時の鐘   作:生崎

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一端覧祭 ⑧

『お前が誰か? 誰でもねえだろ』

 

 ピキリッ、と未元物質(ダークマター)の顔にヒビが入る。膨れ上がった感情の波が抱え切れずに割れたようなヒビを未元物質(ダークマター)の怪物が指でなぞれば、すぐに跡形もなく姿を消した。白翼を広げる学園都市第二位を睨み付け、振るった腕から広がる翼から、弾丸のように羽を飛ばす。それを垣根は白翼の一撃で叩き落とした。空間を埋め尽くすような未元物質(ダークマター)の弾丸の嵐が一斉に弾け、空気を溶かすような音を残して散ってゆく。

 

『お前にいったい何ができた? 何もできちゃいねえだろうがッ! 学園都市や第一位に喧嘩を売り、『ドラゴン』に触れて何ができた? 黒い翼を広げて立った第一位の横で、お前は転がってただけだ。何かできた事があんのか? 学園都市第二位以外に積み上げたものは何もねえ‼︎』

 

 大地を踏み締め砕いた端から、白い飛沫が浮かび上がり、妹達(シスターズ)の形を取るとそのまま垣根と一方通行(アクセラレータ)に殺到する。少なくとも一方通行(アクセラレータ)の動きを止めるため。自分を復元できたところで、垣根が『何かを生み出す事』はまだできないはずと差し向けた死者達の複製を、迷う事もなく垣根は六枚の翼で断ち、生み出した暴風で、地下道の壁に未元物質(ダークマター)の作る妹達(シスターズ)の幻影を叩きつける。

 

『テメェの人生は負けてばかりの負け犬だ! 超能力者(レベル5)になっても第二位が限界、何かを得ようとしても掴めた試しがねえ! そうやって何かを中途半端に壊す事しかできねえのがテメェなんだよ! 今更善人気取って動いたところで結果は同じだ! そこがテメェの限界だ! 今もそうやって死んだ奴は関係ねえとゴミ屑のように妹達(シスターズ)を潰してやがる。結局テメェは変わらねえ!』

 

 未元物質(ダークマター)の怪物の咆哮が無限を生み出し押し寄せる。不定形の肉塊のような白い壁を前にしても垣根帝督は顔色を変える事もなく、未元物質(ダークマター)の細胞のつなぎ目に翼を差し込むように翼を動かし、強引に壁をこじ開ける。ビチリッ‼︎ と。未元物質(ダークマター)同士の侵食し合う気味の悪い音を上げながら、壁に床に天井に、押し付けられた未元物質(ダークマター)の肉塊は削れ潰れてゆく。そんな音を吹き消すように、垣根は小さく息を吐いた。

 

「……それは誰にとっての常識だ? 暴虐無人な小悪党? 届かなかった超能力者(レベル5)? それともただのチンピラか? ああ、どれも正しいんだろうな。だがどれも正しくねえ。俺の常識は俺が決める」

 

 六枚の白翼が未元物質(ダークマター)達の肉を裂く。理解した未元物質(ダークマター)の細胞の連結をバラすように。溶けたバターにナイフを沈みこませるように千切り飛ばす。地面に残った未元物質(ダークマター)の残骸を踏み潰し、垣根は未元物質(ダークマター)の怪物に向けて一歩を踏む。

 

「届かなかった。無理だった。負けちまった。それでキリよく諦められりゃいいだろうがな。残念ながら俺もそこまでできた頭はしちゃいねえ。生きているなら次を、その次を追い求める以外に何がある。終わった事を引きずってても前には進めねえ。高くも飛べねえ。だからテメェもここにいるんだろうが」

『出来損ない共に引導を渡しにだがなぁ! 次だと? そうやってまた不出来に中途半端に壊すだけだろ。だから俺が生まれた。俺は俺になった! 中途半端にしか壊せねえお前らと違って俺は無限を生み出せる! 無限は無限だ終わりはねえ! 俺に届かないものなどない!』

 

 無限に生み出される未元物質(ダークマター)が、千切れた端からその溝を埋める。風を切り裂き稼働する白翼の連撃でも切り崩せず、未元物質(ダークマター)の壁が徐々に地下道を削り迫ってくる。ノックするように垣根は翼でそれを叩き、地下道の照明の光を翼で透かし、未元物質(ダークマター)の肉壁を焼き溶かす。無限に怯む事などなく、これまで積み上げた技を振るって。

 

「諦めるんだったらここでさっさと首掻っ切った方がマシだ。諦め切れねえからここにいんだろ。ダサくて滑稽だろうがな。自分でやった事は自分で終わらせる。それが常識ってもんだろ。過去は変えられないってのも常識だ。だったらそれを背負ってさっさと前を向け。中途半端に壊す事しかできねえって? そりゃそうだ。俺は何も目指しちゃいなかった」

 

 垣根は自重したように笑い、迫る未元物質(ダークマター)の壁を蹴り返す。鈍い音と共に押し下げられた壁へと、内で燻る感情を吐き出すように翼を躍らせた。ただ乱暴に。力任せに。

 

「残ったのは力だけだ。直接交渉権を求めた時も、第一位になら負けてもよかった。俺を超える悪党になら。結局どれにも届かない、『どうしようもない』なんて結果が欲しかったのかもしれないが、今となっちゃどうでもいい。あの時俺を落としたのは、超能力者(レベル5)でなければ能力者ですらねえどこぞの馬鹿だ。無能力者(レベル0)にあそこまでやられて超能力者(レベル5)が諦める訳にはいかねえだろ」

 

 ────ベキベキッ‼︎

 

 白翼に捻られた空間が、未元物質(ダークマター)を捻りその奥に立つ未元物質(ダークマター)の姿を曝け出す。表情変わらず、舌を打ちながら垣根はその顔に目を細め、圧縮された未元物質(ダークマター)の肉塊を握り潰した。

 

「死んだ奴には死んだ時に顔合わせりゃいい。生きてる奴には生きてる内に顔合わせろよ。……こんな俺でも、学校に顔出しゃ心配して声を掛けてくる奴がいたりする。俺が何やってたかも知らねえでな。どんな悪党にも平和な日常ってやつがあるらしい。壊れたものも当然あるが、壊れてねえもんもある。その為に生きると決めたなら、壊すしか脳がなかったとして壊すものぐらいさっさと選べ」

『さっきからうるせえ、意味の分からねえ御託を』

「うるせえのはお前だ。盗み聞きか? 誰もお前に言ってねえ」

 

 その言葉は自分に向けて言っていただけ。という訳でもない。独り言のように零され続けた独白の向かう先は、立ったまま動かない白い男に向けて。学園都市第一位が、最強の超能力者(レベル5)が、諦める事を諦め先に一歩を踏んだいけ好かない奴が動かないのが気に入らない。一方通行(アクセラレータ)にしか分からない罪があったとして、それなら何故暗部達の抗争の時に小さく司令塔を助けに飛んで来たのか。そんな中途半端に負けたなど、垣根は断じたくはない。『中途半端』を押し付けられるなら寧ろ自分。だからこれまで────。

 

「頭は冷えたか?」

「……オマエにだけは言われたくねェな。分かってンだよンなことは。俺が奪った。それは変わらねェ。俺は奪っちまったから。それ以上を奪うよォなら」

 

 未元物質(ダークマター)の欠片から生み出る妹達(シスターズ)の残骸を、手で掬うように一方通行(アクセラレータ)は持ち上げ垣根へと放る。それを汲み取るかのように垣根の白翼が未元物質(ダークマター)妹達(シスターズ)を包み消す。未元物質(ダークマター)が生んだ妹達(シスターズ)が抱える残留思念を消すように。静かに優しく姿を消す。今ある最高を掴むように。それを見送り、最後の弔いを済ませた一方通行(アクセラレータ)の瞳が座った。

 

「俺が全部終わりにしてやるッ!」

 

 妹達(シスターズ)の残骸にもう躊躇はないと、一方通行(アクセラレータ)もまた振るう腕で妹達を形取る未元物質(ダークマター)を引き裂き潰す。かつて自分が奪ったように。それが変わる事がないように。

 

「適当なところで折り合いつけようってのが間違いだ。最高ってやつを求めてるやつに()()()()を求めてる奴が勝てる訳もねえ。だから俺も追う事にした。最高ってやつを。諦めかけていたそれがひょっこり顔を出しやがったからなぁ、それも最悪の形でだ! テメェの事だぞ。無限に生み出す? それでやる事がこれなのか? 気に入らねえな、ムカつくぜ。何の為にソレに目覚めた?」

 

 力任せの垣根の一撃が未元物質(ダークマター)の壁を撃ち破り衝撃が未元物質(ダークマター)の怪物の体を押す。足を踏ん張り未元物質(ダークマター)の怪物が顔を上げた先で、懐に飛び込んでいた垣根の蹴りがそのまま怪物の頭を蹴り上げ床に転がす。

 

「こんな街でも、科学には限界ってやつがあるらしい。死に掛けた肉塊の命を繋ぎ止められたところで戻せやしねえ。そのはずだった。それを覆したのが他でもない『テメェ(ダークマター)』だ。だってのに『最強』? 目指すもんが違うだろうが。常識破って何を常識に囚われてやがる。それが『テメェ(ダークマター)』の限界だ。折角なくしたはずの『最高』を目の前に、目移りしてんじゃねえぞ!」

『テ、メェの考えを押し付けんじゃねえッ! 誰にものを言ってやがるッ! 俺は未元物質(ダークマター)だぞッ‼︎ 人間みてえな不完全な出来損ないとは違え! 俺は究極だ‼︎ 俺は俺で完成している! 誰かを鎖にしてるようなテメェらが、いつまでも引っ付いてんじゃねえッ‼︎ テメェの『最高』なんて知ったことかよ!』

 

 未元物質(ダークマター)の怪物の体が膨れ上がった。吐いた言葉に重さを与えるように、声の震えに弾けた先から槍となって未元物質(ダークマター)が垣根と一方通行(アクセラレータ)に飛来する。叩き潰し、引き裂き、弾き、握り消す。それでも無限は消え去らない。膨れ上がり続ける無限を前に、空間を捻り打ち上げるような一方通行(アクセラレータ)の一撃が未元物質(ダークマター)の怪物を地下道ごと天井を砕き外へと放り出すも、四散した先から繋がり、変わらず膨れる。頭を潰そうが心臓を穿とうが体を真っ二つに引き裂こうが未元物質(ダークマター)の怪物には終わりはない。

 

『無駄だ。俺にはお前らと違って決定的な弱点はねえ。例え電気信号を掌握され逆流されようとも、各々はブロック化しながらも相互に情報伝達を行っているが、それは直結じゃない。配線せずに自由伝達を可能にしているから、お前らの攻撃は届かない。エイリアンクロストークを利用した作為的な混線や電子盗聴装置に近いかね。ラインを伝う攻撃は、そもそもラインが繫がっていなければ伝播しないもんだ』

「なら全部ぶっ壊す」

『その間に俺というネットワークは増設されているよ。同時多発的に、ネズミ算で』

「ならそれより早くぶっ壊す!!」

 

 ただ破壊を振り撒く一方通行(アクセラレータ)に呆れたように未元物質(ダークマター)の怪物はため息を吐く。無限は無限。出力でどれだけオリジナルの垣根と一方通行(アクセラレータ)が勝っていようが、永遠を力任せに終わらせる事はできない。人間としての脳や臓器さえ持たない未元物質(ダークマター)の怪物には体力といった概念さえないが、一方通行(アクセラレータ)と垣根は違う。

 

『お前らの時間はあと何分だ? そのリミットでお前らは終わりだ』

 

 一方通行(アクセラレータ)の能力を補助しているバッテリーの残り時間。生身の体で、侵食された部分を再生しようとも、より強固な『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を持つ所為か、未元物質(ダークマター)でありながらもより生身に近い垣根は人間らしく体力さえ捨てれていない。終わりがある。それが一方通行(アクセラレータ)と垣根の限界であると言うように。

 

『これが能力の自由度の差。決定的な違いってヤツだよ。そもそも俺が手を下す必要さえない。ただ、『未元物質(ダークマター)』って資源を無尽蔵に使えるだけじゃない。俺のインスピレーションには限りがないんだ。お前達がどれだけ手札をかき集めようが、そもそも数える事の意味さえない俺は力技で押し流す。……そもそもさ、届いていないんだよ。お前達の手を俺に届かせるためには、まず永遠に続く無限の壁をよじ登らなくてはならない』

「なら無限に登ってやるよ」

 

 広がり続ける無限を前に、垣根帝督は踏み出した足で大地を砕く。天井を突き破り空に浮かぶ無限に向けて、同じく無限を差し向けた。賭けで自らを復元し、ようやく手に取れた無限を生み出す未元物質(ダークマター)を拙いながらも形にする。無限と無限が激突し、喰らい合う事で生まれる不毛な拮抗。未元物質(ダークマター)同士が消し合う独特の咀嚼音に似た音が空を満たす。

 

「終わりは一瞬だ。未元物質(ダークマター)が自我を持った俺とは違うネットワークである大元のお前の奥に直接触れれば掌握できる。本当に無限だって言うのなら、そもそも馬鹿正直にテメェが一人目の前にいる必要なんてねえからな。所謂司令塔みてえな奴がお前なんだろう? それさえ分かってれば無限なんて屁でもねえ」

『それが分かっていたとして、届かなければ意味がない。この差は絶対埋まらない。終わりのあるお前らの限界だ。『最高』とかいう夢でも見ながら、理想を抱えたまま潰れちまえよ』

 

 永遠。無限。命に限りがあるからこそ、何かに限りあればこそ、人はその中で何かを積み、終わらせない為に技を研ぐ。だが終わりがないのなら、技を研ぎ積む必要もない。究極の創造性。無限を操るというのは一つの極致。技術も努力も必要ない。ただ気に入らないものを塗りつぶすように、吐き出すだけで全て終わる。幾らか抵抗されたところで、ノアの大洪水のようにいずれ全てを押し流せる。人である事を辞めない限り辿り着けない境地。自分の体を復元しながら、武器として無限に手を出そうとも、白翼以外に体を弄る素振りも見せない人間であり続けようとするそれが垣根帝督の限界だと未元物質(ダークマター)の怪物は笑って。

 

『『勝つ』ってのは、必ずしもプラスに働くだけのもんでもねえんだな。失望、壁の低さに失望した。お前らを殺して一つ学んだよ、虫けら共』

「なんだもう勝った気でいやがるのか? 俺にその常識は通用しねえぞ。その顔綺麗に歪めてやる。お前には絶対にできない勝ち方してやるから見てろ」

『俺には絶対できない勝ち方だ? 届きもしねえ癖になに言ってやがる。夢みてえな事言ってんじゃねえ!』

「夢って言ったか? ならやっぱりそれがお前の限界だな」

 

 無限が無限を覆い尽くすように、未元物質(ダークマター)の怪物の飛沫が槍となって宙を埋め尽くす。一度放てば相手が擦り切れ消えるまで終わらぬ無限の弾丸。それを弾き差し向けようと、緩く振り上げた未元物質(ダークマター)の腕にゆっくりと静かに、音もなく飛来した弾丸が突き刺さる。無限の隙間を縫うように。弾丸はたった一発あればいいというように。スローモーションのように弾ける腕に僅かに未元物質(ダークマター)の怪物が首を傾げようと動かす体に、ないはずだった音が降り掛かる。夢ではないと教えるように。シンデレラに魔法の終わりを告げる十二時を知らせるような鐘の音が。弾丸よりも遅れて未元物質(ダークマター)の怪物を包む。

 

 

 ────ゴゥン!!!! 

 

 

 ただその音を聞くより早く、未元物質(ダークマター)に刻まれた細胞の記憶とでも言うべきか。それが叫び声をあげた。かつて垣根帝督を撃ち落とした弾丸。狭い世界を穿つように、弾けた弾丸が空間ごと狙った相手の全てを揺さぶる。未元物質(ダークマター)の繋がりを緩め、空間同士の摩擦によって生まれる音と熱に焼かれて未元物質(ダークマター)の怪物の叫び声すら飲み込まれる。無限なんて必要ない。ただ一発の弾丸を当てるためだけに積み上げられた技術。誰より遠くに届く刃。怪物の思考さえ揺さぶられ、湧き出ていた無限が停止する。

 

『ば……ッ、テ、メェッ、よりにもよって無能力者(レベル0)だとッ‼︎ そこまでお前はッ‼︎ どこにッ‼︎』

「顔を向ける先が違えな。俺から向かう必要もねえ。お前の方から落ちて来るんだからな」

 

 下で見上げて来る垣根帝督から身を捩るように未元物質(ダークマター)の怪物は首を動かす。弾丸が飛び込んで来た方向に目を向ける。そんな頭を二発目の弾丸が撃ち破り、新たな振動に細胞と思考が掻き混ぜられる。ブレた視界のその先で、未元物質(ダークマター)の怪物は確かに見る。遥か遠くのビルの屋上で天に向けられた白銀の槍。先端から薄っすら白煙を立ち上らせながら、再び獲物に突き立てようと下ろされてゆく銃口に、未元物質(ダークマター)の怪物は奥歯を噛み、無限を向けるより早くその頭を六枚の白翼にぶっ叩かれる。

 

「だから目移りするんじゃねえと言ったろ?」

『ふ、ざけッ!!!!』

 

 場所は分かっている。どれだけ遠かろうが、自在に器官を生み出せる未元物質(ダークマター)の目なら鐘の音を撃ち出す狙撃手の姿を捉えられる。だが分かっていながらに手が出せない。すぐ目の前に無限の壁が広がっている。狙撃手に目を向ければ学園都市第二位の白翼が意識を削ぎ、垣根帝督に目を向ければ、針の穴に通すような狙撃が無限を超えて未元物質(ダークマター)の怪物の意識を削ぐ。分かっている。どちらの事もよく知っている。それでもその脅威から逃れられない。ただ分かっているからこそより強く、『どうにもならない』事が分かってしまう。超能力者(レベル5)無能力者(レベル0)。全く違う脅威に挟まれ無限は受け止めきれない。ただ生み出される暴力が、積み上げられて来た技術に削られる。

 

テメェ(ダークマター)があるから俺なんじゃねえ、俺がいるから『テメェ(ダークマター)』がいる。それに『テメェ(ダークマター)』がなくても俺は俺だ。無限の創造性だか知らねえが、結局それをくだらねえ事に使ってるテメェに掴めるものなんてあるわけねえ。本当に無限だって言うのなら、これまでの『最悪』塗りつぶして『最高』ってやつを掴んでやる。それはテメェなんかにはもったいねえ」

『こ、の、メルヘン野郎……ッ』

「自覚はある。だがこんな翼でも手放せねえ。最初になくしたものは戻らねえかもしれねえが、こんなものでも『かっこいい』とかほざく奴がいるもんでな」

 

 太陽が沈み続ける事はない。その日その時その場所になくても、必ずいつかまた上る。ならば何度も何度も届くまで、その熱に身を焼かれるまで、飛び続けていればきっと掴める。空を舞う天使を地に足付けさせる存在に。その為の道に足を下ろすように、削れ砕けてゆく未元物質(ダークマター)の怪物に垣根帝督は右手を伸ばしその核を掴み取る。暴虐無人な怪物でも、それもまた垣根自身。選べるのは使い方。これまで中途半端に壊して来た。だから次は、次こそは最高を掴む為に。

 

『き、消え、消えるっ、消える? 俺が、俺は、学園都市第二位、いや、そんな枠組みさえ超えたはずなのに、それが、こんな、出来損ないに……ッ』

「超えちゃいねえし消えもしねえ。テメェは俺だろ。学園都市第二位『未元物質(ダークマター)』、垣根帝督。中途半端だろうが俺は俺だ。俺の常識は、使い方は俺が選ぶ。俺にしか見れねえ景色もあるってな」

 

 垣根越し右手を握り締めたと同時。核が砕け、未元物質(ダークマター)の怪物が生み出した無限が淡く白い粒子になって消えて去った。翼を消して地下道へと続く大穴を開けたままの大地に垣根が足を下ろせば、一方通行(アクセラレータ)も首の電極のスイッチを切った。現代的な杖を突き、疲れたように息を零す垣根に一方通行(アクセラレータ)は顔を向ける。

 

「……終わったか?」

「まだ何も終わっちゃいねえ。始まったんだよ」

 

 届かないこれまで。負け続けた今まで。それを変える。これからでも。学園都市第二位『未元物質(ダークマター)』、垣根帝督の物語は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オマエはなに苦い顔してやがる」

 

 一方通行(アクセラレータ)に小突かれて力なく身を揺らす。苦い顔もする。俺がしてた事と言えば、垣根から合図を貰えるまで狙撃銃を構えて待っていただけだ。超能力者(レベル5)も撃たれるまでそう気付かない超遠距離からの狙撃。ビルの上からのお陰でよく見えた。あぁよく見えた。垣根と一方通行(アクセラレータ)が戦ってる間、何故かトールと御坂さんは共闘してるし、上条とレイヴィニアさんは戦ってるし、それを背の高いビルの上でただ眺める俺。どれだけ引き金を引いてやろうかと葛藤したか。どこもかしこも自分をひけらかしやがってッ。空腹の最中満漢全席に囲まれている気分を味わった。

 

「電話を無視った一方通行(アクセラレータ)さんと話す事などない。よかったね垣根さんの必死を特等席で拝めてッ! 俺は不完全燃焼過ぎて欲求不満がものすげえよッ!」

「ガキかよオマエは……」

「観客でいさせてやったんだから文句言ってんな。一番上手く使ってやったろ?」

「観客でいるのが嫌なんだよ俺は! そりゃまあ上手く使っては貰ったがな! 遠く離れ過ぎてて波もそこまで掴めなかったぞ。おかげで垣根さんの心の揺らぎも上手く手に取れないし。最高を見せてくれるとか餌ぶら下げられただけだ」

 

 流石に数キロ離れている場所の声を拾うのなど不可能だ。激しさを増す戦いの最中、プラナリア人間みたいな未元物質(ダークマター)の怪物に弾丸を当てる事だけに最後集中しなんとか当てられはしたが、垣根が前衛でいてくれなければ厳しかった。何にせよ未元物質(ダークマター)の暴走も終わり、学園都市側が打った手もとりあえず尽きた筈だ。オッレルス側との戦闘も終わったようで、ある意味でようやっとフロイライン=クロイトゥーネを落ち着いて追える。

 

「まあ垣根さんの答えも見れはしたし、よしとはしよう。おかげで俺も少し決心はついた」

「何でお前がそんな偉そうなんだ?」

「オマエらと付き合ってるとほとほと疲れる。メルヘン同士二人だけでギャアギャアやってろ」

「俺のどこがメルヘンなのかちょっとお話ししようじゃないか一方通行(アクセラレータ)さん」

 

 俺より一方通行(アクセラレータ)の方が絶対にメルヘンだから。俺は垣根や一方通行(アクセラレータ)のようにどれだけ唸ったところで背中から翼なんて生えてこない。天使の仮装なんて御免である。上条とトールの位置はビルの上から既に確認済み、フロイライン=クロイトゥーネが何故か打ち止め(ラストオーダー)さんを狙っている事もあり、上条とトールに合流する為道を急いだ先で、背の高い少女の影が揺れていた。

 

「おいおいアレは……アレがフロイライン=クロイトゥーネとかいうヤツかよ? 流石にこいつは……」

「またこの手合いかよ……ホラーの相手は専門外なんだが……」

 

 俺達三人に振り向くこともなく、言葉も出さずにフロイライン=クロイトゥーネは手に持つものに齧り付く。手に持ったそれは、地獄のような戦場ではよく見るもの。頭蓋骨の中にある隠された柔らかなピンク色の器官。「バタリアンかよ……」と苦笑とともに吐き出した呟きは、誰も拾ってくれず、少女が脳髄を噛み潰す音だけが響く。ただ脳髄からは特別な波は感じない。アレは脳みそに見えて脳みそではない。のに、何故か一方通行(アクセラレータ)の内側で感情の波が膨れ上がる。

 

「あ、あ……」

「あ、一方通行(アクセラレータ)さん?」

「ああああああああああああああああッ!!!!」

 

 一方通行(アクセラレータ)は心からの叫び声を上げ、止める暇もなくフロイライン=クロイトゥーネに向けて突っ込んだ。一方通行(アクセラレータ)の背中で歪んだ波が別の何かを生み出そうと寄り集まる。弾丸と化した一方通行(アクセラレータ)に声を投げるより早く、フロイライン=クロイトゥーネの前に見慣れた小さな司令塔が飛び出し、破壊の弾丸を押し止めた。急激に霧散していく一方通行(アクセラレータ)の波を前に、もうなにがなんだかさっぱりだ。どうしていいやら垣根と二人顔を見合わせ、大きく肩を竦め合う。

 

「なんなんだろうなこの感じ……分かるか? 事態の中心は分かってるのにその周りを空回ってるこの感じ。やっぱり慣れないことはあんまりやるものじゃないのかね? だいたい俺は初めてやる事は上手くいかないんだ。何事も初めてって事はあるがな、たまには俺も狙撃でもするように綺麗に一発で上手くいって欲しいもんだね」

「ただ今日がお前の日じゃなかったってだけだろ。お前が何してたのかは詳しくは知らねえが、少なくとも失敗した訳じゃないだろうぜ。俺にとっても、アイツにとってもな」

 

 垣根が顎で指し示した先で、脳髄を食べ終えたフロイライン=クロイトゥーネが、フレメアさんと打ち止め(ラストオーダー)さんを抱きしめた。子供のように泣きながら。敵意も悪意も殺意もない。ただ真っさらな雫を目の端から零すフロイライン=クロイトゥーネを目に足を下げる。俺がやった事など檻から永遠の少女が出るのを手助けしたくらいのもので、俺がいようがいまいが物語のページは進んでゆく。フロイライン=クロイトゥーネが描き切ったらしい何かの必死に俺は必要ない。それはそれを積み上げた者達だけに許された一瞬だ。

 

「もう行くのか?」

「見たいものは一応見れた。これ以上は野暮だろう。誰かの戦場に俺は必要でも、誰かの日常に俺は必要じゃない。後は今回の戦場を描いちまった者同士で後始末でもするさ」

「ま、俺もあの野郎が暴れた尻拭いでもしに行くか。法水、また後でな。俺はまだ、お前に最高は見せちゃいねえんだ」

 

 掴んだもので何を築き上げるのか。これまで追った何かを形にする。垣根の見せる不敵でもない柔らかな微笑に笑みを返し、狙撃銃を背負い直して遠巻きに立つお人好し二人に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、悪いな。お見送りまでしてもらっちまってよ」

 

 学園都市第十一学区。陸路における物流の為の倉庫街、一端覧祭に全く参加する事なく、既に傾いた太陽が街を夕焼け色に染めている。誰に怒られるとかそれ以前にただただがっかりだ。なんとも全体的に肩透かしな二日間。脇腹を撃たれたらしい上条も病院に行かずに未だトールと顔を合わせているのも、そんな二日間の終わりを目にする為。

 

「……アンタ達がきちんと『外』に出たのを確認しないと、おちおち眠ってもいられないよ」

「ハハッ、そうだな。マリアン=スリンゲナイヤーと『投擲の槌(ミヨルニル)』ならもう『外』へ抜けてるよ。こういう時、殿を務めるのは直接的な戦闘能力を持ったヤツって相場が決まってる。だからまあ、こうして寄り道をしていられるんだが」

「寄り道はどうだっていい。お前ちゃんとマリアンさんに言っとけよ。それでさっさと送らせろ」

 

 何をかは再三言ってきたのだから今更言葉にする必要もない。ウンザリと肩を落とすトールに上条は苦笑し、終わった問題に想いを馳せるように二人は口端を持ち上げた。どんな思惑が絡んでいようと、結果一人の少女は檻の中から外に出た。別に誰に感謝されるでもない、お人好しのイバラ道が行き着いた先。それを言葉として確認するように。

 

「フロイライン=クロイトゥーネは学園都市に残しておく。妙なもんを喰っちまったせいで体質っつーか、条件っつーか、属性っつーか……とにかくそういうもんが歪んじまったみたいだしな。あれはもう『グレムリン』にとって価値あるものじゃねえ。学園都市にとってはどうだろうな。『羽化』の心配がなくなった以上、ヤツらにとっても邪魔にはならん。捕まえて閉じ込める必要性はなくなった訳だが」

「打った手も潰したし、俺に連絡のれの字もないあたりが答えだとは思うけど」

「それでも実行されたら?」

「『窓のないビル』に傷はつけたが、実際にぶっ壊したのはフロイライン=クロイトゥーネ自身だ。そしてあいつはすでに外の世界に興味を持ってる。無理に閉じ込めたって、今度は自分の内から湧き上がるものに従って脱出するさ。そんな無駄な事を繰り返して事件を頻発させて注目を集める方が面倒臭い結果を招く。多分、あー、何だ。打ち止め(ラストオーダー)だのフレメアだのの周りで自由に行動させておくだろ。何より……無理に引き離して世界の果てに連れていくより、そっちの方が『救い』ってヤツに相応しい終わり方だろうよ」

 

 この世に生きているのなら、誰かと隣り合うしかない。ただそれを選ぶ権利は万人にある。そんな中でフロイライン=クロイトゥーネはフレメアさんと打ち止め(ラストオーダー)さんを選んだだけのこと。選べた。選ばれた。その瞬間を僅かでも見届けられたならそれで十分。永遠もまた日常を選んだ。なんでもない日常に脅威を向けていい者などいない。それが平和というものだ。

 

「お前はこれで良かったのか? 『槍』とかの完成ってのは、『グレムリン』を束ねる魔神オティヌスの悲願なんだろ。こんな顚末いつまでも隠しておける保証はないし、隠しておいたとしても、レールから外れたオティヌスがどう動くかは全く見えない」

「結果お前は『グレムリン』として動かなかった訳だしな。絶対に雷落とされるだろ。この結果に俺としても不満はないが、これからお前はどうするんだ?」

「どうにかするさ」

 

 迷いを見せずにトールは言い切る。具体的な事は何も言わずに、それでも確固たる意志を持って。これが好きに動く者の強さなのか、感心するより呆れてしまう。トールは小さく笑い、

 

「さて。これでフロイライン=クロイトゥーネに関する問題は概ね解決した。『グレムリン』だのオッレルス側だのの怪物集団も手を引く事になった。学園都市暗部は……ま、正直分かんねえが、さっきも言った通りこれ以上騒ぎを大きくさせようとは考えねえだろ。これでパズルゲームみたいに山積みされた問題は全部取り除く事ができたって訳だ」

「トール? 何を……」

「お前……」

 

 トールの波が形を変える。小さな笑みは大きな笑みに。目の前に並ぶご馳走を前に我慢できない神の指から閃光が瞬く。

 

「だからさ、そろそろ本題に入ろうぜ。上条当麻、法水孫市。俺は俺の理由でアンタ達と戦わせてもらう。こいつは『グレムリン』抜きだ!!」

 

 戦場を、自分の望む戦場をようやく整え終えた雷神が刃を抜く。戦う理由に重い理由など必要ないと、ただ純粋に闘争を望む眼光が俺と上条の二人を射抜いた。選択肢など存在しない。『いいえ』も『NO』も選べない。誰にとっての日常でも戦場でもない、トールにとっての日常が俺と上条を包み込む。


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