時の鐘   作:生崎

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一端覧祭 ②

 カフェのテラスから赤らんで来た空を見上げながらコーヒーの入ったカップを傾ける。指が疲れた。チクチクチクチク、文化祭というより絶賛裁縫教室のような一日であった。しかもそれがまだ続く。作りかけの売り子の服を五着仕上げた俺を誰か褒めて欲しい。学校に泊まる事が決定しているため、放課後になっても学校に戻らなければならないのだが、鬼の実行委員からリフレッシュの為の時間を貰えた。

 

 木山先生へと『学校に泊まることになっちゃった』とライトちゃんにメールを送って貰えば、予想は付いていたのか、すぐに分かったと返事が返ってくる。釣鐘からも文句のメールが来たが知らん。それよりも風紀委員と一端覧祭の忙しさに巻かれて動けないまでも黒子から来ているメールの嵐の方が問題だ。ロイ姐さんとボスが常盤台で教師やってるとか知りたくなかった。常盤台はお嬢様学校から軍学校にでも鞍替えしたのか? そんな二人がいる常盤台の体育の授業とか絶対に受けたくはない。メールによると食蜂さんが全身筋肉痛になり保健室に搬送されたとか。可哀想に。

 

「おーい、孫ちゃん」

 

 そうして時間を潰していると、気安く名前を呼んでくる男の声。俺を孫ちゃんとかふざけた呼び方をするのは一人だけ。他の魔術師にも言えることだが、どこで場所を知ったのか知らないがよく俺の居場所が分かる。言っていた通り詳しい話をする為に来たらしいトールの方へと振り向き思わずコーヒーを吹いた。

 

「……よお、法水」

「お前、誘いたい奴って上条かよ⁉︎ どういう神経してんだお前は! てか上条はなぜ普通にいる⁉︎」

「いや、なんか襲われて法水が待ってるからって」

 

 まるで意味が分からんぞ。襲われたってなんだ? またお得意の喧嘩を売ってきたのか? 俺に上条を誘うとか、『グレムリン』は関係ないとも言っていたが、それが関係でもしているのか。それよりも。

 

「上条、お前昼食作るの完全に俺に押し付けてどこ行ってやがったんだ。俺一人で吹寄さんにせっつかれたぞ」

「そんな事より腹減ったしバーガーショップにでも場所移そうぜ。ジャンキーな食い物ってたまに異様に食いたくなるよな」

「お前は話を聞けよトール。こら服を引っ張るな!」

「二人ってどんな関係?」

 

 俺が聞きてえよ! 少なくとも敵ではないが味方でもない。戦場付近でよく顔を合わせる変な奴が正しいか。ジャン=デュポンや空降星(エーデルワイス)と関係性は近いような気がするが、それより気安い感じもする。呆れる上条の目から逃れるようにコーヒーを飲み干し、すぐに近間のバーガーショップに連れ込まれる。上条とトールと晩飯を食う日が来るとは驚きだ。

 

「……何これ?」

「何これって新発売のサルサバーガーセットだぜ? うえっ、個性を強く出そうとし過ぎて味がメチャクチャ濃いなこれ。ていうか辛い!! なんだかんだでベストセラーのラージバーガーがなくならない理由が良く分かる」

「だから無難なのが一番なんだよ。要は客寄せパンダみたいなものだろうそれは。新発売って言っても何となくある程度味は分かるし、洗練された技術の品が一番。サルサバーガー食うくらいなら普通にタコス食うね」

「何事も試してからだって。ハズレだとしてもこのおかげでラージバーガーのありがたみが分かるってもんだろ? ま、一回食えば十分だなこれ。お前がタコスとか言うからメキシコ料理が食いたくなってきちまったよ」

「のんきかお前ら‼︎ 俺達っ! 超っ!! て・き・ど・う・し!! 顔を突き合わせてのんびりご飯を食べている構図がおかし過ぎるっっっ!! バーガー談義なんてしてんじゃねえ⁉︎」

 

 とか言いながらしっかり自分の分のバーガーを頼んでいるあたり、上条も図太いというか、似たような事があり過ぎて慣れているだけか。口では敵とは言うものの、本当に許しておけない相手なら上条もさっさと右拳を握っているはずだ。そもそも最初に上条が関わったイギリス清教でさえ内輪揉めしていたのだから、魔術結社全体で敵味方を考えるのは無駄な気がする。

 

「何だ何だ。ちょっと話をしようぜっていうのがそんなにおかしいかよ? 『グレムリン』なんて関係なしによ、もしも俺の背丈が小さくてしかし巨乳の保護欲丸出し女の子だったら対応違っていたんじゃねえの?」

「舐めているのかね?」

「そのために配慮したじゃねえか。上条当麻、お前の知ってる女の子の形に外見を整えてよ」

「またやったのかよお前。女装趣味とは恐れ入ったね。俺の知り合いの特殊性癖の多さに呆れるよ。あっ……だからトールお前そんな髪伸ばして」

「違えよ! お前と一緒にすんな!」

「俺に女装趣味などない‼︎」

「だからのんきか!」

 

 気持ちは分かるが、一般客の多いバーガーショップでトールが暴れる事はないだろうと知っているからこそ、どうにも多少は気が緩む。上条としては違うのだろうが、余計な事を言わないようにバーガーを齧って口を閉じた。

 

「……だいたい何でハワイ諸島であった俺と御坂のやり取り知ってんの?」

「ていうか、お前達の一悶着があった時、まだアメリカ中のカメラを利用した『F.C.E』の監視網って動いていたんだよ。つまり『グレムリン』側にだだ洩れ。思うんだけど、御坂ちゃんって乙女だよね」

「いやァァァァああああああああ!! 俺の青春がァァァあああああああああああああああああああ!!」

「なんだ? 何かあったのか? 面白そうな話なら教えろ」

「おー聞け聞け孫ちゃん、きっと気にいるぞ」

「変な情報漏洩禁止だ! 法水、お前はこっち側だろ裏切り者ぉ‼︎」

 

 裏切り者とは穏やかじゃない。だいたいこっち側ってどっち側だ。必要なら俺はどっち側にもなる。トールがただただ暴れに来ただけならば上条側になるだろうが、今はそれも保留。特別仕事をしている訳でもないため、変に気を張っても仕方がない。そもそも『グレムリン』が学園都市に居るのに土御門から連絡がないあたりがもうお察しだ。

 

「気にすんなよ。この程度でいちいち恥ずかしがるような人生は過ごしてねえだろ」

「なんという暴言! さてはケンカがしたいんだな!?」

「間違っちゃいねえよ。ただよ、ハワイ諸島とかバゲージシティとか、ああいう種類のケンカは正直に言って俺の趣味じゃねえんだ。面白くない。そういうくくりで何でもかんでも判断しているって事は、俺もやっぱり悪人なんだろうけどな」

 

 上条が口を引き結び、トールが肩を竦める。トールの在り方は少し『時の鐘』に似ている。要は自分が気に入るか気に入らないか。それでいて最低限の線引きがしっかりとある。だからこそ、どうにもトールは嫌いではない。トールと先に知り合っていなければ、俺の『グレムリン』の印象も少なからず悪いままだったろう。気にせずにバーガーを口にするトールに上条は閉じていた口を開いた。

 

「……で、話ってのは何なんだ? 宣戦布告でもしにきたのか?」

「それができりゃあ話は簡単なんだけどさあ。物事ってのは黙っていても複雑に絡まっていっちまう。孫ちゃんには悪いが、本題に入る前に、まずはそいつを解いていかなくちゃならねえと思ってな」

「なんだそりゃ、前置きがあるのか?」

 

 トールは長い髪を揺らしながら頷いてバーガーセットの炭酸飲料を口の中に流し込むと、短く一言。

 

「オッレルス」

「誰それ?」

「孫ちゃんは知らなかったっけ? 魔神になり損なった男だよ。バゲージシティでオティヌスに喧嘩ふっかけてたろ?」

 

 意識が落ちる直前にやって来た金髪の男。その名前。魔神になり損なったとか言われても「へー」としか返せない。魔神てなれるものなのか? 人から神になったなんて伝承や神話はなくもないが、話がぶっ飛び過ぎて付いていけない。ただその名前で上条には通じているらしく、上条は静かに目を細めた。

 

「上から目線で色々吹き込まれたろ? そんでもって、これから起こるであろうクライシスを思い浮かべてナーバスになってる。違うか?」

「……吹き込まれた? あいつが噓でもついていたって言うのか?」

「でも、誰かの思惑でまた戦わされるんじゃねえかって懸念が渦を巻いている。ハワイ諸島のレイヴィニア=バードウェイや、バゲージシティの木原加群の時のように」

 

 誰かの思惑。ある意味それに乗っかる形で仕事をする傭兵としては、民間人の虐殺などやりたくもない仕事を持って来られない限りはどうだっていい。が、そうではない上条にとっては違うのだろう。まあそもそも一般人を率先して連れ出したレイヴィニアさんやベルシ先生に問題があると言えばそうなのかもしれないが、起こるかもしれない悲劇を知って動かない上条でもない。そういう意味では、上条の向かう方向性を決めてやるぐらいの手を打ったレイヴィニアさんとベルシ先生が上手いとも言える。

 

「睨むなよ。俺達が元凶だっていうのも分かってる。たださあ。俺達『グレムリン』が黒幕だからと言って、それに敵対しているオッレルスが完全な善や正義を担っているだなんて、本気で思ってんのか? ていうか、そもそもさ。本当の意味での善や正義って、暴力で人を傷つけて物事を一方的に解決するような連中の事は指さねえだろ?」

 

 耳が痛い。ただ、自分でブーメランを投げるあたりトールも相当だ。何が正しいか分かってはいる。話し合いだけで終わるのならばその方がいい。ただそうでないことも知っている。結局『戦う』という選択肢を消せない俺達にとっては雲の上の話だ。いい奴から死んでいく。それを知っているからこそ、いい奴が死ぬくらいならその前に相手を消す。その手段を消せないあたりが弱さなのか。ただ戦いというものがある限り、俺達が戦場を離れる事はないのは確かだ。

 

「それじゃあオッレルスの話をしようか。俺達『グレムリン』と同じく、何かっつーと暴力に頼りたがるオッレルスってヤツの話を」

「遠回しな印象操作は止めてやれよ。事実だけを話してくれりゃいい」

 

 そう言えばトールに少し苦い顔を送られる。ただあんな前置きの後にそんな言い方すればそいつ詐欺師だぜ? と言っているようなものだ。トールの視線を手で払えば、仕切り直すようにトールは咳払いをする。

 

「あいつは一人で学園都市にやってきているんじゃない」

「何だって?」

「聖人のシルビア、元『神の右席』の実質トップだった右方のフィアンマ、ワルキューレのブリュンヒルド=エイクトベル、そして魔術結社『明け色の陽射し』のボス、レイヴィニア=バードウェイ。どいつもこいつも『グレムリン』に負けず劣らずの怪物揃いだ。ただの魔術師なんてレベルじゃねえ。……ま、俺達の動きを察知して、学園都市での作戦を食い止めるためにかき集めてきたんだろうけどな」

 

 思わず咳き込む。知らない名前がいくつかあるが、聖人にレイヴィニアさん? しかも神の右席まで。さりげなくとんでも同盟を結んでやがる。戦争でもしに来たのか? そんな連中を纏めて学園都市に入れて土御門から連絡がないあたりどうなっているのか。戦力が大き過ぎてほっとこうという感じなのか? それと『グレムリン』が学園都市を舞台に睨み合っているとか、学園都市のイベントに合わせて盛り上げに来てるのか知らないがやめて欲しい。もうトールの話を聞く前に帰りたくなってくる。

 

「……それがどうしたっていうんだ? お前達みたいなのから学園都市の人達を守ってくれるって事じゃないのか?」

「だったら、何で戦場を学園都市の中に設定しているんだよ。本気で俺達『グレムリン』から学園都市を守りたいって言うなら、俺達が学園都市に潜り込む前にケリをつけなくちゃならねえだろうが。簡単に言えば、学園都市の中じゃなくて、その外側、周りに防衛線を張り巡らせるのが妥当な判断だ。日本に入ってくるまでの海上なり、関東一円の山岳なりな。孫ちゃんだったらよく分かるだろ?」

「そりゃまあ。バゲージシティと一緒だな」

 

 バゲージシティの防衛の任を引き受けたらしい『グレムリン』が、学園都市の報復部隊が突っ込んで来るまで動かなかった事と同じ。学園都市と協力している訳でもないのなら、別の目的があると見る方が妥当だ。バゲージシティの時もそうだった。それで黙っている学園都市でもないと思うが。

 

「……なのに、あれだけの大戦力を学園都市の中に配備する? 『グレムリン』の脅威も分かっているのに? もう、『グレムリン』が入ってくる事については織り込み済みじゃねえか。俺にはさ、どぉーもわざと学園都市を巻き込ませる構図を作りたがっているように見えるんだがね。お前はどう思う? これが平和主義者のやる事か?」

 

 トールに目を向けられた上条は口を開かず、俺も口を開かない。何かがあるのはそうであろうが、情報が少な過ぎて決め付けるのも難しい。取り敢えず大戦力が学園都市の中に居る。それだけ分かっていればいいだろう。いつ携帯が着信を知らせてこないかヒヤヒヤしながらバーガーを齧った。

 

「『グレムリン』には『グレムリン』の目的があるように、オッレルス側にもオッレルス側の目的がある。そのために学園都市を使ってる。それがこの構図の正体だろ。実際に効力があるかどうかは別として、街の中で暴れれば学園都市の防衛戦力が『グレムリン』に回される訳だしな。それで俺を殺せるとは思えねえが、科学サイドとオッレルス側の多面同時攻撃に備えなくちゃならねえから、その分だけ警戒しなくちゃならなくなるって寸法だ」

 

 殺せるとは思えないとはすごい自信だ。しかも学園都市の防衛戦力とか言ってんな。いざという時は俺もその一人。今まさに電話が来てグレムリンを潰せとか言われるかもしれない。まだ学園都市で何もやってない『グレムリン』を潰せというのも気が進まないが、そう来たらトール達にお帰りを促すしか俺もなくなる。一般人を巻き込み出したらそれこそ敵だ。

 

「つまり、『いつものパターン』から外れた展開にする事で、『グレムリン』の連携を阻害しよう……それだけで、オッレルス側はこの場所を選んだっていうのか?」

「仮説だがね」

 

 まあ間違いではないだろう。戦争屋としての意見なら俺も同意見だ。上条の問いにトールは答えてバーガーを一口。結局上条はバーガーを一口も口に運ばずに手に持っていたバーガーをテーブルの上に戻す。魔術師は個の意思でしか動かない。学園都市の魔術師でもないのなら、学園都市は突っつけば火を噴く第三勢力。混沌を呼び込むには手っ取り早い。

 

「……オッレルスの狙いが何なのかは分かっているのか?」

「さあ。つか、結局のところ、オッレルスとオティヌス、二人の間の対立だろ。どっちも『魔神』の領域にどっぷり浸かっている怪物だ。ただの正規メンバー程度にその真意が分かるかどうかは不明だね」

「それだけで信じろって言うのか!? 明確な敵からの言葉を!!」

「信じろなんて言ってねえよ馬鹿。一面的な情報を頼り過ぎるなっつってんだ。オッレルスから色々聞いたろ。だったら今度は俺達の側の主張を聞け。そんで色んな情報を集めた上で、アンタはアンタなりの答えを導き出せば良い。操り人形から抜け出すための方法は、自分の頭で考える事だ。そのためにはできるだけ多くの判断材料があった方が良い。違うのかよ?」

 

 正しいだけに否定しづらい。難癖付けて否定できはしても、一度話を聞いたなら、思考の中で尾を引く。『発見の旅は真新しい景色を求める事ではなく、新しい目を持つことにある』。事実はいつも変わらずそこにある。それをどう見るかで変わるだけ。変化とは目の向け方や見る方向を変えること。いつもそこにある波の世界を俺が観れるようになったように。

 

「……だとしても、お前の狙いは何なんだ? 俺がどういう道を進んだって、敵対関係にあるのは変わらないんだぞ」

「敵同士になって戦うっつってもよ、勝負事ってのは綺麗にお膳立てして心置きなくやるべきだろうがよ。正直に言って、お前の周りは悲惨だ。どいつもこいつも自分の利益のために、その右手の力を猿回しみてえに誘導したいと躍起になってやがる。そんな状態で殴り合ったってつまらねえよ。お前の意見はどこにあるんだ?」

 

 そこか。『そんな状態で殴り合ってもつまらない』、それがトールには一番大事な部分だろう。ずらずらと言葉を並べておいて一番大事な事はそれ。物騒な話をしておいてプロのスポーツ選手のような事を言う。呆れてトールに目を向ければ、あっち向いてろと手を振られた。

 

「ただね、オッレルスにゃあ異様な点がいくつか散見している。元々の性質なのか、魔神に近づくとそうなっちまうのかは知らねえが。あいつは基本的に博愛だ。目の前で困っているヤツのためならどんな力でも振るう。が、そのせいで周りが見えなくなっちまうみてえなんだよな。平たく言えば、見知らぬ子供一人助けるために、一〇〇万人の軍勢を皆殺しにしちまうような人間なんだ。今のオッレルスが何を救おうと自己設定しているのかは不明だが、それが『学園都市以外の何か』だった場合、そいつを助けるために学園都市は利用しちゃっても良いやって判断している可能性はある」

「そりゃ随分と完璧主義というか潔癖症だな。白い布地に付く小さな染みも許せないって? 『助ける』がどこまでかにもよるんだろうが」

 

 そんなやばい奴ならもう少し名前が知られていてもおかしくはない。ある程度話を盛ってはいるのだろうが、全部が嘘という訳でもないだろう。トールの鼓動は変わらない。静かに話を聞いていた上条は、重そうに口をゆっくりと開いた。

 

「……仮に『グレムリン』がろくでもない連中だとして、それに対抗するオッレルス側もまともじゃないとして。それを得意げに説明するお前はどこに立っているつもりなんだ?」

「簡単だよ、待たせたな孫ちゃん」

 

 トールが小さな笑みを向けてくる。ご高説タイムは終わりでようやく本題に入ってくれるらしい。崩していた体勢を正すために椅子に座りなおし、残りのバーガーを口に突っ込む。

 

「『グレムリン』は何かが欲しくて学園都市までやってきた。オッレルスはそれを止めるために学園都市までやってきた。……だったら、ウジウジウジウジしち面倒臭せえ動きをしやがる二つの組織に泡を噴かせる面白い方法がある。そう思わねえか?」

「……お前まさか」

「争奪戦の景品を、俺達三人で助けちまう事だよ」

 

 そういう事らしい。つまり、裏切り者は雷神トール。『グレムリン』でもオッレルス側でも学園都市側でもない。第四勢力の勧誘にやって来たと。どこら辺が面白い話なんだ。

 

 固まる俺と上条を他所に、そんなに腹が空いているのかトールは店員に追加でチーズケーキとホットコーヒーを注文する。ので、便乗して俺もコーヒーを頼んだ。喉が渇いて仕方がない。

 

「……ところでよー、ファストフードのコーヒーってどう思う? 許せる?」

「不満があるなら頼むなよ……。ていうか俺は缶コーヒーにも不満はない人間だ」

「お前もコーヒー好きだよな。ハワイでも勧めてきたし、俺は嫌いじゃないな。好きでもないが」

「ふーん」

 

 超絶中身のない会話だな。さっきまでの勢いはどうした。ふーんじゃない。爆弾落としておいて知らんぷりとか鬼畜かこいつは。俺と上条に宣戦布告どころか『グレムリン』脱退宣言みたいなものを叩きつけてどうしろと言うんだ。そもそも、

 

「トール、お前は『助ける』とそう言ったな? 奪うでもなく『助ける』と、『グレムリン』の狙いは人なのか?」

「そうだ。魔術にも科学にも染まっていねえ、つまりどっちにも転がせる『人』。それでいて、体の方には相当高い負荷をかけるから、並の人間ならショック死するような改造にも平気で受け入れられる、極めて高い耐久性を持った『人』って事になる」

「耐久性ね……」

 

 トールの言葉に知り合いの姿がちらつく。耐久性なら学園都市に居る俺のよく知る者が一人。ロイ=G=マクリシアン。超人体質であるロイ姐さんなら、常人よりも遥かに体が頑丈だ。もし狙いがそうであるなら速攻で話を受けるのだが、求める頑丈のレベルはその比ではないらしい。

 

「まあ正直に言って、俺達にも分からねえ。中世最大の珍騒動、魔女狩りの記録の中にこっそり紛れている人名らしいが。怪しい者は皆殺しにしろ、妬ましい気に食わないヤツもついでに皆殺しにしろでお馴染みの聖職者サマ達が、あまりにも頑丈過ぎて殺す事を諦めたっていう、世にも珍しい事例だな」

「……中世?」

「そうとも」

 

 秘密の話をするように楽しそうにトールは唇を一度舌で舐め、少しばかり身を倒す。

 

「まだ終わってねえんだ。火で炙っても巨大な錘で押し潰してもニコニコ笑っていやがったあの女は、時間の流れなんてもんでも衰える事を知らなかったらしい。つまりは地続き。数百年前の記録に出てきた人間だからっつっても、それで断絶した訳じゃねえ。今もどこかでニコニコ笑ってやがると推測するべきだ」

 

 UMAの話か? それともなんだ? 一瞬脳が活動をやめてただコーヒーに手を伸ばし啜る。簡潔に言えば、不老不死、不死身の女がこの世にいるとトールは言った。超人体質など鼻で笑える頑丈さ。そりゃそうだ。死にづらい者はいくらか見て来たが、死なない者は俺だって見た事がない。都市伝説のような話に頭を痛めながらコーヒーのカップをテーブルに戻す。

 

「ま、あれが単純に頑丈なだけの人間とも思えねえけど。正体は何であれ、その核とか本質とかは絶対別の所にある。やたら頑丈なのはその特性の『一側面』程度のもんだろ。ついでに言わせてもらえば、そいつは十中八九、この学園都市にいる」

「どうして? 魔女狩りとかいうのに記録が残っているなら、魔術サイドの関係者って事じゃないのか?」

「いや、上条、魔女狩りっていうのは別に魔術サイドだけの話って訳でもない。マジで魔女を狩ってたなら、それこそ周りに知られずこっそりやるだろ。表向きに第三次世界大戦を調べても『神の右席』が出て来ないのと一緒だ」

 

 多くの者が関わっていただけに、魔術師でもない宗教を信じる者も当然混じっていたはずだ。そうでなきゃ教科書に載るような事もない。大方異端の魔術師でも狩っていたらその話が噂として民間にでも広まった結果かもしれない。それとも今より魔術が活発であったなら、もぐら狩りといったところか。

 

「だがまあ、学園都市が『あいつ』を確保したのは、何かしらの科学的な研究に使おうって考えているからじゃねえだろう。……だとしたら、もっと分かりやすい研究成果が表に出ているはずだからな」

「じゃあ何なんだ?」

 

 上条の問いにトールはチーズケーキを摘んで口に放り、指先を舐めて、

 

「苦肉の策。何しろ、どういう理屈があるかはさておいて、どんな手を使ったって殺せねえのは悪趣味な宗教裁判で証明されている人間だ。仮にあれが、学園都市のトップの『思惑』に反する存在だからといって、暗殺してハイおしまいとはいかねえ。あれがニコニコ笑って世界を歩き回るだけでトップ様の『思惑』は壊れてしまう。だがさっきも言った通り殺して世界から排除する事もできねえ。困ったトップ様はどうやって事態を収拾すると思う?」

「隔離か」

 

 俺の答えに指を弾き「正解」と零してトールは口の端を持ち上げた。どうにもならないなら『追放』か『隔離』の二つしかない。ただ寿命が存在しないなら、いつ何がどうなるか分からず把握するためには手元に置きながら『隔離』する以外に道はない。ロケットで月面に飛ばしたところで、隕石のように降って来られては最悪だ。

 

「何やったって殺せない相手を世界から隔離するには、行動力を奪っちまうのが手っ取り早い。おそらく『あいつ』は、この学園都市の中でも最も堅牢な建物の中に隔離されてんだろ。……そのせいで、余計に事態がややこしくなっちまってんだがな」

「学園都市で最も堅牢? お前今そう言った?」

「言った」

 

 念を押すように聞き返したのに即答される。学園都市で最も堅牢と言われてしまえば一つしかない。核シェルターなど目じゃない程に堅牢と言われる施設が学園都市にはある。眉を顰める上条へと目を向ければ首を傾げられるだけ。全く先を聞きたくないのに、トールは変わらず言葉に出す。

 

「窓のないビル。学園都市統括理事長アレイスターの居城とされる、この街でも最大の要塞。そこにあの女……フロイライン=クロイトゥーネは幽閉されている」

「俺……帰る」

「まあまあまあまあ」

 

 まあまあじゃねえ。俺にとっては地雷原を突っ走るようなものだ。時の鐘としてどこまで動いていいか夏休みの始まりに試してみたが、どこまで手を出していいのか綱渡りに今更行じるとか。それも火柱の根元を突っつくようなものだ。肩を掴んでくるトールを引き剥がそうとすれば、トールに引っ張られ耳打ちされる。

 

「神話から飛び出して来たような存在がマジでいるんだぜ? 孫ちゃんは見てみたくねえの? 今回を逃せば多分一生拝めねえ。それとも誰かが引っ張って来てくれたそれを見て満足するのか? そうだろう」

 

 分かったような事を言う。見たいか見たくないか。その二択なら選ぶ必要もない。当然見たい。神話に記された一端を垣間見る事ができるなら、当然自分で向かいその目で見る。が、場所が場所だ。トールが言っているのはこう言う事だろう。俺を雇う訳ではない。時の鐘としてではない俺ならどうするか。フロイライン=クロイトゥーネとやらを巡って本格的に双方が動けば、学園都市も入り混じり一端覧祭どころではない。どうにも利益を考えてしまうが、それ抜きだと言うのなら────。

 

 持ち上げていた腰を落とし直して座り直す。

 

「決めたのか?」

「一応ね」

 

 どうせ動くことになるかもしれない事態。先に渦中に飛び込んでいた方が事態の全貌は見えるかもしれない。フロイライン=クロイトゥーネを外に出すなというのであれば、そもそもその前に連絡が来るはずだ。そうでないならそれまでは、バゲージシティでの時のように、多少は好きに動いてもいいだろう。時の鐘学園都市支部長としても、これまでよりもう少し学園都市の事を知っておきたい。それに、あらゆるしがらみを考えないなら、答えはもっとシンプルだ。


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