時の鐘   作:生崎

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一端覧祭 ③

「学園都市でも最も難攻不落の要塞を、俺達の手でこじ開けて潜入する。誰よりも早く」

「簡単に言ってくれる」

「でもそれしかねえだろ?」

 

 難攻不落と言いながら、こじ開けるのは確定と。学園都市の警戒態勢にはかなりの偏りがある。学園都市内に侵入するだけなら、実はそれ程難しくはない。外部と比べて圧倒的な科学力を誇っている割には、少し手を貸すだけで禁書目録(インデックス)のお嬢さんやスゥが単身で侵入できる程に、ところどころ穴がある。一定以上の知識や経験、技を持つ者にとっては、学園都市侵入だけならかなり楽だ。ただ『窓のないビル』となれば別。ただ学園都市に侵入するだけとは雲泥の差である。

 

「これが最善だ。魔神オティヌス率いる『グレムリン』も、当然ながらフロイライン=クロイトゥーネの確保に向けて動いている。『窓のないビル』をどうにかしなくちゃならねえのも分かってる。……が、あいつらは小細工抜きだ。どうやってもぶっ壊せねえって評判のビルを、真っ向からの暴力で叩き壊そうとしていやがる。『グレムリン』はフロイライン=クロイトゥーネを手に入れるためなら核でも壊せないビルをへし折ろうとするだろうし、オッレルスは彼女が『グレムリン』に渡らなけりゃそれで良い訳だろ? そもそもビルに入らねえで外から呪い殺す可能性だってゼロじゃねえ」

 

 不可能を可能に。壊れないだろうビルを壊すだの、死なない奴を殺すだの頭が痛くなってくる。矛盾だ。ただ可能性はゼロではないなどと言われたらそりゃそうだとしか返せない。『窓のないビル』に挑むのは不毛に見えるが、それこそ見方を変えればそもそも挑む奴がいないからとも言えなくはない。戦力を見せびらかせて国防する瑞西と同じ。

 

 一定以上の性能は確かに誇っていて、その性能をもって挑まれる前に挑む気を叩き落とす。幻想殺し(イマジンブレイカー)に異能で挑む。時の鐘(ツィットグロッゲ)と狙撃勝負。反射を使う一方通行(アクセラレータ)と真っ向からの殴り合い。食蜂さんとババ抜き。などなど、知っていればまず選ばない。実際に勝てる勝てないは置いておき、単純に勝率が低い。だから選ばない、選ばせない。のだが。

 

「そこまで言い切るという事は何かしら手を用意している訳だ。まさか、さあこれから知恵を絞りましょうなんて言わないだろう? 浪漫(ロマン)を追うのもいいがな、現実味が薄過ぎれば夢物語。例え勝率が低かろうと勝てる可能性のある手を。『グレムリン』やオッレルス側が矛盾を穿つ手を考えてるようにさ」

「まぁーな。『窓のないビル』。名前の通り、根本的に出入口がねえ。ビルの壁は全方位からの核攻撃に耐えるほどの強度だし、各種のインフラはその内部で独立、循環していやがる。どうしても入用な人や物は空間移動(テレポート)系能力者の手を借りるようだが」

「それは()()だ」

()()()()()

 

 空間移動能力者(テレポーター)。黒子は巻き込むなよと釘を刺す。風紀委員(ジャッジメント)である黒子が嬉々として手を貸してくれるとも思えないが、まだ何も起きてはいない各々の好み、趣味で動いているような段階で巻き込むなど却下。何がどうなるかも分からず、動いている戦力を考えれば、関係者以外を動かすべきではない。関わる者を増やせば増やす程問題もまた大きくなる。トールの誘いを受けるという事は、『グレムリン』とオッレルス側を相手にするという事。最悪学園都市側もだ。

 

 利益だけで見ればデメリットばかり。それでも動くなら、各々の趣味の領域。『喧嘩』の為、『必死』の為、お互いの趣味のどうしようもなさに思わず鼻で笑ってしまう。湧き水のように湧いてくる行動原理。理性さえ取っ払ったその底に見たくもない源がある。だが、絶対にそれは手放せない。呪いと何も変わらない。バゲージシティで知れたのは、己の無力と、どうしようもない咎だ。

 

「ま、所詮は人の作ったシステムだぜ。人間は月面にだって降りられる生き物なんだ。方法は、考えてある。後は俺とアンタらが決断するだけで良い。どうする? 言っておくが、俺はアンタらの味方じゃねえ。当然ながらこっちにもこっちの『思惑』ってヤツがある。だからこいつは裏切るかもしれねえなんて意味のない疑問は抱くな。そんなの、最後は()()()()()()()()()。その上で俺はアンタらを誘っているんだぜ。……お前達も適当な所で俺を使い捨てろ、それで平等だってな」

「言うねえ、あぁ耳が痛い耳が痛い……ただ、いい機会ではある。お前もいやらしい奴だなトール。俺の人生経験を豊かにしてくれる為にでもやって来たのか? 神様ってのは慈悲深いなおい。はっはっは! ふざけやがって、ありがとさんよ!」

「痛て、痛てて! 叩くな! 情緒不安定か!」

 

 裏切る。重い言葉だ。が、最初からそれが織り込み済みだというのなら、果たしてそれは裏切りになるのか。志を同じにしようが、渇望の差でその道がズレる事はあるのだろう。

 

 釣鐘茶寮、木原円周。

 

 裏切るなよとは言うものの、どうしてああも不安定な人材を引き入れようと思ったのか。ドライヴィーもハムも、俺は結構気にしているのだが、ボス達にそんな気配は薄かった。どこかで裏切ると分かっていて裏切られたところで、それは裏切りではないだろう。多分それを知りたいから、技術に惹かれたというのもあるだろうが釣鐘と円周を誘ったのだ。これも矛盾。なんともどうしようもない。ニヤケているとトールにうんざりと肩を落とされ、目を丸くした上条に顔を向けられる。そんな目で見るな。俺が一番分かってる。トールは俺の手を払いのけて鼻を鳴らす。

 

「まったく……それに、誰がどんな『思惑』を抱いていようが、フロイライン=クロイトゥーネ自体には何の罪もねえ。これだけは明白だ。どっかの誰かの意に反するからって、魔女狩りなんつー娯楽じみた拷問につき合わされたり、どこにも出口のねえ暗い部屋ん中に閉じ込められ続けるなんて間違ってる。そうは思わねえのか? ……俺が俺の『思惑』に従うように、アンタらはアンタらで、フロイライン=クロイトゥーネを安全に確保した時点で俺を裏切れば良い。簡単な事だろ?」

 

 聖人君子のような事をトールは宣っているが、トールは喧嘩の為。俺は見たい我が人生(物語)の必死の為。答えは既に並べられた。敵味方置いておき、動く為の答えはある。馬鹿みたいな本能から行動原理でも、できればいい事にそれを使いたいという偽善的な理性から来る欲求なのかは知らないが、後は上条の答えが並べられるのを待つだけだ。口を引き結ぶ上条へとトールは笑い掛け髪を揺らして首を傾げる。

 

「沈黙はなしだ。答えはイエスかノーか」

 

 裁判官が木槌を振るうようにトールはテーブルを指で小突く。

 

「孫ちゃんは決めたぜ、お前はどっちだ?」

「……の、法水?」

「乗った」

 

 時の鐘はこの際関係ない。そういったものを全て隅に寄せ、俺個人としてはフロイライン=クロイトゥーネという悠久の時を生きる不死身を是非とも見てみたい。それが結果として囚われている女性を助ける事になるのならそれでよし。趣味で動いておつりで世界が救えるくらいの気安さが丁度いいとゴッソが言った通りだ。どうせ仕事の電話が来た途端に終わるような関係。今この瞬間にもアレイスターさんから何もないあたり、お好きにどうぞという事だと判断させてもらう。ボスの手を取った時のように、黒子に手を伸ばした時のように、ロシアで上条と並んだ時のように。そんな瞬間がまたあるかもしれないなら迷う必要はない。トールが自分を悪人と言ったように、俺だって別に善人じゃないのだ。

 

 瞳を大きく泳がせる上条に向かい合い、俺も上条に微笑みかける。

 

「俺の事は気にするな。俺が乗ったからなんて理由で選ぶなよ。必要なのは上条、お前の答えだ。俺の答えは関係ない」

 

 と言うか俺の答えなど気にされても仕方ない。それはトールの答えもだ。これは利益の話ではない。俺もトールも周りから見れば馬鹿みたいにしか見えないだろう。それでもきっとそれが本質。それが分かっているからトールも俺達を誘ったのだろう。初めから勧誘の勝率が皆無だと思っていればここにはいないはずだ。これさえも勝負事だと思っているのか、大した喧嘩師だ。答えの保留だけはありえない。乗るにしろ乗らないにしろ、なやみまくっている時間はない。しばらくの沈黙の後に上条はゆっくり口を開く。

 

「……駄目だ」

 

 答えはノー。その理由にトールは手を伸ばす。

 

「何が?」

「お前が話した情報は、裏付けとなるものが何もない。フロイライン=クロイトゥーネって人が『窓のないビル』に幽閉されているなら確かに問題だけど、本当に彼女がそこにいるのかどうかさえも、確証となるものは何もないんだ」

「まぁ確かに」

 

 適当な相槌を打てば、上条は続ける。

 

「そもそも、お前が『グレムリン』を裏切ってフロイライン=クロイトゥーネを助けようって思う所がもう信じられない。だって、理由は? 元々『グレムリン』に在籍していたんなら組織共通の利害はあったはずだし、あれだけの組織を裏切れば、当然酷い目に遭うのは目に見えている。それなのに、お前が『グレムリン』に背いて俺達に声をかけてきたのは何故なんだ?」

 

 それは利益を削り落とした己の底の話。理由を話し出すときっと馬鹿らしくなってくる。てか詳細には聞かれてもあまり俺も言いたくない。

 

「お前の言う通り、オッレルスがただの善人じゃないってのには賛成だ。でも、だからと言ってお前が味方か? どういう理屈で? そんな風に考えるよりは、フロイライン=クロイトゥーネの話も『窓のないビル』への襲撃の話も全部噓で、俺には見えていない『思惑』のために、俺の行動をどこかへ誘導させようと考えているって睨んだ方がまだしも……」

「はぁ───ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 上条の言葉を遮るように、これ見よがしにトールから落胆のため息が零される。トールが本心をずらずら並べてやんわり隠した時と同様に、上条の答えも確かに今の言葉の中にあった。『フロイライン=クロイトゥーネ学園都市幽閉されているなら問題だ』と。それを仕方ないと結論付けないあたりが上条らしいが、それにゴテゴテ装飾されるように並べられた上条の言葉がトールは気に入らなかったのか、敵味方と未だに利益を考えるのが気に入らなかったのか、上条も大分頭が固くなった。なんにせよ露骨過ぎだ。

 

「……そりゃまあ、ハワイ諸島からバゲージシティまでのくだりを鑑みりゃ、お前がそうやって人の意見を疑ってかかるのも頷けるわ。同情、憐みの部分も含めてな」

 

 前髪を掻き上げ、トールはもう冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、紙コップを握り潰して。

 

「つーか、何だか小さくなっちまったなあ、俺の敵ってヤツは」

 

 その呟きと共に伸ばされたトールの腕が上条の髪を引っ掴み、上条の顔面をテーブルへと叩き付けた。殺意はなく、躊躇なさ過ぎて一瞬俺も呆けてしまうが、テーブルから跳ね上がった俺のコーヒーのカップを慌てて手に取るのと同時。トールは上条の髪を鷲掴んだまま投げ飛ばす。バーガーショップの安いテーブルを弾き飛ばし上条は転がり、他の客の悲鳴がいくつか店内に響き渡る。幾人かの客が文句を言おうと思ったのか舌を打ちトールへ顔を向けるが、途端に顔を青くして息を呑む。戦場の空気を滲ませるトールの所為だ。

 

「ま、お前がそこまでしけてんなら俺一人でやっても良いけどさ」

「がっ、げ、う……っ!?」

「つーかよお、噓? 思惑? 知らねえよそんなもん。フロイライン=クロイトゥーネって女の子が幽閉されている。()()()()()()()()()()()。裏にあるものとか誰かの狙いとか、そんなもん関係ねえんだよ!! 暗い部屋に閉じ込められて理不尽な扱いを受けている女の子がいるって時点で、もう助けに行けよ! それが俺が想定していた『素晴らしい敵』ってヤツじゃねえのか!? あァ!?」

 

 上条へとゆっくり歩いて行くトールの姿を横目にコーヒーを飲み干し、冷めた調子で上条に向けて足を振り返るトールの無防備な背中に蹴りを放つ。新たにテーブルを巻き込んで床を滑ったトールは、僅かな間転がっていたが、すぐになんでもない調子で身を起こすと、細められた鋭い目を突き刺してくる。

 

「趣味に合わない、思い通りにいかないからってやり過ぎだ。殺す気がないとしても頭に血を上らせ過ぎだな。周りの客が引いてるぞ。上条がぐだぐだしてるからって、さっさとお前が拳を握ってどうする。……悪いね。出てけ」

 

 固まった客達に向けて出口へと指を向ければ、ダムが決壊したように客達は出口へと走っていった。残念ながらこれでトールの気が済んだ訳ではないらしい。調子を確かめるように首の骨を鳴らしながらトールは立ち上がる。

 

「言って分からねえなら体に聞くしかねえだろうが。お前だって上条の答えに満足してねえだろ。今そいつが吐いたのは答えでもなんでもねえ」

「お前ら……ッ、ぐだぐだって、好き勝手」

「そうだろうが。ハワイ諸島やバゲージシティじゃ他人の『思惑』ってのに振り回されたかもしれねえ。で? それが今苦しめられているフロイライン=クロイトゥーネとどう関わってやがる? テメェのその惨めな経験は! あの女を笑顔で見捨てる理由になんのか!? 本気でそう思ってんならもう救いようがねえぜ。テメェが今までプロの世界で何となく許されてきたのは、最終的に成功しようが失敗しようが、徹頭徹尾『誰かを助けようと思って』行動してきたからだ。それすらなくなっちまったら、テメェの拳は単なるワガママの道具にしかなりゃしねえんだ!! 分かってんのか!?」

 

 一歩を踏むトールの前に塞がるように足を出す。こいつ上条を殴る気満々過ぎるぞ。ただの喧嘩なのだとしても友人がただ一方的に殴られるのを看過はできない。顔を拭い立ち上がる上条の気配を背に感じながら、トールに意識を集中させる。下手に踏み込めば暴力が爆発する。喧嘩はまだしも戦闘をする気はない。こんな事で一々怪我などしてられない。トールに向き合う俺の背に上条の声が降り掛かる。

 

「……うる、せえよ……一番の元凶が、『グレムリン』が、何を上から目線で吼えてんだ。レイヴィニア=バードウェイの『思惑』どころの話じゃねえ。そもそも!! テメェらみてえな『グレムリン』が!! あっちこっちで好き放題に暴れ回らなきゃ誰も困らなかったんじゃねえのか!? ハワイ諸島も、バゲージシティも、今回のフロイライン=クロイトゥーネだって!!」

「っからよお……」

「ったく……ッ‼︎」

 

 止まる事なく一歩を踏み込むトールに向けて身を落とすが、一歩を踏み込むそのままカッ飛んできた飛び蹴りに腕を盾にするも背後にいる上条ごと蹴り飛ばされる。俺を挟んでボルテージを上げるな! 喧嘩の調停役とか面倒くせえ! 客が居なくなったからって好き放題動くんじゃない! 

 

「こっちはその『グレムリン』からはみ出してでも、魔神オティヌスどもの大暴走を止めようっつったんじゃねえか!! ハワイ諸島の内紛? バゲージシティの崩壊? あんなもん、『グレムリン』に所属する全員が望んでいたとでも思ってんのか!? オティヌスの野郎、人を蚊帳の外に追いやってコソコソコソコソ何やってっかと思えば、()()()()()()()()()()()()()に精を出しやがって。ああそうだよ、こっちにゃご大層な『思惑』なんかありゃしねえ。()()()()()()()()()()()()。それで『グレムリン』を裏切ろうっつってんだ!! 孫ちゃんだってそうだろうが‼︎」

 

 この野郎俺まで巻き込んでじゃねえ! 舌を打ち立ち上がれば、邪魔するなと言うようにトールが転がったテーブルの一つを投げてくる。ので、蹴り上げる。足を踏み締め蹴り砕いた安っぽいテーブルの先で、続けて投げられる椅子を横薙ぎに蹴り払っている間に、トールは上条を蹴り飛ばし再び床に転がした。

 

「で、ご大層に語ってやがったテメェには何がある? 人様の意見をさんざん否定するだけ否定して、疑うだけ疑って、何が残ってやがるんだ。……悲劇に酔ってんのか、賢くなったふりでもしてんのか知らねえけどさ。今のテメェは何にも輝いてねえよ。それならまだ、騙されるだけ騙された上で、それでも泣いている女の子に手を差し伸べる事だけは成し遂げていた頃の方がマシじゃねえのか。『必死』だの訳分かんねえこと言って突っ走ってるアイツの方がまだマシだ」

「お前にだけは言われたくねえぞ‼︎」

 

 なんで俺にまで喧嘩売ってんだよ‼︎ 気持ちのいい喧嘩がしたいからってだけで動いてるような奴に言われたくはない。トールに向けて転がっているテーブルを蹴り放てば、同じように蹴り返されるので蹴り返す。

 

 ガコッ! ガシャッ! グシャリッ! 破壊音を奏でながら砕け小さくなってゆくテーブルの音を掻き分けるように上条は立ち上がり、その手を強く握りしめた。

 

「……ハワイ諸島で、どれだけの人が危険にさらされたと思ってる? バゲージシティは? 答えは俺も知らねえ、だ。数えきれないぐらいの人達が巻き込まれた。俺の選択一つでそいつは増えたり減ったりしたかもしれねえんだ!! 単なる数字の話じゃねえ、実際に生きている人達の命がだぞ! 慎重になる事の何が悪い!! 法水! お前だって分かってんだろ‼︎ だってのに何をお前も安請け合いしてんだ‼︎」

 

 くそッ! 上条の矛先まで俺に向き始めやがった! 上条に投げられた椅子が頬を擦り、舌打ち混じりに上条へと顔を向ければトールの蹴ったテーブルの破片が腹にめり込み肺から空気が漏れ出る。

 

 安請け合いも何もこれはもっと単純な話だ。今回の話にハワイ諸島もバゲージシティも関係ない。だというのに一番それを引き摺っているのは上条自身。俺に背負いすぎるなとか言いながら自分が背負っていては世話ない。必死を返し穿った命を忘れない事はとっくの昔に決めている。なにより、自分含め巻き込まれた関係ない一般人の助かった命に目を向けていない。なくなったものばかり探してもないものはないのだ。だから『今』の話がある。

 

「本当にその逡巡は最善を目指すためのものなのかよ? もしも選ぶのが怖いってだけなら。もしも選んだ結果を受け止めなくちゃならねえのが怖いってだけなら。そんな理由で人を見捨てられるお前は、もはや正真正銘の悪党だよ」

「テメェトール、それはやり過ぎだボケが」

 

 バチリッ! とトールの指先で火花が弾けたように青白い閃光が伸びる。上条へ向かい一歩を踏むトールを睨み付け、懐から出した軍楽器(リコーダー)を連結し床に叩き付けた。キィィィィン、と砕けた床と響く金属音に眉を跳ねさせたトールの顔が俺へと向き。迎撃しようと振るわれる閃光が、伸ばされた上条の右手に握り潰された。散った閃光の欠片の奥。目を見開いたトールに向かい身を揺らし、手に持つ軍楽器(リコーダー)を振るい引っ掛けるようにトールの体を壁にめり込ませる。砕けた壁の塵が宙を舞った。

 

「見たい必死がそこにある。ああそうだな、俺の動く理由なんて突き詰めればそれだけあれば十分だ。だってのに祭りの前に浮かれてピーチクパーチク小煩い! 敵の戦力も大儀みたいな『思惑』もやると決めれば全て小事! 必要なのは自分だけだ! こんな喧嘩で満足なのか雷神トール!」

「ちッ、お前ッ」

「お前もだ上条、誰の思惑だろうが、そこへ行くと決めたのはお前だろう! 余計な不純物に気取られて、自分を見失ってんじゃねえぞ! 話はもっと単純だ! そこに山があるからぐらいシンプルだ! 今目の前にした異能を握り潰したぐらいなぁ! 呼吸するのと何が違う! 今回もそうだ! 結局やる事は変わらないってな‼︎」

「分かってる‼︎ ……こっちだって、端から『思惑』なんか持ってねえ!!」

「が……ッ‼︎」

 

 俺と上条を払いのけようとトールの指先が仄かに輝くのを目に、上条の右拳が俺に沈み、トールを巻き込み殴り飛ばす。手から軍楽器(リコーダー)が零れ落ちる。切れた口の中に染み出す血を吐き捨てる横で、起き上がり腕を振るおうとするトールの腹を上条は膝で蹴り上げた。

 

「黙って聞いてりゃ好き勝手に吼えやがって。俺はな、俺が勝手にやった事を、俺の知らねえ場所で誰かが振りかざすのが気に食わねえって言ってんだ!!」

「だったら‼︎」

「ああ‼︎」

 

 握り締められ突き出される上条の拳に合わせて拳を振り切る。お互い顔を跳ね上げた先で、上条は腕で強引に顔を拭った。

 

「ケンカを止めた。泣いてる女の子を助けた。こっちはそれだけで十分だってのに、周りがわーわー言うおかげで別の結果を導き出そうとしやがる!! 一足す一は二になりゃ誰も悩まねえのに、それをどうやったらマイナス五だのマイナス一〇だのになりやがるんだ!! そんなんでホントにフロイライン=クロイトゥーネとかいうのを助けられんのか!? 助けた事になんのか!? どうなんだ!!」

 

 拳を握り切ろうとする上条への腕を肉薄し掴めば、トールが突っ込み腕を振るった。それを迎撃するために伸ばした拳をトールに掴まれ、トールの拳を上条が掴む。押え付けるように腕を押し下げた先で、前へと傾いた頭が三つ。額同士を打ち付けあい今一度距離が開く。

 

「俺は! もう!! 助けたつもりが逆に苦しめてたなんて結末を誰にも押し付けたくねえんだ!! だから、実際に動く前に準備をさせろっつうのが分からねえのか!!」

「吐きやがったな……だから実際にゃ動かねえのか。ご大層なお題目がないから? 知り合いじゃねえから? 顔を知らねえから? 自分に関わる事じゃねえから? ……違うね上条当麻。テメェは今、自分で答えを言ったぜ。テメェがどの段階で悩んでいるかってな。さっさとそいつに気づきやがれ馬鹿野郎!!」

「壊れたテレビじゃねえんだからボコスカ叩いて答えが出るか! 目にしたものしか信じないなら、目にしたものを信じるなら! 自分の足で見に行く以外にないだろうが! テメェらいい加減にッ‼︎」

 

 各々の顔に拳が埋まる。トールと牽制していれば上条の拳が割り込み入り、上条へ向かおうとすればトールに牽制される。トールにとっても上条にとっても同じこと。結果泥沼の殴り合い。くだらない理由で急に始まった殴り合いは終わりなく、ただバーガーショップの店内と体力だけを削ってゆく。

 

 ふと目を走らせた店内の窓ガラスに映った自分の口元が弧を描いているのを見てしまい動きを止めれば、騒乱がつんのめったように一瞬の静寂を生んだ。踏み締めたテーブルの破片の砕けた音が終わりの合図。ただ闇雲に動いたおかげで三人肩で呼吸をしながら、トールは口から垂れた血を拭い、上条は腫れた左目を腕で拭い、俺は口に溜まった血を床に吐き捨てる。

 

()()()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 閑散とした荒れた店内を見回し煙草を咥え火を点ける。落ちていた軍楽器(リコーダー)を拾いバラして懐に戻すのを、トールと上条は横目に見ながら少しだけ肩の力を抜いた。

 

「ただし、レイヴィニア=バードウェイだの木原加群だのみたいに、俺を上手く使って自分の利益を獲得しようとしているなら、覚悟しろ。俺は、お前の計画をご破算にしてでもフロイライン=クロイトゥーネを助け出す」

「どうせ俺も電話が掛かって来たら終わるぐらいの関係だ。どう転ぼうがどうせ顔を付き合わせるだろ。それまでは利益を度外視して偶には善行を積むのも吝かじゃない。永遠に囚われた女を拝むためにな」

「なら勝手にしろ。俺は俺で今夜動く。お前達はお前達で自由に選択して、フロイライン=クロイトゥーネを助けるために最善を尽くせ。その結果、協力する事になろうが敵対する事になろうが、そんなのは知った事じゃねえ。……フロイライン=クロイトゥーネのためになれば過程がどうなろうが関係ねえ訳だしな」

 

 笑ったトールが床に散らばっているナプキン紙を一枚拾い、指先から瞬いた閃光で文字を刻み俺と上条にそれを少しの間見せつけると、そのまま紙を焼き消した。集合場所を告げるだけ告げてトールは身を翻す。

 

「俺はそこにいる。協力するにしても敵対するにしても、今の情報を有効に使う事だ」

 

 マジでこの野郎殴るだけ殴って帰りやがった。壁を背に無造作に腰を下ろすと、上条もその場に腰を落とす。尻で踏んでいるテーブルや椅子の破片が気持ち悪い。

 

「……なあ法水、今言ってたのがお前の全部か?」

「……ん。前にも言ったっけ? 俺は素晴らしい一瞬を見るためなら、天使や魔神の前にも立つさ。上条だってそう違わないだろう?」

「分かるけどさ。馬鹿だろお前」

「お互い様だよ馬鹿野郎」

「……でも、傭兵じゃないお前が知れてよかった」

「こんな痛い思いしてか? どさくさに紛れて俺まで殴りやがって」

「お前痛覚ほとんど麻痺ってんだろうが。……法水はどうせ行くんだろうな」

「上条もだろう? じゃあ一足先に俺は()()()。また後でな」

「逃げる?」

 

 少しばかり頬を緩ませる上条に別れを告げ、俺が足を引き下げ走り出すのと、警備員(アンチスキル)達の足音がバーガーショップに入り込んで来たのはほとんど同時。警備員(アンチスキル)の制止の声を振り切って外に通じる窓へと飛び込み硝子をブチ破って逃走する。「裏切り者ぉ⁉︎」と上条が警備員(アンチスキル)に拘束されているだろう叫びを背に浴びつつ、紫煙を吹き出しながら、準備の為に人混みの中へと足を向けた。

 

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