「ちくしょう!! あいつら泊まり組だって言っていたのにやっぱり逃げやがった!! 姫神さん、上条当麻と法水孫市の野郎がどこ行ったか知らない!?」
鬼の実行委員がお怒りである。最早上条と法水の二人が居たら居た、居ないなら居ないでどちらも日常の一幕。大覇星祭でも姿を消したツケなのか、ほとんどのクラスメイトは呆れるばかりで流すだけ。ただ一人、健気にも黒子の追跡を掻い潜り、帰って来ているっぽい上条の様子でも一目見ようと、とある高校に単身乗り込んだ御坂美琴にとっては違う。
いや、その所為でクラスメイト達にとっても話が変わった。急に見学にやって来た常盤台生、それも学園都市第三位の
『お嬢様学校の子が遊びに来たよ? じゃあそのお嬢様のお相手を撲殺しよう♪』と男衆の金槌を振るう手の力が増していく中、あいも変わらずな男達の名前に聞き耳を立てていた御坂は、鬼の実行委員の次の言葉を聞き強く噴き出した。
「え……上条のやつ
「お待ちくださいッ」
「待ちませんの」
何故俺は歩道のど真ん中で正座しているのだろうか。腕を組んだ鋭い目の黒子が目の前に立っているからだ。背中にドロップキックされた跡を叩き落とす時間さえ貰えず、通行人達の視線に晒される羞恥プレイを強いられる。俺の胸部分よりも背の低い中学生に叱られている俺がどう目に写っているのかは聞きたくない。
「……ちなみにどうして居場所がバレたのでしょう?」
「初春にあるアプリを作って貰いまして、騒音被害や器物破損の報告を閲覧できるものを一つ。勿論防犯カメラの映像付きで。その小さな妹様に映像を改竄されてしまったとしても、逆に言えば改竄されたところに貴方がいる。一般客を真っ先に逃したのが裏目に出ましたわね? すぐに報告がカッ飛んで来ましたわよ?」
「くっ、ちきしょー!」
「ちきしょーじゃありませんの! まったく、お姉様もそうですけど、孫市さんもそうホイホイと学園都市の備品を壊さないでくださいまし。久しぶりに顔を見れたと思えば、貴方の騒音被害はわたくしを呼ぶ儀式か何かなんですの?」
正確に言うなら、騒音被害が届けられた結果、一番真っ先に飛んで来るのが黒子なのであって、別に店で店員を呼ぶ呼び鈴のように黒子に向けて騒音被害を飛ばしている訳ではない。てか俺は飛ばした事ない。周りが勝手に届け出るだけだ。黒子も一端覧祭で忙しいだろうに一番に飛んで来るとは、その変わらなさに微笑んでいるとため息を吐かれた。
「貴方はもう、すぐに問題を起こして。また罪状が増えましたわよ。大丈夫なんですのね? ハワイに、東欧に、聞きましたけれど。……その、怪我とか」
「……怒ってない?」
「別にわたくしは……ゴリラ女にシェリーさんは心配するだけ無駄としか言いませんし。ニュースでは未だにハワイの件を繰り返し繰り返し……」
少し俯き肩を落とす黒子にバツ悪く頭を掻く。ハワイに行っていたのが俺に御坂さんに黒子にとってよく知る相手が行っていたのだから心配するのも当然だろう。怒る気さえ失せたといったような黒子にどう言うべきか首を捻るも、「ただいま」以外に言えそうにない。東欧の件はどこまで知っているのか分からないが、学園都市が大規模な報復に出たとは流石にニュースでやらないだろう。ハワイよりある意味で酷かったなど言える訳もなく、目を泳がせる俺の顔を黒子は身を屈めて覗き込む。
「孫市さん? タレ目がよりタレてましてよ? まだ隠し事があるでしょう? 白状なさい」
「隠し事? まっさかー」
「あぁそうですの。わたくしが気付かないとでも? 裏はもう取ってましてよ? 怒ってませんから。ね?」
何故笑う。黒子の満面の笑みが寧ろ恐ろしい。怒ってないって怒っているようにしか見えない。ってか裏取ったって早くね? いつどこで『グレムリン』がいる事やオッレルスだのの存在を知った。飾利さんか?
「で?」
「いや、ちょっとなんの事かさっぱりすっきり」
「へーぇ」
目を横へ逃せば、顎に添えられていた黒子の手の親指が俺の頬を摩った。思わずゲロりたくなってくるが、『窓のないビル』に突っ込むなどと言える訳もない。仕事なら百歩譲っても、仕事でないからこそ言えない。仕事でもないなんでもないような事を黒子と二人でできればそりゃ最高だが。それをするにはきっと、きっと俺の底で蠢いている檻の中の怪物をどうするのか決めてからではないとダメだ。理性を剥がした奥に眠るもの。行くための切符は持っている。切るか切らないか決めるまでは黒子にも言えない。それを決めるために俺は今回好きに動く事にした。ムニムニ口を動かしていると、我慢の限界が来たらしく黒子が先に答えを叩きつける。
「わたくしに
「……あぁ」
そっちかぁぁぁぁッ‼︎ そりゃそうだ! 指輪取られちゃったから黒子になんもやってねえしやれねえもんよ! 飾利さんに佐天さん、光子さんや泡浮さん、湾内さんとか
「孫市さん?」
「待ってくれ、タイム! 話を聞いて欲しい。俺はちゃんと黒子の分も用意した。用意したんだよ一番気合い入れて。結果。東欧でその……ね? 永遠に帰らぬ物になったと言いますか。あの魔術師マジでふざけんなと言うか。てか返って来ないってどういうこっちゃ的な訳よ俺も」
「つまり?」
「紛失しちゃったなー……って」
あれだけ時間掛けて選んだんだぜ? トールも居たから魔術師の知識も借りて。おまじない的な意匠のあるやつをだよ。お前その歳で結婚指輪買う気なの? みたいな店員の目に見つめられながら選んだ結果紛失だよ? 不幸どころの話じゃないよ。これこそ悲劇だよ。どこ行っちまったんだよ俺の指輪は。捜索願い出せば返ってくんの? 来ねえだろお。馬鹿を見るような目を落としてくる黒子に何も言えない。寧ろ俺の代わりに誰か来て説明しろ。俺の口から言いたくないよ。
「紛失って……なにを買ったんですのいったい。ハワイからそのまま東欧に行ったならそれほど大きなものでもないのでしょうに」
「いやその……ゆ」
「ゆ?」
「ゆぅぅぅぅ……びぃぃっひっひっひ!」
「……本当に大丈夫なんですのよね?」
大丈夫じゃないです。顔を引攣らせた黒子に額に手を添えられる。別に熱もない。病気じゃない。寝込みたくなってきてるが元気だ。
「なんですの? 大きくないもので、U? B?」
「深く考えちゃダメだ! 埋め合わせは絶対するって! こればかりはなしにはしない! 最悪あのホラー職人に地の果てまで追っても作らせるから! 愛してるぜ黒子ー!」
「ちょ⁉︎ 貴方街中で⁉︎」
俺の額に手を添えている黒子を手繰り寄せ、抱き締めて一回りして解き放つと同時に走り去る。背後で腕を振り上げ赤い顔で「UBUB」口遊んでいる黒子としばらく顔を合わせる勇気がない。
これも全てマリアン=スリンゲナイヤーの所為だ。間違いない。そういう事にしよう。
黒子と別れて寮へひた走る。階段を駆け上がり外観は変わらぬ三つある扉の一番手前を開ければ、時の鐘学園都市支部の倉庫。流石に居間部分に飛び込みドタバタやってる時間はないので、壁の奥に隠されたゲルニカM-003だけを掴んでバッグに放りすぐに出る。第七学区のトールがナプキンに書いた場所、廃ビルへと踏み込めば、既にトールはそこにおり、窓辺に座って暇そうに足をぶらぶら振っていた。
「おう来たな孫ちゃん、早かったな」
「早かったなじゃねえ! さっさとマリアン=スリンゲナイヤーに指輪を作って持って来させろ! 黒子に会いづらくて仕方ないぞ! てかなんだその工具は」
「難攻不落の『窓のないビル』を攻略するために必要な物を揃えてる。なんつーか、そこらじゅうでお祭りの準備をしているみたいだからさ。かっぱらってくるのは難しくなかったぞ」
「そんなDIYで使うような道具で『窓のないビル』突破する気か? ま、まあいい。詳しい話は上条が来てからだろ? それまでここで指輪の設計図を書く。できたら画像でもなんでもマリアンさんに送れ」
「えぇぇ……またかよぉ……」
ぐだぐだ言ってんな! 廃ビルなのをいい事に、トールがかっぱらってきた道具を使ってそのまま床に指輪の絵を描く。どうせ押し付けるんだからせいぜい無理難題を送りつけてやる。
「宝石は『龍の頸の五色の玉』みたいなのがあればいいんだけどな」
「どこにあんだよそんなの……てかなんだそれ」
「かぐや姫の難題で出てきただろう」
「ジャパニーズお伽話か? よく知ってんな」
「これだけは詳しいんだ。話自体は好きじゃないんだが」
「嫌いなのになんで詳しいんだよ……」
「ほっとけ」
描き進めていくごとにトールの顔色が悪くなる。ずらずらずらずら、上条が全然来ないおかげで無駄に精巧に形ができてゆく。どうせ作るのは俺じゃないんだからマリアンさんには頑張って貰おう。結局トールも多少は興味があるのか、ゴテゴテとしない邪魔にならなそうなシンプルな形状のものが二つ。その分彫刻の細かさがえげつない事になったが、マリアンさんならやれるだろ多分。てかやれ。そんな事をしているとツンツン頭が大分遅れてひょっこりとやって来る。
「何だ。結局こっちに来たのかよ」
「適当な所で裏切るよ」
「それで良い」
「…………ていうか二人で何やってんの? 作戦会議か?」
「孫ちゃんが贈る指輪の図面を引いてんだよ」
「いや、なんで⁉︎ 全然これからと関係ねえ⁉︎」
「俺のこれからには関係あんの‼︎ どうだ上条! いい出来だろう‼︎」
「のんきか‼︎ なんだそのぐるぐる模様は⁉︎ 作れるのかそんなの⁉︎ しかもなんか捻れてる⁉︎」
「波の世界と
「うるせえ。すげぇバランスに気を使ったんだぞ。上条が遅いおかげで形になっちまった」
「いや知らないけど⁉︎ お前らが俺を見捨てて置いてくからだろ‼︎ はぁ。で、相手は核ミサイルも通用しないっていう『窓のないビル』だろ。根本的に出入口がない。どうやって中に潜り込んでフロイライン=クロイトゥーネと接触するつもりなんだ?」
「詳しい説明の前にやる事がある。一度しか言わねえぞ?」
「で、結局移動ね。なら最初からここを目的地にしておいて貰いたかったが、姿を散らすなんて理由もあったのかね、上条」
「おう、最初の保冷車が位置についたぞ」
第七学区の中心にある『窓のないビル』、それを見ることのできる立体駐車場の五階。車両の落下事故防止用のガードレールに身を預け、上条と二人並びあい目的のビルを望む。最初に集まった廃ビルは一旦の集合場所というだけで、トール曰く
『異名の通り、『窓のないビル』はどこをどう探したって出入口がねえ。完全に密閉されてやがる。人間サイズどころか、液体や気体も通さない。X線もマイクロウェーブも駄目。まるで銀河宇宙軍艦が縦に突き刺さってるみてえだな。だから、あのビルからフロイライン=クロイトゥーネを救出するには、建物の壁に風穴を空けるしかねえ。これが大前提となる。これから俺達でやるのは、結局のところ、ここに集約される。ありとあらゆる作業は、難攻不落の『窓のないビル』の装甲を破壊する事だけに費やされる訳だ。これを忘れんなよ』
そう説明して身を移したトールの代わりに、俺や上条を抜き去ってスロープを下り、『窓のないビル』へとひた走る小型の保冷車達。あれが銀河宇宙軍艦(笑)を超える秘密兵器。最初の位置に着いた保冷車を双眼鏡で眺め確認し、携帯電話でトールに連絡しながら俺に双眼鏡を手渡そうと上条が手を伸ばして来るが手で制する。
「いいのか?」
「裸眼で見える」
「流石狙撃手」
適当な上条のお世辞に肩を竦め、
『当たり前だ。俺がカメラとコントローラ使って操縦してんだから。お前達に頼んだのはそっちじゃねえよ。周りの状況はどうなってやがる?』
「周辺に人影はナシ。向かって来る通行人も今はゼロだ。必要なら威嚇射撃で散らすがどうする?」
『近付き過ぎそうな奴がいたら頼む。……一応、決行までそのまま観察してろ。運転席のカメラだと首振りの角度に限界があってな。誰かに上から眺めてもらう必要があった訳だ。時の鐘とか最高に打ってつけだろ?』
まあ本来の正しい使い方の一つではある。ただ見張りにだけ時の鐘を使うというのはエライ贅沢だが。
「ていうか、あれ、何が積んであるの?」
「爆弾だろ。中身を見れるからすぐ分かった」
「爆弾⁉︎ それって意味あんのかよ‼︎ あのビルは核攻撃にも耐えるんだろ‼︎」
「落ち着け上条、少なくとも意味ないのならやらないだろうさ。爆破するとなれば音、衝撃、光と隠せないのだしな」
「そうでもビルの周りにお店を展開してる人達は巻き込まれるぞ! あんな場所で爆破したら窓ガラスぐらい砕けちまう!」
そうだろうが、それぐらいトールだって織り込み済みだろう。わざわざ爆破すると決めて来たんだ。一般人を巻き込むのを嫌うトールであればこそ。
『やべー、しまったな。そっちについての対策を怠った。怪我人出ちまうかな』
そんなこともないらしい。そんなうっかりは必要ない。ため息を吐いてインカムを小突く。
「爆破する少し前にライトちゃんに少し無理して貰って、周辺のお店内で窓の近くに近付かないように適当なアナウンスを流そう。それでいいだろ。店員しかいないなら店の奥の電話を鳴らすんでもいいしな。それでいいな?」
『助かる』
「助かるってマジでやるのか?」
「もうほとんど配置に着いちまったし、やらない訳にもいかんだろう。どうせ今ある手はこれしかないのだしな」
トール曰く『窓のないビル』は地下十五メートル、周囲三キロ程がまるごと基盤になっているらしい。掘り返そうにも時間の無駄だし、その上に普通に建物が建っているため、ビルをぶっ倒すとなれば想像以上の労力が必要となる。まさかアレイスターさんに電話でもして「中に入れてください」などと言う訳にもいかない。
『配置完了、そっちは?』
「無問題だ。ライトちゃんが周辺の店への呼び掛けを開始した。能力者の集団が暴れてるから建物の奥に避難しろと緊急アナウンスだ。今ならやれるぞ」
『了解。じゃあ手っ取り早く始めるか』
────ゴッ!!!!
秒読みなどしてくれず、配置された保冷車の中身が弾け飛ぶ。身構えはしていたものの上条が後ろにひっくり返り、手にしていた双眼鏡がすっ飛んで行った。
「すごいなアレどうなってるんだ?
『『
「『窓のないビル』に突っ込む予定とかなかったからな』
『窓のないビル』に手を出す事になるとは、俺だって考えなかった。雇い主が居て、ガラ爺ちゃんの知り合いだし、変に嗅ぎ回れば何があるかも分からない中枢機関。触らぬ神に祟りなしだ。俺より『窓のないビル』に詳しい魔術師がおかしいのであって、俺がおかしい訳ではないはずだ。インカムを指で小突きながら、結果がどうだったのかトールを急かす。
『……こっちも予想通りで大助かりだ。これで第一段階は無事にクリアした事になる』
「アレでいいのか?」
『アレで良いから戻って来い。フロイライン=クロイトゥーネを救出するための作戦は順調に進んでいるから心配するな。そうそう、携帯電話に地図を送っておいた。帰るならその順路の通りにしろ。でないと追跡を受ける。そうなったら俺はお前達と合流しない。分かったか?』
「分かった分かった。注文の多い奴だ。大丈夫か上条」
「なんとかな。さっさと行くとしようぜ。俺だって二回も捕まりたくないぞ」
そりゃそうだ。と言うより捕まったらトールが合流してくれないそうなのだが。
「この国にはまともなコーヒーはないのかね」
「そっちのブラックコーヒーならよく飲んでる知り合いがいるぞ」
「……文句があるなら買わなきゃ良いだろ。それより説明しろ。ご大層な真似した割に、『窓のないビル』には傷一つつかなかった。それをお前は成功と呼んだ。一体何を考えて……」
急かす上条を遮るようにトールは伸ばした人差し指を口元に当てる。
「なんだその無駄な仕草は。全く可愛くないぞ」
「うるせえ。いいから歩きながら話そう。計画についてきちんと説明できなかったのにも訳がある」
また移動か忙しない。うろうろしながら破壊工作。狙撃手ではなく工作員になった気分だ。小声で俺と上条をせっつき歩き出すトールに並べば、周囲に軽く目を走らせてトールは口を開く。
「……そもそも、だ。学園都市の上層部は、この街の隅々で起きている事を隅々まで観察できるような監視網を作っているはずなんだ。そんな状況で計画を一から説明する訳にもいかねえだろ」
「それって、人工衛星とか警備ロボットとかの話か?」
「この街でいくつのプロジェクトが並行運用されているかは知らねえが、それだけじゃ死角を埋める事はできねえだろ。そんなのとはもっと別の、一般には公開できねえようなえげつないテクノロジーを使った監視網があるんだとは思う。なあ孫ちゃん」
「かもね」
あるよエゲツないのが。『
「テクノロジーが何であれ、そんなもんに常時振り回されるのを嫌っているのは俺達だけじゃあねえ訳だ。……例えばこんな風に」
そう言って陸橋の根元まで歩いて来ると、その橋の下にある鉄扉を開ける。扉の奥には少しのスペースとまた扉。その奥には何の変哲もない通路がまっすぐ伸びている。隠し通路とは、学園都市の要塞部分か。目を細めた横で上条が眉を顰めた。
「……何だこりゃ?」
「『新入生』。厳密にはその母体となった暗部機関の秘密基地って感じかな。後ろ暗い事をやるためには、それ専用の基盤整備が必要になる。ここもその一つ。学園都市の監視網から逃れた空白の死角だ。にしても、『窓のないビル』の地下基部の真上にこんなもん造るとはな」
「トールお前詳し過ぎじゃね? 俺もそこまで踏み込まないようにしてるってのもあるけど、よくもそう迷わずに学園都市の裏側を突き進めるな」
「『新入生』は俺達『グレムリン』の仮想敵だったからな。敵については調べるもんだ。それに、俺達にはおあつらえ向きの『窓口』もあった」
窓口と言われて生返事を返す。『グレムリン』には丁度元学園都市に居た『木原』が与している。木原加群。又はベルシ。ベルシ先生はどうやら惜し気もなく学園都市の情報を『グレムリン』に渡しているらしい。相変わらず学園都市は一見かなり厳しそうに見えて変なところでガバガバだ。わざと敢えてなのか。狙ってやっているのかで大分印象が変わるが。
「さっき保冷車をいくつか吹っ飛ばしたのだって、ベルシの助けを借りるためだったんだ」
「つまり『窓のないビル』を破る方法を考えたのはベルシ先生って事か? 来てるの?」
「流石にあの怪我で来れねえよ。ま、そんなベルシは街を出る前にいくつかの小細工を施している。平たく言えばバックドアってヤツか? ここだ、入れよ」
通路の中を幾分か進み、途中にあった扉をトールは開ける。部屋の中には家具の類などまるでなく、壁際にコンセントとネット回線用のジャックがあるばかり。トールは懐から携帯端末を取り出すと、迷いなく壁のジャックとケーブルを繋ぐ。さっきから魔術師要素が消え去ってるぞ。
「『窓のないビル』を覆う装甲板は核の直撃にも耐える性能を持つ。でも、この『
「へぇ、法水みたいな装甲板なんだな。そのパターンをある程度読み取って法水に穴を開けて貰おうって作戦か? だから保冷車で爆破したのか」
「マジかよ……俺超責任重大じゃないか。工作員どころか解体業者みたいな事しろって?」
前に変電施設の床は砕いたが、窓のないビルまで掘削しろとは予想外だ。てかいいのかそれは? 『
「まあ孫ちゃんに破って貰うのも悪くはないかもしれねえけど」
「マジで言ってる? おいおいおい」
「『窓のないビル』に穴を開けるにはもう一度外に出るしかない。……ただし、一度顔を出したら統括理事長の監視網に再び引っ掛かる。そろそろ木原加群のバックドアについても調べが進められている頃だ。スパコンを使って俺が何を演算させたかが判明すりゃあ、統括理事長はなりふり構わず俺達を妨害しようとするだろう。取れる時間は十分から二十分。ぶっつけ本番の初めてで孫ちゃんに任せるのも少し怖いからな。孫ちゃんには保険としてサポートに入って貰うよ」
「それを聞いて安心したよ。信頼されてないようで何よりだ」
皮肉を言えばトールにバシバシ肩を叩かれ笑われる。「別に破れるなら破ってくれ」とか言ってんな。『窓のないビル』に力任せに入れる技術とかどこで使い用があるんだ? ただ
「行くか」
「そう来なくっちゃあな」
「もう前進あるのみだな」
部屋を出て通路を進み、壁に取り付けられた梯子の前で足を止めた。梯子の先に待つのはマンホール。その先に向かえば後戻りはできない。三人少しの間顔を見合わせ、小さく息を吐き出す音に合わせて、迷わず上条が梯子に向けて右手を伸ばす。誰に感謝される訳でもない茨の道。そんな道は歩き慣れているからこそ。