時の鐘   作:生崎

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一端覧祭 篇
一端覧祭 ①


「ふぁぁ」

 

 眠い。ハワイから東欧へ向かって帰って来れば学校である。学園都市。そのとある寮の時の鐘学園都市支部の事務所となっている一室。ろくに寝る時間もなく食卓を前に椅子に座る。ハワイでも東欧でもただでさえ戦闘音に巻き込まれていたおかげで、日常の音に耳が慣れない。しばらくずっと着ていた時の鐘の軍服から制服へと袖を通し直したものの、もう随分と久々な感じだ。物騒なニュースに合わせて流れる一端覧祭に関するニュースを聞き流しながら、腕を伸ばして様変わりした部屋に目を流す。

 

 三部屋ぶち抜き工事が終わり、多少広くなった空間。大きなテーブルと大きなキッチン。角には二台ばかりパソコンの置かれており、マジでなぜか自販機が置かれている。奥には個々人の部屋があり、なくなったわけでもないファンシーグッズが所々置かれている居間で、目の前に座る二人の少女に目を向ける。頬を膨らませている釣鐘と、ニコニコ笑顔で縄で縛られている木原円周。意味不明な取り合わせに首を傾げていると、円周も合わせて首を傾げた。

 

「そうなんだ、孫市お兄ちゃんはこういう趣味なんだね!」

「違います」

 

 亀甲縛りで椅子の上に置いておく趣味など俺にはない。目を覚まして早々殴り掛かって来たから足を払って転ばし釣鐘に任せたらこれだ。俺の趣味じゃなくて円周の隣に座ってるくノ一の趣味である。釣鐘に目を向ければ目を細められ、抗議するように釣鐘はバシバシテーブルを手で叩く。耳障りだからやめて欲しい。

 

「なんだよ」

「行くのハワイだけって言ってたじゃないっスか! 東欧は聞いてないっスよ! そんな楽しそうなこと、私超暇してたんスから!」

「傭兵が暇なのはいいことだ。それに後輩がさっそくできたんだから仲良くしてやれよ」

「えぇぇ、だってこの子目を離すとすぐに縄抜けするんスよ? なんなんスかいったい」

「研修生その二。一応断りは入れた。円周が良ければ今日からここが円周の家ってわけだ」

「私の家? ふーん」

 

 物珍しそうに時の鐘の事務所を見回す円周の前に、木山先生が作ってくれた朝食が並ぶ。バゲージシティから帰って来て一食もなし。流石にお腹が減っていたのか、円周は身動いで縄を解くと目の前に置かれた箸を掴む。学習能力が馬鹿みたいに高い。口端を苦くする釣鐘には目もくれず、白米を口に運ぶ円周を見つめてテーブルを指で小突く。

 

「ここに居ると決めたなら最低限のルールには従ってくれ。仕事や身を守る以外で他人に手を出さないとか。部屋を壊すのも禁止だ。木山先生の言うことを聞くこと」

「ふぁい」

 

 分かってんのかマジで。話を聞いてはくれているのだろうが、覚えてくれているかは甚だ疑問だ。理性ある殺人鬼ならまだいい。だが、理性なき狂人を置いておく事は流石にできない。今はまだそれを見極める期間であるのだが、俺にもやる事があるが故に四六時中一緒に居てやるのは無理だ。一頻り朝食を口に突っ込み、喉の奥へと流し込むと円周は手に持った茶碗をテーブルに置く。

 

「でも『木原』なら」

「そんなのは知らん。俺が知りたいのは木原は木原でも木原円周ならだ。ここに居るなら『木原』は積むな。『木原円周』を積め。俺は『木原』が見たいわけじゃない」

「……お兄ちゃんって変なの」

 

 悪かったな! そんな不思議生物を見るような目で見つめられても俺は俺で変わる訳もない。だから「中身も違うのかな?」とか言って手を伸ばしてくるな! 解剖する気か! 好奇心旺盛とかいうレベルじゃねえ!

 

「仲間を襲うのは禁止だ禁止! だいたい中身は一緒だよ!」

「おっかない子っスね」

「お前が言う?」

 

 殺されたいからと裏切った抜け忍の癖に他人事のような事を言う釣鐘に呆れて肩を竦めて席を立つ。並べられた朝食の中に俺の分はない。残念ながら朝食を食べている時間はない。上条が帰って来ているはずだからと様子を見てくるように土御門に頼まれたからだ。立って首の骨を鳴らす俺に、木山先生はエプロンを外して告げた。

 

「君が帰って来たから今日からクロシュ君も此方に来るはずだ。後で顔合わせでもするのかな?」

「そうですね。人数も少し増えましたし、浜面には俺から連絡しておきましょう…………それよりあの扉ってなんなんですか?」

 

 テーブルやパソコンの置かれた居間から、個々人の部屋や風呂の置かれた方向とは真逆。隣にある上条の部屋とのある壁にある一枚の扉。もしかしなくても、想像通りのような気がするが、一応木山先生に聞く。無駄な要望を書かれまくったメモ書きにあんなものは含まれていなかったはずなのだが。

 

「ああ、インデックス君が一々外を回ってくるのが面倒だと言ってね。君も上条君もいない事が多いから食事を一緒に取ることも多いし丁度いいと」

「へー……」

 

 多くは言うまい。木山先生やクロシュはいい。好き好んでくノ一だの小さな学園都市製技術者に会いに来るというのはどうなのだろうか。肩を落としているとガチャリ、と回る上条の部屋行きの扉。顔を青くして慌てて玄関へと走る。上条が部屋に帰っていない事は分かっている。最初に俺がエンカウントし暴食シスターに捕まるのは御免だ。

 

「あっ……ま、まごいちなんだよ⁉︎ とうま! とうまは! とうまはどこ‼︎」

「行ってきます!」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 禁書目録(インデックス)のお嬢さんの声を背に聞きながら玄関から飛び出る。上条の代わりに弁明してやる気などない。哀れな生贄役は上条以外には務まらない。久し振りに行き交う学生たちの波に紛れれば、一端覧祭の最後の準備にでも使うのか、多くの者が手に小道具を持っている。そんな者達を掻き分けて上条が無造作に置かれているらしい駅前へと足を進ませていたのだが、その足が不意に止まった。

 

「あ」「あ」「あ」

 

 間の抜けた一言が三つ重なる。吹寄さんがいる。上条の手を幅広のテープで縛り上げ引き摺っている吹寄さんが。何をあいつは速攻で捕まっているんだ。俺向かう必要ないじゃん。必要なさそうなので無言で回れ右すると、肩に置かれる手の感触。

 

「法水孫市、行くわよ」

「……はい」

 

 断る事などできるはずもなく、上条共々吹寄さんに連行される。とんだ久々の登校初日だ。看守に引き摺られる囚人の気分を味わった。

 

 

 

 

 

「あ、あのですね。先生としても上条ちゃんと法水ちゃんがこうも無断欠席を繰り返しているのは流石に問題だと思うっていうか、もはや課題や補習なんかじゃ庇いきれねえぞっていうかなのでしてね」

「ふぁーい」

「おぉう、文化祭だ。文化祭って感じなのかこれは? へー」

「高校生は義務教育じゃねえんだぞっていうのを分かってもらいたいのが大前提でしてね、これからどうやってリカバーするのか考えるのももちろんなんですけど、そもそも上条ちゃん達って一体どんな問題を抱えているのですか」

「ふぁぶふぅ……」

「文化祭ってこんな感じなんだなぁ、人生初だよ。体育祭より気にいるかもしれんぞこれは」

「っていうか根本的にどうしてそんなにボッコボコにされているんですか上条ちゃん!? スズメバチの巣にでも顔を突っ込んだんですか!? 法水ちゃんも上京したての田舎者みたいになってるのです⁉︎ しかも上条ちゃんをドスルー⁉︎」

 

 廊下を歩きながら小萌先生の話を聞き流す。段差で躓き吹寄さんの胸の中へとダイブした男の事など知らん。鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の鉄拳は痛そうだった。何より、まさかの学校生活一年目にして留年の危機的な話は聞きたくない。俺の所為じゃなくね? 夏休み前はそこまでじゃなかったよ。夏休み入ってから雪合戦のように問題ごとがしこたま投げられ出したのが悪い。どうにかなんないの? アレイスターさんに頼めばどうにかなんないのこれ? 統括理事長の力はこういう時にこそ発揮して貰いたい。そんな事を考えていると無情にも教室に着いてしまう。

 

「おらー。逃亡者を回収してきたわよ」

 

 引き戸を開けて上条の背を突き飛ばし去っていく吹寄さん。教室からは普段の授業の空気の抜けた独特な空気が詰まっている。机は全て教室の後ろへと纏められており、作られた作業スペースには大きなベニヤ板や工具の類が散乱している。そして何より……。

 

「え? ゾンビ?」

 

 そう思ってしまうくらいに黙々とクラスメイト達が作業している。文化祭とはもっと賑やかな感じじゃないのか。作るのは屋台だと聞いていたのだが、屋台を作る気迫ではない。職人か? 手を縛っているテープを剥がしてくださいと見上げてくる上条を完全に流して戦場に向かう前の兵士のようなクラスメイト達を見回していると、不意に伸びて来た腕に足を掴まれる。……青髮ピアスか、死体かと思った。

 

「じ、地獄や。文化祭っていうたら普通は喫茶店かお化け屋敷で攻めるのがセオリーやない? こう、なんていうかコスプレ的な意味で!! たこ焼きの屋台って全体的に遊びを入れる要素が少ない! メイドさんの格好でたこ焼き作っていてもアンバランス過ぎるし!! 下手に制服は作らないんですか? なんて言ったのが失敗やった‼︎ ボツくらい過ぎて心折れそうなんやけど‼︎ あの副担任悪魔や!」

「……この手の文化祭にありがちな女子生徒プレゼンツミスコンテストもないらしいぜよ。水着も羞恥も何もなし。何なの? 文化祭の文化って何なの?」

「知らんわ。てか副担任て誰だよ。いたっけそんな人?」

 

 知ってた? と上条に目を落とせば、テープの手錠を外そうと身動ぎながら首を横に振るう。上条も知らないらしい。こんな時期にやって来たのだとしたら相当な変わり者だ。

 

「『一端覧祭』って内部向けのイベントなんだろ。体験入学とかオープンキャンパスとかの同類。志望率に直結する大規模なコマーシャルって事で先生達も注目しているんだ。つまり睨みを利かせている。あんまりはっちゃけたイベントはできないんじゃねえの?」

「馬鹿め!! お隣の鋭利学園高校じゃ普通にミスコンあるし!! 水着だし!! しかも部外者の飛び入り参加オーケーだから雲川センパイ出てくるかもって話も飛び交っているんですたい!!」

「だってボク達は高校生!! 『一端覧祭』における自由度も中学の頃とは段違いに上がっているんやで!! キサマはコーコーセーにしか許されない、一歩先をゆくセクシー路線を見たくはねえのかってんだよォォおおおおおお!!」

「じゃあ行くけど!! 思春期男子の原動力って結局はその辺にしかないけど!!」

「その辺にしかないのか……俺は普通にいろいろな出し物見れりゃいいかな。技術の応酬みたいなもんだろ? いやいや楽しみだ。ミスコンとか全く興味ないけど」

「枯れてんのかこの刹那快楽主義者が‼︎ そんな事言いながらどうせ常盤台には行くんやろが‼︎ 少しくらいその情熱をこっちに回してくれてもええやろがい‼︎ そこに『エロ』があるなら行かにゃ男やないやろぉ‼︎」

「最早目的が文化祭なのかエロなのか分からなくなってるぞおい。娼館みたいな雰囲気に教室を改造したらぶっ殺される事請け合いだろ。てかいつまで寝そべって足掴んでんだよ‼︎ ミシミシ言ってる‼︎ あの世から来た負傷兵かお前らは‼︎」

 

 強引に足を振り上げれば青髮ピアスの一本釣り。訳の分からん泥沼に引き摺り込まれたくはない。ようやく立ち上がった青髮ピアスと土御門の姿にほっと息を吐いていると、青髮ピアスが人差し指を立てる。何その指は。

 

「という訳で今からでも遅くはないやん。屋台に立つ女子は水着になるべきだと思いまーす!!」

「水着って言ってもそこじゃないよ。油が跳ねて即火傷だよ。小萌先生が始末書まみれになるよ」

「じゃあうっかりたこ焼きを焦がした女の子は、お仕置きとして顔を卵白とマヨネーズだらけにして店に立たせるというのはどうですたい」

「多分お前が想像しているようなクールな絵面にはならないよ。普通にベチャベチャドロドロで、むしろややグロ系の方向へ持っていかれちゃうよ。ホイップクリームをほっぺたにつければ女の子が艶めかしくなるなんて幻想だよ」

「じゃあもう女の子に食べさせて貰う的な特典でも付けりゃいいだろうが。五パック買ってくれたらみたいなさ。百個買ってくれたら更なる特典ってな具合でいかがだ? それで他のクラスを煽ってセクシー側に学校の空気を傾倒させりゃいい」

「悪徳商法過ぎんだろ。それ武器商人の発想だよ。その後戦犯として吊るし上げられるところまでバッチリ予想できちゃうよ。セクシー路線になれたとしても絶対教育委員会やPTAから苦情くるやつだよ」

「何だぁこのネガティブボーイは!! 幻想の何が悪いんや!? アンタは何でも否定すれば勝ちって思っている反抗期ちゃんかぁ!?」

 

 反抗期ちゃんを粛正すべく腕を振り上げた青髮ピアスに向かって、脱走する捕虜のように腕をテープに包まれたまま上条が青髮ピアスに突っ込んでゆく。それを騒ぎもせずに傍観しサングラスを指で押し上げている土御門は絶対にろくな事を考えていない。巻き込まれたくはないと足を下げたところで肩に置かれる大きな手。そこから感じる鼓動を感じ、急激に血の気が失せてゆく。振り向きたくないので動かずいると、聞きなれた声が鼓膜を震わせた。

 

「ようやく戻って来ましたね孫市。お仕事です。売り子の制服が全くできあがっていません。学園都市は学び舎の最高峰と聞いていたのですが、服飾の授業さえないとは……これが完成図達ですから後は頼みましたよ」

「ガス、ガス、ガスパルさんなんで? しかもこれ、完成図達って」

 

 なにこれ? なにこれは? あらゆる属性をブッ込んだ挙句綺麗に体裁は整えましたみたいなこれはなに? 割烹着ちっくって言うか洋風の空気を感じるのは土御門がメイド服の要素を提案したからだろうが、売り子の制服なのに一着一着全部違うんだけど。なんの店だよ。見た目整ってるだけに苦言さえ言いづらいが、複雑過ぎて超絶作る気が起きない。スーツ姿のガスパルさんに突っ込む気も起きない。

 

「私が副担任です。意見の取りまとめは手伝いましたが、製作は貴方達の仕事ですからね。作るからには布をただ切り貼りしたようなものは要りません。半分以上完成していませんから頑張ってください」

 

 膝が落ちる。天を仰ぎ手で顔を覆った。どうしろってんだよこれ。なんでただの屋台にファッションショーするような衣装を準備してんだよ。去って行くガスパルさんの足音が無情に響く。自殺点決めたサッカー選手みたいなリアクションだとか言ったやつ聞こえてるから。後で屋上だから。俺に押し付ける為に待ってましたみたいに手招きしてんじゃねえ! 

 

「土御門さぁん? ここからここまで四枚分くらい絶対お前の意見が入ってんだろ‼︎ 手伝えコラァッ‼︎」

「はッ‼︎ 悪いな孫っち。オレは見る専門なんだにゃー!」

「ああそうかい‼︎ ならお前がこれから見るのは地獄だ‼︎ お前の死装束も作ってやんよ!」

「おらァァァあああああああああああああああ!! 邪魔しかしないなら細切れにしてフォーチュンクッキー的なサプライズ具材にするわよキサマらァァァああああああああああああああ!!」

 

 あいも変わらず『一端覧祭』実行委員なるものをやっているらしい吹寄さんが沸点を超えた。『シグナル』を具材に使ったたこ焼きとか誰が食うんだよ。カニバリズムだよ。そんな死に方だけは絶対に御免だ。

 

 

 

 

 

 

 一端覧祭。学園都市が誇る大覇星祭の文化祭バージョン。各々の学校の志望率に直結するらしい大イベントの為に各々の学校はここぞとばかりに力を入れ、普段なる完全下校時刻さえも取っ払われている有様だ。つまり学校に泊まれる。『学校での連泊は禁止』という暗黙のルールはあるらしいが、クラス内でローテーションを組んで作業を行えば問題はないらしい。それぐらいにゆるゆるになるくらい大事な行事。そんな緩くて大丈夫なのかという疑問も、大覇星祭と違い、一端覧祭は完全に内部向けであるため、不特定多数の外部からの一般客を気にしなくていい。

 

 ただそうなって来ると学園都市にいるジャーナリストにとっては腕の見せ所であり、ここ最近は若狭さんも大変忙しく動き回っているそうだ。特に今回は常盤台中学にパイプがあるため、常盤台中学の一端覧祭特集をやるらしい。うちの学校を追ったりするよりよっぽど売れそうな記事である。

 

 それも一端覧祭は、同じ街の学生を相手にするため、各々の持つ最先端科学技術を徹底的に出し尽くし、『学園都市の科学や超能力を当たり前に受け入れている学生達さえ驚くような』何かを提供しなくてはならないそうだ。ハードルが高い。ただの高校生にいったい何を望んでいるというのか。たこ焼き屋台でどう驚かせろというのか。たこ焼きを遠く離れている奴の口にでも狙撃すればいいのか? ただそれだと曲芸にしかならない。お手上げである。時の鐘学園都市支部の面々を集めるのも一端覧祭が終わった後の方がいいだろうかと首を傾げながら裁縫に勤しんでいると、クラスの絶対裁判長、吹寄さんから無情な一言を告げられる。

 

「とりあえず上条、法水。キサマらは泊まり決定。サボりまくっていたんだから当然でしょ」

「えーっ!? ていうか俺はいつになったら寮に帰れるんだ!? 学園都市にいるのに部屋に帰っていない事がバレたらインデックスはメチャクチャキレるんじゃないかな的なーっ!!」

「俺、朝に禁書目録(インデックス)のお嬢さんに会っちまったよ」

 

 その一言で上条の顔がとても面白い事になった。

 

「はい終わった! 終わりました‼︎ なにバレてんだお前は‼︎ しかも一人だけしれっと帰ってんじゃねえ‼︎」

「しかも確実に禁書目録(インデックス)のお嬢さん伝いに黒子にバレている。上条、落ちる時は一緒だぜ!」

「うるさい」

 

 ごつんと吹寄さんに上条と二人拳骨を落とされ、メモ用紙のようなものを渡される。昼食の為の食糧を調達して来いとの指令だ。全学生が連日一端覧祭の準備のために動いているため、学食も食堂も飽和状態。全員分の食糧を調達する為には、学校の外へ繰り出すしかないらしい。

 

「必須条件は一食二〇〇円以内。可能ならサラダなんかの野菜系も組み込む事。分かった?」

「三〇〇円までならまとめて牛丼並盛コースにできるのに。何の工夫もないハンバーガーだって税込で一〇〇円超えちゃう時代だぜ」

「栄養分を計算するの。例えば桐田屋の牛丼爆盛セールなら一食三八〇円。でもどう考えたって並盛の倍以上の量があるから、足して二で割る計算にすれば予算に見合う。……正直、地域商店街系のサイトはみんな携帯電話でチェックしているから、『単純に一食分が安い』商品を探しに行くと、他の学校とかち合う事になるわよ」

「じゃあもう食材だけ買って料理した方が早いな。一クラスの人数分の料理作るぐらいなら慣れてるし、火と包丁さえありゃ外で煮込むんでもいいだろう」

「おう、そりゃいいな。法水がいれば二人で余裕だろ」

 

 意外そうな目で吹寄さんに見られるが、英国での最後の食事戦争より絶対に楽だ。オルソラさんや禁書目録(インデックス)のお嬢さん、天草式の面々が居てさえ地獄だった。あれを知ってる俺や上条からすれば一クラス分自炊で賄うのは楽勝だ。それに完成品を探し回るよりも単なる食材を探す方が簡単に済む。

 

「んじゃ法水、武運を祈る!」

「あいよ、上条もな」

 

 そんな訳で吹寄さんからお金を渡され、作業用の手押しカートを手に上条と別れた。食材調達をするにしたって別れた方が早いからな。屋台系の出し物をする学校も多いため、どこに安い食材が売っているかも賭けだ。スーパーに足を向ける中で、ふと足を止める。ツインテールが視界の中を泳ぐ。人混みの中に立ち少女の腕に巻かれた緑色の腕章に口端を持ち上げ、足を向けて手を上げればぶっ叩かれた。

 

「久々に顔を見たと思えばなにを普通に学生してるんですの? まず顔を出しに行く場所が違うんじゃありません? お姉様がハワイに向かったとか‼︎ 知ってて言いませんでしたわね貴方‼︎ ちょっと聞いてますの‼︎」

 

 腰に手を当て顔を覗き込んでくる黒子に目を落とす。叩かれた頭を刮ぐように雑に手で撫でて。感じた鼓動を払うように。

 

「……孫市さん?」

「その口調と姿を止めろ、ぶっ殺すぞトール。二度は言わない。それとも化けの皮を力付くで剥いで欲しいのか? 喧嘩を売るなら大成功だよ。ただそれに乗ってやるのも癪すぎる。からかい方を間違えるなよ」

 

 きょとんと首を傾げるが、俺が全く表情を変えないでいると黒子は急に笑い出し気安く肩を叩いてきた。黒子の姿がどろりと溶けるように中から金髪の男が顔を出す。変装の魔術とか悪趣味な奴だ。なによりぶっ叩かれるまで気付かないとは。帰ってきて早々気分が悪い。

 

「拗ねんなって! そうだよな、内を見れるお前には効かねえか。合格合格、それより聞いたぜ、バゲージシティじゃベルシを助けたそうじゃないか。よっ、憎いね孫ちゃん」

「孫ちゃんてなんだよ……だいたいなんでいるんだお前は」

 

 意気揚々と早速学園都市に紛れ込んでいる魔術師の姿に大きく呆れる。ハワイ、バゲージシティに続いて学園都市。行く先々で『グレムリン』がいる。『グレムリン』のバーゲンセールだ。トールが居るという事はそういう事なのだろう。ハワイのように気軽に魔術師が趣味で来るような場所でもない。周囲に目線を走らせると、「俺しかいねえよ」とトールは隠そうともせずに口を開く。

 

「他にも来てはいるがね。ダメだマリアンの奴は。浮かれ過ぎて頭お花畑で。ベルシの事も心配なのかまるで身が入っちゃいねえ。ま、俺としちゃありがたいんだけどさ」

 

 浮かれ過ぎてってなんだよ、精神攻撃でもくらったのか? 

 

「いや知らないけど、てかマリアンさんに指輪返せって伝えてくれよ。さもなくば作れと」

「あー、じゃあ作れって伝えとくよ。多分アレはもう帰って来ねえぞ。俺見た時笑っちまったよ。どうなったらああなるもんかね?」

 

 なにがどうなってるか知らないがああなるってなに? 俺の指輪どうなってんの? そんな笑うような感じになってるの? 愉快なオブジェみたいになってるんじゃないだろうな。思い出したように笑いながらトールは話を区切るように手を叩き、一度咳払いをする。

 

「なあ孫ちゃんよ、俺が来たのも別に観光に来た訳じゃねえ。それはまあ分かってると思うけど」

「分かってるよ。何しに来たんだ? 注告か? それとも勧誘にでも来たのかよ」

「ああそれだな。勧誘だ」

 

 笑うトールに苦い顔を返す。マジで勧誘? なにそれ。俺は魔術師じゃないんだけど。『グレムリン』に誘われたって入りたいとも思えない。マリアンさんとはバゲージシティで休戦したが、別段好きでも嫌いでもない。ベルシ先生の事もよく知らないし、オティヌスとかいうやつ、アレはどちらかと言えば嫌いだ。しかも多分俺嫌われてるし。無視して行こうとカートを動かし歩けば、隣にトールが並んでくる。

 

「まあ待てよ、別に『グレムリン』に勧誘しに来た訳じゃねえって。もう少し個人的な話ってかさ。『グレムリン』も関係あるっちゃあるんだが、もっと単純な話だ」

「話が読めんな。それは俺を雇うって事か?」

「いや、もっと気楽に誘ってんだよ。お前なら乗ると思ってな。聞いたって言っただろバゲージシティでの一件はさ。気付いたんだろ? 報酬があるとすればお前の見たいような必死があるかもしれない。それだけだ」

「……なんだそりゃ、遊びに行こうぜって?」

「そんなとこだ。気に入らないものをぶっ壊しにな」

 

 目をギラつかせるトールの鼓動に乱れはない。気に入らないものを壊しにいく。話が読めないが、誰かを殺しに行くような話ではないらしい。しかも俺が来るとある種の確信を持って喋っている。仕事でもないのなら確かに、俺が行動原理はそれぐらい。俺の見たい必死があるかもしれない。その誘い文句に目を向ける。

 

「内容を教えろよ。詳しい話も聞かずに安請け合いする程馬鹿じゃないぞ」

「詳しい話はもう一人誘いたい奴がいるからその時するさ。今は時間もなさそうだしな。少し楽しくなってきた!」

「俺は疲れてきた。あんまり馬鹿みたいに動いて俺の仕事を増やすなよ。俺だって面白くない仕事はしたくない」

「分かってるって! また放課後に会いに来るぜ! またな孫ちゃん!」

 

 放課後って俺は今日学校に宿泊決定されているのだが、知ってか知らずかトールは好き勝手言うだけ言って人混みの中へとあっという間に消えてしまう。食材の買い出しが遅れて昼食タイムが終わってしまい怒られては堪らないため、カートを押してスーパーを目指す。今はしばらくの日常を楽しむとしよう。

 

 

 

 

 


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