「起きたかよ?」
声に揺さぶられ瞼を開ける。黄昏時の空の色を見上げた中に、馬鹿を見下ろすような学園都市第二位の姿が居座っていた。トールと殴り合っていた途中から記憶がない。周りを見回せば未だに第十一学区。仰向けに寝転がる上条を見つけ、少なくとも意識を失ってからそこまで時間は経っていないらしい。飛んだ景色と記憶を実感し、盛大に口からため息を溢れさせる。
「また負けちまった……久しぶりだぞこの感じ……自信なくすわぁ」
「よく分からねえが、なんで別れて少し目を離した隙にそこまでズタボロになれるんだ? 何があった?」
「聞かないでくれぇ」
負けた戦いの詳細など語りたくはない。学園都市に来る前に、スイスでどうしようもなく負け続けていた時の事を思い出す。何に手を伸ばそうとも、どうにも勝てない相手がいた。学園都市で自分だけの技術を積み、仲間達に並べたとようやく思えたが、それにしても最近負けが込み過ぎて憂鬱だ。同じ時の鐘に負けるならまだいい。悪評もそう立たない。ただそうでない者に負けるのはよくない。傭兵として負けが過ぎるなど、評判として最悪だ。いざという時勝てない傭兵など傭兵ではない。それでは脅威足りえない。マリアン=スリンゲナイヤー、魔神オティヌス、雷神トール。
『グレムリン』ばっかだなッ‼︎ 苦手だあいつら。
死体のようにぐったりしていれば、鼻を鳴らして肩を竦める垣根に足で小突かれる。脇腹を銃で撃ってしまったというのに扱いが酷い。軋む体を持ち上げて身を起こせば、撃ち抜いたはずの脇腹の上に白い膜が絆創膏のように傷を覆っていた。
「まさかこれは……」
「
「多分⁉︎ 今多分って言ったろ! 他人の傷を塞げるか実験しやがったな!」
鼻で笑うな。垣根が誰かしらの為にその能力を使おうとしているのはもう察している。ぶっつけ本番で試すのもアレだが、だからって俺で試すか? 上条の脇腹も塞いだらしいが、右手で触れたら意味ないし。立ち上がろうにも膝が砕けていて立ち上がれず、呼吸もしづらいあたり肋も何本かやられている。起こしていた身を一度倒し、大地に身を広げて空を見つめる。
「あぁ気分が悪い。けど最悪じゃあない。なあ垣根さん、俺も檻の鍵を開けたよ。どうにももう逃げられそうもない。それを理解する為にまた時間が掛かりそうだ」
「別に時間ぐらい掛けりゃいいだろ。上があるなら、時間掛かろうが最後に笑った奴が勝ちだ」
「まあそれには賛成だがな」
垣根の微笑を寝転がり見上げ、身を捩るように小さく振って、次第にそれを大きくするように体を振るい回し立ち上がる。片足に力が入らず立ちづらい。バゲージシティから形作り始めた新しい格闘技術だけなら大分積めた。これも『窓のないビル』に挑んだのと、トールにボコスカ殴られたおかげだ。全く感謝はしたくないが、染み付いてきた感覚に頬を緩ませれば、目を丸くして見つめてきた垣根が急に噴き出す。
「はっ! なんだ今の? 水中で揺れる昆布みてえだったぞ気持ち悪りいな! それがお前の技ってやつか? もう少し形整えねえと見れたもんじゃねえぞ!」
「見た目と強さが必ずしも=で結ばれてる訳じゃないんだよ! しょうがないだろこれが最適っぽいんだから! 波を体で表そうとするとどうしても滑らかになるんだよ!」
「滑らかと言うより骨無しだな! 軟体動物かお前はよ! やべぇツボに入った。腹が痛てえ。そういう技か?」
「違えよ!」
動きで相手を笑わせる一発芸などでは断じてない。腹を抱えて笑う垣根に口端を下げ、学生服に付いた埃を払うが、血は落ちてくれない。洗濯しても落ちないだろう。久々に袖を通した学生服が早速お釈迦になった。夏休みからいったい何着学生服を買い換えればいいんだ。普通の服を買うより学生服を買いまくっている。服を払う手を止めて、一頻り笑い終えた垣根に顔を戻す。
「で? 垣根さんはこれからどうする? 病院でも行くのか? もう暗部でもないのに派手に動いて目を付けられても知らないぞ」
「どうしても目立つのは仕方ねえ。俺だからな。それにムカつく奴が顔を出せば潰すのもやめられねえだろ。久々に常識に塗れてみたが、それだけってのはもう性に合わないらしい」
「そうか」
今回のように目的もないような暴力は潰すと言う垣根に頷き、小さく息を吐き出す。垣根にとって何か目的を手にしたのなら、特に俺が聞くこともない。垣根の追い求める景色がなんであるのか。少なくとも血生臭いものでもないのだろう。
「聞いたぜ。学園都市で時の鐘が人員を募集してんだろ? 能力者でも関係ないってな」
その言葉にどうにも足を止めてしまう。
「……正気か?」
「下手な研究所に恩を売るより、ムカつく奴叩き潰して金を貰えるなら最高だろ。暴れたところで文句を言う奴もいねえ。俺は別に善人て訳じゃないんだ。使いたい時に力を使う」
「別に時の鐘は殺人許可証って訳じゃないぞ。ゴッソみたいな事言いやがって。だいたい俺が上司だぞ?」
「クソみたいな命令さえしなきゃどうでもいい。それよりただありがたがれよ。それに、俺がコンビニでバイトしたり、サラリーマンやってる姿が似合うとでも思うのかお前は」
全く思わない。が、少し見たい。コンビニ入って垣根がバイトしてたら爆笑する自信しかない。不死身のコンビニ店員とか都市伝説になれるぞ。想像して内心で笑っていると、顔に出てしまったのか垣根が目を細めるので目を反らす。正直断る理由がない。科学者ではなく、能力者のプロフェッショナルが居てくれるのはありがたい。垣根といるとどっちが上司か分かったものではないが、威厳なんてないし今更だ。少しばかり緩んでしまう口元を撫ぜ、垣根に顔を戻したところで小突かれる。力の入らぬ足では踏ん張れず、そのまま後ろに倒れてしまい、頭を摩りながら慌てて身を起こせば、待っているのは首を傾げ呆けた垣根の顔。
「なにも急に叩かなくても、まあそういうことなら」
────パキリッ。
硬いものが弾けた音に目を見開く。呼吸が止まる。夕日よりも赤い雫が降り掛かる。小さな破裂音を始まりに、そのまま湖の薄氷を砕いたような音と水音が続き、垣根の胸から一本の腕が突き破り伸びた。口から血を垂らし身を崩す垣根の背後で金色の髪が風に揺れる。垣根の背から徐々に露わになるその顔に、喉に痞えていた空気が急激に送り出され叫びを生んだ。
「トォルッ!!!!」
見知った顔が見知った顔の胸を貫いている。立とうにも力が入らず、口から血を吐き垂らしながらも傷口を
「テメェなにをッ‼︎ なにしてんだッ‼︎」
「……すまないね、少し借りる」
首を傾げたトールが仰向けに地にめり込む垣根を蹴り上げる。俺の横へと地を滑り飛んでくる垣根を受け止めきれずに巻き込まれるように地を転がり、身を起こしながら笑いもしないトールを睨み付けた。
なぜ?
一瞬頭を過ぎった疑問は、横たわり呼吸の乱れた垣根の胸の傷が
「お前自分に泥を塗る気か? 何のためにお前は……ッ‼︎」
フロイライン=クロイトゥーネを助けたのか。学園都市で『窓のないビル』にさえ挑みやって来た事が全て無意味。一般人は巻き込まない。平和ならその方がいい。自分の欲求に従いはしても、トールの言葉に嘘がないと分かっていたからこそ、同じ道に立ったのに。これはあまりにも……。
頭に血が上るのを感じながら、大きく息を吸い込んだ先で、強い違和感に呼吸を止めた。これまでのトールの動きにそぐわない事もそうであるが、トールの奥底で畝る波紋のリズムが僅かに違う。それに折れた腕はどうした? そんな貫手を放てる状態ではないはずだ。表面だけは整えられているのに、核となっているものが違う。どれだけ己が持つ世界を似せたところで、微細な差異がどうしようもなく目に留まる。
「お前……誰だ?」
「……目敏いね、悪いが寝ててくれ」
目の前で掻き消えたトールの蹴りが俺の頭に叩き込まれる。その刹那、伸ばされた垣根の腕に体を押され、トールの皮を被った何者かの蹴りは中途半端に俺を蹴飛ばし、背後のコンテナにめり込まされた。伸ばす手に力が上手く入らず、掴んだコンテナの壁の上で手が滑る。それでも強引に息を吸い込み、喉を塞ごうとする血溜まりを外へと吐き捨てた。
「……垣根、お前ッ、なんで」
「……はっ、テメェの常識なんか知るかよ」
垣根の意識を断つような蹴りが垣根の頭に落とされる。俺を助ける暇などあったら、白い翼を背負えばいいのに。なにを似合わない事をやっているのか。俺なんかより強い癖に。そんな事されても、ただただ無力感が重なるだけだ。僅かに戻った手でコンテナの壁を押し身を起こす先で、トールのような何かが意識を手放した垣根を担ぎ上げる。
「待、てッ! なんだお前ッ! ふ、ざけッ‼︎ 誰だ? 誰なんだ? その手を放せよ、俺はまだ……俺はまだ最高を見せてもらってないぞッ! そのために今日垣根は飛んだ! お前それをッ‼︎ それだけは摘んじゃダメなんだよッ‼︎ 待てッ、待てッ‼︎ 俺はまだッ‼︎」
お礼さえ言っていない。
一瞥するだけで言葉もなくトールのような何かは闇に消える。なんだそれは? なんだこれは? 動きたくても体がいうことを聞いてくれず、埋まっていたコンテナから身を乗り出した先で地面に落ちる。吐き気が酷い。体の内側で言葉にならない何かが蜷局を巻いて出て行かない。必死があった。垣根の必死が。垣根が積み上げたそれが形を見ぬまま……そんな事あっていいはずがない。
「……逃がすかッ」
足を踏ん張り立ち上がる。大地の下を畝る力。その大きな波を踏みしめるように。大気の胎動を吸い込んで、大きな世界に溢れる垣根の狭い世界の振動を啜るように。踏みしめた先で砕けた膝が折れ、前のめりになりながらも、大地の流れを蹴り出すように、残る足を踏み込んだ。
ぽすりっ。
滑るように倒れる体を、白い何かが受け止める。前に進もうとする俺を阻むように。小さな白い翼が俺を掬い上げるように抱き止めた。体が上手く動かない俺を止める手は小さく、背も随分と俺より小さい。人のような鼓動は感じず。代わりに感じた事のある波紋を浮かべている。見ずともそれが何かは分かる。垣根のような鼓動は感じなくても、浮かべた波紋は同じだから。顔を上げた先に待つのは、なけなしの
「初めまして。私はカブトムシ05と申します。垣根帝督から言伝を預かりました」
……なぜカブトムシ? なぜ05? 目を瞬く俺の前で、小さな白い垣根は微笑んだ。
「緊急の呼び出しにも関わらずよく集まってくれた」
椅子に沈むように座る。背筋を正す元気もない。第十一学区で寝転がっていた上条は
「時の鐘に参入した垣根帝督が拉致された。手を出して来た相手は不明だ。が、必ず見つけてブチ殺す。目下最大の目標は垣根帝督の救出である。異論はないな?」
そう言い切れば、浜面と釣鐘を筆頭に何人かが噴き出した。噴き出すといっても方向性が違うようで、釣鐘は爆笑し浜面は彫像のように固まっている。目を見開くクロシュや木山先生を目に留めながら、異論はないらしいと話を進める。
「垣根帝督は今や不死身だ。意識を手放しても
「遠いと時間が掛かるかもしれませんが可能なはずです」
「と、言うことだ。これが俺達の初めての大きな仕事になる。居場所が分かったら速攻で動く。……それにようやく顔を合わせられたんだ。時の鐘としての方針をついでに話しておこう」
息を吐き出し、浜面達の顔を見ながら小さく頭を振るう。頭に上っている血を散らすように。こういう時だからこそ、頭を冷たくする。カブトムシ05が来なければ、闇雲に突っ走っていただろう。クーデターの起きた瑞西を目指した時のように。
一息吐けたからこそ、無闇矢鱈は必要ない。垣根から言伝を受け取ったというカブトムシ05からも、「時間は作ってやるから焦るな」と言われた。これではどちらが上司か分からない。支部長として、垣根の救出と組織の運営は両立しなければならない。俺が一人だけで動くような、そんな段階は既に終わった。俺一人では超えられない領域がある。俺は一人じゃない方が強いと言った、トールの言葉を信じよう。それがトールを騙った野郎への意趣返しにもなるはずだ。
トール
「時の鐘学園都市支部の受ける仕事は、一先ず護衛、防衛だけだ。これは『シグナル』の動きにも沿わせてもらう。雇い主が既にいるからな。それ以上の仕事はしばらくなしだ。仕事の時は、慣れるまで必ず俺が同行するのでそのつもりで。質問は?」
「何をどうすれば二日でそこまでボロボロになれるんスか?」
「馬鹿みたいに強い奴と殴り合ったらこうなった。他には?」
「なんで誘ってくれなかったんスか?」
「仕事じゃなかったからだ。他には?」
「次は誘ってくれるって言ったじゃないっスか! ひどいっス!」
「それは質問か?」
全然今の話と関係ない質問は必要ない。しかも緊張感ないな! 一応会議中だぞ! 円周はどこ向いてんの? 天井には俺はいねえぞ! せめて前を向け! 顳顬に青筋を浮かべれば、浜面がおずおずと手を上げる。
「いや、あのさ、事態が急過ぎて話がさっぱりなんだけどよ。マジで第二位まで入ったのか?」
「そこに座ってるカブ、小さな垣根が答えだ。ただ入って早々に攫われたがな」
「第二位を攫うって何者だよ……また『グレムリン』て奴らなのかよ?」
「可能性はある。だが分からない。ただし、仲間に手を出して来たくそったれなのは間違いない。それは必ず叩き潰す」
「お、おう、分かったから気を鎮めてくれ。肌がひりついてやべえ」
「……そうっスね、それに法水さんなんか、気味悪いっスよ?」
「穴に手足が生えてるみたいだよ孫市お兄ちゃん」
「あぁ……釣鐘と円周は同タイプだったか……」
意識が昂ぶるとどうにも、胸の奥底で本能が蠢いて仕方ない。種類は違くても波の揺らぎを見れる釣鐘と円周には誤魔化せない。大事なのは理性と本能のバランスだ。一度理性を削ぎ落とし動いたからよく分かる。車のアクセルを一度ベタ踏みし、限界は分からずとも、ある程度の幅を理解できたからとでも言うべきか。息を吸って息を吐く。呼吸を整え本能を押し込める。そうすれば釣鐘と円周の顔色が元に戻った。それを見つめて緩く息を吐き出せば、カップを手に椅子の上に姿勢正しく座っていたカブトムシ05が顔を向けてくる。
「法水、垣根帝督を殺し切れる可能性は低いです。もう少し肩の力を抜いてもいいと思いますが。貴方を自暴自棄にする為に私は来た訳ではありません」
「……お前に言われたら何も言えないじゃないか。ゼロじゃないからこそ気が早るんだがな」
とは言え気が早れば問題が解決するかと言えばそうでないのも事実。不明な事が多過ぎる。余裕がないというのが最も危険な状態の一つではある。そういう事ならと、カブに礼を言いながら椅子に座り直して今一度浜面達を見回した。
「質問がないなら俺からも質問したいんだが。円周?」
「なあに?」
「なあにじゃない。何これは?」
部屋の壁に指を向ける。そこに描かれた数式のような落書きを。それも一つじゃない。自由帳に書くようにやたらめったら壁や床に描かれている。早いよ事務所が汚れるのが。
「一日部屋を開けただけで何故こうなるんだろうね? だいたいなんなんだこれは……なんの数式? あと部屋の隅に大量にあるよく分からんグッズはなんだ!」
「一端覧祭の屋台で荒稼ぎしたっス!」
「あんな屋台で『木原』に挑もうなんてちゃんちゃら可笑しいよね!」
「お前達さり気なく一端覧祭を満喫してんじゃねえ!」
ちゃっかり仲良くなってんじゃない! いや、仲良くなるに越したことはない。ただ、荒稼ぎしたって何やったんだ! 射的か何か知らないが、絶対屋台の人泣いてるぞ! 一つの屋台の景品の量じゃねえもん! ここは事務所であって託児所じゃないのにファンシーグッズがまた増える……。あの馬鹿でかいぬいぐるみ達はなんだ? ここは夢の国出張所か?
「お二人は屋台荒らしとしてネットに情報が出回っているようです。とクロシュは報告します」
「……頭が痛くなる報告をありがとう。で? 何よりだ。ここにいるはずのない奴が一人いるんだけど。なんなの? 何しに来たの? てかなんで居るの?」
「おや、誰のことかな?」
「お前のことだよ蛍光メイド」
何で自分じゃないと思えるんだ? キョロキョロするな鏡を見ろ。それにこそ時の鐘に関係ない奴が映っている。メイドらしく各々の飲み終わったカップを台所へと下げる姿がイヤに堂に入っている。一番ここに馴染んでいるように動くな。誰が呼んだ? 勝手に来たの? 何なのこいつ。
「忍者に『木原』にメイドにスキルアウトに
「そうなんだね! 孫市お兄ちゃんは」
「俺にそんな趣味はない! だいたいクロシュに木山先生もいるのにこれ以上事務員はいらないんだよ!」
「落ち着きたまえよ、コーヒーでもどうだい?」
「ああこれはどうも……じゃない!」
「あっ! そろそろカナミンの再放送の時間だよね!」
「円周も好きっスねー、今日はどの回だったっスかね?」
「こらテレビを付けるな! 自由かお前ら!」
「……法水、彼女達は大丈夫なんですか? 団結力に疑問が」
「俺が聞きてえよ……」
カブトムシ05に呆れられる始末。ただ。素行や趣味趣向に問題があっても、釣鐘、円周、浜面、一応メイドも時の鐘にはない独自の技術を持つ者達。頼りにはなる……はずだ。「君のプライドもなかなか鍛えられているようだね」と肩を叩いてくるメイドの言葉が耳に痛い。ため息を零せば、浜面までもが携帯を取り出し、額をテーブルに打ち付けた。
「た、滝壺からの着信が五件も……やべえよ、緊急だって言うから来たのにこんなコスプレ喫茶みたいな中にいると知られたら……ッ。法水、言い訳を一緒に考えてくれ」
「普通に時の鐘の事務所にいるでいいだろうが」
「アレを見て同じ事言えるのか?」
「まあこれぐらいが丁度いいのでしょうか?」
「時の鐘らしくはあるのかなぁ……お前の目から見てどうだ? 垣根は馴染めそうかな?」
「どうでしょうね、私は嫌いではありませんが。ただ、垣根帝督を思うのであればこそ焦ってはいけません。すぐに助けに行かなくてはなんて」
「常識で考えるなって? そりゃまたなんとも」
「時間をくれるなら、それまでに助けられる位置に俺は上がるさ。望む最高の為に。どうにも俺は、目にした輝きを追わずにはいられない。それが俺の源らしい。もっと好きにさせて貰うよこれからは。それにもう嘘はつけない」
身の内の底で影が跳ねる。己から染み出す波紋を感じる。羨み、憧れ、追い求める。自分だけを。照明に照らされ足元から伸びる影から大きな魚影が尾を振る姿を幻視して、溢れ出る羨望の怪物の吐息に釣鐘と円周はソファーの上で、テーブルに項垂れていた浜面、台所に立つメイド、パソコンに向かうクロシュと木山先生、椅子に腰掛けたカブトムシ05が総じて肩を小さく跳ねさせ首を傾げる。万人が持つ罪の波紋に背筋を撫ぜられたように。それを喰らう悪魔の歯軋りを聞いたように。顔を向けてくる視線達に笑い掛け、人から溢れる波に噛み付き、大きな世界を吸い込みねじれた空間を散らすように手を叩き合せた。
「釣鐘、円周、しばらくは事態も落ち着くはずだ。明日から組手や散歩を頼むぞ。俺と同タイプの技術を振るうお前達なら、お互いに教え合える事もあるだろう」
「明日から⁉︎ いや、その前に法水さんは入院じゃないんスか⁉︎」
「怪我をした時の動き方を学べていいじゃないか」
「孫市お兄ちゃんは変態さんなの?」
「あれ? ひょっとして俺は就職するトコ間違えた?」
ボスの教えを口にしたら変態扱いされたぞおい。やっぱりあれマトモじゃないじゃん。浜面にまで首を捻られるとはこれいかに。苦い顔を返していると、これまで静観していた木山先生が肩を竦めて手の持っていたコーヒーのカップをパソコンの置かれたデスクに置いた。
「無理をするものじゃない。と君に言ってもある程度はもう仕方ないのかもしれないが、その前に法水君も気にする事があるんじゃないかな?」
「気にする事? ……ついに武器が」
「そうではないよ。それも製作中ではあるがね。君は……あぁ向こうから来たようだ」
木山先生がパソコンにちらりと目を向けたのに合わせて、インターホンの音がする。こんな時間に誰が来たのか。メイドが出ようと足を向けるそれを、木山先生は制し、俺に出るように手で促した。眉を顰めながらも壁に手をつきながら玄関まで歩き扉を開けて、ピシリッ、と動きが止まってしまう。
へにょりと垂れたツインテールを揺らして口にを尖らせ立つ常盤台の少女が一人。一端覧祭でバリバリ常盤台に行こうとは思っていたが、巡り巡ってすっかりそれを忘れていた。行ける状況じゃなかったし、前日に逃げるように去ったままだ。俺を見上げて、痣や怪我を目に黒子は目を見開くも、怒る事もなく俯いてしまう。何も言えずに突っ立っていれば、黒子は小さな唇を小さく動かした。
「…………うそつき」
あっ、これダメな奴だ。
「ゴッハ……ッ⁉︎」
「おぉい⁉︎ 法水が膝から崩れ落ちたぞ⁉︎ 救急車! 救急車だッ‼︎」
垣根が言っていた通り、どうにも今日は俺の日ではなかったらしい。倒れた先で黒子に抱き止められ、結局病院まで引き摺られた。