時の鐘   作:生崎

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ナチュラルセレクター ④

「具体的な逃げ道なんてあるのか? 安全な場所は?」

「私の目的は学園都市のテクノロジー。お前の目的はさっき触れた、木原加群とかいう男だな。法水はスイスの力を示すだったか……だとすれば、実は危険すぎるバゲージシティにこだわる理由は特にない」

「幾らか既に戦闘が終わっているだろう場所は把握したがな。さっさとトンズラしたいところではあるんだけど、さて困った」

 

 メイドのドライヤーかけも終わり、ロッカールームを出て地下通路を進んで行く。各々の目的がバラバラなのは仕方ないとして、何より問題なのは上条がバゲージシティにいるらしい事。木原加群(きはらかぐん)とか言うヘルメット男には死にたくなきゃ合流しろと言われたが、どこにいるのかも分からない上条を探してウロウロ彷徨っている方が危険な気がする。通路の角からその先を伺うメイドと近江さんを一瞥し、軍楽器(リコーダー)で床や壁を小突きながらそのまま横を通り抜けた。

 

「お、おい法水」

「誰も先にはいませんよ、さっさと通り抜けましょう」

「まるで人間レーダーだな君は」

 

 目を丸くする近江さんと呆れるメイドが背後から付いてくるのを感じながら、足を踏み出した廊下の先には、波の世界から引っ張り上げた情報の通り誰もいない。人影も死体も一つもない。ただその分軍用ヘルメットや防弾ジャケットが何故か通路の上に散乱しており、血痕すら廊下には残されていない。それでいて戦闘の後と思われる銃痕だの壁が砕けているあたり違和感が強過ぎる。

 

「装備品はどっちのだと思う?」

「多分学園都市……つまり襲ってきた側。使っているテクノロジーで分かるよ」

「反学園都市サイエンスガーディアンは貸与された最新兵器を使っているんじゃなかったのか?」

「学園都市の『最新』の更新速度知ってて言ってるかね?」

「別に『最新』=『最強』って訳でもないけどな。使い慣れた武器や手に馴染んで武器が一番だ……それと拾うなよメイド、防弾ジャケットの下には手榴弾が引っ掛けられて置かれている。罠だよ」

 

 落ちているアサルトライフルを拾おうと手を伸ばそうとしていたメイドは伸ばし掛けていた手を引き戻して苦い顔をする。これ見よがしに拾って下さいと言わんばかりの状況で、慣れていなければ拾う者もいるだろうが、慣れ親しんだ手口過ぎて笑えもしない。

 

「人の姿を消し去り過ぎだな。警戒を緩めるにしても幾つか死体を残すべきだ。舌を切り取り四肢の腱を絶った囮を置くでもいい。それをほっぽって置けば呻き声が敵か味方を誘き寄せてくれる訳だ。敵なら自分が仕留めたという『安心』を作り出せば不用意に近付くだろうし、味方なら助ける為に近寄る。それで引き起こした途端に手榴弾でさようならした方がよっぽど効率はいいだろうに」

「……死体さえ武器として使うなんていうのはよくある手だがな。プロを誤魔化すために敢えて人の気配を消しているんだろうけど。アサルトライフルや他の装備にも細工されていると見るべきか。こんな手でも引っ掛かる者がいれば儲けものといった具合かな」

 

 近江さんと目配せして肩を竦め合う。異能云々はさて置いて、戦場を歩いて来た経験ならおそらく俺や近江さんの方が遥かに多い。傭兵だろうが忍者だろうがそこは変わらない。メイドにとっては非日常でも、俺や近江さんにとっては日常の光景。武器も無限ではないため惜しくはあるが、命の方が大事だ。勿体なさそうに学園都市製の武器に目を落とす近江さんを目の端に捉え、目を引きつけるように軍楽器(リコーダー)で一度床を叩く。

 

「いいんですか近江さん? 学園都市の装備なら欲しいんじゃないですか?」

「欲しくはあるがな。法水、お前に頼めばこれくらいの装備はいつでも手に入るか?」

 

 軽く瞳を動かし見上げて来る近江さんに微笑み返す。

 

「もちろん。学園都市に無事に帰れたら約束しましょう。じゃあいいんですか?」

「断る理由がなさそうだからな。アンタも悪い奴ではなさそうだし、アンタが気に入ったよ欧州の傭兵。何よりその技術がね」

「私もまだ修行中なんですけどね。ではこれからよろしくお願いしますよ極東の傭兵」

 

 伸ばされる近江さんの手をしっかりと握る。『将軍(ジェネラル)』に頼まれた仕事は続行不能のようなものだしさて置いて、俺としてはこれで最低目標クリアだ。そしてそれは近江さんにとっても同じだろう。学園都市とは組まずに学園都市のテクノロジーを手に入れる。多少なりとも信頼してくれたようで何よりだ。蚊帳の外であるメイドはやれやれと首を振って、話がまとまったのならと武器にはもう目もくれずに近寄って来る。

 

「私そっちのけで楽しそうじゃないか。嬉しくなってしまうよ」

「なんだそりゃ……まあ安心しろよ、メイドを雇う予定はない。事務員ならもういるからな。お前も面白い技術を使うが、何よりお前を雇うと俺の心労が増しそうだ」

「私だって君のような男に(かしず)くのは御免だね。もっと無能な方が私好みだ」

「えぇぇ……」

 

 無能が好みってどういう事なの? このメイドは色々大丈夫なのか? 俺の知ってる学園都市のメイドと言えば舞夏さんくらいのものだが、格好からタイプまで違い過ぎて同じ学園都市のメイドなのか疑わしい。能力者だから学園都市製のメイドで間違いはないのだが、率先して無能に(かしず)きたいとは変わっている。

 

「私は別に誰かのサポートを目的としてメイドをしている訳ではないからな」

「じゃあなんでメイドなんてやってんだよ……」

「幸運な事に、私には才能というものがあるんだ。学園都市特有の能力開発関連、そしてそれ以外の勉学や運動などの分野でもな。……だが、そうなると滅多な事では窮地に陥らない。ダメージのないまま進むのは結構だが、いざ大きな窮地に立たされた時に免疫がないと困る。だからプライドが折れない程度に傷つける必要があるのさ。そういう意味ではチクチク私のプライドを突っついてくる君は悪くはないが、いや、ふむ、嫌よ嫌よもか? うーん、新たな道が開けそうな気がするぞ!」

「やめろ! なんだかよく分からないが背筋が寒くなってきた! 自己完結で納得するんじゃない! 近江さんこのドMメイドどうにかしてくれ! 果てしなく嫌な予感がしてきたぞ! 学園都市での俺の平和な日常が⁉︎」

「私にどうしろと言うんだ……」

 

 俺を見て顔を苦くしたと思えば、諦めたように頻りに小さく頷いているメイドが怖い。窮地に陥るってそれは命的な意味ではないはずだ。帰ったら事務所にメイド禁止の張り紙でも作って貼ろうと固く心に誓う。この蛍光メイドに(かしず)かれる=無能みたいな公式が存在するのならば、絶対に雇いたくないし仲良くなりたくない。ってかキャラが濃いんだよ! 死にたがりの釣鐘といい浜面といいドM集めてる訳じゃないんだぞ! だから「面接はあるのかい?」とか聞いて来てんじゃねえ! 

 

「話を聞く限り君は学園都市の学生なのだろう? 同じ学びの都にいる者どうし協力してくれてもいいだろう?」

「それはお前の人捜しをだよな? そうだよな? そうだと言ってくれッ、まだその方がいいぞ。時の鐘学園都市支部を変人の巣窟にしたくないッ」

「変人の巣窟?」

「期待した目をするんじゃない!」

 

 妖しく笑うメイドから離れるように歩く速度を少し上げる。俺は参加選手をできるなら勧誘に来たのであって、決してぽっと湧いたようなメイドを勧誘する為にバゲージシティにいるのではない。ただでさえナチュラルセレクターが有耶無耶になってしまったのに、学園都市に帰った時に有耶無耶にメイドが居てもらっては困る。なんとも重くなった肩を下げていると、隣に並んだ近江さんが空気を切り替える為か一度咳払いをした。

 

「それで? 上条当麻とはどんな奴なんだ? おそらくそこのメイドが追っているであろう人物が言及していた名前だが。ここまで事態に深く関わった以上、その人物を見つけられなければ生きて帰れる可能性はかなり低くなるらしいのだし」

「……私が知っているのは名前だけだな。姉なら詳しそうだけど」

「言われた通り、俺の学校のクラスメイトだよ。頼りになる。どうにも追いたくなるような奴さ……ってか待て、今姉って言った?」

 

 雲川……そんな先輩が高校にいたような……まあいい。そこそこある苗字だし違うだろう。

 

 兎に角、上条は正しい事を正しいと言って足を踏み出す男だ。異能を打ち消す右手があろうがなかろうが、一般人にも関わらず脅威に向かって行く男。拳を握る理由に大層なものは必要ないと言い切る背中に、どうにも目が向いてしまう。そんな男。そんな男がいるからこそ、戦場で脅威に立ち向かわない訳にはいかないそんな俺でいたくない。そんな気持ちにさせる奴だ。俺の必死を揺り起こす、そんな一人。

 

「あっ」

 

 考え事の最中で、ふと天井を見上げて足を止める。それに合わせて足を止める近江さんと、急に足を止めた事で背にぶつかって来たメイドの衝撃に合わせるように、天井が砕けて戦車が上から落ちてくる。通路を塞がれ、瓦礫と埃が舞い散る中、メイドの咳が粉塵を散らし、静かに近江さんと二人戦車を見上げた。

 

「五〇トンもあるロシア製の弁当箱だ。文字通り踏み抜いたって事だろう。元々市街地を走らせるようには設計されていない!」

「踏み抜いたっても大地が緩くなきゃそうもならない。外でも戦闘が起こってるのは分かっていたが、こりゃ戦況は当然のように悪そうだな。どちらが勝ってようが似たようなもんだけど」

「冷静に観察してる場合かね? …………ぐぇ」

 

 人命救助の為か知らないが、不用意に戦車に近づこうとするメイドの後ろの襟を引っ掴んで引き止める。最初に会った時もそうだが、偉そうな口調で喋る割にはお優しい奴だ。そのくせ割り切る時は割り切ると。性格は嫌いじゃないが、どうにも噛み合わないタイプだ。

 

 首が閉まったのか唸って睨んでくるメイドからは顔を背け、戦車には近寄るなとメイドの足元を軍楽器(リコーダー)で叩く。軍楽器(リコーダー)の切っ先で瓦礫の破片を戦車に向けて弾けば、瓦礫の破片が戦車の表面を小突いた瞬間、小規模な爆発が戦車の表面で起こった。俺とメイドをそっちのけで近江さんが鼻を鳴らして説明してくれる。それよりメイドをどうにかしてくれ。

 

「爆発反応装甲でびっしりと覆われている。いわばデカい不発弾さ。下手に近づくと巻き込まれるぞ」

「なるほど。だったら静電気の出番だ。信管を反応させて安全に爆破処理する。辺りには粉塵も舞っているし、ちょっとした理科の実験で簡単に放電できるはずだ」

「火山灰を使った落雷現象か」

「秘伝の書にでも書いてあった?」

「あぁうん……そう、人命救助を頑張るボランティア魂逞しいのは素晴らしいんだけどね、この戦車無人だぞ」

 

 近江さんとメイドに微妙な目を向けられ、軍楽器(リコーダー)を力なく掲げて見せた。そんな目をされても分かってしまうのだからしょうがない。静電気を起こす為に服でも使おうと思ったのか、蛍光イエローのメイド服に手を掛けていたメイドは手を下ろして、いそいそ服の皺を伸ばす。ドMで痴女とはちょっと俺にはどうしようもない。とは言え、爆発反応装甲は戦車を乗り越えるにしても邪魔なので、携帯のバッテリーが少しもったいないがライトちゃんの名を呼び、ペン型携帯電話の頭を小突いた。

 

 バンッ‼︎

 

 携帯電話の頭から散った小さな稲妻が戦車に触れ、爆発反応装甲が無力化する。軍楽器(リコーダー)で戦車の装甲を叩いて安全と無人である事を今一度確認し振り返ったところ、忍者とメイドの丸い目が俺を出迎えた。

 

「なんだ?」

「なんだ法水その、ペン? 電撃を吐けるのか?」

「バッテリーがもったいないですけどね、相棒の一人がこの中にいまして」

「相棒?」

よろしくねお姉ちゃんたち(Nice to meet you)!」

 

 ライトちゃんが元気よく挨拶してくれ、近江さんは口をぽっかり開けて目を瞬く。ただメイドは感心したように頷いただけで別に驚くこともない。

 

「AI搭載の携帯か? 学園都市製だろうが随分珍しいものを持ってるな君は……しかし今のはどういった仕組みなんだね?」

 

 そんなの俺に聞かれても知らない。大体ライトちゃんには体という物がなく、ペン型携帯電話に内蔵されている小さな電波装置を依り代に部分的にここに居てくれるだけ。人が成熟する前の胎児の意識の集合体が元なのだから、何人が携帯の中にいるのかも俺は知らない。波を掴める今でさえ分からない。一人かもしれないし、十人と言われればそんな気もする。

 

「な、なあ法水その携帯なんだが」

「ダメですよ近江さんこれだけは。俺の相棒なんですから。学園都市製の携帯なら今度幾らでも送りますから」

「学園都市製の携帯でもそんなの見た事ないのだが」

「お前が知らないだけだろメイド。なあライトちゃん」

そうそう、知らないだけ知らないだけー(yeah, You just don't know)

「……感情豊かな携帯だね」

 

 怪訝な顔のメイドの視線を振り切って、戦車を踏み台に崩れた通路から外に上がる。埋まった通路を掘ったり、引き返すだけ時間の無駄だ。緩い通路から一転。這い出てみれば猛吹雪の銀世界。マイナス二十度の氷結地獄は、雪が波を吸い取ってしまい、知覚が上手く広がらない。俺の新たな技術の弱点みたいな世界だ。が、それならそれでこれまでの技術を使えばいい。

 

「寒い! メイド服で動き回るような場所じゃない!!」

「その格好で動き回っても良い場所を私は知らない」

「そんな格好で来る方が悪い。だいたい何故その格好で来たんだ? 頭悪くないっぽいのに……」

「チアリーダーのくノ一と軍服着た傭兵が何を言っているのかな? とにかくどこでも良いから一番近くの建物に行こう! 考えるのはそれからだ!!」

 

 メイドが指差す方に顔を向ければ、吹雪の合間から覗くガソリンスタンド。全員一斉に目を向けた所で、一歩を踏み出す前に勢いよくガソリンスタンドが吹き飛び爆煙を上げる。ガソリンに引火した火が炎の水溜りを雪原の上に零し、周辺のビルの肌まで炎色に染めた。衝撃ですっ転ぶメイドを視界の端に捉えていると、頭上を一直線に黒煙が走り抜けてゆく。その黒煙を追い走り抜けてゆく細い線で編んだような飛行物体を見送って、あまりの馬鹿らしさに頭を掻いた。

 

「あー……今はもうない」

「言ってる場合か! 煙を上げながら通過したのは学園都市の超音速爆撃機か? どこまで壊されているんだ。破片も爆弾も手当たり次第に撒き散らして!」

「とりあえず、暖には困らなくなった」

「困らないどころか風に流されてこっちに走ってきてるぞ。親切な炎だ」

「だから言ってる場合かね! しかもこの熱風、なんか肌の表面が痛くなるだけでちっとも温かく感じないんだけど。まずい、来る。来るぞ。向こうのビルが倒れてくる!!」

「大覇星祭の障害物競走を思い出すなぁ、結局ろくに参加できなくてめっちゃ怒られた」

「呑気か君は⁉︎」

 

 叫ぶメイドと近江さんを引っ掴み、身を翻し引き立たせながら走る。くそッ、鍛えてるからか二人とも見た目より重い。が、それを言ったら怒られそうなのでやめ、二人を抱えて走る勢いのまま大きな破片に飛び乗り身を滑らせる。雪の上ならスキーの方が速いし得意だ。吹雪の音も呑む込むように、ゆっくり崩れてゆくビルの影が体を覆い、なんとかそこから飛び出るように前へと跳ぶ。ただビルの重さに地下通路の張り巡らされている地面の方が耐えられなかったようで、ヒビが走り割れた地面の下へと吸い込まれた。

 

「げほげほっ!! 地上も地上で最悪だ!!」

「下が下水道じゃなかっただけまだマシだと思うが」

「最悪の出戻りだな。それとも通路に戻れただけよかったか?」

 

 崩れた通路の隙間を軍楽器(リコーダー)を捻じ込みこじ開け、一番小さな近江さんを先頭に無事な場所まで這ってゆく。

 

「安心してくれ、こんな状況だから流石に前を見るなとは言わないよ」

「女性下着なんて見飽きてるわ。無駄口開かずさっさと進め。俺が見たいのは通路の先だ」

「……君の私生活はどうなってるんだ?」

 

 過激な下着を履いてる愛すべき風紀委員(ジャッジメント)絶対領域殺し(スカートめくり)の達人がいるのだから仕方ない。見たくなかろうが視界に捩じ込まれるのに俺にどうしろと言うのだ。黒子はまだしも飾利さんとフレンダさんの下着の好みなんて知ったって活用のしようもないぞ。

 

 崩れた通路から這い出て服の埃を落としたところで、ウンザリしたように近江さんは肩を落とす。畳み掛けて来るような問題に押し出されるように疑問を口に出しながら。

 

「なあ、その上条当麻とかいうヤツ。こんな所で一体何ができるって言うんだ?」

「さ、さあね。実はあっさり死んでいました、なんて展開になっていない事を祈ろう。この街なら何でもアリだ」

「そんな事にはならないさ。俺よりブッ飛んでるからなあいつは」

「の、法水より? 怪物の話でもしているのか?」

「人間の話をしてるんだ。俺なんかよりずっといい奴だよ」

「そうか、それなら今すぐ交換したいね」

「悪かったな俺はいい奴じゃなくて」

 

 悪戯っぽく笑うメイドと口端を引攣らせる近江さんに肩を竦め通路を歩く。一息くらい吐けたところで、休んでる暇はない。だいたい外がほぼ完全に封鎖されているとするなら、地下通路からの脱出以外に手がないだろう。ただその道が分からない。そもそもバゲージシティに到着して初日。ナチュラルセレクターの日程を圧縮して切り詰めようが、ここまで速攻で脱出を考える事になるのは流石に想定外だ。軍楽器(リコーダー)で重い肩を叩きながら、後ろを歩く二人に軽く目を向ける。

 

「それで? 俺としてはさっさとここから出たいし、近江さんも別に居座る理由はもうないんでしょう? メイドはどうするんだ? なんだっけ? あのヘルメット男……」

「木原加群」

「そう、それだ」

 

 『木原』と戦う『木原』、少なくとも学園都市側ではないようだが、どうにもよく分からないメイドの捜している相手。メイドの事を気に掛けていたあたり、お互い知り合いで敵ではないとか言ってたが、なら誰の敵なのか。ヘルメット男についてはメイドに聞く以外に方法がない。

 

「学園都市のとある小学校で起きた、未成年の死亡事案に深く関わっているとされている人物なんだ。私はどうしてもあの男を追わなくてはならない。私は自分のプライドを気にする人間だが、これだけは丸ごとへし折っても手に入れたい」

「その未成年とお前が知り合いだったりしたから……って訳じゃないだろう?」

「当たり前だッ‼︎ 先生はッ‼︎」

「……先生か」

 

 先生。その言葉を返せば、メイドは初めてしおらしく顔を逸らす。血生臭そうな事件の中で、木原加群が何をしたのかは分からないが、先生と慕う者がいるあたり、教師であり、きっと俺の知る学園都市の教師らしい先生なのだろう。先生なんて俺も学園都市に来るまでは一生縁のない者だろうとも思っていたが、先生と呼ぶべき人が二人いる。

 

 腕力がなかろうと、その知恵と優しさは誰より頼りになる。不思議と頼ってしまいたくなるそんな相手。並びたい訳でもないのに不思議だ。どうにもあの二人には頭が上がりそうにない。先生が先生らしさを発揮した時は、それこそ一種の最強だろう。そんな先生だから、大覇星祭の時落ち込んでいる姿を見たら無理をしたくなってしまった。それは俺だけでなく。木山先生の事ももっと前から知っていたら、ひょっとしたら木山先生に事件の時も付いていたかもしれない。

 

「……いい先生なんだな」

 

 メイドを横目に自然と言葉が漏れる。メイドが悪い奴ではないのは充分分かった。それでいて、単身こんな場所に来る程に慕っている事も。その想いは、心の揺れは分からなくないからこそ。

 

「それがお前の必死か、雲川鞠亜(くもかわまりあ)

「……必死?」

「人生の最高の一瞬さ。死んでも会いたいからここに来たんだろう?」

「……そんな乙女チックな理由じゃないがね。君はロマンチストかい? 必死なんて、そこまで熱血なものでもないよ」

「そうか? でもここに居るのはお前だ。お前が選んで来たんだろう? それがお前の……いや、()()()()()()()()()()()

 

 俺には無理だ。どうしようもなく自分の目から見たものしか信じられない。何をどうしようにも自分が絡む。自分が嫌だから、気に入らないから。そういう風にしか考えが巡らない。俺が俺の人生(物語)を追うのが悪いのか、それとも別の何かがそうさせているのかは知った事ではないが、自分さえ置き去りに誰かの為に駆け出せるなら、それはきっと素敵な事だ。その輝きに惹かれるように口が動く。

 

「会ったらまず何を言いたい?」

「なぜ君にそんな事を言わないとならないんだ? ……別に、ただお礼を……」

「ははっ! お礼か! そうか……そりゃあ、素敵だなぁ」

「それと殴る」

「……どういうことなの?」

 

 お礼言って殴るってなにそれ。ちょっと理解が追い付かない。ただメイドが迷いなくいい笑顔を浮かべているあたり、その一撃に何かの意味があるのか。その熱に引っ張られるように口端が緩む。敵意も何もない暖かな熱意だけがあるそれが届く瞬間があるのなら、銃弾がくそったれを射抜く瞬間よりもよっぽど見たい。そう思ってしまうから、メイドの肩を軽く小突いた。

 

「ならその木原先生とやらも探すとしよう。なんか詳しそうだし脱出方法も知ってるんじゃないかその人ならな」

「その方が早いかもしれないな。どうせ何処にいるかも分からない上条当麻とやらを探すなら一人も二人も変わらない」

「い、いいのか? でもそれは……」

「大事なのは『今』だろう。先のことなんて知るかよ」

 

 ここでなくてもお互い生きていれば会う機会もあるかもしれないが、『今』ここにいるのなら、やれる時にやっておかないと後味が悪い。どうせ仕事もないし、好きな事をしていいのなら、こんな血濡れの戦場の中でいいことの一つや二つあってもバチは当たらないだろう。人の吹き飛ぶ瞬間とか見飽き過ぎてなんの感動もないし。輝かしい一ページの方が見たい。その積み重ねがきっと人生(物語)を豊かにする。

 

「ただそれを俺が見たくなったからさ」

「……それでいいのかい傭兵なのに」

「今は好き勝手に動いていいそうだからな。俺は並びたいものに並ぶ。生憎学園都市の部隊にもバゲージシティの部隊とも並びたくなくてね。そもそも俺は俺の為にしか戦わない」

「よくそれで商売が成り立つものだね」

「全くだ。しかもこの男は世界最高峰の狙撃部隊の一人らしいぞ」

「それはなんとも世も末だね」

 

 好き勝手言いやがる。くノ一とメイドの薄ら笑いを手を振って追いやり、言葉を返そうとして口を引き結んだ。曲がり角を曲がった先で、部屋の扉から薄っすらと光が伸びている。なんの部屋かは分からないが、軍楽器(リコーダー)から拾った波の感じを見るに、何人かの生き物が部屋の中にいるらしい。細く息を吐き出して、近江さんとメイドに目配せする。なんとも変な波を感じる。

 

「……どうする? 引き返すか?」

「引き返すってどこにだ? それに目当ての人物がいるかもしれないぞ?」

「覗くだけ覗いてみればいいさ、やばそうだったら逃げればいい」

 

 近江さんの言葉に答えるようにメイドが頷き、静かに足を出し扉に近付く。ただ、扉に近付いたところで飛んで来た瓶らしいものが強引に内側から扉を開けた。砕けた硝子の音に合わせて新たな少女の声が緩い空気を掻き混ぜる。

 

「椅子に合った足置きとドリンク用の小型冷蔵庫、それとサイドテーブルが欲しかったんだけどさ。誰がどれになりたい?」

 

 黄金の(ノコギリ)を手に持った、オーバーオール姿の銀髪を三つ編みにした褐色の少女が、一人微笑み佇んでいる。

 

 そう()()

 

 周りに人影は一つもないのに、幾つもの鼓動を感じるのに。

 

 鼓動を発しているのは少女を取り巻く肌色の家具。いや、家具に見えるだけで、それはれっきとした別々の鼓動を持った生きた()()だ。怒りと苦しみ、悲哀と絶望。歪んだ鼓動が体の芯を震わせる。冷や汗が皮膚を突き破って肌の上を滑る。その少女が何であるのか、自己紹介は必要ない。

 

 魔術師。

 

 頭が理解した瞬間、二人を引っ掴んで踵を返す。まともにやって勝てるとも思えない一級の異能者。どんな技を振るうのか詳細も分からず、突っ立ってなどいられない。木原円周(きはらえんしゅう)とやらはまだ技術者同士なんとかなっても、あんなホラーな相手は別だ。

 

 銀世界に閉じ込められた迷路の中で、最悪の鬼ごっこが幕を上げる。

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