時の鐘   作:生崎

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ナチュラルセレクター ②

「いないなぁ」

 

 会場内を歩く。

 試合の時に観戦していた近江さんの場所は把握していたのだが、其方に足を向けて見たところ既にそこには居なかった。各々一回戦が終わってしまえば、その日はもう暇なはず。一応選手には個人の宿泊する為の部屋が割り当てられてはいるが、一回戦がまだ全て終わってもいないのに戻っているとも考えづらい。だいたい近江さんの部屋も分からん。仕方ないのでペン型携帯電話の頭を小突きインカムを耳に付ける。

 

「ライトちゃん、防犯カメラの映像やガードマン達の通信を拾ったりして近江さんを追えるかな? 別にバゲージシティ全体の情報を追わなくてもいい。この会場内だけでね」

やってみる(Try)!」

 

 元々学園都市の防犯カメラの映像を改竄(かいざん)する事に慣れているライトちゃんが了承してくれたのなら安心だ。『雷神(インドラ)』程の出力を発揮できなかろうと、近間の通信網に割り込む事くらいなら造作もない。目で見えない部分はライトちゃんの目で補って貰いながら、時折ライトちゃんの声を聞き会場を歩いて三分。ようやく通路の奥を歩き曲がり角を曲がっていったピンク色の服を見つけた。

 

 足取り軽く少し速度を上げて曲がり角を曲がれば、目に付くだろうピンク色の影はない。

 

 真っ直ぐ伸びた通路には人影なく、ただ静かに緩い空気が駆け抜けているだけ。いくら背が小さいからといって、完全に姿が消えるなどという事はあり得ない。気配を消すなんていうのは、存在感を薄める事であって、実際に完全に消える事はない。追っていたことに気付かれ警戒されたか。懐の軍楽器(リコーダー)に指を這わせ、足の動きを止めた。

 

「……いやぁ、別に闇討ちする為に来た訳じゃないんですよ。ちょっとお話ししたいなと思って……追ってたのは謝りますけど多分誤解です。だからその手に持ってる園芸用のシャベルみたいなのを下ろしていただきたいのですけれど」

 

 背中から感じる薄い気配。足音は最小限。息遣いすら薄く、軍楽器(リコーダー)に触れて知覚を広げなければ気付かなかった。

 

 釣鐘も相当稀有な戦闘技術を持っているが、その釣鐘が崇拝するような相手だけあり、練度の年季が違う。殺気さえ薄められた立ち振る舞いは、正に影に睨まれているようだ。振り返る事なく肩を落とし、取り出すのは銃などではないと短い軍楽器(リコーダー)を一本手に取り見せるように掲げる。

 

「お互い傭兵みたいなものならまどろっこしい会話は要らないでしょう? 近江手裏さん、甲賀の忍者、時の鐘と組む気ないですか? 別にこの大会期間中という話ではなくてもう少し長い目での話ですけど」

 

 静寂に語りかけているように俺の言葉だけが薄く通路に響く。相手も戦闘のプロであるのなら、此方の動きの機微で戦う意思の有無くらい理解するはず。それで結果戦闘になるようなら、残念ながらそこまでだ。忍者は他の者など必要にしないと。そう受け取っていいだろう。

 

「……話が読めないな」

 

 食い付いた! 

 

 ただ一言返されて安堵する。少なくとも会話のできる相手。警戒こそ解いてはくれないものの、会話の土台に乗ったならば話は変わる。

 

 ナチュラルセレクターに出たという事は、認知される事を忌避してはいないはず、そうでないなら影に紛れて表に出ない。相手の欲するものがなんであるのか知るのが交渉では手っ取り早いのだが、忍者が欲しい物はなんなのか。欧州での認知か、忍術の国際標準(グローバルスタンダード)化か。乾く唇を軽く舐め、頭を回して次の言葉を考える。

 

「忍者の拠点が極東であるなら知ってるでしょう? 私は法水孫市、時の鐘の学園都市支部の支部長を任されています」

「……欧州の傭兵が臨時で学園都市に拠点を移したのは聞いている。此方としては商売敵になるのかね?」

「動いてる人員がどうにも私だけなのでなんとも言えませんけどね。人員の補充に組織の運営、問題が頻発し過ぎてどれもまだ上手くいかないんですけど、上に立つというのも大変ですね」

 

 苦笑して掲げていた手を下す。

 浜面に釣鐘、目星い人員を少しは勧誘できたものの、投げられた仕事が難問過ぎてろくに学園都市支部の運営の方に考えを回せていない。本格的に稼働するのは、正に改装中なのか終わったのか、事務所ができて俺が戻ってからになるだろうが、できるならそれまでに独自の情報網を構築しておきたい。即ち極東の傭兵である忍者と組む。

 

「要は同盟を結びませんかとお話に。今は時の鐘の本隊は休暇中ですけれど、戻れば欧州と極東、お互いに手に取りづらい情報を取り合えますし、何より私は学園都市支部の支部長ですから」

 

 これはお互いにとって悪い話ではないはずだ。何より近江さんも釣鐘もそうだが、わざわざ『甲賀』の忍者であると言う。忍者にも種類がいるのは知っている。調べれば出てくる。『伊賀(いが)』、『風魔(ふうま)』、『戸隠(とがくし)』、『鉢屋(はちや)』、『川越(かわごえ)』、と有名なのからそうでないものまで。忍者の中にも勢力図が存在するなら、いざという時の戦力として盟を結ぶのは悪くない手。ただそれを近江さんの園芸シャベルを握る音が歪めた。

 

「甲賀は学園都市とは組まない」

 

 はっきりときっぱりと。迷わず零された言葉に揺らぎはない。既にそう近江さんの中では決まっているらしい。学園都市と何かあったのか、考えられるとすれば抜け忍となった釣鐘であるが、その手札を切るか切らないか、気を引けても切らない方が賢明か。それが地雷の可能性もなくはないし、『学園都市と組まない』と言うなら、まだ切れる手札はある。

 

「別に学園都市と組んでくれとは言いませんよ、此方も仕事は受けてますけど、学園都市と組んでいる訳ではないですからね。学園都市ではなく時の鐘と組んで欲しいのです」

「なぜ甲賀と?」

「此方も学園都市の中での情報はある程度追えますけど、学園都市の外となると勝手が違う。日本の裏の情報を拾うのであれば、日本の裏に潜む忍者と組むのが一番早いと思いまして。時の鐘の本隊が再稼働したとしても、私は学園都市の支部長ですから、日本で動く為の地盤をなるべく固めておきたいもので」

「それはアンタ個人と組むという事か?」

「まあ結果そうなっちゃいますかね」

 

 浜面も釣鐘も時の鐘として動かすにはまだ早い。仕事の際に力を借りる分には頼もしいが、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の看板を掲げるとなるとまた別だ。浜面は元時の鐘のベルとグレゴリーさんと連絡を取り合い修行中。釣鐘には時の鐘としての矜持を教えなければ個で動かせない。今は俺という個での繋がりを強めるしかできない。個人の信用がどれほどのものか、初対面では測りづらい事も事実。であれば、出し惜しみなく手札を晒す。畳み掛けるならそこしかない。

 

「スイスの『将軍(ジェネラル)』、学園都市統括理事長、英国にも少し貸しがある。私個人として提供できる情報の質はある程度期待してくれていいですよ。時の鐘本部から情報を引っ張って来れる事を考えても、盟を結ぶデメリットの方が寧ろ少ないと思いますけど」

「……学園都市統括理事長だと?」

 

 そこは少し盛った。だって会話した事さえないし。

 ただ、『シグナル』に学園都市統括理事長アレイスター=クロウリーの私兵部隊という側面があるのなら間違いでもない。この手札は学園都市関係の者に対してはかなりの強カード。使い方を誤れば自分を追い込む事になるが、上手く使えばこれほど心強いカードはない。相手の手が届かない所の情報を拾ってこれる。情報の価値を知っている者であればこそ、情報の提示は信用と価値を高める事に繋がる。近江さんはふっと園芸シャベルを握る手を緩めると、呆れたようにため息を零した。

 

「……法水だったっけ、アンタ交渉事苦手だろう? 手札を切り過ぎだ。口が軽いと思われるよ」

「いやぁ、気に入った相手には口が滑りやすくなっちゃう性分でしてね。もう振り返っても?」

「好きにしなよ、気を張ってたのが馬鹿みたいだ」

 

 ようやく振り返れば、俺の身長の半分もないような少女が立っている。背負う学生鞄に園芸シャベルを戻す少女が実は年齢三〇超えてますと言われても信じられない。目を凝らしても皺などは見えない瑞々しい肌に目を細めていると、近江さんに怪訝な目を向けられた。

 

「なんだ?」

「いや、三〇超えてるようには見えないなと。世の女性が聞いたら絶望しそう……いや、そうでもないのか?」

「女の年齢なんて気にするものじゃないな。そっちこそ、その歳であんな動きをする癖に。学園都市の能力か?」

「私は無能力者(レベル0)ですよ。変わった技術を齧っている自負はありますけど。盟を結んでくれるなら技術の提携もある程度はお約束できますよ?」

「興味を唆る話ではあるがね。欧州の傭兵か……ただなんでアンタはこの大会に参加したんだ? 今更『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が国際標準(グローバルスタンダード)なんてものを欲しがるとも思えないけど」

 

 そりゃそうだ。ある意味で時の鐘は既にそれを持っている。今更グローバルスタンダードなんてものに用はない。そういう意味では、本大会の運営も、国際標準(グローバルスタンダード)の指標として時の鐘の参戦を認めた経緯もあるのかもしれないが、他の思惑などどうでもいい。

 

「私が参加したのはただの一点、スイスの力を示す事。第三次世界大戦でスイスは無様を晒しましたからね。その武力が衰えたと思われるのはスイスの最大の価値を落とす事です。優勝賞品に魅力は感じませんが、勝つ為に私は参加しているのですよ」

「なるほど、分かりやすい。そうであるならアンタはこの大会の参加選手の中でも分かりやすくていいね。下手な思惑とかが絡んでいる訳でもなさそうだ」

「ついでに支部長として勧誘とかができればいいなと。あまり目星い選手がいないのが残念でしたけど」

「そこで私に白羽の矢が立った訳か。光栄に思えばいいのかしら?」

「近江さんのお眼鏡にかなったのなら喜ばしいですけど」

 

 ある程度警戒を解いたとしても、未だお互い値踏みの最中。

 近江さんからすれば俺の素性が分かったところで、手を結ぶかどうかは半々かそれより低い可能性が高い。学園都市と組まないそうだし、俺が学園都市の支部長でそこそこ深い所にいるのがよくないかもしれない。それをメリットと捉えるのかデメリットと捉えるのか。近江さんからの了承を得るなら、この先俺が何があろうが裏切らないという事を示すしかない。金銭のやり取りで組む訳ではないのだ。信頼でこそ盟は結びたい。その方がお互い安心できるだろう。

 

「近江さんはなぜ参加を? 忍者も国際標準(グローバルスタンダード)なんて看板を欲しがるとも思えませんけど。本当に存在してるかとかはさて置いて、名称だけなら広く周知されているでしょう?」

「まあ、ね。私達も優勝に興味はない」

 

 そこで一度言葉を区切り、近江さんはちらりと俺を見上げる。優勝が目的でないとして、甲賀の目的は口にできないようなものであるのか。急かす事もなく、俺は言ったぞと続きを待っていると、近江さんは小さく目をそっぽに向ける。

 

「……映画や漫画に出てくるような忍術を完成させること」

 

 その為に技術的な土台を入手する為の参戦。

 それを聞いて思わず笑った。

 

「なぜ笑う!」

「あっはっは! いや、誰かの暗殺とかじゃなくてある意味安心と言うか! いいですね夢や浪漫があって! 分身の術とか火を吹くとか? 超能力や魔術を使わずに? いいなぁ俺も見たい! それが近江さんの必死か! 余計に気に入った! 技術に技術を組み合わせればできるんじゃないですか? 協力しますよ俺も!」

 

 夢を見たい素晴らしいものに並びたい。その必死はよく分かる。『力』を求める事が悪ではないと言うのなら、俺にとっては並びたいからこそ積み上げた。素晴らしい一瞬を見る為に、追い続けている仲間と並ぶ為に。その為に磨く。研鑽する。気に入った者達は誰もが歩みを止めないから、どれだけ積み上げても足りない。

 

「是非組みましょう! 本物の忍術見たいなぁ」

「まだ組むとは決めてないぞ。それも組む理由がそれでアンタはいいのか?」

「全然いいですけど? 忍者の情報網よりそっちの方が気に入りましたよ近江さん」

「……変な奴だな」

 

 いや本物の忍術なら見たいだろう。殺しの技術が云々かんぬん、超能力は、魔術は、とややこしい事を考えるよりも単純に忍術が見たい。それほど研鑽された技術とはどれほどか。そんな瞬間が見れるならそれを最高と言わずになんと言う。必死の形の一つ。それを見たくて何が悪い。

 

「そういう事なら時の鐘は力になれるでしょう。学園都市の技術に頼ろうが頼らなかろうが、変わった技術の使い手なら多くがいる。近江さん達の目的の助けになるかと」

「ふむ……」

 

 ガシャガシャガシャガシャッ‼︎

 

 呆れて肩を落とす近江さんに笑い掛けていると、慌ただしい重い足音が通路の奥から響いてくる。所々雪を貼り付けたヘルメットと軍服に身を包んだ者達が通路の奥から走って来る。手にはポンプアクション式のショットガンを持っており、会場のガードマンよりも装備が物々しい。近江さんと目配せし少し身構えるも、軍服を纏った四人組は俺たちの前で足を止めた。

 

「お二人はご無事ですか?」

 

 軍服の一人がそんな安否確認を投げてくる。近江さんと顔を見合わせるが、何の事かさっぱりだ。最初険悪だった近江さんとのやり取りでも防犯カメラで拾われたのかとも思ったがそうではないらしい。

 

「殺し屋でも紛れ込んだんですか?」

「侵入者騒ぎがあったようです。念のため、首脳陣と選手団への安否確認を行っています」

「ほう侵入者ですか。こんな所までご苦労ですね」

 

 侵入者……『グレムリン』か、それとも学園都市から刺客でも来たのか。学園都市から離反した反学園都市サイエンスガーディアンの事を考えれば、後者の可能性が高い。学園都市に対抗する力を求めて反学園都市サイエンスガーディアンがナチュラルセレクターを開催した事を思えば、『グレムリン』は攻めなどせずとも取り入る手札を持っている。

 

「学園都市から?」

「その可能性が高いと」

 

 ならば一体誰が来たのか。一方通行(アクセラレータ)の努力で暗部が解体された事を思えば、超能力者(レベル5)が来たとは思えない。可能性があったとしても垣根帝督ぐらいしか考えられないが、学園都市第二位であれば、やるならやるでもっと派手にやっているはず。いや、そんな事を言えばテメェの常識押し付けんなとか言って笑うかな? 

 

「騒ぎが収束するまで部屋か選手控え室にいてください。我々で警護しますので」

「警護?」

「将来的に反学園都市サイエンスガーディアンの要になるかもしれないテクノロジーを、学園都市の関係者に奪取されるのを回避するための措置です」

 

 こいつら警護する気あるのか? 何とも高圧的なもの言いだ。選手ではなくテクノロジーを守る為とは、戦力を売る俺ではなく、戦力の基である技術自体を守るためか。そもそも学園都市が本気で攻めてきたのであれば反学園都市サイエンスガーディアンの勝率はどれ程になる? 軍服達の装備と体つきを眺め、軽く頭を回してすぐにアホらしくなり身を翻す。

 

「どちらに?」

「情報が欲しい。誰が攻めて来たのか、敵を狙うでもなくただ待つのは性に合わない。もし学園都市が攻めて来たのなら、生き残る努力が必要だ。喧嘩っ早くて嫌になるな」

 

 やると決めたら学園都市は徹底的だ。フランスでもロシアでも。反学園都市サイエンスガーディアンだけ違うなどありえない。そうならない為にフランスでもロシアでも徹底してやったのであろうし、反学園都市サイエンスガーディアンもそれは分かっているはずだ。だからこそ、分かっているだろうに警護がこれなのか。本気で参加選手を守る気はないと見える。

 

「お待ちを、我々に従っていただきます」

「必要ない」

「そうはいきません」

 

 ショットガンの銃口がこちらに向く。どこら辺が警護なんだ。ただ飛び入って来た戦力を手放したくないだけか。なんで雇われてもいないのに言う事を聞かなければならないのか。俺に銃口を向けている暇など、学園都市が来た事を思えばそんな時間はない。

 

「そもそも、本気で思っているのか? 俺()に警護が必要だと? 身を翻した俺にばかり目を向けて、見えていない。反学園都市サイエンスガーディアンの軍の底が知れたぞ。おかげで余計に事態がやばそうだと分かったのだけはよかった」

 

 首を傾げた軍服達は、そのまま前のめりに倒れて意識を手放した。俺に近江さんが居たというのに、俺ばかり気にする奴があるか。つまらなそうに軍服達を見下ろす近江さんは、服の首元に手を掛けて誰かに連絡を取っている。他の忍者も会場にいるのか、なんにせよ。

 

「私を囮に逃げてくれなくて助かりました」

「一応囮になってくれたのだしな。それで、これからアンタはどうするのかしら?」

 

 さて、どうしよう? 

 

 学園都市が攻めて来たのなら、反学園都市サイエンスガーディアンだけでは相手にならないと見るべきだ。そうなればそもそも大会自体も続行できない。つまり仕事が終わる。大会を守る為に動こうとも、戦力的にまず不可能。一応一度は勝ったわけだし、特に旨味もない大会を続ける意味はない。要はスイスの力を示せばいい訳だ。ここが戦場になるのであれば、生き残る事がそれに繋がる。ただそうなると……。

 

「どうかしたのか?」

「いやなに、どこぞの戦闘狂にお前は仕事じゃない方が強いとか言われたんですけど、丁度そんな事態が起きちゃったなと。仕事でもないのに戦うのって好きじゃないんですよあんまり。こういう時ってどうします?」

「私に聞くの?」

「……年上の意見を聞きたいなと」

 

 膝を抱えて縮こまる。仕事でなかろうが戦わねばならない時があるのは分かっている。単純に生きる為。ただそれを外せば、瑞西(スイス)では故郷の為であったし、露西亞(ロシア)では戦場を駆ける友がいた。

 

 なら今は? 何の為に引き金を引く? 

 

 身の内で燻る熱が気持ち悪い。俺がため息を零す背後で、俺よりもっと大きなため息を近江さんは零す。

 

「そんなの好きにすればいいだろう? 私の必死だとか聞いてアンタは笑ってたけど、アンタの必死はなんなのかしら?」

「そりゃあ……最高の一瞬が欲しいんですよ」

「分かってるんじゃないか。ならその通り動けばいい」

 

 それは……それはいいのか? 仕事でもないのに。必要なものがあるわけでもない。枠もなく、ただ自分の奥底に準じて引き金を引いて許されるのか。目的がないからこそ、自分の目的を置いていいのならそれは……。

 

 カチリと何かが嵌った気がする。

 

 自分に合わせるとはそういうこと。

 

 最高の瞬間が欲しいと根元は変わらなくても、それにひっついている仕事という首輪がそれを多少なりとも歪めていただけ。仕事があるから必死を追っているわけではない。それは後からくっ付いたもので、トルコの路地裏でボスと初めて会った時、黒子に手を伸ばし触れた時のように、究極の一瞬を求めて追うことこそ、いや、これはもっと、本当はもっと奥深くに……合わせるというのは……それは。

 

「おい、大丈夫か?」

「えぇ……えぇ問題なく。そう、好きに動いていいのなら、素晴らしい人生(物語)を追いましょう。一瞬を掴む為に。丁度学園都市に帰ったら好きな子に指輪を渡そうと思ってるんですよ。それまでの道のりを悲惨にしたくはないですからね。これまでのように、気に入らないものは穿ちましょう。糞みたいな人生(物語)は欲しくない」

「それ、フラグと言うんじゃないの?」

「折れなきゃいんでしょ? 折れるどころか突き抜けるのでご心配なく。俺は狙撃銃を取ってきます。時の鐘の技術の元はそれですからね。近江さんはどうします?」

「情報を掴むなら懐に飛び込むしかないだろう。取り敢えず、生き残る事が目的ならば協力するとしようか」

「もちろん」

 

 伸ばされた極東の傭兵の手を握る。大会初日、バゲージシティは崩壊した。戦火の音が薄っすらと足音を立てて近寄って来るのを聞きながら、狙撃銃を置いた選手控え室に向けて急ぐ。ここは檻の中、既に生死の賭かった蠱毒の中だ。

 

 

 

 

 

「ちくしょう」

 

 甲賀の部隊がほぼ壊滅した。

 バゲージシティの地下、パイプラインのメンテナンス通路に近江さんの苦々しい言葉が小さく響く。立入禁止区域と銘打たれた中で分かれていた近江さんと合流してしばらく。戦火は広がるばかりで収まらない。参加選手としては学園都市と反学園都市サイエンスガーディアンの抗争に巻き込まれている訳で、こうなる可能性もあったと分かっている者がほとんどだと思いたいが、中にはそう考えなかった者もいるかもしれない。

 

 今回の騒動に限って言えば、対応できない方が悪い。戦場は遠い彼方の向こうにあると考えた時点で間抜け。バゲージシティこそが戦場であると初めから導火線は伸びていた。それが長くはなく短かっただけのこと。離反から僅か三日、驚くべき速さだ。

 

 『木原』と『グレムリン』。

 

 忍者らしく闇に潜んで近江さんが持ち帰ってくれた情報を頭の中で回す。『グレムリン』はやはり対学園都市の戦力として自らを反学園都市サイエンスガーディアンに売り込んだらしい。『グレムリン』が反学園都市サイエンスガーディアンの味方をするのなら、どちらが勝とうが間違いなく戦闘は激化する。一般人を巻き込むのは後味悪いと言ったトールが面白くなさそうと言ったのはこれが理由だろう。大会も有耶無耶になるのなら、そりゃ参加したくない。

 

 何よりグレムリン以外のもう片方が問題だ。

 

 『木原』、その名は俺も嫌でも耳にした、木原幻生だの、テレスティーナ=木原=ライフラインだの、一方通行(アクセラレータ)を殴ったのも木原数多という名だと後で知った。言わば学園都市が誇る超技術者。学園都市で研究者を調べれば嫌でも多くの『木原』の名を目にする。『グレムリン』も面倒そうだが、『木原』の方が俺や近江さんに近い。

 

 しかもこの状況となると、どちらが味方と言うよりも、どちらも敵と考えた方が妥当。それに加えて他の参加選手も味方とは限らない。

 

 それぞれの目的を持ちナチュラルセレクターに吸い寄せられたからこそ、その枠組みを崩されれば溢れ返る。

 

 おかげでこの混沌だ。

 

 まだ大会が機能していれば最初近江さんと顔を合わせた時のように会話ができるが、今はその暇もない。近江さんと一時的でも協力体制を結べた事が唯一の救いだ。

 

 メンテナンス通路の壁を背に曲がり角の先を観察しようと動く近江さんを目に、手の軍楽器(リコーダー)を握り締めて背後へと突き出す。

 

 通路に反響する波が、背後に迫った鉈のような刃物を握る男の姿を頭に浮かべる。男の腹部に軍楽器(リコーダー)はめり込むと、大きく男を後方に弾いた。鉈を手放して床に転がる軍服の男を一瞥し、軽く取り回した軍楽器(リコーダー)で床を小突いた。

 

「……よく分かったな法水、初め私を追って来た時もそうだったが」

「振動が、波が視えるんですよ私は。『共感覚性振動覚』なんて名前をこの感覚に付けてもらいましたけどね。とは言え外部の触れてもいない波を能力者のように考えるだけで増幅させるなんて奇天烈な真似はできませんけど」

「ははっ、なるほど、アンタも十分おかしいよ」

 

 何が面白いのか嬉しそうに近江さんは笑い、俺の後ろを見て目を鋭く細めた。軍服の男は倒れたまま。ただその後方にもう一人、軍服の男を見下ろすように立っている人の気配。

 

 場を包む波の世界から正体を掴んだ感じる。少女、それも()()()だ。

 

 勢いよく振り返ったその横で、園芸シャベル型のクナイを構える近江さんに飛び込むようにその手を掴み抑える。視界に揺れる蛍光イエローのメイド服と縦ロールにされた黒い長髪。顔の造形からして日本人。参加選手にはいなかった。何より動きが素人ではない。

 

「待ちたまえよ────っと」

 

 突き出した軍楽器(リコーダー)を、近江さんの腕の上に逆立ちするようにメイドは避ける。天井に向けられた足。糸を張ったようなバランス感覚でそのまま崩れ落ちる事なく、柔らかく足を伸ばし、俺の腕へとメイドの足が絡み付く。

 

(捻られるッ⁉︎)

 

 メイドの筋肉の軋む音が一足先に訪れるだろう結果を教えてくれる。足で掴まれたとでも言うべきか。身を捻り俺と近江さんを同時に無力化する気か? 

 

 細く息を吐き、体重を落として両足を踏み込み、何もいない虚空に拳を突き出す。絡みつくメイドを打撃の為の身を絞る衝撃で僅かに弾く。緩んだ足から腕を引き抜き、軍楽器(リコーダー)を薙ごうとしたところで、体勢を崩したまま捻りで近江さんをメイドに投げ付けられ、落とさぬように慌てて受け止めた。

 

「すまないッ」

「気にしなくていいですよ。あれは学園都市製のメイドらしい。暗部でも見た事ないんですけど、誰だお前?」

「んー。雲川鞠亜(くもかわまりあ)。学園都市側の人間だが心配するな。この街を襲っている連中とは繫がっていない。『ナチュラルセレクター』の選手ではないが、目的は一緒だね。君達と同じように、怪物同士の戦闘を覗き見に来た者さ。もっとも、私の場合は単純に人捜しだがね」

「別に俺は見に来ちゃいないよ。こんな場所で人探しとは物好きな奴だな。しかも……」

 

 襲っている連中を分かった上で乗り込んで来るとはどういう了見だ。それだけ戦闘に自信があるのか、人捜しとやらでここまで来る胆力を褒めるべきか否か。いずれにしても敵でないならどうでもいい。仕事でもないのに子供と殺し合う趣味もない。ただ俺とは考えが違うのか、目の前で近江さんが後ろに手を回し水鉄砲のような物を掴んだ。格好に武器も合わせているのか知らないが、園芸シャベルに水鉄砲ってどうなの? 

 

「よしなって、やり合っても負けるのはそっちだよ。それでも良いならご自由にどうぞと言うしかないが、できれば無駄な争いは避けたいね。殺すとかはあんまり楽しくない経験だ。率直に言えば丹念に細かく傷つけてきたプライドがボッキリ折れかねんのだよ」

「何故、言い切れる……?」

「二本の手で戦う事しかできない相手に、四本フルに使って肉弾戦する私が負けるとは思えないなあ。私は右手と左手で歩けるし、右手と右足で走り幅跳びだってできるんだよ? 手数の差が何十倍広がっているか、計算する時間を与えようか」

「右手と右足で走り幅跳びする意味が分からん。遊びたいなら勝手にやってろ、近江さん、時間の無駄ですよ。ああいうのはほっとくのが一番いい」

「そうそう、そっちの彼の言う通り」

「ただブラフ張るにしても上手くやれ、二対一で本気で勝てると思ってるなら正気を疑う。お前が弱くない事は分かった。ただ、戦って負けるとも思えないな」

「試してみるかね?」

 

 揺らがぬ強気。強気の自信で相手を下ろす事が目的なのか。多少は苦労するだろう。だが残念ながら能力者としては一方通行(アクセラレータ)さんや御坂さんに及ばないし、黒子よりも強度(レベル)が低いだろう。AIM拡散力場の微妙な波の強さで、能力の種類はまだ分からなくとも、それぐらいは分かる。そして戦人としては俺の知りうる者に及ばない。初対面でもトールの方がよっぽど怖かった。近江さんが呆気に取られているのも、能力者に慣れていないだけだ。慣れれば恐らく結果は大きく変わる。態度の変わらぬメイドにため息を吐き、軍楽器(リコーダー)で床を小突く。

 

「あんまり戦闘のプロをからかうなよ。その強気は買うが、寿命を縮めるぞ」

「そうかな? 私の戦い方は単に攻撃の手数が多いだけでなく、急所の位置も大きく変化するという訳だ。『二本の足で立つ敵と戦うために最適化された』戦闘術はそれだけで不具合を起こすものだけど」

「経験の差だなメイド。それぐらいなら驚きもしない。世の中には腕力だけで車ひっくり返したり、外傷を与えず内臓だけを潰す打撃を放つ奴がいたり、馬に乗りながら曲芸染みた狙撃をする人もいる。敵を殺すために最適化された暴力を試してみるか?」

 

 そうは言っても見た事のない戦闘術である事は事実。大道芸人の技を戦闘に変換し馴染ませたような戦い方だ。とは言え対策はもう浮かんだ。捻り、回転がメイドの戦闘術の要であるなら、その中心点を穿てばいいだけだ。急所とか気にせず弾いてしまえばいい。拳を鳴らす俺を見て、メイドは小さく左右に顔を振る。馬鹿らしいと両手を掲げて。

 

「やめておこう、無駄な戦闘は趣味じゃない」

「素直に戦いたくないと言えよ、可愛くないメイドだな」

「君も可愛くない男だね。私の求めるご主人様には程遠い」

「そりゃよかった」

 

 メイドを(はべ)らせて喜ぶのなんて土御門と青髮ピアスぐらいのものだ。やれやれ首を振るうメイドの相手はしたくない。のだが、続けてメイドはこれまでのやり取りも気にせずに尋ねてきた。遠慮も何もあったもんじゃない。

 

「そっちはどうするの?」

「私か? 遠慮する。アンタに構っている方が無駄らしいし」

「そうじゃなくて、曲がり角。その先、覗き込んでみるのかねと質問しているんだが」

 

 破壊音と強い振動が曲がり角の先から伸びている。『木原』か『グレムリン』か、何かしらの異能を振り翳し、学園都市や魔術師の勢力が絶えず戦いを繰り広げている。俺としてはお近付きになりたくはないのだが、甲賀の為に異能を追う近江さんは違うのだろう。静かに鋭く目を細めた。その瞳の奥で揺れる煌めきに目を惹かれる。

 

「……行くとも。行って甲賀をのし上げるための足掛かりを手に入れてみせるとも。『ナチュラルセレクター』の続行不能なんて関係ない。誰かがやらなくてはならない事なら、きっと私がやれば未来の誰かをこんな脅威に陥らせずに済むはずだ。ならば行くとも、たとえ何が起きても」

 

 近江手裏の必死。誰かの未来の為に脅威に飛び込もうという輝きに目を細めて軍楽器(リコーダー)で一度肩を叩いた。その精神性に鼓動が膨れ上がる。骨を揺さぶる振動を軍楽器(リコーダー)で調律する。熱にうなされ茹る吐息が口端から溢れた。

 

「俺が先に突っ込もうか。その方が時間が取れるだろう?」

「……アンタ」

「おいおい自殺志願者かね? 流石に見過ごすのは後味悪いぞ」

「なら静かに見てろ。騒がれる方が俺には邪魔だ。今更多少異能が絡んだくらいで指を咥えてるだけなんて嫌なんだよ。置いてかれるのは御免だ。俺は並ぶ。背を向けるんじゃない。脅威に相対するため。その為に積むんだ。終わった後には近江さんの方から組みたいと言わせて見せる。気に入らないものに穴を穿つ。俺がくだらない常識に終止符(ピリオド)を穿ってやる。行くぞ近江さん、メイド、魔術や超能力、原石が全てじゃないと俺が二人に見せてやる」

 

 人は目にしたものしか信じない。

 魔術を多少齧った兵士や、学園都市の科学で武装しただけの兵士に遅れを取るような段階で足踏みしている『今』はとうに過ぎ去った。

 

 『本物』はその先にいる。

 さらにその先に『ナニカ』がいる。

 それに立ち向かおうという友がいる。

 

 置いていくな俺は並ぶ。

 

 軍楽器(リコーダー)を握り締め、戦場へ、世界を取り巻く波の世界に飛び込むように足を踏み締めた。俺に狭い世界を弾丸に叩きつけるために。第三の眼で今を見る。

 

 

 

 

 

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