時の鐘   作:生崎

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人的資源 ③

「土御門舞夏が死亡しているはずがない」

 

 導き出した結論を紫煙と共に口に出し、食蜂さんが制圧した白羽社交応援会のビルの一室の窓辺に腰掛ける。齎された情報の鋭さに上条は飛び出して行ってしまったようで、残されたのは食蜂さんと食蜂さんの派閥の面々。とは言え食蜂さんの派閥の方々には外を固めて貰っているので顔を合わせている訳でもないが、能力者を組織立てて動かす食蜂さんの手腕は支部長としては見習いたい。

 

「なんでそんな事分かるのー? まだなんの情報も集まってないのに」

「仔細な情報がなにも集まらないからだよ」

 

 白羽社交応援会のビルに付いてから即座に叩き出した結論に円周は首を傾げるが、ろくな情報がないからこそおかしいと言える。ニュースの詳細を垣間見ても意味はない。そもそも、舞夏さんがそれほど危険な状態であるのなら土御門がなんの手も打たないはずがなく、ただの事故であるのなら土御門の対応はおかしいに尽きる。沸騰しかけた頭を黒子が抑えてくれたおかげで、冷静に見つめ直す時間ができた。その時間さえ貰えたのなら、冷徹に頭を回し続ければいい。

 

「舞夏さんは土御門にとっての心臓だ。それを取られて黙っている土御門じゃない。だが取られたにしてはやたら冷静だ。不必要な一手がどうにも引っ掛かる」

「貴方達を学舎の園に送ったことねぇ」

「それが全てだろうな」

 

 食蜂さんの言葉に頷く。俺と上条を嘘の情報までこさえて学舎の園に止め置いた理由。舞夏さんが本当に死亡したのであれば大方復讐劇の邪魔になるとでも踏んでの事だと思うが、もし舞夏さんがそれほど切羽詰まった状況であるのだとしたら、土御門はもっと事前に手を打つはずだ。死の直前まで自分で抱え込むぐらいなら、使えるものは全て使って舞夏さんだけは守るはず。だからこそ寧ろ。

 

「舞夏さんの死亡という情報こそが事前に打った手と見る方が納得できる。動き出した戦場で死者を気にする奴はそういない。前線にいるなら尚更な。生きてる奴の方が目に付いて、特に脅威でもない死人を気にするなんてそれこそ非効率だからな」

「そうは言いますけど孫市さんが勘付くのでしたら他の方も気付くんじゃありませんの?」

「かもな。ただ確信するところまでいくかはどうだろうな」

 

 土御門を知っている。それが唯一暗部にいても俺や上条、青髮ピアスが持ち得る特別。八方美人で本当の事を喋っているのか嘘なのかも分からず、能力者であり魔術師である多重スパイ。陰陽師の中でも天才と言える頭脳を持つ土御門がどんな奴であるのか一側面は知っていてもそれ以外を知る者は多くはないだろう。よく知らない者からすれば、そもそも土御門が舞夏さんを溺愛している事すら知らない。そんな中で舞夏さんが死んだとして気にするか否か。舞夏さんが死亡した事よりも、土御門がやらかし下手を打ったらしいという事の方に目が向く可能性の方が高い。

 

「土御門に学舎の園に送られてもう二時間か? 連絡取れなくなってから既に土御門は色々と動いてるだろ。今から追ったところで何が変わる訳でもないし、上条が向かったのなら尚更な」

「……思ったより冷めてますわね」

「冷めてる? いや、寧ろ冷ますしかない」

 

 黒子を一瞥して大きく息を吐く。普段第三者のように外から物事を眺めてくれている参謀が機能してくれておらず、上条は相変わらずで青髮ピアスもニュースを見れば心中穏やかではないだろう。スイスでは冷静でいてくれる役目を土御門に押し付けてしまった事もあるし、今こそ俺が心を冷やさなければ盤上を見る者がいなくなってしまう。

 

「わざわざ学園都市中にニュースとして放られた舞夏さん死亡情報。ある程度土御門を知る者が見れば土御門の枷が外れて爆発すると多くの者が思うだろうさ。ただより良く知る者が見たら別のシグナルにも見える」

「土御門舞夏さんを隠したから守れと?」

「まあそう取れない事もないが、それよりも」

 

 俺の傍に立った黒子に煙草を引っ手繰られながら、黒子から零された疑問に肩を竦める。

 

 舞夏さんを死亡扱いにしなければならない程に、土御門は何かに踏み込んだ。ただ暗部の仕事をしているだけで舞夏さんが狙われるような下手を土御門が打つとは思えない。だからこそ、そんな手を打たねばならない程に、学園都市の中でも深いなんらかの案件に首を突っ込んでいると見た方がいい。それこそ、重要でもない魔術師が『学舎の園』に侵入したなんて事よりもずっとキナ臭い問題のはずだ。

 

「それに土御門が舞夏さんを隠したのなら、俺達でそれを追う方が悪手だ。所在生死不明の土御門の要の存在を此方から教えてやる必要はない。舞夏さんを追っているという形を見せつける必要性はどこにもない。だからこそ気にするべきは、土御門が何に触れたのかの方だ。それを探る方がずっといい」

「一応初春に追って貰ってはいますけど」

「土御門を追っても捕まるような奴じゃない。学園都市で今まさに起きている事件で目的の分かりづらい事件事故を追った方が足取りは掴めるだろう。それら事故事件に関わった人物を追う方がずっと事態の中心に近付けるはずだ。飾利さんにもそう伝えてくれ」

 

 携帯を操作する黒子を横目に、小さく息を吐き出して窓の淵に軽く後頭部を押し付ける。風来坊のように影を渡り歩く土御門を追う事になろうとは。小さく舌を打っていると、食蜂さんに小さく笑われる。目を向ければ悪びれる事もなく、食蜂さんは俺の視線を招き入れるように微笑んだ。

 

「そのスパイさんを随分と信頼してるのねぇ、傭兵である貴方が」

「……してるさ」

 

 本来なら信頼していいような相手ではないのかもしれないが、土御門元春を疑う事はあっても、裏切る事はない。これまで多くの仕事をぶん投げられたし、いいように使われた事もあるが、土御門は土御門なりに自分の一線を必ず守っている。スパイなんて仕事をしているが故のルールなのかは分からないが、土御門もまた日常の為に動いている。

 

「同じ世界にいるからこそ、誰が本当に信頼できるかは考える。別に頭の中なんて分からなくても構わない。目にした事が全てだ」

 

 土御門はスイスに来た。来なくたって困らないだろうに、内戦真っ只中のスイスに向かったメリットを挙げようと思えば幾らでも挙げられるが、デメリットもまた挙げようと思えば幾らでも挙げられる。結局一番波風が立たないのは、スイスになど来ず、学園都市から動かない方が土御門としては良かっただろう。学園都市の命でもなく学園都市を飛び出せば、舞夏さんに何かあった時に動けない。それでも土御門はやって来た。

 

「傭兵が友情を吐くのは馬鹿らしいか?」

「さあねぇ」

 

 始まりは利益からでも、それだけではない。俺も土御門もお互いを知り過ぎた。それは上条や青髮ピアスにも言える事だが、本来なら見せる必要もない手札をお互いに捲り過ぎた。傭兵、スパイ、第六位、幻想殺し。僅かでも悪意があればその情報だけでどれだけ相手を嵌められるか。利益換算してしまうのは商業柄の悪い癖だが、それを取っ払っても残るものがきっと大事なものである。例え土御門がスパイであろうが魔術師であろうが、友人である事に違いはなく、だからこそ歯痒い。上条が突っ走って行ったように、持て余す熱が拳を握らせる。

 

「でもどうするのかしらぁ? そのスパイさんを見つけても、学園都市を相手に回しているのなら、ただ助けるのも容易じゃないと思うけれどぉ。情報力が馬鹿にならないし、下手に手を出しても火の手がより広く回るだけねぇ」

「だろうな。だからやるなら徹底的にだ。上から土御門を消せと命を受けている訳でもない。土御門を追うよりも、土御門が追っているだろうなにかを此方で潰せればそもそも土御門が狙われる理由は薄まる」

「でもそれだと貴方が狙われるんじゃないかしらぁ?」

「だから?」

 

 そんなのは今更。戦場での避雷針。忌み嫌われる狙撃手が時の鐘の役目。学園都市にやって来た当初、監視に徹し目を付けられないように動いていた時と現状は変わった。『シグナル』として暗部を、魔術師を叩き、時に学園都市の味方として動き敵として動いている今、目立たないという選択肢は既にない。例えどんな薄暗い手を伸ばされても、時に引き千切り、時に躱し、上手くやる以外にもう道はない。それが学園都市に根を張り生きるという事であるのなら。

 

「こんな時に傍観者でいる為に俺は時の鐘になった訳じゃない」

「わたくしもそうですの。孫市さん、初春からここ数時間の間に九人の……ああいえ、十人の遺体が見つかったと。場所はバラバラ、一見自殺や事故死に見えなくもない死に方のようですけれど」

「……動機がないのか?」

「ええ、それも立て続けに。鑑識が終わればもっと詳しい情報が分かるとは思いますけれど」

「そんな時間はないな。繋がりを探すのも動かずには難しいだろうし、飾利さんに追って貰おうにもデータが既に消えている可能性の方が高い」

 

 八方塞がり。ふとそんな言葉が頭を過るが、小難しい顔を浮かべる黒子の顔を見て息を吐き出す。今追っているルートが駄目であるなら、見方を変えるしかない。名も知らぬ死人を追ったところで死人に口なし。呼吸を整え瞼を落とし思考に沈む。

 

「……仮に、死んだ奴らが全員学園都市の『闇』に属する奴らだとしよう。土御門ならそもそも一般人を不用意に巻き込む事はないだろうし、そうだとしたら、一つ引っ掛かる事がある」

「なんですの?」

 

 首を傾げる黒子に見えるようにインカムを小突く。

 

「上から何の音沙汰もない。どうも第三次世界大戦が終わってから上のやる気が落ちているのか知らないが、土御門が何か重大な案件に首を突っ込んでしまい、それが学園都市にとって不利益なら、何かしらの沙汰があってもいいはずだ。土御門が敵になったなら脅威でしかない。ならそれがないのは何故だ?」

「学園都市にとって別にどうでもいい事なのか…………もしくは貴方に頼る必要がないかですわね」

「だろうよ、そしてこれは多分────」

 

 後者だ。既にある手札で賄えるなら、一々切らなくていい手札を切る必要はない。時の鐘が学園都市に協力しているといっても、長期で契約している相手は今は学園都市統括理事長のみ。会った事はないが、学園都市の全ての事案にアレイスターさんが関わっているという事もないだろうし、相手が学園都市統括理事長ならもっと事態は混沌としているはずだ。動いている者達が少な過ぎる。ただ土御門が舞夏さんを死亡扱いにまでしなければならない相手となると相手は限られる。それを黒子も気付いたらしく、眉を顰めて軽く指を擦り合わせた。

 

「土御門さんをそこまで知っている訳ではありませんけど、スイスで、他の事件でも並でないことは知ってますの。そんな方を情報戦でやり込められる相手となると、暗部の多くが解体された今、残る選択肢で最大は」

「統括理事会のメンバーだろうな。それなら土御門が追い詰められているのも納得できる、だいたいただの暗部が相手なら俺や青ピを引っ張り出すさ」

 

 単純な武力同士の衝突であるなら土御門もここまで回りくどい手は打たない。

 

 気を使った。使われた。手を出せばどうなるか分からないからこそ、起きる問題に真っ先に突っ込む上条や俺を隔離したのか、お優しいことこの上ないなくそったれ。ただ統括理事会が相手となれば話は変わる。

 

「持ち得る情報量がそもそも俺達の比じゃないだろう。舞夏さんが死んでいない事にも勘付くだろうし、最悪場所さえ把握されている可能性もない訳じゃない。そうなってくると事態は変わる。俺に連絡が来ないのも、土御門が泳がされているのも」

「最悪土御門舞夏さんを盾にどうとでもできるからと? でもそれでしたら土御門さんも気付くのではありません?」

「どうかな。俺も土御門も学園都市の全てを知っている訳じゃない。『ファイブオーバー』だの俺達の知らない能力者もゴロゴロ学園都市にはいる訳だしな。最後の保険としてその手を握っていてもおかしくはないだろう? そしてそうなら、それこそが手掛かりだ。円周」

 

 名を呼び円周に目を向ければ、円周の首からぶら下げられた携帯端末がグラフを描く。波を己の瞳に写し、軽く円周は首を傾げると口の端を持ち上げた。

 

「うん孫市お兄ちゃん! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「と、いう訳で舞夏さんの居場所は円周のおかげである程度当たりを付けられる。身柄を確保するためにある程度の人員か駆動鎧(パワードスーツ)か何かが付近に潜んでいる可能性が高い。黒子、地図を持って来てくれ。釣鐘、狙撃手と隠密の観点から敵の潜伏位置を割り出すぞ。敵を確保したのと同時に敵の端末か駆動鎧(パワードスーツ)から情報を飾利さんに引き出して貰い事の黒幕を追う。それと蛍光メイドに連絡だ。確かアレは舞夏さんと同じ学校のはずだからな。護衛についていて貰おう。俺たちの匂いを舞夏さんに気取らせずに事を治める」

「まるで特殊部隊ねぇ、追跡力がえげつないわぁ」

「法水さんあのメイドの学校なんてよく知ってったっスね。興味なさそうだったのに」

「……履歴書で知った」

 

 別に知りたくもなかったのに、さり気なく事務所に置いていきやがった。そんなに時の鐘に参入したいなら手を貸して貰おう。どうせベルシ先生に繋がる可能性の高い情報源とでも思ってるのだろうが、それならそれでいい。インカムを小突いて木山先生に連絡しながら、ようやっと楽しくなって来たと笑顔を見せる釣鐘と円周に肩を落とす。

 

 学園都市の女子中学生はおっかない。食蜂さんにリモコンで肩を叩かれ笑顔で頷かれたそれに、俺は中指を立てて応えた。お前もその筆頭だからね。

 

 

 

 

 

 第十七学区。学園都市の中でも自動化された施設の多い工業地帯。ここに来ると電波塔(タワー)雷神(インドラ)の事をどうにも思い出す。そんな学区の無人自動車工場の一つ。そこから少しばかり離れたビルの上から覗いた先で、見知った土御門の義妹が一人黙々と油汚れと格闘していた。清掃業者がやるような仕事を果たしてメイドがやるのかは疑問であるが、自動車工場の中を軽やかに走り回っている舞夏さんの姿にふと口元が緩む。

 

「おやおや、メイドを眺めて微笑むような趣味が君にあったとは知らなかったね。ただ双眼鏡でもなく狙撃銃というのが君らしいけど」

「そんな趣味あるかよ蛍光メイドめ。手伝いに来たーとか適当な感じでさっさと舞夏さんと合流しろ。お前の仕事は舞夏さんの安全を確保し、危険に近寄らせない事だ」

「私だけ楽な仕事でありがたいがね、友人の為でもあるようだし、ただ君はいつもこんな事をやっているのかい?」

「そうだけど、なんだ?」

「……いや、ただバゲージシティの時と君は変わらないんだなと思っただけさ」

 

 変な事を言う蛍光メイドに肩を竦め、インカムを小突く。すれば小さな破壊音と呻き声。円周と釣鐘の笑い声と黒子の怒号が返され思わず通信を切った。呑気に会話できる状況でもないらしく、円周と釣鐘は黒子に怒られているらしい。黒子が一緒に居てくれればやり過ぎる心配もないだろうが。

 

「釣鐘も円周も優秀ではあるんだがな……黒子との相性もいいだろうし、ただどうにも不安が拭えないのは何故だ……」

 

 他人の波長に同調できる円周、黒子の瞬間移動(テレポート)する位置が分かる釣鐘とのスリーマンセルであるなら、黒子も瞬間移動(テレポート)する位置をわざわざ教える事もなく縦横無尽に動けるはずである為、技術や能力の相性の面から見て相当に動き易いはずではあるのだが、何故か大成功する未来が見えない。「大変だね」と他人事のように笑う蛍光メイドの声に眉間に皺を刻みながら、黒子達が暴れているだろう方へと目を向ける。

 

「お前もその一人の自覚ある? ちゃっかり時の鐘に参入しやがって」

「でも私が一番問題ないと思うのだけどね」

「くそ! 否定できねえ! 一体何がどうなるとそうなるんだ? なんでお前には問題がないの?」

「なんだいその新しい種類の文句は? あまりに理不尽過ぎてなかなか悪くないじゃないか!」

「ああお前ドMだったな……じゃあいいや」

「くっ! やってくれるね!」

 

 なにが? 嬉しそうに理不尽を噛み締める蛍光メイドは放っておき、軍楽器(リコーダー)をバラして懐に戻し、手に持っていた狙撃銃(ゲルニカM-003)を肩に掛ける。俺が引き金を引く出番はなさそうだ。女子中学生隠密トリオに任せておけば、本気でもなく保険としての最後の手段として舞夏さんの近辺に潜む者を引っ捕らえるのに問題はないらしい。彼方は彼方で派手に動いて土御門に気付かれても困る為にろくな戦力を持って来ていない。唯一問題があるとすれば、舞夏さん周りに本当に刺客がいた事か。

 

「……やはり情報は漏れているか。それだけで首謀者は土御門より尚深い所にいる相手であろう事が確定したようなものだがな、さて」

「バゲージシティで会った上条という彼も動いているんだろう? 連絡しなくていいのかい?」

「連絡したところで俺も上条もやる事は変わらん。それに解決しても誰かしらが泥を被る事にもなりかねないしな。そうなった時の為に」

「なるたけ君に、いや、時の鐘に目が向くようにするためかい? それだと土御門の義兄とやっている事が変わらないね」

「それは……少しばかり違うな」

 

 大事なものに目や手が向かないように己が動く。やっている事が同じでも、立場などの違いがある。同じように泥を被り手を汚しても、目立ってやるか、人知れずやるかで意味合いは変わる。俺も人知れずやる事もあるが、組織として必要とされるのは前者だ。スパイである土御門が目立つ利点はそれほどない。

 

「気を使うのは寧ろ事態が終わった後だ。今は動いている土御門に一番目が向いているはず。それより目立ち塗り替えるしかない。つまり上条や土御門と関わらず、問題の仔細など知らずとも首謀者に躙り寄り叩き潰してしまえば、理由なんて後からどうにでもなる」

「時の鐘が動いた。という事実に尾ひれが付いてかい?」

「そういう事だ。いいか鞠亜、学園都市の中で時の鐘としてのお前の役目があるとすれば、時の鐘だと誰に気取らせる事もなく、時の鐘として動く事だ。これはそもそも既に時の鐘で、ある程度名の知れてる俺や木原である円周には無理だからな。逆に目立たないを主とする釣鐘も駄目だ。暗部で名の知られてる浜面にも垣根にもできない」

「私は一般人に紛れ一般人のように振る舞い、周りが動き易いようにそれとなく流れを掌握すればいいという事だね? 安心してくれたまえ、得意だよそういうのも」

「……ほんとに?」

 

 目立つ蛍光イエローのメイド服を靡かせて胸を張る鞠亜は『目立たない』という要素を投げ捨てているようにしか見えないのだが、そう自信たっぷりに言い切られると思わず納得してしまいそうになる。ってか繚乱家政女学校の学生服ってどうなってるの? メイド服ならなんでもいいの? 蛍光メイドに至ってはコスプレにしか見えないのだが、ゆるい校風なのかお堅い校風なのか分かりづらい。

 

「それにしても、目立たないように土御門を守りたいなら第五位の力も借りればよかったんじゃないかな? さっきまで一緒に居たんだろう?」

「ただでさえ『学舎の園』から出るのに協力してもらったのにこれ以上は駄目だ。なにが駄目って食蜂さんにこれ以上貸しを積み上げたくない。なに頼まれるか分かったもんじゃないからな」

 

 ただでさえ能力が天敵なのに、それ以上に頭が上がらなくなっては困る。何より超能力であっても、食蜂さんこそ一般人だ。自ら時の鐘にやって来た鞠亜とも、風紀委員(ジャッジメント)の黒子とも、暗部とも違う。どれだけ力を持っていようが、一般人を無闇矢鱈と巻き込みたくはない。

 

「一般人がやらなくていいように俺達がいるんだからな。なあ?」

 

 蛍光メイドから視線を切り、瞳に映らぬ空間の歪みに向けて声を掛ければ、空間を塗りつぶすように黒子が浮かび上がりビルの上に足を落とす。

 

「いいご身分ですわね、高みの見物ですの? それよりこの方達どうにかしてくださいません? 教育がなってないと思いますけどッ⁉︎」

 

 制服の端が少し解れ、ススと汗に濡れた頬を擦る黒子の腕には手錠が嵌り、その先で釣鐘と円周が床に伸びている。頭にたんこぶをこさえて笑顔で手を挙げる二人に眉尻を落とし、大きく目を背けた。現実を直視したくない。

 

「いやほら、まだ見習いだから……」

「見なさいこっちをッ‼︎ 片やどさくさに紛れて仲間に刃を振るってきますし! 片や仲間もろとも爆破しようとしてくるっていうのはどういう了見なのかしらね! 敵より味方の方が厄介なんておかしいですの‼︎」

「手が滑ったっス」

「その方が手間が省けていいかなって!」

「お黙りなさい!」

「……よかったじゃないか、仲よさそうで」

「は?」

 

 黒子が睨んでくる……こわい。とはいえ女子中学生達のキャピキャピした中に混じるのは俺としても不可能に近い訳で。それ以外なら問題なく、微笑み音もなくゆらりと立ち上がる釣鐘に肉薄し、首を逸らした先を突く刃に指を這わせ揺らして、握る釣鐘の手から引き剥がす。目を見開いて口端を落とす黒子を横目に、短刀の持ち手を釣鐘に向け渡し返した。

 

「満足してないならそれは敵に向けてくれ釣鐘、あんまり手を滑らせるなよ」

「あーん、法水さんどうせならもっと本気で遊んで欲しいっス、それに黒子も、前より強くなったっスよね? おら嬉しいっスよー、んひひ」

「孫市お兄ちゃんおんぶしてー! お兄ちゃんの真似しようとしたら足が攣っちゃった!」

「円周は技術の前に体を鍛えた方がよさそうだな、それとおんぶはしない」

「……本当に大丈夫ですのこの方達は? 問題しかないように見えるのですけれど」

「学園都市支部の時の鐘に望むのは俺のような狙撃手ではない。そういう意味では彼女達は優秀だ。性格に難ありなのは認めるが、性格に難のない奴なんてそもそもいないだろうし、不思議と癖が強い奴の方が強いんだよね。なんでだろうね?」

「貴方がそれを言いますの?」

 

 その言い方だとまるで俺の癖が強いみたいじゃないか。円周や釣鐘よりはまだ俺の方がマトモなはずだ。そのはずだ。笑い立ち上がる釣鐘と円周に目を向けて黒子は手錠から伸びる鉄線を鉄杭で弾き二人の膝を折って正座させ、腕を組んで仁王立ちし睨みつける。滲み出るお説教タイムには触れないように鞠亜と共に足を下げれば、黒子から携帯端末を投げ渡された。

 

「手に入れた情報は初春に渡しましたからすぐに答えは出ると思いますけれど、舞夏さんの方は無事ですのね?」

「ああ無事だったよ、黒子達の暴れた音にも気づいてないようだったし、このまま気付かれないようにこちらは首謀者を追えばいい」

「それはいいのですけれど……舞夏さんはどこですの?」

「ほらあっち、一キロほど向こう」

「……あぁそうですか……隠れてた方々は縛って警備員(アンチスキル)に連絡しましたから任せてしまっていいでしょうけど、構いませんわね?」

「もちろん」

 

 裏の者を表の手で捕らえる。裏同士でやり合い小難しいやり取りをするよりも、ただ捕らえるだけならその方が手早く済み、面倒事も少なく済む。やるべき事は問題を葬る事であり、関係者全員を葬る事ではないのだ。それにどうせ関わる者の殆どが雇われであるのなら、一度捕らえ問題から引き離せば手を引く者の方が多い。一々必死でもない奴の相手をする方が疲れるし面白くはない。

 

「どうせ幾人かの中継役を挟んでいるだろうからな。さっさと芋づる式に引きずり出してやるとしようじゃないか。距離を埋めるのは得意だろうお互いな。時の鐘(ツィットグロッゲ)風紀委員(ジャッジメント)の連携を見せてやろう」

「今度は置いて行かせはしませんわよ。だからせいぜい遅れないようにしてくださいな」

「善処しよう、後は任せたぞ鞠亜」

「任せたまえよ、行ってらっしゃいませご主人様」

 

 ────ずるりッ。

 

 ビルの縁に足を掛け、飛び出そうとしたところで蛍光メイドの言葉に足の力が抜けてすっ転ぶ。危うく落ちてまた投身自殺ごっこをするところだった……。顔を背けて笑う三人とゴミを見る目をする黒子に顔を向ける事なく学ランの汚れを手で叩きながら咳払いをして立ち上がり、メイドに向けて雑に手を振る。

 

「……うちでそれは禁止だ。気が抜ける」

「おや、私はメイドだよ? メイドのアイデンティティーを奪わないで欲しいね」

「そのアイデンティティーは俺に必要なものじゃない。椅子の上で偉そうにふんぞり返ってるような奴に言ってくれ。だから睨むな黒子、俺の趣味じゃない」

「分かってますけど、なんだか面白くないですの。……ちょっと孫市さん?」

「……気が抜けたから階段で降りる」

 

 なんとも締まらないと黒子のため息を背で聞きながら、笑い小突いてくる円周と釣鐘の手を払い、これ見よがしに優雅なお辞儀を見せる鞠亜に手を振って屋上のドアを蹴り開ける。

 

「相手の居場所が分かりましたの」

 

 階段を降りて行く中で響く靴音に混じり聞こえる黒子の声。手に入れた携帯端末から飾利さんが引き摺り出した情報を聞きながら、背に掛けた狙撃銃の紐を強く握った。

 

 土御門が何の相談もしてこなかったのが少し寂しいが、それならそれで、土御門が好き勝手に俺と上条に普段見せない優しさを振り撒いたように、俺も好き勝手に手を貸してやる。友人の為に何もできなかったなんて人生(物語)は俺に必要ないのだ。


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