッ! ただし同条約に未登録の物質であれば、使っちまっても構わねえッ! ルールの抜け道探すのだって実力だァッ! 

 

 以上の条件も満たさないノータリンは参加不能ッ! また、競技中に発覚した場合はこれまでの経過を全て取り消して退場処分だッ! 罪人に慈悲はないんだぜッ! 

 

 違反した選手が大会運営側からの命令措置に従わない場合、最新の無人兵器群を使って蜂の巣だッ! 強制的にゴミ箱送りッ! 粗大ゴミは勘弁なッ! 

 

 以上のルールさえ守れば他に必要なものはないッ!

 本大会の賞品はたったの一つッ! 

 『学園都市製の超能力に代わる、新たなグローバルスタンダードの証明』ただそれだけッ! 

 賞金? 名誉? そんなものは必要ねえッ!

 勝ち取れるのは本物の証明ッ!

 お前が世界の基準となる! 

 

 

 それがナチュラルセレクターッ!!!! 

 

 

 尚開始は十一月十三日、会場は東欧、バゲージシティ。会場までのお越しは自己責任でお願いします。皆様の参加を心よりお待ちしております。ただし能力者、テメェはダメだ。

 

 

 

 

 

「誰が来るってんだよこんなトコによ……」

 

 ナチュラルセレクターのポスターが風に攫われ飛んでいくのを眺めながら、バゲージシティに派遣されたガードマンの一人、シャール=ベリランは吐き捨てた。

 

 学園都市を離反した協力機関二七社、反学園都市サイエンスガーディアンが学園都市からの離脱を表明してから、たったの三日でも多くの者が参加を表明した事が驚きだ。派手に銘打たれた広告にはそれだけの魅力があると言うのか、離脱してから開催まで、突貫工事のように開催の決まったナチュラルセレクターは、反学園都市サイエンスガーディアンの学園都市に対する恐怖が透けて見える。

 

 刷られたポスターやチラシがどれだけの者の目に触れられたのかは分からないが、少なくとも開催できるだけの人数は余裕で集まった。ただし集まったのはUFOマニア、アトランティス大陸LOVEの深海バカ、火星から採取したと主張している細菌の塊とおしゃべりしているボッチ野郎と何の大会が開かれているのか首を傾げるような者たちばかり。『格闘大会』などとはちゃんちゃらおかしい、フリークショーもかくやと言うような面子ばかりが集まっている。

 

 そもそもバゲージシティがあるのは東欧の豪雪圏。外はマイナス二十度の白銀世界。そんなところにわざわざ奇抜な見世物を見に来る奴など、そもそもどこかおかしいのだ。世界から爪弾きされたような者達を集めて何が見たいのか、シャール=ベリランにはさっぱり理解できない。

 

 身も凍るような、無人兵器も闊歩している外の見回りなど御免被ると、競技を行うドーム状施設の外周、一七番ゲートの屋内スペースで同僚とサボっていたシャール達の目前を通過して行く参加選手の奇抜さに辟易としかしない。高額の報酬につられて雇われたシャール以外のガードマン達も全員同じ気持ちだろう。

 

「どこが格闘大会なんだか、殴り合いが観たいならボクシングの試合でも観に行った方がずっとマシだ。イかれた奴らを集めてマトモな試合になるわけもねえ」

「マニアにはウケそうだけどな」

「変態だ変態」

 

 参加選手も観客も正常な者がいるか怪しい。悪食のゲテモノばかりがここにいる。優勝候補と言われる『魔術』を操るらしいグレッキー=リレッツマン、宇宙人の使うインプラント技術を独自に解明し、自らの脳へ移植、無数のアンテナを用いた電磁波攻撃をすると言うオーサッド=フレイクヘルム。百名以上の参加選手の殆どが似たような者達だ。そんな中でも比較的マトモなゲテモノの参加選手であるサフリー=オープンデイズなどを見送って、いよいよ化け物達の通り道から自販機でもある場所へとサボる場所を変えようとシャール達が動いたところで、十七番ゲートの扉が開いた。

 

 それと同時に背筋が凍る。

 

 外から吹き込む冷徹な空気に肌を撫ぜられた事もそうだが、霜を張り付けた肩に小さなスイス国旗と独特な隊証が描かれた深緑の軍服、V字を描く白銀のボタンの姿を見て。

 

 ヨーロッパに居て、多少なりとも傭兵の話を聞けば必ず出てくる瑞西の悪魔。戦場で相対した者達が恐怖の象徴として吐き捨てる白銀の槍を掲げる集団。第三次世界大戦で拠点とする故郷が戦火に包まれたからこそ、第三次世界大戦の戦場でその姿を見る機会こそなかったが、それでもその暴力が薄まる事はない。

 

 変な機材や大袈裟な武器を持ち込む者達の中で、狙撃銃が入っているのだろう鞄だけを背負う男。それもまだ若い。ただそれが誰なのかシャールは知っていた。ガードマンの仕事として参加選手の名前と顔を覚える中で、改めて覚えなくてもヨーロッパにいればこそ元から知っている。

 

「……遅いお着きですね法水選手」

 

 名を呼ばれた時の鐘の少年は、慣れたように霜の張った軍服を手で叩き、白い息を吐くも気にした様子もない。マイナス二十度。ただもっと過酷な環境を知っているとでも言うようにシャール達の方まで歩み寄ると、煙草を咥えて申し訳なさそうに顔を歪めた。

 

「悪いんですけど火を貸していただけますかね? 滑りやすい雪の中でなら調整も捗ると試し過ぎてライター落としちゃって。いやいや、寒かった。お疲れ様です」

 

 何を調整していたのかシャール達にはさっぱりだが、微笑む少年に「要ります?」と煙草を差し出されて思わず受け取ってしまう。スイス特殊山岳射撃部隊の一番隊。年齢や性別の関係ないこの大会の中で、『格闘大会』と銘打たれたナチュラルセレクターに沿った数少ない参加選手の一人。どこにでもいるような少年に見えるが、不思議とシャール達の背筋が伸びる。知っているから。時の鐘に見られたなら、逃げる事など叶わない。目視も不可能に近い超遠距離からでも弾丸が降ってくる。

 

 シャールはライターを差し出すもののうまく火を点けられず、貸してくれる為に出されたとでも思ったのか、「ありがとうございます」と孫市にライターを引っ手繰られ、孫市の方が火を点けてくれた。紫煙を口に含みながらライターを返された孫市の手を追い背負った鞄をシャールが見つめていると、困ったように孫市は肩を竦める。

 

「これは一種の様式美みたいなもので大会では使いませんよ。『格闘大会』だそうですし、握るのは拳で」

 

 そう言い掲げられた孫市の手は、目を凝らせば細かな古傷に包まれている事が分かる。人を殴る形として研磨されている。狙撃銃が指標のようなものであったとしても、それがなければ戦えないという軟弱な存在ではない。戦力を売る者。暴力を売る者。その体は戦いのためだけに鍛え上げられている。同じ人の形をしていても、積み上げたものが絶対に異なる。ゲテモノ達の中でもマトモな部類。それでも戦いたくない者に変わりはない。

 

「控え室ってどこですかね?」

「……道なりに進めば別のガードマンが立っていますので」

「そうですか、では私はこれで」

 

 軽く会釈し通路の奥へと歩いて行く癖の入った赤髪の少年の背を見つめ、それが見えなくなった頃シャール達は張っていた緊張の糸をようやく緩めた。世界中で無類の強さを誇り恐れられた瑞西傭兵の今の姿。訳の分からないゲテモノではなく、知っているからこそ言葉が出ない。煙草が燃え尽きるまでシャール達はその場を動けず、ようやくシャールの横で同僚が口を開いた。

 

「俺初めて見たよ、時の鐘……戦場で会わなくてラッキーだな。思ったより普通だ。あれでゲテモノ達に勝てるのかよ」

「馬鹿言え、ありゃゲテモノじゃなくて化物だ。法水孫市、あいつの試合だけは少し観てえな」

 

 目に見えて分かる暴力が振るわれる。ただ相手を効率よく殺す為に磨かれた殺人術が。この後孫市の試合を見た後で、同僚から『普通』だなどとシャールが聞く事はなかった。

 

 

 

 

 

 身支度をする必要などない。あるとしても狙撃銃や必要のない弾丸の類を置くぐらい。ロッカーの並んだ選手控え室をさっさと後にし、施設内へと足を運ぶ。久々に知るような者がいない中で一人。たまには悪くない。自分を見つめ直すという意味でも大事だ。ハワイから学園都市に帰らないと黒子に電話した時はめっちゃ機嫌を損ねられたが、これも一応はお仕事だ。

 

 間違いなくグレムリンが出てくるだろう案件。ではあるが、別にグレムリンの殲滅が仕事という訳でもない。時の鐘の仕事と比べても、もっと個人的な依頼。ただ依頼主がスイスの軍事のトップである事を考えれば気は抜けない。この大会の為になんとか調整を間に合わせた。力が流れて上手く動けない雪原の中でなんとか形にはなった。後は実戦で対人に調整すればいい。久し振りに狩もできたし、熊に通用する事は分かった。ぬるりと足を振るい、寒さから体を少し解す。

 

「にしても……」

 

 ハワイで出会った『グレムリン』の一人、雷神トールに言われた自分に波長を合わせろという意味が分からない。調整の中で少し考えを巡らせて試してみようとも思ったのだが、まず何に合わせればいいのかが分からなかった。自分に合わせろとはどういう事だ? それではまるで自分の中に別のモノがいると言っているようだ。

 

 雷神トール、分かりやすく北欧神話の神の一柱。それが本当なのだとしたら、使う魔術が何であれ、戦うことになった際に勝負になるか怪しい。雷の神にして北欧神話最強の戦神だ。それを模した魔術を使うというならどれほどか。ナチュラルセレクターの参加選手よりもよっぽど気になる。

 

「仕事じゃない方が強いか……」

 

 誰に頼まれるでもなく、自分で動いたから故か。それは暴力を扱う最低限の線引きであるが、トールの言ったように首輪といった側面も確かにあるのかもしれない。『力』を求める事は悪ではない。そうなのだとしても、大事なのは使い方だ。外気の冷たさと暖房の熱が混ざったぬるい空気に身を滑らせ、ホッと息を吐く。考え事に集中するのもいいのだが、どうにも会場にいるガードマンや参加選手と思われる者の視線が痒い。

 

 優勝候補らしい奴は別にいるのだから、目を向けるならそいつにしてもらいたい。見られる事に慣れていない訳ではないのだが、戦う訳でもない、仲間でもない者に漠然と見つめられるのは苦手だ。これも有名税ってでもいう奴なのか、スイスで目を向けられても敵意の類はないのだが、ここでは敵意に恐怖に殺意がある。仕事で相対した事のある組織でも混じっているのかもしれないし、闇討ちしてくるようなら返り討ちにするのだが、わざわざそれで引き篭もるように隠れるのも癪なので、試合までの暇潰しに試合会場の観客席へと足を運ぶ。

 

 

 ドワアァァァァッ!!!! 

 

 

「うるさ……」

 

 観客席への扉を開ければ、押し込められていた大音量と歓声に身を叩かれた。骨でその振動を拾ってしまうだけにより鬱陶しい。

 

 厳重な刑務所のようにも見える四角いコンクリート製のビルが並んだバゲージシティの街中にあって、銀世界の中に隠された派手な試合会場。誰もが中央に設置された円形のリングに目を向けている。ドームの中央にぶら下げられた幾つもの大きな画面。金網に囲まれた大きなスペースの中で、ぽつんと置かれた直径三〇メートルのリング。鉄筋コンクリート製であるのを見るに、選手への安全とかあまり考えてなさそうだ。

 

「勝てが仕事だけど、殺すのは嫌だな」

 

 思い切り相手を頭からリングに叩き落とせばお陀仏だろう。意識を奪う過程で殺してしまっても仕方ないとルールに明記されてはいるものの、殺しにバゲージシティまでやって来たのではない。ここは戦場ではなく試合会場。別に観客もスプラッタショーを見るためにここにいる訳でもない筈だ。そんな低俗な観客なら寧ろやる気が下がる。

 

「……ってかなんだよアレ、出ろと言われて来たはいいけどマトモに格闘戦になるのかアレは?」

 

 なんだかロボットアームを付けたような選手と、体に電極を突き刺している選手がごちゃごちゃやっている。学園都市のサイボーグの出来損ないに改造人間の出来損ないの喧嘩にしか見えない。技術は確かにあるのだろうが、アレは戦う為の技術じゃない。『学園都市製の超能力に代わる国際標準』という報酬に釣られてやって来た者達の拙さよ。戦うだけなら余裕で勝てるぞ。急にバカらしくなってきた。実況の叫びを聞き流しながら壁に背を付けて試合を眺めていると、電極をぶっさしている方が勝った。電気を用いて反射神経や運動能力の底上げ? 御坂さんが聞いたら鼻で笑いそうだ。

 

「次は……寄生虫? 体で飼ってんの? おいおい……いや、アマゾンの奥地にそんな部族がいたな確か。蟲使いとは違うのか? それと占いぃ? ジプシーか何かか? いや、違うっぽいな、頭に何か変な機械くっ付けてるし……」

 

 一応は科学寄りの選手が多いらしい。蟲使い、呪い師(ジプシー)、インディアンなど、魔術師や能力者として表立って動いていなくても、ある程度は所謂本物がいる事を俺も知っている。知っているが、だからこそナチュラルセレクターに出ている者の中で本物は驚くべき程少ないらしい事が分かる。そもそもそういった棲み分けが確固としてできている者にとっては、『国際標準(グローバルスタンダード)』という称号は必要ないのだ。必要なければ出る事もない。あ、寄生虫の方が勝った。なんとも微妙な必死の応酬だ。

 

 離反した事で潜んでいるかもしれない学園都市からの刺客や、『グレムリン』に期待するしかないのだろうかと肩を落とす中で、俺の気などそっちのけで実況は進んでいく。

 

『さあお次は東洋の神秘ッ! 極東からやって来た甲賀の忍者ッ! 近江手裏(おうみしゅり)選手ッ!』

「ゴッホッ⁉︎ ぇほッ⁉︎ なにッ⁉︎」

 

 忍者? 今忍者って言った? しかもなんか名前聞いたことあるッ⁉︎

 

 思わず噎せてしまい慌てて円形リングに目を向ける。実況に合わせて出て来たのは、見た目十歳くらいの少女。チアリーダーのようなピンク色の服を纏い、肩紐で背負う形の学生鞄を背負っている。どこらへんが忍者なんだ。忍者要素はどこ? もしかしなくてもアレが釣鐘の言っていた近江様とやらか? 何故いる? しかも見た所釣鐘より若く見えるのだが……。

 

『見た目こそプリティガールですが! なんと実年齢は三〇を超えるッ!』

「うそぉッ⁉︎ マジで⁉︎」

 

 なんだあの不思議生物はッ⁉︎ 東洋の神秘過ぎる⁉︎ 黒子より背が低く若く見えるのに黒子より歳上とか⁉︎ アレが忍術って奴なのか? 忍者すげえッ‼︎

 

 思わず懐の軍楽器(リコーダー)に手を伸ばしてしまう。距離もあり歓声や音楽が邪魔で分かりづらいが、見た目十歳に見えても中身はそうではない。トールが低い背丈でも馬鹿みたいに大きなエンジンを積んでいるとするなら、近江さんは小さな体に筋肉を圧縮しているかのように身が詰まっているとでも言うべきか。

 

 壁から背を離し身を乗り出して見つめる先で、試合開始の合図と共に近江さんの足元に何かを叩きつけた瞬間、煙幕がリングを包んだと思えば、煙を引き裂き対戦相手が場外へと吹っ飛ぶ。

 

 煙玉ってやつか? 相手の意識の一瞬の硬直を射抜き蹴り飛ばした? 釣鐘が殺されたいとか気持ち悪い事言ってた程の技巧の冴えを見れなかったのは残念だが、片鱗は見えた。

 

「……やっぱいいな忍者」

 

 極東の傭兵。時の鐘とは別の技術を磨く集団。狙撃手である俺達からすれば、高速近接戦闘を熟せる斥候なんて欲しいに決まっている。学園都市が日本にある事を思えばこそ、忍者と手を組むのは悪くない。釣鐘は抜け忍らしいし他の忍者との繋がりはあまり期待できないが、近江さんは別だろう。釣鐘が近江様と呼んでいたあたり、忍者の中でも位が高いはず。勧誘は無理でも同盟なら結べるか? 西と東の傭兵として手を結べるなら、それだけで情報網も広がる。

 

「……後は気が合うかどうかだが、気に入ったぞ近江手裏、支部長としての仕事を決めた。忍者と組みたい。どうだライトちゃん? 上手くいくかな?」

お兄ちゃんなら大丈夫だよ(of course)!」

「おう、自信出てきた! なら俺も勝って見せないとな!」

 

 これまで積んで来た技術を見せられたなら、俺も見せるのが一番早い。そうして試合は滞りなく進んで行くが、近江さんクラスはほとんどいないな。泥仕合か逆に一方的に片方が勝ち終わるか、酷いのだと自爆。一方的といっても近江さんのように技量が高いと言うよりは、相手の技量が低いからそうなっているといった具合だ。消化されていく試合の中で、他に見張る試合があったとすれば三五試合目。

 

 唯一純粋な格闘技のみで挑みに来たと言う触れ込みだったサフリー=オープンデイズ。結果こそ辛勝ではあったが、見た所打撃専門の格闘家。それもかなり手広くやっていると見える。他の技術を吸収するにしても、多くの選択肢を持つ方が取れる手が増えるのは当然。クリスさんの言葉を思い出しながら、目星い参加選手の者達を思い浮かべて選手控え室へと足を戻した。

 

 

 

 

 

 

『さあ残り試合も少なくなって参りましたッ! 観客の皆さんもすこーし疲れてきたんじゃないですか? で、す、がッ! この試合で目を覚ましてくださいッ!』

 

 勿体つけたような実況に、さっさとしろと観客席から言葉を投げつけられないものの、そんな空気が会場から滲み慌てて実況は口を回す。それもそのはず。この試合を観るためにやって来ている観客もいるのだから。

 

『さあ出て来ますのはアレホ=カルチェリ選手! 正に怪物ッ! 鍛えるのには限界がある! ならば人体を改造した方が早いッ! 太古の王者恐竜の遺伝子を解析し人体に組み込んだ破壊の暴君! パワーこそが正義! 二メートルを超えた巨体が生み出す太古の力を見せつけられるか‼︎』

 

 スポットライトに照らされたひび割れた皮膚は鎧のようで、爪も牙も鋭く尖った姿は人の形からズレたもの。ゲテモノと評されるナチュラルセレクターの参加選手らしい異形の姿に観客達は息を飲むが、目を向けたのも一瞬で、すぐにもう一つのスポットライトの方へと目を向けた。莫大な歓声に出迎えられるはずの参加選手の中で、不思議と会場は鎮まってゆく。

 

『来た来た来たッ! 対するは法水孫市選手ッ! 説明不要ッ! 欧州にいる者なら知っているッ! 瑞西の悪魔がやって来たッ! 世界最高峰の狙撃部隊、傭兵の一人がゲテモノ達を暴力で叩き潰しにアルプスを越えてやって来たッ! 得意の狙撃を封じられてもその実力は健在なのか⁉︎』

 

 アルプスじゃなくてハワイからやって来たんだけどと実況に呼ばれた孫市は自嘲の笑みを浮かべながら、実況に返すように握る軍楽器(リコーダー)で円形のリングを軽く小突いた。

 

 

 ────キィィィィン。

 

 

 打ち鳴る張り詰めた金属音に歓声がぴたりと止まった。

 

 ゲテモノ達を観戦しに来た観客だからこそ、観客の中でも多くの者が知っている。インターネットという便利なもののおかげで裏で拡散してしまった瑞西の映像。二メートルを超えた怪物の前に立つ深緑の軍服を着た少年は、見た目だけでは相手になりそうもない。ただ知っている。瑞西の最後の一戦と同じ佇まい。多くの瑞西傭兵が息を飲んだ瞬間の再来に、口から出る歓声が言葉にならず、逆に会場は静かになる。静かな方がありがたいと肩を竦める孫市の前に、爪を擦り合わせるようにアレホは一歩を踏むと、鋭い人差し指の爪を突き付けた。

 

「狙撃部隊だかなんだか知らないが、そんな貧弱そうな体躯じゃ相手にならない。一撃で終わる。降参しろ。そんな鉄の棒一つでやり合えると思ってるのか?」

 

 巌のような大男に指差され、孫市は困ったように今一度軍楽器(リコーダー)で床を小突き会場を見回す。目星い参加選手の中で、怪我のためかサフリー=オープンデイズの姿はないが、近江手裏の姿を見つけて手を振るう。怪訝な顔をする近江手裏に目を向ける孫市に苛立ったのか、アレホは足でリングを叩いた。

 

「おい、聞いてるのか?」

「ああ、悪い。予告ホームランみたいなことを言うものだから。これは使わないさ、格闘大会だし、電磁波だの寄生虫だの使う相手じゃなくてよかったよ」

 

 リングの外に軍楽器(リコーダー)を置く傭兵は舐めているのかなんなのか。素手同士でも問題なく勝てると言うように手をぶらぶら揺らす少年の姿に、アレホは鋭い牙を噛み合わせる。恐竜の遺伝子を組み込んだ肉体が、ただの拳で砕けるはずもない。それが分かっていないのか、緊張もしていないらしい少年を睨みつけ、今一度指を突き付ける。

 

「一撃だ」

「一撃ね」

 

 試合開始の電子ブザーの音が会場裏包む。

 

 と、同時。

 

 ────ドッ‼︎

 

 足を踏み込んだアレホの足がリングを削ぐように砕き、大振りの腕が赤毛の少年の体を薙ぐ。胴体を真っ二つに裂くような一撃に思わず観客の幾人かは目を覆った。宙を舞う鮮血を思い描き多くの者が息を飲む。

 

 

 ────ぬるりっ。

 

 

 爪の先から傭兵の体が零れ落ちる。振った腕は虚空を薙ぎ、鋭い爪先は軍服の端を撫ぜるだけ。目を見開いたアレホの先で孫市が揺れるメトロノームのように規則正しく、ただ柔らかさを伴いぬるりと伸びた孫市の指先がぴとりとアレホの胸板に触れ、肌を逆立たせてアレホは勢いよくその場から跳び下がった。

 

「お、お前今……」

 

 殺す気だったのか? 

 

 会場の壁が壊れて外の冷気が流れ込んだと錯覚してしまう程に、アレホの肌が産毛立つ。そもそもスタートが異なる。普段スタートの合図もなしに殺し合うような戦場に居て、向かい合って一対一、始まるまで待ってくれる程のお膳立て。気楽過ぎる戦場。そんな中でアレホが孫市の必死に気付かなかっただけのこと。

 

 殺そうが殺すまいが必死には必死を返す。人の形すら変える技術に手を染めて、例え戦闘の素人であろうがリングの上では条件は同じ。積み上げたものをぶつけ合うなら、遠慮も油断も必要以上の手加減もありはしない。何より勝つ事が仕事であるなら、時の鐘は外さない。標的を目に体を揺らし、掴んだ恐竜男の鼓動と波紋に身を滑らせる。

 

 ぬるり、ぬるりと滑るように近付いてくる傭兵の姿に荒い息を吐き出して、鋭い爪を突き立てようとアレホが右腕を突き出したところで膨れ上がった波に乗るように、大きく身を振った孫市がその勢いのまま腕の下を潜り抜けてアレホの目前に一歩を踏む。

 

 踏み砕く。

 

 体重を乗せた踏み込みの振動をそのまま増幅するように、柔らかく鋭く身を捻り、振動を逃さぬようにアレホの腹部に捻り込む。相手の体の内を満たす波紋に合わせてその波を打ち砕くように放たれた拳に、ヒビ割れた男の皮膚がより大きくヒビ割れリングの外へと吹き飛んだ。

 

「そんな(ナリ)でもロイ姐さんより力ないのな、土台を広げようが研鑽しなきゃ意味もない。技術ってのはそういうものだろう? ドクターを呼んでくれ、その人肋骨折れてるよ」

 

 リングの外に置いていた軍楽器(リコーダー)を拾い上げ、戦場から孫市が身を翻した事でようやく歓声が会場内に弾けた。どうせ盛り上がるなら試合中に盛り上がってくれよと孫市も思わないでもないが、軍楽器で肩を叩きながら身軽に足を運んでゆく。ナチュラルセレクターのトーナメント戦は、一人の選手が一日に一回しか戦わないように配慮されている。つまり二回戦は翌日であり、今日はもう仕事終わり。

 

 お互いの戦力(商品)は見せ合った。早速忍者と話でもしようと、孫市は足取り軽く会場を歩く。

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